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検索対象: 現代日本の文学 10 武者小路実篤 集

現代日本の文学 10 武者小路実篤 集から 471件ヒットしました。

現代日本の文学 10 武者小路実篤 集


現 代 日 本 の 文 学 70 武 者 、 路 実 篤 集 北 尾 奥 足 三 川 井 伊 崎 野 立 集 端 上 藤 修 五 + 杜 秀 健 巻 委 紀 康 夫 成 靖 整 聖 夫 樹 男 学 習 研 究 社

現代日本の文学 10 武者小路実篤 集


現 代 日 本 の 文 学 武 者 小 路 実 篤 集 全 60 巻 昭 和 45 年 5 月 1 日 初 版 発 行 昭 和 57 年 10 月 1 日 27 版 発 行 著 者 発 行 者 発 行 所 武 者 小 路 実 篤 古 岡 滉 学 習 研 究 社 東 京 都 大 田 区 上 池 台 4 ー 40 ー 5 〒 145 振 替 東 京 8 ー 142930 電 話 東 京 ( 720 ) 1111 ( 大 代 表 ) 印 刷 大 日 本 印 刷 株 式 会 社 中 央 精 版 印 刷 株 式 会 社 製 本 中 央 精 版 印 刷 株 式 会 社 本 文 用 紙 三 菱 製 紙 株 式 会 社 表 紙 ク ロ ス 東 洋 ク ロ ス 株 式 会 社 製 函 永 井 紙 器 印 刷 株 式 会 社 * こ の 本 に 関 す る お 問 合 せ や ミ ス な ど が あ り ま し た ら , 文 書 は , 東 京 都 大 田 区 上 池 台 4 丁 目 40 番 5 号 ( 〒 145 ) 学 研 お 客 さ ま 相 談 セ ン タ ー 現 代 日 本 の 文 学 係 へ , 電 話 は , 東 京 ( 03 ) 7 ー 1111 へ お 願 い し ま す 。 OTatsuko Mushanokoji 1970 Printed in Japan ISBN4 ー 05 ー 050220 ー 8 C0393 本 書 内 容 の 無 断 複 写 を 禁 す

現代日本の文学 10 武者小路実篤 集


っ た 。 会 社 の 名 前 は 日 本 交 通 麹 町 営 業 所 。 受 付 で 、 た の で あ っ た 。 私 は 若 き 日 の 先 生 を 思 い 浮 べ た 。 悩 み 、 苦 し み 、 そ 「 う し ろ の 崖 の 上 が 武 者 小 路 先 生 が 生 れ た 場 所 で す が し よ う じ ん し て 精 進 を 重 ね 、 つ い に 「 お 目 出 た き 人 」 を 世 に 送 り 見 せ て 貰 え な い で し よ う か 」 出 し た 先 生 、 先 生 が そ れ を 書 い た 家 は あ と 形 も な い 我 な が ら 図 々 し い と 思 う が 、 こ の 機 会 を の が し た く な い の だ 。 し か し 「 お 目 出 た き 人 」 は そ れ を 圭 曰 い た と き か ら 六 十 年 あ ま り 経 っ て も 新 鮮 な 感 動 で 、 読 む も の に 迫 っ て く 「 そ 、 つ で す か そ れ は 知 り ま せ ん で し た 。 ど 、 つ ぞ 」 売 む た び に 新 る 。 私 は 何 度 読 み 返 し た か わ か ら な い 受 付 の 人 は 気 持 よ く 承 知 し て く れ た 。 私 は 枯 れ た ツ か ん め 、 た な 感 銘 を 覚 え る の だ 。 タ の は っ た 崖 と 、 崖 の 上 の 建 物 を 見 た 。 そ こ に 武 者 小 私 は い ま 来 た 道 を 引 返 し 再 び 共 済 協 会 の 、 前 に 立 っ 路 家 は あ っ た の だ 。 邸 内 の 別 オ に お 目 出 た き 人 」 の こ 。 立 ち 去 り 難 い 気 持 だ 。 ま わ り の す べ て が 「 お 目 出 な か に 出 て く る 月 子 さ ん が い た 。 月 子 の 本 当 の 名 は お オ 貞 さ ん 、 そ こ か ら 学 校 へ 通 っ た の で あ っ た 。 若 き 日 の た き 人 」 と か か わ り が あ る 気 が し た 。 志 賀 直 哉 氏 、 正 さ と み と ん ぎ ま ち き ん か ず 親 町 公 和 氏 、 木 下 利 玄 氏 、 里 見 弴 氏 ら と 親 し く な ら れ 先 生 は そ こ で 三 つ の 恋 を 経 験 し た の で あ っ た 。 先 生 は た の も そ の 家 だ っ た 。 そ こ か ら 歩 い て 靖 風 神 社 の そ ば 二 十 四 歳 の 日 記 に 、 に い た 正 親 町 公 和 氏 を 訪 ね た こ と が 、 先 生 が 書 い た も 『 今 の 自 分 は お 貞 さ ん よ り も 彼 女 を 恋 し て い る 。 し か の に 出 て く る の で 、 私 も 靖 国 神 社 ま で 歩 い て み た 。 し 思 い 出 し て は 、 お 貞 さ ん の 方 を 懐 し く 思 う 。 先 頃 志 賀 と 上 野 に 行 く 時 、 電 車 の 中 で 『 ま き 』 に 似 た 女 学 生 を 見 た 。 そ の 時 『 ま き 』 の 事 を 思 っ て 懐 し く 淋 し く 思 鵠 沼 へ 「 そ の 妹 」 は 鵠 沼 で 書 か れ た 。 先 生 誕 生 の 地 を 訪 ね た ま き 」 が 第 二 の 恋 の 相 手 で あ る 。 と 書 い て い る か 第 三 の 恋 の 相 手 は 、 本 名 「 た か 」 で 「 お 目 出 た き 人 」 翌 々 日 ( 昭 和 四 十 三 年 十 二 月 四 日 ) 鵠 沼 に い っ 先 生 が 「 そ の ・ 妹 」 を 書 く た め 鵠 沼 に 滞 在 し た の は 大 の 鶴 で あ る 。 大 切 な こ と は 第 一 の 恋 も 第 二 の 恋 も 第 三 正 三 年 十 二 月 だ っ た 。 か ね て か ら そ こ に 住 み た い 気 持 の 恋 も 精 神 的 な も の で 、 し か も 失 恋 に 終 っ た 。 彼 女 た か し ゃ が あ っ た の で 、 執 筆 し な が ら 、 適 当 な 貸 家 を 探 し た の ち は い ず れ も 崖 の 上 の 屋 敷 内 か 、 そ の 近 く に 住 ん で い お お

現代日本の文学 10 武者小路実篤 集


3 注 解 一 一 四 一 高 島 平 三 郎 学 習 院 初 等 科 の 教 師 、 こ の 作 品 で は 「 川 路 氏 」 家 で 、 漫 画 も よ く し た 。 と し て 登 場 す る 。 人 間 万 歳 真 さ ん を さ す 。 一 一 四 一 丸 善 東 京 日 本 橋 区 ( 現 在 の 中 央 区 ) 通 三 丁 目 に あ っ た 洋 書 、 六 0 フ ラ ・ ア ン ゼ リ コ ー Fra AngeIico ( 1387 ~ 1455 ) イ タ リ 洋 品 雑 貨 の 専 門 店 。 「 白 樺 」 同 人 は 、 よ く こ の 「 丸 善 」 で 、 輸 入 ア の ル ネ ッ サ ン ス 期 の 僧 で 画 家 。 天 上 の 聖 な る 絵 が 得 意 。 さ れ た 美 術 書 の 類 や 洋 書 を 「 ツ ケ 」 で 買 っ た り し た 。 明 治 時 代 一 公 夜 ば い 星 「 夜 ば い 」 は 、 夜 、 女 の 寝 所 に 忍 び 入 る こ と 。 は 、 と く に 、 「 丸 善 」 を 通 し て 、 ヨ ー ロ ッ パ 文 化 が 入 っ て き た と 土 地 い わ れ て い る 。 一 西 一 自 分 は 女 に 餓 え て い る こ の 自 分 と 、 う し い い か た が ま さ に 武 = 一 三 土 地 日 向 ( 宮 崎 県 ) の 新 し き 村 創 設 の ル ポ ル タ ー ジ 、 的 作 者 小 路 的 で あ り 、 「 白 樺 」 的 で あ る 。 ま た 、 こ う い う 単 純 率 直 な 品 で あ る 。 肉 欲 の 表 現 が 、 こ の 作 品 に は 一 一 十 回 近 く も 出 て く る 。 し か し 、 三 一 三 仲 間 は 一 人 ふ え ・ : 「 新 し き 村 」 創 設 の 反 応 は 、 大 変 な も の こ の 作 品 全 体 を 読 ん で も 、 い わ ゆ る 「 肉 欲 」 の 匂 い は ほ と ん ど で 、 全 国 各 地 か ら 、 共 感 を 表 明 し た 熱 心 な 仲 間 が 集 ま っ て き た 。 ナ ー し 三 一 四 初 恋 の 女 武 者 小 路 の 初 恋 の 人 お 貞 さ ん を さ す 。 一 一 四 一 自 家 「 白 樺 ー 同 人 は 、 し ば し ば こ の 「 自 家 ー を 使 用 す る 。 三 一 四 大 農 式 広 大 な 土 地 で 機 械 力 を ふ ん だ ん に 用 い て 行 う 農 業 か な り 恵 ま れ た 条 件 の 整 っ て い る 「 自 家 , で 、 自 然 主 義 作 家 の 方 式 。 よ く 使 う 暗 い 「 家 ー の イ メ ー ジ は な 、 。 三 一 六 雑 誌 こ こ で は 、 大 正 七 年 七 月 よ り 刊 行 し た 雑 誌 「 新 し き 村 」 一 一 四 四 自 我 を 犠 牲 に し て ま で : ・ 一 種 の 強 烈 な 成 長 意 識 、 自 己 を を さ す 。 生 か す 、 と い う こ と を 前 提 に し た 上 で 、 「 鶴 」 と 一 緒 に な ろ う と 三 一 九 信 州 「 新 し き 村 」 の 共 鳴 者 の な か に は 、 信 州 の 出 身 者 、 と す る の で あ る 。 く に も と 小 学 教 師 の 人 々 が 多 か っ た 。 = 五 三 広 義 の 教 育 家 志 賀 は 、 武 者 小 路 に 、 人 を イ ン ス ・ ( イ ヤ す る 一 一 三 一 石 井 氏 石 井 十 次 0865 ~ 】 9 ミ ) 宮 崎 県 生 ま れ の 社 会 事 業 力 の あ る こ と を 大 い に 認 め て い る 。 武 者 小 路 自 身 も 、 「 精 神 の 医 家 。 者 」 な ど と も い っ て い る 。 三 一 一 三 飫 肥 宮 崎 市 の 南 方 に あ る 地 方 。 旧 城 下 町 。 = 五 〈 母 方 の 叔 父 武 者 小 路 に 「 聖 書 」 や ト ル ス ト イ の こ と を 知 ら = 毛 都 の 城 宮 崎 と 鹿 児 島 と の 中 間 に あ る 盆 地 の 市 。 せ た 勘 解 由 小 路 資 承 を さ す 。 三 元 七 度 倒 れ て も 八 度 起 き る 七 転 八 起 の 態 度 。 い か な る 困 難 が 一 一 六 四 新 体 詩 従 来 の 「 和 歌 」 や 「 漢 詩 」 に 対 し て 、 明 治 の 初 期 に あ っ て も 、 容 易 に く じ け ず 初 志 を 貫 く 。 み ず か ら 「 不 倒 翁 」 と ヨ ー ロ ッ パ よ り 移 植 さ れ た 詩 を い う 。 の ち 近 代 詩 と 呼 ば れ た 。 い っ た こ と も あ っ た 。 一 天 フ ィ デ ュ ス Fidus 生 没 年 不 詳 。 十 九 世 紀 後 半 の ド イ ツ の 画 紅 野 敏 郎

現代日本の文学 10 武者小路実篤 集


八 十 一 歳 七 十 一 歳 昭 和 四 十 一 年 ( 一 九 六 六 ) 昭 和 三 十 一 年 ( 一 九 五 六 ) 三 月 、 「 山 谷 五 丘 ( 衛 」 「 目 出 た し 」 刊 。 七 月 、 「 須 佐 之 男 の 命 と 大 国 一 月 、 「 思 い 出 の 人 々 」 刊 。 一 一 月 、 「 我 が 愛 す る 書 画 展 」 = 一 越 で 開 催 。 限 定 詩 集 「 或 る 男 と 造 物 者 」 刊 。 六 月 、 講 談 社 版 人 生 論 集 七 巻 刊 。 主 の 命 」 、 十 一 一 月 「 私 の 履 歴 書 」 執 筆 。 八 十 一 一 歳 昭 和 四 十 ニ 年 ( 一 九 六 七 ) 七 十 一 一 歳 昭 和 三 十 ニ 年 ( 一 九 五 七 ) 一 月 、 自 伝 「 一 人 の 男 」 連 載 始 ま る 。 山 谷 も の 「 有 隣 」 「 平 平 凡 凡 」 四 月 、 「 白 雲 先 生 」 第 一 回 発 表 ( 三 十 四 年 三 月 完 結 ) 。 七 十 三 歳 発 表 。 三 月 、 「 私 の 美 術 遍 歴 」 連 載 始 ま る 。 七 月 、 「 心 」 一 一 十 周 年 己 昭 和 三 十 三 年 ( 一 九 五 八 ) 二 月 、 「 生 き る こ と は す ば ら し い こ と だ 」 刊 。 十 一 月 、 新 し き 村 四 念 号 刊 。 河 出 グ リ ー ン 版 及 び カ ラ ー 版 刊 。 八 十 三 歳 十 周 年 記 念 祭 を 九 段 会 館 に て 、 詩 朗 読 、 講 演 、 「 花 は 満 開 ー 里 見 弴 昭 和 四 十 三 年 ( 一 九 六 八 ) 四 月 、 埼 玉 新 し き 村 に 五 十 周 年 記 念 詩 碑 建 立 。 五 月 、 八 十 三 回 誕 生 等 朗 読 。 七 十 四 歳 祝 賀 を 雅 叙 園 に て 。 河 出 版 「 豪 華 版 全 集 」 、 「 対 談 鼎 談 集 」 刊 。 六 昭 和 三 十 四 年 ( 一 九 五 九 ) 七 月 、 「 愛 と 死 」 日 活 映 画 化 。 九 月 、 「 馬 鹿 一 の 死 」 連 載 ( 翌 年 四 月 完 ) 。 月 、 「 日 本 の 詩 集 」 刊 。 十 一 月 、 「 新 し き 村 五 十 年 祭 , 開 催 、 日 向 新 七 十 五 歳 し き 村 と 宮 崎 県 に 記 念 詩 碑 三 つ 建 つ 。 昭 和 三 十 五 年 ( 一 九 六 〇 ) 八 十 四 歳 昭 和 四 十 四 年 ( 一 九 六 九 ) 五 月 、 新 し き 村 よ り 「 こ の 道 」 創 刊 。 十 一 月 、 日 本 書 房 版 選 集 刊 。 七 十 六 歳 一 月 、 「 新 し き 村 の 五 十 年 」 貶 チ ャ ン ネ ル 放 送 。 河 出 グ リ ー ン 版 全 昭 和 三 十 六 年 ( 一 九 六 一 ) 集 第 一 一 集 刊 。 八 月 、 「 泰 山 「 馬 鹿 一 」 の 三 回 忌 に 語 る 」 を 発 表 、 山 一 月 、 「 あ る 男 の 雑 感 」 刊 。 五 月 、 「 喜 寿 祝 賀 会 」 椿 山 荘 に て 。 七 十 七 歳 谷 五 兵 衛 も の の 六 十 篇 目 に 当 る 。 十 一 月 、 新 し き 村 満 五 十 一 年 記 念 昭 和 三 十 七 年 ( 一 九 六 一 I) 祭 、 朝 日 講 堂 に て 開 催 、 詩 朗 読 と 講 演 を 行 う 。 十 一 一 月 、 毎 月 連 載 の 四 月 、 兄 公 共 逝 去 。 美 術 家 祭 で 表 彰 さ る 。 七 十 八 歳 長 篇 「 一 人 の 男 」 は 三 十 六 回 目 、 「 私 の 美 術 遍 歴 」 は 三 十 四 回 を 数 昭 和 三 十 八 年 ( 一 九 六 一 一 I) 四 月 、 「 あ か っ き 」 に て 一 年 間 放 送 。 五 月 、 「 六 人 の 現 代 え 、 他 に 詩 、 感 想 一 一 つ の 連 載 も 一 と 月 も 休 ま ず 。 八 十 五 歳 昭 和 四 十 五 年 ( 一 九 七 〇 ) 画 家 」 「 画 冊 」 刊 。 十 一 月 、 四 十 五 周 年 新 し き 村 祭 を 共 立 講 堂 に て 。 七 十 九 歳 一 月 、 長 篇 「 一 人 の 男 」 、 「 劉 生 晩 年 の 作 品 」 「 日 本 人 の 自 覚 」 「 浮 世 昭 和 三 十 九 年 ( 一 九 六 四 ) 一 月 、 慣 例 の 日 本 画 展 を 上 野 松 坂 屋 に て 。 大 和 版 「 詩 集 」 、 青 銅 社 絵 に つ い て 」 発 表 。 然 し 、 昨 年 暮 れ に 引 い た 風 邪 を こ じ ら せ 、 一 月 は 病 床 に 臥 す 。 一 一 月 に 入 っ て 慚 く 起 き 出 る こ と が 出 来 た 。 版 選 集 十 一 一 巻 、 「 人 生 随 想 」 、 筑 摩 版 「 現 代 文 学 大 系 」 刊 。 ↓ 」 」 し 0 一 月 入 院 の 夫 人 を 見 舞 い 翌 一 一 十 五 日 突 然 脳 軟 化 症 悪 化 、 一 一 月 八 十 歳 昭 和 四 十 年 ( 一 九 六 五 ) 一 一 月 、 中 公 版 「 日 本 の 文 学 」 、 英 訳 「 愛 と 死 ・ そ の 妹 」 刊 。 五 月 、 六 日 の 夫 人 の 死 も 知 ら ず 、 そ の ま ま 悪 化 を つ づ け 、 昏 迷 状 態 に て 入 東 京 都 名 誉 都 民 を 贈 ら れ 、 満 八 十 祝 賀 会 精 養 軒 に て 開 催 、 当 日 私 家 院 、 四 月 九 日 早 暁 逝 去 さ る 。 遺 骨 は 五 月 十 六 日 「 新 し き 村 、 大 愛 堂 に 夫 人 と 共 に 祀 る 。 八 月 仙 川 邸 は 都 と 調 布 市 に 寄 贈 、 保 存 と 決 る 。 版 詩 集 「 の ん き な 男 と の ん き な 造 物 者 」 を 刊 行 、 出 席 者 に 贈 る 。 一 三 ロ

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右 上 「 新 し き 村 の 生 活 」 初 版 本 ( 大 正 7 年 ) 一 ッ 黛 な 画 る 6 を け ・ を つ 紀 は 一 つ あ る 国 、 は ) 物 ル っ 犬 者 小 第 責 第 て . っ 1 い 4 の ミ 第 ・ 第 気 朝 や 、 ゞ み を 第 を し ゃ い ま す の 。 を を し 3 を を 、 一 、 、 気 っ い ヾ 0 ー は ー い 。 5 第 第 を て を 、 を ? 、 を 簽 を 第 す ー を は を ー リ 、 に 、 の は な い 」 - , 、 の い ・ な い ・ ・ , い 」 を 、 、 、 を い を ~ を 一 気 を メ 第 ー 、 ら 7 対 掲 , , か 正 学 習 院 時 代 の 武 者 小 路 を 象 徴 す る で き ご と は 、 初 恋 の の い 前 大 て 日 問 題 と 友 情 問 題 と ト ル ス ト イ 問 題 の 三 つ に 集 約 す る こ 会 篤 就 と が で き る 。 い わ ば 、 こ こ で 、 の ち の 武 者 小 路 の 人 及 び 文 学 ・ 思 想 の 原 型 が 提 出 さ れ る こ と に な る 。 初 等 科 き 年 い 時 六 年 、 中 等 科 六 年 、 高 等 科 三 年 、 こ の 十 五 年 を す っ と る 麦 新 正 学 習 院 と 【 う 特 殊 の 学 校 で 過 し た こ と 自 体 、 大 【 ー 尸 発 人 聞 題 に な る 。 そ も そ も 当 時 の 学 習 院 の 校 風 は 、 「 皇 室 」 を 「 翼 戴 」 し て 、 そ の 「 藩 屏 」 と な る こ と に 中 心 が 置 子 よ か れ て い た 特 殊 な 学 校 で あ っ た 。 孫 左 我 目 本 多 秋 五 に よ っ て 指 摘 さ れ て も い る よ う に 、 武 者 」 耐 え る 忍 耐 や 根 気 と あ い ま っ こ と に よ っ て 、 は じ め て 力 と な り 得 た も の だ と う 。 武 者 小 路 と い う 人 は 、 何 か こ と を す る と 、 人 々 は 、 は っ と い っ せ い に 注 目 し 、 そ の 存 在 を 強 く 意 識 し 、 共 鳴 者 が 現 わ れ る と 同 時 に 、 ち フ し さ フ 多 く の 嘲 笑 や 批 判 を あ び せ か け ら れ る こ と が し ば し ば で あ っ た 。 彼 の 生 涯 は 、 決 し て 平 坦 な 道 、 勝 利 の 道 ば か り で あ っ た わ け で は な く 、 む し ろ 、 起 伏 の 激 し い い く ど か の 上 昇 と 失 意 の く り か え し が あ っ た と い っ て よ い 。 そ れ を 、 持 ち 前 の 向 日 性 、 向 上 意 欲 と 、 そ の 裏 仰 の 根 気 と 忍 耐 力 で 乗 り き っ て き た の で あ る 。 は ん べ い

現代日本の文学 10 武者小路実篤 集


読 書 が 「 僕 の 人 生 観 を 形 づ く 0 た 」 と 書 い て い る 。 七 月 、 高 等 科 を 「 生 長 」 「 心 と 心 」 洛 陽 堂 刊 。 一 一 十 九 歳 大 正 三 年 ( 一 九 一 四 ) 卒 業 し 、 東 京 帝 国 大 学 ( 現 東 大 ) 社 会 科 に 入 学 し た 。 な お 、 志 賀 、 お お ー ま ら 春 、 初 め て 兄 の 家 を 出 て 下 一 一 番 町 に 三 間 の 家 を 借 り る 。 八 月 、 漱 正 親 町 は 英 文 科 、 木 下 は 国 文 科 に そ れ そ れ 入 学 。 一 一 十 一 一 歳 石 の す す め で 「 朝 日 新 聞 」 に 「 死 」 を 書 く 。 十 一 一 月 、 署 名 番 号 入 り 明 治 四 十 年 ( 一 九 〇 七 ) 志 賀 、 木 下 、 正 親 町 と 「 十 四 日 会 、 を 作 り 、 文 学 の 勉 強 を す る 。 七 限 定 本 「 わ し も 知 ら な い 」 洛 陽 堂 刊 。 三 十 歳 大 正 四 年 ( 一 九 一 五 ) 月 、 大 学 中 退 を 兄 公 共 に 打 ち あ け て 、 承 諾 を う け る 。 一 一 十 三 歳 一 月 、 調 沼 に 転 居 。 三 月 、 「 そ の 妹 、 を 「 白 樺 」 に 。 六 月 、 「 わ し も 明 治 四 十 一 年 ( 一 九 〇 八 ) 四 月 、 最 初 の 単 行 本 「 荒 野 」 を 警 醒 社 よ り 自 費 出 版 。 六 月 、 札 幌 に 知 ら な い 」 文 芸 座 で 自 作 初 上 演 。 八 月 、 「 彼 が 三 十 の 時 」 「 向 日 葵 」 有 島 武 郎 を 訪 う 。 七 月 、 回 覧 雑 誌 「 望 野 」 を 十 四 日 会 で 出 す 、 「 白 刊 。 九 月 、 「 三 和 尚 」 発 表 、 千 駄 ヶ 谷 八 三 二 に 転 居 。 三 十 一 歳 樺 」 の 前 身 で あ る 。 九 月 、 兄 の 長 女 芳 子 急 死 、 「 芳 子 , を 書 く 。 「 こ 大 正 五 年 ( 一 九 一 六 ) 三 月 よ り 十 一 月 に か け 「 或 る 青 年 の 夢 」 完 結 。 四 月 、 「 小 さ き 世 界 」 の 作 以 前 は 自 分 で は 全 集 に の せ る 気 が し な い 」 と い う 。 一 一 十 四 歳 十 二 月 、 「 そ の 妹 」 を 新 潮 社 刊 。 暮 れ の 二 十 日 に 、 千 葉 県 我 孫 子 に 明 治 四 十 ニ 年 ( 一 九 〇 九 ) = 一 月 、 先 す 「 望 野 、 同 人 の 賛 成 を 得 て 、 「 麦 」 「 桃 園 」 の 学 習 院 出 の 家 が 建 0 て 転 居 、 我 孫 子 に は 志 賀 直 哉 、 柳 宗 悦 等 白 樺 同 人 が 既 に 住 ー チ も 前 後 し て 我 孫 子 に 移 っ て 来 た 。 友 人 に 呼 び か け 、 来 春 「 白 樺 」 発 刊 の 準 備 に か か る 。 十 月 、 「 或 る み 、 三 十 一 一 歳 大 正 六 年 ( 一 九 一 七 ) 家 庭 」 三 幕 を 書 く 。 こ れ は 「 白 樺 , 第 一 一 号 に 発 表 。 一 一 十 五 歳 一 月 、 「 あ る 青 年 の 夢 」 、 六 月 、 「 新 ら し き 家 」 、 七 月 、 「 日 本 武 尊 』 、 明 治 四 十 三 年 ( 一 九 一 〇 ) 一 一 月 、 中 篇 「 お 目 出 た き 人 、 脱 稿 。 四 月 、 「 白 樺 、 創 刊 し 、 「 そ れ か 十 月 、 「 か ち か ち 山 と 花 咲 爺 」 を 刊 。 私 家 版 我 孫 子 刊 行 会 本 を こ の ら 」 の 評 を 執 筆 、 漱 石 に 送 0 て ( ガ キ を 貰 い 喜 ぶ 。 そ し て 「 朝 日 新 年 四 月 よ り 十 一 月 ま で 六 冊 刊 。 三 十 三 歳 大 正 七 年 ( 一 九 一 八 ) 聞 」 へ の 原 稿 を た の ま れ た 。 長 与 善 郎 と 知 る 。 一 一 十 六 歳 三 月 、 「 白 樺 美 術 館 、 の た め に 「 白 樺 の 森 」 刊 。 五 、 六 、 七 月 、 「 新 明 治 四 十 四 年 ( 一 九 一 一 ) 一 一 月 、 「 お 目 出 た き 人 」 洛 陽 堂 刊 。 五 月 、 有 島 武 郎 を 再 び 札 幌 に 訪 し き 村 に 就 て の 対 話 」 発 表 。 七 月 、 月 刊 「 新 し き 村 」 創 刊 ( 現 在 「 こ の 道 」 と 改 題 続 刊 ) 。 八 月 、 「 新 し き 村 の 生 活 」 新 潮 社 刊 。 十 一 月 十 譜 ね 一 カ 月 ほ ど 滞 在 。 初 恋 の 人 お 貞 さ ん を 小 樽 の 嫁 ぎ 先 に 訪 う 。 一 一 十 七 歳 四 日 、 宮 崎 県 に 「 新 し き 村 」 建 設 。 十 一 一 月 、 『 或 る 脚 本 家 」 刊 。 明 治 四 十 五 年 ・ 大 正 元 年 (一 九 III) 三 十 四 歳 年 こ の 年 「 白 樺 ー 上 で 木 下 杢 太 郎 、 三 井 甲 之 と 論 争 す 。 十 一 月 、 竹 尾 大 正 八 年 ( 一 九 一 九 ) 一 月 ー 六 月 、 「 幸 福 者 」 完 結 。 四 月 、 「 白 樺 十 周 年 記 念 号 刊 。 八 房 子 と 結 婚 、 「 世 間 知 ら ず 」 洛 陽 堂 刊 。 一 一 十 八 歳 月 、 「 幸 福 者 」 「 第 一 一 の 母 」 刊 。 十 月 、 長 篇 「 友 情 , を 「 大 阪 毎 日 」 大 正 ニ 年 ( 一 九 一 lll) 四 月 、 「 或 る 日 の 一 休 」 、 十 一 月 、 「 わ し も 知 ら な い 」 執 筆 。 十 一 一 月 、 に 連 載 、 十 一 一 月 十 日 完 結 。

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昭 和 十 一 年 ( 一 九 三 五 ) 五 十 一 歳 帰 京 、 還 暦 の 祝 い 。 六 月 、 家 族 と 秋 田 稲 住 温 泉 へ 疎 開 。 九 月 帰 京 。 四 月 、 白 山 丸 で 欧 米 へ 出 発 。 六 月 、 「 渡 欧 第 一 信 」 発 表 以 来 、 毎 月 昭 和 ニ 十 一 年 ( 一 九 四 六 ) 六 十 一 歳 各 雑 誌 新 聞 紙 上 に 数 篇 の 紀 行 を 発 表 。 米 国 を 経 て 十 一 一 月 十 一 一 日 帰 朝 。 三 月 、 勅 選 議 員 と な る 。 七 月 、 ()5 項 追 放 、 議 員 、 芸 術 院 会 員 辞 任 。 五 十 一 一 歳 昭 和 ニ 十 ニ 年 ( 一 九 四 七 ) 六 十 一 一 歳 昭 和 十 ニ 年 ( 一 九 三 七 ) 一 月 よ り 七 月 ま で 毎 月 欧 米 見 聞 記 発 表 。 六 月 、 帝 国 芸 術 院 創 設 と 共 一 月 、 「 稲 住 日 記 」 、 六 月 、 「 友 情 の 歴 史 」 「 愛 と 人 生 」 、 八 月 、 「 歓 み た か む れ 喜 」 、 十 一 月 、 「 美 し き 時 代 」 、 十 一 一 月 、 「 自 然 の つ く っ た も の 」 刊 。 に 会 員 と な る 。 三 鷹 牟 礼 へ 転 居 。 五 十 三 歳 昭 和 ニ 十 三 年 ( 一 九 四 八 ) 六 十 三 歳 昭 和 十 三 年 ( 一 九 三 八 ) 二 月 、 「 岸 田 劉 生 」 、 三 月 、 「 レ ン プ ラ ン ト 」 刊 。 七 月 、 「 心 」 創 刊 。 十 一 月 、 「 人 生 論 」 を 書 き 下 し 、 岩 波 新 書 で 刊 行 。 昭 和 ニ 十 四 年 ( 一 九 四 九 ) 六 十 四 歳 五 十 四 歳 昭 和 十 四 年 ( 一 九 三 九 ) 七 月 、 「 愛 と 死 」 日 本 評 論 に 発 表 。 九 月 、 埼 玉 県 に 「 新 し き 村 ー 創 設 。 一 月 、 「 真 理 先 生 , 発 表 ( 翌 一 一 十 五 年 十 一 一 月 完 結 ) 。 昭 和 ニ 十 五 年 ( 一 九 五 〇 ) 六 十 五 歳 五 十 五 歳 昭 和 十 五 年 ( 一 九 四 〇 ) 一 月 、 「 幸 福 な 家 族 ー 連 載 、 十 月 完 結 、 刊 行 。 三 月 、 菊 池 寛 賞 を 「 愛 五 月 、 新 し ぎ 村 会 員 で 「 調 和 社 」 創 立 、 「 著 作 集 」 発 刊 ( 翌 年 末 八 冊 と 死 」 に 贈 ら る 。 六 月 、 欧 米 紀 行 「 湖 畔 の 画 商 」 刊 。 九 月 、 三 鷹 村 で 終 る ) 。 六 十 六 歳 昭 和 ニ 十 六 年 ( 一 九 五 一 ) 牟 礼 四 九 〇 に 家 を 買 っ て 転 居 。 十 一 月 、 白 樺 叢 書 の 一 冊 を 刊 行 。 五 十 六 歳 八 月 、 追 放 解 除 。 十 一 月 、 文 化 勲 章 、 三 鷹 市 名 誉 市 民 を 贈 ら る 。 昭 和 十 六 年 ( 一 九 四 一 ) ば れ い し ょ 六 十 七 歳 昭 和 ニ 十 七 年 ( 一 九 五 一 l) 一 月 、 「 七 福 神 」 文 学 座 上 演 。 五 月 、 新 し き 村 機 関 誌 「 馬 鈴 薯 」 創 刊 。 五 十 七 歳 四 月 、 芸 術 院 会 員 に 再 選 。 五 月 、 創 元 社 版 作 品 集 六 巻 刊 行 。 昭 和 十 七 年 ( 一 九 四 一 l) 六 十 八 歳 三 月 、 「 画 集 と 画 論 』 刊 。 五 月 、 日 本 文 学 報 国 会 劇 文 学 部 長 に 指 名 昭 和 ニ 十 八 年 ( 一 九 五 一 一 I) 一 月 、 「 馬 鹿 こ 、 他 に 「 わ が 読 書 論 」 「 我 が 生 涯 を 顧 み て 人 生 を 語 さ れ た 。 十 月 、 長 女 結 婚 。 十 一 月 、 大 東 亜 文 学 者 大 会 で 講 演 。 五 十 八 歳 る 」 「 我 が 人 生 の 書 」 「 空 想 先 生 」 等 こ の 年 刊 行 。 昭 和 十 八 年 ( 一 九 四 三 ) 四 月 、 中 日 文 化 協 会 大 会 で 南 京 へ 。 十 月 、 「 三 笑 」 上 演 。 初 孫 誕 生 。 六 十 九 歳 昭 和 ニ 十 九 年 ( 一 九 五 四 ) 譜 昭 和 十 九 年 ( 一 九 四 四 ) 五 十 九 歳 一 月 よ り 「 山 谷 五 兵 衛 . 連 載 。 五 月 、 古 稀 祝 賀 会 。 祝 寿 版 「 花 は 満 三 月 、 「 馬 鈴 薯 . 終 刊 。 五 月 、 「 文 武 一 如 に 就 い て 」 を 「 文 芸 日 本 。 開 」 刊 。 十 一 月 、 新 潮 社 版 全 集 全 一 一 十 五 巻 刊 行 ( 昭 和 三 十 一 一 年 三 月 年 に 発 表 。 完 結 ) 。 七 十 歳 昭 和 三 十 年 ( 一 九 五 五 ) 六 十 歳 昭 和 ニ 十 年 ( 一 九 四 五 ) 一 月 、 「 馬 鹿 一 万 歳 」 、 五 月 「 文 学 ア ル ・ ハ ム 」 刊 。 十 一 一 月 、 調 布 仙 川 三 月 、 「 若 き 日 の 思 い 出 」 執 筆 ( 八 月 末 完 結 ) 。 四 月 、 家 族 を 伴 い に 泉 の 湧 く 三 千 余 坪 の 地 を 得 て 新 居 を 建 て 、 吉 日 に 移 る 。 伊 豆 大 仁 、 三 条 市 、 石 巻 と 行 き 、 石 巻 に て 三 女 結 婚 。 五 月 、 ひ と り

現代日本の文学 10 武者小路実篤 集


埼 玉 県 の 新 し き 村 に 建 て る 木 碑 を 「 そ の 妹 」 上 演 に 際 し て 右 か ら 滝 沢 修 細 川 ち か 子 書 く 実 篤 ( 昭 和 28 年 11 月 ) 小 夜 福 子 実 篤 式 場 隆 三 郎 の 諸 氏 ( 昭 和 26 年 ) 武 者 小 路 の 全 文 学 活 動 を 亀 井 勝 一 郎 は 、 次 の 五 期 に 分 け て い る 。 す な わ ち 、 第 一 期 は 、 「 白 樺 」 創 刊 か ら 「 白 樺 」 全 盛 期 の 大 正 八 年 ま で の 十 年 間 、 第 二 期 は 、 大 正 七 年 か ら 十 五 年 ま で の 「 新 し き 村 」 時 代 、 第 三 期 は 、 昭 和 初 期 の プ ロ レ タ リ ア 文 学 全 盛 期 に お け る 武 者 小 路 の 不 遇 時 代 ( 作 品 の 上 で は 、 「 伝 記 」 中 心 の 時 代 ) 第 四 期 は 、 敗 戦 ま で の 、 作 家 兼 画 家 の 時 代 、 第 五 期 は 、 戦 後 か ら 今 日 ま で の 、 老 年 の 時 代 、 と い う ふ う に 区 分 し て い る 。 さ ら に 小 刻 み に い う な ら ば 、 さ き に も ふ れ た 「 白 樺 」 創 刊 前 史 の 部 分 を も 加 え る べ き で あ ろ う 。 ま た 、 別 の み か た か ら す れ ば 、 文 学 作 品 が 中 心 の 時 代 と 、 「 新 し き 村 」 が 中 心 の 時 代 と 、 画 が 中 心 の 時 代 と お お ま か に 三 つ に 分 け る こ と も で き る し 、 「 自 我 の 守 護 者 」 時 代 と 「 調 和 」 「 脱 俗 」 の 時 代 の ふ た つ に 分 割 す る こ と も 可 能 で あ る 。 い ま そ れ ら の 時 期 の ひ と つ ひ と つ に つ い て 細 述 す る ス 。 ヘ ー ス が 無 い の で 、 そ の う ち の 亀 井 の い う 第 二 期 の 「 新 し き 村 」 時 代 に の み 中 心 を 移 し て 説 明 し て お き た 武 者 小 路 と 「 新 し き 村 」 と は 、 「 白 樺 」 と の 関 係 同 471

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三 十 五 歳 を 紀 伊 国 屋 で 開 催 。 大 正 九 年 ( 一 九 一 一 〇 ) 四 十 三 歳 一 一 月 、 志 賀 直 哉 「 新 し き 村 , を 訪 ね る 。 四 月 、 「 土 地 , 発 表 、 「 友 昭 和 三 年 ( 一 九 二 八 ) 情 」 「 一 本 の 枝 」 を 刊 行 。 宮 崎 県 川 南 村 に 「 第 一 一 の 新 し き 村 」 誕 生 。 一 月 、 母 の 住 む 生 家 に 近 く 麹 町 区 下 一 一 番 町 に 転 。 一 一 月 、 有 楽 町 に 三 十 六 歳 「 村 の 会 場 ー を つ く り 、 狂 言 劇 、 展 覧 会 等 常 設 。 十 一 月 、 母 逝 去 、 大 正 十 年 ( 一 九 一 二 ) 一 月 、 「 第 三 の 隠 者 の 運 命 」 発 表 ( 翌 年 十 月 完 結 ) 。 七 月 、 「 或 る 男 」 三 女 辰 子 誕 生 。 個 人 雑 誌 「 独 立 人 」 を 「 大 調 和 ー 廃 刊 と 同 時 創 刊 。 四 十 四 歳 発 表 ( 大 正 十 一 一 年 十 一 月 完 結 ) 。 十 一 一 月 、 「 雑 感 」 「 童 話 劇 三 篇 」 刊 昭 和 四 年 ( 一 九 一 一 九 ) 四 月 、 下 落 合 一 七 三 一 へ 転 。 九 月 、 村 の 十 年 を 祝 っ て 創 作 集 「 十 行 。 三 十 七 歳 年 」 を 文 壇 よ り 贈 ら る 。 十 一 月 、 祖 師 ヶ 谷 に 転 。 十 一 一 月 、 「 日 向 堂 」 大 正 十 一 年 ( 一 九 二 一 l) 一 一 月 、 有 島 武 郎 、 志 賀 直 哉 共 編 「 現 代 三 十 三 人 集 」 刊 、 印 税 を 新 し を 神 田 猿 楽 町 に 開 設 す 。 四 十 五 歳 き 村 へ 寄 贈 。 九 月 、 「 人 間 万 歳 」 発 表 。 房 子 と 離 婚 、 安 子 と 結 婚 す 。 昭 和 五 年 ( 一 九 三 〇 ) 大 正 十 ニ 年 (一 九 lllll) 三 十 八 歳 四 月 、 限 定 版 『 詩 集 」 刊 。 「 棘 ま で 美 し 」 発 表 ( 十 月 完 結 ) 。 五 月 、 六 月 、 芸 術 社 版 全 集 十 一 一 巻 発 刊 。 九 月 、 関 東 大 震 災 、 元 園 町 の 生 家 「 日 蓮 ー 全 十 場 左 団 次 一 座 上 演 。 十 一 一 月 、 「 二 宮 尊 徳 」 刊 行 。 四 十 六 歳 全 焼 、 「 白 樺 」 廃 刊 。 「 桃 源 に て 」 を 「 改 造 」 に 発 表 。 十 一 一 月 、 長 女 昭 和 六 年 ( 一 九 三 一 ) 新 子 誕 生 。 一 月 、 「 星 雲 」 創 刊 。 四 月 、 村 の 演 劇 部 公 演 「 ダ マ ス ク ス へ ー 出 演 。 三 十 九 歳 六 月 、 「 井 原 西 鶴 . 発 表 ( 八 月 完 結 ) 。 十 二 月 、 油 絵 近 作 展 開 く 。 大 正 十 三 年 ( 一 九 一 一 四 ) 四 十 七 歳 昭 和 七 年 ( 一 九 三 一 l) 一 月 、 「 だ る ま 」 発 表 。 四 月 、 白 樺 同 人 で 「 不 二 」 創 刊 。 四 十 歳 八 月 、 長 与 善 郎 と 一 一 人 雑 誌 「 重 光 ー 創 刊 ( 二 十 二 号 で 終 刊 ) 。 大 正 十 四 年 ( 一 九 二 五 ) 四 十 八 歳 一 一 月 、 次 女 妙 子 誕 生 。 五 月 、 上 京 、 ル ー マ ニ ア 公 使 と な っ た 兄 公 共 昭 和 八 年 ( 一 九 三 一 一 l) の 出 立 を 送 る 。 六 月 、 叔 父 資 承 逝 去 。 九 月 、 文 庫 版 「 村 の 本 」 第 一 一 月 、 「 愛 慾 」 築 地 座 上 演 、 友 田 の 英 次 、 田 村 の 千 代 子 に て 。 一 一 月 、 「 実 朝 と 義 時 」 左 団 次 一 座 歌 舞 伎 座 上 演 。 三 月 、 「 新 し き 村 」 復 活 発 篇 「 詩 百 篇 ー を 日 向 の 村 よ り 刊 。 「 村 の 本 」 は 十 五 冊 で 終 る 。 四 十 一 歳 刊 。 十 一 月 、 第 一 回 「 新 し き 村 祭 . 赤 坂 三 会 堂 に て 開 催 。 大 正 十 五 年 ・ 昭 和 元 年 ( 一 九 一 一 六 ) 四 十 九 歳 一 月 、 村 を 離 れ 、 奈 良 に 住 む 。 ひ と り と な っ た 病 身 の 母 に 少 し で も 昭 和 九 年 ( 一 九 三 四 ) 、 ち じ よ う じ 近 く に 住 み た く て 。 「 愛 慾 」 「 改 造 」 に 発 表 。 四 月 、 「 ひ ・ 新 し き 村 」 三 月 、 市 外 吉 祥 寺 鶴 山 小 路 八 八 五 へ 転 。 五 十 歳 創 刊 。 七 月 、 「 愛 慾 」 築 地 小 劇 場 に て 初 演 。 十 二 月 、 和 歌 山 に 転 居 。 昭 和 十 年 ( 一 九 二 五 ) 四 十 一 一 歳 一 月 、 吉 祥 寺 日 向 小 路 六 四 五 へ 転 。 四 月 、 「 国 画 会 」 会 友 と な る 。 昭 和 ニ 年 ( 一 九 二 七 ) 一 一 月 、 東 京 に 転 居 、 十 年 振 り な り 。 「 母 と 子 」 を 「 朝 日 新 聞 」 に 連 七 月 、 「 人 類 の 意 志 に 就 て 」 岩 波 よ り 書 き 下 し 刊 。 伊 豆 三 津 海 岸 避 載 ( 八 月 完 結 ) 。 四 月 、 「 大 調 和 ー 創 刊 。 六 月 、 第 一 回 「 新 し き 村 展 」 暑 先 に て 神 経 痛 発 病 、 臥 床 。 十 月 、 「 齢 」 発 表 。 す け こ と よ わ い