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検索対象: 現代日本の文学 12 山本 有三 集

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現代日本の文学 12 山本 有三 集


現 代 日 本 の 文 学 山 本 有 三 集 72 学 習 研 究 社 聖 夫 樹 男 夫 成 靖 整 + 杜 秀 健 巻 委 紀 康 五 崎 野 立 集 端 上 藤 修 北 尾 奥 足 三 川 井 伊 .

現代日本の文学 12 山本 有三 集


現 代 日 本 の 文 学 12 山 本 有 全 60 巻 集 昭 和 45 年 5 月 1 日 初 版 発 行 昭 和 57 年 10 月 1 日 27 版 発 行 著 者 発 行 者 発 行 所 山 本 有 古 岡 滉 鑾 学 習 研 究 社 東 京 都 大 田 区 上 池 台 4 ー 40 ー 5 〒 145 振 替 東 京 8 ー 142930 電 話 東 京 ( 720 ) 1111 ( 大 代 表 ) 印 刷 大 日 本 印 刷 株 式 会 社 暁 印 刷 株 式 会 社 製 本 文 勇 製 本 工 業 株 式 会 社 本 文 用 紙 三 菱 製 紙 株 式 会 社 表 紙 ク ロ ス 東 洋 ク ロ ス 株 式 会 社 製 函 永 井 紙 器 印 刷 株 式 会 社 * こ の 本 に 関 す る お 問 合 せ や ミ ス な ど が あ り ま し た ら , 文 書 は , 東 京 都 大 田 区 上 池 台 4 丁 目 40 番 5 号 ( 〒 145 ) 学 研 お 客 さ ま 相 談 セ ン タ ー 現 代 日 本 の 文 学 係 へ , 電 話 は , 東 京 ( 03 ) 720 ー 1111 へ お 願 い し ま す 。 OYuichi Yamamot0 1970 Printed ⅲ Japan ISBN4 ー 05 ー 050222 ー 4 C0393 本 書 内 容 の 無 断 複 写 を 禁 す

現代日本の文学 12 山本 有三 集


三 月 、 「 新 編 日 本 少 国 民 文 庫 」 十 二 巻 を 新 潮 社 よ り 刊 行 。 九 月 、 三 年 少 女 現 代 日 本 文 学 全 集 ・ 続 山 本 有 三 名 作 集 』 が 偕 成 社 よ り 、 「 山 鷹 の 旧 居 を 東 京 都 に 寄 贈 。 十 月 、 ミ シ ガ ン 大 学 の 招 待 で 夫 人 と と も 本 有 三 の 人 と 作 品 』 を 学 習 研 究 社 よ り 刊 行 ・ 七 十 八 歳 に 渡 米 。 ハ ワ イ 大 学 、 カ ル フ ォ ル ニ ヤ 大 学 な ど を ま わ り 、 ニ ュ ー ヨ 昭 和 四 十 年 ( 一 九 六 五 ) ー ク ワ シ ン ト ン 、 ポ ス ト ン を 経 て 、 ミ シ ガ ン 大 学 に 三 週 間 滞 在 。 一 一 月 、 「 紀 元 節 と 調 和 の 精 神 」 を 「 朝 日 新 聞 」 に 発 表 。 三 月 、 「 日 本 各 大 学 で 王 と し て 日 本 の 国 民 性 に つ い て 講 演 。 十 二 月 末 帰 国 。 の 文 学 ・ 山 本 有 三 集 」 を 中 央 公 論 社 よ り 刊 行 。 十 一 月 、 第 一 一 十 五 回 昭 和 三 十 ニ 年 ( 一 九 五 七 ) 七 十 歳 文 化 勲 章 を 受 け る 。 七 十 九 歳 一 月 、 「 ア メ リ カ と 直 線 」 を 「 朝 日 新 聞 一 に 発 表 。 昭 和 四 十 一 年 ( 一 九 六 六 ) 昭 和 三 十 三 年 ( 一 九 五 八 ) 七 十 一 歳 一 月 、 テ レ ビ の 新 春 訪 問 に 出 演 。 二 月 、 随 筆 「 母 の 思 い 出 」 一 月 、 三 鷹 の 旧 居 が 東 京 都 に よ り 「 有 三 青 少 年 文 庫 」 と し て 開 館 。 を 「 毎 日 新 聞 」 に 発 表 。 九 月 、 「 日 本 文 学 全 集 ・ 山 本 有 三 集 」 を 集 十 一 月 、 三 鷹 市 の 名 誉 市 民 に 推 さ れ 、 顕 彰 式 に 列 席 。 十 二 月 、 筑 厚 英 社 よ り 刊 行 。 八 十 歳 昭 和 四 十 ニ 年 ( 一 九 六 七 ) 書 房 よ り 「 日 本 文 学 ア ル ・ ハ ム ・ 山 本 有 三 』 刊 行 。 昭 和 三 十 四 年 ( 一 九 五 九 ) 七 十 一 一 歳 二 月 、 『 山 本 有 三 自 選 集 』 を 集 英 社 よ り 刊 行 。 四 月 、 「 現 代 日 本 文 学 三 月 、 角 川 書 店 よ り 近 代 文 学 鑑 賞 講 座 「 山 本 有 三 』 が 出 る 。 館 ・ 山 本 有 三 ・ 菊 池 寛 集 』 を 文 藝 春 秋 よ り 刊 行 。 五 月 、 大 阪 歌 舞 伎 昭 和 三 十 五 年 ( 一 九 六 〇 ) 七 十 三 歳 座 で 「 坂 崎 出 羽 守 」 上 演 の た め 下 阪 。 八 十 一 歳 一 月 、 東 大 病 院 に 入 院 。 三 月 回 復 。 五 月 、 栃 木 市 の 名 誉 市 民 に 推 さ 昭 和 四 十 三 年 ( 一 九 六 八 ) れ る 。 十 一 月 、 「 文 化 の 日 が 決 ま る ま で 」 を 「 朝 日 新 聞 」 に 発 表 。 一 月 、 「 お そ れ を 忘 れ た 日 本 人 」 ( 談 話 ) を 「 栃 木 新 聞 」 に 発 表 。 七 同 月 、 東 京 国 税 局 長 か ら 模 範 納 税 者 と し て 表 彰 。 月 、 テ レ ビ 「 あ な た も 主 役 」 に 出 演 、 参 議 院 選 挙 の た め 、 緑 七 十 四 歳 風 会 創 設 当 時 の 思 い 出 な ど を 話 す 。 八 月 、 「 カ ラ ー 版 日 本 文 学 全 集 ・ 昭 和 三 十 六 年 ( 一 九 六 一 ) 一 月 、 教 育 テ レ ビ 「 日 本 の 文 学 、 山 本 有 三 」 に 出 演 。 十 一 一 山 本 有 三 集 』 を 河 出 書 房 よ り 刊 ( 昭 和 四 十 四 年 ( 一 九 六 九 ) 八 十 二 歳 月 、 講 談 社 よ り 『 現 代 日 本 文 学 全 集 ・ 山 本 有 三 集 』 を 刊 行 。 昭 和 三 十 八 年 ( 一 九 六 三 ) ヒ 十 六 歳 一 月 、 『 豪 華 版 日 本 文 学 全 集 ・ 山 本 有 三 集 』 を 講 談 社 よ り 刊 行 。 三 一 月 、 日 本 教 育 テ レ ビ 「 夫 と 妻 の 記 録 」 に 、 夫 人 、 子 ど も 、 孫 た ち 月 、 結 婚 五 十 周 年 を 迎 え る 。 六 月 、 伊 勢 神 宮 、 伊 雑 宮 の お 田 植 え 行 と そ ろ っ て 出 演 。 三 月 、 栃 木 県 立 公 園 ・ 大 平 山 謙 信 平 に 、 栃 木 市 の 事 を 見 、 住 吉 大 社 へ ま わ る 。 八 月 、 『 新 潮 日 本 文 学 ・ 山 本 有 三 集 』 建 設 し た 「 山 本 有 三 文 学 碑 」 除 幕 式 に 参 列 。 を 新 潮 社 よ り 刊 行 。 九 月 、 日 本 近 代 文 学 館 よ り 「 名 刻 全 集 ・ 新 昭 和 三 十 九 年 ( 一 九 六 四 ) 七 十 七 歳 編 路 傍 の 石 』 を 出 版 。 八 十 六 歳 昭 和 四 十 九 年 ( 一 九 七 四 ) 一 月 、 「 現 代 文 学 大 系 ・ 山 本 有 三 集 』 を 筑 摩 書 房 よ り 刊 行 。 五 月 、 夫 人 と と も に 京 都 へ 、 七 月 、 飛 鳥 、 吉 野 、 伊 勢 へ 旅 行 。 十 月 、 「 少 一 月 十 一 日 、 高 血 圧 症 ・ 肺 炎 ・ 急 性 心 不 全 併 発 、 国 立 熱 海 病 院 で 死 去 。 ( 本 年 譜 は 編 集 部 で 作 成 し 、 荒 正 人 氏 の 校 閲 を 得 ま し た )

現代日本の文学 12 山本 有三 集


こ れ は ② と お な じ で あ る 。 「 次 野 先 生 」 「 日 本 は ど こ 『 路 傍 の 石 』 集 英 社 版 ( 『 日 本 文 学 全 集 』 ) に あ る 」 「 学 校 」 「 嵐 の あ と 」 「 五 十 銭 銀 貨 」 「 お 月 こ の 版 に は 、 「 次 野 先 生 」 以 下 の 六 章 が は い っ て い さ ま は 、 な ぜ 落 ち な い の か 」 お よ び 「 ペ ン を 折 る 」 を る だ け で は な く 、 占 領 下 の 検 閲 を お も ん ば か っ て 削 除 収 録 し て い る 。 さ れ て い た 「 実 学 」 第 一 章 と 、 そ の 前 後 も は い っ て い ④ 『 路 傍 の 石 』 新 編 鱒 書 房 版 、 昭 和 一 十 二 年 三 る 。 こ れ は 、 五 十 年 は ど ま え に 、 日 本 人 が 西 洋 人 か ら 月 。 ど ん な 扱 い を さ れ た か を 物 語 る 部 分 で あ る 。 こ の 削 除 ; つ む ④ に は 、 「 ペ ン を 折 る 」 の は か 、 昭 和 一 十 一 年 十 二 『 路 位 汚 は 、 『 路 傍 の 石 』 が 蒙 っ た 被 害 の 一 部 で あ る 月 十 日 付 の 「 あ と が き 」 が 掲 げ ら れ て い る 。 し た の は 、 日 本 の 軍 国 主 義 で あ っ た こ と の 石 』 を 禁 に 「 こ の 版 は 、 前 の 単 行 本 『 路 傍 の 石 』 に く ら べ る と 、 は 亡 5 れ る こ と が で き な い 改 め て 強 調 し な け れ ば な ら 分 量 が 少 し へ っ て い る 。 そ れ は 主 と し て 、 最 後 の 六 章 ぬ と 思 う を の ぞ い た た め で あ る 。 ど の み ち 未 完 成 の も の で あ る 斤 上 反 ( 新 訓 日 本 文 ) 『 各 「 労 の イ 』 を 不 沖 ャ 片 と レ あ 以 上 、 そ れ を 加 え て み た と こ ろ で 、 整 っ た も の に な る 和 四 十 四 年 八 月 こ れ は 、 〔 6 〕 と お な し で あ る わ け で は な し 、 は ぶ い て お い た は う か さ ま ざ ま な 意 『 路 傍 の 石 』 学 習 研 究 社 版 昭 和 四 十 五 年 五 味 で 無 難 と 考 え た か ら で あ る 。 「 次 野 先 生 」 の 章 で と 月 、 こ れ も 、 ⑦ と お な じ で あ る め た の は 、 こ こ が 一 応 、 切 り の い い と こ ろ と 田 5 っ た の と 、 一 つ は 、 桜 井 ( 和 市 ) 教 授 の 訳 さ れ た ド イ ツ 訳 も そ う な っ て い る の で 、 か た が た そ れ に 従 っ た わ け で あ る 。 『 路 傍 の 石 』 の 単 行 本 は 、 当 分 こ の 形 に し て お き た い と 思 っ て い る 。 」 3 『 路 傍 の 石 』 新 潮 社 版 ( 『 山 本 有 三 文 庫 』 ) 、 昭 和 一 十 三 年 三 月 。 新 編 と 第 一 部 と い う 文 句 が 省 か れ て 、 『 路 傍 の 石 』 だ け に な っ て い る 。 内 容 は 、 ④ と 同 じ で あ る 。 主 婦 の 友 新 潮 文 庫 版 朝 日 新 聞 岩 波 版 全 集 筑 摩 書 房 版 単 行 本 初 版 ( 現 代 文 学 大 系 ) 傍 部 石 集 英 社 版 ( 日 本 文 全 集 ) 新 潮 社 版 ( 新 日 本 文 ) 学 習 研 究 社 版 ( 現 代 日 本 の 文 学 ) 新 編 路 傍 の 石 路 傍 の 石 路 傍 の 石 445

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の 舞 台 監 督 桝 本 清 ら と 泉 鏡 花 の 「 紅 玉 」 を 田 端 で 野 外 上 病 。 わ が 国 六 月 、 「 嬰 児 殺 し 」 を 仏 教 雑 誌 「 第 一 義 」 に 、 九 月 、 「 女 親 」 を 「 人 最 初 の 野 外 劇 で あ っ た 。 間 」 に 発 表 。 十 月 、 守 田 勘 弥 の 文 芸 座 で 「 津 村 教 授 」 を 帝 国 劇 場 に 大 正 三 年 ( 一 九 一 四 ) 一 一 十 七 歳 て 初 演 。 戯 曲 集 『 欲 生 』 を 叢 文 閣 か ら 刊 行 。 二 月 、 豊 島 与 志 雄 、 菊 池 寛 、 久 米 正 雄 、 芥 川 龍 之 介 ら と 第 三 次 「 新 大 正 十 年 ( 一 九 二 一 ) 三 十 四 歳 思 潮 」 を 創 刊 。 四 月 、 同 誌 に 戯 曲 「 淀 見 蔵 」 ( 「 女 親 」 ) を 発 表 。 こ 三 月 、 「 嬰 児 殺 し 」 が 有 楽 座 で 初 演 さ れ る 。 九 月 、 「 坂 崎 出 羽 守 」 を の 頃 よ り ペ ン ネ ー ム を 山 本 有 三 と す る 。 八 月 、 ハ ウ ブ ト マ ン の 戯 曲 「 新 小 説 」 に 発 表 。 菊 五 郎 一 座 が 市 村 座 で 初 演 。 十 月 、 長 男 有 一 誕 『 日 の 出 前 』 の 梗 概 を 刊 行 ( ア カ ギ 叢 書 ) 。 九 月 、 二 高 ( 仙 台 ) で 高 生 。 戯 曲 集 『 坂 崎 出 羽 守 』 を 新 潮 社 よ り 刊 行 ( 現 代 脚 本 叢 書 校 の 検 定 試 験 を 受 け 合 格 し 、 東 大 の 本 科 生 と な る 。 学 資 を 郷 里 の 篤 大 正 十 一 年 ( 一 九 二 一 l) 三 十 五 歳 志 家 よ り 援 助 さ れ る 。 一 一 月 、 守 田 勘 弥 、 市 川 猿 之 助 に よ り 「 女 親 」 を 帝 国 劇 場 で 初 。 九 し ま ん え ん ぎ 大 正 四 年 ( 一 九 一 五 ) 一 一 十 八 歳 月 、 「 指 鬘 縁 起 」 を 「 改 造 」 に 発 表 し 、 十 月 、 片 岡 我 、 中 村 魁 車 六 月 、 東 大 独 文 科 卒 業 。 論 文 は ド イ ツ 語 で 書 い た 「 ハ ウ ブ ト マ ン の に よ り 大 阪 浪 花 座 で 初 演 。 短 編 小 説 「 兄 弟 」 を 「 新 小 説 」 に 発 表 。 戯 曲 「 織 ェ 」 の 戯 曲 的 形 式 に つ い て 井 上 正 夫 の 一 座 の 専 属 作 者 九 月 、 楠 山 正 雄 と の 共 訳 で 「 シ ュ ニ ツ ツ レ ル 選 集 』 を 新 社 よ り 刊 と な る が 一 ヶ 月 で 退 座 。 十 二 月 、 秋 月 桂 太 郎 、 川 上 貞 奴 、 喜 多 村 緑 行 。 十 二 月 、 エ ッ セ イ 集 「 労 」 を 金 星 堂 よ り 刊 行 。 三 十 六 歳 郎 ら の 新 派 三 角 同 盟 一 座 に 座 付 作 者 と し て 参 加 。 武 者 小 路 実 篤 の 大 正 十 ニ 年 ( 一 九 一 一 三 ) コ 一 つ の 心 」 を 演 出 、 新 富 座 で 上 演 。 三 月 、 早 稲 田 大 学 講 師 を 辞 任 。 四 月 、 「 同 志 の 人 々 」 を 「 改 造 」 の 大 正 五 年 ( 一 九 一 六 ) 二 十 九 歳 特 大 号 に 、 七 月 、 「 海 彦 山 彦 」 を 「 女 性 」 に 発 表 。 八 月 、 芝 の 田 町 一 一 月 、 一 座 と 共 に 九 州 を 巡 業 。 二 月 、 勉 学 の た め 帰 京 。 に 転 居 。 九 月 、 駒 込 神 明 町 に 戻 る 。 十 月 、 劇 作 家 協 会 が 主 体 と な っ 大 正 六 年 ( 一 九 一 P) 三 十 歳 て 、 「 演 劇 新 潮 」 を 新 潮 社 よ り 刊 行 。 一 年 間 編 集 主 任 と な る 。 三 十 七 歳 舞 台 協 会 の 舞 台 監 督 に な り 、 武 名 小 路 実 篤 の 「 そ の 妹 」 を 赤 坂 の ロ 大 正 十 三 年 ( 一 九 二 四 ) ー ヤ ル 館 で 演 出 。 九 月 、 早 稲 田 大 学 ド イ ツ 語 講 師 に な る 。 一 月 、 「 本 尊 」 を 「 サ ン デ ー 毎 日 」 に 発 表 。 四 月 、 一 海 彦 山 彦 」 を 森 大 正 八 年 ( 一 九 一 九 ) 三 十 二 歳 田 勘 弥 と 沢 村 宗 之 助 が 大 国 座 で 初 演 。 六 月 、 「 熊 谷 蓮 生 坊 」 を 「 改 一 一 月 、 「 津 村 教 授 」 を 「 帝 国 文 学 」 に 発 表 。 三 月 、 英 文 学 者 本 田 増 造 」 に 発 表 。 七 月 、 牛 込 市 ヶ 谷 台 町 に 移 転 。 小 山 内 薫 の 築 地 小 劇 場 次 郎 の 長 女 華 子 と 結 婚 。 八 月 「 嬰 児 殺 し 」 執 筆 。 が 翻 訳 劇 を 重 視 し た の に 対 し 「 演 劇 新 潮 」 で 反 論 す る 。 九 月 、 「 ス み こ と 大 正 九 年 ( 一 九 ニ 〇 ) 三 十 三 歳 サ ノ ヲ の 命 」 を 「 婦 女 界 」 に 掲 載 。 十 月 、 「 大 磯 が よ い 」 を 「 新 潮 」 一 月 、 戯 曲 「 生 命 の 冠 」 を 「 人 間 」 に 発 表 。 二 月 、 「 生 命 の 冠 」 が に 「 女 中 の 病 気 」 を 「 演 劇 新 潮 」 に 発 表 。 十 一 月 、 戯 曲 集 「 同 志 の 井 上 正 夫 一 座 に よ り 明 治 座 で 初 演 さ れ る 。 三 月 、 戯 曲 集 『 生 命 の 人 々 」 を 新 潮 社 よ り 刊 行 。 三 十 八 歳 冠 」 を 新 潮 社 か ら 出 版 。 菊 池 寛 、 久 米 正 雄 ら と 劇 作 家 協 会 を 創 立 。 大 正 十 四 年 ( 一 九 一 一 五 ) め い ー - ・

現代日本の文学 12 山本 有三 集


五 十 七 歳 三 月 、 参 議 院 文 部 委 員 長 に 就 任 。 九 月 、 『 現 代 日 本 小 説 大 系 ・ 新 現 昭 和 十 九 年 ( 一 九 四 四 ) 一 一 月 、 「 ミ タ カ 少 国 民 文 庫 」 を し 、 子 ど も 向 け の 図 書 約 二 千 冊 を 、 三 実 主 義 ・ 山 本 有 三 等 」 を 河 出 書 房 よ り 刊 行 。 六 十 四 歳 昭 和 ニ 十 六 年 ( 一 九 五 一 ) 市 と 栃 木 市 の 小 学 校 に 寄 付 。 四 月 、 郷 里 の 栃 木 市 に 疎 開 。 五 十 八 歳 三 月 、 小 学 校 用 国 語 教 科 書 全 十 四 巻 の 編 集 が 終 わ る 。 十 一 月 、 参 議 昭 和 ニ 十 年 ( 一 九 四 五 ) 一 月 、 重 光 外 相 、 加 瀬 秘 書 官 の 世 話 で 、 安 倍 能 成 、 志 賀 直 我 、 武 者 院 本 会 議 に お い て 講 和 条 約 に 賛 成 投 票 、 安 全 保 障 条 約 に は 棄 権 。 小 路 実 篤 、 和 辻 哲 郎 、 田 中 耕 太 郎 等 と 三 年 会 を 作 る 。 九 月 、 栃 木 市 十 二 月 、 三 鷹 の 家 が 接 収 解 除 と な り 、 国 立 国 語 研 究 所 の 分 室 に 提 よ り 三 鷹 に 帰 る 。 十 二 月 、 安 藤 正 次 を 所 長 と し て 、 邸 内 に ミ タ カ 国 供 。 語 研 究 所 を 開 く 。 六 十 五 歳 昭 和 ニ 十 七 年 ( 一 九 五 一 l) 昭 和 ニ 十 一 年 ( 一 九 四 六 ) 五 十 九 歳 四 月 、 「 波 」 を 松 竹 で 映 画 化 。 七 月 、 破 防 法 上 程 に 際 し 、 修 正 意 見 一 月 、 か ら 「 竹 」 を 放 送 。 同 月 、 国 語 の 民 主 化 を 目 的 と す が 十 分 生 か さ れ な か っ た の で 、 反 対 票 を 投 じ る 。 ュ ネ ス コ 国 内 委 員 る 「 国 民 の 国 語 運 動 連 盟 」 を 結 成 。 四 月 、 国 語 審 議 会 委 員 に 推 さ に 推 さ れ る 。 十 月 、 正 倉 院 を 見 る た め 奈 良 に 旅 行 。 同 月 、 角 川 書 店 れ 、 当 用 漢 字 主 査 委 員 長 と な る 。 五 月 十 八 日 、 貴 族 院 議 員 に 勅 選 さ よ り 『 昭 和 文 学 全 集 ・ 山 本 有 三 集 」 刊 行 。 六 十 六 歳 れ 、 無 所 属 ク ラ ・ フ に 席 を お く 。 八 月 、 「 ロ ハ ス 大 統 領 と 神 保 中 佐 」 昭 和 ニ 十 八 年 ( 一 九 五 三 ) を 「 新 潮 」 に 発 表 。 十 一 月 、 三 鷹 の 家 を 進 駐 軍 に 接 収 さ れ 、 一 時 渋 三 月 、 中 学 校 用 国 語 教 科 書 全 六 巻 の 編 集 を 終 え る 。 四 月 、 幸 四 郎 、 谷 の 知 人 宅 に 間 借 り 。 十 二 月 、 大 森 に 転 居 。 勘 三 郎 に よ り 「 同 志 の 人 々 」 を 歌 舞 伎 座 で 上 演 。 同 月 、 三 鷹 の 家 が 昭 和 ニ 十 ニ 年 ( 一 九 四 七 ) 六 十 歳 国 立 国 語 研 究 所 よ り 返 還 さ れ た 。 五 月 、 参 議 院 議 員 の 任 期 満 了 と と 四 月 、 参 議 院 議 員 選 挙 に 全 国 区 よ り 立 候 補 し 、 第 九 位 で 当 選 。 同 時 も に 国 会 を 去 り 、 ユ ネ ス コ 国 内 委 員 辞 任 。 夫 人 と と も に 九 州 を 旅 に 国 語 審 議 会 委 員 を 辞 任 。 田 中 耕 太 郎 、 和 田 博 雄 ら と 緑 風 会 を 結 成 行 。 十 二 月 、 神 奈 川 県 湯 河 原 町 宮 上 三 三 九 の 現 在 の 家 に 移 る 。 六 十 七 歳 し た 。 六 月 、 参 議 院 文 化 委 員 長 に 就 任 。 同 月 よ り 『 山 本 有 三 文 庫 』 昭 和 ニ 十 九 年 ( 一 九 五 四 ) 全 十 一 巻 の 新 潮 社 よ り 刊 行 を 始 め る 。 一 一 月 、 関 西 方 面 へ 旅 行 。 三 月 、 筑 摩 書 房 よ り 「 現 代 日 本 文 学 全 集 ・ 昭 和 ニ 十 三 年 ( 一 九 四 八 ) 六 十 一 歳 山 本 有 三 集 』 を 刊 行 。 四 月 、 「 真 実 一 路 」 を 再 び 松 竹 で 映 画 化 。 同 譜 十 月 、 「 人 間 菊 池 」 を 「 文 藝 春 秋 」 に 発 表 。 十 二 月 、 尽 力 し た 「 国 月 よ り 『 山 本 有 三 文 庫 』 全 七 巻 を 中 央 公 論 社 か ら 刊 行 。 六 月 、 奈 立 国 語 研 究 所 設 置 法 」 が 公 布 さ れ 、 国 立 国 語 研 究 所 が 設 立 さ れ た 。 良 、 九 州 方 面 へ 旅 行 。 六 十 八 歳 年 昭 和 ニ 十 四 年 ( 一 九 四 九 ) 六 十 一 一 歳 昭 和 三 十 年 ( 一 九 五 五 ) 四 月 、 「 無 事 の 人 」 を 一 新 潮 」 に 発 表 。 十 月 、 新 潮 社 よ り 刊 行 。 十 十 月 、 夫 人 と と も に 関 西 及 び 山 口 県 に 旅 行 。 「 路 傍 の 石 」 「 女 の 一 紹 一 月 三 日 、 か ら 「 文 化 の 日 の 話 」 を 放 送 。 生 」 を 松 竹 で 、 「 生 き と し 生 け る も の 」 を 日 活 で 映 画 化 。 昭 和 ニ 十 五 年 ( 一 九 五 0 ) 六 十 九 歳 六 十 三 歳 昭 和 三 十 一 年 ( 一 九 五 六 )

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写 真 協 力 = 日 本 近 代 文 学 館 、 東 京 都 「 有 三 青 少 年 文 庫 」 、 栃 木 第 一 小 学 校 、 栃 木 市 教 育 委 員 会 ほ か 。 写 真 の 著 作 権 は 極 力 調 査 し ま し た 。 昭 和 40 年 11 月 の 文 化 勲 章 受 章 を 家 族 一 同 に 囲 ま れ て 祝 う 書 斎 に 通 し る 廊 下 づ た い の 書 庫 で 書 見 す る 有 三 て い る が 、 骨 格 は 、 教 養 小 説 で あ る 。 こ の 時 期 の 作 者 の 人 生 と 社 会 に 関 す る 見 方 は 、 「 作 者 の 言 葉 」 に よ く 現 わ れ て い る 。 「 『 生 き と し 生 け る も の 、 い つ れ か 歌 を よ ま ざ り け る 』 と 紀 貫 之 ( キ ノ ・ ツ ラ ユ キ ) は 古 今 集 の 序 で い っ て い ま す が 、 あ ら ゆ る 生 物 は 、 は た し て み な 歌 を よ む も の か ど う か 、 わ た く し は 知 り ま せ ん 。 し か し 、 ど ん な 形 を し て い よ う と も 、 こ の 世 に 生 を 受 け て い る も の は 、 必 す な ん ら か の 意 味 に お い て 、 太 陽 に 向 か っ て 手 を の ば し て い な い も の は な い と 思 い ま す 。 一 木 一 草 は も と よ り 、 ア メ ー バ の よ う な 微 生 物 か ら 人 間 に 至 る ま で 、 太 陽 に 対 し て で き る だ け 広 い 座 席 を 取 ろ う と し て 争 っ て い ま す 。 お そ ら く 物 質 的 に も 精 神 的 に も 、 光 を 求 め る こ と が 、 生 き と し 生 け る も の の 本 性 で は な い の で し こ れ は 、 山 本 有 三 の 向 日 的 精 神 を 現 わ す も の と し て 、 記 憶 す べ き 言 葉 で あ ろ う 。 向 日 的 精 神 と い え ば 、 宮 本 百 合 子 に も い ち し る し い 政 治 的 に い え ば 、 宮 本 百 合 子 は 、 上 層 中 産 階 級 に 生 ま れ 、 共 産 主 義 者 に な っ た 。 山 本 有 三 は 、 そ れ よ り は 下 の 階 級 か ら 出 て き て 、 自 由 主 義 者 に な っ た 。 宮 本 百 合 子 は 、 山 本 有 三 を 認 め な が ら も 、 微 温 的 態 度 を 批 判 し た 。 だ が 、 文 学 的 に い え ば 、 出 発 点 や 到 達 点 で だ け 評 定 を し て は い け な い 。 出 発 点

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て 医 」 ト 小 、 つ Hauptmanns Drama 'Die weber ( ゲ ル ( ル ト ・ 大 正 七 年 末 、 二 年 来 腹 案 の 『 津 村 教 授 』 ( 三 幕 ) を 脱 ウ . プ ト マ ン の 戯 曲 『 織 匠 』 の 形 式 に つ い て ) で あ っ た 。 稿 し 、 「 帝 国 文 学 」 の 大 正 八 年 一 一 月 号 に 発 表 し た 。 津 主 人 公 が 個 人 で な く 、 民 衆 で あ る こ と に 興 味 を 覚 え た も の だ と い う 。 山 本 有 三 は 、 こ の 時 期 か ら 、 社 会 的 関 心 村 教 授 に は 、 夏 目 漱 石 の 『 行 人 』 に 登 場 す る 一 郎 の 面 影 か う か か え る 。 弟 か ら 、 兄 さ ん は 利 他 主 義 だ が 、 そ を 強 く 一 小 し て い た よ 、 つ に 田 5 、 つ 大 学 を 卒 業 し て 、 新 ら し い 体 験 を か さ ね る こ と に な れ な ら ス ー プ も 飲 め な い で は な い か と い わ れ 、 ス ー プ 「 た 。 そ れ は 、 井 上 正 夫 一 座 の 座 付 作 者 と な り 、 意 見 の 入 れ 物 を 投 げ つ け る 。 生 き る と い う こ と は 、 他 人 を が あ わ す 、 一 か 月 で 退 き 、 年 末 に 、 新 派 三 角 同 盟 一 座 殺 す こ と だ と い う 根 本 知 識 に 立 0 て い る 。 こ の 戯 曲 は 、 一 行 の 批 評 に も あ わ な か っ た と い う 。 む ろ ん 、 作 者 は の 座 付 作 者 と な り 、 新 富 座 で 、 武 者 小 路 実 篤 の 『 二 つ の 心 』 の 舞 台 監 督 を し た こ と で あ る 。 山 本 有 三 は 、 翌 そ れ に く し け て は い な い 『 生 命 の 冠 』 は 、 「 人 間 」 の 大 正 九 年 一 月 号 に 発 表 さ 年 一 月 、 大 阪 浪 花 座 に 従 い 、 二 月 以 後 は 、 九 州 の 巡 業 に つ い て 回 っ た 。 だ が 、 リ 盧 団 の 内 部 の 空 気 に 耐 え ら れ れ た 。 二 月 に 、 井 上 正 夫 一 座 に よ っ て 、 明 治 座 で 上 演 さ れ 、 三 月 、 大 阪 浪 花 座 で 続 演 さ れ 、 い ず れ も 好 評 を な く な り 、 東 京 に 戻 っ て 、 戯 曲 の 勉 強 に 専 念 す る こ と に し た ス ト リ ン ド へ リ 三 月 に 、 処 女 作 品 集 と し て 、 『 生 命 の 冠 』 ハ ウ ブ ト マ ン 、 シ ュ ニ ッ / レ ル な ど 、 西 ヨ ー ロ と 『 津 村 教 授 』 を 合 せ て 『 生 命 の 冠 』 が 刊 行 さ れ た 。 ッ パ の 近 代 劇 か ら 、 栄 養 分 を 摂 六 月 に は 、 仏 教 雑 誌 「 第 一 義 」 に 、 『 嬰 児 殺 し 』 が 掲 新 ら し い 出 発 を し た 。 座 付 作 者 と な っ て い た な ら 、 載 さ れ 、 改 作 『 女 親 』 が 九 月 に 、 「 人 間 」 に 発 表 さ れ 月 さ く 固 ま っ て し ま っ て い た か も し れ ぬ た 。 十 月 に は 、 守 田 勘 弥 の 文 芸 座 に よ っ て 帝 国 劇 場 で 、 山 本 有 三 は 、 大 正 八 年 ( 一 九 一 九 ) か ら 大 正 十 年 ( 一 『 津 村 教 授 』 が 初 演 さ れ た 。 十 月 に は 、 第 二 戯 曲 集 「 欲 九 二 一 ) に か け て 、 劇 作 家 と し て の 地 位 を 確 立 し た 。 生 』 ( 『 女 親 』 『 嬰 児 殺 し 』 『 津 村 教 授 』 ) が 刊 行 さ れ 日 本 で は 、 第 一 次 大 戦 は 、 戦 争 と し て は そ れ ほ ど 深 刻 こ の 時 期 の 戯 曲 は 、 社 会 劇 と い う ふ う に も み で は な か っ た 。 だ が 、 社 会 的 変 化 を 大 き く 左 右 し た と は 言 え よ う 。 山 本 有 三 は 、 広 い 意 味 で 、 第 一 次 大 戦 の ら れ て い る が 、 正 確 に は 、 理 念 の 戯 曲 と み な し た は う か よ い と 思 わ れ る 。 『 嬰 児 殺 し 』 が 代 表 的 作 品 と み ら な か か ら 登 場 し て き た 「 戦 後 文 学 者 」 と み な す こ と も 456

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一 月 、 「 女 人 哀 詞 」 前 半 を 水 谷 八 重 子 に よ り 明 治 座 で 、 五 月 、 同 後 画 一 真 実 一 路 」 封 切 り 。 同 月 、 夫 人 と と も に 京 都 、 奈 良 に 遊 ぶ 。 圧 十 一 歳 半 を 花 柳 章 太 郎 に よ り 新 宿 の 新 歌 舞 伎 座 で 初 演 。 六 月 は じ め 、 共 産 昭 和 十 三 年 ( 一 九 三 八 ) 党 に 資 金 を 提 供 し た 疑 い で 、 検 挙 。 八 月 、 検 挙 の た め 中 絶 し て い た 「 ス ト ウ 夫 人 」 を 一 ~ 三 月 号 の 「 主 婦 之 友 」 に 発 表 。 四 月 、 『 戦 争 「 女 の 一 生 」 の 「 母 の 愛 」 二 十 一 節 以 後 を 、 山 中 湖 畔 で 執 筆 し 、 十 と ふ た り の 婦 人 』 を 岩 波 書 店 よ り 刊 行 。 こ の 本 の 「 あ と が ぎ 」 に 、 一 月 、 中 央 公 論 社 よ り 刊 行 。 そ の 初 版 の 印 税 全 部 を 、 明 治 大 学 文 芸 原 則 と し て ふ り が な を 廃 止 せ よ と 主 張 し 、 各 方 面 か ら 大 き な 反 響 を 呼 ぶ 。 「 路 傍 の 石 」 の 続 編 を 、 「 朝 日 新 聞 」 に 掲 載 す る は ず だ っ た 科 学 生 の た め の 育 英 資 金 と し て 寄 付 し た 。 四 十 七 歳 が 、 容 易 に 実 現 し な い た め 、 両 社 の 了 解 の も と に 、 こ の 機 会 に 第 一 昭 和 九 年 ( 一 九 三 四 ) 一 、 三 月 号 「 キ ン グ 」 に 「 不 惜 身 命 」 ( の ち 「 ふ し や く し ん み よ う 」 部 よ り 改 稿 し 、 「 新 編 路 傍 の 石 」 と 題 し て 、 十 一 月 よ り 「 主 婦 之 友 」 と 改 題 ) を 発 表 。 三 月 、 「 父 親 」 を 友 田 恭 助 の 築 地 座 に よ り 飛 行 館 に 連 載 を 始 め る 。 十 二 月 、 エ ル ヴ ィ ン ・ ヤ ー ン 校 閲 、 桜 井 和 市 訳 の で 初 演 。 十 一 月 、 「 生 き と し 生 け る も の 」 の 松 竹 ト ー キ ー 映 画 封 切 『 波 』 ド イ ツ 語 版 、 シ ュ ッ ツ ト ガ ル ト の コ ッ タ 書 店 よ り 刊 行 さ る 。 五 十 二 歳 り 。 十 二 月 、 「 瘤 」 ( の ち 「 こ ぶ 」 と 改 題 ) を 「 改 造 」 に 発 表 。 昭 和 十 四 年 ( 一 九 三 九 ) 四 十 八 歳 七 月 、 改 訂 版 『 不 惜 身 命 』 を 創 元 社 よ り 刊 行 。 同 月 、 東 宝 劇 団 に よ 昭 和 十 年 ( 一 九 三 五 ) 一 月 よ り 「 真 実 一 路 」 を 「 主 婦 之 友 」 に 連 載 。 七 月 、 短 編 集 「 瘤 』 り 有 楽 座 で 上 演 。 十 一 月 い ら 、 『 山 本 有 三 全 集 』 全 十 巻 が 岩 波 店 を 改 造 社 よ り 刊 行 。 少 年 少 女 の た め に 「 日 本 少 国 民 文 庫 」 全 十 六 巻 か ら 出 版 さ れ る 。 五 十 三 歳 を 企 画 編 集 し 、 十 一 月 に 第 一 回 配 本 「 心 に 太 陽 を 持 て 』 を 新 潮 社 よ 昭 和 十 五 年 ( 一 九 四 0 ) り 刊 行 し た 。 こ の 年 、 内 閣 か ら 、 著 作 権 審 在 会 委 員 を 命 じ ら れ た 。 七 月 、 「 主 婦 之 友 」 に 連 載 中 の 「 新 編 路 傍 の 石 」 を 中 絶 。 そ の 理 由 昭 和 十 一 年 ( 一 九 三 六 ) 四 十 九 歳 を 「 べ ン を 折 る 」 と 題 し て 翌 八 月 号 同 誌 に 発 表 。 五 十 四 歳 一 月 、 眼 底 出 血 の た め 著 作 権 審 査 会 委 員 を 辞 任 し 、 ロ 述 で 「 真 実 一 昭 和 十 六 年 ( 一 九 四 一 ) 路 」 の 稿 を 続 け る 。 不 眠 症 に 悩 ま さ れ た す え 、 四 月 三 日 、 三 鷹 村 の 一 月 、 「 も じ と 国 民 」 を か ら 放 送 。 三 月 、 「 立 藝 巻 秋 」 に 発 森 の 中 の 静 か な 家 に 転 居 し た 。 九 月 完 結 の 「 真 実 一 路 』 を 、 十 一 表 。 七 月 、 帝 国 芸 術 院 会 員 に 推 さ れ る 。 同 月 、 母 な か 、 八 十 三 歳 で 月 、 新 潮 社 よ り 刊 行 。 こ の 年 、 グ レ グ ボ フ と ウ ス ・ ヘ ン ス カ ヤ 共 訳 の 水 眠 。 八 月 、 『 新 編 路 傍 の 石 』 を 岩 波 書 店 よ り 刊 行 。 五 十 五 歳 「 女 の 一 生 」 が 、 ソ ヴ ィ エ ト ・ ロ シ ャ に て 刊 行 さ れ た 。 昭 和 十 七 年 ( 一 九 四 一 l) 昭 和 十 ニ 年 ( 一 九 三 七 ) 五 十 歳 五 月 、 」 か ら 「 隠 れ た る 先 覚 者 小 林 虎 三 郎 」 を 放 送 。 七 月 、 「 は に か み や の ク ラ ラ 」 を 一 ~ 三 月 号 の 「 主 婦 之 友 」 に 連 載 。 眼 疾 邸 内 に 「 ミ タ カ 少 国 民 文 庫 」 を 開 ぎ 、 近 所 の 少 年 少 女 に 開 放 し た 。 五 十 六 歳 の た め 、 明 大 文 芸 科 長 を 辞 職 。 「 路 傍 の 石 」 ( 第 一 部 ) を 、 一 月 元 日 昭 和 十 八 年 ( 一 九 四 三 ) よ り 六 月 半 ば ま で 、 「 東 京 ・ 大 阪 両 朝 日 新 聞 」 に 連 載 。 一 一 月 、 「 真 実 一 、 二 月 号 「 主 婦 之 友 」 に 「 米 百 俵 」 を 発 表 。 六 月 、 井 上 正 夫 一 座 一 路 」 を 井 上 正 夫 と 八 重 子 に よ り 、 歌 舞 伎 座 で 上 演 。 六 日 、 日 活 映 に よ り 東 京 劇 場 で 初 演 。 同 月 「 米 百 俵 』 を 新 潮 社 よ り 刊 行 。

現代日本の文学 12 山本 有三 集


山 本 有 三 集