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検索対象: 現代日本の文学 21 井伏 鱒二 集

現代日本の文学 21 井伏 鱒二 集から 438件ヒットしました。

現代日本の文学 21 井伏 鱒二 集


現 代 日 本 の 文 学 井 伏 鱒 二 集 2 ー 学 習 研 究 社 夫 成 靖 整 聖 夫 樹 男 五 ~ 杜 秀 健 巻 委 瞿 康 上 藤 修 崎 野 立 集 島 端 北 尾 奥 足 三 川 井 伊 龠

現代日本の文学 21 井伏 鱒二 集


現 代 日 本 の 文 学 21 井 伏 鱒 二 集 全 60 巻 電 話 は , 東 京 ( 03 ) 720 ー 1111 へ お 願 い し ま す 。 昭 和 57 年 10 月 1 日 28 版 発 行 昭 和 45 年 9 月 1 日 初 版 発 行 著 者 発 行 者 発 行 所 井 伏 鱒 一 古 岡 滉 鑾 学 習 研 究 社 東 京 都 大 田 区 上 池 台 4 ー 40- 5 〒 145 振 替 東 京 8 ー 142930 電 話 東 京 ( 720 ) 1111 ( 大 代 表 ) 印 刷 大 日 本 印 刷 株 式 会 社 暁 印 刷 株 式 会 社 製 本 文 勇 堂 製 本 工 業 株 式 会 社 本 文 用 紙 三 菱 製 紙 株 式 会 社 表 紙 ク ロ ス 東 洋 ク ロ ス 株 式 会 社 製 函 永 井 紙 器 印 刷 株 式 会 社 * こ の 本 に 関 す る お 問 合 せ や ミ ス な ど が あ り ま し た ら , 文 書 は , 東 京 都 大 田 区 上 池 台 4 丁 目 40 番 5 号 ( 〒 145 ) 学 研 お 客 さ ま 相 談 セ ン タ ー 現 代 日 本 の 文 学 係 へ , OMasuji lbuse 1970 Printed in Japan ISBN4 ー 05 ー 050231 ー 3 C0393 本 書 内 容 の 無 断 複 写 を 禁 す

現代日本の文学 21 井伏 鱒二 集


井 伏 鱒 二 集

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412 て 折 生 迫 に 滞 在 。 秋 か ら し ば し ば 谷 崎 精 一 一 を 訪 ね る 。 「 陣 痛 時 代 」 同 人 が プ ロ レ タ リ ア 文 学 に 参 加 し た の で 、 同 人 仲 間 か 大 正 十 年 ( 一 九 一 一 D 一 一 十 三 歳 ら 離 れ た 。 一 一 月 、 「 歪 な 図 案 」 を 「 不 同 調 」 新 人 号 に 発 表 、 村 礒 多 べ ん た っ 四 月 、 日 本 美 術 学 校 別 格 科 に 入 学 。 週 に 一 、 一 一 度 通 う 。 夏 、 近 江 、 よ り 鞭 撻 の 手 紙 が 来 る 。 は じ め て 小 説 で 原 稿 料 を も ら う 。 祖 父 、 死 伊 賀 、 志 摩 に 写 生 旅 行 。 十 月 、 片 上 伸 教 授 と 衝 突 、 休 学 し て 瀬 戸 内 去 。 九 月 、 東 京 府 豊 多 摩 郡 井 荻 村 字 下 井 草 一 八 一 〇 ( 現 、 杉 並 区 清 海 因 ノ 島 に 行 き 、 三 ノ 庄 町 の 土 井 浦 一 一 医 院 に 滞 在 。 ト ル ス ト イ や チ 水 一 ー 一 七 ー 一 、 現 住 所 ) に 居 を 構 え る 。 十 月 、 秋 元 節 代 と 結 婚 。 工 ホ フ な ど を 読 む 。 三 十 歳 昭 和 三 年 ( 一 九 二 八 ) 大 正 十 一 年 ( 一 九 一 三 ) 一 一 十 四 歳 一 一 月 、 「 鯉 」 に 加 筆 し て 「 三 田 文 学 」 に 再 発 表 。 水 上 滝 太 郎 の 推 奨 に 三 月 、 困 ノ 島 よ り 上 京 。 五 月 、 親 友 青 木 南 八 、 死 去 。 早 稲 田 大 学 と よ る 。 五 月 、 舟 橋 聖 一 、 阿 部 知 一 「 梶 井 基 次 郎 、 今 日 出 海 等 の 同 人 日 本 美 術 学 校 を 退 学 。 雑 誌 「 文 芸 都 市 」 ( 紀 伊 国 屋 刊 行 ) の 同 人 と な る 。 旧 稿 「 た ま 虫 を 大 正 十 ニ 年 ( 一 九 lllll) 一 一 十 五 歳 見 る 」 を 改 作 、 「 三 田 文 学 」 に 発 表 。 七 月 、 「 遅 い 訪 問 」 を 、 十 月 、 ゅ う へ 、 八 月 、 同 人 雑 誌 「 世 紀 」 に 参 加 、 学 生 時 代 の 習 作 の 一 つ 「 幽 」 ( 後 「 粗 吟 断 章 」 を 「 三 田 文 学 」 に 発 表 。 三 十 一 歳 に 加 筆 し て 「 山 椒 魚 」 と 改 題 ) を 発 表 。 九 月 、 下 戸 塚 の 茗 渓 館 で 関 昭 和 四 年 ( 一 九 一 一 九 ) 東 大 震 災 に あ い 、 中 央 線 経 由 で 帰 郷 。 「 世 紀 」 三 号 は 印 刷 中 被 災 、 一 月 よ り 「 谷 間 」 を 「 文 芸 都 市 」 に 連 載 ( 四 月 完 結 ) 。 三 月 、 「 朽 助 同 人 は 解 散 。 十 月 、 上 京 。 の い る 谷 間 」 を 「 創 作 月 刊 」 に 発 表 。 五 月 、 「 幽 閉 」 を 改 作 「 山 椒 魚 」 大 正 十 三 年 ( 一 九 二 四 ) 一 一 十 六 歳 と 改 題 し て 「 文 芸 都 市 」 に 発 表 。 七 月 、 「 炭 鉱 地 帯 病 院 」 を 「 文 芸 都 十 一 月 、 出 版 社 聚 芳 閣 に 動 め た が 、 三 カ 月 後 に 退 社 。 市 」 に 、 十 一 月 、 「 屋 根 の 上 の サ ワ ン 」 を 同 人 雑 誌 「 文 学 」 一 一 号 に 発 大 正 十 四 年 ( 一 九 二 五 ) 一 一 十 七 歳 表 。 同 月 、 水 上 滝 太 郎 の 推 薦 で 「 シ グ レ 島 叙 景 」 を 「 文 藝 春 秋 」 に 一 月 、 「 う ち あ わ せ 」 を 「 文 学 界 」 ( 松 本 清 太 郎 編 集 、 聚 芳 閣 発 行 ) 発 表 。 三 十 一 一 歳 に 発 表 。 春 一 旦 帰 郷 し た が 、 一 カ 月 後 に 上 京 し 、 再 び 聚 芳 閣 に 勤 務 、 昭 和 五 年 ( 一 九 三 〇 ) お く づ け 奥 付 の な い 本 を 出 し 、 蕋 恥 の あ ま り 一 カ 月 で 退 社 。 「 夜 ふ け と 梅 の 一 月 、 「 休 憩 時 間 」 を 「 新 青 年 」 に 、 三 月 、 「 印 度 の 譚 詩 」 を 「 詩 神 」 花 」 を 武 藤 直 治 編 集 の 同 人 雑 誌 「 鉄 槌 」 に 発 表 。 六 月 、 「 つ く だ に の に 発 表 。 四 月 、 最 初 の 作 品 集 『 夜 ふ け と 梅 の 花 』 を 新 潮 社 よ り 刊 行 。 小 魚 」 を 「 鉄 槌 」 に 発 表 。 五 月 、 「 十 一 一 年 間 」 を 「 新 潮 」 に 発 表 。 小 林 秀 雄 、 中 島 健 蔵 、 河 上 徹 大 正 十 五 ( 昭 和 元 ) 年 ( 一 九 一 一 六 ) 一 一 十 八 歳 太 郎 、 永 井 龍 男 等 の 同 人 雑 誌 「 作 品 」 の 同 人 と な る 。 六 月 、 「 逃 亡 九 月 、 「 鯉 」 を 田 中 貢 太 郎 編 集 の 随 筆 雑 誌 「 桂 月 」 に 発 表 。 こ の 年 、 記 」 ( 後 に 「 さ ざ な み 軍 記 」 の 一 部 と な る ) を 「 作 品 」 に 発 表 。 七 月 、 「 世 紀 」 同 人 と と も に 同 人 雑 誌 「 陣 痛 時 代 」 を 刊 行 。 約 八 カ 月 続 く 。 「 逃 亡 記 そ の 一 こ を 「 作 品 」 に 、 「 晩 春 」 を 「 文 春 秋 」 オ ー ル 読 物 そ の 間 に 「 岬 の 風 景 」 を 掲 載 。 田 中 貢 太 郎 の 紹 介 で 佐 藤 春 夫 に 師 事 。 号 に 発 表 。 『 な っ か し き 現 実 』 を 改 造 社 よ り 刊 行 。 九 月 、 「 悪 い 仲 昭 和 ニ 年 ( 一 九 ニ 七 ) ニ 十 九 歳 間 」 を 「 新 潮 」 に 発 表 。 て つ つ い い び つ

現代日本の文学 21 井伏 鱒二 集


0 能 武 田 で 井 伏 さ ん は 大 正 六 年 九 月 早 稲 田 の 文 科 の 編 入 試 験 を 自 受 け て 入 学 し た 。 そ の こ ろ は 九 月 に 編 入 試 験 が あ っ た し か し 、 最 初 か ら 早 稲 田 の 文 科 を 志 望 し た の で は な い 井 伏 さ ん は 中 学 二 、 三 年 の こ ろ か ら 、 何 と な く 画 家 に 年 な ろ う と 田 5 っ た 。 井 伏 さ ん を 絵 画 へ 近 づ け た の は 、 前 : せ も の 述 の 祖 父 の 蒐 め た 日 本 画 で あ る 。 物 で あ っ た と こ ろ さ し つ か て 別 に 差 支 え は な い 。 井 伏 さ ん は 画 が 好 き だ っ た の 文 章 を 見 て も 視 で 、 こ れ は 現 在 に 至 る も 変 り は な い 。 覚 型 だ と 云 う こ と が 判 る そ れ と も う 一 つ 、 福 山 地 方 は 画 家 を 大 切 に す る 気 風 が あ っ た 。 だ か ら 、 画 家 も 沢 山 出 て い る 。 そ う 云 う 気 風 も 井 伏 さ ん の 画 家 志 望 の 動 上 機 と な っ て い る こ と は 否 め ま い て 中 学 生 の こ ろ も 、 休 み と 云 う と 写 生 に 出 掛 け た り し 宅 村 て い る が 、 中 学 を 卆 業 す る と 、 早 速 写 生 道 具 を 買 い 集 山 而 め て 写 生 旅 行 に 出 た 。 奈 良 、 吉 野 、 京 都 方 面 を 三 ヶ 月 は ど 歩 い て 京 都 に は 一 ヶ 月 ほ ど 滞 在 し た 。 丸 田 橋 の 袂 の 和 泉 屋 と 云 う 旅 館 に 泊 っ て 、 丸 田 橋 の 下 か ら 荒 神 橋 年 青 を 見 た 風 景 と か 、 川 で 布 を さ ら す 職 人 を 写 生 し た り し 「 京 都 」 と 云 う 随 筆 に は 当 時 の こ と に ふ れ て 次 の 日 - み 田 よ 、 つ に 日 い て い る 427

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414 に 、 「 川 井 騒 動 」 を 「 サ ン デ ー 毎 日 」 に 発 表 。 「 お こ ま さ ん 」 を 「 少 ( 現 、 甲 府 市 ) へ 疎 開 。 女 の 友 」 に 六 月 ま で 連 載 。 一 一 月 、 田 中 貢 太 郎 が 高 知 県 安 芸 町 で 吐 血 昭 和 ニ 十 年 ( 一 九 四 五 ) 四 十 七 歳 し た た め 同 地 へ 行 く 。 短 篇 集 『 丹 下 氏 邸 』 を 新 潮 社 よ り 刊 行 。 三 月 、 七 月 、 郷 里 広 島 県 加 茂 村 へ 再 疎 開 。 「 寄 付 金 持 逃 げ の 件 」 ( 「 多 甚 古 村 補 遺 」 の 一 部 ) を 「 公 論 」 に 、 四 昭 和 ニ 十 一 年 ( 一 九 四 六 ) 四 十 八 歳 月 、 「 へ ん ろ う 宿 」 を 「 オ 1 ル 読 物 」 に 、 「 掛 け 持 ち 」 を 「 文 藝 春 秋 」 三 月 、 短 篇 集 『 雨 の 歌 』 を 飛 鳥 書 店 よ り 刊 行 。 四 月 、 コ 一 つ の 話 」 を は だ か じ ま に 発 表 。 五 月 、 短 集 『 鸚 鵡 』 を 河 出 書 房 よ り 、 六 月 、 随 筆 集 『 風 「 展 望 」 に 、 五 月 、 「 波 高 島 」 ( 「 佗 助 ー の 前 半 ) を 「 改 造 」 に 、 六 月 、 俗 』 を モ ダ ン 日 本 社 よ り 刊 行 。 同 月 、 「 円 心 の 行 状 」 を 「 オ ー ル 読 「 佗 助 」 ( 後 半 ) を 「 人 間 」 に 、 九 月 、 「 追 剥 の 話 」 を 「 素 直 」 に 発 物 」 に 発 表 。 九 月 、 『 一 路 平 安 』 を 今 日 の 問 題 社 よ り 刊 行 。 表 。 十 月 、 短 篇 集 『 ま げ も の 』 を 鎌 倉 文 庫 よ り 刊 行 。 十 一 月 、 「 当 村 昭 和 十 六 年 ( 一 九 四 一 ) 四 十 三 歳 大 字 霞 ヶ 森 」 を 「 中 央 公 論 」 に 、 「 橋 本 屋 」 を 「 世 界 」 に 発 表 。 十 ニ 一 月 、 「 増 富 の 谿 谷 」 を 「 オ ー ル 読 物 」 に 、 「 小 間 物 屋 」 を 「 中 央 公 論 」 月 、 短 篇 集 「 佗 助 』 を 鎌 倉 文 庫 よ り 刊 行 。 に 発 表 。 三 月 、 短 集 『 シ グ レ 島 叙 景 』 を 実 業 之 日 本 社 よ り 刊 行 。 昭 和 ニ 十 ニ 年 ( 一 九 四 七 ) 四 十 九 歳 翌 年 に か け て 『 井 伏 鱒 一 一 随 筆 全 集 』 三 巻 、 『 夏 の 狐 』 『 山 の 宿 』 『 風 貌 一 月 、 短 篇 集 『 追 剥 の 話 』 を 昭 森 社 よ り 刊 行 、 「 引 越 や つ れ 」 を 「 新 姿 勢 』 を 春 陽 堂 よ り 刊 行 。 六 月 、 短 篇 集 『 お こ ま さ ん 』 を 輝 文 館 よ 潮 」 に 発 表 。 七 月 、 東 京 の 自 宅 へ 戻 る 。 こ の 年 、 後 に 「 引 越 や つ れ 」 り 刊 行 。 十 一 月 、 陸 軍 徴 用 員 と な り 、 十 ニ 月 、 海 南 島 、 サ イ ゴ ン を 経 に 集 成 さ れ る 「 高 田 館 」 「 牛 込 鶴 巻 町 」 「 鬼 子 母 神 裏 」 「 巣 林 館 」 を あ い て タ イ の シ ン ゴ ラ に 上 陸 、 シ ン ガ ポ ー ル に 至 る 。 は じ め 昭 南 タ イ ム つ い で 発 表 し た 。 ズ 社 、 の ち に 昭 南 日 本 学 園 に 勤 務 。 昭 和 ニ 十 三 年 ( 一 九 四 八 ) 五 十 歳 昭 和 十 七 年 ( 一 九 四 一 l) 四 十 四 歳 一 月 、 「 因 ノ 島 」 を 「 文 藝 春 秋 」 に 、 三 月 、 「 山 峡 風 物 誌 」 を 「 改 造 」 八 月 、 「 花 の 町 」 を シ ン ガ ポ 1 ル で 執 筆 、 十 月 ま で 「 東 京 日 日 新 聞 」 に 発 表 。 同 月 よ り 翌 年 九 月 に か け 『 井 伏 鱒 二 選 集 』 全 九 巻 を 筑 摩 書 「 大 阪 毎 日 新 聞 」 に 連 載 。 九 月 、 「 昭 南 日 記 」 を 「 文 学 界 」 に 発 表 。 房 よ り 刊 行 。 五 月 、 『 詩 と 随 筆 』 を 河 出 書 房 、 作 品 集 『 引 越 や つ れ 』 詩 集 『 仲 秋 明 月 』 を 地 平 社 よ り 刊 行 。 十 一 月 、 徴 用 解 除 と な り 、 マ を 六 興 出 版 社 、 八 月 、 『 貸 間 あ り 』 を 鎌 倉 文 庫 よ り 刊 行 。 九 月 、 「 白 ニ ラ 、 台 北 経 由 で 福 岡 に 帰 着 。 髪 」 ( 後 に 「 白 毛 」 と 改 題 ) を 「 世 界 」 に 発 表 。 十 ニ 月 、 童 話 『 シ ビ 昭 和 十 八 年 ( 一 九 四 = l) 四 十 五 歳 レ 池 の 鴨 』 を 小 山 書 店 よ り 刊 行 。 五 月 、 情 報 局 の 命 令 に よ り 甲 府 、 諏 訪 、 上 田 、 高 田 に 講 演 行 。 ま 昭 和 ニ 十 四 年 ( 一 九 四 九 ) 五 十 一 歳 た 軍 命 令 に よ り 山 陰 の 七 浦 に 出 征 軍 人 の 模 範 的 留 守 家 族 を 訪 ね 、 原 一 一 月 、 短 篇 集 『 か ん ざ し 』 を 近 代 出 版 社 よ り 刊 行 。 三 月 、 「 立 候 補 勧 稿 を 書 く 。 六 月 か ら 八 月 ま で 「 御 神 火 」 を 「 こ ど も 朝 日 」 に 連 載 。 誘 」 を 「 展 望 」 に 、 五 月 、 「 普 門 院 さ ん 」 を 「 改 造 文 芸 」 に 発 表 。 八 昭 和 十 九 年 ( 一 九 四 四 ) 四 十 六 歳 月 よ り 翌 年 三 月 ま で 「 本 日 休 診 」 を 「 別 冊 文 藝 春 秋 」 に 分 載 。 十 月 、 一 一 月 、 短 篇 集 『 御 神 火 』 を 甲 鳥 書 林 よ り 刊 行 。 五 月 、 山 梨 県 甲 運 村 『 試 験 監 督 』 を 文 藝 春 秋 新 社 よ り 刊 行 。 同 月 、 「 爺 さ ん 婆 さ ん 」 を 「 群 お う む

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に 連 載 。 「 月 日 へ の プ レ ー キ 」 ( 後 に 「 猫 」 と 改 題 ) を 「 新 潮 」 に 昭 和 三 十 九 年 ( 一 九 六 四 ) 六 十 六 歳 発 表 。 十 月 、 『 珍 品 堂 主 人 』 を 中 央 公 論 社 よ り 、 「 木 靴 の 山 』 を 筑 摩 書 一 月 、 「 横 丁 の 話 」 を 「 新 潮 」 に 、 「 カ ラ ス 」 を 「 小 説 新 潮 」 に 、 一 一 月 、 房 よ り 刊 行 。 「 稽 古 場 へ 行 く 道 」 を 「 オ ー ル 読 物 」 に 、 五 月 、 「 茅 ノ 島 所 見 」 を 「 新 昭 和 三 十 五 年 ( 一 九 六 〇 ) 六 十 一 一 歳 潮 」 に 、 六 月 、 「 笠 雲 」 を 「 別 冊 文 藝 春 秋 」 に 発 表 。 九 月 よ り 「 井 伏 一 月 、 「 草 野 球 の 球 審 」 を 「 新 潮 」 に 発 表 。 「 西 海 日 報 記 者 」 を 「 小 説 鱒 二 全 集 』 全 十 一 一 巻 を 筑 摩 書 房 よ り 刊 行 。 六 十 七 歳 新 潮 」 に 連 載 。 二 月 、 「 琴 の 記 」 を 「 別 冊 週 刊 朝 日 」 に 発 表 。 『 釣 師 ・ 昭 和 四 十 年 ( 一 九 六 五 ) 釣 場 』 を 新 潮 社 よ り 刊 行 。 三 月 、 日 本 芸 術 院 会 員 と な る 。 五 月 、 日 一 月 、 「 柴 芽 谷 部 落 」 を 「 展 望 」 に 発 表 。 「 の 結 婚 」 ( 八 月 よ り 「 黒 本 文 学 全 集 『 井 伏 鱒 一 一 集 』 を 新 潮 社 よ り 刊 行 。 七 月 、 「 お 袋 」 を 「 小 い 雨 ー と 改 題 ) を 「 新 潮 」 に 連 載 。 「 く る み が 丘 」 を 「 オ ー ル 初 」 説 中 央 公 論 」 に 発 表 。 後 に 「 取 材 旅 行 」 と な る 旅 行 記 を 「 小 説 新 潮 」 に 連 載 。 七 月 、 「 上 脇 進 の ロ 述 」 を 「 小 説 新 潮 」 に 発 表 。 六 十 八 歳 に 連 載 。 こ の 年 、 ロ フ テ ィ ン グ の 『 ド リ ト ル 先 生 』 を 訳 出 、 岩 波 書 昭 和 四 十 一 年 ( 一 九 六 六 ) 店 よ り 七 冊 刊 行 。 三 月 、 『 く る み が 丘 』 を 文 藝 朞 秋 よ り 刊 行 。 十 月 、 『 黒 い 雨 』 を 新 潮 社 昭 和 三 十 六 年 ( 一 九 六 一 ) 六 十 三 歳 よ り 刊 行 。 十 一 月 、 文 化 勲 章 を 受 く 。 ま た 『 黒 い 雨 』 に よ り 、 野 間 一 月 、 「 南 島 風 土 記 」 を 「 新 潮 」 に 発 表 。 三 月 、 随 筆 集 『 昨 日 の 会 』 文 芸 賞 を 受 け た 。 六 十 九 歳 を 新 潮 社 よ り 刊 行 。 八 月 よ り 「 武 州 鉢 形 城 」 を 「 新 」 に 連 載 。 九 昭 和 四 十 ニ 年 ( 一 九 六 七 ) 月 、 「 無 心 状 」 を 「 小 説 新 潮 」 に 発 表 。 『 取 材 旅 行 』 を 新 潮 社 よ り 刊 行 。 一 月 、 「 御 用 控 帳 」 を 「 文 藝 春 秋 」 に 、 六 月 、 「 う ば め 樫 」 を 「 別 冊 小 六 十 四 歳 説 新 潮 」 に 発 表 。 十 月 、 随 筆 集 『 風 貌 姿 勢 』 を 講 談 社 よ り 刊 行 。 昭 和 三 十 七 年 ( 一 九 六 一 l) 七 十 歳 昭 和 四 十 三 年 ( 一 九 六 八 ) 一 一 月 、 日 本 現 代 文 学 全 集 『 井 伏 鱒 一 一 ・ 永 井 龍 男 集 』 を 講 談 社 よ り 、 七 月 、 昭 和 文 学 全 集 『 井 伏 鱒 一 一 集 』 を 角 川 書 店 よ り 刊 行 。 十 月 、 「 故 一 月 、 「 大 き い 木 」 を 「 新 潮 」 に 、 十 一 一 月 、 「 思 い 出 す こ と 」 を 「 心 」 に 発 表 。 篠 原 陸 軍 中 尉 」 を 「 新 潮 」 に 、 「 表 札 」 を 「 小 説 新 潮 」 に 発 表 。 七 十 一 歳 昭 和 四 十 四 年 ( 一 九 六 九 ) 六 十 五 歳 昭 和 三 十 八 年 ( 一 九 六 = D 一 月 、 「 子 熊 の ク こ を 「 新 潮 」 に 、 二 月 、 「 誕 生 日 」 を 「 オ ー ル 読 物 」 一 月 、 「 富 ノ 沢 麟 太 郎 」 を 「 新 潮 」 に 、 「 問 わ ず 語 り 」 を 「 小 説 新 潮 」 に 発 表 。 三 月 、 『 武 州 鉢 形 城 』 を 新 潮 社 よ り 刊 行 。 四 月 、 「 戦 死 ・ 戦 病 に 発 表 。 一 一 月 、 ジ ョ ン ・ ・ ヘ ス タ ー 訳 の : Black Rain" ( 英 訳 『 黒 い 死 」 を 「 小 説 中 央 公 論 」 に 、 五 月 、 「 芦 安 一 等 兵 」 を 「 中 央 公 論 」 に 、 雨 』 ) を 講 談 社 よ り 刊 行 。 七 十 二 歳 「 郷 土 部 隊 」 を 「 オ 1 ル 読 物 」 に 発 表 。 「 つ か ぬ こ と を 」 を 「 小 説 新 昭 和 四 十 五 年 ( 一 九 七 0 ) 潮 」 に 連 載 。 八 月 、 「 片 割 草 紙 」 を 「 新 潮 」 に 、 十 一 月 、 「 コ タ ッ 花 」 一 月 、 「 釣 人 」 を 「 新 潮 」 に 発 表 。 七 月 、 『 釣 人 』 を 新 潮 社 よ り 刊 ( を 「 文 芸 朝 日 」 に 、 十 二 月 、 「 中 込 君 の 釣 」 を 「 小 説 中 央 公 論 」 に 発 ( こ の 年 譜 は 、 主 と し て 、 米 田 清 一 氏 作 成 の 年 譜 、 「 難 肋 集 」 、 そ の 他 参 考 文 献 を も と に 編 集 部 で 作 成 し 、 小 沼 丹 氏 の 校 閲 を 得 ま し た ) 表 、 短 篇 集 『 無 心 状 」 を 新 潮 社 よ り 刊 行 。

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像 」 に 、 「 満 身 瘡 」 を 「 新 潮 」 に 、 十 ニ 月 、 「 お ん な ご こ ろ 」 を 「 小 昭 和 ニ 十 九 年 ( 一 九 五 四 ) 五 十 六 歳 説 新 潮 」 に 発 表 。 四 月 よ り 「 漂 民 宇 三 郎 」 を 「 群 像 」 に 連 載 。 五 月 、 「 痴 人 」 ( 後 に 「 白 昭 和 ニ 十 五 年 ( 一 九 五 0 ) 五 十 二 歳 鳥 の 歌 」 と 改 題 ) を 「 文 学 界 」 に 発 表 。 十 一 一 月 、 「 な な か ま ど 」 を 「 文 二 月 、 「 遙 拝 隊 長 」 を 「 展 望 」 に 、 「 鳥 の 巣 」 を 「 新 潮 」 に 、 三 月 、 学 界 」 に 、 「 在 所 言 葉 」 を 「 暮 し の 手 帖 」 に 発 表 。 短 篇 集 『 黒 い 壺 』 「 お 島 の 存 念 書 」 ( 一 部 ) を 「 小 説 公 園 」 に 発 表 。 五 月 、 「 本 日 休 診 」 を 新 潮 社 よ り 刊 行 。 そ の 他 に よ り 第 一 回 読 売 文 学 賞 を 受 け る 。 六 月 、 『 本 日 休 診 』 を 文 藝 昭 和 三 十 年 ( 一 九 五 五 ) 五 十 七 歳 春 秋 社 よ り 、 『 多 甚 古 村 ・ 普 門 院 さ ん 』 を 春 陽 堂 よ り 刊 行 。 津 軽 、 南 一 一 月 、 随 筆 集 『 な な か ま ど 』 を 新 潮 社 よ り 、 六 月 、 随 筆 集 『 在 所 言 部 、 酒 田 に 旅 行 。 九 月 、 随 筆 集 『 掘 出 し も の 』 を 創 元 社 よ り 刊 行 。 葉 』 を 修 道 社 よ り 刊 行 。 「 開 墾 村 与 作 の 陳 述 」 ( 後 に 「 開 墾 村 の 与 作 」 ) 昭 和 ニ 十 六 年 ( 一 九 五 一 ) 五 十 三 歳 を 「 別 冊 文 藝 春 秋 」 に 発 表 。 十 ニ 月 、 短 篇 集 『 白 鳥 の 歌 』 を 筑 摩 書 一 月 、 「 吉 凶 う ら な い 」 を 「 新 潮 」 に ( 一 一 月 、 十 月 に 分 載 ) 、 四 月 、 「 お 房 よ り 刊 行 。 し ゅ う は ん 島 の 語 る 秋 帆 先 生 」 ( 「 お 島 の 存 念 書 」 の 一 部 ) を 「 小 説 公 園 」 に 発 昭 和 三 十 一 年 ( 一 九 五 六 ) 五 十 八 歳 表 。 短 篇 集 『 遙 拝 隊 長 』 を 改 造 社 よ り 刊 行 。 六 月 、 「 か き つ ば た 」 を 一 月 、 短 篇 集 『 源 太 が 手 紙 』 を 筑 摩 書 房 よ り 、 一 一 月 、 『 漂 民 宇 三 郎 』 「 中 央 公 論 」 文 芸 特 集 号 に 、 七 月 、 「 岡 部 の 陣 屋 」 ( 「 お 島 の 存 念 書 」 を 講 談 社 よ り 刊 行 。 「 漂 民 宇 三 郎 」 な ど に よ り 三 十 年 度 の 芸 術 院 賞 の 一 部 ) を 「 オ ー ル 読 物 」 に 、 十 ニ 月 、 「 ワ サ ビ 盗 人 」 を 「 オ ー ル 読 を 受 賞 。 こ の 年 各 地 に 旅 行 し 「 さ さ や ま 街 道 」 な ど 、 後 に 『 七 つ の 物 」 に 発 表 。 短 篇 集 『 か き つ ば た 』 を 池 田 書 店 よ り 刊 行 。 街 道 』 に 集 成 さ れ る 作 品 を 「 別 冊 文 藝 春 秋 」 に 分 載 。 九 月 よ り 「 駅 昭 和 ニ 十 七 年 ( 一 九 五 一 l) 五 十 四 歳 前 旅 館 」 を 「 新 潮 」 に 連 載 。 一 月 、 短 篇 集 『 吉 凶 う ら な い 』 を 文 藝 春 秋 新 社 よ り 刊 行 。 四 月 、 北 九 昭 和 三 十 ニ 年 ( 一 九 五 七 ) 五 十 九 歳 州 へ 講 演 に 行 き 、 帰 途 、 河 上 徹 太 郎 、 三 好 達 治 と 山 口 県 を 巡 る し 六 月 、 一 月 、 「 私 の 動 物 誌 」 を 「 東 京 新 聞 」 に 日 曜 日 連 載 。 六 月 、 随 筆 集 『 還 随 筆 集 『 川 釣 り 』 を 岩 波 書 店 よ り 刊 行 。 八 月 か ら 「 猫 ま た 小 路 」 を 暦 の 鯉 』 を 、 十 一 月 、 『 駅 前 旅 館 』 を 新 潮 社 よ り 、 十 一 一 月 、 三 七 つ の 街 「 週 刊 サ ン ケ イ 」 に 連 載 。 道 』 を 立 藝 春 秋 新 社 よ り 刊 行 。 昭 和 ニ 十 八 年 ( 一 九 五 三 ) 昭 和 三 十 三 年 ( 一 九 五 八 ) 五 十 五 歳 六 十 歳 譜 三 月 、 『 井 伏 鱒 一 一 作 品 集 』 ( 全 六 巻 ・ 未 完 ) を 創 元 社 よ り 刊 行 。 四 月 、 一 月 、 「 御 隠 居 さ ん 」 を 「 新 潮 」 に 発 表 。 七 月 よ り 「 木 靴 の 山 」 を 「 東 「 野 辺 地 睦 五 郎 略 伝 」 を 「 文 藝 春 秋 」 に 発 表 。 七 月 よ り 十 一 月 ま で 京 新 聞 」 タ 刊 に 連 載 。 十 月 、 「 リ ン ド ウ の 花 」 を 「 声 」 に 発 表 。 十 一 か じ か 年 「 か る さ ん 屋 敷 」 を 「 毎 日 新 聞 」 に 連 載 。 九 月 、 随 筆 集 『 点 滴 』 を 月 、 短 篇 集 『 河 鹿 』 を 筑 摩 書 房 よ り 刊 行 。 こ の 年 の 春 か ら 翌 年 春 に 要 書 房 よ り 刊 行 。 十 二 月 、 「 安 土 セ ミ ナ リ オ 」 ( 最 初 の 部 分 ) を 「 別 か け 各 地 を 旅 行 し 、 の ち 「 釣 師 ・ 釣 場 」 に ま と め る 。 冊 文 藝 秋 」 に 発 表 。 現 代 日 本 文 学 全 集 『 井 伏 鱒 一 一 集 』 を 筑 摩 書 房 昭 和 三 十 四 年 ( 一 九 五 九 ) 六 十 一 歳 よ り 刊 行 。 一 月 よ り 「 珍 品 堂 主 人 」 を 「 中 央 公 論 」 に 、 「 釣 師 ・ 釣 場 」 を 「 新 潮 」

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は 翦 昭 和 30 年 ご ろ 鞆 の 津 沖 釣 り 昭 和 43 年 広 島 県 鞆 の 津 で が あ っ て そ っ ち へ ま わ し た 。 サ ワ ン と 云 う の は 印 度 の 四 季 を 現 わ す 言 葉 の 一 つ だ そ う だ が 、 春 夏 秋 冬 の ど れ に 相 当 す る の か 判 ら な い と 井 伏 さ ん は 云 う 。 他 に ポ ー ご ろ ス 、 ア ル ハ ン と か あ る 由 だ が 、 語 呂 が い い の で サ ワ ン を と っ た 。 井 伏 さ ん は 佐 藤 春 夫 の 紹 介 で 、 印 度 人 の 志 士 サ バ ル ワ ル と 云 う 人 と 印 度 の 作 品 を 共 同 で 翻 訳 し た こ と が あ る 。 こ の 経 緯 も 「 難 肋 集 」 に 面 白 く 書 い て あ る が 茲 で は ふ れ な い 。 サ バ ル ワ ル 氏 は 現 在 ニ ュ ウ デ リ イ に い て 、 井 伏 さ ん に 長 い 手 紙 を 寄 越 し た そ う で あ る や は り こ の 年 井 伏 さ ん は 「 文 藝 春 秋 」 に 「 シ グ レ 島 叙 景 」 を 発 表 、 翌 年 新 潮 社 か ら 新 興 芸 術 派 叢 書 の 一 冊 と し て 「 夜 ふ け と 梅 の 花 」 を 、 改 造 社 か ら 新 鋭 文 学 叢 書 の 一 冊 と し て 「 な っ か し き 現 実 」 を 刊 行 、 文 壇 に 進 出 し た 。 井 伏 さ ん の 初 期 の 作 品 は 何 れ も 諧 謔 と 詩 情 に キ - な ・ ば 転 溢 れ て い る が 、 井 伏 さ ん は 一 作 を も っ て 華 々 し く 登 場 し た 訳 で は な い 。 独 り 自 分 の 道 を 歩 い て い た ら 、 裡 に 、 お の す か ら 他 に 類 の な い 独 自 の 文 学 と し て の 重 量 を 加 え て 行 っ た と 云 、 フ こ と で あ る 。 井 伏 さ ん は 昭 和 五 年 「 作 品 」 の 同 人 と な っ た 。 同 人 に は 小 林 秀 雄 、 河 上 徹 太 郎 、 永 井 龍 男 、 堀 辰 雄 、 三 好 達 治 、 中 島 健 蔵 等 の 諸 氏 が い た 。 こ の 後 の 井 伏 さ ん は 戦 争 の 始 ま る ま で 、 着 々 と す ぐ れ た 作 品 を 発 表 し て 文 壇 に 独 自 の 地 位 を 占 め る の で あ る 。 「 丹 下 氏 邸 」 「 日 441

現代日本の文学 21 井伏 鱒二 集


井 伏 さ ん は 書 い て い る あ る が 南 八 の よ う な 友 人 の 存 在 が 井 伏 さ ん に と っ て 、 青 木 南 八 は 毎 日 の よ う に 井 伏 さ ん の 下 宿 に 来 て 、 井 ど れ ほ ど 大 き な 支 柱 で あ り 刺 較 で あ っ た か 判 ら な い 伏 さ ん を 学 校 へ 誘 っ た 。 学 校 へ 行 き た く な い と き は 井 南 八 と 知 合 っ た 年 の 夏 、 井 伏 さ ん は 郷 里 で 小 動 物 を 伏 さ ん は 枕 元 に 原 稿 用 紙 を 散 ら し て お く そ れ を 見 て 扱 っ た 作 品 七 篇 を 書 い て い る が 、 こ れ も 南 八 に 読 ま せ あ り じ ご く 南 八 は 「 お や 徹 夜 で 書 い た ん だ ね 。 凄 い 凄 い 」 と 満 足 る た め で あ る 。 「 や ん ま 」 「 蟻 地 獄 」 「 が ま 」 「 た ま し て 引 き あ げ て 行 く 。 学 生 の こ ろ は 南 八 に 読 ん で 貰 お 虫 を 見 る 」 「 山 椒 魚 」 他 二 篇 で あ る 。 こ の 裡 「 山 椒 魚 う と 田 5 っ て 作 品 を 聿 日 い た 、 と 井 伏 さ ん は 話 し た こ と か は 数 年 後 「 幽 閉 」 と 云 う 題 で 同 人 雑 誌 「 世 紀 」 に 発 表 さ れ 、 の ち に 加 筆 し て 「 山 椒 魚 」 と 改 題 、 「 文 芸 都 市 」 に 再 録 さ れ て い る 。 「 た ま 虫 を 見 る 」 も 後 年 「 三 田 文 ヒ 匕 学 」 に 発 表 さ れ て い る ム 月 ~ 目 1 林 武 青 木 南 八 は 教 授 連 の 期 待 の 的 で あ り 、 学 生 仲 間 の 信 田 望 を 一 身 に 集 め て い た が 、 卒 業 を 目 前 に し て 胸 部 疾 患 文 野 コ ー 白 い 「 こ う い う 友 達 か 死 ん で し ま う と す い 撮 で 逝 く な っ た の り 十 で よ 崎 子 ぶ ん な さ け な い 」 ( 「 喪 章 の つ い て い る 心 懐 」 ) と 井 伏 荘 右 尾 好 さ ん は 書 い て い る が 名 作 と 云 わ れ る 「 鯉 」 ( 昭 和 二 年 ) 山 列 二 芝 は 、 亡 友 青 木 南 八 へ の 追 懐 を 一 匹 の 鯉 に 託 し て 表 現 し 京 会 順 た 詩 情 豊 か な 作 品 で あ る 途 方 に く れ た 青 春 の 孤 独 と 東 賀 蔵 見 哀 感 が こ の 作 品 に 美 し く 結 品 し て い る 日 祝 徳 高 は ず 1 念 高 ら 順 調 に 行 く と 井 伏 さ ん は 学 校 阜 萃 業 し て い る 筈 だ が 、 「 心 ロ 本 か 4 年 有 実 は 中 途 退 学 と な っ て い る 。 こ れ は 教 授 片 上 伸 と 衝 突 年 周 " 〔 例 し た の が 原 因 で 、 片 上 教 授 の 一 方 的 措 置 に よ っ て 退 学 っ 0 ワ 」 和 」 田 さ せ ら れ た と 云 う の が 事 実 で あ る 。 片 上 伸 は 一 種 の 変 〃 ロ け 卩 質 者 で 、 井 伏 さ ん は あ る と き 先 生 が 発 作 を 起 し た の で み 第 す ご ノ 」 432