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検索対象: 現代日本の文学 42 島尾 敏雄 井上 光晴 集

現代日本の文学 42 島尾 敏雄 井上 光晴 集から 460件ヒットしました。

現代日本の文学 42 島尾 敏雄 井上 光晴 集


十 九 年 脱 退 ) 。 「 新 日 本 文 学 会 」 の 会 員 に な っ た ( 三 十 九 年 十 一 一 月 脱 八 月 、 敗 戦 に て 神 戸 に 復 員 。 長 妹 は 奉 天 に て 死 す 。 ・ 、 ー は 庄 二 十 九 歳 退 ) 。 こ の こ ろ か ら 約 一 か 年 「 一 、 二 会 」 に 加 わ っ た 。 メ ン ′ 昭 和 ニ 十 一 年 ( 一 九 四 六 ) 三 月 、 ミ ホ と 結 婚 。 庄 野 潤 三 、 林 富 士 馬 、 大 垣 国 司 、 三 島 由 紀 夫 と 野 潤 三 、 吉 行 淳 之 介 、 安 岡 章 太 郎 、 三 浦 朱 門 、 近 藤 啓 太 郎 、 結 城 信 「 光 ー を 結 成 、 二 十 二 年 に 三 号 で 解 散 。 「 は ま べ の う た 」 「 夢 中 市 一 、 小 島 信 夫 、 武 田 繁 太 郎 、 五 味 康 祐 、 奥 野 健 男 、 日 野 啓 三 、 進 藤 純 孝 、 村 松 剛 、 浜 田 新 一 の 十 五 名 。 「 一 二 会 」 解 散 の あ と 、 奥 野 健 街 」 ( の ち 「 石 像 歩 き 出 す 」 と 改 題 ) を 発 表 し た 。 三 十 歳 男 、 吉 本 隆 明 ら の 「 現 代 評 論 」 に 加 わ り 、 「 鬼 剥 げ 」 を 発 表 ( 二 号 で 昭 和 ニ 十 ニ 年 ( 一 九 四 七 ) 四 月 の こ ろ 約 一 か 月 大 阪 の 「 日 本 デ モ ク ラ シ ー 協 会 」 に 勤 め た 。 五 解 消 ) 。 三 十 八 歳 月 、 神 戸 山 手 女 子 専 門 学 校 ( の ち に 山 手 女 子 短 大 ) の 非 常 勤 講 師 と 昭 和 三 十 年 ( 一 九 五 五 ) な り 、 七 月 神 戸 市 立 外 事 専 門 学 校 ( の ち に 神 戸 市 立 外 国 語 大 学 ) の 三 月 、 み す ず 書 房 よ り 短 篇 集 「 帰 巣 者 の 憂 鬱 』 刊 行 。 三 月 、 向 丘 高 教 授 職 を 得 た 。 富 士 正 晴 編 集 の 「 」 に 参 加 、 一 一 十 六 年 校 を 辞 し 、 佐 倉 、 池 袋 、 市 川 に 居 を 移 す 。 十 月 、 奄 美 大 島 の 名 瀬 市 に 移 住 。 十 二 月 、 河 出 書 房 よ り 短 篇 集 『 わ れ 深 き ふ ち よ り 』 刊 行 。 の 末 ご ろ 脱 退 し た 。 三 十 九 歳 三 十 一 歳 昭 和 三 十 一 年 ( 一 九 五 六 ) 昭 和 ニ 十 三 年 ( 一 九 四 八 ) あ っ せ ん 七 月 、 長 男 伸 三 が 生 ま れ た 。 野 間 宏 の 斡 旋 に よ り 、 「 単 独 旅 行 者 」 四 月 、 大 島 高 等 学 校 、 大 島 実 業 高 等 学 校 ( 定 時 制 ) の 非 常 勤 講 師 を ( 「 」 第 一 号 と 第 二 号 に 発 表 ) が 「 芸 術 」 第 七 号 に 転 載 、 勤 め る 。 九 月 、 現 代 社 よ り 短 篇 集 『 夢 の 中 で の 日 常 』 刊 行 。 十 二 月 「 夢 の 中 で の 日 常 」 が 「 綜 合 文 化 」 七 月 暑 に 掲 載 さ れ た 。 「 近 代 文 に カ ト リ ッ ク の 洗 礼 を 受 け た 。 四 十 歳 学 」 の 同 人 に な っ た ( 三 十 二 年 六 月 同 人 制 解 消 の と き ま で ) 。 一 号 昭 和 三 十 ニ 年 ( 一 九 五 七 ) 出 た だ け の 「 序 曲 」 の 同 人 に な っ た 。 十 月 、 短 篇 集 『 単 独 旅 行 者 』 七 月 、 出 版 書 肆 ・ ( ト リ ア よ り 短 篇 集 『 島 の 果 て 』 を 刊 行 。 十 二 月 、 鹿 児 島 県 職 員 と な り 、 奄 美 日 米 文 化 会 館 長 勤 務 。 を 真 善 美 社 か ら 刊 行 。 末 妹 鎌 形 雅 江 す 。 四 十 一 歳 三 十 二 歳 昭 和 三 十 三 年 ( 一 九 五 八 ) 昭 和 ニ 十 四 年 ( 一 九 四 九 ) 四 月 、 鹿 児 島 県 立 図 書 館 奄 美 分 館 が 設 置 さ れ 、 分 館 長 兼 務 。 三 月 、 短 篇 集 『 格 子 の 眼 』 全 国 書 房 よ り 刊 行 。 四 十 二 歳 昭 和 三 十 四 年 ( 一 九 五 九 ) 三 十 三 歳 昭 和 ニ 十 五 年 ( 一 九 五 〇 ) 譜 一 一 月 、 「 出 孤 島 記 」 ( 二 十 四 年 十 一 月 「 文 芸 」 発 表 ) に よ り 月 曜 書 房 奥 野 健 男 、 吉 本 隆 明 、 清 岡 卓 行 、 井 上 光 晴 、 武 井 昭 夫 、 瀬 木 慎 一 、 の 「 戦 後 文 学 賞 」 ( 第 十 四 回 ) を 得 た 。 四 月 、 長 女 マ ヤ が 生 ま れ た 。 橋 川 文 三 、 佐 古 純 一 郎 の 「 現 代 批 評 」 に 参 加 、 十 一 月 に 五 号 を 出 し た あ と 解 消 。 「 川 に て 」 を 発 表 し た 。 年 十 二 月 、 河 出 書 房 よ り 長 篇 小 説 『 賢 学 生 』 を 刊 行 。 四 十 三 歳 三 十 五 歳 昭 和 三 十 五 年 ( 一 九 六 〇 ) 昭 和 ニ 十 七 年 ( 一 九 五 一 l) 幻 三 月 、 神 戸 外 大 助 教 授 を 辞 職 し て 東 京 都 江 戸 川 区 小 岩 町 に 移 住 。 向 七 月 、 未 来 社 よ り 随 筆 集 『 離 島 の 幸 福 ・ 離 島 の 不 幸 』 を 刊 行 。 十 月 丘 高 等 学 校 定 時 制 の 非 常 勤 講 師 の 職 を 得 た 。 「 現 在 の 会 」 に 入 会 ( 一 一 講 談 社 よ り 短 篇 集 『 死 の 棘 』 を 刊 行 。 鹿 児 島 の 同 人 雑 誌 「 作 品 」 に ゅ う う つ

現代日本の文学 42 島尾 敏雄 井上 光晴 集


む く は と じ ゅ う 参 加 ( 同 人 は 倞 嶋 十 、 夏 目 漠 、 井 上 岩 夫 、 田 中 仁 彦 ら 、 二 号 に て 解 を 刊 行 。 七 月 、 冬 樹 社 よ り 随 筆 集 『 島 に て 』 を 刊 行 。 十 一 月 、 西 日 4 ) 。 本 新 聞 社 の 「 西 日 本 文 化 賞 」 ( 第 一 一 十 五 回 、 社 会 文 化 部 門 ) 受 賞 。 五 十 歳 昭 和 三 十 六 年 ( 一 九 六 一 ) 四 十 四 歳 昭 和 四 十 ニ 年 ( 一 九 六 七 ) 「 死 の 棘 」 ( 三 十 五 年 九 月 「 群 像 」 に 発 表 ) に よ り 芸 術 選 奨 ( 第 十 一 四 月 、 講 談 社 よ り 『 わ れ ら の 文 学 ⑧ 島 尾 敏 雄 』 刊 行 。 六 月 、 筑 摩 書 回 文 学 部 門 ) 受 賞 。 七 月 と 九 月 に 、 晶 文 社 よ り 『 島 尾 敏 雄 作 品 集 』 房 よ り 『 現 代 文 学 大 系 島 尾 敏 雄 ・ 安 岡 章 太 郎 ・ 庄 野 潤 三 ・ 吉 行 淳 第 一 巻 及 び 第 二 巻 刊 行 。 之 介 集 』 刊 行 。 七 月 、 晶 文 社 よ り 『 島 尾 敏 雄 作 品 集 第 五 巻 』 刊 行 。 四 十 五 歳 十 月 か ら 十 二 月 に か け 、 ソ 連 、 ポ ー ラ ン ド 、 チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア 、 昭 和 三 十 七 年 ( 一 九 六 一 l) 四 月 、 『 島 尾 敏 雄 作 品 集 』 第 三 巻 刊 行 。 五 月 、 新 潮 社 よ り 、 短 篇 集 ュ ー ゴ ス ラ ヴ ィ ア 、 オ ー ス ト リ ア を 単 独 旅 行 。 十 一 月 、 徳 間 書 房 よ 『 島 へ 』 刊 行 。 六 月 、 未 来 社 よ り 随 筆 集 『 非 超 現 実 主 義 的 な 超 現 実 り 『 幼 年 記 ・ 島 尾 敏 雄 初 期 作 品 集 』 刊 行 。 昭 和 四 十 三 年 ( 一 九 六 八 ) 五 十 一 歳 主 義 の 覚 え 書 』 刊 行 。 八 月 、 『 島 尾 敏 雄 作 品 集 』 第 四 巻 刊 行 。 四 十 六 歳 十 一 月 、 中 央 公 論 社 よ り 『 日 本 の 文 学 幟 堀 田 善 衛 ・ 安 部 公 房 ・ 島 尾 昭 和 三 十 八 年 ( 一 九 六 = l) 四 月 か ら 六 月 に か け 、 ア メ リ カ 合 衆 国 本 土 の ほ か プ エ ル ト ・ リ コ と 敏 雄 』 刊 行 。 ハ ワ イ 州 の オ ア フ 、 モ ロ カ イ 、 ハ ワ イ 、 カ ウ ア イ の 諸 島 を 旅 行 。 十 昭 和 四 十 四 年 ( 一 九 六 九 ) 五 十 二 歳 一 一 月 、 自 転 車 事 故 に て 負 傷 、 六 か 月 入 院 。 三 月 、 講 談 社 よ り 随 筆 集 一 月 、 角 川 書 店 よ り 文 庫 本 『 死 の 棘 』 刊 行 。 昭 和 三 十 九 年 ( 一 九 六 四 ) 四 十 七 歳 『 琉 球 弧 の 視 点 よ り 』 刊 行 。 五 月 、 京 都 に て 父 四 郎 死 す 。 十 月 、 プ 二 月 、 新 潮 社 よ り 短 篇 集 『 出 発 は 遂 に 訪 れ ず 』 刊 行 。 六 月 、 集 英 社 レ ス ・ ビ ・ フ リ オ マ 1 ヌ よ り 限 定 本 『 帰 巣 者 の 憂 鬱 』 ( 三 〇 三 冊 ) 刊 よ り 『 新 日 本 文 学 全 集 3 長 谷 川 四 郎 ・ 島 尾 敏 雄 集 』 刊 行 。 十 一 月 、 行 。 南 日 本 新 聞 社 の 「 南 日 本 文 化 賞 ( 第 十 五 回 、 芸 術 文 化 部 門 ) を 受 賞 昭 和 四 十 五 年 ( 一 九 七 〇 ) す る 。 同 じ 月 、 沖 繩 本 島 、 石 垣 島 、 宮 古 島 を 旅 行 。 三 月 、 沖 繩 本 島 旅 行 。 十 一 月 か ら 十 二 月 に か け て ソ 連 、 イ ン ド 旅 行 。 昭 和 四 十 年 ( 一 九 六 五 ) 四 十 八 歳 イ ン ド で は 第 四 回 ア ジ ア ・ ア フ リ カ 作 家 会 議 に 参 加 。 秋 、 ソ 連 の モ ス ク ワ 、 レ ニ ン グ ラ ー ド 、 エ レ ヴ ァ ン 及 び ポ ー ラ ン ド の ワ ル シ ャ ワ 旅 行 。 モ ス ク ワ で は 第 一 回 日 ソ 文 学 シ ン ポ ジ ウ ム に 参 加 。 ワ ル シ ャ ワ に は 中 薗 英 助 、 工 藤 幸 雄 と 同 行 。 十 月 、 新 潮 社 よ り 短 篇 集 『 日 の ち ち ま り 』 刊 行 。 四 十 九 歳 昭 和 四 十 一 年 ( 一 九 六 六 ) 三 月 か ら 四 月 に か け 沖 繩 本 島 、 伊 江 島 ( ま で は 長 男 と い っ し ょ ) 、 石 垣 島 、 竹 富 島 を 旅 行 。 三 月 、 未 来 社 よ り 随 筆 集 『 私 の 文 学 遍 歴 』 五 十 三 歳

現代日本の文学 42 島尾 敏雄 井上 光晴 集


現 代 日 本 の 文 42 島 尾 敏 雄 井 一 E 光 晴 三 川 井 伊 臣 北 尾 奥 足 崎 野 立 集 端 上 藤 修 五 + 杜 秀 健 巻 委 紀 康 夫 成 靖 整 聖 夫 樹 男 学 習 研 究 社

現代日本の文学 42 島尾 敏雄 井上 光晴 集


426 昭 和 十 四 年 ( 一 九 三 九 ) 一 一 十 一 一 歳 三 月 、 長 崎 高 商 卒 業 。 四 月 、 同 校 海 外 貿 易 科 入 学 。 夏 、 フ ィ リ ・ ヒ ン の ル ソ ン 島 、 台 湾 旅 行 。 矢 山 哲 治 、 真 鍋 呉 夫 、 川 上 一 雄 、 小 山 俊 一 、 岡 達 一 、 阿 川 弘 之 ら の 「 こ を ろ 」 に 加 入 。 「 こ を ろ 」 は 十 八 年 の 第 十 四 号 で 終 刊 。 「 呂 宋 紀 行 」 「 矢 山 哲 治 の 死 」 「 浜 辺 路 」 な ど を 発 表 し た 。 大 正 六 年 ( 一 九 一 七 ) 昭 和 十 五 年 ( 一 九 四 〇 ) 一 一 十 三 歳 四 月 、 横 浜 市 生 ま れ 。 本 籍 は 福 島 県 相 馬 郡 小 高 町 大 井 。 妹 二 人 ( 美 四 月 、 九 州 帝 国 大 学 法 文 学 部 経 済 科 に 入 学 。 江 、 雅 江 ) 、 弟 三 人 ( 義 郎 、 裕 三 、 卓 郎 、 う ち 裕 三 は 乳 児 の と き 死 昭 和 十 六 年 ( 一 九 四 一 ) 二 十 四 歳 亡 ) 。 四 月 、 文 科 に 入 学 し な お し 、 東 洋 史 専 攻 。 東 洋 史 の 講 座 は 重 松 俊 章 大 正 十 三 年 ( 一 九 二 四 ) 七 歳 教 授 、 日 野 開 三 郎 助 教 授 。 在 学 中 同 攻 生 七 人 の 中 に 、 辻 豊 、 庄 野 潤 関 東 大 震 災 ( 大 正 十 一 一 年 ) の 翌 年 、 横 浜 尋 常 小 学 校 入 学 。 三 が い た 。 卒 業 論 文 は 「 元 代 に お け る 回 鶻 人 に つ い て の 一 考 察 」 。 大 正 十 四 年 ( 一 九 二 五 ) 八 歳 夏 、 末 妹 雅 江 と 満 州 国 旅 行 。 秋 、 兵 庫 県 西 儺 村 稗 田 に 移 住 、 西 灘 第 一 一 尋 常 小 学 校 に 転 校 。 昭 和 四 昭 和 十 七 年 ( 一 九 四 一 l) 一 一 十 五 歳 年 神 戸 市 に 移 住 、 神 戸 尋 常 小 学 校 に 転 校 、 昭 和 五 年 同 校 卒 業 、 兵 庫 初 夏 の こ ろ 、 奉 天 に 嫁 い で い た 長 妹 原 美 江 を 迎 え が て ら 、 朝 鮮 の 慶 県 立 第 一 神 戸 商 業 学 校 に 入 学 。 州 に 行 っ た 。 昭 和 八 年 ( 一 九 三 = l) 十 六 歳 昭 和 十 八 年 ( 一 九 四 = D 一 一 十 六 歳 金 森 正 典 編 集 の 「 峠 」 に 参 加 。 「 峠 」 は 第 三 次 ま で 継 続 し て 昭 和 十 九 月 、 私 家 版 『 幼 年 記 』 七 十 部 を こ し ら え た 。 同 じ 月 九 大 を 半 年 繰 一 一 年 に 解 散 。 上 卒 業 。 十 月 、 海 軍 予 備 学 生 を 志 願 し 、 旅 順 海 軍 予 備 学 生 教 育 部 に 昭 和 九 年 ( 一 九 三 四 ) 十 七 歳 入 隊 。 母 ト シ 死 す 。 昭 和 十 年 第 一 神 戸 商 業 卒 業 。 昭 和 十 九 年 ( 一 九 四 四 ) 一 一 十 七 歳 昭 和 十 一 年 ( 一 九 三 六 ) 十 九 歳 一 一 月 、 第 一 期 魚 雷 学 生 と し て 海 軍 水 雷 学 校 で 訓 練 を 受 け 、 の ち 川 棚 四 月 、 長 崎 高 等 商 業 学 校 入 学 。 臨 時 魚 雷 艇 訓 練 所 に 移 っ た 。 少 尉 任 官 の と き 「 震 洋 」 ( 特 攻 ) の 昭 和 十 三 年 ( 一 九 三 八 ) 一 一 十 一 歳 配 置 が 決 ま り 、 横 須 賀 、 川 棚 、 針 尾 を 移 動 す る う ち 第 十 八 震 洋 隊 指 一 一 月 、 中 村 健 次 、 川 上 一 雄 、 富 士 本 啓 示 、 土 師 一 一 三 生 、 矢 山 哲 治 ら 揮 官 と な り 、 十 一 月 、 奄 美 群 島 加 計 呂 麻 島 呑 ノ 浦 の 基 地 に 駐 屯 し 、 と 「 十 四 世 紀 」 創 刊 。 創 刊 号 発 行 と 同 時 に 内 務 省 よ り 発 売 禁 止 の 処 出 撃 を 待 っ た 。 分 を 受 け 挫 折 。 昭 和 ニ 十 年 ( 一 九 四 五 ) 一 一 十 八 歳 島 尾 敏 雄 年 譜 か い こ っ し ん よ ろ ・

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) を 右 上 長 崎 高 等 商 業 で 柔 道 を や っ て い た こ ろ 柔 道 部 員 一 同 と 中 列 右 よ り 二 人 目 が 敏 雄 ( 昭 和 十 三 年 ) 左 上 島 原 へ 軍 事 教 練 に 行 っ た と き に 写 す ( 昭 和 十 一 了 三 年 の こ ろ ) 左 下 神 戸 に て 妹 一 一 人 ( 美 江 と 雅 江 ) と 記 念 に 撮 影 ( 昭 和 十 四 年 こ ろ ) 父 雄 だ ざ い お さ む 右 郎 な り ま せ ん 。 太 宰 治 に 太 宰 フ ァ ン が つ い て い る の と 同 二 一 一 口 じ 事 情 が こ こ に も 働 き ま す 。 私 小 説 の 場 合 、 作 者 と 売 と 右 者 と の 関 係 も ま た 変 則 的 に な る ほ か な い の で す 。 族 の こ 麦 旦 元 江 月 美 年 江 和 の 昭 妹 島 尾 敏 雄 氏 は 大 正 六 年 ( 一 九 一 七 ) に 横 浜 市 で 生 ま れ ま し た が 、 そ の 後 神 戸 に 移 り 、 長 崎 高 商 か ら 九 州 帝 国 大 学 に 入 学 し て 東 洋 史 を 専 攻 し 、 昭 和 十 八 年 、 繰 上 げ 卒 業 後 、 海 軍 予 備 学 生 を 志 願 し ま し た 。 そ し て 十 九 年 五 月 、 特 攻 隊 員 に 決 ま り 、 奄 美 群 島 加 計 呂 麻 島 の 基 地 で 待 機 し な が ら 、 結 局 出 動 を 免 れ 、 終 戦 を 迎 え て い ま す 。 戦 後 は こ の 島 で 知 り あ っ た ミ ホ さ ん と い う 女 陸 と 結 婚 し て 神 戸 で 大 学 講 師 を し な が ら 、 「 」 同 人 と し て 本 格 的 に 創 作 活 動 を 始 め ま し た 。 も っ と も 氏 の 文 学 活 動 は 昭 和 九 年 ( 十 七 歳 ) の こ ろ に さ か の ば る こ と も で き ま す が 、 戦 後 は 「 」 の ま え に 三 島 由 紀 夫 氏 、 庄 野 潤 三 氏 な ど と 光 耀 」 を 結 成 し 、 ま た の ち に 「 近 代 文 学 」 に 参 加 す る な ど 、 本 格 的 な 文 学 活 動 の 出 発 は や は り 戦 後 に 求 め る べ き で し ょ 。 昭 和 一 一 十 四 年 に は 「 出 孤 島 記 」 で 第 一 回 戦 後 文 学 賞 を 受 賞 し て い ま す 。 「 ち つ ば け な ア ヴ ァ ン チ ュ ー ル 」 で 当 時 の 共 産 党 主 流 派 の 批 判 を 受 け た り し ま し た が 、 ま ぬ 437

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「 紙 の 夜 に 」 ( 潮 三 月 号 ) 、 「 鱶 ね む る 志 々 岐 島 」 ( 潮 別 冊 春 季 号 ) 、 「 鳩 を 文 学 界 三 月 号 よ り 連 載 、 九 月 に 完 結 。 七 月 『 虚 構 の ク レ ー ソ 』 舎 の 小 さ い 梯 子 」 ( 潮 別 冊 夏 季 号 ) 、 「 清 潔 な 河 口 の 朝 」 ( 文 学 界 六 月 ( 新 潮 文 庫 ) 、 『 井 上 光 晴 集 』 ( 大 光 社 、 現 代 文 学 の 実 験 室 ) 、 「 心 優 し 号 ) 、 「 赤 鰭 楼 の 後 継 者 た ち 」 ( 展 望 六 月 号 ) 、 「 階 級 」 ( 群 像 十 月 号 ) 。 き 反 逆 者 た ち 」 を 「 世 界 」 七 月 号 よ り 連 載 開 始 、 現 在 連 載 中 。 八 月 一 月 短 篇 集 『 皮 膚 の 眼 』 ( 勁 草 書 房 ) 、 五 月 短 篇 集 『 九 月 の 土 曜 日 』 短 篇 集 『 鬼 池 心 中 』 ( 新 潮 社 ) を 刊 行 。 三 月 十 六 日 、 新 日 本 文 学 会 ( 潮 出 版 社 ) 、 六 月 長 篇 『 乾 草 の 草 』 ( 講 談 社 ) 、 十 一 月 短 篇 集 『 清 潔 を 退 会 。 匹 十 四 歳 な 河 口 の 朝 』 ( 文 藝 春 秋 社 ) を そ れ そ れ 刊 行 。 「 長 く 歩 い た 後 」 を 「 文 昭 和 四 十 五 年 ( 一 九 七 〇 ) 「 コ ー ヒ ー 店 > の 地 下 」 ( 人 間 と し て 創 刊 号 ) 、 季 刊 誌 「 辺 境 』 の 編 芸 」 に 三 月 号 よ り 連 載 開 始 。 現 在 連 載 中 。 四 十 一 一 歳 集 発 刊 を 準 備 、 六 月 創 刊 号 を 刊 行 。 「 辺 境 」 を 発 表 。 座 談 会 「 現 代 昭 和 四 十 三 年 ( 一 九 六 八 ) わ き ろ 「 脇 櫓 を 漕 ぐ 」 ( 国 語 教 育 一 月 号 ) 、 ル ポ 「 三 派 系 全 学 連 は 孤 立 し な 文 学 の 原 点 」 ( 文 芸 三 月 号 、 黒 田 喜 夫 、 野 坂 昭 如 と ) 、 評 論 「 七 〇 年 か っ た 」 ( 週 刊 朝 日 二 月 二 日 号 ) 、 「 た た か い の 朝 」 ( 朝 日 ジ ャ ー ナ ル 夏 へ の 告 発 」 ( 週 刊 朝 日 臨 時 増 刊 七 月 二 十 五 日 号 ) 、 「 カ リ ー ニ ン 橋 二 月 二 十 五 日 号 ) 、 「 蕩 児 の 帰 棟 」 ( 文 学 界 四 月 号 ) 、 「 状 況 」 ( 三 田 文 の 下 で 」 ( 現 代 の 眼 十 一 一 月 号 ) 、 「 嬰 児 の う た 」 ( 群 像 四 六 年 一 月 号 ) 学 五 月 号 ) 、 戯 曲 「 蜘 蛛 た ち 」 ( 新 日 本 文 学 五 月 号 。 劇 団 青 俳 に よ り 「 作 家 の 仕 事 ・ — 」 ( 文 学 五 月 号 ) 、 「 作 家 の 仕 事 ・ Ⅱ 」 ( 文 学 九 月 号 ) 、 紀 伊 国 屋 ホ ー ル で 上 演 。 三 月 十 四 日 よ り 八 日 間 ) 、 「 海 へ 行 く 駅 」 ( 潮 『 井 上 光 晴 新 作 品 集 』 ( 五 巻 ) 勁 草 書 房 刊 行 完 結 。 一 月 、 『 地 の 群 れ 」 別 冊 秋 季 号 ) 、 「 残 虐 な 抱 擁 」 ( 群 像 九 月 号 ) 、 評 論 「 陰 画 の 主 題 」 ( 群 新 装 版 ( 河 出 書 房 ) 、 七 月 『 死 者 の 時 」 ( 角 川 文 庫 ) 、 八 月 『 妊 婦 た 像 十 一 月 号 ) 、 「 鋏 の よ う な 海 」 ( 風 景 十 一 月 号 ) 、 「 明 日 の 岸 辺 」 ( 文 ち の 明 日 』 ( 角 川 文 庫 ) 、 十 一 月 『 階 級 』 ( 講 談 社 シ リ ー ズ ) 刊 行 。 学 界 十 一 月 号 ) 、 「 安 ら い の 場 所 」 ( 新 潮 十 一 一 月 号 ) 、 「 西 海 の 役 者 た 九 月 「 地 の 群 れ 」 文 学 座 公 演 ( 紀 伊 国 屋 ホ ー ル 、 木 村 光 一 脚 色 ・ 岩 ち 」 ( 世 界 十 一 一 月 号 ) 。 「 気 温 十 度 」 ( 潮 別 冊 ) 、 「 象 の い な い サ ー カ ス 」 村 久 雄 演 出 ) 。 十 一 月 、 宮 崎 に て 九 州 高 等 学 校 国 語 研 修 会 の た め に ( 潮 別 冊 ) 、 「 空 想 よ り 科 学 へ 」 ( 潮 別 冊 ) 。 一 月 長 篇 『 階 級 』 ( 講 談 社 ) 、 講 演 。 四 月 長 篇 『 他 国 の 死 』 ( 河 出 書 房 ) 、 七 月 長 篇 『 黒 い 森 林 』 ( 筑 摩 書 房 ) 、 十 二 月 長 篇 『 残 虐 な 抱 擁 』 ( 講 談 社 ) 、 短 篇 集 『 気 温 十 度 』 ( 筑 摩 書 房 ) を 刊 行 。 な お 、 「 戦 争 は 終 っ た 、 そ し て : : : 」 と 傍 題 を 付 し た 自 叙 伝 の 「 虚 構 伝 」 を 展 望 一 月 号 よ り 十 一 一 月 号 ま で 連 載 。 七 月 、 秋 山 駿 と 対 談 「 私 の 文 学 」 、 十 一 月 、 有 明 工 業 高 等 専 門 学 校 六 週 年 記 念 講 演 。 四 十 三 歳 昭 和 四 十 四 年 ( 一 九 六 九 ) 「 阿 蘇 」 ( 新 日 本 文 学 一 月 号 ) 、 「 せ む し た ち の 冬 」 ( 文 学 界 三 月 号 ) 、 「 鬼 池 心 中 」 ( 群 像 五 月 号 ) 、 「 と び 」 ( 潮 別 冊 冬 季 号 ) 。 「 象 を 撃 つ 」 は さ み

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九 州 評 論 社 を 退 い て 、 日 共 九 州 地 方 委 員 会 の 常 任 と な っ た 。 こ こ で 二 月 号 ) を 発 表 。 短 篇 集 『 書 か れ ざ る 一 章 』 ( 近 代 生 活 社 ) 、 短 篇 集 同 じ 常 任 の 谷 川 雁 、 友 泉 亭 細 胞 の 大 西 巨 人 を 知 る 。 大 場 康 一 一 郎 と の 『 ト ロ ッ 0 と 海 鳥 』 ( 三 一 書 房 ) 、 詩 集 「 す ば ら し き 人 間 群 』 ( 近 代 生 共 著 詩 集 『 す ば ら し き 人 間 群 』 を 刊 行 。 新 日 本 文 学 会 員 と な る 。 活 社 ) を 刊 行 。 二 十 四 歳 昭 和 ニ 十 五 年 ( 一 九 五 〇 ) 昭 和 三 十 ニ 年 ( 一 九 五 七 ) 三 十 一 歳 「 書 か れ ざ る 一 章 」 ( 新 日 本 文 学 七 月 号 ) を 発 表 。 「 病 め る 部 分 」 を 「 弾 丸 村 」 ( 文 学 界 一 一 月 号 ) を 発 表 。 評 論 「 ハ ン ガ リ ー の 悲 劇 」 ( 新 書 い て 新 日 本 文 学 に 送 っ た が 、 約 七 か 月 間 発 表 さ れ な か っ た 。 日 共 日 本 文 学 二 月 号 ) 五 〇 年 問 題 の た め 、 「 所 感 派 」 よ り 除 名 さ れ た が 、 そ れ を 拒 否 し た 。 昭 和 三 十 三 年 ( 一 九 五 八 ) 三 十 二 歳 昭 和 ニ 十 六 年 ( 一 九 五 一 ) 二 十 五 歳 「 雪 と パ ラ ソ ル 」 ( 新 日 本 文 学 一 月 号 ) 、 「 ガ ダ ル カ ナ ル 戦 詩 集 」 ( 新 日 「 病 め る 部 分 」 ( 新 日 本 文 学 八 月 号 ) を 発 表 。 佐 世 保 で 米 軍 輸 送 船 作 本 文 学 五 月 号 ) を 発 表 。 奥 野 健 男 、 武 井 昭 夫 、 吉 本 隆 明 、 清 岡 卓 行 業 に 従 事 し て 、 労 働 者 の 反 戦 組 織 活 動 を 行 う 。 ら と 共 に 『 現 代 批 評 』 を は じ め た 。 そ の 後 、 橋 川 文 三 、 島 尾 敏 雄 、 昭 和 ニ 十 七 年 ( 一 九 五 一 l) 二 十 六 歳 佐 古 純 一 郎 、 瀬 木 慎 一 が 参 加 し た 。 長 篇 「 虚 構 の ク レ ー ン 」 の 連 載 「 一 九 四 五 年 三 月 ( 後 に 「 双 頭 の 鷲 」 と 改 題 ) 」 ( 近 代 文 学 二 月 号 ) 、 を 『 現 代 批 評 』 に は じ め る 。 五 号 を 出 し て 解 散 。 「 夜 」 ( 中 央 公 論 四 月 号 ) 、 「 重 い 港 」 ( 新 日 本 文 学 十 月 号 ) 、 「 河 」 昭 和 三 十 四 年 ( 一 九 五 九 ) 三 十 三 歳 む ら さ わ が ま ( 近 代 文 学 十 月 号 ) 、 「 手 段 」 ( 群 像 十 一 一 月 号 ) を そ れ そ れ 発 表 。 「 佐 「 村 沢 窯 の 血 」 ( 新 日 本 文 学 一 月 号 ) 、 長 篇 「 死 者 の 時 」 の 連 載 を 新 世 保 文 学 」 を 創 刊 、 「 新 九 州 文 学 」 に 発 展 さ せ た 。 日 本 文 学 四 月 号 ( 三 十 五 年 九 月 号 完 結 ) か ら は じ め た 。 短 篇 集 『 ガ 昭 和 ニ 十 八 年 ( 一 九 五 一 一 l) 二 十 七 歳 ダ ル カ ナ ル 戦 詩 集 』 ( 未 来 社 ) を 刊 行 。 「 坑 木 置 場 」 を 書 下 ろ し て そ 「 長 靴 島 」 ( 新 日 本 文 学 六 月 号 ) 、 「 九 通 の 手 紙 」 ( 新 日 本 文 学 十 一 月 れ に 収 録 し た 。 評 論 「 戦 争 と 一 一 つ の 世 代 」 ( 読 書 新 聞 八 月 三 日 号 ) 号 ) を 発 表 。 日 共 を 離 党 。 戦 争 中 か ら 試 み て い た ト ラ ン プ 占 い に よ 昭 和 三 十 五 年 ( 一 九 六 〇 ) 三 十 四 歳 っ て 生 活 の 資 を 得 た 。 評 論 「 植 民 地 的 人 間 」 ( 近 代 文 学 ) 「 完 全 な 印 落 」 ( 新 潮 五 月 号 ) 、 「 手 の 家 」 ( 文 学 界 六 月 号 ) 、 「 影 」 ( 新 昭 和 ニ 十 九 年 ( 一 九 五 四 ) 一 一 十 八 歳 潮 十 一 月 号 ) 、 戯 曲 「 棺 を 売 る 男 た ち 」 ( 新 日 本 文 学 十 一 、 十 二 月 号 ) 、 「 風 が し ぎ り に 吹 く 」 ( 新 日 本 文 学 十 月 号 ) 、 「 三 号 桟 橋 」 ( 近 代 文 学 「 女 た ら し 」 ( 群 像 十 一 一 月 号 ) を 発 表 。 『 虚 構 の ク レ ー ン 』 ( 未 来 社 ) 、 十 月 号 ) 、 評 論 「 人 間 の 生 き る 条 件 」 ( 近 代 文 学 十 一 月 号 ) を 発 表 。 『 死 者 の 時 』 ( 中 央 公 論 社 ) を 刊 行 。 昭 和 三 十 年 ( 一 九 五 五 ) 一 一 十 九 歳 昭 和 三 十 六 年 ( 一 九 六 一 ) 三 十 五 歳 日 共 六 全 協 の 「 決 定 と 決 議 」 に よ っ て 復 党 を 要 請 さ れ た が 復 党 し な 「 飢 え る 故 郷 」 ( 新 潮 三 月 号 ) 、 「 褐 色 の 唾 」 ( 新 日 本 文 学 四 月 号 ) を か っ た 。 評 論 「 『 奇 妙 な 友 情 』 論 」 ( 近 代 文 学 十 、 十 一 一 月 号 ) を 発 表 。 発 表 。 短 篇 集 『 飢 え る 故 郷 』 ( 未 来 社 ) を 刊 行 。 「 新 週 刊 」 に ル ポ ル 昭 和 三 十 一 年 ( 一 九 五 六 ) 三 十 歳 タ ー ジ ュ 「 向 日 の 記 録 」 を 二 十 回 に わ た り 連 載 。 ラ ジ オ ・ ド ラ マ 郁 子 と 結 婚 。 佐 世 保 よ り 上 京 し た 。 「 ト ロ ッ コ と 海 鳥 」 ( 新 日 本 文 学 「 ガ ダ ル カ ナ ル 戦 詩 集 」 (ZÆX) 、 「 死 者 の 時 」 演 劇 座 で 上 演 ( 羽 山

現代日本の文学 42 島尾 敏雄 井上 光晴 集


右 神 戸 外 大 に 勤 め て い た こ ろ 右 が 敏 雄 ( 昭 和 二 十 四 年 ) 右 「 > — — z ()5 」 の 同 人 と 後 列 右 端 が 庄 野 潤 三 氏 で 、 そ の 隣 り が 敏 ( 昭 和 二 十 四 年 ) 上 神 戸 の 大 丸 百 貨 店 屋 上 で 家 族 四 人 で 写 す 右 か ら 長 男 の 伸 三 敏 雄 ミ ホ 夫 人 と 背 に お ぶ っ て い る ( 昭 和 二 十 五 年 ) の が 娘 の マ ヤ ( 昭 和 24 年 刊 ) ( 昭 和 25 年 刊 ) 利 各 で し よ う 。 こ の 種 の 行 為 が で き る の は 青 春 の な か に 生 き て い る 人 間 に 限 ら れ て い ま す 。 自 分 と 妻 と ( そ し て 4 子 ど も た ち と ) の 問 題 が 存 在 す る も の の す べ て で あ り 、 他 の 人 間 も 社 会 も 存 在 し な い か の よ う に 生 き ら れ る の が 青 春 と い う 病 気 の 特 徴 な の で す 。 本 来 社 会 的 な 行 為 で あ る 小 説 書 き も 、 島 尾 氏 に と っ て は 「 妻 へ の 祈 り 」 と い う 変 則 的 な 行 為 に な っ て い ま す 。 こ こ で は 文 学 は 、 何 者 か へ の 「 祈 り 」 と い う 、 ひ と つ の 手 段 に な る と 同 時 に 、 生 活 を 律 す る 思 想 、 つ ま り 倫 理 を 超 え る も の と も な っ て い ま す 。 氏 に と っ て は 生 活 が い わ ば 「 正 妻 」 な ら 文 学 は 「 愛 人 」 で あ り 、 「 病 妻 も の 」 に お い て 氏 は こ の 両 者 の い ず れ と も う ま く や る こ と を こ こ ろ み て い ま す 。 こ れ は 「 正 妻 」 を 棄 て て 「 愛 人 」 の み に 生 き る 破 滅 型 の 私 小 説 作 家 と は 違 っ た 行 き か た で 、 島 尾 氏 の 場 合 は 、 両 者 を 両 立 さ せ 、 「 愛 人 」 す な わ ち 文 学 に 正 妻 」 す な わ ち 生 活 の 倫 理 に は 律 せ ら れ な い 「 愛 」 を そ そ い で い ま す 。 氏 の 文 学 が あ る 種 の 「 い か が わ し さ 」 を も ち つ づ け る の も 当 然 と い え ま す 四 ま え に 引 用 し た 、 な ぜ 妻 の 狂 気 に つ い て 書 く か に つ い て の あ ま り 釈 然 と し な い 文 章 も 含 め て 、 島 尾 氏 の 場

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燾 ・ ヘ 事 可 気 を 、 、 を え 第 、 の 人 海 & ま 為 第 を 都 0 第 を 一 ! ・ ) 洋 ま 0 次 方 一 を ル キ 社 第 ゼ 第 去 ゑ = 1 工 六 な 垰 当 三 第 リ 第 様 っ 3 版 扉 が が " い 0 め を ら お を 、 を 生 ま 第 く 新 県 0 ~ ー 、 」 { を 、 粤 ぎ 第 : , / い し ( 4 、 物 40 は 1 を 内 上 物 で 左 - い を を を 瓢 - 第 物 手 と で の 紙 く わ 4 を づ 曾 ・ , 。 を さ 物 ゼ : ト ・ ) し 内 を 、 」 ー ら 表 の 自 の 雑 刊 第 す 当 人 月 尾 右 一 口 8 島 に 羅 ④ : れ い 。 わ , を 0 」 、 ま を 達 ・ 「 鬘 す 々 ま 第 す ・ す ・ ー ま い い ( 、 4 つ 、 斗 に ( 物 文 を ら ー を れ を を い て を 丘 を ご 冢 、 当 を 冫 」 《 " 、 ー を ま 要 ー み を 業 を キ 、 要 : う 4 を 0 一 番 第 ま ' ′ : キ 八 を の 切 、 を 当 ャ 4 ・ を 第 、 を 第 ? 0 を , 人 屯 昭 こ を 叮 ~ 丁 を ( う を 、 1 を 「 ま ・ 、 第 を や 1 。 目 次 と 林 富 士 馬 氏 の 作 品 庄 野 潤 三 氏 の 「 居 眠 り 王 様 」 今 は 亡 き 三 島 由 紀 夫 氏 の 「 鴉 」 夛 や 市 町 第 交 同 人 を 応 上 島 尾 敏 雄 「 夢 中 市 街 」 左 同 誌 最 終 べ ー ジ の 「 執 筆 同 人 住 所 」 録 発 第 第 を 次 ・ オ を 第 」 ・ 衣 ま し は : 電 030 「 単 独 旅 行 者 」 の 原 稿 昭 和 一 一 十 一 一 年 に 執 筆 「 単 独 旅 行 者 」 の 初 版 本 昭 和 二 十 三 年 真 善 美 社 よ り 刊 行 」 ミ 上 上 上 を 」 、 イ す 区 三 朝 す て て 7 ・ し つ 島 尾 雄

現代日本の文学 42 島尾 敏雄 井上 光晴 集


「 三 田 文 学 」 で 秋 山 駿 氏 と の 対 談 の と き ( 昭 和 四 十 三 年 ) 『 ガ ダ ル カ ナ ル 戦 詩 集 』 は 、 戦 争 末 期 、 友 人 の 入 営 を ぐ ん そ う 送 る 会 に 集 ま っ た 少 年 少 女 た ち が 、 吉 田 嘉 七 軍 曹 が 戦 右 昭 和 四 十 三 年 橋 川 夫 人 を 招 場 で 歌 っ た 「 が ダ ル カ ナ ル 戦 詩 集 」 を 読 み あ い 、 感 動 い て ( 左 端 ) 右 よ り 光 晴 荒 野 郁 子 夫 人 上 昭 和 四 十 一 一 年 崎 す る と い う 小 説 で あ る 。 だ が 、 主 人 公 格 の 野 沢 英 一 と い う 少 年 に 、 作 者 は 独 特 な 性 格 を 与 え て い る 。 彼 は き 戸 本 坑 警 部 補 派 出 所 前 で 太 平 洋 戦 争 直 前 、 光 晴 は こ こ に 留 置 さ れ わ め て 狂 信 的 な 愛 国 少 年 で あ る が 、 同 時 に 、 吊 り さ げ き ひ イ 、 い 宀 に ( 小 説 『 長 靴 島 』 参 照 ) た 金 槌 に 胸 を う た せ 、 わ ざ と 病 気 に な っ て 兵 役 を 忌 避 つ ま り と い う 境 界 線 を 突 破 し て 、 し つ に 鮮 烈 な 鋭 さ で 昭 和 三 十 年 代 に 自 立 し て い く ひ と り の 作 家 の 姿 が 、 こ こ に 見 ら れ る だ ろ う 。 こ の 意 味 で 、 『 ガ ダ ル カ ナ ル 戦 詩 集 』 は 、 現 代 文 学 に お け る 秀 作 と い う だ け で は な く 、 井 上 光 晴 と い う 強 烈 な 個 性 が 、 こ れ を 書 く こ と で ま さ し く 、 現 代 作 家 と し て 自 立 し て い く 拠 点 を 自 己 に 拓 し た と い う 、 記 念 す べ き 作 品 で あ ろ う 。 つ け 加 え て お く と 、 井 上 光 晴 の こ の 転 換 と 自 立 の 問 題 を 、 か れ の 戦 中 に お け る 〈 一 君 万 民 主 義 〉 発 想 を 追 跡 し な が ら 、 見 事 は ぶ な 形 で 、 解 明 し て み せ た 文 章 が あ る 。 紹 介 を 省 く が 、 藤 田 省 三 氏 の 「 昭 和 二 十 年 、 二 十 七 年 を 中 心 と す る 転 向 の 状 況 」 で あ る ( 平 凡 社 『 転 向 下 』 第 一 章 昭 か な づ ち ひ ら 461