検索 - みる会図書館

検索対象: 現代日本の文学 49 有吉 佐和子 瀬戸内 晴美 集

現代日本の文学 49 有吉 佐和子 瀬戸内 晴美 集から 477件ヒットしました。

現代日本の文学 49 有吉 佐和子 瀬戸内 晴美 集


現 代 日 本 の 文 学 49 有 吉 佐 和 子 瀬 戸 内 晴 美 集 三 川 井 伊 龠 北 尾 奥 足 崎 野 立 集 端 上 藤 修 五 + 杜 秀 健 巻 委 紀 康 夫 樹 男 夫 成 靖 整 学 習 研 究 社

現代日本の文学 49 有吉 佐和子 瀬戸内 晴美 集


国 を 訪 問 。 「 雛 の 日 記 」 を 「 文 学 界 」 に 、 「 落 陽 」 を 「 小 説 新 潮 」 講 談 社 よ り 刊 行 。 く ろ に 、 「 日 記 」 を 「 風 景 」 に 発 表 。 四 月 、 「 黒 衣 」 を 「 オ ー ル 読 物 ー に 昭 和 三 十 九 年 ( 一 九 六 四 ) 三 十 三 歳 発 表 、 「 女 弟 子 」 を 「 小 説 中 央 公 論 ー に 連 載 ( 七 ・ 十 月 ) 、 「 花 な ら 四 月 、 「 爪 ー を 「 風 景 」 に 発 表 。 「 鬼 の 腕 , を 「 小 説 新 潮 」 に 発 表 。 ば 赤 く ー を 「 週 刊 明 星 」 に 連 載 ( 十 月 完 結 ) 、 「 閉 店 時 間 」 を 「 読 売 「 香 華 」 が 木 下 恵 介 脚 本 ・ 監 督 に よ り 松 竹 で 映 画 化 さ れ た 。 六 月 、 新 聞 」 に 連 載 ( 十 二 月 完 結 ) 、 「 三 婆 」 を 新 潮 社 よ り 刊 行 。 五 月 、 「 ほ 「 一 の 糸 」 を 「 文 芸 朝 日 」 に 連 載 ( 四 十 年 六 月 完 結 ) 、 文 庫 版 「 紀 ノ む ら 」 を 講 談 社 よ り 刊 行 。 六 月 、 「 亀 遊 の 死 ー を 「 別 冊 文 藝 春 秋 」 川 」 を 新 潮 社 よ り 刊 行 。 七 月 、 「 ぶ え る と り こ 日 記 」 を 「 文 藝 春 秋 」 に 発 表 。 七 月 、 帰 国 。 「 最 も 身 近 な 読 者 」 を 「 新 潮 」 に 発 表 。 十 一 に 連 載 ( 十 一 一 月 完 結 ) 。 八 月 、 「 非 色 」 を 中 央 公 論 社 よ り 刊 行 。 十 二 月 、 「 ぷ え る と り こ 日 記 」 を 文 藝 春 秋 新 社 よ り 刊 行 。 月 、 「 墨 」 を 「 新 潮 」 に 発 表 、 「 女 弟 子 」 を 中 央 公 論 社 よ り 刊 行 。 三 十 一 歳 昭 和 三 十 七 年 ( 一 九 六 一 l) 昭 和 四 十 年 ( 一 九 六 五 ) 三 十 四 歳 一 月 、 「 わ が 小 説 , を 「 朝 日 新 聞 」 に 発 表 、 「 助 左 衛 門 四 代 記 」 を 一 月 、 「 地 下 鉄 と ベ ト ナ ム 戦 争 ー を 「 朝 日 新 聞 」 に 発 表 、 「 日 高 川 」 つ れ ま い 「 文 学 界 ー に 連 載 ( 三 十 八 年 三 月 完 結 ) 、 「 連 舞 ー を 「 マ ド モ ア ゼ ル 」 を 「 週 刊 文 春 」 に 連 載 ( 十 月 完 結 ) 。 一 一 月 、 現 代 の 文 学 「 有 吉 佐 に 連 成 ( 三 十 八 年 五 月 完 結 ) 。 一 一 月 、 「 う る し 」 を 「 小 説 新 潮 」 に 発 和 子 集 」 を 河 出 書 房 よ り 刊 行 。 三 月 、 「 有 田 川 ー を 菊 田 一 夫 の 脚 色 ・ 表 。 「 雛 の 日 記 」 を 文 藝 春 秋 新 社 よ り 刊 行 。 『 閉 店 時 間 」 を 講 談 社 よ り 演 出 に よ り 東 宝 芸 術 座 上 演 、 文 庫 版 「 香 華 」 を 新 潮 社 よ り 刊 行 。 五 刊 行 。 五 月 、 「 足 袋 , を 「 新 潮 」 に 、 戯 曲 「 光 明 皇 后 」 を 「 文 芸 」 に 月 、 「 若 草 の 歌 」 を 講 談 社 よ り 刊 行 。 同 月 一 一 十 日 、 約 一 年 間 の 予 定 発 表 。 「 光 明 皇 后 」 は 都 市 セ ン タ ー ホ ー ル で 文 学 座 に よ り 上 演 さ れ で 中 国 天 主 教 の 調 査 の た め 留 学 。 九 月 、 文 市 版 「 助 左 衛 門 四 代 記 」 た 。 「 若 草 の 歌 」 を 「 北 海 タ イ ム ス 」 な ど に 連 載 ( 八 月 完 結 ) 。 七 を 新 潮 社 よ り 刊 行 。 十 一 月 、 予 定 を 早 め て 中 国 か ら 帰 国 。 「 一 の 糸 」 ハ ワ イ に 取 材 旅 行 ( 翌 年 一 月 、 「 脚 光 」 を 講 談 社 よ り 刊 行 。 八 月 、 「 桜 の 影 ー を 「 文 藝 春 秋 」 に を 新 潮 社 よ り 刊 行 。 十 一 一 月 、 ア メ リ カ 、 発 表 。 十 月 、 「 休 日 」 を 「 文 芸 」 に 発 表 。 十 一 一 月 、 「 香 華 」 を 中 央 公 月 ま で ) 。 こ の 年 、 中 国 で 「 人 形 浄 瑠 璃 」 が 銭 稲 孫 ・ 文 潔 若 の 翻 訳 論 社 よ り 刊 行 、 新 日 本 文 学 全 集 「 有 吉 佐 和 子 」 を 集 英 社 よ り 刊 行 。 に よ り 作 家 出 版 社 よ り 刊 行 さ れ た 。 昭 和 四 十 一 年 ( 一 九 六 六 ) 昭 和 三 十 八 年 ( 一 九 六 = l) 三 十 一 一 歳 三 十 五 歳 み だ れ ま い き い び ん か く 一 月 、 「 崔 敏 殻 」 を 「 小 説 新 潮 」 に 発 表 、 「 有 田 川 ー を 「 日 本 」 に 連 一 月 、 「 不 要 能 力 の 退 化 」 を 「 新 潮 」 に 発 表 、 「 乱 舞 」 を 「 マ ド モ ア 譜 載 ( 十 一 一 月 完 結 ) 、 「 仮 縫 」 を 「 週 刊 平 凡 」 に 連 載 ( 七 月 完 結 ) 。 四 ゼ ル 」 に 連 載 ( 四 十 一 一 年 一 月 完 結 ) 、 「 日 高 川 」 を 文 藝 春 秋 新 社 よ り 刊 ひ し ょ ′ 、 月 、 「 非 色 」 を 「 中 央 公 論 」 に 連 載 ( 三 十 九 年 六 月 完 結 ) 、 「 若 草 の 行 。 一 一 月 、 「 婦 選 外 伝 」 を 「 中 央 公 論 」 に 、 「 私 が 見 た 中 国 の 文 化 革 年 歌 」 を 集 英 社 よ り 刊 行 。 六 月 、 「 草 の 花 . を 「 風 景 」 に 発 表 。 七 月 、 命 」 を 「 文 藝 春 秋 ー に 発 表 。 六 月 、 「 紀 ノ 川 」 が 久 坂 栄 一 一 郎 脚 色 ・ 「 連 舞 」 を 集 英 社 よ り 刊 行 。 八 月 、 文 庫 版 「 紀 ノ 川 」 を 角 川 書 店 よ 中 村 登 監 督 に よ り 松 竹 映 画 で 映 画 化 さ れ た 。 七 月 、 わ れ ら の 文 学 g り 刊 行 。 九 月 、 「 香 華 」 を 中 野 実 脚 色 に よ り 東 宝 芸 術 座 上 演 。 十 一 「 阿 川 弘 之 ・ 有 吉 佐 和 子 」 を 講 談 社 よ り 刊 行 。 九 月 、 「 秋 扇 抄 」 を 「 別 月 、 「 香 華 」 に よ り 第 十 回 小 説 新 潮 賞 を 受 賞 。 十 一 一 月 、 「 有 田 川 」 を 冊 文 藝 春 秋 」 に 発 表 ・ 十 月 、 「 髪 を 染 め る 」 を 「 文 学 界 」 に 発 表 。

現代日本の文学 49 有吉 佐和子 瀬戸内 晴美 集


昭 和 ニ 十 年 ( 一 九 四 五 ) 一 一 十 三 歳 ら 、 同 図 書 館 に 移 り 、 小 説 を 書 き は じ め る 。 投 書 す る 少 女 小 説 が こ 七 月 、 夫 は 現 地 召 集 。 北 京 で 四 度 目 の 引 っ 越 し を し 、 西 簟 頭 条 胡 同 と ご と く 採 用 さ れ 、 原 稿 料 を 得 る よ う に な る 。 三 島 由 紀 夫 に フ ァ ン に 移 る 。 乳 呑 児 と 残 さ れ 、 内 地 か ら の 送 金 も と だ え て い た の で 、 一 レ タ ー を だ す 。 京 都 で 知 り 合 っ た 中 島 平 四 郎 た ち と 同 人 雑 誌 「 メ ル カ 月 間 職 探 し に 駈 け 回 っ て 、 運 送 屋 の 事 務 員 に 就 職 、 仕 事 は じ め の キ ュ ー ル , を つ く る 。 作 品 は 一 作 も の せ て も ら え な か っ た 。 女 子 大 日 に 運 送 屋 で 終 戦 の 放 送 を き く 。 夫 無 事 帰 宅 。 ま も な く 疲 労 か ら 肋 時 代 の 上 級 生 で 親 し か っ た 西 本 敦 江 が 福 田 恆 存 夫 人 と な っ て い た の 膜 を わ ず ら い 、 三 カ 月 間 静 養 。 で 、 福 田 氏 に 短 編 「 ビ グ マ リ オ ン の 恋 」 を 送 り 、 批 評 を 請 う 。 「 才 能 昭 和 ニ 十 一 年 ( 一 九 四 六 ) 二 十 四 歳 が あ る と も な い と い え な い 」 と い う 返 事 を も ら い 、 失 望 す る 。 一 一 十 八 歳 引 き 揚 げ が 始 ま り 、 日 本 人 は す べ て 集 結 さ れ た が 、 夫 が 残 留 し た い 昭 和 ニ 十 五 年 ( 一 九 五 〇 ) 意 志 の た め 方 巾 巷 の 中 国 人 宅 に か く れ 棲 む 。 六 月 強 制 的 に 残 留 者 全 一 一 月 五 日 正 式 離 婚 。 四 月 一 一 十 九 日 父 豊 吉 死 去 。 死 目 に 逢 え ず 。 五 月 員 、 引 き 揚 げ を 命 じ ら れ る 。 親 子 三 人 着 の み 着 の ま ま 北 京 を 出 る 。 上 京 し 、 大 磯 の 福 田 恆 存 家 を 訪 ね る 。 福 田 氏 に は 賛 成 さ れ な か っ た 塘 沽 貨 物 廠 に 一 カ 月 余 船 待 ち を す る 。 の ち 作 品 塘 沽 貨 物 廠 に こ の 経 が 、 文 学 を や る 決 心 を 固 め る 。 一 一 十 九 歳 験 を 書 く 。 八 月 徳 島 に た ど り つ ぎ 、 駅 頭 で 徳 島 は 戦 災 で 全 焼 し 、 母 昭 和 ニ 十 六 年 ( 一 九 五 一 ) と 祖 父 が 防 空 壕 で 焼 死 し た こ と を 初 め て き く 。 親 子 三 人 、 実 家 に 身 三 月 、 小 説 家 を 志 し て 上 京 、 女 学 校 の 親 友 大 松 富 美 子 の 家 ( 三 鷹 市 を 寄 せ る 。 戦 時 中 満 た さ れ な か っ た 読 書 欲 が 湧 き お こ り 、 太 宰 治 、 下 連 雀 一 九 lll) に 身 を 寄 せ る 。 ま も な く 三 鷹 市 下 連 雀 一 一 六 九 下 田 シ 織 田 作 之 助 、 坂 口 安 吾 等 を 読 む 。 坂 口 安 吾 に 最 も 感 銘 を う け る 。 ュ ン 方 に 下 宿 。 す ぐ 近 く に 森 外 、 太 宰 治 の 墓 の あ る 禅 林 寺 が あ 昭 和 ニ 十 ニ 年 ( 一 九 四 七 ) 二 十 五 歳 り 、 毎 日 の よ う に 訪 れ た 。 三 谷 晴 美 の ・ ヘ ン ネ ー ム で 、 少 女 世 界 社 、 夏 、 夫 の 昔 の 教 え 子 某 と 恋 愛 を 生 じ る 。 秋 、 夫 と 子 供 と 三 人 で 上 び ま わ り 社 、 小 学 館 、 講 談 社 な ど に 少 女 小 説 、 童 話 な ど を 書 く 。 丹 京 、 家 庭 に 落 ち っ こ う と っ と め る 。 羽 文 雄 を た ず ね 、 「 文 学 者 ー 同 人 と な る 。 同 誌 編 集 委 員 だ っ た 小 田 昭 和 ニ 十 三 年 ( 一 九 四 八 ) 一 一 十 六 歳 仁 二 郎 を 識 る 。 二 月 、 某 と の 恋 愛 の た め 、 家 庭 を 捨 て て 身 ひ と つ で 出 奔 、 京 都 に 走 昭 和 ニ 十 九 年 ( 一 九 五 四 ) 三 十 二 歳 る 。 女 子 大 時 代 の 友 人 丸 本 恭 子 を 頼 り 、 京 都 北 白 川 平 井 町 の 学 生 下 五 月 、 処 女 作 「 痛 い 靴 , を 「 文 学 者 」 に 発 表 。 十 月 同 じ 下 連 雀 地 内 い そ う ろ う 譜 宿 の 彼 女 の 部 屋 に 居 候 を す る 。 三 月 油 小 路 三 条 の 大 翠 書 院 に 勤 務 、 の ラ ー メ ン 屋 五 十 嵐 家 の 一 一 階 に 引 っ 越 す 。 流 政 之 、 新 章 文 子 が 同 社 に い て 識 る 。 恋 の 相 手 の 某 と は 一 日 も 暮 ら 昭 和 三 十 年 ( 一 九 五 五 ) 三 十 三 歳 年 さ ず 別 れ る 。 半 年 後 の 四 月 、 杉 並 区 西 萩 窪 小 俣 き ん 方 に 転 居 。 小 俣 家 の 離 れ の 生 一 一 十 七 歳 活 は 、 生 涯 で 最 も 平 安 な 生 活 だ っ た 。 小 田 仁 一 一 郎 と 半 同 棲 の か た ち 昭 和 ニ 十 四 年 ( 一 九 四 九 ) 四 月 、 大 翠 書 院 解 散 の た め 、 京 都 大 学 付 属 病 院 小 児 科 研 究 室 に 転 の 生 活 が 始 ま り 、 以 後 八 年 余 り そ の 関 係 が つ づ く 。 十 一 月 「 ざ く ろ 」 職 。 こ の 頃 本 格 的 に 文 学 で 身 を 立 て た い と 決 心 。 小 児 科 研 究 室 か を 「 文 学 者 」 に 発 表 。

現代日本の文学 49 有吉 佐和子 瀬戸内 晴美 集


こ の よ う に し て 、 彼 女 は 小 田 仁 二 郎 氏 と の 恋 愛 関 係 昭 に よ 「 て 、 強 い 影 響 を 受 け 、 そ の 充 実 を も と に 、 文 学 に 精 進 し 、 「 痛 い 靴 」 ( 「 文 学 者 」 昭 四 ) 「 ざ く ろ 」 ( 「 同 」 チ ュ イ ア イ リ ン Ⅲ ー ン 日 3 召 O) 「 女 子 大 生 ・ 曲 愛 玲 」 ( 「 新 潮 」 昭 引 、 新 潮 同 人 雑 か し ん 行 ト 誌 賞 ) 「 花 芯 」 ( 「 新 潮 」 昭 ) と 次 第 に 頭 角 を あ ら わ し ソ 等 不 。 念 氏 1 三 ロ 会 ( 昭 和 36 年 ) ナ ホ ト カ の 駅 で 「 小 説 現 代 」 創 刊 記 念 パ ー テ ィ で 左 よ り 柴 田 錬 三 郎 行 淳 之 介 田 村 泰 次 郎 一 人 お い て 丹 羽 文 雄 晴 美 梶 山 季 之 佐 多 稲 子 一 人 お い て 佐 賀 潜 の 諸 氏 ( 昭 和 38 年 ) 473

現代日本の文学 49 有吉 佐和子 瀬戸内 晴美 集


誦 、 文 学 の 目 を 開 か れ る 。 無 記 名 投 票 で 将 来 何 に な り た い か と 問 わ 昭 和 十 五 年 ( 一 九 四 〇 ) 十 八 歳 三 月 、 徳 島 高 等 女 学 校 を 卒 業 。 四 月 、 東 京 女 子 大 学 国 語 専 攻 部 に 入 Ⅷ れ た 時 、 小 説 家 と 書 い た 。 昭 和 七 ・ 八 年 ( 一 九 三 二 ・ 三 一 一 l) 十 ・ 十 一 歳 学 。 井 原 西 鶴 に 興 味 を 持 つ 。 寮 生 活 の た の し さ を 満 契 。 学 長 ・ 安 井 読 書 の 喜 び を 覚 え は じ め 、 古 島 晴 子 宅 に あ っ た 改 造 社 の 日 本 文 学 全 哲 の 倫 理 の 時 間 が 印 象 に 残 っ て い る 。 集 、 新 潮 社 の 世 界 文 学 全 集 な ど を 読 み は じ め た 。 理 解 し て い た と も 昭 和 十 六 年 ( 一 九 四 一 ) 十 九 歳 た の 思 わ れ な か っ た が 、 読 む の が 愉 し か っ た 。 ト ル ス ト イ の 「 復 活 ー の 十 二 月 八 日 、 真 珠 湾 攻 撃 の ニ ュ ー ス を 女 子 大 寮 で 聞 く 。 「 戦 争 で 興 氷 の 割 れ る 音 な ど 、 強 い 感 銘 を 受 け て い る 。 モ ー パ ッ サ ン 、 フ ロ 1 奮 し た の は こ の 日 だ け だ っ た 。 授 業 は こ れ ま で 通 り つ づ け ら れ 、 勤 ベ ル な ど の 名 も 覚 え た 。 労 奉 仕 と い っ て は ご く ま れ に 、 宮 城 前 の 清 掃 に 出 か け る く ら い で 、 昭 和 九 年 ( 一 九 三 四 ) 十 一 一 歳 ど こ の 工 場 に も か り だ さ れ る こ と も な か っ た 。 私 の 学 生 生 活 に 対 す は い し ん じ ゅ ん 文 学 書 を 読 み す ぎ る と 、 新 し い 担 任 教 師 か ら 注 意 を 受 け る 。 肺 浸 潤 る 倦 怠 感 は 日 増 し に 強 く な る ば か り で 、 中 退 す る こ と ば か り 考 え る に な り 、 半 年 間 、 受 験 勉 強 を と め ら れ る 。 よ う に な っ て い た 」 ( 「 い づ こ よ り 」 よ り ) 昭 和 十 年 ( 一 九 三 五 ) 十 三 歳 昭 和 十 七 年 ( 一 九 四 一 l) 一 一 十 歳 三 月 、 新 町 小 学 校 卒 業 、 四 月 徳 島 県 立 徳 島 高 等 女 学 校 に 一 番 の 成 績 八 月 、 女 学 校 時 代 の 英 語 担 任 教 師 の 紹 介 で 、 外 務 省 留 学 生 と し て 北 で 入 学 。 岩 波 文 庫 を 読 み ふ け る 。 図 書 館 で 「 源 氏 物 語 」 ( 与 謝 野 品 京 に 渡 り 、 支 那 古 代 音 楽 史 を 研 究 中 の 青 年 と 見 合 い の 上 婚 約 。 十 子 訳 ) を 初 め て 読 み 、 夢 中 に な る 。 陸 上 競 技 部 に 入 り 、 短 距 離 、 走 月 、 広 告 で 見 た 断 食 療 法 に 興 味 を 持 ち 、 病 弱 だ っ た の を 結 婚 前 に 直 り 高 跳 、 槍 投 げ の 三 種 の 訓 練 を 受 け る 。 し て し ま い た い と 独 断 し 、 大 阪 豊 中 の 断 食 寮 に 入 り 、 四 十 日 間 の 断 昭 和 十 一 年 ( 一 九 三 六 ) 十 四 歳 食 生 活 に 耐 え た 。 戦 争 で 帰 国 し た 外 人 教 師 館 を 新 し い 南 、 北 寮 と し 季 刊 文 集 「 後 彫 」 に 詩 や 作 文 を 毎 回 載 せ る 。 詩 を つ く る こ と が も っ た 時 、 南 寮 に 移 り 、 委 員 長 と な る 。 と も 愉 し か っ た 。 十 月 、 学 校 に 講 演 に 訪 れ た 「 小 島 の 春 ー の 作 者 小 昭 和 十 八 年 ( 一 九 四 一 一 l) 二 十 一 歳 川 正 子 の 話 を き き 感 動 、 一 時 女 医 に な り た い と 思 い つ め る 。 二 月 、 節 分 の 日 、 徳 島 で 結 婚 式 を あ げ る 。 学 生 結 婚 の た め 、 卒 業 ま 昭 和 十 ニ 年 ( 一 九 一 一 一 七 ) 十 五 歳 で 別 居 す る こ と に な り 、 夫 だ け 単 身 北 京 に 住 む 。 寮 を 出 て 、 若 林 の 真 木 家 に 下 宿 。 九 月 、 戦 時 中 の 繰 り 上 げ 卒 業 。 十 月 新 婚 旅 行 を 兼 ね 、 初 め て 、 原 稿 用 紙 を 綴 じ た 小 説 集 を つ く る 。 昭 和 十 四 年 ( 一 九 三 九 ) 十 七 歳 叔 父 の い た ハ ル ビ ン を 訪 ね 、 夫 の 任 地 北 京 に 渡 る 。 東 簟 牌 楼 の 三 条 五 月 、 修 学 旅 行 で 一 一 十 日 間 、 朝 満 旅 行 に で る 。 朝 鮮 、 釜 山 、 京 城 、 胡 同 紅 楼 飯 店 に 住 む 。 平 城 を 通 り 、 安 東 、 奉 天 、 新 京 か ら 旅 順 、 大 連 を 経 て 帰 る 。 十 二 月 昭 和 十 九 年 ( 一 九 四 四 ) 一 一 十 一 一 歳 生 ま れ て 初 め て 上 京 、 渋 谷 道 玄 坂 に あ っ た 予 備 校 へ 一 一 週 間 入 り 、 紀 八 月 一 日 、 一 女 誕 生 。 十 月 什 刹 海 の 北 辺 に 引 っ 越 す 。 夫 の 大 病 、 出 元 一 一 千 六 百 年 祭 の 新 年 を 迎 え る 。 産 、 夫 の 転 任 等 の 事 件 多 く 、 転 々 と 住 所 を 移 る 。 や り

現代日本の文学 49 有吉 佐和子 瀬戸内 晴美 集


を 行 っ た 、 外 科 医 青 洲 の 妻 加 恵 と 、 姑 の 於 継 と の 心 理 的 葛 藤 を 描 い て い る 。 青 洲 が 京 に 遊 学 中 に 華 岡 家 に 嫁 い で き た 加 恵 は 、 青 洲 が 学 業 を 終 え て 帰 宅 す る と 、 姑 の 異 常 な ま で の 青 洲 に た い す る 愛 情 に 、 妻 の 立 場 か ら 抵 抗 を 感 じ 、 一 見 い た わ り あ い 美 し く よ そ お い な が ら そ の 裏 で は げ し く 贈 し み の 火 花 を 散 ら し あ う 。 と く に 麻 酔 薬 の 人 体 実 験 を や る あ た り の 心 理 的 な 葛 藤 は す さ ま し く 、 家 の 中 に お け る 姑 と 嫁 の 対 立 を 女 の 、 い に 秘 め た ほ む ら と し て え ぐ っ て い た 。 青 洲 の 墓 は 名 手 駅 か ら 少 し 北 へ 行 っ た と こ ろ に あ り 、 最 近 で は こ こ に 参 る 人 の 数 も ふ え た 。 花 の 一 行 が 岩 出 村 に 着 い た の は 、 午 前 三 時 を ま わ っ て い た 。 こ こ の 吉 井 家 に 休 息 す る 。 こ の あ た り は 律 令 制 時 代 の 古 い 文 化 の 中 心 地 で も あ っ た 。 打 計 駅 の 西 北 三 キ ロ の と こ ろ に あ る 紀 伊 国 分 寺 跡 の 礎 石 群 が そ の こ と を 証 明 す る 。 私 は 車 で 根 来 寺 へ 回 り 、 根 来 衆 の む か む そ た し を し の び 、 六 十 谷 へ 向 っ た 。 昔 の 表 記 で い え ば 脊 功 村 大 字 六 十 谷 、 真 谷 家 の 所 在 地 で あ る 。 後 に 代 議 士 と な る 花 の 夫 、 真 谷 敬 策 の モ デ ル は 木 本 主 一 郎 、 そ の 地 盤 を ゆ す り う け る 川 口 基 郎 は 山 口 喜 久 一 郎 と す る と 文 緒 の 夫 晴 海 英 二 は 有 吉 真 次 と い う こ と に な ろ う か 六 十 谷 は 阪 和 線 の 沿 線 に あ り 、 花 が 嫁 い だ こ ろ の 光 景 と は ま る で 変 っ て し ま っ た ら し い 。 二 つ に な っ た 文 れ ご ろ じ お つ ぎ さ お 和 歌 山 ・ 道 成 寺 の 仁 王 門 知 世 子 と 三 郎 の 悲 し い 別 れ を 宮 子 姫 之 命 の 伝 説 に た く し て 語 ら れ て い る ( 「 日 高 川 」 )

現代日本の文学 49 有吉 佐和子 瀬戸内 晴美 集


十 一 月 、 「 華 岡 青 淵 の 妻 」 を 「 新 潮 , に 、 「 真 珠 島 に て 」 を 「 小 説 新 治 し て い た 。 九 月 、 「 海 暗 」 を 文 藝 春 秋 か ら 刊 行 。 十 一 月 、 新 潮 日 本 文 学 劬 「 有 吉 佐 和 子 集 」 を 新 潮 社 よ り 、 文 庫 版 「 ぶ え る と り こ 潮 〕 に 、 「 嫁 姑 の 争 い は 醜 く な い 」 を 「 朝 日 新 聞 , に 発 表 。 昭 和 四 十 ニ 年 ( 一 九 六 七 ) 三 十 六 歳 日 記 」 を 角 川 書 店 よ り そ れ ぞ れ 刊 行 。 一 月 、 「 既 雲 の 」 を 「 婦 人 公 論 」 に 連 載 ( 四 十 四 年 十 一 一 月 完 結 ) 、 昭 和 四 十 四 年 ( 一 九 六 九 ) 三 十 九 歳 「 不 信 の と き 」 を 「 日 本 経 済 新 聞 , に 連 載 ( 十 二 月 完 結 ) 。 一 一 月 、 「 華 一 月 、 「 孟 美 女 考 ー を 「 新 潮 」 に 、 「 ド ク フ レ ン 」 を 「 風 景 」 に 発 岡 青 洲 の 妻 」 を 新 潮 社 よ り 、 「 乱 舞 」 を 集 英 社 よ り そ れ ぞ れ 刊 行 。 表 、 「 終 ら ぬ 夏 」 を 「 文 学 界 」 に 連 載 、 「 芝 桜 」 を 「 週 刊 新 潮 」 に 連 三 月 、 「 華 岡 青 洲 の 妻 」 に よ り 第 六 回 女 流 文 学 賞 を 受 賞 。 四 月 、 「 神 載 ( 四 月 完 結 ) 。 「 女 一 一 人 の ニ ュ ー ギ ニ ア 」 を 朝 日 新 聞 社 よ り 刊 行 。 話 の 生 き て い る 国 」 を 「 世 界 ー に 発 表 、 「 海 暗 」 を 「 文 藝 春 秋 」 に 「 不 信 の と き 」 を 菊 田 一 夫 の 脚 色 ・ 演 出 に よ り 東 宝 芸 術 座 で 上 演 。 連 載 ( 四 十 三 年 四 月 完 結 ) 。 九 月 、 「 華 岡 青 洲 の 妻 」 を 自 ら か ら の 脚 一 一 月 、 中 央 公 論 社 版 「 日 本 の 文 学 」 付 録 の 座 談 会 「 阿 川 ・ 庄 野 ・ 有 色 ・ 演 出 に よ り 東 宝 芸 術 座 上 演 。 十 月 、 「 華 岡 青 洲 の 妻 」 が 増 村 保 吉 文 学 の 周 辺 」 に 出 席 。 三 月 、 「 不 信 の と き 」 を 菊 田 一 夫 脚 色 ・ 平 造 監 督 に よ り 大 映 で 映 画 化 さ れ た 。 十 一 月 、 「 華 岡 青 洲 の 妻 」 を Z 山 一 夫 演 出 に よ り 名 鉄 ホ ー ル で 東 宝 芸 術 座 上 演 。 五 月 、 「 二 代 の 生 テ レ ビ か ら 放 映 さ れ た 。 吾 妻 徳 穂 の た め 義 太 夫 「 赤 猪 子 」 ( 野 け り 」 を 「 文 藝 春 秋 」 に 発 表 。 七 月 、 「 日 本 に も あ る 毛 沢 東 思 想 学 沢 喜 左 衛 門 作 曲 ) を 書 き 、 国 立 劇 場 で 上 演 、 芸 術 祭 文 部 大 臣 賞 を 受 院 ー を 「 諸 君 」 に 発 表 、 「 針 女 ー を 「 主 婦 の 友 」 に 連 載 。 九 月 、 「 出 雲 賞 。 文 庫 版 「 地 唄 」 を 新 潮 社 よ り 、 文 庫 版 「 非 色 」 を 角 川 書 店 よ り の 阿 国 」 ( 上 ) を 中 央 公 論 社 よ り 刊 行 。 引 き 続 き ( 中 ) ・ ( 下 ) を 十 ・ そ れ そ れ 刊 行 。 十 一 一 月 、 文 庫 版 「 有 田 川 」 を 角 川 書 店 よ り 刊 行 。 十 一 月 に わ た っ て 刊 行 。 十 一 月 、 文 庫 版 「 私 は 忘 れ な い 」 を 新 潮 社 昭 和 四 十 三 年 ( 一 九 六 八 ) 三 十 七 歳 よ り 刊 行 。 一 月 、 「 海 暗 」 に よ り 第 一 一 十 九 回 文 藝 春 秋 読 者 賞 、 「 出 雲 の 阿 国 ー に 昭 和 四 十 五 年 ( 一 九 七 0 ) 三 十 九 歳 よ り 第 六 回 婦 人 公 論 読 者 賞 を 受 賞 。 中 旬 、 カ ン ポ ジ ア か ら イ ン ド ネ 一 月 、 文 庫 版 「 華 岡 青 洲 の 妻 」 を 新 潮 社 よ り 刊 行 。 三 月 、 「 出 雲 の シ ア を 回 り 、 畑 中 幸 子 が 滞 在 す る ニ ュ ー ギ ニ ア 奥 地 の 未 開 部 落 を 訪 阿 国 」 に よ り 第 一 一 十 回 芸 術 選 奨 を 受 賞 。 四 月 、 「 有 吉 佐 和 子 選 集 」 れ て 一 カ 月 暮 す 。 一 一 月 、 「 不 信 の と き 」 を 新 潮 社 よ り 刊 行 。 三 月 、 全 十 三 巻 を 新 潮 社 よ り 刊 行 し 始 め る 。 こ の 月 は 第 一 巻 「 紀 ノ 川 」 。 「 日 記 」 を 「 風 景 」 に 発 表 。 四 月 、 帰 国 。 四 月 か ら 「 不 信 の と き 」 を 十 五 月 、 選 集 第 七 巻 「 有 田 川 」 を 刊 行 。 六 月 、 「 華 岡 青 洲 の 妻 」 を 戍 一 回 に わ た り テ レ ビ か ら 放 映 。 日 本 短 篇 文 学 全 集 「 平 林 た 井 市 郎 の 演 出 に よ り 名 鉄 ホ ー ル に て 文 学 座 上 演 。 選 集 第 十 一 巻 「 華 い 子 ・ 円 地 文 子 ・ 有 吉 佐 和 子 集 」 を 筑 摩 書 房 よ り 刊 行 。 五 月 、 「 女 岡 青 洲 の 妻 」 を 刊 行 。 七 月 、 「 出 雲 の 阿 国 」 を 平 岩 弓 枝 脚 色 ・ 演 出 一 一 人 の ニ ュ ー ギ ニ ア 」 を 「 週 刊 朝 日 」 に 連 載 ( 十 一 月 完 結 ) 。 六 月 、 に よ り 歌 舞 伎 座 で 上 演 。 選 集 第 六 巻 「 助 左 衛 門 四 代 記 」 を 刊 行 。 裁 「 不 信 の と き 」 が 今 井 正 監 督 に よ り 大 映 で 映 画 化 さ れ る 。 筑 摩 書 房 曲 「 ふ る あ め り か に 袖 は ぬ ら さ じ 」 を 中 央 公 論 よ り 刊 行 。 七 月 、 八 版 現 代 文 学 大 系 「 現 代 名 作 集 」 四 に 「 海 暗 」 を 収 録 。 五 ・ 六 月 の 一 一 月 文 学 座 に よ り 東 京 国 立 劇 場 に て 「 華 岡 青 洲 の 妻 」 上 演 。 カ 月 に わ た っ て ニ ュ ー ギ ニ ア で 感 染 し た マ ラ リ ア が 発 病 し 、 入 院 療

現代日本の文学 49 有吉 佐和子 瀬戸内 晴美 集


現 代 日 本 の 文 学 49 全 60 巻 有 吉 佐 和 子 瀬 戸 内 晴 美 集 昭 和 57 年 10 月 1 日 昭 和 45 年 9 月 1 日 著 者 発 行 者 発 行 所 初 版 発 行 28 版 発 行 有 吉 佐 和 子 瀬 戸 内 晴 美 鑾 学 習 研 究 社 古 岡 滉 東 京 都 大 田 区 上 池 台 4 ー 40 ー 5 〒 145 振 替 東 京 8 ー 142930 電 話 東 京 ( 720 ) 1111 ( 大 代 表 ) 印 刷 大 日 本 印 刷 株 式 会 社 中 央 精 版 印 刷 株 式 会 社 製 本 吽 映 精 版 印 刷 株 式 会 社 本 文 用 紙 三 菱 製 紙 株 式 会 社 表 紙 ク ロ ス 東 洋 ク ロ ス 株 式 会 社 製 函 永 井 紙 器 印 刷 株 式 会 社 * こ の 本 に 関 す る お 問 合 せ や ミ ス な ど が あ り ま し た ら , 文 書 は , 東 京 都 大 田 区 上 池 台 4 丁 目 40 番 5 号 ( 〒 145 ) 学 研 お 客 さ ま 相 談 セ ン タ ー 現 代 日 本 の 文 学 係 へ , 電 話 は , 東 京 ( 03 ) 7 ー 1111 へ お 願 い し ま す 。 ◎ Sawako Ariyoshi,Harumi Setouchi 1970 Printed in Japan 本 書 内 容 の 無 断 複 写 を 禁 す ISBN4 ー 05 ー 050259 ー 3 C0393

現代日本の文学 49 有吉 佐和子 瀬戸内 晴美 集


0 有 吉 佐 和 子 集 目 次 有 吉 佐 和 子 文 学 紀 行 「 紀 ノ 川 」 の 旅 な ま 酔 注 解 有 吉 佐 和 子 文 学 ア ル ・ ハ ム 評 伝 的 解 説 ノ 巌 谷 大 四 四 五 0 尾 崎 秀 樹 一 七 紅 野 敏 郎 小 野 寺 凡 島 田 昭 男 四 三 九 当 0 四 四 九

現代日本の文学 49 有吉 佐和子 瀬戸内 晴美 集


435 注 解 代 の 女 優 と し て 認 め ら れ る よ う に な っ た 。 芸 術 家 交 友 会 。 ・ ( ン Pan は ギ リ シ ャ 神 話 の 半 獣 神 ま た は 牧 羊 一 穴 一 一 ス チ ル ネ ル Max Stirner ( 一 806 ~ 1856 ) ド イ ツ の 哲 学 者 。 神 。 美 術 雑 誌 「 方 寸 」 の 石 井 柏 亭 、 山 本 鼎 、 「 屋 上 庭 園 」 同 人 の あ ら ゆ る 外 的 権 威 を 排 し 、 専 ら 自 戒 の 権 威 を 説 く 。 徹 底 的 な 個 木 下 杢 太 郎 、 北 原 白 秋 、 吉 井 勇 、 長 田 秀 雄 ら に 、 高 村 光 太 郎 、 人 主 義 か ら 無 政 府 主 義 に 到 達 し た 。 辻 は 「 唯 一 者 と そ の 所 有 」 永 井 荷 風 、 谷 崎 潤 一 郎 、 小 山 内 薫 ら も 参 加 、 毎 月 第 一 一 土 曜 の 夜 を 訳 刊 し て い る 。 辻 に よ れ ば ス テ ィ ル ナ ー の 「 自 我 」 は 、 決 し に 例 会 を 持 っ た 。 彼 ら は ヨ ー ロ ツ 。 ( の 新 芸 術 を 基 調 と し 、 江 戸 て 固 定 し た 観 念 で は な く 、 「 個 人 の う ち に 時 々 刻 々 動 い て い る 、 情 趣 を と り 入 れ た が 、 後 に 会 の 性 格 は 、 美 と 酒 に 酔 う 青 春 放 逸 血 肉 の 刹 那 的 自 我 」 で あ り 、 平 凡 な わ れ と い う 血 と 肉 で で き た の 芸 術 家 の 会 合 と な り 、 因 襲 を 捨 て て 自 由 主 義 を め ざ す デ カ ダ 具 体 物 で し か な い 、 と し た 。 「 僕 は ス テ ィ ル ナ ー を 読 ん で は じ ン の 様 相 を み せ て い っ た 。 耽 美 派 の 温 床 と も な っ た 。 め て 自 分 の 態 度 が き ま っ た の だ 。 ポ ー ズ が 出 来 た わ け だ 。 そ こ 元 一 口 ン ・ フ ロ ゾ オ の 「 天 才 論 」 (Cesare Lombroso 1836 ~ 198 ) で 、 は じ め て 眼 が 醒 め た よ う な 気 持 に な っ た の だ 。 ・ : 自 分 の は イ タ リ ア の 精 神 病 学 者 。 犯 罪 人 類 学 の 創 始 者 。 フ ロ イ ト 以 後 読 ん だ 本 の 中 で 、 こ れ く ら い 自 分 を 動 か し た 本 は ひ と つ も な 克 服 さ れ 旧 い も の に な っ た が 、 刑 法 学 に 実 証 主 義 的 方 法 論 を 導 い 」 ( 「 浮 浪 漫 語 」 ) と 後 に 「 唯 一 者 と そ の 所 有 」 を 訳 刊 し た と き の 入 し た 功 績 は 不 減 。 「 天 才 論 」 は 長 文 の 序 を そ え て 大 正 三 年 に 事 情 を 語 っ て い る が 、 ス テ ィ ル ナ ー に 導 か れ た と い う よ り も 、 刊 行 、 版 を 重 ね た が 、 漱 石 も 、 天 才 の 風 貌 を 知 ら な い 者 は こ の す で に 感 覚 的 に ス テ ィ ル ナ ー に み る よ う な 徹 底 し た 自 我 主 義 や 書 を 読 め 、 と 推 し て い る 。 近 代 的 な 個 人 主 義 を 身 に つ け て い た の で あ り 、 こ の 訳 業 は 、 そ = 九 五 「 詩 歌 」 前 田 夕 暮 主 宰 の 雑 誌 。 明 治 四 十 四 年 十 月 創 刊 。 れ ら を 確 認 し 、 わ が も の に さ せ た 。 元 五 朱 欒 北 原 白 秋 編 集 の 文 芸 雑 誌 。 明 治 四 十 四 年 一 月 か ら 大 正 一 穴 七 マ グ ダ ズ ー デ ル マ ン の 「 故 郷 」 の 女 主 人 公 。 一 一 年 六 月 ま で 十 九 冊 刊 行 。 パ ン の 会 と は 別 の 意 味 で 後 期 浪 漫 派 一 公 田 村 俊 子 の 「 あ き ら め 」 明 治 四 十 一 一 年 大 阪 朝 日 の 懸 賞 一 等 の 享 楽 頽 唐 文 学 の 一 大 温 床 の 観 を 呈 し て い た 。 内 田 魯 庵 や 阿 部 当 選 作 品 。 女 子 大 生 萩 生 野 富 枝 は 新 聞 の 懸 賞 に 応 募 し た 脚 本 が 次 郎 、 そ れ に 白 樺 派 の 里 見 弴 、 志 賀 直 哉 な ど も 執 筆 し て い た 。 当 選 し た こ と で 大 学 か ら 白 眼 視 さ れ 、 退 学 し て 姉 夫 婦 宅 に 寄 寓 三 冥 「 青 鞜 」 は 今 、 一 つ の 転 機 に 来 て い る 編 集 方 針 の 変 遷 の あ し て 無 為 の 日 を す ご す 。 妹 貴 枝 の 養 家 東 桜 を め ぐ る 下 町 の な ま と を 巻 別 に み る と 、 第 一 巻 ( 明 ) の 特 色 は 、 き わ だ っ た 主 張 め か し い 世 界 と 、 自 分 を 慕 う 後 輩 房 田 染 子 を つ つ む 山 の 手 の ハ は ら い て う の 創 刊 の 辞 を 除 け ば 漠 と し て 文 学 作 品 中 心 の も の 。 イ カ ラ な 世 界 に 接 触 、 双 方 に ひ か れ る 。 脚 本 上 演 で 名 が 売 れ る 第 一 一 巻 ( 明 菊 ) は 、 次 第 に 文 芸 雑 誌 と し て 充 実 を み せ て き て い に つ れ て 、 官 能 的 世 界 へ 傾 き 、 新 し い 自 我 も つ い に は 独 立 し た る 。 野 枝 の 参 加 は こ の 時 期 の 最 末 期 で あ る 。 こ の 第 一 一 巻 期 は 、 生 を の ば し え ず 、 頽 廃 の 生 活 に 堕 し て い く 。 そ し て 一 切 の 欲 望 「 青 鞜 ー 社 員 が 受 け た 外 部 か ら の 厳 し い 批 判 に 対 し て 、 集 団 と や 自 由 を あ き ら め の う ち に 葬 り 去 っ て 郷 里 に 帰 る と い う 物 語 。 し て ひ と つ の 解 答 を 用 意 す る た め の 姿 勢 を 要 求 さ れ て い る 時 期 ll<ß パ ン の 会 明 治 四 十 一 年 十 一 一 月 か ら 大 正 元 年 ご ろ ま で 続 い た と い え る 。 「 一 つ の 転 期 に 来 て い る よ う よ 」 と い う の は 、 そ う し