現代語 - みる会図書館


検索対象: 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡
362件見つかりました。

1. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

「文ことばなめき人こそ、いとどにくけれ」 ( 段 ) 、「男とになる。 も女もよろづの事まさりてわろきものことばの文字あや 〇「少納言よ、香炉峰の雪は、どんなだらう」 ( 金子元臣 氏、枕草子評釈 ) しく使ひたるこそあれ」 ( 段 ) などの段にも見られるよ ことば、特に対話語の感覚が抜群であった清少納言 〇「・ : どうだろうか」 ( 塩田良平氏、三巻本枕草子評釈 ) のことであるから、以上のような中宮様のことばについて 〇「【 : どんなだろう」 ( 三谷栄一・伴久美氏、全解枕草子 ) 特に意を用いて記しとどめたであろうことは、当然考えて 〇「・ : どうであろうか」 ( 田中重太郎氏、旺文社文庫枕冊子 ) よかろう。その中で特に女房に対する中宮発言の現代語訳 〇「・ : どんなでしよう」 ( 石田穣二氏、角川文庫新版枕草子 ) は、社会情況も言語表現も異なってしまった現代に於いて 〇「・ : どんなふうかしらね」 ( 萩谷朴氏、新潮日本古典集成 第四版 ) は、大変むずかしいことであるし、また『枕草子』そのも のに対する印象や定子の人柄についての印象をもかなり左〇「・ : どんなかしら」 ( 稲賀敬二氏、鑑賞日本の古典 5 ) 右するもののように思われるのである。 〇「・ : どうかしら」 ( 稲賀敬一一氏、現代語訳学燈文庫 ) かうろ・ほう たとえば有名な「香炉峰の雪」 ( 段 ) の段に於ける中 〇「・ : どんなであろう」 ( 松尾聰氏・永井和子、完訳日本の古 典 ) 宮のことばを考えてみよう。実はこの段については、その 把握の仕方に於いて論の分れるところでもあるのだが、そ大ざっぱに見れば、女性らしい親しい呼びかけの日常語 れは措いて単純に「少納言よ。香炉峰の雪はいかならむ」 ( たとえば「どうかしら」 ) と、やや改ったことば ( たとえば ( 三巻本「雪は」ノ部分「は」ナシ ) というところだけについ 「どんなだろう」 ) に分けられるであろう。これは即ち前述の て、任意に諸氏の現代語訳が付されているものの訳を並べ この段の把握ーー私的な即興のやりとりか、やや公的な意 にからんでくるのかもしれな させていただく。もっと単純化すれば要するに「いかなら図を含んでの場面設定か む」の訳である。「いかならむ」のみでは何ら特別なこと 、諸氏のそれそれの御苦心のさまを見る思いがする。 ばとも考えられないが、「会話」ということになると現代そして松尾・永井の訳では、最も重々しい ( そっけない ) 語では語尾にさまざまのニュアンスを持たせて表現するこ形をとっている。言い換えれば「中宮」の立場を重く見た ふみ

2. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

15 凡例 ヌ補助動詞として用いられた「給ふ」「侍り」「聞ゅ」「奉るーなどの語は、すべて仮名書きに統一し ル漢字一字の反復を示す「々」をのそいては、反復記号「ゝ」「 / 、」は用いず、もとの文字をくり 返して記した。 一、脚注については、次のように、いがけた。 イ誤られやすい語法、文法、構文などについては、できるだけ的確に説明しようとした。 ロ語釈については、「現代語訳」で諒解可能と思われるものについては、できるだけ省略したが、必 要と思われる語釈は、ほば遺憾なきことを期した。ただスペースの制約から、先賢諸氏の御説を掲げ る場合、芳名、論文名、書名などを省略させていただかざるを得なかったことが多いのを御寛容願い 本文理解の必要の範囲内で、他の系統本のうち三巻本 ( 校本で田中氏が底本原文の右側に掲げた本文 ) 本文の異同を掲げたことがあるが、その他の系統本の異同はスペースの関係で省いた。なお、「諸本」 と記した場合は、底本以外の能因本系の諸本をさす。 一、本文の後に加えてある現代語訳は、できるかぎり原文に即して訳し、本文と対照してわかりやすいよう に、ひたすら心がけた。 従って、やや生硬な感じをまぬがれないと思うが、原文理解については、これが もっとも正しい行き方だと考えている。 なお、本文不審の箇所については、他本の本文も従いがたいと判断されるような場合は、あえてみだり に現代語訳を施さず、本文表記をそのまま片仮名で示し、傍点をつけた。

3. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

凡例 : ・ 一一八常よりことに聞ゆるもの 一一九絵にかきておとるもの : 一二〇かきまさりするもの 一二三あはれなるもの : 一二四正月寺に籠りたるは : 一二五いみじく心づきなきものは・ 一二六わびしげに見ゆるもの : 一二七暑げなるもの 一二八はづかしきもの・ 一二九むとくなるもの 一三〇修法は : 目次 原文現代語訳 一三一はしたなきもの : 一三二関白殿の、黒戸より出でさせたま ふとて 一三三九月ばかり夜一夜降り明かしたる 雨の : 一三四七日の若菜を・ : 一三五二月官の司に : 一三六頭弁の御もとよりとて : ・ 一三七などて官得はじめたる六位笏に : : : 三八 : ・ 一三八故殿の御ために、月ごとの十日 : : : 三九 : ・ 一三九頭弁の、職にまゐりたまひて : 一四〇五月ばかりに、月もなくいと暗き 原文現代語訳 ・ : 一一四六 一一四九

4. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

161 第 257 ~ 260 段 ( 現代語訳三二五ハー ) 一四御安心なさったのは当然のこ とである。このあと三巻本には、 二五七たふとき事 中宮崩御後の回想とみられる一文 がある。いずれにせよこの一段は くでうのしやくぢゃうねんぶつゑかう 中関白家の盛時を描いた一大雄篇 たふとき事九条錫杖。念仏の回向。 であると同時に、作者の宮仕え年 時を推定する上でも貴重である。 しやくじよう 一五法要の折、柄の短い錫杖を振 二五八歌は って九条の経文を唱えること。 一六念仏後に唱える回向文。自分 かどかぐらうた いまやう 歌は杉立てる門。神楽歌もをかし。今様は長くてくせづきたる。風よくの功徳を述べて浄土往生を願う。 宅うたいもの、歌謡。 天「わが庵は三輪の山もと恋し うたひたる。 くはとぶらひ来ませ杉立てる門」 ( 古今・雑下 ) に類した歌謡。三巻 ふぞくうた 本によると「風俗歌」としてのそれ。 二五九指貫は 一九神事の折の古代歌謡。 ニ 0 当世風の歌謡。平安中期から もえぎ すず さしぬき と暑きころ、夏虫の色したるも涼し流行。 指貫は紫の濃き。萌黄。夏は二藍。い ニ一もと諸国の民謡で貴族のうた いものとなったもの。 げなり。 一三瑠璃色、青蛾の色、蝉の羽の 色など諸説がある。 ニ三丁字染。 二六〇狩衣は 一西不詳。柔らかい絹、一説、表 裏同じ色の絹の合せ。 狩衣は香染の薄き。白き。ふくさの赤色。松の葉色したる。青葉。桜。柳。一宝不詳。青朽葉の誤りか。 かりぎめ かうぞめ 一九 ふたあゐ はいろ く ゃなぎ せみ

5. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

ことばについて、仮に会話文に限って考えてみても、現代 語のように主として語尾の、たとえば「だよ」 ( 男性 ) 「よ」 ( 女性 ) 、といった男女差はかならずしも明瞭ではなく、む しろ「語彙」の「かたより」としてしか把握しにくいため に実態はさほど明らかではない。清少納言は、この点につ いて言えば、 ・をと - こをんな ことことなるもの法師のことば。男女のことば。下 す 衆のことまこ、、 し。力ならす文字あましたる。 ( 本書など能 因本 4 段。三巻本「おなじことなれどきき耳ことなるもの」 ) 永井和子 と記し、男性女性の言語表現の差に対する数少ない言及者 中宮定子のことばは会話文として『枕草子』の中にしばである。これとても具体的に語彙・語法なのか、聴覚的な 5 しば記されている。中宮の、女房に対する発言部分は、い ことか、よくわからないのではあるけれど、少なくとも差 ったい現在のことばにどのように訳したら一番よいのであがあることを認めていたと考えることはさしつかえなかろ ろうか。言い換えれば、中宮という高い位にある年若い女う。 性として、仕えるものに対する、如何なることばが現代語 中宮は公的に言えば絶対的に身分の高い方である。それ に存在し得るだろうか、という素朴な疑問を私は抱いてい は単に外的な位として他から与えられた后としての高貴さ る。 や権威ばかりではなく、定子という人間自体が自立して持 りん 平安時代のいわゆる女性語についてはさまざまの論があっ凜とした品位でもあった。それと共に、一人の年若い女 るところである。女流文学の言語表現自体がある限定され性としては、誠に頭の回転の早い知的な面と、細やかなや た社会の女性のことばであるし、個々の作品はまたそれなさしさと、茶目っ気とを併せ持つ、生き生きとした方であ りのことばの世界を持つ。作品内部に記された男性女性のったらしい 走井餅老舗 ( 一の鳥居前 -0 ー九八一ー 0 一五四 ) 大津の走井餅か ら分家した店。走井餅、抹茶、アイスクリームなど。 鳩茶屋 ( 三の鳥居近く ) 文久年間創業。そば、うどんなどの 軽食がある。 中宮様のことば

6. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

225 ( 付 ) 第 29 ~ 37 段 まきゑ 蒔絵は唐草。 三四火桶は あかいろあをいろしろ つくりゑ 火桶は赤色。青色。白きに作絵もよし。 三五夏のしつらひは よる 夏のしつらひは夜。 三六冬のしつらひは 冬のしつらひは昼。 三七畳は ひをけ 三三蒔絵は から ひる ( 現代語訳三六一一ハー ) 一 0 漆を塗った上に、金・銀・貝 などを用いて模様を作り、絵の具 で彩色してみがき上げる。 = つる草の、巻きながら伸びる 形を表した図柄。多くの種類があ る。 三赤や青の漆塗りの地をいうの であろう。 一三地塗りをしない白木。一説、 白塗りの地。 一四墨絵の上に彩色をほどこした もの。 一五三五・三六段は二類本のみに ある。あるいは一段にまとめうる 一六室内装飾、調度類の設備等を さす。

7. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

の的となるのであったが、その場における中宮の発言もそ院大学修士課程修了。平安文学専攻。現在、学習院女子 の差を微妙に写しているのではないかとも考えている。 短期大学教授。主著に『寝覚物語の研究』『枕草子 ( 日 以上のようなことすべてを含めて清少納言は恐らく中宮本古典文学全集 ) 』 ( 共著 ) 『伊勢物語』など。絵巻物から 様のことばには細心の注意を払ったことであろう。清少納抽象画まで、絵を見ることがお好き。ご出張の場合など 言の立場からの把握という一段階があるために、その微妙も美術館や画廊によく立ち寄られる。 な表現にもう一歩迫り得ないうらみを残しつつ、なお現代《編集室より 語訳についてはやや絶望的にならざるを得ない。「中宮」☆第二十一回配本『枕草子二』をお届けいたします。今回 の位を超えた「定子」の個性を、更には、自分自身の世界の永井先生の随想は、現代語訳のむずかしさ、とくに上下 をしつかり持った女性のことばを中宮の発言から読みとる関係のことば遣いについてのご指摘ですが、これは「枕草 に至ることは、夢のまた夢であろうか 子』にとどまらず他の作品についてもいえることで、この 全集の校注・訳者の等しくご苦心のあるところです。 《著者紹介》 ☆次回配本 ( 五十九年九月 ) は『芭蕉句集』 ( 井本農一・ 松尾聰 ( まつおさとし ) 堀信夫・中村俊定・堀切実注解定価千七百円 ) です。 明治四十年、東京都生れ。昭和六年、東京大学卒。平安芭蕉が生涯に遺した約千句の中から、三百四十二句を厳選、 文学専攻。現在、学習院大学名誉教授。主著に『平安時推敲の過程がたどれるように主な異形句を併置しました。 代物語の研究ー散佚物語四十六篇の形態復原に関する試論ー』 さらに「冬の日」「猿蓑」「炭俵」から代表的な連句五歌仙 『全釈源氏物語一 ~ 六 ( 未完 ) 』『枕草子 ( 日本古典文学全を選び、芭蕉の俳句世界が一望できるように配慮いたしま 集 ) 』 ( 共著 ) など。クラシック音楽のレコード鑑賞がごした。一句一句の世界をすくいとる懇切な評釈が魅力です。 趣味で、戦後のものだけでも千枚以上お持ちである。 巻末に「芭蕉略年譜」「俳句編出典俳書一覧」「連句編作者 永井和子 ( ながいかずこ ) 略伝」「連句編引用注釈書一覧」のほか、俳句編・連句編 昭和九年、東京都生れ。お茶の水女子大学を経て、学習の「初句索引」を付載いたしました。

8. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

111 第 206 ~ 210 段 ↓一七六段「六位の : ・」。 二〇八月のいと明かき夜 い家はよくないとしている。 一一食物を入れて持ち歩く弁当袋。 すいしゃう わん 月のいと明かき夜、川をわたれば、牛の歩むままに、水晶などのわれたるや三金属製の碗。 一三薬用。または婦女子が着物を 着せて遊んだという。 うに、水の散りたるこそをかしけれ。 一四この一文、三巻本にはない。 一五短いほうがよいはずのもの。 二〇九大きにてよきもの しよくだい 一六燭台。背丈の低いことを「短 し」という。「低し」という語は中 いへゑぶくろすずりすみ 大きにてよきもの法師。くだ物。家。餌袋。硯。墨。をのこの目。あまり古にはなかった。「高し」の対は 「短し」である。室内照明用の燭台 かなまり は低いほうが手一兀は明る、 ほそきは、女めきたり。また、鋺のやうならむは、おそろし。火桶。ほほづき。 宅立ち働くのに不便であるし、 手入れが行き届かす見苦しいから 山吹の花びら。馬も牛も、よきは大きにこそあンめれ。 であろう。 一 ^ 未婚の女性。「声が短い」とは ロ数が少ない、言葉少なに話すの 二一〇短くてありぬべきもの 意とするのが通説。「灯台」につい て「短し」を現代語の「低いと考え とうだいげすをんな 短くてありぬべきものとみの物縫ふ糸。灯台。下衆女の髪、うるはしくて、たことが、声の「低い」ことに仮に 応用できるとしたら、「低い声」 ( 低音の声 ) と解くことも可能か 短くてありぬべし。人のむすめの声。 その場合高声をつつましやかでな いものとして退けたものとみる。 ほふし あ

9. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

二八五見ならひするもの あくび 見ならひするもの欠伸。ちごども。なまけしからぬえせ者。 二八六うちとくまじきもの うちとくまじきものあしと人に一 = ロはるる人。さるは、よしと知られたるよ一四油断のならないもの。 一五そうではあるがしかし、良い 人だと知られている人よりは表裏 りは、うらなくぞ見ゆる。舟の道。 なく見える。 おもて 日のうららかなるに、海の面のいみじうのどかに、青緑打ちたるを引きわた一六以下「舟」のことのみを記す。 都の女性は海や舟に対する恐怖感 あこめはかま したるやうに見えて、いささかおそろしきけしきもなき、若き女の、衵、袴着が強い。作者の体験にもとづく記 述であろう。 ろ さぶらひ たる、侍の者の、わかやかなる、もろともに、櫓といふ物押して、歌をいみじ宅「けしきもなきに」の意とみる。 天表着の下に着る衣。 ううたひたる、いとをかしう、やんごとなき人にも見せたてまつらまほしう思 一九 あ ひ行くに、風いたう吹き、海の面の、ただ荒れになるに、物もおばえず、泊ま 一九停泊する予定の所。 第 るべき所に漕ぎ着くるほどに、舟に波のかけたるさまなるは、さばかり名残な = 0 余波さえもなかった海、の意 か。「なごり」は、風がやんだあと 静まらずにしばらく立ち続ける波。 かりつる海とも見えずかし。 一セ あをみどり なごり ニ 0 三見ていてまねをするもの。 一三いいかげんなつまらない者。 ( 現代語訳三三五ハー )

10. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

125 第 226 ~ 227 段 ( 現代語訳三〇三ハー ) 九夢の中に。 よるあらはれてのたまひける、 一 0 「わがれる」は四段動ーわが を ななわた る」の存在を想定させるが疑わし 七曲にわがれる玉の緒をぬきてありとほしとも知らずやあるらむ 仮に「曲がれる」の意に従う。 七曲りに曲った玉に緒を通したの とのたまひける」と、人の語りし。 あり は、玉を貫いて蟻を通したのだと いうことを人は知らないでいるの だろうか、の意。明神が名の由来 一三六降るものは を語った歌。 = 「き」は、自分の経験した過去 ましろ あられ についていう。私に語ったのです 降るものは雪。にくけれど、みそれの降るに、霰、雪の真白にてまじりた よ。 るをかし。 三「にくけれど」は、みぞれにつ していう ひはだぶき ひのき 一三檜の皮で屋根を葺いた家。 檜皮葺、いとめでたし。すこし消えがたになるほど。 ひわだぶき 一四檜皮葺の屋根の上で、少し消 えそうになるところ、の意であろ おほくは降らぬが、瓦の目ごとに入りて、黒うまろに見えたる、いとをかし。 しぐれ いたや かわら 一五瓦で葺いた屋根の、瓦と瓦と 時雨、霰は板屋。霜も板屋。 の葺き合せ目。一説、檜皮葺の棟 がわら 瓦。 一六瓦の、雪におおわれていない 一三七日は 部分が、雪にふちどられて丸く黒 く浮き出て見えることをいう。 日は入り果てぬる山ぎはに、光のなほとまりて、あかう見ゆるに、薄黄ば宅板葺の家。音を賞でる。 一 ^ 「山ぎは」は、山の稜線に接す るあたりの空。 みたる雲のたなびきたる、いとあはれなり。 は五 ら うすき むわ