生き - みる会図書館


検索対象: 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩
173件見つかりました。

1. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

ものけ 様で、物の怪めいてわずらっておりますので、ちょっと この私の命もこれで尽きたのだと、母君に伝えておくれ ) かみ 3 でもそばを離れることはならぬと、守からきつく言いわ巻数を寺から持って帰ってきた、それにこの歌を書きつけ みずきよう たされておりますので、そちらの近くのお寺でも御誦経ておいたが、その使者が、「今夜はとても京へは帰れませ 語 物をおさせなさい ん」と言うので、何かの木の枝に結びつけておいた。 めのと 氏 と書いて、そのためのお布施の品や僧に遣わす手紙などを 乳母は、「どうしたことか変に胸騒ぎがします。母君の 源 とのい 書き添えて持ってきた。女君は、自分が今生の終りと覚悟お手紙にも夢見が悪いとおっしやっていました。宿直の人 している命であることも知らずに、母君がこうして縷々と は十分にお勤めしなさい」と女房に言わせているのを、女 書いてよこされるのも、ほんとに悲しいと思う。 君はこらえがたい思いで聞きながら横になっていらっしゃ 寺へ使いの者をやっている間に、母君への返事を書く。 る。乳母が、「何も召しあがらないのは、ほんとにいけま ゅづけ 一一 = ロい残しこ、 オしことはたくさんあるけれども、はばかられるせん。お湯漬なりと」などといろいろに世話をやいている ので、ただ、 のを、女君は、「自分ではしつかりしているつもりのよう のちにまたあひ見むことを思はなむこの世の夢に心ま だけれど、ほんとにこうも醜い年寄になってしまって、自 どはで 分がいなくなったらどこでどう暮してゆくのだろうか」と ( 後の世でまたお会いできると思ってくださいまし。この世お思いやりになるにつけても、ほんとにしみじみとかわい の夢のようにはかない縁にお心を迷わされずに ) そうなというお気持である。この世にとうとう生きていら 読経の鐘の音が風にのって聞えてくるのを、女君は、じっ れなくなった子細をそれとなく話しておこうなどとお思い と聞き入りながら、横になっていらっしやる。 になるにつけて、まず胸がつまって言葉より先に涙があふ おと 鐘の音の絶ゆるひびきに音をそへてわが世つきぬと君れてくるのを、人目に隠そうとなさるところから、もう何 に伝へよ も言われない。右近が、おそば近くに寝ることにして、 ( 鐘の音の消えてゆこうとする響きに私の泣く音を添えて、 「そんなふうにして、ただ悩んでばかりいらっしゃいます るる

2. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

そうづ ート - め・まし 一物の怪を調伏させ、憑坐に移 僧都もさしのぞきて、「いかにぞ。何のしわざぞと、よく調じて問へ」との して正体を名のらせよう、の意図。 たまへど、いと弱げに消えもていくやうなれば、「え生きはべらじ」、「すずろニ思いがけぬ死の穢れのために 閉じ込められることになると面倒。 語 、も 物なる穢らひに籠りて、わづらふべきこと」、「さすがにいとやむごとなき人にこ人の死に触れると、三十日間の 氏 籠りをしなければならない。 源そはべるめれ。死にはっとも、ただにやは棄てさせたまはん。見苦しきわざか = こんな瀕死の姿とはいえ、高 貴な身分の女のようだ。 六 な」と言ひあへり。妹尼「あなかま。人に聞かすな。わづらはしきこともぞあ四身分のある者ゆえに、下賤の 者のように死骸を遺棄することも る」など口かためつつ、尼君は、親のわづらひたまふよりも、この人を生けはできず、火葬にして手厚く弔わね ばならない。 五面倒なことになった、の意。 てて見まほしう惜しみて、うちつけに添ひゐたり。知らぬ人なれど、みめのこ 六厄介なことでも起ったら大変。 「もそ」は懸念の気持を表す語法。 よなうをかしけれ、よ、 。いたづらになさじと、見るかぎりあっかひ騒ぎけり。さ 高貴な血縁者の出現を懸念する。 こころう すがに、時々目見あけなどしつつ、涙の尽きせず流るるを、妹尼「あな心憂セ母尼の看病はさて措いて、び ったりと女の傍らについている。 ゃ。いみじくかなしと思ふ人のかはりに、仏の導きたまへると思ひきこゆるを。 ^ 瀕死の女の顔かたちが 九尼君一行の女房たちすべてが。 かひなくなりたまはば、なかなかなることをや思はん。さるべき契りにてこそ一 0 以下、瀕死の女のさま。 = 亡き娘の身代り。↓前ハー六行。 かく見たてまつるらめ。なほいささかもののたまへ」と言ひつづくれど、から三長谷寺の観音の導き。 一三この女が死んでしまったなら、 ふよう よる一五 なまじ出会ったばかりに、娘の死 うじて、「生き出でたりとも、あやしき不用の人なり。人に見せて、夜、この に二度も遭うことになろう、の意。 力い - 一ら・ リに落とし入れたまひてよ」と、息の下に言ふ。妺尼「まれまれもののたまふ一四この女との邂逅は宿縁による。 てう

3. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

327 蜻蛉 だった。母君は穢れに触れた不吉の身なので近寄ることも とお忘れ申すことはありますまい。またそちらでもそのよ ばうぜん ならず、ほかの子供たちのことも考えられず、茫然とした うに内々でお思いおきくださるよう。小さなお子たちも何 心地で過しているところに、大将殿から内々にお使者がや人かおいでの由、朝廷にお仕えするような場合には必ずお ってきた。ものの判断もっかない惚けた気持ながらも、ほカ添えをと思っております」などと、お使者の口上にもお っしやる。 んとにうれしくもありまた悲しくもある。 あまりにも慮外なこのたびのことについては、さっそく さほどきびしく慎まなくてもよい穢れなので、母君は、 にお悔みを申しあげようと思っておりましたが、悲しみ「そうたいした穢れに触れてはおりませんから」などと言 も静まらず、目もくらむような心地でして、なおさらの いなして、しいてお使者を引きとめた。ご返事を涙ながら やみじ こと、あなたはどんなにか心の闇路にお迷いであろうか と、しばらく当座を過しておりましたうちに、はかなく これほどの悲しいめにあっても死なれずにおります命を 日数がたってしまいまして。世の中の無常さにつけても、 情けなく存じながら嘆いておりますが、それもこのよう ちょうだい いよいよ悲しみを慰めようもございませんが、それでも にかたじけないお言葉を頂戴するためだったのでござい このわたしが思いのほかに生き長らえていられましたら、 ましようかと存ぜられまして。これまで長い年月の間、 な 亡くなられた人の思い出のよすがとして、ぜひ何かの折 あの娘の、い細い身の上をこの目に見ておりながらも、そ ひとかず にはお声をおかけください れは人数にもはいらぬこの母親の身分のいやしさの罪ゅ ねんご おおくらのたいふ などと懇ろにお書きになって、お使者には、あの大蔵大輔 えと思いあきらめることにいたしまして、もったいない をお遣わしになったのだった。「万事気長に考えてはこん お一言を行く末長くお頼り申しあげておりましたのに、 なにまで年月を過してしまったのですから、あなたはこの そのかいもない結果になってしまいましたので、あの宇 いんねん わたしに実意がないとしかごらんにならなかったかもしれ 治の山里との因縁もまことに情けなく悲しゅうございま ません。けれども、これからのちは、何事につけてもきっ して。いろいろとありがたい仰せ言にこの命も延びる思

4. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

まさかこうして中将が訪ねて来られるにつけても、珍しく と忌まわしい昔のことを思い出さずにはいられまい。そう もまたしみじみと深い感慨のわいてくるような問わず語り した筋のことはいっさい考えず忘れてしまいたい」と思っ ている。 をも話し出すにちがいない。 姫君のほうは、自分は自分なりに思い出すことが多くて、 尼君が奥にはいっておられる間に、客人の中将は雨のあ 虚ろに外を眺めていらっしやる様子がまことに美しくかわがる様子も見えないのに困って、少将といった尼の声を聞 きおばえていたのでお呼び寄せになる。「昔お会いした いらしく見える。白い単衣のまるで風情もなくさつばりし はかま ひわだ たものに、袴も、こうした所では檜皮色が習わしになって方々は今もみなこちらにおいでなのだろうかと心こよゝ りながらも、こうしてやってまいりますこともむすかしく いるのだろうか、つやもなく黒ずんだのをお着せ申してい なりましたのを、薄情者とどなたもお思いでしようか」な るので、このような着物も昔とはちがって妙な格好になっ たものよと思い思い、ごわごわした肌ざわりのよくないも どとおっしやる。少将の尼は以前いつもおそばでお世話申 していた人なので、中将はしみじみと悲しい昔のことをあ のを着ていらっしやるのが、かえってじつにひと風情のあ ろう る姿である。尼君のおそばに仕える女房たちが、「ただ亡れこれ思い出している、その話のついでに、「あの廊の突 すき すだれ 当りをはいったところ、風が強く吹いて簾の揺れ動いた隙 き姫君が生き返っていらっしやったような心地がしており 間から、並々の様子とはとても思われない人の垂れ髪の姿 ますところへ、中将殿までお見えになったのですから、ほ が見えたのですが、世をお捨てになった方々のお近くで、 んとに胸もいつばいになります。どうせなら、昔と同じく 習 いったいこれはどなたなのだろうと、目を疑わずにはおら こちらにお通いになるようにしてさしあげたいもの。ほん とに似合いの御仲でございましようよ」と話し合っているれませんでした」とおっしやる。少将の尼は、姫君が端近 手 くお立ち出でになった後ろ姿をごらんになったものらしい のを聞いて、女君は、「まあなんということを。この世に と思って、「なおもっとよく見せたらきっと心ひかれるに 生き長らえて、この先どんなことがあろうと人に縁づくよ うなことがあってよいものか。そんなことになったらきっ ちがいない。亡くなった姫君はこのお方とは比べものにも うつ ひとえ

5. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

一食事もとらず薬も飲まないの 妹尼「いかなれば、かく頼もしげなくのみはおはするぞ。 〔九〕浮舟快方に向う で、不安を抱いて言う。 出家を望み戒を受ける ニずっと高熱だったのは。「ぬ うちはヘぬるみなどしたまへることはさめたまひて、さは るむーは体温の高い状態。 語 物やかに見えたまへば、うれしう思ひきこゆるをと、泣く泣く、たゆむをりな三油断なく付ききりで看護。 四妹尼づきの女房たち。 かたち 源く添ひゐてあっかひきこえたまふ。ある人々も、あたらしき御さま容貌を見れ五浮舟の、もったいないほど美 しい姿や顔だち。 ば、心を尽くしてそ惜しみまもりける。、いには、なほいかで死なんとそ思ひわ六浮舟は内心で。親切にされな がらも、やはり死を切望する。 しふね たりたまへど、さばかりにて生きとまりたる人の命なれば、いと執念くて、や七このあたりから、浮舟に敬語 が多用。妖怪じみた風姿が消えて、 一 0 おもや かしら あらためて女主人公を印象づける。 うやう頭もたげたまへば、物まゐりなどしたまふにそ、なかなか面痩せもてい 〈意識不明で一一か月以上も経過。 しっしかとうれしう思ひきこゆるに、浮舟「尼になしたまひてよ。さての九ねばり強く。若い生命力の強 さで回復。このころは食事もとる。 一 0 回復直後は、新陳代謝が活発 みなん生くやうもあるべき」とのたまへば、妹尼「いとほしげなる御さまを、 なので、かえって顔つきなどもや いただき いかでか、さはなしたてまつらむ」とて、ただ頂ばかりを削ぎ、五戒ばかりをせてひきしまる。 = 尼になった功徳でこそ生きら 受けさせたてまつる。心もとなけれど、もとよりおれおれしき人の心にて、えれよう。出家を懇願する口実。 三延命のためで、正式の出家で そうづ はよい。↓若菜下圈一九三ハー。 さかしく強ひてものたまはず。僧都は、「今は、かばかりにて、いたはりやめ 一三恠家の信者の受ける戒律。殺 生・偸盗・邪淫・妄語・飲酒の戒。 たてまつりたまへ」と言ひおきて、登りたまひぬ。 一四正式の出家でないので、不安。 一五「おろか」と同根。はきはきし ( 現代語訳三五八ハー )

6. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

日のためにこそ、あの人に逢いたいのである。 浮舟 前出 ( ↓須磨 3 三五四ハー下段 ) 。物語では、浮舟の所在をつ 0 ′し 0 、、 11 1 上 恋しくは来ても見よかしちはやぶる神のいさむきとめた匂宮が、その寝所で朝を迎え、何事も命あればこ と、つりゆろ・ る道ならなくに ( 伊勢物語・七十一段 ) そではないかと、なおも逗留を決意する叙述。この歌の 恋しいと思うなら訪ね来てくれ。恋の道とは、神のきびしく 「生ける」の語句から反転して、次に「ただ今出でおはし 禁する道でもあるまいものを。 まさむはまことに死ぬべく思さるれば」の叙述も導かれる。 た 『伊勢物語』では、伊勢の斎宮へ勅使として訪れた男に、 ただし、これを「恋しとは誰が名づけけむ言ならむ死ぬと いがき そこに仕える女が「ちはやぶる神の斎垣も越えぬべし大宮ぞただにいふべかりける」 ( 古今・恋四・六九八清原深養父 ) に 人の見まくほしさに」と詠み与えた、それへの男の返歌と よる引歌表現とみる説もあるが、「生ける」も「死ぬべく」 して詠まれている。「ちはやぶる神の斎垣」「ちはやぶる神も、ともに「恋ひ死なむ」の歌から出た照応表現とみたい。 のいさむる」が、禁じられた恋を表す。物語では、宇治の ・・ 5 春霞たなびく山の桜花見れども飽かぬ君にもあ るかな 覧浮舟のもとへ通いがたいとする薫について、神のいさめよ ( 古今・恋四・六八四紀友則 ) 一りもつらい、としてこの歌を引いている。世間体を気にし 春霞のたなびく山の桜花はいくら見ても見飽きることがない すぎる薫への揶揄もこめられていようか。 が、それと同じようにあなたに逢うことも、どんなに逢って のち . 1 90 1 も見飽きることがないのだ。 恋ひ死なむ後は何せむ生ける日のためこそ人は - ももよ たと 見まくほしけれ ( 拾遺・恋一・六会大伴百世 ) 女の美しさを、霞のたなびく山の桜に喩えた歌。「見れど 恋しさに焦れ死んでしまった後は、何になろう。生きている も飽かぬ」は、『万葉集』で土地ばめなどの讃歌に盛んに 425 引歌二覧 、この「引歌一覧」は、本巻 ( 浮舟 ~ 夢浮橋 ) の本文中にふまえられている歌 ( 引歌 ) で、脚注欄に掲 示した歌をまとめたものである。 一、掲出の仕方は、はじめこ、丨 冫弓歌表現とみられる本文部分のページ数と行数をあげ、その引歌および出 典を示し、以下、行を改めて、歌の現代語訳と解説を付した。 あ あ

7. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

↓九八ハー一二行・一一五ハー四行。 きにしもあらずかし。わが過ちにて失ひつるもいとほし、慰めむと思すよりな 一四薫の常陸介一族への後援を、 一四そし 過分だとする世間の非難。 む、人の譏りねむごろに尋ねじと思しける。 一五遺骸がないだけに不審が残る。 、、かよりけんこと一六亡くなったにせよ生きている 四十九日のわざなどせさせたまふにも 〔九〕四十九日の法事を にせよ、法事は罪障消滅のよすが。 営む匂宮・薫の心々 宅宇治山の阿闍梨の寺。今は律 にかはと田 5 せば、とてもかくても罪得まじきことなれば、 / ハー六行。 ふせ 一七りし いと忍びて、かの律師の寺にてなんせさせたまひける。六十僧の布施など、お天六十人の僧による仏事。四十 九日までの仏事に多い ( 花鳥余情 ) 。 おき 一九 ほきに掟てられたり。母君も来ゐて、事ども添へたり。宮よりは、右近がもと一九匂宮。 ニ 0 浮舟との秘事を知られまいと しろかねつばこがね ニ 0 みとが に、白銀の壺に黄金入れて賜へり。人見咎むばかりおほきなるわざはえしたまするが、周囲の不審をかう。 ニ一薫の家人。法事の雑用に奉仕。 はす、右近が心ざしにてしたりければ、、い知らぬ人は、「いかでかくなむ」な一三噂にも聞かなかった人の法事。 ニ三浮舟の養父というだけでなく、 ど言ひける。殿の人ども、睦ましきかぎりあまた賜へり。「あやしく。音もせ薫からの後援があるという頼もし さも加わって、得意然とする。 たれ うぶやしな、 ざりつる人のはてを、かくあっかはせたまふ、誰ならむーと、今おどろく人の = 四婿の左近少将。盛大な産養 しようとの趣。もとより介は財カ あるじ ニ四 ク将の子産をたのんで風流めかしく気どる性 蛉み多かるに、常陸守来て、主がりをるなん、あやしと人々見ける。ト 分。↓東屋 3 一三六ハ。 もろこし ませて、いかめしきことせさせむとまどひ、家の内になきものは少なく、唐土、ニ五身分柄たいしたこともできす、 実にお粗末なありさまだった。 しらぎ ニ六 いとあやしかりけり。この御法事の、 = 六自家の産養と比較する気持。 新羅の飾りをもしつべきに、限りあれば、 ワ」 毛もしも浮舟存命なら、自分と 忍びたるやうに思したれど、けはひこよなきを見るに、生きたらましかば、わ比肩できぬほどすばらしい運勢。 一三あやま むつ ニ七

8. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

のちニ も心ざしあるやうには見たまはざりけむ。されど、今より後、何ごとにつけて一自分の浮舟への誠意。あなた には、分ってもらえなかったかも 四 しれないとする。 も、かならず忘れきこえじ。また、さやうにを人知れず思ひおきたまへ。幼き ニ浮舟への厚遇を果せなかった 語 おほやけ うしろみ ことへの埋合せをしたい。 物人どももあなるを、朝廷に仕うまつらむにも、かならす後見思ふべくなむ」な 氏 「過ぎにしなごりとは : ・」に照応。 三あなたもそのように内々でお 源ど、言葉にものたまへり。 思いおきください いたくしも忌むまじき穢らひなれば、「深うも触れはべらず」など言ひなし四常陸介の子ら。その朝廷出仕 の場合、引き立てようとする。 五実際には浮舟が邸内で死んで て、せめて呼び据ゑたり。御返り泣く泣く書く。 はいないからである。 、 : 」ろう 母君いみじきことに死なれはべらぬ命を心憂く思うたまへ嘆きはべるに、か六薫の使者を。 七自分も死にたいのに、の気持。 おほごと かる仰せ一言見はべるべかりけるにやとなん。年ごろは、、い細きありさまを見〈薫のありがたい仰せ一一 = 〔。意外 にも生き長らえる理由が分る気持。 たまへながら、それは数ならぬ身の怠りに思ひたまへなしつつ、かたじけな九人数にもはいらぬ身分である 私の身のったなさゆえと。 一 0 浮舟を京に迎えようとした薫 き御一言を、行く末長く頼みきこえさせはべりしに、言ふかひなく見たまへ の約束をさす。 = 浮舟の死をいう。 はてては、里の契りもいと心憂く悲しくなん。さまざまにうれしき仰せ言に 三宇治の里とのつらい因縁。 命延びはべりて、いましばしながらへはべらば、なほ、頼みきこえさせはべ 一三薫の、幼い子のことや自分 るべきにこそと思ひたまふるにつけても、目の前の涙にくれはべりて、え聞 ( 母 ) のことへの配慮。 一四薫の言う「思ひの外にも : ・」 ー一一行 ) に照応。 こえさせやらずなむ。 九

9. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

てしまいました。なんとも見苦しい有様で世を捨てておら っしやったりもいたしました。まして、多少でも分別がっ れる尼君のおそばでどうやってお過しでいらっしゃいます くようになりましてからは、世間並のことはあきらめて、 か」とお尋ねになる。女君は、「もうこの世に生きていとせめて後生だけでも安楽にとの気持を深く抱いていたので うはないと決心いたしました身が、不思議なことに今まで ございましたが、だんだんと命の果てるときが近くなりま 生き長らえておりますのを情けなく存じておりますものの、 したせいでございましようか、ほんとに気弱くなっていく 何かにつけてお世話くださいましたお心づかいのほどは、 ばかりでございますので、やはりぜひにも」と言って、泣 ふがいないこの私にもよく分らせていただいておりますが、 き泣きお頼みになる。 しよせん やはりどうしても世間並の気持になれませんで、所詮はこ 僧都は、「合点のゆかぬこと、これほどの器量であり容 の世に生きていられそうにもなく存ぜられますので、どう姿に恵まれているものを、どうしてその身を厭わしく思う ものけ か尼にしてやってくださいまし。この世に生きておりまし ようになったのであろう。そういえば、物の怪もそんなこ ても、普通の女のようにして暮していけそうもない身の上とを言っていたが」と、あれこれ思い合せてみると、「そ でございまして」とお申しあげになる。僧都は、「まだこ れなりの子細があってのことであろう。本来なら今まで生 れからさき前途の長いお年ですのに、どうして一途にそう きていられるはずもなかった人なのだ。すでに悪い霊に目 思いたたれることがありましよう。かえって罪業をつくる をつけられてしまったのだから、このままではまったく恐 ほっしん ことになります。なるほど出家を思いたって発心なさった ろしく危ういことた」とお思いになって、「事情はどうで 習 当座はいかに道心が堅固でいらっしやっても、年月がたつあれ、そのように決心しておっしやるのだから、それは御 と、女の御身というものはまことに多難なものでして」と 仏のいかにも殊勝なこととおほめになることですし、法師 手 おっしやるので、女君は、「まだ幼うございましたころか の身としても反対申すべきことではありませぬ。ご受戒の 四ら、いつも物思いの絶えぬ身の上でございまして、親など ことはいたってたやすくお授け申すことができますが、今 もいっそ尼にしてしまったらなどと思ったり、またそうお 日は急な御用で山を下りてまいりましたので、今晩中に一

10. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

しみるようであるが、門田の稲を刈り取るというので、下けなく思われるので、手習に たれ 身を投げし涙の川のはやき瀬をしがらみかけて誰かと 働きの若い女たちが、この山里住いにふさわしく田夫のま ひた どめし ねをしては歌をうたい興じている。引板を引き鳴らす音も 語 ( 涙にくれて身を投げた川の早瀬に、誰がわざわざしがらみ 物おもしろく聞えてくる。昔暮していた東国の日々なども思 をかけてこの自分をひきとめ救ってくれたのだろう ) し出さずにはいられなくて : 源 みやすどころ 心外にも助けられたことが情けないので、これから先もど ここは、あのタ霧の御息所がいらっしやった山里よりは うなることかと心もとなく、我とわが身に愛想の尽きるよ もう少し奥にはいって、片方は山にさしかけて造った家で うな思いにさえならずにはいられない あるから、松の木陰が深く、風の音もまことに心細く感ぜ っとめ 月の明るい夜々、年老いた尼たちは浮き浮きした気分で られるので、人々は所在なくただお勤行に精を出しては、 歌を詠み、昔の暮しを思い出してはあれこれの話などをす いっということもなくひっそりと静かに暮している。 きん 尼君は、月などの明るい夜には琴をお弾きになったりするが、女君は相手のしようもないので、ひとりばんやり物 うつ びわ る。少将の尼君などという人は、琵琶を弾いたりしては興思いに虚けて、 われかくてうき世の中にめぐるとも誰かは知らむ月の じている。「あなたはこうした遊び事はなさらないのです みやこに か。所在なくお寂しいでしように」などと尼君が勧める。 ( この自分がこうして厭わしいこの世の中に生き長らえてい 女君は、昔も普通ではない不運な身の上だったので、落ち ても、都の人たちの誰がこのことを知っているだろうか ) 着いてそのような芸事をならうゆとりもなかったのだから、 これを限りと死を決心したときには、恋しく思う人が多か 何ひとっとして風流の嗜みを身につけることもなく育った ったけれど、今はほかの人たちのことはそれほど思い出さ ものよと、こうして年配の人たちが気晴らしをしているよ うな折々につけて過往のことを思い出すのである。やはりれることもなく、ただ、母君がどんなにお嘆きであったか、 めのと 嘆かわしくとりえのない身の上だったのだと、我ながら情乳母も、何かにつけてこのわたしのことをどうかして世間 たしな たぶ