申しあげる - みる会図書館


検索対象: 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩
111件見つかりました。

1. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

おあげしましたけれど、もう長らくさしあげておりませ ったくあってはならぬこととして心を取り静めるのは、姫 ん」とおっしやる。大将は、「あなたがご降嫁になられた 宮をお見あげすることのなかった以前にもまして苦しいこ からとて、あちらからもお便り申されないのでは情けない とである。宮は絵をじつにたくさん供人に持たせて参上な ことです。さっそくに大宮の御前で、あなたがお恨み申し さったのだったが、それを女房にお言いつけになって姫宮 ていらっしやると申しあげておきましよう」とおっしやる。 のほうにおあげになり、ご自分もそちらへお越しになった。 大将も大宮の御前近くへ参上なさって、御八講の尊かっ 「どうしてこの私がお恨み申しましよう。いやですこと」 たことや昔の御事の思い出を少しお話し申しあげては、残 と女宮がおっしやると、大将は、「下々の者になりさがっ てしまったと、あなたを見下していらっしやるようだと思 りの絵をごらんになるついでに、「私の所においでになり われますから、こちらからはお便りもさしあげないのですます女宮が、雲の上のご身分から降嫁なさって、お気持も とだけは申しあげておきましよう」とおっしやる。 沈んでいらっしやるのをおいたわしく存じております。こ ちらの姫宮の御方からお便りもございませんのを、こうし 〔一三〕薫、女一の宮を慕大将は、その日は女宮のおそばでお て臣下の身分に定まってしまわれたために、姫宮がお見捨 い中宮のもとにまいる過しになって、翌朝、大宮に参上な ひょうぶきようのみや さる。例によって、兵部卿宮もこちらにいらっしやるのだ てあそばしたもののように思って、気持の晴れぬ様子にば ちょうじ ひとえ かり見えますので、このような絵などをときどきお見せに った。丁子色に深く染めた薄物の単衣を濃い直衣の下にお ちょうだい 召しになっているのが、いかにもしゃれた趣向をお見せに なってくださいまし。この私自身が頂戴して持ち帰りまし 蛉 なっている。姫宮のおみごとなご容姿にも負けをおとりに たのではやはりこれを見るはりあいもございますまいに」 ならず、色白で気高くおきれいで、やはり以前よりは面やとお申しあげになると、大宮は、「これは異なことをおっ つれしていらっしやるご様子が、まったく見飽きることのしやる。姫宮がどうしてお見捨て申したりなさいましよう。 まだ宮中にお住まいのころは、お近くでしたから、折にふ ないお美しさである。姫宮によく似ておいでになると思う につけてもまず恋しさがこみあげてくるが、その思いをまれてお互い文通申されたようですが、離れ離れにおなりに ひ のうし おも

2. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

ことで、前々から仕えている人でさえも一部の者は出はら通のことですのに、世に例のない有様で幾日も過していた っていて、まったく人少なの折なのであった。 のでは、とても隠しおおせるものでもありますまい。やは 侍従などが、日ごろの女君のご様子を思い出して、「い りいきさつをお聞かせして、今はせめて世間の手前だけで っそこの身を失くしてしまいたい」などと泣き入っていら もとりつくろうことにしましよう」と相談して、母君にあ っしやった折々の様子や、書き残しておかれた手紙を見て りのままをそっと申しあげるのだが、言うほうも気が遠く いるうちに、「亡き影に」とすさび書きをなさっているの なるようで一一 = ロい果てることもならず、聞くほうも心が乱れ すずり が硯の下にあったのを見つけて、川 の方角に目をやりなが て、母君が、それではこのじつに荒々し、 し川に流されて死 ら、はげしい響きをたてている水の音を聞くにつけても、 んでしまわれたのかと思うと、いよいよ自分も川にとびこ 気味わるく悲しく思っては、「こうして亡くなってしまわんでしまいたいような心地になって、「どこまで流れてい れたにちがいないお方のことを、あれこれと騒ぎたてて、 らっしやったのか捜し出して、せめて亡骸だけでもちゃん どなたも、 いったい女君がどうおなりになったのだろうと とお弔いしたい」とおっしやるけれども、「いまさらに何 お疑いになるのでは、それもおいたわしいことです」と互のかいもございますまい。行く果ても知れない大海原に流 いに話し合って、「宮との内緒事と申してもご自身からしれていらっしやったのでしよう。それなのにお捜し申した うわさ でかされたことではありません。母君としても、亡くなら りして世間の噂にのばりましては、ほんとに聞き苦しいこ れた後にそのことをお聞きになっても恥すかしいお相手で とです」と申しあげるので、母君はあれやこれやと思うに 蛉 はないのですから、ありのままに申しあげて、こうしてまつけても胸のこみあげる心地がして、何をどうしようにも ったくどうなられたのか分らないといったご不安まで加わ分別も失せておられるのを、この女房二人して車を寄せさ 蜻 ってあれこれと途方にくれていらっしやるお気持を、いく せて、女君のお敷物やお手近に使っておられた御調度の Ⅱらかでも晴らしてさしあげましよう。お亡くなりになった数々、そっくりそのままお脱ぎ置きになったままの御夜着 なきがら めのとごだいとこ 方であっても、亡骸を据えてそれをお弔いするのが世間普 などのようなものを車のなかに運び入れて、乳母子の大徳、

3. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

407 夢浮橋 うのでございます。もしあの母君がこの世においでになる って言うと、尼君は、「それそれ。まあかわいらしい」な のでしたら、そのお一人だけにはお会いしたいと思うので どと言って、「お手紙をごらんになるべきお方は、ここに そうず ございます。この僧都のお手紙にありますお方などには、 おいであそばすようですよ。はたの者はどういうことなの けっして知られ申すまい、と存じております。なんとか言 かと合点しかねておりますので、もっとおっしやってごら いつくろって、人違いであったと申しあげるようにして、 んなされ。あなたはまだお年若でいらっしやるけれど、こ この私をおかくまいくださいまし」とおっしやるので、尼 のような御手引き役としてお頼り申されるだけのわけもお 君は、「そんなことはとてもできはいたしません。僧都の ありなのでしよう」などと言うけれども、小君は、「私を ひじり ご気性は、聖というなかでもあまりにも真っ正直でいらっ お疎みになって、はっきりしないお扱いをなさるのでは、 しやるのですから、きっと何もかもすべて大将殿に申しあ何を申しあげられましよう。私を赤の他人とおきめつけで げられたことでしよう。言いつくろってみたところであと いらっしやるのですから、もうこちらから申しあげねばな からすっかり分ってしまいましよう。それに大将殿はい、 らぬこともございません。ただ、このお手紙を、直接にお かげんに軽々しく扱えるご身分でもいらっしゃいません渡し申せという仰せで持参しておりますが、ぜひお渡し申 し」などと言い騒いで、「このお方は世にまたとなく情の したい」と一一一一口うので、尼君は、「ほんとにこのお方のおっ 強いお方ですこと」と、一同が話し合って、母屋のはずれしやりようももっともです。どうかこうした嘆かわしいこ きちょう のところに几帳を立てて、そこに小君を招じ入れた。 とをなさいますな。それにしてもやはり、恐ろしいお心で この童も、姉君がここにいるとは聞いてきたものの、ま いらっしやること」と説き伏せ申して、几帳のそばに押し だ年若であるし、唐突にこちらから言葉をかけるのも気恥出し申すので、女君は夢心地でおすわりになっている、そ ずかしかったけれども、「もう一通ございますお手紙を、 の様子がとても姉君以外の誰でもない感じなので、小君は ぜひお渡し申しましよう。僧都の御導きは確かなことですすぐそばに近寄ってお手紙をさしあげた。「ご返事を早く のに、こうもはっきりいたしませんのは」と、伏し目にな いただいて、帰参いたしましよう」と、こうしてよそよそ こわ

4. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

源氏物語 398 〔一〕薫、横川に僧都を大将は山におのばりになると、毎月野のあたりにあなたの領有しておられる家がございます 訪い、噂を確かめるおさせになるように経典や仏像の供か」とお尋ねになると、僧都は、「仰せのとおりございま よかわ 養をさせなさる。その翌日には、横川におまわりになったす。まことに粗末な住いでして。拙僧の母であります年老 すみか そうず いた尼がおりますが、京には、これといって適当な住処も ので、僧都は驚いて恐縮申される。大将は何年も前からこ やまごも ございませんし、こうして拙僧が山籠りをしております間 の僧都と御祈疇などのことでお知合いでいらっしやったの は、夜中でも、早朝でも見舞ってやることができようと、 だが、格別に親しい間柄ではなかったのを、このたび、一 ばん 心がけてのことでございます」などと申しあげなさる。大 品の宮のご病気の際に僧都が奉仕なさったときに、なんと もすぐれた験力をお示しになったことを、目のあたりにご将は、「そのあたりには、つい近ごろまでは人家が多かっ たとのことですが、今は、まったく人少なにさびれていく らんになってからは、このうえもなくご尊崇になられて、 ようですね」などとおっしやって、いま少し僧都のそばに これまでよりも多少深いご縁を結んでおられたのだから、 このように重々しい地位にいらっしやる大将殿が、こうし近寄り、声をひそめて、「まことにあやふやな心地もいた しますし、また、お尋ね申しあげるについては、どういう てわざわざお出向きになったとは、と下にも置かずおもて ねんご いきさつがあったのかと不審にお思いになるにちがいあり なし申される。懇ろにあれこれの世間話などしていらっし ませんので、あれやこれや遠慮もされるのでございますが、 やるので、御湯漬などをおさしあげになる。 その山里に、この私が世話をしてやらねばならない女が人 供人などの騒ぎが少し静まったところで、大将が、「 4 きとう ゅめのうき 夢浮橋 ひと

5. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

405 夢浮橋 すさ ろするほどに気をもんでいるところへ、「山から、僧都の に申しあげました。あなたをそれほどにも深くいとしん ご紹介でまいった者でございます」と案内を請うた。 でおられた大将殿との御仲をおそむきになって、見苦し 〔 0 小君来訪浮舟、尼君は、どうも腑に落ちないけれど い山賤たちのなかで出家なさいましたとは、かえって仏 小君を見て母を思う も、こんどのこそ、それでは確かな のお叱りをお受けになるにちがいなかろうと、大将殿か きつがく お手紙なのだろうと思って、「どうそこちらに」と伝えさ らうかがって驚愕しております。いまさらいたしかたは せると、まことにきれいな品のよい童で、なんともいえず ありません。もともと大将殿と結ばれるはずのご縁をそ わろうだれんちゅう 立派な装束をつけたのが歩み寄ってきた。円座を簾中から こなうことのないようになさって、大将殿の愛執の罪が すだれ さし出すと、簾のところにひざまずいて、「このようなよ 消えるようにしてさしあげて、一日でも出家したことの くどく そよそしいお扱いを受けるはずはないと、僧都は仰せにな 功徳は無量のものでありますから、やはり今まで同様に りましたが」と言うので、尼君が応対などなさる。僧都の 仏の功徳を頼りになさるように、と存じます。詳しくは 手紙を受け取って見ると、「入道の姫君の御方に。山より」 自身参上して申しあげることにいたしましよう。さしあ とあって、僧都の名をお書きになっている。女君は、この たりこの小君から申しあげられましよう。 あらが 自分あてではあるまいなどと言い抗う余地もない。 と書いてある。 いに身の置き所もない思いになって、ますます奥のほうへ 紛れようもなく、はっきりお書きになっていらっしやる 退っていかないではいられす、誰とも顔を合せまいとして けれども、ほかの人にはどういうことか理解がっかない おられる。尼君は、「常々あなたは内気でいらっしやるお「このお方はどなたでいらっしやるのでしよう。やはり、 方ですけれど、ほんとになんとも情けない」などと言って、 どうにも情けない。今になってまでも、こうして、どこま 僧都のお手紙を見ると、 でも隠しだてをなさる」と尼君に責められるので、女君が 今朝、ここに、大将殿がお越しになって、あなたのご様少し外のほうに顔を向けてごらんになると、この童は、、 子をお尋ねになりましたので、最初から一部始終を詳細 よいよ今はと入水を決心した日の夕暮にも、ほんとに恋し やまがっ

6. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

いただき い有様のまま何か少しは召しあがる折もあったのだが、今 をしてさしあげられましよう」とおっしやって、ただ頂の くすり 3 はかえってほんの少しの薬湯をさえお摂りにならない 先ぐらいを削いで、五戒だけをお授け申しあげる。女君は、 そんな程度では物足りないけれども、もともとおおどかな 語〔空浮舟快方に向う尼君は、「どうしたわけで、こうも 物出家を望み戒を受ける頼りなさそうにばかりしていらっし性分とて、気強く無理にとおっしやることもできない。僧 やるのです。長く続いてお熱などがおありになったのも今都は、「今のところは、もうこのくらいにして、あとはご 源 はおさめになって、さつばりなさったようにお見えになる病気をなおしておあげなさい」と尼君に言い残して、山に ので、うれしくお思い申しておりますのに」と、涙ながら おのばりになった。 にいつも油断なく付ききりで世話をしておあげになる。そ〔一 0 〕妹尼浮舟を慈しみ、尼君は、夢のお告げさながらの人を ばにいる女房たちもこのお方のもったいないようなお姿や事情を明かさぬを恨むお世話することになったものよと喜 みぐしす お顔だちを見ると、このまま死なせるのが惜しくて、あらんで、無理に起しすわらせてはご自分で御髪を梳いておあ ん限りの心づかいをして介抱するのだった。当人は、心のげになる。あれほど見苦しい格好に引き束ね放っておいた 中では、やはりなんとしても死んでしまいたいと思い続けのだったけれど、ひどく乱れるでもなく、梳き終ってみる しらがあたま ておられるけれども、あのような容態であったのにもちこ とつやつやとみごとな美しさである。一年足らぬ白髪頭の しん たえたほどの命であるから、ほんとに芯が強くて、ようや老女ばかりたくさんいるところなので、目もまばゆいくら あまくだ く起き上がれるようになられてお食事を召しあがったりな いにすばらしい天女が天降ってきたのを見ているような心 さるうちに、かえってしだいに面やつれしていく。 尼君は地がするにつけても、いっ飛び去るかと不安に思われもす うれしくて、早く快くなるようにとお思い申しあげている るけれど、「これほど深くあなたのことをお案じ申してお のに、女君は、「どうぞ私を尼にしてくださいまし。そう りますのに、どうしてこうも情けなく私たちに打ち解けて していただくほか生きられそうにございまぜん」とおっし くださらないのです。あなたはどこの何と申しあげたお方 で、ああした所にいったいどうしていらっしやったのです やるので、「おいとおしいご様子を、どうしてそんなこと ( 原文一六四ハー ) す

7. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

なったので、それからご無沙汰になられたのでしよう。さ 「普通のご用ではよく参上しておりながら、こちらの方々 芻っそくお勧め申しましよう。そちらの女宮からもどうして にお目どおりすることはめったにございませんので、ほん ご遠慮がいりましよう」と申しあげなさる。大将は、「こ とにいつの間にかすっかり年寄じみてしまった心地がいた 語 物ちらからはどうしてそのようなことが。私どもの女宮のこ しますが、今日からはと気力を出してやってまいったしだ 氏 とはもともとお、いにかけてくださらなかったとしましても、 いでして。似つかわしくないと若い方々は思っておりまし 源 こうしてこの私があなた様に親しくお仕えさせていただけ ようが」と甥の君達のいるほうに目をおやりになる。「こ るご縁故からしても、あの女宮にもお目をかけてくださるれからお馴染みになられますとは、、かにもお若くおなり のでしたらうれしゅうございましよう。まして、以前にはあそばしましよう」などと、とりとめのない冗談を言う女 そのようにいつもお便りをさしあげておられたというので房たちの物腰も、不思議と優雅に風情があって、おもしろ すから、今になってお見捨てになるのは、つらいことでご みのあるこちらのご様子である。これといった用事はない ざいます」とお申しあげになるのを、大宮は、大将に色め けれども、世間話などをなさっては、しんみりといつもよ かしい下心があってのこととはお思いよりにもならないのりも長い間腰をすえていらっしやる。 であった。 〔一巴中宮、浮舟入水の姫宮は、大宮のおそばにお渡りにな さが 真相を聞き驚愕する 大将は、御前を退って、先夜の思い人に逢いたいもの、 っていらっしやるのだった。大宮が、 わたどの あのときの渡殿を見て慰めにもしたいもの、とお思いにな 「大将がそちらにまいったはずですが」とお尋ねあそばす。 」寺一いしよう って、大宮の御前を通り過ぎて、西の対のほうにいらっし姫宮のお供をしてまいった大納言の君が、「小宰相の君に やるので、御簾の内の女房たちの心づかいも格別である。 何か仰せになるおつもりだったようでございます」と申し ふうさい いかにも大将は、じつに風采も立派に申し分のない物腰で、 あげると、「あのお堅い一方の人が、それでもさすがに心 きんだち 渡殿のあたりは右大臣殿の君達などがいて女房たちに何か を寄せて話をしようというのだから、気のきかない相手で つまど 話しかけている様子なので、妻戸の前におすわりになって、 は困りますね。心の奥まで見透かされてしまうことでしょ

8. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

しがいたしまして、もうしばらく生き長らえておりまし ど、帝のおそばにもそれくらいの身分の娘をさしあげない ちょうあい たら、やはりおすがり申さなければなるまいと存じますわけでもない。 しかも、そうなるべき因縁があってご寵愛 につけても、ただ今は涙にくれておりまして、何事も申あそばすのだったら、それを人がとやかく言うべきことだ 語 物し果てることができかねているのでございます。 ろうか。まして臣下ともなればまた、素姓のいやしい女や 氏 などと書いてある。お使者に対してありきたりの引出物なすでに人に嫁したことのある女を妻にしている例はいくら 源 ひたちのかみ うわさ もあるのだ。あの常陸守の娘だったのかと世間で噂を立て どは見苦しいことだし、また何もしないのでは気がすみそ ひと うもないので、あの女君にさしあげようとのつもりで持っ られたとしても、あの女に対する扱いが、それによって自 ていた立派な斑犀の帯とみごとな太刀などを袋に入れて、 分の汚点になるような形で始ったのならば困りもしようが、 車に乗るときに、「これは亡き人のお志なのです」と言っ 一人の娘を死なせて悲しんでいる母親の心に、やはりその て贈らせたのであった。 娘の縁で面目を施すことになったのだと、身にしみて思っ てくれるくらいの心づかいを、ぜひ見せてやらねばならな 殿のごらんに入れると、「まったくあらずもがなのこと いのだ」とお思いになる。 を」とおっしやる。口上には、「母君ご自身が会ってくだ さいまして、たいそう泣きながらさまざまのことをおっし かの母君の所には、常陸守がやってきて、立ったまま、 ちょうだい やって、『幼い子供たちのことにまで仰せ言を頂戴いたし「こんな折も折、よくもこうしておられることだ」などと ましたのがまことにもったいないのに、また人数にもはい 腹を立てている。今まで長い間女君がどこにどうしておら らない分際ではかえって恥ずかしゅうございまして、他人れるかなど、ありのままには知らせてはいなかったのだか にはどのようなご縁故でなどとは分らぬようにして、見苦ら、どうせ情けない暮しをしておられるのだろうと守は思 やしき いもしまたロにしてもいたのだったが、母君は、大将殿が しい子供たちですがみなお邸に参上させご奉公いたさせま 京になどお迎えくださったらその後で、こうも世間に顔向 しよう』とのことでございました」と申しあげる。「なる かみ ほど格別のこともない親戚付合いというところだろうけれけのできるようになって、などと守に知らせてやろうと思 はんさい みかど いんねん

9. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

すわ」と、にこにこ顔をして言い続けるので、宮もお笑い はございましようけれど」と書いてある。格別に気のきい になって、「では、わたしも観賞するとしたいね」とお取たところが見られるわけでもないけれど、その筆跡には見 り寄せになるのを、女君はそばでじっさいはらはらしてい 覚えがないので、よくよくお目を光らせてこの立文をごら 語 物らっしやって、「手紙は大輔のところへおやりなさい」とんになると 、、かにも女の筆跡で、 氏 おっしやる、そのお顔に赤みがさしているので、宮は、大 年が改りましたがご無事にお過しと拝します。あなた様 源 よろ第一 将がさりげなく見せかけた手紙だろうか、宇治からと所の ご自身にも、どんなにか楽しいお慶び事がたくさんおあ 名を言うのももっともらしい、とお勘ぐりになって、この りでございましよう。私どもでは、まことに結構なお住 手紙を手に取ってしまわれた。宮は、それでもさすがに、 いで行き届いたお扱いをいただいておりますが、やはり もしこれが大将からのものだった場合にはとお思いになる 姫君には不相応とお見あげ申しております。いつもこう と、正視もはばかられるお気持から、「開けて見ますよ。 してじっと物思いに沈んでばかりいらっしゃいますのよ でも、お恨みになるのではありませんか」とおっしやるの りは、ときどきはそちら様へ参上なさいましてご気分を で、女君は、「みつともないことを。どうして、そんな女 お晴らしになればと存じますのに、やましくて恐ろしい 同士の間でやりとりするような内輪の手紙をごらんになる ことと、すっかり懲りておしまいになりまして、お気の ことがありましょ , つ」とおっしやる、それがいっこ、つにあ すすまぬこととお嘆きのようでございます。若宮の御も うづち わてた様子でもないものだから、「では見ますよ。女の手 とにと卯槌をおさしあげになります。ご主人様のごらん 紙はどんなふうに書くものか」とおっしやって、お開けに あそばさぬときにお目にかけてくださいまし、とのこと でございます。 なると、まことに若々しい筆跡で、「ご無沙汰申しあげて おりますうちに年も暮れてしまいました。山里のうっとう と、ことこまかに、忌み言葉をあえて遠慮することもなく、 かすみ しさは、峰の霞も晴れ間がございませんでーとあって、端 いかにも何やら愚痴めいたことを書いている様子が気のき に、「これは若宮にさしあげていただきます。見苦しゅう かない感じであるにつけても、宮は何度も繰り返しごらん たいふ

10. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

ゆくえ 先どうなるのやら、行方も分らぬ浮木のようなこの尼の身で よと途方にくれてお嘆きになっただろう有様を想像し、そ あることよ ) れが何よりも悲しくてならないのだった。いつものことな と、例によって手すさびにお書きになったのを、少将の尼がら返事もせずに背を向けていらっしやる女君のお姿は、 かれん じっさい若々しくいかにも可憐なので、尼君は、「ほんと は包んで中将にさしあげた。「せめてあなたが書き直した にあなたははりあいのないお方でいらっしやる」と言って、 のでも」と女君がおっしやるけれど、「かえって書きそこ にびいろ なったりいたしましようから」と言ってそのまま持たせて泣く泣くお召物のことなどを支度しておられる。鈍色の尼 やった。中将は、こんなことははじめてと思うにつけても、衣は仕立てるのにも手なれていることとて、小袿や袈裟な 言いようもなく悲しく思わずにはいられないのであった。 どを用意する。おそばの尼たちも、こうした鈍色の衣を縫 はっせもう ってお着せ申しあげるにつけても、「ほんとに思いがレな 〔一三〕妹尼小野に帰り悲初瀬詣での一行が帰っていらっしゃ くこの山里を明るく照らすお方と、明け暮れ存じあげてお 嘆にくれ法衣を整えるって、嘆き惑うことこのうえもない。 尼君が「私のような尼の身としては、出家をお勧め申すのりましたものを、なんと残念なことでしよう」と、惜しみ そうず が当然のこととは思ってみるのでございますけれど、しか続けては、僧都を恨んだり悪く言ったりするのであった。 いつばん 。いかにもあの し前途の長い御身の上をこれからどうやってお過しになる 〔 = 三〕僧都、女一の宮の一品の宮のご病気ま、 というのでしよう。私は、この世に生きておりますのが今 夜居に侍し浮舟を語る弟子の僧が言っていたとおり、僧都 きとう 日明日ともはかり知れない身ですから、あなたをあとにお の祈疇によってさまざまの効験があらわれ、ご平癒あそば 習 残し申すにしても、どうぞして安心のいくようにしてさし したのだったから、いよいよ尊いお方と大評判である。ご みずほう あげたいものと、あれこれ案じておりましたからこそ、仏病後も油断がならぬとあって、御修法を引き続いて行わせ 手 にもお祈り申しあげてきたのです」と、臥し転び身をよじ られるので、僧都はすぐに帰山もならず伺候していらっし やるが、雨などの降ってもの静かな夜、后の宮のお召しが っては、まったくことのほかに悲しんでおられるにつけて あって、夜居のご奉仕をおさせになる。このところ長い間 も、女君は、実の母君が、あのすぐあとで亡骸もないこと ふまろ なきがら こ、っちきけさ