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検索対象: 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡
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1. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

( 原文四五ハー ) いては、そう言われる人のことを、お喜びあそばすのもお と、殿上人は、「ああしたことには、何の応対をしましょ う。なまじなことはひどくかえってぶざまでしよう。殿上もしろい しゅじよう の間でも、この話で大騒ぎでしたから、主上もお聞きあそ 一四一円融院の御果ての年 ばして、おもしろがっておいであそばしました」と話す。 もふく えんゅういんりようあん 円融院の諒闇が明けた年、だれもが御喪服を脱ぎなどし 頭の弁も一緒に、繰り返し繰り返し同じことを吟誦して、 て、しんみりとしたことを、宮中をはじめとして、院にお たいへん明るく晴れやかな様子なので、ほかの女房たちも 一ろも へんじよう 出て来て見ている。殿上人や女房たちが、思い思いに、何仕えする人も、「花の衣に」などと、遍昭が詠んだという 昔の世の御事などを、思い出すのに、雨がひどく降る日に、 か話し合って、さて殿上人たちは帰るということで、やは おのわらわ とうさんみ つぼねみのむし さえもん り同じことを声を合せて吟誦して、左衛門の陣に入るまで、藤三位の局に、蓑虫のようなかっこうをした大柄な男童が、 たてぶみ けず 白く削った木に、立文をつけて、「これを差しあげましょ その人たちの声がわたしの耳に聞えた。 きょ しゅじよう みようぶ う」と言ったので、取次の女房が、「どこからですか。今 翌朝、たいへん早く、少納言の命婦という人が、主上の しとみ ものいみ うあす 日明日は御物忌なので、御蔀もお上げしないのですよ」と お手紙を中宮様に差しあげた時に、ついでにこのことを申 し つばね いうことで、下の方は閉めてあるままの蔀の上から、立文 しあげたので、中宮様は、局におりているわたしをお呼び を受け取って、藤三位に、これこれなどとは、お聞かせ申 寄せになって、「そんなことがあったのか」とおたずねあ しあげるけれど、「物忌だから、見るわけにはいかない」 段そばすので、「知りません。何とも意識しないでロに出し なげし ゆきなりあそん ということで、長押の上に突きさして置いたのを、翌朝手 ましたのを、行成の朝臣がそんなふうにわざとこしらえて を洗い清めて、「その巻数を」と、取るのを頼んで、伏し 受け取ったのでございましようか」と申しあげると、中宮 しきし くるみ おが 第 様は、「わざとこしらえて受け取ったとしても」と、にこ拝んであけたところが、胡桃色という色紙の厚ばったいの LO を、変だと見て、段々あけてゆくと、年とった法師のひど にこしておいであそばす。中宮様は、お仕えする女房のだ く変ったくせの強いような者の筆跡で、 れのことをでも、殿上人がほめたとお聞きあそばすのにつ

2. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

こうべん はり、ひどくわれながら身の程知らずに、どうしてこのよ さるのを、抗弁のことばなどを申しあげるのは、目を疑う うに宮仕えに立ち出てしまったことかと、汗がにじみこば ばかりで、あきれるほどまで、赤らめたところでどうしょ うもないことながら、顔が赤らむことであるよ。大納言様れて、ひどくつらいので、いったい何を御応答申しあげよ くだもの うか。ちょうどよい具合に陰になるものとして差しあげて は御果物を召しあがりなどして、中宮様にも差しあげなさ いる扇をまで大納一言様がお取り上げになっているので、ふ る。 ひたいがみ みきちょう りかけて顔を隠すべき額髪のみつともなさをまで考えると、 大納言様が、「御几帳の後ろにいるのは、だれだ」とき 「すべてほんとうに、わたしのそうした様子がみすばらし っと女房におたずねになるのであろう、そして女房が「こ く見えていることであろう、早くお立ちになってくださ れこれです」と申しあげるのであろう、座を立ってこちら い」などと思うけれど、扇を手でもてあそんで、「この絵 においでになるのを、どこかほかへいらっしやるのであろ はだれが描かせたのか」などとおっしやって、急にもお立 うかと思うのに、たいへん近くお座りになって、お話など ふ そで みやづか なさる。わたしがまだ宮仕えに参上しなかった時に、お聞ちにならないので、顔に袖を押し当てて、うつぶしに臥し もからぎぬ ているのは、裳や唐衣におしろいが移って、顔はまだらで きおきなさったのだったことなどを、「ほんとうにそうだ あろう。 ったのか」などとおっしやるので、今まで御几帳を隔てて、 大納言様が長いこと座っていらっしやるのを、もちろん 遠くからよそ目にお見申しあげるのでさえ気おくれをおば えていたのだったのに、ひどく思いがけなくて、じかにおつらいとわたしが思っているだろうと中宮様はお察しあそ 段 こればしていらっしやるのだろうか、大納言様に「これを御覧 向い申しあげている気持は、現実とも感じられない。 ぐぶ ぎようこう なさい これはだれが描いたのですか」と申しあげあそば まで、行幸などを見物するのに、供奉の大納言様が、遠く 第 からこちらの車のガにちょっとお目をお向けになる場合は、すのを、うれしいと思うのに、「いただいて、見ましよう」 したすだれ と申しあげなさるので、中宮様は、「やはりここへ」と仰 車の下簾の乱れをあらため、こちらの人影が透いて見える せあそばすと、大納言様は「わたしをつかまえて立たせな かもしれないと、扇をかざして顔を隠した、それなのにや おうぎ す

3. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

みきちょう よろしい。それにしても、あなた方はこの宮の御心をば、 物を御使いに差し出して、三、四人御几帳のもとに座って ろく いる。「あちらに行きまして、御使いの禄の事をいたして 引どういうふうだと理解し申しあげて、大勢参上していらっ しやるのかな。いかにいやしく物をお惜しみあそばされる まいりましよう」と言って、関白様がお立ちになってしま 子 わたくし 宮だからといっても、何とまあ、私は宮がお生れあそばさ ったあとで、中宮様は御手紙を御覧あそばされる。御返事 草 れた時から、たいへんお世話を申しあげてきているのだけ は、紅梅の紙にお書きあそばされるのが、御召物の同じ色 れど、いまだにおさがりのお召物一つだってくれてやって に映り合っているそのすばらしさ、そうした御配慮をやは かげぐち りそれとまで御推量申しあげる人はおそらくないのであろ はくださらないそ。何で陰ロとしては申しあげよう」など とおっしやるのがおもしろいので、みな、女房たちは笑っ うと思うと残念だ。「今日は特別に」ということで、関白 てしまう。「ほんとうにわたしめをばかげているといって、 様の御方から、禄はお出しあそばされる。女の装束に紅梅 さかな こうお笑いあそばされる。フリ恥ずかしい」などと仰せあ の細長を添えてある。肴などがあるので、御使いを酔わせ じようなにがし そばすうちに、宮中から御使いとして式部の丞某という たいと思うけれど、御使いは「今日は大切な事の世話役で しゅじよう 者が参上した。主上の御手紙は大納言様がお取りになって、 あなた様、お許しくださいませ」と、大納言様にも うわづつみ 申しあげて、座を立ってしまう。 関白様にお差しあげあそばすと、上包を引き解いて、「と ても拝見したいお手紙ですね。もし宮のお許しがございま 姫君たちなどはたいへんお化粧をきれいに仕立てて、そ すなら、あけて拝見いたしましよう」と仰せあそばすと、 れぞれ紅梅の御召物をわれ劣らじとお召しである中に、三 おんまえ みくしげどの の御前は、御匣殿や二番目の姫君よりも大柄でおふとりに 妙なことと中宮様はお思いのようである。「もったいなく かた もありますから」と言って、関白様はお差しあげあそばすなっていて、北の方などと申しあげたほうがよくお似合い になりそうだ。 と、中宮様はお手にお取りあそばされても、おひろげあそ ばされるようでもなく、おふるまいあそばされる御心づか 関白様の北の方もこちらへお渡りあそばしていらっしゃ ま いなどはめったにないほど御立派だ。隅の間から女房が敷る。御几帳を引き寄せて、わたしたち新参の女房どもには めしもの ほそなが めしもの

4. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

してやって来た。「そうではない。私用なのです。もし、 いるのにつけて持って来ている。絵なのだろうかと、急い へいだん この弁官や、少納言などの所に、こういう物を持って来て 2 で取り入れて見ると、餅餤という物を、二つ並べて包んで しもべ げもん いる下部などには、禄を与えることがあるのですか」とた あるのだった。添えてある立文に、解文のように書いて、 子 しんじゃう ずねると、「そんなこともございません。ただ手もとにお 進上 草 ひとつつみ いて食べます。どうしておたずねあそばすのですか。もし 餅餤一包 枕 じようかん かしたら政官の役人の中のだれかから、おもらいになって 例に依りて進上如件 おいでですか」と言うので、「まさかそんなことは」と答 少納言殿に うすよう える。ただ返事を、たいへん赤い薄様に、「自分自身で持 とあって、月日を書いて、「みきなとのなかゆき」とあり、 ってやって来ない下部は、ひどく冷淡なように見えます」 その先に、「この下男は自分自身で参上しようとするので と書いて、すばらしい紅梅につけて差しあげると、すぐさ すけれど、昼は顔がみつともないと言って参上しないので まおいでになって、「下部が伺っております」とおっしゃ す」と、たいへんうつくしく見える筆跡でお書きになって ある。中宮様の御前に御覧に入れると、「すばらしい筆跡るので、出たところ、「ああいった物には、歌を詠んでお よこしになったと思ったのに、なんとも立派に言ってあっ だこと。おもしろくこしらえている」などとおほめあそば たことですね。女で、少し自分こそはと思っている人は、 されて、そのお手紙はお手もとにお取りあそばされてしま った。「返事はどうしたらよいのかしら。この餅餤を持っ歌詠みめいたふるまいをするものです。そうでないのこそ ろく つきあいやすい。わたしなどに、そんな歌などを詠みかけ て来る時には、使いに禄など与えるのだろうか。知ってい るような人は、かえって、いがないというものでしよう」と しいが」と言うのを中宮様がお聞きあそばし る人がいると、 のりみつ これなか おっしやる。「まるで則光ですね」と言って笑って終りに て、「惟仲の声がした。呼んで聞いてごらん」と仰せあそ とう さだいべん ばすので、部屋の端に出て、わたしは「左大弁にお話し申なったこのことを、頭の弁が、殿の前に人々がたいへん大 さぶらい しあげたい」と、侍をして言わせると、たいへん威儀を正勢いる時に、お話し申しあげなさったところ、「『全くうま くだんのごとし たてぶみ

5. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

親しく話し込んで愛情を持っている」などと、うわさをし 詩を吟ずると、わたしも「います」などと言う。中宮様に しきみぞうし て人々が笑うころ、中宮様が職の御曹司においでになった 「こうこう」などとお話し申しあげると、お笑いあそばさ れる。 ところに源中将が参上して、「時々は、御宿直など御奉仕 うこんそうかんみつ しゅじよう ものいみ 申しあげなければならないのですけれど、それにふさわし 主上の御物忌ということで、右近の将曹光なんとかとい たとうがみ いように女房がたなどが待遇してくださらないので、たい う者を使いとして、畳紙に書いてよこしているのを見ると、 とのいどころ みやづか きようあす へん宮仕えがおろそかになっております。せめて宿直所を 「参上しようと思うのに、今日明日は主上の御物忌ですか なりといただけますなら、たいへん忠実にきっと御奉仕申 ら。『三十の期におよばず』はいかがですか」とあるので、 しあげましようのに」などと言って座っていらっしやった 返事に、「その期はお過ぎになってしまっているのでしょ しゅばいしん ので、女房たちが、「いかにも」などと言っている折に、 う。朱買臣が妻を教えたという年には、まだおよばないで ふ しようが」と、わざとその畳紙に書いて届けたのを、また、わたしが「ほんとうに人は『うち臥し』て休む所があるの こそ、 いいものですね。そういうあたりにはしげしげと参 くやしがって、主上にもそのことを奏上したので、主上は 中宮様の御殿にお越しあそばされて、「どうしてこうした上なさるというふうに聞いていますのに」と横からロを出 ことは知ったのか。『四十九になった年にこそ朱買臣は妻して言ったといって、「あなたにはいっさい何も申しあげ のぶかた ない。味方として頼りにし申しあげていると、人が言い古 をいましめたのだった』と言って、宣方は『気がめいるよ したとおりに、わざと事をお取りになる」などと、ひどく うな言われ方をしてしまった』と言うようだよ」とお笑い 段 あそばされたのこそ、源中将はひたむきで気違いじみたお真剣になってお恨みになる。「まあ妙なこと。どういうこ とを申しあげましたか。い っこうに、聞いてお、いにおとめ 方だったことよと感じられた。 こきでん に・よエノ′一 第 になるようなことはありません」などとわたしは言う。そ 弘徽殿とは、閑院の太政大臣の女御のことを申しあげる。 ばにいる女房をゆさぶるので、「そんなはずのこともない その弘徽殿の御方に、「うち臥し、という者のむすめが、 のに、あらわにのばせてかっかとしていらしやるのは、き 左京という呼名で伺候しているのだったのを、「源中将が かんいん ふ とのい

6. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

せておいたりなどする車もあることだ。 いうわさなどが生れてくるのは苦しいけれど、中宮様のお 手紙はおもしろくて、別の紙に、雨をたくさん降らせて、 二一五細殿にびんなき人なむ、暁にかさささ その絵の下に、 せて出でけるを 「雨ならぬ名のふりにけるかな あかっきかさ ( 雨が「降る」のではなくて浮名が「旧る」く久しくなって 細殿に出入りしては不都合な男が、暁に傘をささせて出 しまったことです ) たのを、人がうわさとしてあらわに言っているのを、よく め ぎめ それだから、濡れ衣なのでございましよう」と申しあげた 聞くと、自分に関することなのだった。その人は地下など うこんないし ぶなん ところ、右近の内侍などにこのことをお話しあそばされて、 とはいっても、無難な家柄で、人に許されない程度の人で せいりよう お笑いあそばされたのだった。 もなさそうなのを、「妙なことだな」と思ううちに、清涼 でん 殿から中宮様のお手紙を持って来て、「返事を今すぐ」と 一六四条ノ宮におはしますころ 仰せになっている。何事だろうかと思って見ると、大傘の 四条の宮に皇后様がお住いあそばすころ、衛府から五月 絵を描いて、人は見えない。ただ手だけに傘を持たせて、 くすだま しようぶ第一し その下の方に、 五日の菖蒲の輿などを持って参上し、薬玉を差しあげたり みくしげどの あした など、また、若い女房たちゃ、御匣殿などが薬玉を作って、 みかさ山やまの端明けし朝より ( みかさ山の山の端が明るくなった朝から ) 姫宮や若宮のお召物におつけさせ申しあげ、とてもおもし 幻とお書きあそばしてあった。やはりちょっとしたことに対ろく作ってある薬玉を、外からも差しあげているのに、青 してでも、ただもうすばらしくておいであそばすとわたしざしという物を、人が持って来ているということで、わた うすよう すずりふた 第 には感じられるのにつけて、自分にとって恥ずかしく、気しは青い薄様を、しゃれた風雅な硯の蓋に敷いて、「これ かきね は垣根越しにございましたので」と言って、皇后様に献上 に入らないようなことは、どうかして御覧になっていただ したところ、 かないよ , つにしょ , っと思 , つのに、そ、つしたほんと , つではな ほそどの えふ

7. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

枕草子 312 もない。 りぬべきかな もしも届け場所をまちがえて持って来などしたの ( 口に出して申しあげるのも恐れ多い「神」ー御下賜の であるのなら、自然とまたきっと言いに来ることだろう。 「紙」のおかげによりまして、鶴のように千年も生きられそ中宮様のあたりに内情を問いに人を参上させたいけれど、 うでございますよ ) やはりだれがいいかげんにこうしたことはするだろうか ) 一んじよう おおげさ あまり大袈裟でございましようかと言上なさってくださ中宮様の御命令なのだろうと、ひどくおもしろい だいばんどころぞうし い」と書いて、差しあげた。台盤所の雑仕を御使いとして 二日ばかり、これについて何の音沙汰もないので、疑い さきよう・ ひとえ 御便りが来ているのだ。禄として青い単衣などを与えて。 もなくて、中宮様からの御品だと思って、左京の君のもと そうし ほんとうに、この紙を、草子に作って騒いでいると、わ に、「こうこうい , っことがあるのです。そうしたことにつ ずらわしいこともまぎれるような気持がして、おもしろく いてそれらしい様子を御覧になりましたか。こっそりそち 心の中も感じられる。 らの様子をわたしにおっしやってくださって、もしそうし 二日ほどたって、赤い着物を着た男が、畳を持って来て、 たことが見えないのなら、わたくしがこうあなたにお話し 「これを」と言う。「あれはだれだ。無遠慮なこと」などと、 申しあげたとも、どうか他人にはお洩らしにならないでく 取っつき悪く言うので、男は畳を置いて立ち去る。「どこ ださい」と言いに、使いを送ったところ、返事に「中宮様 からなのか」とたずねると、「帰ってしまいました」と言 がひどくお隠しあそばされたことなのです。決して決して ごぎ って、取り入れたところ、特別に , 御座という畳のようになわたしがこうあなたに申しあげたと、あとでもおっしやら こうらいべり っていて、高麗縁などがきれいだ。心の中では、中宮様で ないで」とあるので、やはりそうだったよと、思ったとお 。オしかと田む , つので・ーーーしかしやはりはっきりしないから りで、おもしろくて、手紙を書いて、またひそかに中宮様 - 一うらん さが 人々を出して探させたところ、その使いの男は消え失の御前の高欄に置かせたところが、その手紙は、使いの者 があわててまごまごしていたうちに、そのまま下にかき落 せてしまったのだった。妙なことだといぶかしがって笑う みはし けれど、使いの男がいないのだから、言ってもどうしよう して、御階の下に落ちてしまったのだった。

8. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

てあの人のように吟誦しないでは」などとおっしやる。 申しあげたところ、「うれしくも言ってくれた」とお喜び 「『三十の期』という所が、何から何までとても魅力的でし になったことだ。やはり過ぎ去った昔の事を忘れない人は、 た」などと言うので、いまいましがって笑って歩きまわる とてもおもしろい 子 しゅじよう のに、斉信の君が近衛の陣に着座しておいでだった折に 頭の中将が参議におなりになったのを、わたしが主上の 草 ぎんしよう 御前で、「あの方は詩をたいへんおもしろく吟誦いたしまわざわざ呼び出して、「少納言がこう言います。やはりそ せうくわいけいこべう こを教えてください」と言ったので、笑って源中将に教え したものを。『蕭会稽の古廟をも過ぎにし』などの詩も、 つばね たのだったこともわたしは知らないのに、局のそばで、ひ 他のだれが吟じようといたすことでございましようか。し どく斉信の君にうまく似せてこの詩を吟じるので、変だと ばらくの間、参議にならないで、お仕え申しあげればよい 残念ですもの」などと申しあげたところ、主上はたいへん思って、「いったいこれは、だれですか」とたずねると、 にやにやした声になって、「たいへんおもしろいことを申 お笑いあそばされて、「それではそなたがそう言うからと しあげよう。これこれしかじか、きのう陣に着座していた いって、参議にはしまいよ」などと仰せになったのもおも 時に、聞いてきて、それでわたしはここにちゃんと立って しろい。けれども、参議におなりになってしまったので、 るようです。『だれですか』と、やさしい調子でおたず ほんとうにさびしくて物足りない感じでいたところ、源中い 将が自分は斉信の君に負けないと思って、風流ぶって歩きねになっていらっしやるのだから」と言う。その、わざわ さいしトっ ざそうしてお習いになったと聞くことがおもしろいので、 まわるので、わたしが宰相の中将のおうわさを口に出して それ以来、源中将がただこの詩を吟ずる声をさえ聞くと、 言って、「『いまだ三十の期におよばず』という詩を、他の さい。しっ・ 人とは似つきもしないほどおもしろく誦んじなさる」などわたしは出て行って話などするのを、「宰相の中将のおか おが げをこうむることだ。四方に向って拝まなければならな と一言 , っと、「ど , っしてそれに負けよ , つか。きっともっと , っ ごぜん い」などと言う。局に下がっていながら「御前に伺ってい まくやろう」と言って吟誦する。「全くの下手というわけ しもづか ますなどと、下仕えの者に言わせるのに、源中将がこの でもありませんーと言うと、「情けないことだな。どうし へた このえ

9. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

病人の兄弟で、袿を着ている細い若者たちなどが、後ろ か。さつばりした気分におなりでしようか」と言って、に うちわ っこりしているのも、すばらしくて気がおけるほどである。 に座って、団扇であおぐ者もいる。みな尊がって、集って ) 一んぎよう いるのも、女の童がいつもの本心でこんなありさまがわか 「もうしばらくお付き申しあげているはずですが、勤行の とうわく ったとしたら、どんなに当惑す・ることだろう、女の童自身刻限にもなってしまいそうでございますので」と、退出の あいさっ としては苦しくはないことなどとは知りながら、たいへん御挨拶をして出るのを、「もう少しお待ちを。ホウチハウ つらがってため息をついている様子が気の毒なのを、その タウを差しあげましよ、つ」などと一 = ロって引きとめるのを、 きちょう じ・よう・ろう やしき 女の童の知合の人などは、、、 しじらしいと感じて几帳のもと ひどく急ぐので、その邸のどうやら上﨟女房らしい人が、 すだれ に近く座って、童女の衣の乱れを直してやったりなどする。簾のもとにいざり出て、「たいへんうれしくもお立ち寄り こうしているうちに、病人はまあ気分が幾分いいという くださっていましたおかげで、ひどく堪えがたく存じてお やくとう きたおもて ことで、御薬湯などの準備を北面のほうに取りつぐ間を、 りましたのに、ただいまは治りましたようでございますの ばん 若い女房たちは気がかりで、御薬湯の盤も引きさげたまま で、かえすがえす御礼を申しあげます。明日も御仕事のな で、病人の近くに来て座ることよ。その女房たちは単衣な い時間のあいまにはお立ち寄りくださいませ」などと繰り も しゅうねんぶか どが見る目にきれいで、薄色の裳などもくたくたになって返し言って、僧は「とても執念深い御物の怪でございます ゆだん はいず、とてもきれいな感じだ。 ようですので、油断なさいますと、決してよいはずがござ さる ) 一と しよう・一う いましようか。少し小康を得ていらっしやるというふうに 段申の時に、ひどくわび言を言わせなどして物の怪を放免 うち ずく 引して、女の童は「几帳の内にいると思っていたのに。意外伺いますのを、お喜び申しあげております」と、言葉少な にも出てしまっていたのですね。どんなことが起ってしま に言って出るのは、たいへん尊いので、仏が僧の姿を借り 第 っているのでしよう」と、とても恥ずかしがって、髪を顔て出現なさっているとまで感じられる。 に振りかけて隠して、奥にそっと入ってしまうので、僧は 見る目にきれいな童の、髪の長いの、また大柄であって、 それをしばらく引きとめて、加持を少しして、「どうですイナヲイテ、思いがけなく長い髪が端麗なの、また白毛の うちき きぬ ものけ ひとえ

10. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

知ることはできなかったろうに、もし天にあって偽りを証拠 ただす 一八三したり顔なるもの なしに判断する糺の神がいらっしやらないのだったら ) というふうに、中宮様の御心持はあられるようです」とあ 得意顔なもの正月一日の早朝、最初にくしやみをした くろうど るので、すばらしいとも、残念だとも、心乱れて思うのに 人。競争のはげしい時の蔵人に、いとしくも、自分の子を じもく さカ つけて、やはり昨夜のくしやみをした人をこそ、探し出し任官させた人の様子。除目に、その年の第一等の国を自分 て聞きたいものだ。 のものとした人が、だれかがお祝いなどを言って、「たい 「薄さ濃さそれにもよらぬはなゅゑに憂き身のほどを へんお見事にも就任なさいました」などと言う応答に、 ひへい 知るそわびしき 「どういたしまして。たいへん尋常ならず疲弊しておりま ( 花なら、色の薄さ濃さ、そうしたことにうつくしさはよるす国だそうですから」などと言うのも、得意顔である。 でしようが、これは「花」ならぬ「鼻」なのですから、中宮 求婚者がたくさんあって、張り合っている中で、選ばれ 様をお思い申しあげる、いの薄さ、濃さ、そうしたことに、く て婿に取られたのも、自分こそはと、きっと得意に思うだ ちょうぶく しゅげんじゃいんふた しやみは左右されません。それだのにそのくしやみゆえに、 ろう。強情な物の怪を調伏した修験者。韻塞ぎの明けを、 せき わたくし つらい身となってしまっている私の立場を知るのは、気がめ早くしたの。小弓を射るのに、相手側の人が、咳をして妨 まと いることでございます ) 害して騒ぐのに、それを我慢して、音高く射て的に当てた ただ やはりこれだけは、よしなに正して申しあげあそばしてく のこそ、得意顔な様子である。碁を打つのに、それほどと ださいまし。式の神も自然見てくれているでしよう。たい も知らないで、欲張った心は、またあちこちほかの所にか へん恐ろしいことです」と書いて、中宮様に差しあげ申し かわりまわっているうちに、別の方から目もなくて、たく 第 あげてのちも、「不愉快にも、ああした折も折、なんだっ さん石を拾い取ったのも、うれしくないことがあろうか 自慢そうに笑って、普通の勝よりは、得意気である。 て、あんなふうに、とはいえ、くしやみなどしたのだろ としつきへ ずりよう う」と、ひどく嘆声を発したくなる感じだ。 久しい年月を経て、受領になった人の様子こそ、うれし いつわ ものけ がまん