画面 - みる会図書館


検索対象: リング
29件見つかりました。

1. リング

男は顔から汗を流していた。はあはあと呼吸を荒くして、目を上に向け、リズミカルに体 を動かしている。男の背後には、まばらに木々が生い茂り、木々の間を通して、午後の陽 の光が差し込んでいた。男が、上に向けていた目を正面に戻すと、ちょうど見る者と視線 が合う。浅川はしばしその男と見つめ合った。息苦しさが増し、どうにも目をそむけたく なってしまう。男はよだれを流し、目を充血させている。首筋が徐々にアップになり、そ のまますっと画面の左がわに消えていったかと思うと、しばらくの間、画面は黒い木々の 影ばかりを映し出した。腹の底からの叫び声が湧き上がる。声と同時に、肩から首筋の順 に男の顔が画面に戻る。男の肩は裸であったが、右肩の先、数センチにわたって肉がえぐ り取られていた。そこから流れ出した血の滴は、カメラのほうに吸い寄せられて大きくな り、レンズに当ってぼうっと画像をにじませていった。まるで瞬きをするように、画面は 一回、二回と暗くなり、明るさを取り戻した時、映像は赤みを帯びていた。男の目には殺 意があった。顔とともに肩が近づぎ、えぐり取られた肉の下から白く骨がのそいている。 胸を襲う強烈な圧迫感。再び、木々の茂る風景。空が回っている。タ闇へ向かう空の色、 グ乾いた草の葉がパサ。ハサと音をたてた。土が見え、草が見え、また空が見えた。どこから やがて、 ンともなく、赤ん坊の泣き声が聞こえる。先ほど現れた男の子のものかどうか : 画面の周囲は闇に縁取られ、暗闇は徐々にその輪を縮めていった。光と闇の境界線はかな りはっきりしている。画面中央、暗闇の中にぼっかりと浮かんだ丸い月があった。月の中 には男の顔がある。月から握り拳大のカタマリが降ってきて、鈍い音をたてた。もうひと こぶし

2. リング

の光景は現れてはいない。抽象化された観念と、色の鮮やかな変化が鮮烈に脳裏に刻まれ、 疲れさえ覚える。すると、見る者の心理を読み取ったかのように、画面から赤みはさっと 引き、なだらかな山頂を持った一目見て火山とわかる山の景色が広がった。火山はよく晴 れた空を背景に、白い煙をもくもくと立ち上らせていた。カメラが位置するのは麓のあた りで、足元はごっごっとした黒褐色の溶岩に覆われている。 再び闇に包まれた。青く晴れ渡った空は、瞬時にして黒く塗りつぶされ、そして、数秒 後、画面中央部から真っ赤な液体がほとばしり、下に向かって流れ出す。二度目の爆発・ : しき 、飛び上がった飛沫は赤く燃え、そのせいで、かすかに山の輪郭が判別できる。前の映 像が抽象的であったのに比べ、今度のは具体的であった。明らかに火山の爆発、自然界の 現象であり、説明可能なシーンである。火口から流れ出た溶岩流は、山肌の谷間をぬって こちらに近付いてくる。カメラはどこに位置するのだ ? 空からの撮影ならともかく、こ のままでは溶岩に飲み込まれてしまう。地響きが大きくなり、画面全体を溶岩が埋め尽く す直前、シーンはがらっと変わる。シーンとシーンの間には連続性がなく、まったく唐突 グな変化であった。 ン白地に黒く太く、文字が浮かんだ。輪郭がぼやけてはいるが、どうにか「山ーという字 に読める。墨の滴る筆を雑に走らせたように、大小の黒い点が文字の周囲を飾りたててい る。文字は動かず、画面の乱れもない。 またしても突然の変化。二個のサイコロが丸底の鉛のポールの中を転がっている。背景 ふもと

3. リング

つ、そして、またひとつ。音とともに、映像はびくっと揺れ、乱れる。肉を砕く音、すぐ 後には真の闇。それでも鼓動は残っている。どくどくと、血は巡る。そのシーンは長く続 いた。永久に終わらないのではないかと思わせる闇。始まりと同じく、文字が浮き上がっ てきた。ファーストシーンの文字はいかにもへたくそで、覚えたての幼児の書いた文字を 思わせたが、ラストのそれはいくぶんマシになっていた。次々にぼうっと浮かんでは消え る白い文字はこう語っていた。 「この映像を見た者は、一週間後のこの時間に死ぬ運命にある。死にたくなければ、今か ら言うことを実行せよ。すなわち : ・ : ・浅川はごくっとつばきを飲み込み、目を大きく見 開いてテレビを見据えた。ところが、そこで画面はがらっと変わった。まったく、 完璧な 変わり方である。だれもが一度は目にしたであろうテレビコマーシャルが割り込んだのだ。 夏の夜の下町の風景、縁側に座るゆかた姿の女優、夜空を彩る花火 : : : 、蚊取り線香の 0 である。およそ三十秒ばかりのが終わり、別のシーンが入りかけた瞬間、画面は元 に戻っていた。先ほどの闇、そして最後の文字が消えた残像。そこで、ザーという雑音が 入り、ビデオテープは全て終わっている。浅川は目を見開いたまま、テープを戻し、ラス トシーンを再生した。同じことの繰り返し : : : 、大切な個所に割り込む余分な。浅川 はビデオを止め、テレビの電源を切った。それでも、まだ、画面を見つめている。喉はか らからに渇いていた。 : こりや : なんだ ? ・ のど

4. リング

れた光の束となり、ミミ ズのように這い回って六個の文字を形作ろうとすゑテロップな どと呼べるシロモノではない。真っ黒な半紙に、白い筆で書かれたへたくそな文字。それ でもどうにか、こんなふうに読めた。「終いまで見よ」命令形である。一旦消え、次の文 字が浮かんだ。「モウジャに食われるそモウジャが何かわからないが、食われるとはた だごとでない。このふたつの文句の間には、「さもないと」という接続詞が省略されてい るようだ。途中で映像を止めてはならない、さもないと、ひどい目にあわせると脅迫して しることになる。 モウジャに食われるそ、という文字はそのまま拡大して、画面から黒い色を追い払って ゆく。黒から乳白色へ、変化は単調であった。ムラのある乳白色の色彩は、自然の色とは とても言い難く、キャイハスに塗り重ねられた様々な観念に見えてくる。うごめき、悩み、 出口を見つけ、今ほとばしろうとする無意識、あるいは、生の躍動。思考はエネルギーを 持ち、獣じみて、闇を飽食する。不思議と停止ボタンを押す気にならない。モウジャが恐 いからではなく、強烈なエネルギーの流露が心地よくて : はじ モノクロと思われていた画面に、赤い色が弾けた。それとともに、地鳴りが、どこから ともなく聞こえてくる。ひょっとして、この家全体が揺れてるんじゃないかと錯覚するく らい、音は方向性を持たず、小さなスビーカーから流れ出していると感じさせない。ドロ ドロとした真っ赤な流体は、爆発しては飛び散り、時には画面全体を占めてしまうことも あった。黒から白、そして赤へ : : : 、色が激しく変わるばかりで、ここまでのところ自然

5. リング

まれない気持ちになった。自分自身に対するごうごうたる非難 : : : 、そんな気がしたのだ。 画面が変わると、木製の台の上に、一台のテレビがあった。回転式のチャンネルを持っ たかなり古い型の四型で、うさぎの耳の形をした室内アンテナを木枠でできたキャビネッ トに乗せている。劇中劇ならぬ、テレビの中のテレビ。中のテレビにはまだ何も映っては いなかった。電源が入っているらしく、チャンネル横のパイロットラン。フが赤く灯ってい る。画像の中の、テレビ画面がジジッと揺れた。元に戻り、またジジッと画面が乱れる。 その間隔が短くなったかと思うと、。ほんやりとではあるが、ひとつの文字が浮かんだ。ど うにか「貞」と読める。貞の字は時々乱れ、歪んで、貝という字になったりしながら消え ぞうきんふ ていった。チョークで書かれた黒板の文字が、濡れ雑巾で拭き取られるような消え方であ っこ 0 見ているうちに、浅川は妙な息苦しさに襲われていった。心臓の鼓動が聞こえ、動脈を 流れる血の圧迫を感じる。それから、匂い、感触、舌を刺す甘酸つばい味。時々ふと思い 出したように現れる映像と音以外の媒体が、どういう仕組みで五感を刺激してくるのかと、 不思議に思う。 急に、男の顔が現れた。これまでの映像と違い、この男には確かに生ぎているという生 命の鼓動があった。見ているうちに嫌悪感を覚えた。なぜ自分が嫌悪感を抱いてしまうの かわからない。特に醜男というわけでもなかった。額がわずかに後退してはいるが、どち らかといえばいい男の部類に入る。ただ、目に危険な色を宿している。獲物を狙う獣の目。 ゆが ねら とも

6. リング

いて自分の手をひっこめた。感触があったからだ。ぬるっとした羊水、あるいは血、そし て小さな肉の重み。浅川は放り出すようにして両手を広げ、手の平を顔に近づけた。匂い が残っている。薄い血の匂い、母胎から流れ出したものか、それとも : : : 。濡れた肌ざわ りもあった。しかし、実際に手が濡れているわけではない。浅川は目を映像に戻した。ま だ、赤ん坊の顔が映っている。泣いてはいても顔は穏やかな表情に包まれ、体の震えは股 の間に伝わり、ちょこんとついている小さなモノまで揺らしていた。 次のシーンには百個ばかりの人間の顔。どの顔にも憎しみと敵意がこめられていて、そ れ以外の際立った特徴は見られない。平板な板に塗り込められた数々の顔は、徐々に画面 の奥に下がってゆく。そして、ひとつひとつの顔の大きさが小さくなるに従って、顔の絶 対数は増え、大群集に膨れ上がっていった。首から上だけの群集というのも変ではあるが、 湧き上がる音声が大群集のそれを思わせる。顔は口々になにかを叫びながら、数を増やし、 小さくなっていく。なんと言っているのか、うまく聞き取れない。集団のざわめき、非難 かっさ、 じみた声の質。ののしり声。明らかに、歓迎したり喝采したりしている声ではない。やっ グとひとっ聞き取れた。「嘘つき ! 」という言葉。それから、もうひとつ。「詐欺師 ! 」顔 ンの数はおそらく千を越しただろう。しかも、まだ増え続け、比例して声は大きくなる。数 は万を越え、黒い粒子となって画面を埋め尽くし、電源の入らないブラウン管の状態と同 じ色に変わっても、なお声だけは残っていた。そして、やがて声も消え、若干の残響が耳 に残る。そのまましばらくの間、画面は静止したように見えた。浅川は、どうにもいたた

7. リング

は白、鉛のポールの中は黒、そしてサイコロの一の目だけが赤。さっきからこの三色が多 く使われている。サイコロは音をたてずゆっくりと転がり、やがて一と五の目を上にして 止まった。赤い一の目と、白地に並ぶ黒い五つの目 : : : 、何を意味するのだろう。 次のシーンで、初めて人間が登場した。顔中皺だらけの老婆が、板の間の上の二枚の畳 ひざ にちょこんと座り、膝に両手を乗せ、左肩をわずかに突き出し、正面に向かってゆっくり と語りかけている。左目と右目の大きさがかなり違うので、まばたきする様がウインクに 見えてしまう。 しし、刀 「・ : ・ : その後、体はなあしい ? しょーもんばかりしてると、・ほうこんがくるそ たびもんには気いつけろ。うぬは、だーせん、よごらをあげる。あまっこじゃ、おーばー の言うこときいとけえ。じのもんでがまあないがよ」 老婆は無表情にそれだけ言って、ふっと消えてしまった。意味不明の言葉が多い。しか し、どことなく説教されたらしいことはわかる。何かに気をつけろと警告を与えているの だ。一体だれに対して、だれに向かってこの老婆は語りかけたのだ ? 産まれたばかりの赤ん坊の顔が、画面いつばいに広がった。どこからともなく産声が聞 こえる。やはり、テレビのス。ヒーカーからではない。顔の下、すぐ近くからだ。生の声に 非常に近い。画面に、赤ん坊を抱く手が見えた。左手を頭の下に入れ、右手を背中に回し、 大切そうに抱えている。きれいな手であった。画面に見入っている浅川は、いつのまにか 映像の中の人物と同じ手の形をつくっていた。産声は顎のすぐ下から聞こえる。浅川は驚 しわ

8. リング

208 横に立った時にはもう、画面には何も映っていなかったのです。私は、もちろん、彼女が 素早くスイッチを切ったものとばかり思いました。そこまでは、何の疑いも抱かなかった のです。でも・ : : ・」 よど 有馬はそこから先を言い淀んだ。 「どうそ、続けてください」 「私は、山村貞子に、早く帰らないと電車がなくなるよ、なんて言いながら机の上のスタ ンドのスイッチを入れたところ、これがっかない。よく見るとコンセントが入っていない のです。私はかがみこんで、コンセントにプラグを差し込もうとしました。そこで、初め て気が付きました、テレビのプラグもコンセントに入っていなかったことを」 テレビから伸びたコードの先が床に転がっているのを見て、背筋にゾクッと悪寒が走っ たことを、有馬はまざまざと思い出した。 「電源が入ってないにもかかわらず、明らかにテレビはついていた ? 吉野は確認した。 「そうです、そっとしましたよ。思わず顔を上げて、私は山村貞子を見ました。電源も入 ってないテレビを前にして、この子は何をやっていたのだろうと。彼女は私と視線を合わ せず、ただ、じっとテレビ画面を見つめていましたが、そのロもとにうっすらと笑いを浮 かべていたのです よほど印象深かったのか、有馬はエ。ヒソードの細部に至るまでよく覚えていた。

9. リング

165 「一瞬画面を覆うこの黒い幕はなんだ ? 竜司はコマ送りをして、黒く塗りつぶされた画像を出した。連続して三コマから四コマ 黒い画像が差しはさまれている。一コマは三十分の一秒だから、時間にして約〇・一秒程 「現実の風景に現れて、イメージした風景に現れないのはなぜだ ? よく、見てみろよ、 この画像。一面真っ黒ってわけじゃない」 浅川は画面に顔を近づけた。確かに、真っ黒じゃない。薄く。ほんやりと、白いモヤのよ うなものがかかっている。 「ほやけた影・ : こいつはな、残像だ。そして、見ているうちに、自分が当事者に陥っ てしまったような、生々しい臨場感は ? 」 : : 黒い幕、黒い幕。 竜司は浅川の目の前で大きくひとつまばたきをして見せた。 、「ひょっとして、コレ、まばたきか」 つぶや グ浅川は呟いた。 つじつま ン「そうだ、違うかい。そう考えれば、辻褄が合うんだ。人間は直接目で見る以外に、心の 中にシーンを思い浮かべることができる。その場合、網膜を通すわけでないから、まばた きは現れない。しかし、現実に目で見る風景は、網膜に映る光の強弱によって像が形成さ れるんだ。その場合、網膜の乾きを防ぐために、我々は無意識のうちにまばたきをしてい

10. リング

管理人は、そのビデオがすぐ戻ってくるとばかり思っていたのだ。 ビデオテープは巻き戻してあった。どこでも手に入るごく普通の百二十分テープで、管 つめ 理人の言った通り、録画防止用の爪が折られている。浅川はビデオのスイッチを入れ、テ ープを押し込んだ。テレビ画面のすぐ前であぐらをかき、プレイを押す。テープが回転す る音。浅川は、この中に四人の死の謎を解く鍵が隠されているかもしれないと期待した。 ほんのちょっとした手がかりでも発見できれば、それで満足というつもりで、プレイボタ ンを押したのだ。まさか、危険はないだろうと。ビデオを見ることによってもたらされる いったん 危険なんてあるわけがないのだ。雑音とともに画像は一旦激しく揺れたが、チャンネルを 操作するとすぐに収まり、ブラウン管は墨をこ。ほしたように黒色に塗り替えられていった。 それが、このビデオのファーストシーンである。音が出なかったので、故障でもしたのか コレを見るべからず。後悔するよ。岩田秀一の言葉が と、浅川は顔を近づけゑ警告ー よみがえ 甦る。後悔なんてするはずがない。浅川は慣れていた。かっては社会部の記者だったの だ。どんな残酷な映像を見せられたとしても、後悔しないだけの自信はあった。 真っ黒な画面に、針の先程の光の点が明滅し始めたかと思うと、それは徐々に膨らんで 右に左に飛び回り、やがて左の隅に固定されていった。そして、枝分かれをし、先のほっ