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発見!不思議の国のアリス 鉄とガラスのヴィクトリア時代


発 見 ! 不 思 議 の 国 の ア リ ス 鉄 と ガ ラ ス の ヴ ィ ク ト リ ア 時 代 寺 嶋 さ な え 言 盟 協 ′ ( 石 な ん ン ′ ta 彩 流

普及版 数の悪魔 算数・数学が楽しくなる12夜


第 1 夜 1 の 不 思 議

発見!不思議の国のアリス 鉄とガラスのヴィクトリア時代


第 3 部 争 の 文 化 第 三 部 で は ア リ ス の 物 語 に 登 場 す る 生 き 物 に 着 目 し 、 そ こ か ら 読 み 取 れ る ヴ ィ ク ト リ ア 時 代 の 文 化 を 紹 介 し ま す 。 『 不 思 議 の 国 の ア リ ス 』 の 刊 行 と ほ ぼ 同 時 期 に 発 表 さ れ た ダ ー ウ イ ン の 進 化 論 。 そ の 中 の 生 存 競 争 や 進 化 と い う 観 点 か ら 人 々 の 暮 ら し り を 見 て み ま し よ う 。 ア リ ス の 物 語 に 隠 さ れ た 、 当 時 の 生 活 に 対 す る 風 刺 や 皮 肉 が 見 え て く る か も し れ ま せ ん 。

発見!不思議の国のアリス 鉄とガラスのヴィクトリア時代


0 っ ヵ ど e ヵ ど 5 は め に 2 ヴ ィ ク ト リ ア 時 代 を 知 る た め の 基 礎 講 座 : ヴ ィ ク ト リ ア 時 代 と は ? ヴ ィ ク ト リ ア 時 代 の 特 徴 は ? ア リ ス の 産 み の 親 っ て こ ん な 人 , 作 者 と ア リ ス テ ニ エ ル の 挿 絵 不 思 議 の 国 の ア リ ス ・ STORYMAP ・ 第 1 部 移 動 の 文 化 .4 第 1 章 広 が る 空 間 電 気 機 関 車 の 誕 生 と 地 下 世 界 幻 製 鉄 の 歴 史 空 間 に 対 す る 新 た な 認 識 四 時 間 に 対 す る 新 た な 概 念 ー ー pass か ら spend へ 4 : 6 第 2 部 ネ 覚 の 文 化 第 1 章 見 せ る 空 間 / 魅 せ る 空 間 4 止 ガ ラ ス 建 築 と い う 魔 法 幻 ガ ラ ス の 歴 史 を た ど る 4 ガ ラ ス の 温 室 視 覚 重 視 の 文 化 第 2 章 ア リ ス で 発 見 ヴ ィ ク ト リ ア 時 代 の 文 化 ー 視 覚 編 1 温 室 / ② ガ ラ ス 製 品 / ③ カ メ ラ / 第 2 章 ア リ ス で 発 見 ヴ ィ ク ト リ ア 時 代 の 文 化 ー 移 動 編 ① フ ィ ッ シ = ・ ア ン ド ・ チ ッ プ ス / ② 切 手 / ③ 時 計 / ④ 地 下 鉄 / ⑤ ツ ー リ ズ ム ( 観 光 旅 行 ) / ⑥ ア フ タ ヌ ー ン ・ テ ィ ー / ⑦ 狂 気 の 感 覚 ク リ ノ リ ン : : : 血 列 車 と 推 理 小 説 : イ ギ リ ス の ス イ ー ツ : : : .4 4 .4

発見!不思議の国のアリス 鉄とガラスのヴィクトリア時代


は つ け ん ぶ し ぎ く に 発 見 ! 不 思 議 の 国 の ア リ ス じ だ い 鉄 と ガ ラ ス の ヴ ィ ク ト リ ア 時 代 ニ 〇 一 七 年 六 月 一 日 初 版 第 一 刷 著 者 ・ : 寺 嶋 さ な え 発 行 者 : ・ ・ 竹 内 淳 夫 発 行 所 ・ ・ 株 式 会 社 彩 流 社 〒 102 ー 0071 東 京 都 千 代 田 区 富 士 見 2 ー 2 ー 2 フ ァ ッ ク ス 0 3 ー 3 2 3 4 ー 5 9 3 2 E-maiI sai 「[email protected] 「 yusha. CO. 」 p に ト 届 、 ・ モ リ モ ト 印 刷 株 式 会 社 製 本 ・ ・ 株 式 会 社 難 波 製 本 装 丁 / 本 文 デ サ イ ン : : : 石 井 眞 知 子 ( 株 式 会 社 グ ラ フ マ ー ケ ッ ト ) 地 図 : ・ 水 田 デ ザ イ ン ◎ SanaeTe 「 ashima, 20 一 7 - Printed in 」 apan 社 流 一 SBN978 ー 4 ー 7791 ー 2309 ー 2C0098 彩 本 書 は 日 本 出 版 著 作 権 協 会 ( 」 PCA) が 委 託 管 理 す る 著 作 物 で す 。 複 写 ( コ ピ ー ) ・ 複 製 、 そ の 他 著 作 物 の 利 用 に つ い て は 、 事 前 に 」 PCA ( 電 話 03 ー 38 一 2 ー 9424 、 e-mail:[email protected]」 p. net) の 許 諾 を 得 て 下 さ い 。 な お 、 無 断 で の コ ビ ー ・ ス キ ャ ン ・ デ ジ タ ル 化 等 の 複 製 は 著 作 権 法 上 で の 例 外 を 除 き 、 著 作 権 法 違 反 と な り ま す 。 て つ

ポケット図解 韓国の鉄道の旅をとことん楽しむ本 (Shuwasystem Beginner’s Guide Book)


す よ ) と 雑 学 李 朝 の 鉄 道 建 設 発 注 に 応 え ら れ な か っ た 米 国 商 人 韓 国 最 初 の 鉄 道 路 線 は 、 い ま で は 広 域 電 鉄 の 一 区 間 と な っ て い る 京 仁 線 の ロ Ⅱ ( イ ン チ ョ ン ) ー 鷺 梁 ~ ノ ソ ャ ン ジ ン ) で 、 1 899 ( 明 治 32 ) 年 9 月 1 8 日 に 開 業 、 こ の 日 が 韓 国 の 「 鉄 道 記 念 日 」 に な っ て い る 。 鷺 梁 津 は 漢 江 の 南 側 ( い わ ゆ る 江 南 地 域 ) に あ る 魚 市 場 で 有 名 な と こ ろ 。 開 業 時 に ソ ウ ル 市 中 心 部 ( い わ ゆ る 旧 市 街 ) ま で 線 路 が 伸 び な か っ た の は 、 大 河 で あ る 漢 江 を 渡 る 橋 の 完 成 が 間 に 合 わ な か っ た た め 。 明 治 初 頭 に 修 信 使 と し て 来 日 し た 金 綺 秀 ( キ ム ・ ギ ス ) な ど の 朝 鮮 王 朝 末 期 に 日 本 を 外 遊 し 、 新 橋 ー 横 浜 の 陸 蒸 気 に 乗 っ た 知 識 人 た ち は 王 様 ( 高 宗 畠 帝 ) に 鉄 道 の 必 要 性 を 訴 え た が 、 朝 鮮 王 朝 ( 日 清 戦 争 よ っ て 清 の 影 響 圏 を 離 脱 し 、 後 に 「 大 韓 帝 国 」 を 名 乗 っ た ) は 予 算 不 足 の た め 鉄 道 建 設 に な か な か 踏 み 切 れ な か っ た 。 資 金 調 達 の 面 を 含 め 、 最 終 的 に 米 国 人 商 人 の モ ー ル 、 ス (James 日 MO 「 (e) カ 嘲 鮮 王 朝 か ら 鉄 道 敷 設 権 を 獲 得 し た 。 と こ ろ が 、 こ の モ ー ル ス 、 資 金 調 達 の 失 敗 と 争 議 頻 発 か ら 敷 設 権 を 王 様 に 報 告 せ ず に 京 仁 鉄 道 引 受 組 合 と い う 日 本 人 の 団 体 に 1 80 万 円 ( 当 時 の お 金 ) で 売 り 払 っ て 逃 け て し ま っ た 。 こ の 引 受 組 合 の 代 表 者 が 実 業 家 ・ 渋 沢 栄 一 ( 1840 ~ 1 931 ) 。 か く し て 渋 沢 栄 一 の 出 資 に よ り 京 仁 線 の 工 事 は 完 成 し 、 引 受 組 合 は 京 仁 鉄 道 合 資 会 社 と な り 、 統 監 部 鉄 道 管 理 局 ( の ち 朝 鮮 総 督 府 鉄 道 局 。 韓 国 鉄 道 公 社 の 前 身 ) へ と 引 き 継 が れ て い っ た 。 第 ー 章 ・ さ あ 、 旅 に 出 よ う : 4 京 仁 銃 巨 創 業 時 の 機 関 車 は ま っ た く 現 存 し て お ら ず 、 当 時 の 蒸 気 機 関 車 の 模 型 と 写 真 カ 儀 王 百 博 物 館 に 展 示 さ れ て い る の み 。 写 真 は そ の 模 型 で あ る 。

書斎の窓 2012年10月号


青 森 駅 間 ( 同 じ く の ち の 東 北 本 線 ) が た と え ば 、 不 正 乗 車 を 毎 日 往 復 一 一 回 、 行 さ れ た ( 明 治 一 六 年 太 政 官 布 告 一 一 三 三 〇 日 間 実 行 す れ ば 、 一 二 〇 万 円 ま で 号 ) 。 官 設 の 原 則 が と ら れ て き た 鉄 道 開 業 し 、 神 戸 以 西 に つ い て は 山 陽 鉄 道 の 罰 金 を 科 す こ と が で き る 。 一 年 間 続 で あ っ た が 、 そ の 後 再 び 鉄 道 国 有 法 に よ る 建 設 が 進 め ら れ て 、 明 治 三 四 年 け る と 、 上 限 は 一 五 〇 〇 万 円 近 く に な ( 明 治 三 九 年 ) に よ り 国 有 化 が 図 ら れ 五 月 一 一 七 日 に 神 戸 駅 ー 馬 関 駅 ( 現 在 の é る 計 算 で あ る 。 る よ う に な る ま で の 二 〇 年 あ ま り の 間 下 関 駅 ) 間 ( 現 在 の 山 陽 本 線 ) が 全 通 書 は 、 政 府 の 財 政 難 か ら 、 い わ ゆ る 五 大 し た 。 す で に 赤 羽 駅 ー 品 川 駅 間 に は 日 鉄 道 営 業 法 の 制 定 へ 本 鉄 道 が 路 線 を 開 通 さ せ て い た か ら 、 私 鉄 会 社 ( 日 本 鉄 道 、 関 西 鉄 道 、 九 州 こ の と き 青 森 か ら 下 関 に 至 る 本 州 を 縦 鉄 道 の 敷 設 は 、 新 橋 駅 ー 横 浜 駅 間 の 鉄 道 、 山 陽 鉄 道 お よ び 北 海 道 炭 礦 鉄 道 ) 開 業 か ら 約 一 〇 年 間 は 官 設 で 進 め ら れ を 中 心 と す る 私 設 鉄 道 会 社 も 全 国 規 模 貫 す る 鉄 路 が 完 成 し た こ と に な る 。 た 。 し か し 、 明 治 一 六 年 の 時 点 で は 、 の 鉄 道 敷 設 を 担 う こ と に な る 。 私 鉄 会 今 日 も な お 効 力 を 有 す る 鉄 道 営 業 法 新 橋 駅 ー 横 浜 駅 間 が 複 線 化 さ れ た ほ か 、 社 の う ち ま ず 日 本 鉄 道 が 明 治 一 六 年 七 が 制 定 さ れ た の は そ の 頃 ( 明 治 三 三 年 ) 関 西 地 方 の 大 津 駅 ー 神 戸 駅 間 と 北 海 道 月 二 八 日 に 上 野 駅 ー 熊 谷 駅 間 を 開 業 さ で あ る 。 鉄 道 が 急 発 達 し た 時 代 に 合 わ の 手 宮 駅 ー 幌 内 駅 間 が 開 業 す る に と ど せ る が 、 そ の 際 に 、 そ れ ま で 官 設 鉄 道 せ て 鉄 道 略 則 と 鉄 道 犯 罪 罰 例 を 修 正 し ま っ て い る ( 明 治 一 三 年 、 釜 石 に エ 部 を 前 提 と し て い た 鉄 道 略 則 と 鉄 道 犯 罪 承 継 す る も の と し て 定 め ら れ た の で あ っ た 。 鉄 道 略 則 や 鉄 道 犯 罪 罰 例 の 具 体 省 専 用 鉄 道 が 開 業 し た が 、 鉱 山 と 製 鉄 罰 例 と が 私 設 鉄 道 に も 適 用 さ れ る こ と 的 な 適 用 状 況 等 は 知 り う る 範 囲 で は 資 所 の 閉 鎖 に 伴 い 早 く も 同 一 五 年 に 廃 止 が 明 確 に さ れ た の で あ る 。 さ れ て い る 。 田 中 長 兵 衛 経 営 鉱 山 鉄 道 そ の 後 、 明 治 一 三 年 に 官 設 の 新 橋 料 が な く 残 念 な が ら 分 か ら な い が 、 鉄 と し て 機 関 車 運 転 が 復 活 す る の は 明 治 駅 ー 神 戸 駅 間 ( 明 治 四 一 一 年 鉄 道 院 告 示 道 営 業 法 の 時 代 に 入 る と 鉄 道 と 刑 法 の 四 四 年 で あ る ) 。 五 四 号 に よ り 東 海 道 本 線 と 名 付 け ら れ ネ タ も 豊 富 に な っ て く る 。 ( わ だ ・ と し の り 明 治 一 六 年 に は 、 鉄 道 略 則 と 鉄 道 犯 て 現 在 に 至 る ) が 全 通 し た の に 続 き 、 Ⅱ 慶 應 義 塾 大 学 大 学 院 法 務 研 究 科 准 教 授 ) 罪 罰 例 を 私 設 鉄 道 に も 適 用 す る 法 が 施 日 本 鉄 道 に よ り 明 治 一 一 四 年 に 上 野 駅 ー

日本の街道 7 海光る瀬戸内・四国


伊 予 鉄 三 津 駅 浜 は 現 在 貨 物 港 と な っ て い る が 、 松 山 市 へ の 通 勤 通 学 て 、 三 津 駅 の 利 用 客 は 多 い 。 港 に 始 ま る 四 国 の 鉄 路 伊 予 ・ 讒 岐 鉄 道 建 設 の み ち 日 、 私 鉄 と し て は わ が 国 で 三 番 目 で あ る が 、 軌 間 が け い べ ん 四 国 鉄 道 の あ け ば の ・ ・ ー ー ・ ・ 伊 予 鉄 道 二 フ ィ ー ト 六 イ ン チ ( 約 七 六 セ ン レ ) の 軽 便 鉄 道 と し て は 近 代 の 四 国 の 道 は 、 鉄 道 へ の 熱 い 願 望 を 民 衆 の 心 も ち ろ ん 最 初 の も の で あ っ た 。 創 設 者 の 代 表 、 小 林 に う え つ け た が 、 そ れ は 四 国 山 地 に よ っ て 南 北 に 分 信 近 ( 一 八 四 二 ) は 、 松 山 藩 出 身 で 、 愛 媛 県 の 政 財 界 か れ 、 島 内 の 陸 上 交 通 が 必 ず し も 楽 な も の で は な で は 常 に 代 表 的 地 位 を 占 め 、 県 会 議 長 を 経 て 衆 議 院 く 、 四 つ の 県 が そ れ ぞ れ に 独 自 の 性 格 を 形 成 し て き 議 員 と な っ て 活 躍 し た 人 物 で あ る 。 彼 は 早 く か ら 新 た 四 国 の 、 近 い と は い え 海 を へ だ て て 本 土 と 接 し て し い 交 通 路 の 設 置 に 関 心 を も っ て お り 、 技 術 に も 経 営 に も ほ と ん ど 知 識 は な か っ た が 、 当 時 の 鉄 道 馬 車 い る 地 理 的 条 件 と 無 関 係 で は な い 。 し か も 、 四 国 地 方 は 国 内 で も っ と も 鉄 道 の 普 及 が に は 満 足 で き ず 、 鉄 道 に 関 す る 外 国 書 を 入 手 し て よ 遅 れ 、 南 北 を 結 ぶ 土 佐 と 讃 岐 の 間 の 連 絡 鉄 道 は 、 維 う や く 決 心 が っ き 、 英 国 人 技 師 の 助 言 も 得 て 、 軽 便 ふ せ つ 小 鉄 道 の 敷 設 願 書 を 愛 媛 県 会 に 提 出 し た 。 だ が 、 四 新 後 七 〇 年 を 経 て 昭 和 十 年 に よ う や く 開 通 し て い る 。 そ れ ほ ど 、 四 国 は 鉄 道 に 恵 ま れ て い た と は い え 国 で は 初 め て の こ と で あ り 、 な か な か 許 可 が お り な か っ た 。 ず 、 再 度 の 申 請 で 明 治 十 九 年 十 二 月 に 許 可 の 指 令 を し か し 、 そ れ だ け に 鉄 道 に 対 す る 要 望 は 強 く 、 鉄 受 け 、 鉄 道 建 設 に と り か か っ た 。 し か し 、 こ ん ど は 資 金 面 で 思 う よ う に ゆ か ず 、 大 道 建 設 へ の 動 き は 比 較 的 早 い 時 期 か ら 現 れ て く る 。 べ っ し そ の 一 つ は 私 鉄 の 伊 予 鉄 道 で あ り 、 も う 一 つ は 四 国 変 な 労 苦 を 強 い ら れ た が 、 県 知 事 や 別 子 銅 山 支 配 人 駅 あ 一 大 欧 「 ロ 」 に 乂 - イ の 国 鉄 の 前 身 で あ る 讃 岐 鉄 道 で あ る が 、 そ れ は い ず な ど の 協 力 を 得 て 、 ち ょ う ど 二 年 か か っ て 開 業 に こ と o た 、 建 も れ 工 造 ぎ つ け た わ け で あ る 。 駅 ふ 方 さ 竣 木 れ も 近 世 か ら 近 代 へ と 新 し い 道 を 求 め る 人 々 の 、 き 平 の 東 設 月 な み つ は ま 琴 山 、 移 5 重 び し い 試 練 の な か か ら 生 ま れ て き た も の で あ る 。 敷 設 さ れ た の は 松 山 ・ 三 津 浜 間 の わ ず か 数 キ ロ メ 線 頭 が に 年 責 讃 象 た ル の ー ト ル に す ぎ な い が 、 当 時 県 都 と し て の 松 山 で は 、 伊 予 鉄 道 が 開 通 し た の は 明 治 二 十 一 年 十 月 二 十 八 土 は っ ト 正 風 伊 丹 正 博 香 川 大 学 教 授 758

発見!不思議の国のアリス 鉄とガラスのヴィクトリア時代


第 1 部 移 動 の 文 化 ヴ ィ ク ト リ ア 時 代 、 電 気 機 関 車 と 地 下 鉄 の 誕 生 に よ り 、 人 々 の 時 間 と 空 間 に 対 す る 認 識 に 変 化 か 見 ら れ ま し た 。 そ れ は 『 不 思 議 の 国 の ア リ ス に 登 場 す る 白 ウ サ ギ が 、 時 計 を 片 手 に 慌 て て 走 り 去 る 様 子 に も 表 れ て い ま す 。 第 一 部 て は ヴ ィ ク ト リ ア 時 代 に 起 き た 移 動 の 大 変 革 と 、 ア リ ス の 世 界 に 隠 さ れ た 「 移 動 の 文 化 を 中 心 に 紹 介 し て い き ま す 。 い っ た い 、 キ ャ ロ ル と テ ニ エ ル は こ の 文 化 を ど の よ う に 見 て い た の で し よ う か ?

邪馬台国をとらえなおす


き り 器 が 発 見 さ れ 、 そ の う ち の 九 百 七 十 二 個 が 鉄 製 の 錐 で あ っ た と の 報 告 が さ れ て い る ( 村 上 恭 道 「 日 本 海 沿 岸 地 域 に お け る 鉄 の 消 費 形 態 ー ー 弥 生 時 代 後 期 を 中 心 と し て 」 『 古 代 文 化 』 第 五 三 巻 第 四 号 、 古 代 学 協 会 、 一 一 〇 〇 一 年 ) 。 日 本 海 沿 岸 の 島 根 、 鳥 取 、 福 井 、 石 川 、 富 山 、 新 潟 の 最 近 の 発 掘 状 況 は 、 鉄 の 需 要 が か き じ ま だ い ら な り あ っ た こ と を 物 語 る 。 さ ら に 長 野 県 地 方 に も 多 く の 発 掘 例 が あ る 。 長 野 県 木 島 平 村 に 根 塚 と い う 弥 生 時 代 後 期 の 墳 丘 墓 が あ る が 、 こ こ の 首 長 を 埋 葬 し た 土 壙 墓 の う ち の ひ と っ か ら 、 渦 巻 き 文 の あ る 長 い 鉄 剣 が 出 て い る の だ 。 に し た に た だ し 九 州 大 学 の 西 谷 正 氏 が 「 こ れ は 伽 耶 の 鉄 剣 ゃ ね 」 と 指 摘 さ れ た 鉄 剣 で あ る 。 こ の 鉄 剣 を 九 州 テ ク ノ リ サ ー チ ・ 0 セ ン タ ー の 大 沢 正 己 氏 に も 分 析 し て い た だ い た と こ ろ 、 「 こ れ は 伽 耶 か ら 運 ば れ た も の だ よ 」 と お っ し や っ た 。 韓 国 の 先 生 が た も 、 こ れ は 韓 国 金 海 の 良 洞 里 遺 跡 か ら 発 掘 さ れ た 鉄 剣 と 同 じ 型 だ と 指 摘 さ れ て い る 。 伽 耶 の 鉄 剣 で あ る と す れ ば 、 い っ た い ど の よ う に し て 運 ば れ て き た の か 。 西 谷 氏 は 、 北 九 州 か ら 瀬 戸 内 を 通 っ て 運 ば れ て き た と 発 言 さ れ て い る 。 北 九 州 か ら 瀬 戸 内 を 通 っ て 大 和 、 大 和 か ら 古 代 の ル ー ト を た ど っ て 長 野 ま で 運 ば れ た と い う 可 能 性 も 成 立 し な い わ け で は な い 。 し か し 私 は 、 朝 鮮 半 島 の 南 部 か ら 、 お そ ら く 日 本 海 沿 岸 を 舟 で 運 び 、 信 濃 川 河 口 か ら 入 っ て 、 千 曲 川 を さ か の ぼ り 運 ば れ て き た の で は な い か と 思 っ て い る ャ ン ド ン ニ ね つ か か や 113 第 四 章 鉄 と 鏡 の 考 古 学