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長谷川伸全集〈第10巻〉

衛門、平田吉郎の喜捨と併せて百円とし、林高院に永代供あり、井伊大老上洛の密書、医師本荘敬造の手に入る、本 養料として納めたり。妙徳寺境内に後に三士の碑建つ。林荘又吉輔の交友なり。 吉輔は密書を携えて上京し、知友なる谷森外記に頼り三 董伯の篆額、志賀重昻の撰文、竹内恒孝 ( 丑松 ) の書なり。 「八千草』癸之巻の「連璧集」という中に次の如くあり。条実万に密訴す、為めに幕府の策頓坐したり。この為めに 吉輔、佐一郎、敬造捕われ、安政五年十一一月信楽代官所に 辞世 拘留、吉輔の親族、故旧代官所に召喚さる。 守節男児長如斯 捨生取死亦何疑 文久三年四月池田佐一郎は所払い、本荘敬造は叱責、吉 千古認名有此時 一朝身命成灰土 輔は町預けとなる。吉輔の町預けは判決以前よりなりと云 右、旧藩臣酒田にて死につきし三人の内 、つ 佐藤桃太郎重安 町預中なりしかど西川吉輔は国事に尽す、たまたま伊藤 俊輔、堀真五郎等八幡に来り、上京して国事に尽さんこと を勧む、吉輔喜んで上京し、野呂久左衛門 ( 備藩の老、土肥 西川吉輔 ( 善六 ) 資料 典膳の臣 ) の法皇寺門町の家に仮居す、在京の士、野呂方 を密談所とす。 西川吉輔は幼名を繁吉と云い通称は善六、諱は吉輔又は文久三年二月一一十二日、在京の志士、足利三代の木像を 吉介と云えりと。号多し、蔵六、亀洲、武之舎、君子楼、切り、首を梟す、野呂方にて首を切り、梟示文を書けり。 槓亭、郁子園、合歓園、竹之屋、竹庵、通脱庵、百竹等。二十六日、幕吏は野呂方を襲いしも野呂、西川あらず。一一 文化十三年七月、江州八幡の肥料商の家に生る。西川家十七日、吉輔は番頭佐七をして秘密書類を隠匿せしめたり に ( 矢野逸平談によれば佐七は余り深く知らず、或は逸平が隠匿せし 七代目の養子。大津福源寺の僧教悟に学び、野之ロ隆正 皇学を受け、心を皇典に潜め弘化四年平田鉄胤の門に入か ) 。三月二日、会津、彦根の数百人、八幡町の西川吉輔方 る。 を襲う。吉輔在らず。家を包囲し、尚も人の隠れ得ると疑 安政五年大老井伊直弼、兵を率いて上洛、群議を排し開わる所、簟笥長持、押入等、槍をもって突き試み狼藉乱暴 を極め、書籍、著述、往復書翰等、荷車二輛に積みて押収 港の勅許を得んとすとの説行わる。 彦根藩池田佐一郎 ( 藩医池田愿洞の男 ) は西川吉輔と交りし行けり。

裸の王様・流亡記 (角川文庫)

海音寺潮五郎の作品 角川映画化 / 、全五冊 新太閤記全四冊 真田幸村山下 蒙古来たる全四冊 西郷隆盛全五冊 宿敵信玄と川中島で対 決する謙信。史上最大 の合戦に勝利を得るの はどちらか ? 偉大な武 * 、冫舌の生涯を描、 尾張の貧農の倅藤吉郎 は、信長の下で頭角を 顕し、遂に天下人に : 軍略抜群の父に学び、 大きく成長する若き日 の智将真田幸村の活躍。 海峡の彼方で不気味な 牙をむ / 、、宀筆ロ。魔の大 船団が遂に日本へ襲来。 「愛国を忘れた尊王な ど無意味だ」勝の一言葉 に西郷は目を見開いた。

長谷川伸全集〈第7巻〉

逃げた後で、ただの→人もいない。尖兵に先行させて、 ◇ 前、中、後と、三ツに分れて宿へはいった。大黒屋に本部 追分の油屋で酒を飲んでいた藩兵農兵が、大分いい機嫌を置き、物見を出し、いつでも応戦の態勢をとり、その一 になったところへ、沓掛方面の物見に出しておいた兵が、方で、実情の調査をした。敵は小諸藩と御影陣屋で、油屋 喫驚敗亡の態で駈けこんできて、「敵が迫った」と知らせが本部であり、油屋の倅が間諜の役をしたということが判 た。敵と聞いて惣立ちになった、立った者は先を争って外ったので、隊士の中には激昻して、「油屋に火をかけろ、 へ出た、闘うためではなく逃げるためだった。大橋副将と汕だからよく燃えるそ」といったものがある。このことが 藩士の幾人かが、「返せ、逃げるな」と叱っても、皆いう忽ちのうちに宿中に拡がった。それでなくとも混雑のひど ことを聞かない、逸散に逃げた。大橋も幾人かの藩士も、 い最中だし、この宿で、もう一度戦争があると思う人が多 というときたけ冫 こ、「宿を焼払うそうだ」という訛伝 致方がないので逃げる味方の後を追った。 たむろ 三ッ谷に屯している主将村井藤右衛門は、岩村田藩が遂が、居残っている宿のものを狼狽させた。 にやってこないので、出発を命じたのが、大黒屋襲撃があ宿役人はさすがに踏止まっていて、何とかして宿を焼払 0 てから時刻が大分たってからだ 0 た。小諸の兵が出発しうだけは思い止ま「ても、 .. みたいと思うばかりで、そうい これは泉洞寺の和尚に限る う談判に長じた人がいない。 たので、御影の綿貫庄之進も農兵を率いて出発した。約一 里ばかり行くと、前方に何かあるらしい、敵でなくしてそと、汗だらけになって寺へ行ってみると、和尚は病気で寝 れは味方が追分から逃げてきたのだった。逃げるもののロ込んでいた。さあ困った。弱り返っていると、その役を買 しゆく は真実をいわない、〃敵が大挙して押寄せ味方大敗北〃そって出た一人の旅客があった。宿の土屋市左衛門方にこの ういう風に取れたので、御影の農兵が真先に逃げた、忽ち数日滞在していて、ゆうべから難を泉洞寺に避けていた挙 のうちに総体が逃げた、主将の村井も逃げた、副将の高栗山という、坊主頭の俳諧師である。 それから間もなく、挙山宗匠は和尚の袈裟法衣を纏い も人に揉まれて逃げる群に巻きこまれた。 数珠をつまぐりつつ、大黒屋へやって来た、そのうしろに ◇ は宿役人が心配顔に付添っていた。 大木四郎、西村謹吾等は追分の東口に漸く着いた。先ず 空に向けた数発の鉄砲を放って敵を試みた。そのころ敵は

誰か

文春文庫 ミステリー 柴田よしき 紫のアリス 柴田よしき ・ 1 TJ 柴田よしき 象牙色の眠り 柴田よしき 柴田よしき 淑女の休日 つかとうはしめ 柄刀一 凍るタナトス ( ) 内は解説者。品切の節はご容赦下さい。 夜の公園で死体と「不思議の国のアリス」のウサギを見た紗季。 その日から紗季に奇妙なメッセージが送られてくる。恐怖に脅 える紗季を待ち受けていたのは ? 傑作サス。ヘンス。 ( 西澤保彦 ) し 誰かがあたしを憎んでるーー。有美は一一十六歳、文芸編集者。仕 事も恋も順調な毎日が同僚の惨殺で大きく狂い始める。平凡な し ヒロインが翻弄される、ノンストップミステリー。 ( 岩井志麻子 ) 京都の邸宅街で富豪の家族におきた殺人。屋敷に住むのは美貌 7 の未亡人と息子、前妻の残した長男と長女、一一人の家政婦。彼 らの秘密が明らかになると : : : 。長篇サスペンス。 ( 法月綸太郎 ) し 「お願い、専業主夫になって」。突然の失業のうえオヤジ狩りに あった翌日妻が囁いた。そんな一一人を正体不明の悪意が襲う。 し ついに妻が誘拐され・ : ・ : 誰かが俺たちを憎んでる。 ( 斉藤由貴 ) 幽霊が出る。女性に人気のシティリゾートホテルで、そんな噂 が囁かれ始めた。鮎村美生が調査を開始した直後、目撃者の美 し 津子が殺される。女性の哀しさを描くミステリー 。 ( 西上心太 ) 死後に人体を冷凍し、未来の進んだ医療技術によって甦らすこ とを願うクライオニクス財団。永遠の生を夢見る科学集団で「氷 の殺人」「炎の殺人」とも呼ぶべき謎の連続殺人が ! ( 千街品之 ) っ

長谷川伸全集〈第10巻〉

たいち の新宮から太地附近のも 秋田の北部より青森の一部、糸リ のが著名なり。中でも紀州太地の日本犬と秋田とはその尤 なるものなりという者あり。 太地の狩大は水ばかりのみて十日ぐらいは山を歩きて、 猪、鹿、熊を追うという。これの仔を取るには、交尾期に 牝犬をつれて山中にゆき、頑丈なる小屋をつくりて、人は その中に入りて銃口を出し、犬は小屋の前につなぎ置く、 と、狼がきて交接するを待ち、狼を射殺するなり。狼は交 尾をすますと大を咬み殺すからなり。かくの如く一匹の仔 犬を得るには困難が伴うので数少く価も高きなりという。 形は狼に似て肋骨が出ており、主人には従順にて物おばえ よく、カは狼より強し。他人には荒き性質にて直ちに噛み つく故、平常は鎖でつなぎ置くという。 ゅう

月刊ホビージャパン 1980年1月号

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天皇の世紀 3

体的な襲撃計画を立て、十五日に決行すると通知した。平山兵介から宇都宮の菊池澹如 に準備が出来たと知らせた。十五日に決行と定め、十日には国元から人も出て来て勢揃 い出来ると言うのである。 それまでに到ってから、まだ異論が出た。野州側に夢想家が多い。小山春山は、斬奸 の上は直ちに関東に於ける主な陣屋を襲撃して幕府領を占領しようと計り、菊池澹如は これは困難だから、斬奸と同時に会津藩邸に行き、会津を説いて幕府改革の主導者とし ようと主張した。斬奸は容易だが事件の収拾方法が問題となったのである。澹如の策に は今度は訥庵が反対した。商家育ちと武士との意見の相違である。訥庵は、成敗いずれ にせよ、一人も残らず、その場で屠腹せよ、後は考えるなと言うのであった。 訥庵の考え方は、進退をきれいに、その場で腹を切れと言うのである。テロリストの 献身に通じる。十二月二十五日に、義弟澹如に宛てた手紙で言ってやる。 「会 ( 会津 ) 〈遲云々の説は、拙生甚だ承知仕らず候。この間も右の説を発し候者こ れあり候につき、拙生大に叱責して、この度は成敗とも残らず屠腹と決定致すべく、そ 風れを迷惑に存じ候者は早々止メ候えと申切り置き申候。昨年の桜田も美事なる様には候 えども、結末のところ散り散りバラバラに相成り、屠腹致し候者も、その場所定まらず 黒して、此処彼処にて割腹致し、欠込み候者もアチコチと分れ候類は、醜態と申すものに そしり て識者の譏を免れ申さず候。」

小説すばる2020年12月号

だろう、町はすでに、大混乱に陥っていを過ぎたあたりで、前方に幕府軍の一団がるためだろうが、武士は負ければ死ねばい る。敗走兵と、城下にとどまっていた町人立ちはだかったのだ。二ノ丸から逃れてき 、。だが、巻き添えになった民はすべてを たち、武家屋敷から逃げ出してきた老若男た兵や侍女たちも加わり、群衆はさらに膨奪われ、命さえも失う。戦で何かを取り戻 女が入り混じって、収拾がっかなくなってれ上がっている そうなどと思っていた私は、度し難い愚か つづら いた。ある者は葛籠や長持を担ぎ、ある者このままでは、前後から挟み撃ちにされ者だった。 は赤子を背負い、一様に北を目指して いる。そして、ここにいる大半は軍兵ではな意を決し、私は逃げ惑う人々を掻き分け る。 く、無辜の民だった。 て前に出た。疲れきっていたはずの身の内 城下の方々で火の手が上がりはじめ、混前方の敵兵が、群衆に襲いかかった。 に、憤怒が満ちている。刀を抜き放ち、年 乱に拍車がかかる。群衆に紛れて進む、つ男は斬り捨てられ、若い女は髪を掴まれ端もいかない娘を取り囲む一団に斬りかか ち、後方で無数の怒号と悲鳴が交錯した。 った。 引きずられていく。泣き叫ぶ童やすがりつ 城下に攻め入った幕府軍が、略奪をはじめ いて命乞いをする老人には、容赦なく槍が「何だ、てめえは ! 」 たのだろう。 突き立てられていった。手柄首と偽るつも振り向いた一人の腕を斬り飛ばし、もう 三ノ丸跡地まで来たあたりで、久左衛門りなのか、明らかに兵ではない者の首を切一人の喉を貫く。さらに次の敵に刀を振り の姿を見失った。 り取っている者もいる。 下ろそうとした刹那、左腕に鈍い衝撃が走 だが、あの男が生きて城を脱け出すつも落城の際には、乱暴狼藉はっきものだ。 った。前腕を、背後から突き出された槍の りなら、北へ向かうはずだ。城の北を流れ身分の低い足軽雑兵は、戦後の略奪で金目穂先が貫いている。 る淀川に架かる天満橋、京橋は、敵の侵入の物を得るため、命を張っていると言って雄叫びを上げ、左腕を引いた。鮮血が溢 を防ぐため豊臣軍の手で焼き落とされていも過言ではない。だが、そうと知ってはいれ出るが、構わず後ろの敵に刀を叩きつけ るが、生きて城を出るには川を泳いで渡るても、実際に目の当たりにするのははじめた。 てだった。 以外に道はない ここまでか。全身を痛みと恐怖が駆け巡 敵の大多数は、最大の武功である秀頼公 ここまでするのか勝者ならば、戦の場るが、それでも悔いはない。 しゆきゅう の首級を求め、本丸に殺到するはずだ。 にいたというだけの理由で民を踏みにじっ 「まだだ」 このまま北へ進めば、何とか逃れ出ることても赦されるのか 不意に、声が響いた かできるだろ、つ。 結局、これが戦というものの本当の姿な久左衛門。刀を手に、私を囲む敵兵を鮮 だが、私のその読みは甘かった。二ノ丸のだ。義のためだろうが、死に花を咲かせやかな太刀捌きで斬り伏せていく。さら

長谷川伸全集〈第10巻〉

た。足掛け十三カ年の後の事である。 義概柔弱なり家老松賀族之助、威福にす、ー義 ごう つね 同国河北郡袋村八幡神社に、何者とも知れず兵四郎を合概を己の家に請す、族の妻美なり、毎に之をして盃酒に侍 たくみ たら 祀したという。神体は板石に彫刻されたものだという。 せしむ、艶粧嬌媚巧に義概を蕩す、義概流連頗る醜声あ 正保三年、浪人田中誉兵衛の言を容れ、寺津村より水をり、既にして妻身むあり、男子を挙ぐ。族悦んで日く、是 っちきよみず 堰入れ土清水の山腰をうがち、溝道を辰巳用水に合流させ公の子なりと。公然名けて内藤大蔵と云う、年漸く長す、 たとい、つ 族義嗣下野守義英を陥れ大蔵を以て嗣子と為し、因って以 ふこう 但し兼六園の成るは文政五年前田十二代斉広の時であて内藤家を奪わんと謀る、百方誣構義英を讒す、義概之を る。もっともその一劃は延宝年間に五代綱紀の時に成った信じ下野守を憎み、見るを許さず、下野守の従臣に浅香竹 おも ものである。 右衛門なるものあり、族の誣構を憤り、謂えらく松賀父子 えんそそ ひそか を殺すにあらざれば世子の寃を雪ぐべからずと、私に江戸 の邸を脱し、岩城に来り、松賀父子を狙いける。族之を聞 じようしのが おわ 内藤義概騒動 て戒心怠らず、某年上巳賀儀 ( 俗にじようみという ) を畢り、 城を下る、是日、浅香之を帰途に要撃せんと大手門の側に 伏して待つ、族将に門を出でんとす、浅香末だ起たず、族 先す走る浅香之を逐う、番卒彦右衛門なるもの、走って浅 きようしよう たお 義概 ( 内藤氏、左京亮。父は内藤帯刀忠興一万石、忠興の父磐香を抱持す、浅香搏って之を仆す、捷又木杭を把って 城平七万石領主左馬助政長を襲ぐ ) は初め義泰という、元和五格す、族の党変を聞いて群り至る、浅香カ屈し縛に就く、 年九月十五日桜田に生る、初従五位下に叙し、後従四位下族中門より返り、何等の意趣にてかかる狼藉に及ぶそと訊 う。浅香憤怒に勝えす、ロを極め、族の悪逆を罵る、族命 に叙す、天和一一年八月朝鮮使聘、義概館伴を命ぜらる。 じて之を獄に投ぜしむ、彦右衛門意えらく、我徒身を起 抄貞享元年九月十九日岩城に卒す、年六十六、法名を風山と 眼云う、鎌倉光明寺に葬る、一一子義孝 ( 長子を弥次右衛門義邦とす、松賀に因らざるを得ず、浅香は松賀の敵なり。此を殺 いう、何故に嗣子たらざりしか不明 ) 嗣ぐ ( 義孝、義英という、 し彼に結ぶ機会此にあり、失うべしと、即ち槍を揮い浅香 いから 麦こ政栄、俳人露沾はその人なり ) 。 を乱刺す、浅香歯を切り目を瞋し日く、下郎亡状なり、我 れいき 生て吾志を達する能わず、死して厲鬼と為り主家を護して せきい まさ まみゆ なづ ざん すこぶ しましま

新潮 2016年07月号

ち、猪の牙を用いて磨くことが指定されているが、そうした が絵でもある。連綿するかなは絵であるという事実を超え 機能を持たないプリンタはその指示を無視しても構わないよ て、より直接的に絵をなしている。群島の模式図中、【】で うにできている。プリンタは、自分の器量の許す範囲で島々 示した文字は、この和歌巻で大きく太く、黒々と書かれた箇 を囲む海の命令に忠実に従い、経典を復元するということら 所である。連続する文字の中で、その機能を最大限に発現し しかった。 ている文字だとも言える。ここで本阿弥光悦は、和歌巻へと 四季を宿らせる作業において、四季自体の歌を必要としなか そうしてみると、千載集よりなる群島もまた、印刷時の指 った。春の歌のひと塊を取り出して、その中からそれぞれの 定を含むデータであることが予想され、森林は探索開始から季節を代表する言葉を強調、発現させることで足りたからで 一時間半にして、これらの歌が、俵屋宗達と本阿弥光悦の手ある。群島における桜の花は、はじまりの頃は漢字で書かれ になる「四季草花下絵千載集和歌巻」であることを突き止め強調されるが、その後はか細く控えめに、かなで書かれるよ る。 うになる。それぞれの島における強調部を取り出して並べて みると、 この作品は、鳥の子紙の料紙を横に継ぎ、四季の移り変わ りを描いた和歌巻であり、四季の草花を配置した下絵を俵屋 宗達が描き、その上に本阿弥光悦が和歌を記したものであ る。五色の料紙が季節に応じて用いられ、下絵はまず春の桜 にはじまり、藤、つつじと変化して、萩、すすき、松へと移 行していく。空には巨大な半月が浮かび、金泥で描かれた松 の上を、銀泥でみな同じ姿につくられた千鳥の群れが飛び去 っていき、冬と和歌巻は終わりを迎える。群島をなす文字列 はこのひと続きの料紙の上に書かれた和歌と、文字の抜け、 漢字とかなのひらきまで含めて同一のものであり、島の区分 はおおよそ、和歌巻における春夏秋冬の別に対応している。 和歌巻に記された歌は、太く細く濃く薄く長く連なり短く切 れて、行頭は整わない。和歌自体が地より伸びる草木とも葦 牙とも見え、雨の引く一線のようにも映る。 実際のところ、本阿弥書くところの文字は、文字ではある 【華の】【志賀の】【山辺】【浦】【波】【志かの】【ちり懸】 【帰む事】【あかなく】【袖】 【いきて散を】【野】【せや】【一枝】【かせ】【年の】【なく】 【影】 【白雲】【桜】【春の夜】【見るヘ】【霞】【波や】【山の】【三 【さき】【日数も】【池水】【ちり】【成】【しら雲】【雪】【よ し野】【やまさ】【惜心】【春雨】【空】【すれ】【踏】【心尽 の山】 芳野】