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聖徳太子Ⅰ 仏教の勝利


聖 徳 太 子 - 仏 教 の 勝 利 梅 原 猛 小 学 館

聖徳太子Ⅰ 仏教の勝利


仏 教 の 勝 利

聖徳太子と法隆寺の謎ー交差する飛鳥時代と奈良時代


【 第 四 章 】 「 多 利 思 比 孤 」 は 聖 徳 太 子 か ?

聖徳太子Ⅰ 仏教の勝利


序 章 聖 徳 太 子 の 実 像 を 求 め て

聖徳太子と法隆寺の謎ー交差する飛鳥時代と奈良時代


聖 徳 太 子 と 法 隆 寺 の 謎 ー ー 交 差 す る 飛 鳥 時 代 と 奈 良 時 代 目 次

日本書紀はなにを隠してきたか


【 第 一 章 】 古 代 律 令 政 治 の バ イ オ ニ ア ・ 聖 徳 太 子 の 実 像

複数の「古代」


第 七 章 「 聖 徳 太 子 」 ー ・ 『 古 事 記 』 『 日 本 書 紀 あ 語 ら な い も の

聖徳太子と法隆寺の謎ー交差する飛鳥時代と奈良時代


索 引 4 東 院 伽 藍 の 造 営 ー ー 光 明 子 と 法 隆 寺 東 院 う 西 院 伽 藍 の 聖 徳 太 子 と 東 院 伽 藍 の 聖 徳 太 子 ェ ビ ロ ー グ 274 267 255 247

天皇権の起源


弟 王 か 継 体 天 皇 の 在 位 は 一 一 十 八 年 安 閑 ・ 宣 化 天 皇 は 実 在 し た そ の 後 の 大 兄 と 男 弟 王 第 四 章 蘇 我 氏 の 専 横 一 仏 教 伝 来 と 蘇 我 氏 大 伴 金 村 の 引 退 と 蘇 我 氏 の 起 こ り 蘇 我 氏 を め ぐ る 百 済 帰 化 人 蘇 我 ・ 物 部 の 崇 仏 論 争 怨 念 に か わ る 崇 仏 論 争 二 蘇 我 政 権 へ の 道 蘇 我 の 血 を う け た 天 皇 の 誕 生 物 部 大 連 の 滅 亡 天 皇 を 弑 す る 馬 子 の 勢 力 三 飛 鳥 仏 教 と 蘇 我 氏 ロ ポ ッ ト と し て 推 古 女 帝 を 擁 立 三 つ の 金 堂 を も っ 法 興 寺 蘇 我 の 私 寺 が 国 家 的 寺 院 に な る 仏 教 興 隆 に 馬 子 の 政 治 理 念 四 法 隆 寺 と 聖 徳 太 子 暦 日 の 異 な る 聖 徳 太 子 の 死 聖 徳 太 子 を 聖 と し た 由 縁 民 衆 の 基 金 に よ る 法 隆 寺 の 創 建 188 173 162 148 147 0

複数の「古代」


「 聖 徳 」 の 意 味 「 聖 徳 太 子 」 と 呼 ぶ こ と は 、 八 世 紀 半 ば に は た し か に あ っ た 。 『 懐 風 藻 』 の 序 文 に 、 「 聖 徳 太 子 」 の 名 が あ る こ と は 、 さ き に ( 参 照 、 第 三 章 ペ ー ジ ) 、 見 た と お り て あ る 。 こ の 「 聖 徳 」 と い う 名 は 、 ま ず 、 仏 法 を 尊 ん だ 聖 人 の 徳 を た た え た も の て あ っ た と う け し J ・ ら 、 れ る 。 さ ん ま う え 『 三 宝 絵 』 ( 序 に よ れ ば 、 九 八 四 年 の 成 立 ) 中 巻 の 冒 頭 に 太 子 の 伝 が 載 る が 、 そ の 最 後 に 、 「 太 み つ 子 三 ノ 名 ア リ 」 と い っ て 、 厩 戸 皇 子 ・ 聖 徳 太 子 ・ 上 宮 太 子 の 名 を 掲 げ て 、 「 聖 徳 太 子 」 一 つ い て こ う い う ( 新 日 本 古 典 文 学 大 系 『 三 宝 絵 注 好 選 』 馬 淵 和 夫 他 校 注 、 岩 波 書 店 、 一 九 九 七 年 に よ る ) 。 ふ た っ も う す む ま れ た ま い し よ う ま ん き よ う ほ う 二 ニ 聖 徳 太 子 ト 申 。 生 給 テ ノ フ ル マ ヒ 、 ヨ ソ ラ ヒ ミ ナ 僧 ニ 、 タ マ ヘ リ 。 勝 鬘 経 、 法 け き よ う ら そ の り た ま う 花 経 等 ノ 疏 ラ ッ ク リ 、 法 ラ ヒ ロ メ 、 人 ラ ワ タ シ 給 ニ ョ リ テ 也 。 「 聖 徳 太 子 」 と い う 名 「 古 事 記 」 「 日 本 書 紀 」 の 語 ら な い も の 167 第 七 章 「 聖 徳 太 子 」