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検索対象: 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩
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1. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

源氏物語 84 一依頼した誦経の開始を告げる 誦経の鐘の風につけて聞こえ来るを、つくづくと聞き臥したまふ。 阿闍梨の寺の鐘の音が聞える。 おと ニ鐘の音の消えてゆく響きに、 浮舟鐘の音の絶ゆるひびきに音をそへてわが世つきぬと君に伝へよ 四 泣く音を添えて死んでいく趣。 こよひ 持て来たるに書きつけて、使「今宵はえ帰るまじ」と言へば、ものの枝に結ひ「君、は母。「尽き」に「 ( 鐘を ) つき」 をひびかす。最期には母との血肉 つけておきつ。 の縁の絶ちがたさを思う辞世の歌。 三巻数を。願主のために、誦経 した経文の名や度数を書いた文書。 乳母、「あやしく、いばしりのするかな。夢も騒がしとのたまはせたりつ。宿 四今夜は京へは帰れまい ゐびと 五巻数を木の枝に結びつけた。 直人、よくさぶらへ」と言はするを、苦しと聞き臥したまへり。乳母「物きこ 母が巻数だけと思わず歌にも気づ しめさぬ、いとあやし。御湯漬」などよろづに言ふを、さかしがるめれど、 くように消息の体裁をとった。 六虫の知らせと胸騒ぎがする。 と醜く老いなりて、我なくま、、。 。しつくにかあらむと思ひやりたまふもいとあはセ母の悪夢。↓前ハー ^ よけいなおせつかいのようだ れなり。世の中にえありはつまじきさまを、ほのめかして言はむなど思すに、 が。以下、浮舟の心中。自分の死 後の乳母の窮状を察して同情。 まづおどろかされて先立っ涙をつつみたまひて、ものも言はれず。右近、ほど九乳母には一言、死を選ぶほか ない理由を言いたくも思う。 たましひ 近く臥すとて、右近「かくのみものを思ほせば、もの思ふ人の魂はあくがるな一 0 言葉より先に涙があふれる意。 一一物思いの浮舟の魂が浮遊して るものなれば、夢も騒がしきならむかし。いづ方と思しさだまりて、いかにも母の夢に現れたとする。↓葵一 一〇ハー注一。 いかにもおはしまさなむ」とうち嘆く。萎えたる衣を顔に押し当てて、臥した三薫か匂宮のどちらか一方。 一三普段着の糊けのとれた衣を。 まへりとなむ。 一四伝聞形式で語り結ぶ。 ずきゃうかね ゅづけ きぬ との のり

2. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

一匂宮の手紙。 つけては、し 、とあはれにはべる。さばかりめでたき御紙づかひ、かたじけなき しいえ、人目にふれては面倒。 な一け 御言の葉を尽くさせたまへるを、かくのみ破らせたまふ、情なきこと」と言ふ。以下、匂宮の手紙を処分する理由。 語 三ひそかに死を決意しての言葉。 物浮舟「何か、むつかしく。長かるまじき身にこそあめれ。落ちとどまりて、人 0 匂宮にと 0 ても。 五自分が宮の手紙を保存してい 五 源 たと、宮に知られては恥ずかしい の御ためもいとほしからむ。さかしらにこれを取りおきけるよなど漏り聞きた 六一人死につこうとする孤独感。 まはんこそ恥づかしけれ」などのたまふ。心細きことを思ひもてゆくには、ま思いつめると、死の決意もにぶる。 七逆縁 ( 子が親より先に死ぬ ) で、 ふき、よら・ たえ思ひたつまじきわざなりけり。親をおきて亡くなる人は、、 しと罪深かなる親の追善供養のできない不孝の罪。 ^ 貴族社会の常識もなく育った ( 七五ハー六 ~ 七行 ) ものの、やはり。 ものをなど、さすがに、ほの聞きたることをも思ふ。 九三月二十余日。 いへあるじ 二十日あまりにもなりぬ。かの家主、二十八日に下るべし。一 0 匂宮は遠国の受領として下る 〔三 0 〕上京の日迫る浮 はずの人の家に、下向後、浮舟を し - もびと 舟、匂宮の文に答えず 引き取ろうと予定。↓五七ハー一行。 宮は、「その夜かならず迎へむ。下人などによくけしき = 浮舟を。以下、匂宮の手紙。 三様子を気どられぬよう。 見ゅまじき心づかひしたまへ。こなたざまよりは、ゆめにも聞こえあるまじ。 一三私 ( 匂宮 ) のほうからは。 一四無理をしておいでになったと 疑ひたまふな」などのたまふ。さて、あるまじきさまにておはしたらむに、し しても。以下、浮舟は、匂宮来訪 ひと ま一たびものをもえ聞こえず、おばっかなくて帰したてまつらむことよ、また、の場合を想像して不都合さを思う。 一五お目にかかれぬまま。 一六ま 時の間にても、 いかでかここには寄せたてまつらむとする、かひなく恨みて帰一六ほんのわずかの時間でも、こ こにお呼び申すことができない 例の、面影離れず、たへず悲しくて、この宅来訪のもなく。 りたまはんさまなどを思ひやるに、」 は九 か や 一七 くだ

3. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

源氏物語 80 そこな かかる道に損はれて、はかばかしくはえあるまじき身なめり」と思しつづくる一恋路につますいて、将来しつ かりとは生きてゆけそうにない身。 に、泣きたまふこと限りなし。心弱き人は、まして、いといみじく悲しと見たニ気弱な女、侍従をさす。 三たとえ、恐ろしい怨敵を鬼神 あた てまつる。いみじき仇を鬼につくりたりとも、おろかに見棄つまじき人の御あの姿に作ったとしても。以下、侍 従の目に映る匂宮の姿。 ひとこと四 四浮舟に対して。 りさまなり。ためらひたまひて、匂宮「ただ一言もえ聞こえさすまじきか。い 五女房らが浮舟に かなれば、今さらにかかるぞ。なほ人々の言ひなしたるやうあるべし」とのた六浮舟が京に迎えられる予定の 日を。前に時方に話した内容 ( 七 六 まふ。ありさまくはしく聞こえて、侍従「やがて、さ思しめさむ日を、かねて八ハー末 ) を、宮に直接言う。 セ事前に漏れぬよう。 は散るまじきさまにたばからせたまへ。かくかたじけなきことどもを見たてま ^ 宮の危険を冒すもったいなさ。 九逢えぬからとて、相手ばかり つりはべれば、身を棄てても思うたまへたばかりはべらむーと聞こゅ。我も人を一方的に恨むわけにもいかない 一 0 ↓七九ハー六行。 ひとかた = 匂宮の供人らが。 目をいみじく思せば、一方に恨みたまはむやうもなし。 三弓弦を鳴らすのは夜回りの作 ふ 夜はいたく更けゆくに、このもの咎めする犬の声絶えず、人々追ひ避けなど法。↓タ顔田一三四ハー注九。 一三火の用心。夜回りの者の声。 一三あやふ 一四上句は侍従の「身を棄てても するに、弓ひき鳴らし、あやしき男どもの声どもして、「火危し」など言ふも、 ・ : 」に照応。「白雲」「知ら ( ず ) 」、 「無く」「泣く」の掛詞。身を捨て いと心あわたたしければ、帰りたまふほど言へばさらなり。 る場所も分らず泣く泣く帰るほか しら・く - も 、とする。「いづくとも所定 匂宮「いづくにか身をば棄てむと白雲のかからぬ山もなくなくぞ行く めぬ白雲のかからぬ山はあらじと さらばはや」とて、この人を帰したまふ。御気色なまめかしくあはれに、夜深ぞ思ふ」 ( 拾遺・雑恋読人しらす ) 。 をのこ とが けしき

4. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

えさせけるにや、にはかに消え失せにけるを、身投げたるなめりとてこそ、乳ていたが、意外にも漏洩。 一五貴族社会の常識として女の入 母などやうの人どもは、泣きまどひはべりけれ」と聞こゅ。宮も、 いとあさま水など考えられない。事実なら世 上の噂にのばるのに格好の話題。 、 : ) ろう 一六浮舟の死を、世の無常の一環 しと思して、中宮「誰かさることは一言ふとよ。いといとほしく心憂きことかな。 ぐらいにしか言わなかったとする。 さばかりめづらかならむことは、おのづから聞こえありぬべきを。大将もさや宅八の宮一族は、大君も浮舟も 短命だったとして、悲しんだ意。 うには言はで、世の中のはかなくいみじきこと、かく宇治の宮の族の命短かり一 ^ 中宮の「誰か : こに照応。 一九宇治の邸に。浮舟上京に先だ って新たに集められた下童か。 けることをこそ、いみじう悲しと思ひてのたまひしか」とのたまふ。大納言の君 ニ 0 小宰相の実家に来たとする。 「いさや、下衆はたしかならぬことをも言ひはべるものをと思ひはべれど、かニ一入水という異常な死に方。 一三気味の悪い話。「おぞし」の原 しもわらは しこにはべりける下童の、ただこのごろ、宰相が里に出でまうできて、たしか義は、強情。恐ろしく無気味の意。 ニ三二度と人には話さぬように、 なるやうにこそ言ひはべりけれ。かくあやしうて失せたまへること、人に聞か下童に注意させなさい、の意。 一西色恋沙汰で匂宮も身をあやま ひんしゆく り世人の顰蹙をかうことになろう。 せじ、おどろおどろしくおぞきゃうなりとて、いみじく隠しけることどもとや。 0 薫と匂宮の板挟みになった浮舟 蛉さてくはしくは聞かせたてまつらぬにゃありけん」と聞こゆれば、中宮「さらは生き恥をさらすまいと死を選ん だ ( 浮舟〔一一九〕 ) 。しかし都では、色 恋沙汰の奇怪な事件として噂され にかかること、また、まねぶなと言はせよ。かかる筋に、御身をももてそこ 蜻 ようとする。処女塚伝説 ( 浮舟七 かる おば なひ、人に軽く心づきなきものに思はれたまふべきなめり」といみじう思いた五ハー注一五 ) の美化される死とはほ ど遠く、人間世界の現実がきびし く凝視されながら語られている。 ニ四 ぞう めの

5. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

ものけ 様で、物の怪めいてわずらっておりますので、ちょっと この私の命もこれで尽きたのだと、母君に伝えておくれ ) かみ 3 でもそばを離れることはならぬと、守からきつく言いわ巻数を寺から持って帰ってきた、それにこの歌を書きつけ みずきよう たされておりますので、そちらの近くのお寺でも御誦経ておいたが、その使者が、「今夜はとても京へは帰れませ 語 物をおさせなさい ん」と言うので、何かの木の枝に結びつけておいた。 めのと 氏 と書いて、そのためのお布施の品や僧に遣わす手紙などを 乳母は、「どうしたことか変に胸騒ぎがします。母君の 源 とのい 書き添えて持ってきた。女君は、自分が今生の終りと覚悟お手紙にも夢見が悪いとおっしやっていました。宿直の人 している命であることも知らずに、母君がこうして縷々と は十分にお勤めしなさい」と女房に言わせているのを、女 書いてよこされるのも、ほんとに悲しいと思う。 君はこらえがたい思いで聞きながら横になっていらっしゃ 寺へ使いの者をやっている間に、母君への返事を書く。 る。乳母が、「何も召しあがらないのは、ほんとにいけま ゅづけ 一一 = ロい残しこ、 オしことはたくさんあるけれども、はばかられるせん。お湯漬なりと」などといろいろに世話をやいている ので、ただ、 のを、女君は、「自分ではしつかりしているつもりのよう のちにまたあひ見むことを思はなむこの世の夢に心ま だけれど、ほんとにこうも醜い年寄になってしまって、自 どはで 分がいなくなったらどこでどう暮してゆくのだろうか」と ( 後の世でまたお会いできると思ってくださいまし。この世お思いやりになるにつけても、ほんとにしみじみとかわい の夢のようにはかない縁にお心を迷わされずに ) そうなというお気持である。この世にとうとう生きていら 読経の鐘の音が風にのって聞えてくるのを、女君は、じっ れなくなった子細をそれとなく話しておこうなどとお思い と聞き入りながら、横になっていらっしやる。 になるにつけて、まず胸がつまって言葉より先に涙があふ おと 鐘の音の絶ゆるひびきに音をそへてわが世つきぬと君れてくるのを、人目に隠そうとなさるところから、もう何 に伝へよ も言われない。右近が、おそば近くに寝ることにして、 ( 鐘の音の消えてゆこうとする響きに私の泣く音を添えて、 「そんなふうにして、ただ悩んでばかりいらっしゃいます るる

6. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

源氏物語 92 たが 違ふことまじらば、参りたらむ御使の罪になるべし。また、さりともと頼ませ一私の復命と矛盾があっては。 ニさすが右近や侍従は嘘をつく たいめん まいと宮は信頼し。一説に、浮舟 たまひて、君たちに対面せよと仰せられつる御心ばへもかたじけなしとは思さ は死んではいまいと。前者に従う。 をむな ひとみかど ためし 三右近や侍従。彼女らへの匂宮 れずや。女の道にまどひたまふことは、他の朝廷にも古き例どもありけれど、 の信頼を強調するのも、時方の、 まだ、かかることはこの世にあらじとなん見たてまつると言ふに、げにいと真相を聞き出すための策略の一つ。 四李夫人に対する漢の武帝や、 あはれなる御使にこそあれ、隠すとすとも、かくて例ならぬことのさま、おの楊貴妃に対する玄宗皇帝などの例。 五匂宮の浮舟恋慕の切実さ。こ づから聞こえなむと思ひて、侍従「などか、いささかにても、人や隠いたてまれも、真相を聞く策略の一つ。 六以下、時方の策略に乗せる趣。 - つわ一 かくしもあるかぎりまどひはセ珍しい事件で噂になりやすい つりたまふらんと思ひ寄るべきことあらむには、 ^ 「人」は暗に薫をさす。 九 べらむ。日ごろ、いといみじくものを思し入るめりしかば、かの殿の、わづら九浮舟の物思い。九〇ハー末。 一 0 薫が、厄介なことに、暗に当 はしげに、ほのめかし聞こえたまふことなどもありき。御母にものしたまふ人てこすった。薫の「波こゆる : この 歌などをさす。↓浮舟六八ハー。 めのと も、かくののしる乳母なども、はじめより知りそめたりし方に渡りたまはんと = 母も乳母も浮舟と匂宮の関係 を知らなかった。 なん急ぎ立ちて、この御事をば、人知れぬさまにのみ、かたじけなくあはれと三最初に縁のあった薫のほうに、 浮舟が迎えられて移るだろうと。 思ひきこえさせたまへりしに、御、い乱れけるなるべし。あさまし , つ、心と身を一三浮舟は、匂宮とのことを。 一四自分から進んでわが身を失く な 亡くなしたまへるやうなれば、かく心のまどひにひがひがしく言ひつづけらるした様子。暗に自殺をほのめかす。 三乳母は。以下、聞かれては不 るなめり」と、さすがにまほならずほのめかす。心得がたく思ひて、時方「さ都合な内容を口走る乳母を弁護。 つかひ 六 うそ

7. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

89 蜻蛉 心なりとのみ深く疑ひたれば、はかへ行き隠れんとにゃあらむ」と思し騒ぎて、一四浮舟が自分に恋慕しているは すとする宮の自信。↓浮舟七七ハ つかひ 一七ふみ 御使あり。あるかぎり泣きまどふほどに来て、御文もえ奉らず。使「いかなる一五自分 ( 宮 ) が多情だと一方的に 一六「からをだに」の歌の「いづこ」 げすをむな うへ こよひ 一九 に照応。よそに身を隠したかとす そ」と下衆女に問へば、女「上の、今宵、にはかに亡せたまひにければ、ものも る。宮には入水など思いもよらぬ。 おばえたまはず。頼もしき人もおはしまさぬをりなれば、さぶらひたまふ人々宅取り次ぐ女房も見当らない。 天この邸の女主人。浮舟をさす。 をの、 ) は、ただ物に当たりてなむまどひたまふ」と言ふ。心も深く知らぬ男にて、く一九女房たちは。 ニ 0 母君をさすか。 はしくも問はで参りぬ。 ニ一騒ぎあわてるさま。 一三使者は、浮舟と匂宮や薫の関 かくなんと申させたるに、夢とおばえて、「いとあやし 。、たくわづらふと係などについて深く知らない。 ニ三匂宮への復命を取次に。 きのふ も聞かず、日ごろなやましとのみありしかど、昨日の返り事はさりげもなくて、 = 四以下、匂宮の心中。 ニセ 一宝浮舟からの返事も絶え絶えで ときかた 常よりもをかしげなりしものを」と、思しやる方なければ、匂宮「時方、行きあった。↓浮舟六二ハー ニ六文面からは死が想像もできな 。「からをだに : ・」の歌を、常よ て気色見、たしかなること問ひ聞け」とのたまへば、時方「かの大将殿、いか りも情趣深いと見ただけである。 とのゐ なることか、聞きたまふことはべりけん、宿直する者おろかなりなど戒め仰せ毛匂宮の乳母子として近侍。 ニ九 夭薫。その監視が厳しく近づき しもびと こと らるるとて、下人のまかり出づるをも見咎め問ひはべるなれば、言っくること がたいとする。↓浮舟〔 = 0 「三一〕。 ニ九山荘の下人たち。 三 0 なくて時方まかりたらんを、ものの聞こえはべらば、思しあはすることなどや三 0 薫が。宮方では、薫が宮と浮 舟の関係に気づいたとは知らない。 ろ はべらむ。さて、にはかに人の亡せたまへらん所は、論なう騒がしう人しげく三一人目につきやすい、の気持。 ニ五 ニ 0 ニ四 みとが ニ六 かた

8. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

きん そうず も分らないのであろう。「さあ、その琴の琴をお弾きなさ ようか、うちの僧都が、このわたしのは聞きにくいから、 こ ) ) と れ。横笛は月の夜にはほんとにおもしろいものですよ。ど念仏よりほかのむだなことはせぬようと、叱言を言われた うしたの、あなたがた、琴を取ってきておあげ」と一一一一口う声ものですから、なんのそれならと思って弾かずにおります。 物から、中将は母尼君らしいと察しがつくけれども、どうし でも、じつによい音色をたてる琴もございますよ」と話し おももち 氏 てこのような老婆が生き残っていてこんな所にこもり暮し続けて、まったく自分で弾いてみたそうな面持なので、中 源 ているのだろう、老少不定の世の中が、これにつけても胸将はそっと含み笑いをしながら、「まったく僧都は、合点 ばんしきちょう にしみるのである。中将は盤渉調をまことにおもしろく吹のゆかぬことをおっしやっておとめ申されたものですな。 ばさっ いて、「さあどうです。では琴を」とおっしやる。娘の尼極楽とかいう所では、菩薩などもみなこうした音楽を奏で 君は、この人もそれ相当の趣味人であるから、「昔お聞き て、天人なども舞い遊ぶ、それが尊いことだといいます っとめ した笛の音よりも、格段におもしろく感ぜられますのは、 お勤行がそのためにおろそかになったり、罪つくりになっ 山風ばかりをいつも聞いております耳のせいでしようか」 たりすることでしようか。今夜ぜひお聞きしとうございま と言って、「さあ、どんなものですか、すっかり調子はすす」とおだてるものだから、大尼君はすっかりうれしくな とのもり れになっておりましよう」と言いながら弾いている。琴は って、「さあさあ、主殿さんよ、あずま琴を取っておくれ」 せき 当節では世間でめったにたしなまなくなりつつある楽器な と言う間にも、絶えす咳こんでいる。まわりの人たちは見 ので、かえって珍しくしみじみと聞える。松風の声もまこ苦しいと思っているけれども、大尼君は僧都のことまで恨 とによくその音色を引きたてている。中将が吹き合せる笛みがましく不平を訴えるくらいだから、これを気の毒に思 ふぜい の音に月も心を合せて澄みわたる風情であるから、大尼君って好きなようにさせている。あずま琴を持ってこさせて、 はいよいよ感にたえて、今夜は宵寝もせずに起きている。 ただいま中将が吹き奏でている笛の音に合せるでもなく、 「この年寄は、若いころにはあすま琴を造作なく弾いたも ただ自分勝手にあすま琴の曲を爪音もさわやかに弾き奏で のでしたが、当世では弾き方も昔と変ってしまったのでし る。ほかの楽器はみな鳴りをひそめてしまったのを、誰も 1 一口 きん きん

9. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

けんさまなど、くはしう問はせたまふに、日ごろ思し嘆きしさま、その夜泣き宅浮舟の苦悩しつづけた様子 一〈入水を決意したらしい当夜。 たまひしさま、侍従「あやしきまで一言少なに、おばおばとのみものしたまひて、 一九以下、浮舟の性格。「言少な」、 「おばおば」 ( ばんやりした感じ ) 、 かた いみじと思すことをも、人にうち出でたまふことは難く、ものづつみをのみし「ものづつみ」 ( 遠慮がち ) で、タ顔 にも類似する性癖。 たまひしけにや、のたまひおくこともはべらず。夢にも、かく、い強きさまに田 5 ニ 0 その性格から、浮舟の入水は、 予想さえできぬ行為だとする。 しかくらむとは、思ひたまへずなむはべりし」など、くはしう聞こゆれば、ま = 一入水と知らされた匂宮は。 一三避けられぬ前世の因縁によっ して、いといみじ , つ、さるべきにて、ともかくもあらましよりも、 、い、カは、か」り , て病死することなどよりも。 ニ三入水の現場を見つけて、止め おば ものを思ひたちて、さる水に溺れけんと思しやるに、これを見つけてせきとめることができていたら。臨場感の ある想像である。「せ ( 堰 ) き」「わ き返る」が、「水」の縁語。 たらましかばと、わき返る心地したまへどかひなし。侍従「御文を焼き失ひた ふみほご 一西浮舟が死を決意して文反故な よひとよ まひしなどに、などて目を立てはべらざりけん」など、夜一夜語らひたまふに、 どを処分していた。↓浮舟七五ハー 一宝母君への返事として巻数に書 ニ五くわんず 聞こえ明かす。かの巻数に書きつけたまへりし、母君の返り事などを聞こゅ。 きつけた、「のちにまた」「鐘の音 ニ六 の」の歌。↓浮舟八三・八四ハー。 むつ 蛉何ばかりのものとも御覧ぜざりし人も、睦ましくあはれに思さるれば、匂宮 ニ六一介の女房にすぎない侍従を、 匂宮は浮舟追慕のよすがと思う。 ニ ^ 「わがもとにあれかし。あなたももて離るべくやは」とのたまへば、侍従「さて毛わが邸に仕えよ、の意。 夭あちら ( 中の君 ) も縁がなくは ニ九 さぶらはんにつけても、もののみ悲しからんを思ひたまへれば、、 しま、この御 ない。中の君は浮舟の異母姉。 ニ九この「はて」は一周忌をさすか。 三 0 はてなど過ぐして」と聞こゅ。匂宮「またも参れ」など、この人をさへ飽かず = 0 侍従にまで執着する。 ニ七 一九 ニ 0 ニ四

10. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

あり 尋ね歩かんもかたくなしなどや人言ひなさん。また、かの宮も、聞きつけたま一愚かしく見苦しいの意。世評 を気づかう。 さまた へらんには、 ニ匂宮が知ったら、と想像する。 かならず思し出でて、思ひ入りにけん道も妨げたまひてんかし。 三浮舟がせつかく決意して入っ 語 た仏道をもじゃまするに違いない 物さて、さなのたまひそなど聞こえおきたまひければや、我には、さることなん 氏 四匂宮はそのつもりで、中宮に、 源聞きしと、さるめづらしきことを聞こしめしながら、のたまはせぬにゃありけ薫にはお 0 しやるななどと申しお かれたので。このあたり、中宮が 薫に浮舟の噂を詳しく言わなかっ ん。宮もかかづらひたまふにては、いみじうあはれと思ひながらも、さらに、 た理由を推測しようとする。 やがて亡せにしものと、思ひなしてをやみなん。うっし人になりて、末の世に五浮舟の一件を聞いたと。「の たまはせぬにや : ・」に続く。 六中宮のみならす、匂宮も。 は、黄なる泉のほとりばかりを、おのづから語らひ寄る風の紛れもありなん。 セ自分は、浮舟をせつなくいと しいと思いながらも、以下、浮舟 わがものにとり返し見んの心はまたっかはじなど思ひ乱れて、なほのたまは を死んだものと諦めようとする。 一一けしき ずやあらんと思へど、御気色のゆかしければ、大宮に、さるべきついでつくり〈浮舟がこの世の人として立ち 戻ったとあれば、遠い将来には、 来世のことぐらいを。「黄泉」 ( 冥 出でてそ啓したまふ。 途の意 ) の和風訓みによる。 いっかは再会して語り合う機 薫「あさましうて失ひはべりぬと思ひたまへし人、世に落ちあぶれてあるや九 会もあろう、の意。「風の紛れ」は、 うに、人のまねびはべりしかな。いかでかさることははべらんと思ひたまふれ風の戯れのような、ふとした機会。 浮舟を断念しようとしながらも、 ど、心とおどろおどろしうもて離るることははべらすやと思ひわたりはべる人彼女への愛憐が底流する気持 一 0 中宮が私には、やはり。 のありさまにはべれば、人の語りはべりしゃうにては、さるやうもやはべらむ = 薫は中宮の真意が知りたいの あキ一ら・