能因本 - みる会図書館


検索対象: 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡
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1. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

11 凡例 凡例 一、本書の底本には学習院大学蔵三条西家旧蔵の室町時代の書写本を用いた。「能因が本」を写したとする 奥書があるのに拠って通称「能因本」といわれる。近世から昭和十年代まで広く行われた北村季吟 ( 一六 = 四 ~ 一七 0 五 ) の著『枕草子春曙抄』の本文の源をなす本である。『春曙抄』の本文が、能因本の本文に、三巻 本などを参考にして、みだりに変改の手を加えた不純本であるのにくらべて、この本は純粋度が高い本文 を保持しているが、それまでの伝写の間に、やや粗雑な書写を経過したことがあったらしくて、魯魚章草 の誤りや脱字なども少なくはないようである。従って、それらの事情によって生ずる意味不通の箇所など については、ほば確実と考えられる範囲内で、他の若干の伝本に拠り、またきわめて稀には意によって推 測して、最小限度の校訂を試みた。 一、学習院大学蔵三条西家旧蔵本 ( 以下「底本」と称する ) の校訂に用いた伝本は次のとおりであり、すべて 田中重太郎氏編著『校本枕冊子』 ( 古典文庫刊 ) 掲載のものに拠った。 能因本系統 イ吉田幸一氏蔵富岡家旧蔵本 ロ高野辰之氏 ( 斑山文庫 ) 旧蔵本〔上巻欠〕 十行古活字本

2. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

209 奥書 宜上仮に加えた。この奥書は能因 本のみにある。内容は必すしも事 奥書 実とは考えられないが、成立時よ りかなりのちのものとしても当時 ( 中世か ) の流布状態、評価、作者 枕草子は、人ごとに持たれども、まことによき本は世にありがたき物なり。 像を伝える資料として貴重である。 これもさまではなけれど、能因が本と聞けば、むげにはあらじと思ひて、書き一六能因所持の本、の意。これに よってこの系統の本文を持っ本を 一うし 写してさぶらふそ。草子がらも手がらもわろけれど、これはいたく人などに貸「能因本」とする。↓田「解説」。能 因は永延二年 ( 九八 0 に生れたとい さでおかれさぶらふべし。なべておほかる中に、なのめなれど、なほこの本もわれ、出家後は頼通の保護を受け ながら歌人の道を歩んだ。『後拾 いつばん 遺集』などの勅撰集に六十余首の いと心よくもおばえさぶらはず。さきの一条院の一品の宮の本とて見しこそ、 歌が採られている。 いつばん 宅一品の宮の本は現存しない めでたかりしか、と本に見えたり。 天「本」に書いてあるのは、「枕 これ書きたる清少納言は、あまり優にて、並み並みなる人の、まことしくう草子は」から「めでたかりしか」ま でか えんニ 0 一九作者名を明記する。 ちたのみしつべきなどをば語らはず「艶になまめきたる事をのみ思ひて過ぎに ニ 0 風雅・情趣の方面をさす中世 のち 一ぶら ニニおとろ けり。宮にも、御世衰へにける後には、常にも候はず。さるほどに失せたまひ的表現とみる。 ニ一中宮定子のもと。 にければ、それを憂き事に思ひて、またこと方ざまに身を思ひ立つ事もなくて一三道長方の勢力に圧倒されてい たころをさすか 過ぐしけるに、さるべくしたしくたのむべき人も、やうやう失せ果てて、子なニ三親兄弟、夫など。 一西実際には「子」があったと考え どもすべて持たざりけるままに、せんかたもなくて、年老いにければ、さま変られている。↓田「解説」。 一一三 一九 な かた な ニ四

3. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

211 ( 付 ) 第 1 ~ 2 段 三巻本系統諸本逸文 〔凡例〕 一、能因本には見えない、三巻本系統の章段を付載したが、原文・ おおむ 脚注・現代語訳などは概ね能因本についてと同様の方針に従った。 一、本文は『校本枕冊子』付巻の「三巻本系統諸本逸文」に拠っ た。これは「校本本文篇に対校できなかった三巻本系統 ( 第一 類・第二類 ) 本文を各類本の原文の順序にー田中氏が掲げられた もので、全体は四〇段に分段されている。本書の章段の分け方は 「校本」のままとした。本文の内容は次のとおりである。 、陽明文庫本 ( 一類 ) を底本とする段ーーー一一・ 2 、弥富本 ( 二類 ) を底本とする段ーー一・四・一一・三五・三 六・四〇 ( このうち四・一一・四〇は二類本のみにある ) しき 一三巻本前段に「渡りは」の段が あり、そこに相当する前田本、堺 本には「たまっくり ( 地名 ) のわた り」という名がみえる。本文に混 たちはたまっくり。 乱があり明解は得にくいが「たち」 たち たち は仮に「館」とみる。一説「太刀」。 ニ玉で飾った美しい邸宅。「太 二職におはしますころ 刀」なら玉をちりばめた飾り太刀。 三この段三巻本のみ。長徳三年 四 ( 究七 ) あるいは四年のことか うこんないしびは 職におはしますころ、八月十余日の月あかき夜、右近の内侍に琵琶ひかせて、四主上付きの女房。↓田七段。 一たちは 3 、陽明文庫本を底本とし弥富本を対校してある段 以外の章段 一、本文の意味不通の箇所などは最小限の校訂を試みたが、能因本 のごとき「校訂付記」は省略し、脚注にその旨記すにとどめた。 一、「見出し語」についても原則として「校本」に拠った。ただし 四・一一・一九・四〇の各段については、「校本」において「一 本云々」の本文が記載され、その後に項目本文があげてあるが、 本書では「一本云々」は〔〕で囲んだ。この場合、項目本文の 冒頭のみを本文部分の「見出し語」とした。さらに四・四〇段に ついては、複数とおばしき項目を含むので、目次にはその項目す べてを列挙した。

4. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

13 凡例 能因本にあって前田家本にはない段は次の諸段である。 第六・七・一〇・五七・五八・八〇・八四・八六 ~ 八八・九〇・九一・九七・九九・一〇七・一一 ・一二五 ( ただし三〇六段の末に当る部分に類似の文がある ) ・一三一 ( この段の「八幡の行幸の、 かへらせたまふに」以下を欠く ) ・ 一三四 ~ 一四〇・一四六・一六五・一六六 ・二一五 ~ 二一八・二四八・二四九・二五三・二七〇・二七九・二八二・二八九・二九〇・二九 ~ 三二三段。 五・三〇八・三一四 ~ 三一六 つき、い採らない 堺本系統本は不純本文と認められるので、原則としては、い 一、本書の本文は底本の能因本を、最大限度あるがままの姿で活字化することを心がけたが、読解の便宜の ために、次に掲げるような操作を加えた。 章段を分け、章段には、底本原本には本来ない「見出し語」を付けた。その章段の分け方、見出し語 、つさい、『校本枕冊子』に拠った ( ただし、第二六一・二七六段だけは改めた。その段を参照 の付け方は、し されたい ) 。 章段の中では、適宜段落を分けて改行した。 3 句読を切り、濁点を加え、会話や消息 ( 手紙の文 ) の部分を「」でくくった。また、心内語や引歌 についてもそのままでは紛れやすく読みにくいと思われるような場合は、「でくくった。 4 本文表記については、次のように変改を加えたところがある。 イ仮名づかいを歴史的仮名づかいに統一した ( ただし意に疑いのある本文については、なるべくもとのまま にした ) 。

5. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

ひさしはしら 端ちかくおはします。これかれ物言ひ、笑ひなどするに、廂の柱によりかかり一私 ( 作者 ) は。 ニ「月影は同じ光の秋の夜をわ おと きて見ゆるは心なりけり」 ( 後撰・ て物も言はでさぶらへば、「など、かう音もせぬ。物言へ。さうざうしきに」 秋中 ) 、あるいは琵琶行の「曲終ッ 子 テ撥ヲ収メ、心ニ当テテ画ク、四 と仰せらるれば、「ただ秋の月の心を見はべるなり」と申せば、「さも言ひつべ 草 絃一声帛ヲ裂クガ如シ。東船西舫 悄トシテ言無シ。唯見ル江心秋月 枕し」と仰せらる。 ノ白キヲ」による。言葉もなく月 と一体化しているさま。 三底本「おほせる」。他本により 訂す。 四三巻本にはこの段と、能因本 本書一三段に相当する段との二か 原はあしたの原。粟津の原。篠原。園原。 所に「原は」がある。↓田一三段。 五奈良県にある、歌枕。以下同。 六滋賀県にある。 四法師は セ未詳。 ^ 長野県にある。 九この段は三巻本のうち二類本 〔一本牛飼はおほきにてといふ次に〕 のみに付載されている。 こと 法師は言すくななる。男だにあまりつきづきしきはにくし。されどそれは一 0 原文本文にこのとおり記載さ れている。「牛飼はおほきにて」は 能因本では三五段。「法師は」「女 さてもやあらむ。 は」「女の遊びは」はそれぞれ別個 した のものであろう。 女はおほどかなる。下の心はともかくもあれ、うはべはこめかしきはまづ 一一法師ではない在俗の男性。 一ニ不審。仮に調和しすぎる意に らうたげにこそ見ゆれ。いみじきそらごとを人に言ひつけられなどしたれど、 おほ 四 六 あはづ しの その

6. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

一、本書には、第一一八段 ~ 第三二三段、奥書を収め、また、能因本にはない三巻本系統の章段を付載した。 一、本書は、「日本古典文学全集」の『枕草子』をもととして新しく修正、添削の筆を加えて成ったもので 子あるが、曰は松尾が原稿を作成し永井が閲読加筆し、は永井が原稿を作成し松尾が閲読加筆した。 草 一、ロ絵に関して、徳川黎明会、浅野長愛氏、静嘉堂文庫はかの協力を得た。記して謝意を表する。

7. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

ぢはし たたみかうらいばし 一白地に雲形菊形などの紋様を 畳は高麗縁。また、黄なる地の縁。 ワ〕 黒糸で織りだした綾で縁どりをし た畳。 ニ黄色地の綾で縁どりをした畳。 子 三八檳榔毛は 三同主題でやや長文、小異のあ 草 四 る一段が能因本三二段にある。三 びらうげ 巻本もほば同文で、重複した段と 枕檳榔毛は、のどかにやりたる。 いうことになる。断片が付加され あじろ たものか。↓田三二段。 網代は、走らせ来る。 びろう 四蒲葵の葉で飾りおおった車。 貴人の正式乗用車で重々しい 六 あじろ 五網代で車体をふいた簡略な車。 三九荒れたる家の蓬ふかく、葎はひたる庭に 六この段までが一九段にみえる 「一本」の内容である。この段につ むぐら いへよもぎ いて二類本に「あはれなるものの 荒れたる家の蓬ふかく、葎はひたる庭に、月のくまなくあかくすみのばりて 下に」と注記があり、能因本「あは あら かぜおと あ れなるもの」 ( 一二三段 ) の末尾に 見ゆる。また、さやうの荒れたる板間よりもりくる月。荒うはあらぬ風の音。 九 ほば同様の内容が記されているこ さうぶこも お ながあめ とから、何らかの関連が考えられ 池ある所の五月長雨のころこそいとあはれなれ。菖蒲・菰など生ひこりて、 る。 く・も そら 水もみどりなるに、庭もひとっ色に見えわたりて、曇りたる空をつくづくとなセ葎が伸び放題に這っている。 すきま ^ 板屋根の隙間。 がめくらしたるは、いみじうこそあはれなれ。いつも、すべて、池ある所はあ九「生ひ凝る」で、密生して茂る はれにをかし。冬も、氷したるあしたなどはいふべきにもあらず。わざとっく一 0 池についていうとみる。一般 的な寒い朝とも解せる。 みくさ ろひたるよりも、うち捨てて水草がちに荒れ、青みたる絶え間絶え間より、月 = 隙間の水面。 み あ す い ^ た ま あ あを た

8. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

そ、人歌よむかし。 子 一〇清水などにまゐりて、坂もとのばるほど 草 きよみづ 枕清水などにまゐりて、坂もとのばるほどに、柴たく香のいみじうあはれなる こそをかしけれ。 四三巻本のうち二類本のみに付 載されている。 五原本本文にこの通り記載され ている。「心にくきもの」 ( 「もの」 は漢字「物」と表記 ) は能因本では 本書一八七段。 六宮中などで夜中加持読経をし 奉る僧。 〔一本 セ僧があらわでないように、の よゐ つばね ひをけ 夜居にまゐりたる僧を、あらはなるまじうとて局にすゑて、冬は火桶など取意とみる。 ^ 別に仕切って隔ててある部屋。 おも こゑ 九夜中起きていて読経をするの らせたるに、声もせねば、いぎたなく寝たるなめりと思ひて、これかれもの言 が当然なのに、の気持。 け - っ」く ふさ 一 0 数珠の総をたばねて網のよう ひ、人の上ほめそしりなどするに、数珠のすがりの、心にもあらず脇息などに にかがった部分。 な = 静かに読経を続けていたのだ あたりて鳴りたるこそ、いにくけれ。 ) い , っこレ ) が、わかって。 一二世ノ中になほいと心憂きものは うた うへ 一一夜居にまゐりたる僧を 、いにくきものの下〕 四 キ、か この段三巻本のみにある。 「清水」は清水寺。 ニ坂の本。清水寺でいえば清水 坂の下。 三炊事のために小枝をたく煙の 匂い 三「事にこそあるべけれ」の約と みるべき語法。

9. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

15 凡例 ヌ補助動詞として用いられた「給ふ」「侍り」「聞ゅ」「奉るーなどの語は、すべて仮名書きに統一し ル漢字一字の反復を示す「々」をのそいては、反復記号「ゝ」「 / 、」は用いず、もとの文字をくり 返して記した。 一、脚注については、次のように、いがけた。 イ誤られやすい語法、文法、構文などについては、できるだけ的確に説明しようとした。 ロ語釈については、「現代語訳」で諒解可能と思われるものについては、できるだけ省略したが、必 要と思われる語釈は、ほば遺憾なきことを期した。ただスペースの制約から、先賢諸氏の御説を掲げ る場合、芳名、論文名、書名などを省略させていただかざるを得なかったことが多いのを御寛容願い 本文理解の必要の範囲内で、他の系統本のうち三巻本 ( 校本で田中氏が底本原文の右側に掲げた本文 ) 本文の異同を掲げたことがあるが、その他の系統本の異同はスペースの関係で省いた。なお、「諸本」 と記した場合は、底本以外の能因本系の諸本をさす。 一、本文の後に加えてある現代語訳は、できるかぎり原文に即して訳し、本文と対照してわかりやすいよう に、ひたすら心がけた。 従って、やや生硬な感じをまぬがれないと思うが、原文理解については、これが もっとも正しい行き方だと考えている。 なお、本文不審の箇所については、他本の本文も従いがたいと判断されるような場合は、あえてみだり に現代語訳を施さず、本文表記をそのまま片仮名で示し、傍点をつけた。

10. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

枕草子 354 みやづか それをつらいことに思って、また別の方面に宮仕えして身 を立てようと思い立っこともなくて過したのに、しかるべ く親しく頼りにすることのできる人も、しだいに世を去っ 奥書 てしまって、子なども全く持っていなかったために、どう しようもなくて、年老いてしまったので、かたちを尼姿に 枕草子は、だれもが持っているけれども、ほんとうによ めのとご あわ い本は世に存在しにくい物である。これもそれほどよいと変えて、乳母子の縁故があって、阿波の国に行って、粗末 かやぶき な萱葺の家に住んだのだった。つづりという物を帽子にし いうのではないけれど、能因の本と聞くので、そう悪くは あるまいと思って、書き写してあるのですよ。草子の様子て、青菜という物を乾しに、外に出て帰るという時に、 のうしすがた 「昔の直衣姿こそ思い出されることだ」と言ったというの も、筆跡も劣っているけれど、これはあまり人などに貸さ こそ、やはり昔の気持が残っていたのだったかと、しみじ ないでおいていただきたい。一般に枕草子の伝本がたくさ みと心にしみる感じがする。だから、人の命の終りの、思 んある中で、まあ見られるものではあるけれども、やはり うようであることは、若い時に立派であることにも拠るも この本もたいへんすぐれているとも感じられません。先の いつばん のではないのだった、とこそ感じられる。 一条院の一品の宮の本、ということで見たのこそ、すばら もと しかった、と元の本に見えている。 どはず これを書いている清少納言は、度外れて優美な人であっ て、普通の人が、まじめに頼りにしてしまうべきことなど ゅうえん は語ってはいないで、優艶に情趣のあることをだけ思って 過ぎてしまったのだった。宮の御もとにも、御世が衰えて しまったのちには、いつも伺候していたわけではない。そ うしているうちに宮がお亡くなりになってしまったので、