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検索対象: 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩
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1. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

77 浮舟 御文を顔に押し当てて、しばしはつつめども、 いといみじく泣きたまふ。右近、天匂宮への断ちがたい執着。 「例の」と習慣化している点に注意。 ↓四二・五二・五五ハー 「あが君、かかる御気色つひに人見たてまつりつべし。ゃうやうあやしなど思 一九こんな様子に、ついには周囲 が気づこう。当座は、病気と偽る。 ふ人はべるべかめり。かうかかづらひ思ほさで、さるべきさまに聞こえさせた ニ 0 くよくよなさらず。 まひてよ。右近はべらば、おほけなきこともたばかり出だしはべらば、かばかニ一適当にご返事なさい。浮舟に、 匂宮に従うよう、暗に勧める。 り小さき御身ひとつは空より率てたてまつらせたまひなむ」と言ふ。とばかり一三あとは自分が引き受け、なん くめん とかうまくエ面しよう、の気持。 ・ ) ころう ニ五 ニ三姫君の小さいお体一つぐらい、 ためらひて、浮舟「かくのみ言ふこそいと心憂けれ。さもありぬべきことと思 宮が空からでもお連れになろう。 ひかけばこそあらめ、あるまじきこととみな思ひとるに、わりなく、かくのみニ四自分が宮に惹かれていると決 めてかかって言うのは情けない。 一宝宮に惹かれてもよいという気 頼みたるやうにのたまへま、 しいかなることをし出でたまはむとするにかなど思 になるのならともかく、とんでも ないこととよく分っているのに。 ふにつけて、身のいと心憂きなり」とて、返り事も聞こえたまはずなりぬ。 ニ六宮は、自分 ( 浮舟 ) が宮を頼っ ニ九 宮、かくのみなほうけひくけしきもなくて、返り事さへ絶ているように言われるので。 〔三一〕匂宮厳戒下の宇治 毛宮はどんな非常手段に出るか。 三 0 に赴くが浮舟に逢えず え絶えになるは、かの人のあるべきさまに言ひしたためて、夭わが身の悲運を繰り返し思う。 ニ九まだ浮舟が承知する様子もな く。以下、匂宮の心中。 すこし心やすかるべき方に思ひ定まりぬるなめり、ことわりと思すものから、 三 0 薫が適当に言い含めたので、 いと口惜しくねたく、さりとも我をばあはれと思ひたりしものを、あひ見ぬと幾分でも安心できそうなほうに、 浮舟の心が決ったのだろう。 だえに、人々の言ひ知らする方に寄るならむかしなどながめたまふに、行く方三一浮舟がこの私を。匂宮の自信。 ニ六 ふみ 一九 ニ四 けしき ニ七 かた

2. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

ものけ 様で、物の怪めいてわずらっておりますので、ちょっと この私の命もこれで尽きたのだと、母君に伝えておくれ ) かみ 3 でもそばを離れることはならぬと、守からきつく言いわ巻数を寺から持って帰ってきた、それにこの歌を書きつけ みずきよう たされておりますので、そちらの近くのお寺でも御誦経ておいたが、その使者が、「今夜はとても京へは帰れませ 語 物をおさせなさい ん」と言うので、何かの木の枝に結びつけておいた。 めのと 氏 と書いて、そのためのお布施の品や僧に遣わす手紙などを 乳母は、「どうしたことか変に胸騒ぎがします。母君の 源 とのい 書き添えて持ってきた。女君は、自分が今生の終りと覚悟お手紙にも夢見が悪いとおっしやっていました。宿直の人 している命であることも知らずに、母君がこうして縷々と は十分にお勤めしなさい」と女房に言わせているのを、女 書いてよこされるのも、ほんとに悲しいと思う。 君はこらえがたい思いで聞きながら横になっていらっしゃ 寺へ使いの者をやっている間に、母君への返事を書く。 る。乳母が、「何も召しあがらないのは、ほんとにいけま ゅづけ 一一 = ロい残しこ、 オしことはたくさんあるけれども、はばかられるせん。お湯漬なりと」などといろいろに世話をやいている ので、ただ、 のを、女君は、「自分ではしつかりしているつもりのよう のちにまたあひ見むことを思はなむこの世の夢に心ま だけれど、ほんとにこうも醜い年寄になってしまって、自 どはで 分がいなくなったらどこでどう暮してゆくのだろうか」と ( 後の世でまたお会いできると思ってくださいまし。この世お思いやりになるにつけても、ほんとにしみじみとかわい の夢のようにはかない縁にお心を迷わされずに ) そうなというお気持である。この世にとうとう生きていら 読経の鐘の音が風にのって聞えてくるのを、女君は、じっ れなくなった子細をそれとなく話しておこうなどとお思い と聞き入りながら、横になっていらっしやる。 になるにつけて、まず胸がつまって言葉より先に涙があふ おと 鐘の音の絶ゆるひびきに音をそへてわが世つきぬと君れてくるのを、人目に隠そうとなさるところから、もう何 に伝へよ も言われない。右近が、おそば近くに寝ることにして、 ( 鐘の音の消えてゆこうとする響きに私の泣く音を添えて、 「そんなふうにして、ただ悩んでばかりいらっしゃいます るる

3. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

て出ておしまいになった。右近は、このお邸の留守居役と ( 橘の小島の緑は変ることもありますまいけれど、水に浮く してあとに残り、侍従をお供におつけする。 小舟のような私の身はどこへ漂って行くのでしようか ) 女君は、朝晩ながめやってはいかにも頼りなさそうなも 語 折も折とて、この女君の様子に、宮はただすべてを感に堪 物のと思っていた小さい舟にお乗りになって、川をお渡りに 氏 なる間、はるか遠くの岸に向って漕ぎ離れていくかのよう えぬものとお思い取りになる。 源 に心細く感じられ、宮にひたと寄りすがって抱かれている 向こう岸に舟を着けてお降りになるのに、女君をはたの のも、宮はじつにいじらしいとお思いになる。明け方の月者に抱かせたりなさるのもまことにいたわしく思われるの が中空高く澄んで、水の面も曇りなく明るいので、「これで、ご自分でお抱きになって、供人に助けられ助けられし たちばな て家におはいりになるのを、この者たちは、まったく見苦 が橘の小島でございます」と申しあげて、船頭がしばらく さお しい、いったいどういう女をこうも大事になさるのだろう 棹をさして御舟を止めたのをごらんになると、大きな岩の ときわぎ いなばのかみ ふぜい と思いながら拝見している。ここは時方の叔父の因幡守で ような形をしていて、しゃれた風情の常磐木が影深く茂っ ている。「あれをごらんなさい。まったくこれといったこ ある者が自分の領じている荘園にささやかに造った家なの だった。まだほんとに粗造りであるうえに、そのしつらい ともない木影だけれど、千年をも保ちそうな緑の深さでは あじろびようぶ ないか」とおっしやって、 も、網代屏風などといった、これまでごらんになったこと としふ もないようなもので、風も十分に防ぎきれず、垣根のあた 年経ともかはらむものか橘の小島のさきに契る心は ( 長い年月がたっても変ることがあろうか。この橘の小島の りには雪がまだらに消え残っては、今も空はかき曇って雪 崎であなたに行く末をお約束するわたしの心は ) が降っている。 女も、めったにない道行のように思わずにはいられないの 〔一 0 匂宮、隠れ家で浮やがて朝日がさしてきて軒のつらら 舟と耽溺のニ日を過す がいっせいに輝いているので、宮の で、 橘の小島の色はかはらじをこのうき舟ぞゆくへ知られお顔だちもまた一段とお美しい感じである。宮ご自身も人 ( 原文四八ハー ) やしき ぬ ひと

4. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

る。その声を聞いて、これが自分の心寄せの小宰相だと分 い出して、誰かに見つけられやかましく言われてはと心配 っこ 0 になったので、あわててはいってくる。そこに立っている しんばう 女房たちは辛抱強くとうとう氷を割って、めいめい手に 直衣姿の人を目にしたものだから、誰であろうかと胸をど 持っている。頭にのせたり胸に当てたりなどしてみつとも きどきさせながら、自分の姿が人に見られることもかまわ すのこ ないまねをする者もいるようである。別の女房は氷を紙に ずに簀子をまっすぐにこちらへやってくるので、大将はと 包んで御前にもそのようにしてさしあげるけれど、姫君は ーい、か冖」・も っさに立ちのいて、誰とも顔を見られとうない、 ほんとに美しいお手をおさし出しになってお拭かせになっ好色めいた格好だから、と思って姿をお隠しになった。 みきちょう ておられる。「いえ、わたしは持っていとうはない。 しず この女房は、「大変なことをしてしまった。御几帳も、 くが垂れて困りますもの」とおっしやる、そのお声をほん奥のほうがまる見えになるように引き寄せておいたのだも きんだち のかすかに耳にするのも、どんなにうれしいことか。大将の。あれは右大臣殿の君達だろうか。ここに縁のない人が は、「まだじつに幼くていらっしやったころに、この自分またこんな所にまで来ているはずがない。 もしこのことが もまだなんの分別もなくてお見あげ申したとき、おみごと人に知れたら、誰があの襖を開けておいたのかときっとお しか ひとえ はかま な御子よと存じあげたものであったが、あれから後はどう叱りがあるにきまっている。あのお方のお姿は単衣も袴も すずし していらっしやったのか、まったくご様子さえ耳にするこ生絹のように見えたから、どなたも衣ずれの音をお聞きっ とがなかったものを、どのような神仏がこうした機会をお けにならなかったのだろう」と思って困りはてている。か 蛉 与えくださったのだろうか。また例によってこの自分の心 の大将は、「自分はようやく聖心になっていたものを、あ を揺さぶり、物思いをさせようとするのだろうか」と、う の一件から踏み誤って以来、あれこれと物思いに悩む身と れしさの一面では落ち着かぬ気持で見守りたたずんでいる なってしまっていることよ。あの当時もし出家していたら、 つばね げろう と、こちらの対の北面を局にしていた下﨟の女房が、この 今は深い山奥に住みついて、このように心を乱すようなこ さが 襖を自分が急ぎの用事で開けたまま退ってしまったのを思 ともなかっただろうに」などとお考え続けになるにつけて

5. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

357 手習 のだから、この僧都の法力にお負け申す結果となった。今 いまさら部屋に引き返すのもどちらっかずの気持なので、 となっては退散するとしよう」と大声でわめき立てる。 思い切ってこの世から失せてしまおうと決心したものを、 なんじ よりまし 「そういう汝は何者か」と尋ねると、憑坐がなんとも頼り愚かしくも誰かに見つけられたりするよりは、鬼でも何で ないせいか、 はっきりとは名のらない。 もよいからわたしを食い殺してしまっておくれと言い言い 〔 0 浮舟意識を回復し、当の本人は気分がさわやかになり、 じっと思いつめていたところ、ほんとにきれいな男が近寄 失踪前後のことを回想 いくらか正気がもどってきたので、 ってきて、さあいらっしゃい、わたしのところへ、と言っ あたりを見まわすと、誰一人として顔見知りの人はいなく て自分を抱いてくれるような気がしたのを、宮と申しあげ て、みな老法師の、背も曲って老い衰えた者たちばかり大 た人がそうなさるのだと思われた、そのあたりから正気を 勢いるので、まるで知らぬ他国にやってきたような心地が失くしてしまったものらしい。どこか分らない所に自分を してまことに非しい これまでのことを思い出そうとしてすわらせておいたまま、その男は消えてしまったと思われ も、どこに住んでいたのか、自分がどういう名であったの たが、とうとうこんなことになって、決心していたことも かさえもはっきりとは覚えていない。「ただ自分はこれ限果さずじまいになってしまったと思い思い、ひどく泣いて りの命と思って身投げをした者なのだ。それがいったいど いたことはおばえているが、そのあとのことは何ひとつい こへ来てしまっているのか」と一心に思いたどってみると、 くら思い出そうとしても思い出せない。尼君たちの話して 「自分はなんだかひどくつらい気持になっていて、皆が寝 いるのを聞くと、あれから多くの日数もたっているのだっ つまど てしまったあと、妻戸を開けて外に出たところ、風がはげ た。どんなにか情けない姿を見ず知らずの人の目にさらさ しく吹いてして月、 ー波の音も荒々しく聞えていたので、一人れながら介抱されていたことだろう」とそれが恥ずかしく、 きりでそら恐ろしくなったものだから、あとさきの見境も と , っと , っこ , っして自分は生き返ってしまったのかと思 , つに つかなくなり、簀子の端に足をおろしたまま、これからど つけても不本意で、ひどく悲しく思わないではいられず、 ちらのほうに行ったらよいのかも分らないし、かといって これまで重くわずらっていらっしやったころは人心地もな すのこ

6. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

源氏物語 282 この自分に対してじりじり思いつめていらっしやる宮にし るので、親に大事がられる身はなんとも窮屈なもの、とお うわさ ても、やはりじつに移り気なご性分のお方ともつばらの噂 嘆きになるのももったいないことである。あれこれと尽き なのだから、今しばらくの間はともかく、やがてはどうな せぬ思いのたけをお書きになって、 ることか。あるいはまた、このままお見捨てなく京にそっ ながめやるそなたの雲も見えぬまで空さへくるるころ とお囲いくださって、これから先もずっと通い人としてお のわびしさ しの ( あなたのことを恋い偲んで眺めやる宇治の方角の雲も見え世話くださるとしても、そうなれば今度は二条院の上がな ないくらいに、このわたしの心ばかりか空まで真っ暗になっ んとお思いになることか。万事この世は隠し通せるもので ているこのごろのなんとわびしいことよ ) はないのだからーーあのけしからぬお仕打ちのあったタ暮 の出来事、ただそれだけの縁によって、宮はこうして自分 筆にまかせて散らし書きをしていらっしやるのも、おみご ふぜい とであり 、、かにも風情がある。とくにそう分別のあるわをお捜し出しになったようだから、なおさらのこと、自分 がこの先どのような有様でいるにしろ、それを大将がお聞 けでもない若い女、いには、こうした宮のお気持に接しては きつけにならぬはずがあろうか」と、あれこれと考えてい 恋しさが一段とつのるにちがいないけれど、最初から契り くと、自分としてもこちらの落度から大将に疎んぜられ申 を交された大将の様子が、やはりそのお方のほうはなんと いってもほんとに思慮深くてお人柄がご立派であると思わすのはなんとしてもつらくてたまらぬことにちがいない、 と思案に乱れている折も折、その大将殿からお使者がやっ れたりするのも、男女の仲を知った初めてのお相手だから てきた。 であろうか。「このような情けないことを大将がお耳にな これとあれとお二方のお手紙を見比べるのも、まことに さって、この自分に愛想づかしをなさるようなことになっ いやな気持なので、やはり綿々と言葉を連ねてある宮のお たら、どうして生きておられようか。早く京に迎えられる 手紙を見ながら横になっていらっしやると、侍従と右近と ようにと気をもんでいる母君からも、とんでもないけしか が、顔を見合せて、「やはり宮にお気持が移ったのですね」 らぬ娘よと、さぞかし見放されることになろう。こうして

7. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

な女を相手にそうした色めいたことをなさるのだったらとれで、これといったこともなくご気分がおわるいのであろ 2 もかく、昔から分け隔てなく親しくしてきて、普通では考う。昔のことを思い出してみても、宇治にお越しになれな えられないような仲立ちまでしてあちらへお連れ申したこ かったときのお嘆きは、じっさいはた目にもいたわしいご 語 . りト - ら・けん 物の自分に対して、やましい了簡を起されてよいものか」と様子ではあった」とよくよく思い出してみると、宇治の女 おももち 氏 思うと、まったく不快なお気持である。「この自分が対の がひどく物思いに沈んでいる面持であったのも、その事情 源 御方の御事をどんなにか恋しく思い思いしながらも長い年の一端がお分りになりはじめると、いちいち何もかもお思 月そのままこらえてきているのは、このうえなく慎み深く いあたられるので、まったくやりきれないお気持になられ ふるまってきたからなのだ。実際のところ、あのお方への る。「むずかしいものは人の心ではないか。いかにもいじ 思いは昨日今日にはじまった体裁のわるいものでもなく、 らしくおっとりしているとは見えながら、色めいたところ もともとそれなりの因縁あってのことなのを、ただ、心の のある女ではあった。あの宮のお相手としては、じっさい 中に後ろ暗い隠し事があっては自分としても苦しいことに 似合いの仲なのだ」と、そう思うといっそのことこのまま ちがいないと、それで今まで遠慮しているのだが、それも宮に譲ってしまってもよく、ご自分としては手を引こうと 思えば愚かしいことではあった。近ごろ宮はああしてご気 いうお気持にもなるけれど、「もともと重々しく大事な妻 分がおわるくいらっしやって、いつもより人の出入りの多として扱うつもりの人だったのならともかく、そうではな い取込み中であるのに、どうやってはるばるとあの遠い所 いのだから、やはりあのままああしたかかわりの女として まで手紙を書いておやりになるのだろう。もう通い始めて そのままにしておこう。もうこれきり縁の切れたものとし けそう いらっしやるのだろうか。まったく懸想するには遠い道の て逢わずにいるのも、これまた恋しいことだろう」と、見 りなのだが。そういえば、宮がどうなさったのか分らなく 苦しいくらい、あれこれと心の中でお悩みになっている。 う . わさ て、お行先を搜されていらっしやる日もあったとか噂にも 「自分が愛想づかしをしたとしてそのまま捨てておいたな ひと 聞いたことがある。そのようなことにお悩みになって、そ ら、きっとあの宮がお呼び迎えになることだろう。あの女 ひと いんれん

8. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

いとばかりお思い申している。「いや、気のきかないことわれ、またこの宮に対しては女房たちがすっかりなれなれ しくお打ち解け申しているらしいのも不本意でならない。 3 でした。道をあけることにいたしましよう。とりわけ、あ あして何かご遠慮なさっているのはそのわけがきっとある「宮の熱心で強引なおふるまいに、女のほうはあのように 語 して負かされ申すことになるのだろう。この自分のほうは、 物のでしようから」と言って、大将がお立ち出でになるので、 自分たちの誰もがこのように慎みのない者ばかりだろうと宮との御ゆかりのこととなると、なんとも残念なことにい 源 まいましくつらいことばかりではないか。なんぞして、こ お取りになるのがつらい、と情けながっている女房もいる。 ひと 〔一九〕薫、女房らへの感大将は東の高欄に寄りかかって、折のあたりの女房の中にも、そうありふれた女ではなく、例 想につけ中の君を偲ぶからタ日の傾いていくにつれて、花 によって宮が夢中になって打ち込んでおられるような女が にわさき のひもとくお庭前の草むらを見渡していらっしやるが、たあったら、それをこちらのものにして、自分が苦しい思い はらわた だ無性にせつないお気持になられて、「中に就いて腸断ゅをさせられてきたのと同じように、せめて宮にも穏やかな ひと るは秋の天」という句を、ひっそりと口ずさみながらすわらぬ思いを味わわせてあげたいもの。真実、思慮のある女 であったら、自分のほうに心を寄せてくれるのが当然では っておいでになる。すると、先ほどの女房のそれとはっき ふすま ないか。とはいえ、そうした物事の分る心の持ち主は、め り分る衣ずれの音がして、母屋の襖の所を通って向こうに ひょうぶきようのみや ったにいるものではない」と思うにつけても、「対の御方 はいって行くようである。ちょうどそこへ兵部卿宮が歩い ていらっしやって、「今ここからあちらへまいったのは誰が、宮のおふるまいをふさわしからぬものに思い申されて、 なのか」とお尋ねになると、「姫宮の御方の中将の君でご この自分との仲がとんでもない方向に進んでいく、そうし ざいます」と申しあげる声がする。なんと不都合な答えよ たことで世間の思惑を苦にしながらも、やはり振り捨てが まれ たいものと分ってくださっているのは、思えば世にも稀な うではないか、あの女は誰なのかと、かりそめにもせよ目 をつけている男に、すぐさまこうして無造作にその名を申お方と胸うたれるではないか。そのようなわきまえのある ふびん しあげることがあるものかと、大将はその女房が不憫に思女が、大勢の女房たちの中にいるだろうか、立ち入って見 きぬ ひと

9. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

草枕を結んで旅寝をしているけれど、もしも紅葉狩りに興じ 「女郎花」に「女」を言いこめた表現。物語では、女房ら て野のむしろに臥していたのなら、これほど旅の思いに心を と戯れる薫が、中将のおもとを相手に「女郎花みだるる野 ノ、だ ) ノ、こと・も . なかったろ , つに。 辺に・ : 」と詠んだ歌に、これを否定的にふまえて、大勢の 物語では、薫の思い人の小宰相の君が、薫に「あはれ知る女たちに立ちまじろうとも浮名は立つまいとした。また、 物 氏・ : 」と詠みかけ、さらにこの歌を引いて「かへたらば」と弁のおもとの、薫への切り返しの言葉「おほかたの野辺の 源言い添えた。もしも自分が浮舟に代って死んだとしたら、 さかしらをこそ聞こえさすれ」 ( 一四一ハー七行 ) も、この歌 あなたはこうも心を痛めただろうかと、ややひがんでみせ によっている。 ・一と ・・ 4 思ふてふ言よりほかにまたもがな君一人をばわ はっせがは ・・ 4 祈りつつ頼みぞ渡る初瀬川うれしき瀬にもなが きてしのばむ ( 古今六帖・第五「わきて思ふ」 ) れあふやと ( 古今六帖・第三「川」 ) あなたを思っているという言葉以外に、自分の気持を表す言 心のうちに祈り祈り、それを頼みに生きているのだ。初瀬川 葉はないものか。あなた一人を、とりわけ思いしのばうとし ているのだ。 の二本杉のように、あの人に逢えるといううれしい機会もあ るのではないかと。 物語では、宮の君に関心を寄せる薫が、取次の年配の女房 前出 ( ↓玉鬘団四二七ハー下段など ) 。物語では、浮舟に仕えた し訴えた言葉。この歌を引いて、「言より外を求められは 女房たちが過往を回想して、浮舟が京に迎えられたら自分べる」と言い、自分はまじめに「思う」という言葉以外の たちもうれしいめをみるだろうと夢みたとする。浮舟が生言い表し方を、捜さすにはいられない 、とする。 前、熱心に初瀬詣でをしていただけに観音の霊験が信じら 誰をかも知る人にせむ高砂の松も昔の友ならな おきかぜ れて、この歌がいっそうふさわしい ( 古今・雑上・九 0 九藤原興風 ) をみなへし 女郎花多かる野辺に宿りせばあやなくあだの名 これからは誰を親しい友としようか。齢久しい高砂の松では、 よしき をや立ちなむ ( 古今・秋上・ = 一一九小野美材 ) しよせん松でしかなく、昔なじみの友にはならぬのだから。 女郎花のたくさん咲いている野辺に泊ったとしたら、女とい 前出 ( ↓松風団四一一ハー下段 ) 。物語では、宮の君が薫に応 っしょに泊ったわけでもないのに、浮気だとの浮名を流してずる言葉。自分の友とできる者の一人とていない孤立した しオ , っ」ろ - , つ。 さまをいう。零落した宮家の姫君らしい現実感覚といえよ = ロ

10. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

うにかなったら、あなたの御身の上はすぐさま変ってしま つい涙ぐまずにはいられない。宮の真剣な御面持に、女君 われるのでしようね。人の一念というものはきっと遂げら は、い一古 . ーノ、・も ~ め . り・、 いったいどんなことをお耳になさった れるものだというから」とおっしやる。女君は、とんでものだろうと胸をつかれる思いで、なんともご返事の申しあ ないことを、本気になってよくもそんなことまでおっしゃ げよ , つがない もともと宮と自分とは、何かこれといった るものよと思って、「こうした聞き苦しいことがほかへ聞こともない有様で宮がお通いはじめになったご縁なのだか ら、この自分のことを万事安直にお推し量りになるのであ えたら、私がどんなふうに申しあげたのかと、あのお方も 気をまわされるでしように、なんとも嘆かわしいおっしゃ ろう、とくに縁故のあるわけでもないあのお方を頼りにし りようです。私のように情けない身の上では、そういう根て、その親切をありがたく思うようになったりなどした、 も葉もない冗談事も、ほんとにつろうございます」とおっ その不覚などがもとで、自分は宮から軽んじられる身とな しやって背をお向けになる。宮も真剣なお顔になられて、 ったのだとお思い続けになるにつけても、何もかも悲しく 「あなたをまったく薄情なお人だと思い申していることが なって、いよいよいかにもいじらしいご様子でいらっしゃ ひと あるとしたら、どうお思いになりますか。わたしは、あな る。宮は、あの宇治の女を見つけたことはしばらくの間女 たにとっていいかげんな夫だろうか。世間でも、ああまで君にはお知らせ申さずにおこうとお思いになるので、ほか する人はめったにないと咎めだてするくらいなのですよ。 のことのように思わせて恨み言をおっしやるのを、女君は、 それなのに、あなたはわたしのことを、どなたかと比べて ただこの大将の御事を本気でおっしやっているのだとばか 舟 まるで見下していらっしやるようです。それもやはり前世りお思いになって、誰かがありもしないことを確かなこと の約束事なのだろうと理屈はつけられるものの、どこまで のように告げロ申したのだろうかなどと不安に思っていら 浮 もわたしに隠しだてをなさるのがまったく情けなくなる」 っしやる。その事の実否を確かめないうちは、宮に顔をお 合せ申すのもはばかりたいお気持である。 れとおっしやるにつけても、自分とは並々ならぬ深い因縁が ひと あって、あの女を捜し当てたのだとお思い出しになると、 宮中から大宮のお手紙があるので、宮はお驚きになって、 とが