自分 - みる会図書館


検索対象: アガサ=クリスティ推理・探偵小説集 1
63件見つかりました。

1. アガサ=クリスティ推理・探偵小説集 1

たんです。」 きみよう わらごえ 奇妙なかるい笑い声をたてて、彼はことばを切った。その目はいまだに、あるおさえた こうふん ひげきてき 興奮のためにぎらぎらしていた。しかもそれでいて、そのようすには、なにか悲劇的なも のがただよっているのだ。 ゆかい 「いや、なに、とても愉快でしたよ。」サタースウェイト氏は答えた。「きみとお話しした ことは、わたしにとってもひじようにおもしろく、有益でした。」 ていちょう それから彼は、いつもの丁重な、いくらかこつけいなところのある会釈をして、レスト ランをでた。 夜はあたたかく、ゆっくりと通りを歩いてゆきながら、サタースウェイト氏は、ひどく きみようげんそう 奇妙な幻想にとらわれた。自分がひとりではないという感じ だれかがそばを歩いてい さつかく るという感じ。それは錯覚にすぎないと自分にいいきかせようとしてみたが、むだだった。 ひとけ それはしつこくつきまとってきた。だれかがそばを歩いている。その暗い、人気のない通 こんなにもはっき りを、だれか目に見えぬ人物が。いったいなんのしわざなのだろう しすがた りと、自分の心にクイン氏の姿をえがきだしてみせるのは ? 自分のそばをクイン氏が歩 いているーー・・たしかにそんな感じがする。だがそれでいて、あたりを見まわしてたしかめ じんぶつ ゅうえき し えしやく し 182

2. アガサ=クリスティ推理・探偵小説集 1

るまでもなく、それはありえない、自分はひとりきりだということがわかっているのだ。 しかし、クイン氏のことは頭にこびりついてはなれなかった。そしてそれとともに、あ おもくる いっしゆききかんしようそうさいやく るべつのものもーー一種の危機感、焦燥、災厄がせまっているという重苦しい感じ。なに ふきっ さっきゅう か自分のしなければならないことがあるーー・・それも早急に。なにかひどく不吉なことが起 ころうとしていて、それをふせげるかどうかは、自分のはたらきいかんにかかっているの よかん その予感はひじように強かったので、サタースウェイト氏は、それとたたかおうとする のをあきらめた。かわりに目をとじると、クイン氏の面影を、より近くへひきよせようと した。いまここでクイン氏にたずねてみることさえできたらーーだが、その考えが頭にひ きたい らめいたときには、すでにその期待があやまりであることがわかっていた。クイン氏にな事 にかをたずねて、むくいられたことはけっしてないのだ。「あやつりの糸は、すべてあなたン こんな返事がかえってくるのがせきのやまだろう。 がにぎっているのですよ。」 かんじよう いんしようちゅうい 糸。糸とはなんの ? サタースウェイト氏は、自分の感情および印象を注意ぶかく分析 げんざい きけんよかん してみた。現在のこの危険の予感。はて、だれが危険にさらされているのだろう ? じようけい がんぜん ふいに、ある情景がまざまざと眼前にうかんできた。ジリアンⅱウエストがひとり自室 おもかげ ぶんせき 183

3. アガサ=クリスティ推理・探偵小説集 1

ゅうじん 「いや、まじめな話、ありうべき解釈はひとっしかないと思うね。われらが未知の友人 もじ どうてん かんじよう は、なにかはげしい感情にとらわれていた。気持ちが動転していたんだ。それで、文字ど ちゅうもん おり、なにを注文しているか、なにを食べているかもわからなかったのさ。 そこで彼はいったんことばを切り、しばらくしてからまたつづけた。 ろうじん 「こういうと、あんたはすぐにいうだろうーーーーではあの老人は、なにが気にかかっていた さつじんけいかく のかわかるか、とね。自分ではきっと、殺人計画をねっていたんだ、とでもいうんだろう けど。」 じようだん そして彼は、自分の冗談に声をたてて笑った。 エルキュールⅡボワロは笑わなかった。 はくじよ、つ のちに白状したところによると、そのときからひどく気にはしていたのだという。なに たしようよかん が起ころうとしているか、多少の予感があってもよかったはすなのだが、自分としたこと が、ちとうかつだった。 そこまで考えるのは、あまりに考えすぎだ、と友人たちはなぐさめるのだが。 さいかい それから三週間ほどたって、エルキ = ールⅡボワロとポニントンは再会した かいしやく わら ゅうじん みち こんど 41 ボワロの事件簿

4. アガサ=クリスティ推理・探偵小説集 1

ことだけである。 けいしちょう けいぶ でんわ その日の朝、もっと早い時刻に、ボワロはロンドン警視庁のジャップ警部と電話でうち しようさ けつか あわせていた。その結果、わたしたちがリッチ少佐の住まいをおとずれたときには、従僕 ほ、つもん ーゴインがわたしたちの訪問を待っていた。 ようりようえ しようげん めいかい 彼の証言は、きわめて要領を得ていて、明快そのものだった。 しようさ クレイトン氏がたずねてきたのは、八時二十分まえ。 リッチ少佐はあいにく外出中で、 の 、 . し・・カ子 / . し クレイトン氏は、このあとすぐ汽車に乗らねばならぬので、待っているわけこま、 きやくま 一筆書きのこしたいといって、客間にとおされた。 ふろ ーゴインは風呂のしたくにとりかかったので、水音のため、じっさいにはあるじの帰っ しようさ てきたのを聞いていない。それにもちろんリッチ少佐は、自分の鍵をもっているから、そ おもてど きおく れで表戸をあけてはいったのにちがいない。バ ーゴインの記憶では、クレイトン氏をとお してからおよそ十分ほどして、リッチ少佐によばれ、タバコを買ってくるようこ、 冫ししつかっ しようさ きやくま た。いや、そのときは客間にははいっていない。 リッチ少佐が戸口に立っていて、そこで 用をいいつけたからだ。 きやくま 五分後にタ。ハコを買って帰り、こんどは客間にはいったが、そのときは主人のほかには いっぴっ し かぎ しゅじん がいしゆっちゅう じゅうほく

5. アガサ=クリスティ推理・探偵小説集 1

あれはデレク日ケイベルのことをいっているのだろうか、それともそれにかこつけて、 自分のことをいっているのだろうか ? 彼を観察していたサタースウェイト氏は、どうも あとのほうらしいと思わずにはいられなかった。そうだ、それがまさにアレック日ポータ やくわり うんめいちょうせん そうぞうりよく ルの演じている役割なのだ。ーー・運命に挑戦する男。酒のせいでにごっていた想像力が、い きようめい そう まとっぜん、この会話のなかのひびきと共鳴しあい、それまでひそかにあたためていた想 ねん 念をよびさましたのだ。 彼女はまだそここ サタースウェイト氏は、ちらと上を見た。 , 冫いた。見まもり、耳をそば しにん だてているーーーあいかわらず凍りついたようにうごかず、死人のように身じろぎもせず。 、こうふん 「まったくそのとおりだ」と、コンウェイがいった。「ケイベルはたしかに興奮していた あっとうてき 異様なほど、といっても、 しい。いうなれば、大きな賭けをした男が、圧倒的なハンディ をくつがえして勝った、とでもいったところかな。」 「でなければ、なにかやろうと心にきめたことがあって、それにたいして勇気をふるいお こそうとしていたのかもしれない。」 ポータルがほのめかした。そして、まるで自分のことばに触発されたかのように、席を ても 立っと、またしてもお手盛りで自分のグラスをみたした。 えん こお かんさっ しよくはっ ゅうき せき 130

6. アガサ=クリスティ推理・探偵小説集 1

ちくおんき ている。カーティスはふたをあげ、ナイフをふるうーーーそばでは蓄音機が〈ウォーキン・ ー・バック・ホーム〉を流しているという寸法さ。」 マイ・ベビ わたしはやっとのことで声をし・ほりだした。 「しかし、どうして ? なぜそんなことを ? 」 かた ボワロは肩をすくめた。 じさっ 「男はなぜ。ヒストル自殺をするんだろうかね ? なぜ二人のイタリア人は決闘なんかし ひ じようねっ じみ ないめん た ? カーティスは地味だが、内面に強い情熱を秘めた男さ。彼はマーガリータⅱクレイ ていしゅ トンに思いを焦がした。じゃまものの亭主とリッチをとりのそけば、かならず自分になび いてくるーーーすくなくとも本人はそう考えたわけだ。」 かんがい そのあと彼は、感慨をこめてつけくわえた。 きけんしゅぞく じよせい てんしん 「ああいった天真らんまんな子どもつ。ほい女性 : : : あの手の女性はきわめて危険な種族だ 簿 てぐち げいじゅってき モン・デュ よ。それにしても、まったく、なんとみごとな、芸術的な手口だったろう ! あんな男を事 じしんてんさい だんちょう こうしゆだい ロ ワ 絞首台に送るなんて、断腸の思いだよ。はばかりながら、わたし自身天才であるだけに、 かんぜんはんざい れんちゅうてんぶん ほかの連中の天分をおしむことしきりなんだ。完全犯罪だよ、きみ。このエルキュール タ ン かんぜん ボワ口がそういうんだからまちがいない。完全なる殺人 : : : たいしたものだ ! 」 ほんにん さつじん すんばう 工 モナミ けっと、つ

7. アガサ=クリスティ推理・探偵小説集 1

かんしゃ 、こよとても感激した、あなたのことはいつまでも感謝 て答えましたわ。あなたの心づかし冫 あいじよう と愛情をもって思いだすだろうって。」 し ないしん サタースウェイト氏はうなずいたが、内むでは首をかしげていた。彼は、ひとの性格を はんだん 見ぬくのに、めったにあやまりをおかしたことはない。そして彼の判断によれば、フィ かんしようてき せいねん リップィーストニーという青年は、そのような感傷的なことをいいだすような性格で はまったくないのだ。 へいほんじんぶつ してみるとあの青年は、サタースウ = イト氏が考えたのよりは平凡な人物だったのか。 ジリアンはあきらかに、そういう思いっきが、フィリップという男の性格とまったく矛盾 していないと考えている。 じしんかんしようか しつばう し ほんのちょっとーーー失望した。彼自身も感傷家だ事 サタースウェイト氏は、ちょっと の せけん し、それは自分でもよくこころえている。しかし、自分以外の世間は、もうちょっとりこ イ かんしよう うであるように思いこんでいたのだ。のみならず、感傷などというものは、自分のような = つうよう よ げんざい 年代のものにこそふさわしい。現在の世のなかでは、そんなものは通用しないのだ。 おう サタースウェイト氏は、ジリアンに歌を聞かせてほしいとたのみ、彼女は応じた。聞き みりよくてき おわると彼は、あなたの声は魅力的だとほめたが、心のなかでは、どうひいきめに見て ねんだい かんげき せいかく せいかく むじゅん 175

8. アガサ=クリスティ推理・探偵小説集 1

りえき ふりえき 「ごそんじかどうか知りませんが、探偵であることの利益、もしくは不利益のひとつは、 はんざいしやせっしよく いやおうなしに犯罪者と接触をもっことになるということです。そしてこの犯罪者という れんちゅう 連中、つきあってみると、いろいろとおもしろい、めずらしいことを教えてくれるもので してね。 じよ、つしゅうはん きようみ こうした連中のひとりに、あるスリの常習犯がおりました。わたしがその男に興味を し ) 」と もったのは、彼のやったと思われた仕事が、じつはそうではないとわかったからでして、 おん しやくほうじんりよく それで、彼の釈放に尽力してやったわけです。彼はそれを恩にきまして、自分にできる唯 しよくぎようじようひけつでんじゅ おん 一の方法で、恩がえしをしようとしましたーーそれが、自分の職業上の秘訣を伝授して くれることだったのですよ。 しな ひつよう そんなわけで、それ以来わたしは、必要となれば相手に知られぬよう、ポケットの品を こうふん かた ぬきとれるようになりました。相手の肩に手をかけ、興奮しているように見せかけて、 簿 どうさ ろんな動作をする。相手はそれに気をとられて、なにも気づかない。だがそのあいだにこ件 しな せんたく ちらは、相手のポケットの品をこちらのポケットにうっし、かわりに洗濯ソーダを入れて口 ワ おくこともできるというわけです。」 よ ボワロは自分のことばに酔っているようにつづけた。 いつほ、つほ、つ れんちゅう たんてい

9. アガサ=クリスティ推理・探偵小説集 1

けっこん いれてくれたんです。ごらんになってーーーけさ、これをとどけてくれましたのよ。結婚の お祝いですって。りつばでしよう ? きようぐうせいねん それはたしかに、フィリップⅱィーストニーのような境遇の青年にとっては、なかなか じゅしんき さいしんがた ぜいたくな贈りものだった。最新型のラジオ受信機だ。 せつめい だいおんがくず 「ごそんじのとおり、あたしたちは二人とも大の音楽好きですの。」ジリアンは説明した。 たしよう 「これで音楽を聞けば、多少は自分のことも思いだしてもらえるかもしれないから、そう フィルはいいましたわ。たしかにそのとおりです。だってあたしたち、いつもとてもいし お友だちだったんですもの。」 じまん 「自慢できるお友だちをもちましたね。」サタースウェイト氏はやさしくいった。「お話の ぐあいでは、イーストニー氏はじつに男らしく、いさぎよく打撃をうけとめたようです な。」 ジリアンはうなすいた。たちまちその目に涙がにじんでくるのがわかった。 こんや 「ひとつだけ、自分のためにしてほしいことがあるっていいましたわ。今夜はあたしたち きねん が知りあった記念の日なんです。だから、今夜だけは家にいて、しずかにラジオでも聞い てほしい、チャーリーとはどこへもいかずに・・丨・ーそういうんですの。もちろんそうするつ おく なみだ し 1 174

10. アガサ=クリスティ推理・探偵小説集 1

し アイザック日ポインツ氏は口から葉巻をとり、 いかにも満足げ・にいっこ。 「うん、これはいし 、ところだ。」 しようにん いん こうして、いわば承認の印をダート マスの港に押してしまったところで、彼はふたたび はまき しゅうい おうようたいど じしん ふうさい かん 葉巻を口にもどし、周囲を見まわした。その鷹揚な態度は、自分自身と、自分の風采、環 きようじんせいぜんばん かんじよう 境、人生全般について、みちたりた感情をいだいている男のそれだった。 じんぶつ その満足感の第一のもの、アイザックポインツ氏なる人物そのものについていうと、 しんたいきようけん びしよくかけいこう 年は五十八、身体強健で、わずかに美食家の傾向はあるが、まずは健康である。けっして げんざい がんじようというのではないが、つねに元気いつばいに見え、現在着こんでいるヨット用 ひまん ちゅうねんおとこ ふくそう の服は、肥満ぎみの中年男の彼には、こころもちきゅうくっそうな感じをあたえる。服装 ふく 明けの明星消失事件 あ まんぞくかんだい みようじよ、つしよ、つしつじけん はまき みなとお し まんぞく けんこう 196