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検索対象: 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡
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1. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

をも、女に言って知らせようと思う時に、「有明の月のあず、人が乗る折に、少しもそうした不愉快なことがなかっ りつつも」と何げなく言って、さしのそいている女の髪の たそうであるのこそ、よく教えてしつけてあったものだ。 おんなぐるま 頭のてつ。へんのあたりにも光は寄ってこないで、それから道で行き会った女車が、深い所に車を落し込んで、引き上 五寸ほど下がって、ちょうどともし火をともしてあるよう げることができずに、牛飼が腹を立てたところ、業遠は自 に見える月の光にうながされて、思わずはっとするほどの分の従者に命じて牛を打たせたのだから、まして自分の心 の士、士こ、 気持がしたので、男はそのままそっとそこを立ち出てしま しいつも教えさとしておいてあるとみえた。 ったのだった とその男がわたしに話した。 三一七好き好きしくて一人住みする人の いろ 1 」の ひとり 三一六女房のまかり出でまゐりする人の、車 色好みで一人住みをする男で、夜はいったい、きまって を借りたれば どういう所にいるのだろうか、暁に帰って、そのまま起き さーれ彊 ~ い すずり 女房の、退出したり、参内したりする人が、車をよそか ているのが、まだ眠たそうな様子であるけれど、硯を引き す ら借りたところ、心づもりをしている顔で持主が物を言っ寄せて、墨を念入りに押し磨って、何でもないふうに筆に うしかいわらわ きめぎめ て貸してくれた、その車の牛飼童が、いつもの者よりも、 まかせてなどではなく、心を入れて後朝の手紙を書くうち とけ姿はおもしろく見える。 下品なふうに物を言って、車をひどく走らせ牛を打つのも、 くるまぞ やまぶきくれない 白い着物を何枚も重ねた上に、山吹、紅などの衣を着て 段ああいやだと感じられるものだ。車副いの供の男たちなど ふ ひとえ 3 か、いかにも面倒だという様子で、「どうかして夜が更け いる。白い単衣の、たいへんしばんでいるのをじっと見つ ないうちに連れて帰ってしまおう」と言うのは、やはり隠め見つめして書きおえて、そばに仕えている人にもわたさ したごころ こどねりわらわ 第 れた下心が推察されて、急のことがあるとしても、二度とず、わざわざ立って、小舎人童を、こうした使いに似つか 借りたいと頼もうとも思えない わしいのを、身近く呼び寄せてささやいて、童が去ったの なりとおあそん あかっき 業遠の朝臣の車だけが、夜中だろうと暁だろうと区別せちも長い間じっともの思いにふけって、経典のしかるべき きめ

2. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

183 第 287 ~ 291 段 = 所在未詳。 ひえいぎん 三「小野」は比叡山西麓の地。山 二八九また、業平が母の宮の 科にもある。「小野殿ーは一説に権 中納言藤原文範の別邸。 なりひら一五 また、業平が母の宮の、「いよいよ見まく」とのたまへる、いみじうあはれ三「薪こる、は『法華経』に見える 故事による。釈尊が薪を拾い仙人 に仕えやっと法華経を得たという にをかし。ひきあけて見たりけむこそ、思ひやらるれ。 ことから、法華八講の第五巻を読 む日には「法華経をわが得し事は 薪こり菜摘み水汲み仕へてぞ得 二九〇をかしと思ひし歌などを草子に書きておきたるに し」の歌を唱えるのが例。「斧の 柄」は、仙童の碁を見るうちに芹 の柄が朽ちてしまったということ をかしと思ひし歌などを草子に書きておきたるに、下衆のうちうたひたるこ から非常に長い時間をいう。↓田 ・ : 一ろう 七六段。「斧」に「小野」をかける。 そ、い憂けれ。よみにもよむかし。 一四聞いたことを備忘録に記すこ と。この前後の章段についていう。 一五伊登内親王。桓武帝皇女。 二九一よろしき男を、下衆女などのめで 一六「老いぬればさらぬ別れもあ り・といへばいよいよ見 . まナ、ほしキ、 をとこげすをんな よろしき男を、下衆女などのめで、「いみじうなっかしうこそおはすれ」な君かな」 ( 古今・雑上 ) 。『伊勢物語』 『業平集』にも見える。 ど言へば、やがて思ひおとされぬべし。そしらるるは、なかなかよし。下衆に宅誇りを傷つけられた気持。 一 ^ やたらに歌を作りもするよ。 ほめらるるは、女だにわろし。また、ほむるままに言ひそこなひつるものをば。一九その男が自然軽蔑される。 一一 0 かえって相手をけなすことに なる、の意か 一九 さうし 一六 やま

3. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

枕草子 306 うかと見えるものは、普通の女房としてお仕えする人が、 し」の歌のようになど不満だと感じられることこそないの も めのと からぎめ 御乳母になっているの。唐衣も着ず、裳をさえ、どうかす っ くろうど もくぞう ると、着けないようなかっこうで、御前に添い臥して、御 すけただという人は、木工の允で、蔵人になっているよ。 ちょうだい てんじようびと ひどく粗野で、いやな感じなので、殿上人や女房は「あら帳台の中を自分の居場所にして、女房たちを呼び使い、自 つばね わに」とあだ名をつけているのを、歌に作って、「強引な分の局に何か用事などを言いに行かせ、手紙を取り次がせ おわり などして、いるさまよ。その思い上がって羽ぶりをきかせ お人は、なるほど尾張人のすえであったのだったよ」とう かねとき たうよ。尾張の兼時の娘の腹なのだった。主上はこれを御ているさまといったら、言いつくせそうにさえない。 ぞうしき 雑色が蔵人になっているの。これも、去年の十一月の臨 笛でお吹きあそばされるのを、高遠はそばにお付き添い申 みこと 時の祭に、御琴を持っていた人とも見えす、若君たちと連 しあげて、「やはり調子を高くお吹きなさいませ。すけた 。しったいどこにいた人かと思わ だは聞くことはできませんでしよう」と申しあげると、主れ立って歩きまわるのま、、 上は、「どうして吹こう、そうはいっても、聞いてわかるれる。蔵人所の雑色以外の役から蔵人になっている人など ないない は、同じことだけれど、そんなにも感じられない。 だろう」と仰せられて、内々でばかりお吹きあそばされる のを、この時は向こうの御殿からこちらの中宮様の御もと 二四三雪高う降りて、今もなほ降るに へ渡御あそばされて、「ここにはこの者はいないのだった 雪が深く降り積って、今もやはり降る折に、五位も四位 な。今こそ吹こうよ」と仰せられて、心おきなくお吹きあ そばされるのは、たいへんおもしろい も、色が端麗で若々しいのが、袍の色はとてもきれいで、 とのいすがた カメの帯のついているのを、宿直姿で、腰にたくし上げて、 二四二身をかへたらむ人はかくやあらむと見 紫色のものも雪に色が映えて、濃さがまさっているのを着 あこめ ゆるものは て、袍の下の衵が紅か、さもなければ、仰々しい山吹色の いだしぎめ を出衣にして、から傘をさしているのに、風がひどく吹い 生れ変っている人がいるとしたら、その人はこうもあろ ( 原文一三一一ハー ) かさ ふ み

4. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

というものだ。夏、昼寝をして起きて座っているのは、非 髪が気味悪い様子であるの、など、供がたくさんいて、と 常に身分の立派な人こそは、普通の人にくらべればもう少 3 ても暇がなさそうなありさまで、あちらこちらに重々しい いいかげんな容貌の人は、 しは好感がもてるのだけれど、 信望のあるのこそが、法師にとっても理想的なことである 子 ようだ。そうした法師の親などはどんなにうれしいことだ顔がてらてら光って、寝たためにはればったくなっていて、 草 ほお こうした人 悪くすると、頬もゆがんでしまうに違いない ろうと推察されるのだ。 枕 が、起きて、互いに顔を見かわしていよう間の、生きがい 三二〇見苦しきもの のないさまといったら、お話にもならない。色の黒い人が、 すずしひとえ 見苦しいもの着物の背縫を片寄せて着ている人。また、生絹の単衣を着ているのは、ひどく見苦しいものだ。伸ば かんだちめ したすだれ えもん 抜き衣紋に着ている人。下簾の汚らしい感じの上達部の御した単衣も、同じように透いているけれど、それは不体裁 にも見えない。ホソが通っているからなのだろうか。 車。ふだんは見えない人の前に、子どもを連れて来ている はかま わらわあしだ の。袴を着ている童が、足駄をはいているの。それは当世 つばそうぞく 三二一物暗うなりて、文字も書かれずなりに 風の者なのだ。壺装束をしている者が、急いで歩いてやっ きとう おんようじかんむり たり。筆も使ひ果てて、これを書き果 て来るの。法師の陰陽師が冠をして祓えの祈疇をしている てばや。この草子は、目に見え、いに思 の。また色が黒く痩せて、みつともない感じの女のかずら ひげ ふ事を、人やは見むずると思ひて をしているのが、鬚が多くて痩せこけた男とともに昼寝を なんとなく薄暗くなって、文字も書けなくなってしまっ しているの。どういう見るかいがあって横になっているの だろうか。夜などは顔かたちも見えず、また世間一般に寝ている。筆も使い尽して、これをすっかり書きおえたいも のだ。 ることときまってしまっているのだから、自分が醜いから そうし この草子は、わたしに見え、またわたしの心に思うこと といって、起きて座っているはずのものでもありはしない し・よギ、い を、よもや人が見ることはあるまいと思って、所在ない里 のだ。夜は寝て、翌朝早く起きて立ち去るのが、難がない ( 原文二〇三ハー )

5. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

二八五見ならひするもの あくび 見ならひするもの欠伸。ちごども。なまけしからぬえせ者。 二八六うちとくまじきもの うちとくまじきものあしと人に一 = ロはるる人。さるは、よしと知られたるよ一四油断のならないもの。 一五そうではあるがしかし、良い 人だと知られている人よりは表裏 りは、うらなくぞ見ゆる。舟の道。 なく見える。 おもて 日のうららかなるに、海の面のいみじうのどかに、青緑打ちたるを引きわた一六以下「舟」のことのみを記す。 都の女性は海や舟に対する恐怖感 あこめはかま したるやうに見えて、いささかおそろしきけしきもなき、若き女の、衵、袴着が強い。作者の体験にもとづく記 述であろう。 ろ さぶらひ たる、侍の者の、わかやかなる、もろともに、櫓といふ物押して、歌をいみじ宅「けしきもなきに」の意とみる。 天表着の下に着る衣。 ううたひたる、いとをかしう、やんごとなき人にも見せたてまつらまほしう思 一九 あ ひ行くに、風いたう吹き、海の面の、ただ荒れになるに、物もおばえず、泊ま 一九停泊する予定の所。 第 るべき所に漕ぎ着くるほどに、舟に波のかけたるさまなるは、さばかり名残な = 0 余波さえもなかった海、の意 か。「なごり」は、風がやんだあと 静まらずにしばらく立ち続ける波。 かりつる海とも見えずかし。 一セ あをみどり なごり ニ 0 三見ていてまねをするもの。 一三いいかげんなつまらない者。 ( 現代語訳三三五ハー )

6. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

してやって来た。「そうではない。私用なのです。もし、 いるのにつけて持って来ている。絵なのだろうかと、急い へいだん この弁官や、少納言などの所に、こういう物を持って来て 2 で取り入れて見ると、餅餤という物を、二つ並べて包んで しもべ げもん いる下部などには、禄を与えることがあるのですか」とた あるのだった。添えてある立文に、解文のように書いて、 子 しんじゃう ずねると、「そんなこともございません。ただ手もとにお 進上 草 ひとつつみ いて食べます。どうしておたずねあそばすのですか。もし 餅餤一包 枕 じようかん かしたら政官の役人の中のだれかから、おもらいになって 例に依りて進上如件 おいでですか」と言うので、「まさかそんなことは」と答 少納言殿に うすよう える。ただ返事を、たいへん赤い薄様に、「自分自身で持 とあって、月日を書いて、「みきなとのなかゆき」とあり、 ってやって来ない下部は、ひどく冷淡なように見えます」 その先に、「この下男は自分自身で参上しようとするので と書いて、すばらしい紅梅につけて差しあげると、すぐさ すけれど、昼は顔がみつともないと言って参上しないので まおいでになって、「下部が伺っております」とおっしゃ す」と、たいへんうつくしく見える筆跡でお書きになって ある。中宮様の御前に御覧に入れると、「すばらしい筆跡るので、出たところ、「ああいった物には、歌を詠んでお よこしになったと思ったのに、なんとも立派に言ってあっ だこと。おもしろくこしらえている」などとおほめあそば たことですね。女で、少し自分こそはと思っている人は、 されて、そのお手紙はお手もとにお取りあそばされてしま った。「返事はどうしたらよいのかしら。この餅餤を持っ歌詠みめいたふるまいをするものです。そうでないのこそ ろく つきあいやすい。わたしなどに、そんな歌などを詠みかけ て来る時には、使いに禄など与えるのだろうか。知ってい るような人は、かえって、いがないというものでしよう」と しいが」と言うのを中宮様がお聞きあそばし る人がいると、 のりみつ これなか おっしやる。「まるで則光ですね」と言って笑って終りに て、「惟仲の声がした。呼んで聞いてごらん」と仰せあそ とう さだいべん ばすので、部屋の端に出て、わたしは「左大弁にお話し申なったこのことを、頭の弁が、殿の前に人々がたいへん大 さぶらい しあげたい」と、侍をして言わせると、たいへん威儀を正勢いる時に、お話し申しあげなさったところ、「『全くうま くだんのごとし たてぶみ

7. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

場所で日を暮してしまった」次第などを言う。「今日来むなど詠もうのは、世間ありきたりなことだ。こんなふうに、 人を」などとい 0 たような筋のことを、き 0 と言 0 ている その時にびったりなことは、なかなか言えないものだ」と のであろう。昼からあったことのあれこれをはじめとして、仰せになった。 子 すのこえんわろうだ てんじようま いろいろなことを話して笑い、簀子縁に円座を差し出した 同じ兵衛の蔵人をお供として、村上の帝が、殿上の間に 草 けれど、片足は縁から下に垂したままであるのに、暁の寺だれも伺候していなかった時に、立ち止っておいであそば の鐘の音が聞えるころまでになってしまったけれど、部屋すと、いろりの煙が立ちのばったので、「あれは何の煙か の御簾の内側でも外でも、あれこれと話すことの数々は、 と、見てこいと仰せになったので、見て帰っておそばに は′、めい 話し飽きるということはないように感じられる。薄明のこ伺って、 ろに、男は帰ると言って、「雪のなにの山に満てり」と吟 わたつみの沖に漕がるる物見ればあまの釣して帰るな . り - けドり・ . 誦したのは、たいへんおもしろいものである。女だけでは、 あま そんなふうにして座って夜を明かすことはできないであろ ( 海の沖に漕がれる物を何かと見ると、海士が釣をして帰る おきび かえる うのに、普通の場合よりはたいへんおもしろく、風流な、 のでした。ー燠火に焦げる物を何かと見ると、蛙なのでし た ) 男の様子などを、女同士があとでみな話し合っている。 と奏上したのだったことこそおもしろい。蛙が飛び込んで 一八〇村上の御時、雪のいと高う降りたるを 焦げていたのだ。 むらかみみかどみよ 村上の帝の御代に、雪がたいへん深く降ったのを、様器 一八一みあれの宣旨の、五寸ばかりなる にお盛らせになって、それに梅の花を挿して、月がたいへ ひょうえくろうどくだ せんじ たけてんじし唸つわらわ ん明るい折に、兵衛の蔵人に下しておやりになったところ みあれの宣旨が、五寸ぐらいの丈の殿上童の、たいへん しゅじよう が、「月雪花の時」と奏上したのだったのをこそ、主上は おもしろく見えるものを作って、髪はみずらに結い、 衣装 非常に御賞賛あそばされたのだった。「こういう場合、歌などをきちんと立派にして、名前を書いて、人を介して主 たら み あかっき ようき おきこ つり ゅ

8. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

ふえ せい・一う 来などするはずがあろうか。しかし、生まじめな性向の人時などは、ましてたいへんおもしろい。客が笛などを吹い て帰って行ってしまったのに、自分は、急にも寝られず、 は、「夜が更けてしまった。御門も不用心のようです」と 言って帰って行く人もある。ほんとうにこちらに対する志人のうわさ話などもし、歌など話したり聞いたりするまま に、寝入ってしまうのこそおもしろい が特別な人は、「早くお帰りください」などと何度も追い 払われると、それでもやはり座ったままで夜を明かすので、 一七九雪のいと高くはあらで 門番はたびたび見てまわるのに、夜が明けてしまいそうな 雪がたいして深くはなくて、うっすらと降っているのな 様子を、異常なことに思って、「たいへん大事な御門を、 どは、たいへんおもしろい 今晩はライサウとあけひろげて」と客のお耳にはいるよう いまキ一ら また、雪がとても深く降り積っているタ暮時から、部屋 に申しあげて、今更そうしてもはじまらないことながら ひおけ はしぢか あかっき の端近な所で、気の合った人が二、三人ぐらい、火桶を中 暁になってからしめるようである。その態度はどんなに にすえて、話などをするうちに、暗くなってしまったので、 にくらしいことか。でも、親が一緒に住んでいる人の場合 こちらには火もともさないのに、あたりいったい雪の光が、 は、やはりこういうふうなものなのだ。まして、ほんとう ひばしはい かよ とても白く見えているなかで、火箸で灰などをわけもなく の親でない人は、女のもとに通って来る男の客のことをど おとこきようだい んなに思っているだろうとまで遠慮されて。男兄弟の家な掻きながら、しんみりした事もおもしろい事も、話し合う のこそおもしろい 段ども、愛想がない間柄の場合では、同様であろう。 宵も過ぎてしまっているだろうと思うころに、沓の音が 夜中、暁を問わず、門はたいして気をつけてきびしくし めるというのでもなく、何の宮様、宮中、あるいは殿たち近く聞えるので、変だなと思って外を見ていると、時々、 やしき 第 こうした折に、思いがけなく現れる人なのだった。「今日 のお邸にお仕えする女房たちが応対に出て、格子なども上 なん げたままで、冬の夜を座り明かして、客が退出したあとも、の雪をどう御覧になるかとお思い申しあげながら、何とい さまた ありあけ うこともないことで、お伺いすることが妨げられて、その 部屋の中から見送っているのこそおもしろい。有明の月の ふ くっ

9. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

枕草子 198 かしら 一不審。髪の毛の頭の頂の方に さしのそきたる髪の頭にも寄り来ず、五寸ばかりさがりて、火ともしたるやう は月の光はさして来ず、の意か ここち なる月の光もよほされて、おどろかるる心地しければ、やをら立ち出でにけりニそこから五寸ほど下がって。 三まるでともし火をともしてあ るように見える。 とこそ、り・しか 四「月の光ーの下に「に」が脱した ものとして解く 五その印象をこわすまいとして 三一六女房のまかり出でまゐりする人の、車を借りたれば 呼びかけもせずに、の趣か 六男が私に語った。 女房のまかり出でまゐりする人の、車を借りたれば、心よそひしたる顔にうセ女房の外出時に牛車は必需品。 しかし必ずしも自由には使えず、 うしかひわらはれい ち言ひて貸したる牛飼童の、例の者よりもしもさまにうち言ひて、いたう走りまた牛飼童は乗り手の心理にまで 立ち入るほど細心ではない。そう した苛立たしさを記したもの。 打つも、あなうたてとおばゆかし。をのこどもなどの、むつかしげに、「いか 「まかり出で」「まゐり」はそれそ で夜ふけぬさきにゐて帰りなむ」と言ふは、なほしのぶ心おしはかられて、とれ体言のように用いられている。 ^ 「心よそひは「心準備」のよう に解する。三巻本「心よう言ひて」。 みの事なりと、また言ひ触れむとおばえず。 九下品に物を言って。 あかっき なりとほあそん レしささかさる事なか一 0 車を走らせ牛を打つのも。 業遠の朝臣の車のみや、夜中暁わかず、人の乗るこ、、 = 牛飼の下心が推察されて。 をんなぐるま りけむ、よくこそ教へならはしたりしか。道に会ひたりける女車の、深き所に三借りたいと思って車の持主に 声をかけること。 一五ずさ たかしななりとお こうのないし 落とし入れて、え引き上げで、牛飼腹立ちければ、わが従者して打たせければ、一三高階業遠。中宮の母高内侍の とうぐうすけ 父の成忠の甥。丹波守、東宮の亮。 一四女の乗った車の牛飼。 まして、いの寺 ( まに、、 しましめおきたりとみえたり。 四

10. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

・も からぎめき 一めのと 御乳母になりたる。唐衣も着ず、裳をだに、よう言はば、着ぬさまにて、御前一高貴な方の乳母。 ニ女房の礼装として当然着るも つばね どころ みちゃう に添ひ臥して、御帳のうちをゐ所にして、女房どもを呼び使ひ、局に物言ひやのなのに、身内のような顔をして。 礼を失したさま。 子 三どうかすると。 り、文取り次がせなどして、あるさまよ。言ひ尽くすべくだにあらず。 くろうど 草 四 四蔵人所の雑色。無位。六位の みこと こぞしもっき ざふしきくらうど 枕雑色の蔵人になりたる。去年霜月の臨時の祭に、御琴持たりし人とも見えず、蔵人となると急にはなばなしい役 になる。田九二段にも「いづこな きんだち りし天くだり人ならむとこそおば 君達に連れ立ちてありくは、いづくなりし人ぞとこそおばゆれ。ほかよりなり ゆれ」とあった。 とり 五十一月下の酉の日に行われる たるなどは、同じ事なれど、さしもおばえず。 かも 賀茂の臨時の祭。 わごん 六試楽の折に雑色が二人で和琴 を舁き出すのが例。↓一四五段。 二四三雪高う降りて、今もなほ降るに 七雑色以外から蔵人になる者。 〈袍の色か。一説、顔色。 雪高う降りて、今もなほ降るに、五位も四位も、色うるはしうわかやかなる九袍。五位は蘇芳、四位以上は 黒色の袍。 とのゐすがた おび 一 0 不審。三巻本「革の帯のかた が、うへの衣の色はいと清らにて、かめの帯のつきたるを、宿直姿にて、ひき つきたるを」。 あこめくれなゐ したがさわ はこえて、紫のも雪に映えて、濃さまさりたるを着て、衵の紅ならずは、おど = 夜の略式の姿。下襲を脱ぎ、 うえのはかまさしめき 表袴を指貫にかえ帯はつけない。 ろおどろしき山吹を出だして、からかさをさしたるに、風のいたく吹きて、横三衣服をたくし上げて着ること。 袍の後ろを腰の部分に折り込む。 ふかぐっはうくわ ひとえ ざまに雪を吹きかくれば、すこしかたぶきて歩み来る深沓、半靴などのきはま一三単衣と下襲との間に着る。こ こは下襲を着ないので袍の下にな で、雪のいと白くかかりたるこそをかしけれ。 ( 現代語訳三〇六ハー ) ふみ きめ やまぶきい あ く っ る。 か すおう かは