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検索対象: 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩
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1. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

将は、「さあどうなのですか。なんと情けない。秋になっ せいになさいますな ) 3 たらとのお約束は、私をおだましになったのですね」など と、女君が迷惑に存じあげていらっしやるようでございま と恨み言を言い言いして、 す」と言うのを、御簾の内の尼たちも、この女君がやはり 語 をぎはら 物 松虫の声をたづねて来つれどもまた荻原の露にまどひ こうして不本意にもこの世にまだ生きていることを人に知 ぬ られるようになったのをほんとにつらく思っていらっしゃ 源 ( 松虫の声を尋ねてやってきたけれども、また荻原の露に濡るそのお心の中も知らずに、この男君のことをもいつまで れてー私を待っていてくださることと思って訪ねてきました も思い出し申してはお慕いしている人たちのこととて、 が、またもや、つれなくされて途方にくれるばかりです ) 「このようなちょっとした折にでもお相手をしてさしあげ 尼君は、「まあおいたわしいこと。せめてこのご返事だけ られたところで、お心にそむくようなことをなさる油断の でも」と責めるので、女君は、そのような色めいたことを ならないお方とはまったくお見えになりませんものを。世 口にするのもほんとに情けなくて、それにいったん言葉を 間普通の色恋の筋にはおとりにならずとも、あまり無愛想 交しはじめたら、これから先こうした折ごとにせきたてら になさらずご返事ぐらいは申しあげなさいまし」などと、 れることだろう、それもわずらわしく思われて、とかくの引き動かさんばかりに勧めている。 返事もなさらないので、皆あまりにはりあいがないと思っ この尼たちが、世を捨てた身の上とはいえ、さすがにそ こころもち ている。この尼君は、以前は当世風な嗜みを身につけた人うした古めかしい心持にはなりきれず、当世風にふるまっ であったその名残というものであろうか、 ては、まがりなりにも歌を詠みたがるといった風情で、若 かり′一ろも 「秋の野の露わけきたる狩衣むぐらしげれる宿にかこ やかにはしゃいでいる様子からして、女君はまったく安心 つな のならぬ思いである。このうえもなく情けない身の上であ ( 露のしとどに置いた秋の野を分けていらっしやったために、 ったと、見きりをつけたつもりでいたこの命までがあきれ むぐら 狩衣をお濡らしになったのでしよう。葎の生い茂るこの宿の たことに生き長らえて、これから先もどんなみじめな格好 たしな

2. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

とが なる咎もはべらずなどして、心やすくらうたしと思ひたまへつる人の、いとはする正妻ならばともかく。 一五世話をするのに、 格別の落度 なども先方になかったりして。 かなくて亡くなりはべりにける。なべて世のありさまを思ひたまへつづけはべ 一六薫らしい無常観の表現。 るに、悲しくなん。聞こしめすやうもはべるらむかし」とて、今ぞ泣きたまふ。宅あなたもご存じだろうが。匂 宮の秘事にさりげなく迫る。 これも、「いとかうは見えたてまつらじ。をこなり」と思ひつれど、こばれそ天薫。彼も涙顔を見せたくない。 一九匂宮は、薫の取り乱した態度 めてはいととめがたし。 、秘事を知られたかと気づく趣。 ニ 0 平静をよそおって。 けしき ニ一あなた ( 薫 ) が表だって世間に 気色のいささか乱り顔なるを、あやしくいとほしと思せど、つれなくて、 知らせないことだからとして、自 きのふ 匂宮「いとあはれなることにこそ。昨日ほのかに聞きはべりき。いかにとも聞分から弔問しない理由を述べた。 一三「つれなく」 ( 三行前 ) の繰返し。 こゅべく思ひたまへながら、わざと人に聞かせたまはぬことと、聞きはべりしニ三あなたのしかるべき相手とし て。匂宮の愛人として紹介したか ったとする。匂宮への痛烈な皮肉 かばなむーと、つれなくのたまへど、いとたへがたければ、一一 = ロ少なにておはし ニ四二条院にも出入りする縁故が ニ四 ます。薫「さる方にても御覧ぜさせばやと思ひたまへし人になん。おのづからあったのだから、しぜん宮のお目 にとまっていたかもしれぬ、の意。 ニ五当てこすって。 蛉さもやはべりけむ、宮にも参り通ふべきゅゑはべりしかば」など、すこしづっ ニ六病気の間は、つまらぬ世間話 ニ五 気色ばみて、薫「御心地例ならぬほどは、すずろなる世のこと聞こしめし入れで心騒がせるのはよくない、の意 浮舟の死ゆえの病臥と、皮肉る。 御耳おどろくも、あいなきわざになむ。よくつつしませおはしませ」など聞こ 0 匂宮と薫の悲嘆の質の相違に注 意。薫は自分の愚かな恥ともなり かねぬとして純粋には悲しめない。 えおきて、出でたまひぬ。 一九 な ニ六 一七 れい

3. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

思ふ。 一妹尼が、奥に入っている間に。 ニ中将は、雨の降りやまぬ様子 まらうと に困って。かいま見た女のことを 尼君、入りたまへる間に、客人、雨のけしきを見わづらひて、少将といひし 語 尋ねるのに格好の機会を得た。 四 物人の声を聞き知りて、呼び寄せたまへり。中将「昔見し人々は、みなここにも三↓「少将の尼君」 ( 一六七ハー ) 。 氏 かって女房として少将と名のった。 かた 源のせらるらんやと思ひながらも、かう参り来ることも難くなりにたるを、心浅四自分が婿として通 0 ていた往 時の女房たち。 たれ な きにや誰も誰も見なしたまふらん」などのたまふ。仕うまつり馴れにし人にて、五自分 ( 中将 ) が薄情な男ゆえと。 こう言って相手の考えをさぐる。 らう あはれなりし昔のことどもも思ひ出でたるついでに、中将「かの廊のつま入り六少将は当時親しく自分に世話 をしてくれた女房なので。 すだれひま つるほど、風の騒がしかりつる紛れに、簾の隙より、なべてのさまにはあるまセ寝殿に通ずる廊の端。寝殿の 南廂に招き入れられた時のこと。 じかりつる人の、うち垂れ髪の見えつるは、世を背きたまへるあたりに、誰ぞ ^ 並々ならぬ身分の美しい女。 九後ろに長く垂れた髪。浮舟。 うしろで となん見驚かれつる」とのたまふ。姫君の立ち出でたまへりつる後手を見たま一 0 少将の尼は。 = まして、もっとよく浮舟を見 へりけるなめり、と思ひて、「ましてこまかに見せたらば、心とまりたまひなせたら。以下、少将の心中。 三亡き姫君 ( 中将の妻 ) は。浮舟 が格段にまさるとする。 んかし。昔人はいとこよなう劣りたまへりしをだに、まだ忘れがたくしたまふ 一三独り決めにして。中将の浮舟 めるを」と、心ひとつに思ひて、少将の尼「過ぎにし御事を忘れがたく、慰めか執着を予測する少将は、慎重にか まえて、以下の返答もはぐらかす。 ねたまふめりしほどに、おばえぬ人を得たてまつりたまひて、明け暮れの見も一四尼君 ( 妹尼 ) は。 三思いもかけぬ人。浮舟をさす。 のに思ひきこえたまふめるを、うちとけたまへる御ありさまを、いかでか御覧一六見て心慰められるもの。 がみ 六 七 ひと

4. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

人々まかでてしめやかなるタ暮なり。宮、臥し沈みてのみはあらぬ御心地な一【憂愁の表情の優美な主人像。 宅他の見舞客の退散した後 れば、疎き人にこそあひたまはね、御簾の内にも例入りたまふ人には、対面し天儀礼的に見舞に来る人々。 一九簾中にいつも入れる身内のよ うな人。薫をさす。 たまはずもあらず。見えたまはむもあいなくつつまし、見たまふにつけても、 ニ 0 薫と顔を合すのも具合わるく いとど涙のまづせきがたさを思せど、思ひしづめて、匂宮「おどろおどろしき気がひけるし。浮舟との秘事ゆえ。 ニ一薫が浮舟ゆかりの人だから。 みなひと 一三ひどい病状でもないが。 、い地にもはべらぬを、皆人は、つつしむべき病のさまなりとのみものすれば、 ニ三匂宮は今上帝と明石の中宮か 内裏にも宮にも思し騒ぐがいと苦しく、げに世の中の常なきをも、、い細く思ひら格別に目をかけられている。繰 り返し語られてきた。 はべる」とのたまひて、おし拭ひ紛らはしたまふと思す涙の、やがてとどこほ一西現世の無常が薫の口癖。それ に「げに」と納得しながら、浮舟の らずふり落つれば、し。 、とよしたなけれど、かならずしもいかでか心得ん、ただ死を悼む気持も言外に出る趣。 一宝以下、匂宮の心中。必ずしも ニ六 めめしく心弱きとや見ゆらんと思すも、「さりや。ただこのことをのみ思すな薫は浮舟との秘事に気づくまい。 ニ六前ハー六 ~ さればよ : ・」に照応。 ニセ 以下、秘事を確信する薫の心中。 いつよりなりけむ。我を、いかにをかしともの笑ひしたまふ心地に、 毛匂宮と浮舟の関係は。 ニ ^ 薫はなんと薄情な人か。以下、 蛉月ごろ思しわたりつらむ」と思ふに、この君は、悲しさは忘れたまへるを、 冷静な薫を見ての匂宮の心中。 ニ九死別などでない場合でさえ。 「こよなくもおろかなるかな。ものの切におばゆる時は、いとかからぬことに 三 0 景物に感情の増幅される趣。 つけてだに、空飛ぶ鳥の鳴きわたるにも、もよほされてこそ悲しけれ。わがか三一薫が自分と浮舟の仲を知った ら、それほど、人の悲しみの分ら くすずろに、い弱きにつけても、もし心を得たらむに、さ言ふばかり、もののあぬ人でもないのに。 一七 三 0 のご みす せち ふ ニ九 たいめん

5. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

源氏物語 68 しと、うちうめきたまひて、薫「人に見えでをまかれ。をこなり」とのたま一「を」は強意の助詞。 ニ自分が身分卑しい道定ふぜい あない と女を争ったら、物笑いになる意。 ふ。かしこまりて、少輔が、常に、この殿の御事案内し、かしこのこと問ひし 三式部少輔。道定の兼官。 な も思ひあはすれど、もの馴れてえ申し出でず。君も、下衆にくはしくは知らせ四薫の動静を探ったり、宇治の ことを尋ねたりしたのも。 五随身のような下々の者に。 じと思せば、問はせたまはず。 六薫・匂宮の双方から。 セ薫・匂宮を思う浮舟の物思い かしこには、御使の例よりしげきにつけても、もの思ふことさま、さまなり。 ^ 薫からの文面は。 九↓明石 3 八八ハー注九の歌。他 ただかくそのたまへる。 者に心を移したと詰問。 一 0 私を世間の物笑いにするな。 薫「波こゆるころとも知らず末の松待つらむとのみ思ひけるかな = 歌意が分ったように返事する 人に笑はせたまふな」とあるを、いとあやしと思ふに、胸ふたがりぬ。御返りと匂宮との仲を認めたことになる。 三何かの間違いだったら不都合。 こころえがほ 事を心得顔に聞こえむもいとつつまし、ひが事にてあらんもあやしければ、御一三他者への手紙がまちがって届 けられたと存じますので。 一三たが 文はもとのやうにして、浮舟「所違へのやうに見えはべればなむ。あやしくな一四なぜか気分がすぐれないので。 一五薫は。 やましくて何ごとも」と書き添へて奉れつ。見たまひて、さすがに、「いたく一六うまく言いのがれたものと。 宅浮舟を。彼女への執着である。 もしたるかな、かけて見およばぬ心ばへよ」とほほ笑まれたまふも、憎しとは 0 浮舟の不倫を知った薫は、彼女 の身分の卑しさを思うことで自ら の執着を合理化して詰問するだけ。 え思しはてぬなめり。 それが浮舟を窮地に追いつめる。 一〈浮舟の不倫を。 ふみ 六つかひ せうふ ゑ げ五

6. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

303 浮舟 ことになるのだろうと、それが気がかりでならない ) う。お恨みになるすべもございますまい ) こうなると母君のこともじつに恋しく思われ、常日頃は とだけ書いて使者に渡した。あの大将殿にもこの世の最期 格別に思い出すこともない弟妹たちのみつともない器量も の気持をお見せ申したいけれども、あちらにもこちらにも 懐かしくなってくる。宮の上をお思い出し申すにつけても、書き遺していたのでは、お親しい間柄のこととて、やがて 誰彼となくもう一度会っておきたい人がたくさんいる。女はお聞き合せになろう、それがなんともつらいことだ、自 房たちは、みなめいめいに布を染めたりして支度を急ぎ、 分がどうなってしまったのやらと、 いっさいどなたにも分 何やかや言っているが、女君は、耳にもはいらず、夜にな らぬままで終ってしまいたいもの、と思い直す。 ると、誰からも見つけられないようにして抜け出していく 京から、母君のお手紙を持ってきた。 てだてを思案しては、まんじりともせぬままに、気分もわ 昨夜の夢に、あなたのお姿がひどく胸騒ぎのするご様子 るくなり、まるで正常心も失せてしまったのである。夜が でお見えになったものですから、読経をあちらこちらで としょひ 明けはじめると、川の方に目をやっては、屠所に牽かれて させたりしておりますが、その夢のあとそのまま眠れな いく羊の歩みよりも死の間近い心地がする かったためでしようか、たった今昼寝をしておりました 。しろいろとたいそうせつ ら、その夢に世間で不吉な前知らせとされていることが 〔三三〕浮舟、匂宮と中将宮からま、、 の君に告別の歌を詠むないことを言っておよこしになる。 お見えになりましたので、びつくりしてこの手紙をさし ひとけ この期に及んで人目に見られでもしては、と思うので、そ あげるのです。十分にお慎みなされ。人気の遠いお住い のご返事さえも、思 , つままには書くこともならない ですし、殿がときおりお通いあそばす、そのお方のご関 からをだにうき世の中にとどめずはいづこをはかと君 係筋もほんとに恐ろしく、あなたがいかにもご気分おわ もうらみむ るくいらっしやる折も折、こうした不吉な夢を見ました なきがら うきょ ( 亡骸さえもこの憂世の中に遺しておきませんでしたら、あ ので、何かとお案じしております。私もそちらへまいり なた様はどこを目当てに、この私をお恨みになることでしょ たいのですが、少将のほうでやはりとても気がかりな有

7. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

と申しあげていらっしやるうちに日も暮れてしまったので、見やられる谷あいに、とくに注意して前駆を追う声がして、 たいまっ 大将は京へ帰る途中、小野に立ち寄って宿をおとりになる ほんとに数多くともした松明の灯のものものしい光が見え のもちょうど好都合のようであるけれども、しかし確かな るとあって、尼君たちも端に出てすわっている。「どなた こともまだはっきりしないままで訪ねていったりしたら、 がお通りになるのでしよう。御前駆などがじつに大勢見え やはり具合がわるかろう、と思案にあぐねた末お帰りにな ますこと」、「昼間、お山にひきばしを持たせてあげた返事 るが、そのとき僧都がこの弟の童に目をとめておほめにな に、大将殿がおいであそばして、急にご接待をするので、 る。大将が、「この子にことづけて、とりあえず女君に私 ほんとにちょうどよい折です、とのことでした」、「その大 のことをそれとなくお伝えくだされ」とお申しあげになる将殿とは、今上の女二の宮のご夫君でいらっしゃいました ので、僧都は手紙を書いてこの小君にお渡しになる。そし かしら」などと言っているのも、まったく世間離れして田 て、「ときどきは、この山に遊びにおいでになるがよい」 舎びた様子ではないか。じっさいそうにちがいなかろう、 と、また、「いわれのないことのようにはお思いになれぬ大将殿がときどき、ここと同じような山道を分けて宇治に ずいじん わけもあるのですから」と言葉をおかけになる。この童は、 お越しになったときの、まさしくそれと思われた随身の声 なんのことか合点がゆかないけれども、手紙を受け取り、 も、ふと中にまじって聞えてくる。月日の過ぎていくのに 大将のお供をして出立する。坂本までやってくると、前駆つれて、忘れてしまうはすの昔のことがこうして忘れられ の人々は少し離れ離れになり、大将は、「目だたぬように ないでいるにつけても、いまさらどうなるものでもないと 橋 せよ」とおっしやる。 情けなく思わずにはいられないので、女君は、阿弥陀仏を 浮 〔五〕浮舟、薫の帰途を小野の里では、女君が深々と生い茂念ずることに気を紛らわし、いつもにましてものも言わす よかわ 夢見、念仏に心を紛らす 0 た青葉の山に向 0 て、気持の紛れ にいる。このあたりでは横川に行き来する人だけが、俗世 やりみず を身近に知る頼りなのであった。 ようもなく、遣水に飛ぶ蛍ぐらいを昔を思い出す慰めとし て思いに虚けていらっしやると、軒端からいつも遠くまで うつ

8. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

67 浮舟 いといとほしげなりきかし」と、つくづくと思ふに、女のいたくもの思ひたるかった嘆き。↓総角 3 〔 = 五〕〔三一〕。 一 ^ 物思う浮舟の様子。↓四〇ハー 一九 しと , っし。一九事情の一端が分りかけると。 さまなりしも、片はし、い得そめたまひては、よろづ思しあはするに、、 まれ ニ 0 難点のないことが稀なのは。 「ありがたきものは、人の、いにもあるかな。らうたげにおほどかなりとは見えニ一以下、浮舟について考え直す。 一三匂宮の相手としては。「具」は ぐ 一揃い。似合いの二人と、皮肉る。 ながら、色めきたる方は添ひたる人そかし。この宮の御具にてはいとよきあは ニ三浮舟を宮に譲ってもいい気持。 ニ四 ニ三 ひなり」と、思ひも譲りつべく、退く心地したまへど、「やむごとなく思ひそニ四正妻にするつもりだったら、 の意。浮舟の身分の低さを思う。 ニ五 めはじめし人ならばこそあらめ、なほ、さるものにておきたらむ。今はとて見ニ五やはり今までどおり、慰み相 手として。彼女への執着を合理化。 ニ六以下も薫の心中。自分が嫌気 ざらむ、はた、恋しかるべし」と、人わろく、いろいろ心の中に思す。 がさしたからとて放置しておけば。 す 「我すさまじく思ひなりて棄ておきたらば、かならずかの宮の呼び取りたまひ毛匂宮は、浮舟の将来など考え ぬ刹那的で自己本位の人、の意。 のち ニセ ニ ^ てむ。人のため後のいとほしさをも、ことにたどりたまふまじ。さやうに思す夭一時だけの寵愛で、後は顧み ニ九 ない女。 いつばん 人こそ、一品の宮の御方に人二三人参らせたまひたなれ、さて出で立ちたらむニ九女一の宮。匂宮が浮舟の出仕 ( 五〇ハー一三行 ) を、中宮も中の君 けしき を見聞かむ、いとほしく」など、なほ棄てがたく、気色見まほしくて、御文遣の出仕 ( 総角 3 二三八ハー ) を考えた。 三 0 自身が直接、人目のない所に。 ひとま はす。例の随身召して、御手づから人間に召し寄せたり。薫「道定朝臣は、な三一大内記 ( 道定 ) と仲信の娘との 夫婦仲を問う。随身に、道定が浮 ほ仲信が家にや通ふ」、随身「さなむはべる」と申す。薫「宇治へは、常にやこ舟に惹かれていると思わせるため。 三ニ先に鉢合せした匂宮の文使い をのこ のありけむ男はやるらむ。かすかにてゐたる人なれば、道定も思ひかくらむか三三浮舟はひっそり暮す女ゆえ。 ニ 0 三 0 三三 の うち

9. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

引歌一覧 441 ( 古今・冬・三一穴壬生忠岑 ) 歌の言葉に即した連想が、忘れようとしている過去をまざ 消ゆらむ 白雪が降って積っている山里では、その雪が消えそうなうえ まざと引き出していく趣である。 に、そこに住んでいる人の心までも消え入りそうなはど心細 飽かざりし君が匂ひの恋しさに梅の花をそ今朝 ともひら ( 拾遺・雑春・一 00 五具平親王 ) い思いであろうか は折りつる そで 名残惜しいと思ったあなたの袖の香が恋しく思われるままに、 「消ゅ」は、雪が消える、人の思いが消え入る、の両義。 たお あの香を思わせる梅の花の枝を今朝手折ってしまった。 物語では、年末の宇治の山里の心細さをかたどる。ただし、 もっと積極的な引歌もありそうだが、かりにこの歌を掲げ物語では、前項の引歌に連接しながら、浮舟の懐旧の念を ておいた。 かたどる。「飽かざりし匂ひ」とは、匂宮のことである。 君がため春の野に出でて若菜摘むわが衣手に雪浮舟が他の花よりも紅梅に心惹かれるのは、匂宮の「飽か 9 1 上 ( 古今・春上・一一一光孝天皇 ) ざりし匂ひ」がしみついているためかと、語り手が推測す は降りつつ そで あなたのために、春の野に出て若菜を摘んでいる私の袖に、 る趣であるが、浮舟の無意識の情動を捉えた行文である。 そで た 雪がちらちら降りかかってくる。 ・・ 5 色よりも香こそあはれと思ほゆれ誰が袖ふれし ( 古今・春上・三三読人しらず ) 「衣手」は袖の歌語。物語では、新春を迎えて、妹尼から宿の梅ぞも 色よりも香こそすばらしく思われる。誰が袖をふれて、その の贈歌に応じた浮舟の歌「雪ふかき・ : 」にふまえられ、長 移り香をわが家のこの梅の花に残したのか。 寿を祈る歌となっている。 ・・ 1 月ゃあらぬ春や昔の春ならぬわが身ひとつはも前出 ( ↓匂宮 3 四七一ハー上段など ) 。物語では、浮舟の独詠歌 ( 古今・恋五・七四七在原業平 ) との身にして 「袖ふれし人こそ見えね・ : 」の歌にふまえられる。前項の 月は昔のままの月なのか、春は昔のままの春なのか。わが身 引歌で、語り手が浮舟の無意識の情動を推測したのを受け 一つだけはもとのまま、変ることとてないが : て、ここでは浮舟自身が「袖ふれし人」匂宮との思い出を ねや はっきり意識している。ここでも、歌の言葉が媒介となる 前出 ( ↓早蕨 3 三六五ハー上段 ) 。物語では、浮舟が「閨のつ ことによって、忘れていたい過去が甦ってくる体である。 ま近き紅梅の色も香」も、過ぎ去った昔に変らぬとして、 この歌を「春や昔の」と想起する。それがさらに次の引歌「色よりも・ : 」の歌が、出家した浮舟の心をなおも揺さぶ おうせ っているといえよ , つ。 表現を呼び起して、往時の匂宮との逢瀬を想起させていく。 ひ

10. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

いかだ 語 ところで、物語の大尾と密接な関係のある巻名「夢浮橋ーの意味するものは何か。「浮橋」は、小舟や筏 つな 氏を繋ぎ集めてその上に板を渡して橋の代用とするものであり、『後撰集』ごろから歌語として用いられ、も 源つばら男女の愛の危機、「中絶え」の不安を託するものであった。たとえば『後撰集』にはこんな歌が見え 男の、女の文を隠しけるを見て、もとのめ ( 本妻 ) の書き付けはべりける四条御息所女 うきはし へだてける人の心の浮橋をあやふきまでもふみ ( 文・踏み ) みつるかな 宇治十帖では、この語とともに「宇治橋ーの語も男女の「中絶え」を暗示する語として用いられているが、 その意味するところは深い。『河海抄』は一説として「夢浮橋」の巻名は、古歌の、 世の中は夢の渡りの浮橋かうちわたしつつ物をこそ思へ に拠ると言っている。「世の中」とは男女の仲の意である。この歌はすこし形を変えながらも薄雲巻や若菜 上巻に引歌として用いられていることは、つとに藤原定家も『奥入』に指摘していることであって、男女の 仲の危うさを浮橋にたとえることは、紫式部の習性でもあった。また定家には、周知のとおり、 春の夜の夢の浮橋とだえして峰に分かるる横雲の空 ( 『新古今和歌集』春上 ) の名歌がある。『源氏物語』末巻は幽艶の美を誇りながら、しかも不安に満ちた男女の愛の世界であること を、彼は知っていたのであった。 しかし問題は残っている。『源氏物語』は、それでは人間の営みのすべてをむなしいものと観じ去ったの ふみ