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1. 完訳 日本の古典 第二十五巻 夜の寝覚 ㈠

巻 、 6 たてまつらせたまへれば、「さにこそはあらめ」と思ひて、御前に参らせたれ形式。恋文などは普通「結び文」。 三取次の者は言葉どおり、宰相 ば、引き開けたまへるに、かかれば、胸つぶれて、「中将のとは見えずこそ」中将様からだろうと思うのである。 lß「かくあれば」の約。 ふたり とてうち置きたまへるを、対の君と少将と二人見て、「かならずと、頼め契り大納言様は、必ず連れ出すと、 私たちに頼みに思わせるほど約束 しておられたのに。 たまひしをーと言ひ出でつつ、あはれは絶えず、姫君などの御事を思ひ出づる 一六以下、大納言への少将の返事。 宅中の君に代って少将が詠んだ に、ひたぶるには、なほえ見過ぐしがたくて、少将、御返りきこえさす。 返歌。生きているとさえなぜお聞 きになったのかと思うほど辛い二 人の仲なのに。 一 ^ ただ、そうおっしやるばかり ありとだに聞きてしなぞと思ふ世を憂きにこりずや人に告ぐべき です、の気持。 一九なぜ中の君ご自身がご覧にな ただ」 らないのか。少将の返事から、大 納言は中の君が手紙を見ていない とばかり、筆にまかせて、慎みなく走り書きたるを、めざましく見たまひて、 と考えたのである。 一九 一一 0 以下、叙述の中心は広沢の中 「などか、御みづから見たまふまじき」とおぼす。 の君に移るが、前段との続きがや をばすてやま ニ 0 さすがに、姨捨山の月は、夜更くるままに澄みまさるを、めや唐突。間に多少の脱文があるか。 〔〕中の君広沢の月に 一 = ↓三二ハー注一一一。俗世を離れた 箏を弾き父入道も和す づらしく、つくづく見出だしたまひて、ながめ人りたまふ。広沢の月をいうが、中の君の「慰 めかね」る心をも表現。 一三中の君の独詠歌。「すむ」は 中の君ありしにもあらず憂き世にすむ月の影こそ見しにかはらざりけれ 「澄む」と「住む」の掛詞。 さうこと そのままに手ふれたまはざりける箏の琴、引き寄せたまひて、掻き鳴らしたま = 三九条の一夜以来、の気持。 「御覧ぜさせはべりぬれば、 一七 つつ 一四 ふ おまへ

2. 完訳 日本の古典 第四十五巻 平家物語 ㈣

おんこゑ 夢かやうつつか。これへ入り給へ」と宣ひける御声を聞き給ふに、、 っしか先一御簾をかぶるようにして。御 廉をあげて頭を中へ入れたのであ カヅキ 立つ物は涙なり。大納一一 = ロ佐殿、目もくれ心もきえはてて、しばしは物も宣はず。ろう。屋代本「御簾打褓テ入給タ レドモ」。 語 物三位中将、御簾うちかづいて泣く / 、宣ひけるは、「こその春、一の谷でいかニあんまりな罪。あまりに重い 家 罪。 平にもなるべかりし身の、せめての罪のむくひにや、いきながらとらはれて、大 = 気がかりに思。ていられた。 気づかっておられた。 だいしゅ 路をわたされ、京、鎌倉、恥をさらすだに口惜しきに、はては奈良の大衆の手四越前守平通盛。その「上」すな わち北の方は小宰相。↓巻九「小 おん へわたされて、きらるべしとてまかり戻。 イいかにもして今一度御すがたを見奉宰相身投」。 五思いがけないことで。 らばやと思ひつるに、今は露ばかりも思ひおく事なし。出家して、かたみにか六今日が最後でいらっしやるこ ステ とはほんとに悲しい。屋代本「既 カナシ みをも奉らばやと思へども、ゆるされなければカ及ばず」とて、額のかみをすニ限ゴテ御坐覧事ノ悲サヨ」。元 カギリ 和版「サテハ今日を限ニテ坐スラ ン事ョ」。 こしひきわけて、ロのおよぶ所をくひきッて、「これをかたみに御覧ぜよ」と セ今まで処刑が延びていたのは。 ひごろ三 ひと て奉り給ふ。北の方は、日来おばっかなくおばしけるより、今一しほかなしみ今まで私が生きのびて ( 生きなが 四 らえて ) いたのは、とする解もあ ゑちぜんのさんみうへやう の色をそまし給ふ。「まことに別れ奉りし後は、越前三位の上の様に、水の底る。屋代本にはこの八字がない。 ナガラ 元和版「今迄存ヘッルハ」。 にも・沈むべかりしが、まさし , っこの世におはせぬ人とも聞か、りしかば、もし ^ 着物がよれよれになっていた りして、みすばらしくやつれてい たことを一い , つ。 不思議にて、今一度かはらぬすがたを見もし見えもやすると思ひてこそ、うき 六 九お召し替えなさい。「奉る」は、 ながら今までもながらへてありつるに、今日をかぎりにておはせんずらんかな着る、身につける、の尊敬語。 ち ひたひ おほ カキ )

3. 西遊記(上)

きさま 「おう、我こそ大聖なるぞ。そういう貴様は何者だ」とやり返す。 われりてんのう たしにたいしもくさ かんせおんぼさつでし ほうみようえがん 「我は李天王の第二太子木叉。いまは観世音菩薩の弟子、法名を恵岸と申す」 しゅぎよう 「南海で修行もしてないで、なんだってこんなところへ来やがった」 とら 「おまえを捕えに来たのだ」 これを聞くなり悟空は、 もくさ によいぼう 「なにをこしやくな、これでもくらえ」とばかり、如意棒を打ち降ろす。木叉は少しも恐れず、 てつ・ほうふ もうれつ 鉄棒振るって迎え打つ。二人は、猛烈にやりあったが、五、六十合も打ちあううちに、やがて恵 岸はくたくたになった。そこですきを見て、さっと身を引いて逃げ帰った。 やつじんつうりき 「敵ながらあつばれな奴。神通力にもすぐれ、わたくしとてもかなわず、逃げもどりました」と、 ほう・こ′、 えんぐん じようそうぶんえがん はあはあ言いながら報告をすると、李天王は驚いて、すぐさま援軍をたのむ上奏文を恵岸に持た せてやった。 えがん ぼさっ えがん 恵岸がもどると、菩薩は待ちかねたようにたずねたが、恵岸からことのあらましを聞くと、頭 をたれて、何事か考えるふうであった。 ぎよくていじようそうぶん わら 玉帝は上奏文を読むと笑って、 わるざる 「あの悪猿めが。なかなかやりおるわい。李天王が、また援軍を求めて来おった。こんどは誰を ぼさっ : 」っかわそうかと言い終わるのを待たずに、菩薩が申し上げた。 がん てき なんかい われ むか たいせい りてんのうおどろ りてんのう えんぐんもと プ 00

4. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

47 第 141 段 み かんだちめそうがう あさてる るが、朝光か 「さは、こはたれがしわざにか。好き好きしき上達部、僧綱などは、たれかは 九円融院の御所の長官。 ある。それにやかれにや」などおばめきゅかしがりたまふに、うへ、「このわ一 0 わけがわからないままに儀礼 上の返歌をした。 = 「これをだに」の歌とこの返歌。 たりに見えしにこそは、、 しとよく似たンめれ」と、うちほほゑませたまひて、 三そ知らぬ様子で、とばけて。 一五ひとすぢみづし いま一筋御厨子のもとなりけるを、取り出でさせたまひつれば、「いであな心一三僧官の僧正・僧都・律師、僧 位の法印・法眼・法橋の総称。 かしら 憂。これ仰せられよ。頭いたや。いかで聞きはべらむ」と、ただ責めに責め申一四不審がって知りたく思われる。 一五下書などか。いずれにせよ主 して、うらみきこえて笑ひたまふに、やうやう仰せられ出でて、「御使に行き上のいたすらだったのである。 一六まあ、なんと情けないこと。 おにわらは ニ 0 こひやうゑニニ たりける鬼童は、たてま所の刀自といふ者のともなりけるを、小兵衛が語らひこのわけをおっしやってください。 宅「蓑虫のやうなる童」をさす。 いだしたるにゃありけむ」など仰せらるれば、宮も笑はせたまふを、引きゅる大柄な童を「鬼童」といったもの。 だいばんどころ 一 ^ 不審。三巻本「台盤所」。 がしたてまつりて、「などかくはからせおはします。なほ疑ひもなく、手をう一九雑役をつとめる女官。 ニ 0 供の者。三巻本「もと」。 をが いとほ三中宮付きの女房の名。 ち洗ひて、伏し拝みはべりし事よ」。笑ひねたがりゐたまへるさまも、 一三話をつけて誘い出す。 ニ三藤三位が中宮を。主上の乳母 こりかに、愛敬づきてをかし。 としてまた大叔母としての遠慮の だいばんどころ わらは つばね さて、うへの台盤所にも笑ひののしりて、局におりて、この童たづねいでて、なさ。 文取り入れし人に見すれば、「それにこそははべるめれ」と言ふ。「たれが文をニ四主語は藤三位か。 ニ五藤三位は。 たれが取らせしぞ」と言へば、しれじれとうちゑみて、ともかくも言はで走りニ六痴れ痴れととばけて。 あら あいぎゃう 一九 ニ六 すず せ つかひ

5. 完訳 日本の古典 第二十巻 源氏物語 ㈦

道すがらも、あはれなる空をながめて、十三日の月のいと一薄暗い小倉山も難なく通過し 2 〔一九〕タ霧一条宮を過ぎ うるほど。実際通ったのでない。 をぐら て帰邸雲居雁の嘆き はなやかにさし出でぬれば、小倉の山もたどるまじうおは「小倉山」は京都市右京区、大堰川 五ロ 北岸の歌枕で、「小暗」を連想。 旨ロ くづ 物するに、一条宮は道なりけり。、 しとどうちあばれて、未申の方の崩れたるを見ニ落葉の宮の本邸。柏木の死や、 御息所の小野転居で荒廃が著しい やりみづおもて 源入るれば、はるばるとおろしこめて、人影も見えず、月のみ遣水の面をあらは = 西南の方の地の崩れた所。 四格子をすべて下ろしている。 にすみましたるに、大納言ここにて遊びなどしたまうしをりをりを、思ひ出で五「住み」「澄み、の掛詞。「月」 を擬人化して、人けのなさを強調。 六柏木。死の直前に権大納言。 たまふ。 セ「見し人」は亡き柏木。「人の 影」に「 ( 月 ) かげ」をひびかす。「住 タ霧見し人のかげすみはてぬ池水にひとり宿もる秋の夜の月 み」「澄み」の掛詞。「かげ」「澄 み」「月」、「池水」「月」が縁語 と独りごちつつ、殿におはしても、月を見つつ、心は空にあくがれたまへり。 ここでも「月を擬人化。「なき人 ごたち の影だに見えぬ遣水の底に涙を流 女房「さも見苦しう。あらざりし御癖かな」と、御達も憎みあへり。 してぞ来し」 ( 後撰・哀傷伊勢 ) 。 、一ころう 上はまめやかに心憂く、「あくがれたちぬる御心なめり。もとよりさる方に ^ タ霧の邸、三条殿。 九「月」の縁で「空」。落葉の宮へ ためし ならひたまへる六条院の人々を、ともすればめでたき例にひき出でつつ、心よの恋慕から、心があくがれ出る趣。 一 0 こんな癖はなかったのに。 からずあいだちなきものに思ひたまへる、わりなしや、我も、昔よりしかなら = 雲居雁。 三タ霧の宮への恋慕を推量。 な 一七ためし ひなましかば、人目も馴れてなかなか過ぐしてまし。世の例にもしつべき御心一三一夫多妻の同居生活で仲よく 暮すのに慣れている源氏の妻妾た ばへと、親はらからよりはじめたてまつり、めやすきあえものにしたまへるを、ち。タ霧はそれを、すばらしいこ ( 現代語訳三一六 ひつじさる

6. 完訳 日本の古典 第五十七巻 雨月物語 春雨物語

人にささるれども ( 意改 ) ー人にさゝ ワ】 るゝれ . と、も ニ世の縁 語 物 4 掘らす ( 意改 ) ー堀す 雨 7 見ゆる ( 意補 ) ー見る 春 7 きせられて ( 意補 ) ーきせれて Ⅱ問へど ( 意削 ) ーとへは問へと いひあさみて ( 意削 ) ーいひああさみ 3 稚き心だち ( 意改 ) ー移き心たち 7 人みれば ( 意改 ) ー人たれは 目ひとつの神 誰がよんべ ( 意補 ) ー誰よんへ 3 たのもしと ( 意削 ) ーたのもしとと 停みたるが ( 意補 ) ー ( ? ) みたるか 死首の咲顔 4 征しあらがひ ( 意改 ) ー征しからかひ 同じぞうの人 ( 意改 ) ー同しそこの人 靫負 ( 意改 ) ー靱屓 5 おどろきて迯れ ( 意削 ) ーおとろきて の迯れ 9 へもゆけ ( 意補 ) ーへゆけ 躪 1 かりそめ臥し ( 意削 ) ーされけれかり そめふし て 2 つばらかに ( 西 ) ーっしらかに 2 ともかうも ( 西・補 ) ーともかう 6 わりなき事 ( 意削 ) ーわりななき事 Ⅱままとひやれ ( 意改 ) ーまゝこりやれ 肥何ばかりの ( 意削 ) ー何はかかりの 肥追ひはしらす ( 意補 ) ー追はらす ことみねども ( 意削 ) ーことみかねと つかひのしり ( 意補 ) ーっかひしり よろづ代也とも ( 意改 ) ーよろっ代へ ル」、も 3 いつの比 ( 西・補 ) ーいつの 6 その夜の ( 西・補 ) ーそ夜の 9 小櫛かき人れて ( 意補 ) ー小櫛かきれ て 朧 8 いかにもしたまへ ( 意補 ) ーいかにし たまへ 9 出さるれば ( 意補 ) ー出されは 2 物ぐるひしたる ( 意補 ) ー物くるひた 躍 3 ことごとく ( 西・補 ) ーこと / \ 血はしらせ ( 意改 ) ー血はららせ 8 たけだけしけれ ( 意補 ) ーたけ / \ け 捨石丸 人あり ( 意改 ) ー人ある れ る 、も 姉の豊 ( 意改 ) ー姉の常 2 親に ( 意改 ) ー行に 4 かたじけなく ( 意補 ) ーかたしなく 5 のみくらふ ( 西 ) ーのみてらふ 9 うたせたまへる ( 西・補 ) ーうせたま へる すすむるほどに ( 意補 ) ーす、むほと に 1 わらふわらふ ( 天巻 ) ーいらふ / \ Ⅱあとにつきて ( 西・補 ) ーあとっきて 5 かひなに ( 西 ) ーかいなる 肥富みたりといへば ( 意改 ) ー富みたり といへと 3 豊くに ( 意改 ) ー常くに 5 若君 ( 意改 ) ー若者 屑をはこぶ事 ( 西 ) ー屑をはらふ事 6 家は亡ぶとも ( 意改 ) ー家はとふとも 宮木が塚 9 えらめ ( 意削 ) ーえららめ 9 貧しさのみ ( 意補 ) ー貧しのみ 4 物きよくして ( 意改 ) ー物きよくてて 肥たまはん ( 意補 ) ーたはん 四 8 門の戸 ( 意削 ) ー門のの戸 8 御使事 ( 意改 ) ー御夫事 埋 6 観自在ぼとけ ( 意補 ) ー観自在ほと 陽症 ( 桜 ) ー隔症

7. 完訳 日本の古典 第十一巻 蜻蛉日記

蜻蛉日記 56 一隠題として「賀茂」を詠みこむ。 たすき ニ木綿で作った襷。「結ぶ」を言 い出す序詞として使われ、その 「むすぶ」が、気が晴れやらぬ意の また、 「むすばほれ」となっていく。 三稲荷、賀茂の両社への奉納歌 ゅふだすき 全体をまとめる。しかし、これら 木綿襷むすばほれつつ嘆くこと絶えなば神のしるしと思はむ の歌は、信心のかいなく苦労が絶 えぬという内容ばかりなので、神 などなむ、神の聞かぬところに、きこえごちける。 の耳に聞えないように、そっとっ 秋果てて、冬はついたちつごもりとて、あしきもよきも騒ぐめるものなれば、ぶやいた、というのであろう。 「きこえごっ」↓二二ハー注四。 四次々と月が改っていく時間の 独り寝のやうにて過ぐしつ。 流れを示し年末年始の慌ただしい やよひ 三月つごもりがたに、かりのこの見ゆるを、これ十づつ重さまへつながる。康保四年 ( 突セ ) 。 三三〕かりのこを十重ね 五雁や鴨ないし軽鴨の卵。一般 すずし て、子に贈る に鳥の卵とする説もある。 ぬるわざをいかでせむとて、手まさぐりに生絹の糸を長う 六「鳥の子を十づっ十は重ぬと も思はぬ人を思ふものかは」 ( 伊勢 結びて、ひとっ結びてはゆひゅひして、引き立てたれば、し 、とよう重なりたり。 物語。下句、『古今六帖』第四では くでうどのにようごどの かたたてまつう なほあるよりはとて、九条殿の女御殿の御方に奉る。卯の花にぞっけたる。な「人の心をいかが頼まむ」 ) による。 非常に困難なことをたとえる。 九 ふみ とをかさ にごともなく、ただ例の御文にて、端に、「この十重なりたるは、かうてもはセ練ってない生糸で織った布。 もろすけ ^ 藤原師輔の娘、子。兼家の 妹 ( 『大鏡』裏書では同母妹 ) 。女御 べりぬべかりけり」とのみきこえたる御返り、 になったのはこの翌年安和元年十 二月だが、執筆時の意識で記す。 数知らず思ふ心にくらぶれば十重ぬるもものとやは見る ひとね また、上のに、 いっしかもいっしかもとそ待ちわたる森のこまより光見むまを かみ とをかさ た 五 ひかり 六 とを かさ かくしだい か・つがも

8. 完訳 日本の古典 第十五巻 源氏物語 ㈡

だいはんどころ 一命婦は主上づきの女房。 またの日、上にさぶらへば、台盤所にさしのぞきたまひて、源氏「くはや、 ニ女房たちの詰所。清涼殿西廂。 きのふ 昨日の返り事。あやしく心ばみ過ぐさるる」とて投げたまへり。女房たち、何三呼びかけの発語。 語 四過度に気骨が折れる、の意。 物ごとならむとゆかしがる。「ただ、梅の花の、色のごと、三笠の山の、をとめ = 姫君、の返事を結び文にして。 六赤鼻の姫君をあてこする歌。 源 をば、すてて」と、うたひすさびて出でたまひぬるを、命婦はいとをかしと思『花鳥余情』は「たたらめの花のご と掻練好むやげに紫の色好む ひとゑ ふ。心知らぬ人々は、女房「なぞ。御独り笑みは」ととがめあへり。命婦「あらや」 ( 政事要略・衛門府風俗歌 ) を掲 げる。「たたらめの鼻」 ( 鍛冶の炉 しもあ一 をつかさどる巫女の赤鼻 ) から「た ず。寒き霜朝に、掻練このめるはなの色あひや見えつらむ。御つづしり歌のい だ梅の花」に転じたか。また「三笠 とほしき」と言へば、女房「あながちなる御事かな。この中には、にほへるはの山」の春日神社が常陸の鹿島神 社と同じ祭神ゆえ、常陸宮の姫君 さこんのみやうぶひごのうねべ なもなかめり。左近命婦、肥後采女やまじらひつらむ」など心もえず言ひしろを連想。 セ練って糊を落した柔らかな絹。 紅色が普通 9 「このめるはなの色 ふ。御返り奉りたれば、宮には女房つどひて見めでけり。 あひや」は前掲の風俗歌による。 ^ 一句ずつ短く切りながら歌っ 源氏逢はぬ夜をへだつる中の衣手にかさねていとど見もし見よとや た「ただ : ・すてて」の歌をさす。 九二人とも鼻が赤いらしい 白き紙に捨て書いたまへるしもそ、なかなかをかしげなる。 一 0 源氏からの返歌を姫君に。 っ′ ) もり ッ ) ろ・もばこ れう ぞひとぐ 晦日の日、タっ方、かの御衣箱に、御料とて人の奉れる御衣一具、葡萄染の = 姫君の「衣」に執し、「衣だに 中にありしは疎かりき逢はぬ夜を 織物の御衣、また山吹かなにぞ、いろいろ見えて、命婦そ奉りたる。ありし色さへ隔てつるかな」 ( 拾遺・恋三 読人しらず ) による。「へだつる」 くれなゐ一六 あひをわろしとや見たまひけんと思ひ知らるれど、「かれ、はた、紅のおもおは、夜を隔てる、仲を隔てる、の かいねり 五 えびぞめ

9. 完訳 日本の古典 第十一巻 蜻蛉日記

めでた、いかなる人」など、思ふ人も聞く人も言ふを聞くそ、いとどものはお一伊尹の姿をすばらしいと思う 人も、その人が賛美するのを聞い ばえけむかし。 てなるほどと目を見張る人も、と もに伊尹賛嘆の声をあげるのを、 ちそくゐん 日 さるここちなからむ人にひかれて、また知足院のわたりに作者が聞く、の意に解しておく。 〔九〕道綱、大和だつ人 蛉 ニ人々の伊尹賛美から夫兼家の 蜻に和歌を贈る ものする日、大夫もひきつづけてあるに、車ども帰るほど晴れ姿を連想するにつけて、その 兼家との疎隔を改めて痛感する。 をんなぐるま 一七一ハー注一七。 に、よろしきさまに見えける女車のしりにつづきそめにければ、おくれす追ひ三↓ 四紫野にあったらしい かえりだち きければ、家を見せじとにゃあらむ、とく紛れいきにけるを、追ひてたづねは五賀茂祭の還立の二十一日か。 六道綱の歌。ただし、母の指導 のもとに詠んだか、あるいは母の じめて、またの日、かく言ひやるめり。 代作か。以下、その注は省く。 あふひ セ「葵」に「逢ふ日」をかける。 思ひそめものをこそ思へ今日よりはあふひはるかになりやしぬらむ ^ 「過ぎ立つ」に「杉立つ」をかけ る。「過ぎ立つ」は、ひどく恋しく とてやりたるに、「さらにおばえず」など言ひけむかし。されどまた、 なってくるということ。一首は、 みわ 三輪山 ( 奈良県桜井市 ) の古歌、 わりなくもすぎたちにける心かな三輪の山もとたづねはじめて 「わが庵は三輪の山もと恋しくは やまと かど とぶらひ来ませ杉立てる門」 ( 古 と言ひやりけり。大和だつ人なるべし。返し、 今・雑下読人しらず ) による。 九大和に縁のある人であろう、 三輪の山待ち見ることのゆゅしさにすぎたてりともえこそ知らせね ずりよう の意。大和国の受領の娘か。 一 0 「三輪の山いかに待ち見む年 経ともたづぬる人もあらじと思へ ば」 ( 古今・恋五伊勢 ) による。ま 1 三ロ 172 となむ。 かくて、つごもりになりぬれど、人は卯の花の陰にも見えず、おとだになく 五

10. 完訳 日本の古典 第二十四巻 和泉式部日記 紫式部日記 更級日記

一夢は最もはかないものの比喩 とされる。その夢よりもっとはか ない人の世。具体的には「世の中」 とは、前年六月十一二日に亡くなっ ためたか た恋人為尊親王との仲をさす。 ニ長保五年 ( 一 00 三 ) 初夏。親王の 夢よりもはかなき世の中を、歎きわびつつ明かし暮らすほ亡くなった六月の夏の自然はよみ 〔一〕四月十余日ーー追 がえるのに、亡き人は戻らないと した 憶と期待 どに、四月十余日にもなりぬれば、木の下くらがりもてゆいう感懐。女 ( 和泉式部 ) の切実な 体験を既知の前提とした記述。 築土の上の草あをやかなるも、人はことに目もとどめぬを、あはれとなが三土塀に生えた雑草の繁茂とう 四 らはらな宮の死を悲しむ感慨 すいがい 四板・竹製のすき間のある垣根。 むるほどに、近き透垣のもとに人のけはひすれば、たれならむと思ふほどに、 れいぜいいん 六 五亡き為尊親王。冷泉院第三皇 こみや こどねりわらは 子。多情の人と言われ、二十六歳 故宮にさぶらひし小舎人童なりけり。 で没した。故宮への追憶に重ね合 せて新しい恋が導かれる設定。 あはれにもののおぼゆるほどに来たれば、女「などか久しく見えざりつる。 六貴族に仕え雑用をする少年。 遠ざかる昔のなごりにも思ふを」など言はすれば、意「そのこととさぶらはでセ亡き為尊親王との恋のゆかり。 八その事、と決った特別な用事。 は、なれなれしきさまにやと、つつましうさぶらふうちに、日ごろは山寺にま圸寺に出かけるのは為尊親王 日 の菩提をとむらうためか。 あり 部 式かり歩きてなむ。いとたよりなく、つれづれに思ひたまうらるれば、御かはり一 0 「たまへらるれば」のウ音便形。 あつみち 一一為尊の同母弟敦道親王。冷泉 和 そちのみや だざいのそち にも見たてまつらむとてなむ、帥宮に参りてさぶらふーと語る。女「いとよき院第四皇子、大宰帥。二十三歳。 一ニ「あるなれーの略。なれは伝聞。 ことにこそあなれ。その宮は、いとあてにけけしうおはしますなるは。昔のや一 = よそよそしい。近づきにくい。 ついひち よひ なげ