言う - みる会図書館


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291件見つかりました。

1. リング

192 早津が言った。「ただ、山村貞子って女性はもうここにはいないと思いますがね。まあ、 詳しいことは山村敬さんに聞いてみて下さい。山村さんは確か、山村貞子の母の従兄弟に あたると聞いてます」 「山村貞子って女性、今何歳なんですかー 浅川が聞いた。竜司はさっきから後部シ ートにうずくまっているだけで、一言も口をき こうとしない。 「さあ、わたしは直接会ったことはないんですが : 、もし生きていれば、今頃は、四十 二、三歳ってとこじゃないでしようかね : もし生きていれば。なぜこんな表現を使うのだろうと、浅川はいぶかしんだ。ひょ っとして現在消息不明なのではないか、せつかく大島まで来ても消息を掴めぬまま、デッ ドエンドを迎えてしまう、そんな危惧がさっと頭をよぎったのだ。 そうこうしているうちに、車は「山村荘」という看板のある二階建ての家の前で泊まっ た。眼前に海を見渡せるなだらかな斜面にあり、晴れていれば素晴らしい風景が楽しめる に違いない。沖には三角形の島影がに まんやりと浮かんでいる。利島だった。 「天気がよければね、あの向こうに新島、式根島、それに神津島まで、見渡せるんです 早津は、はるか南の沖合を指差して自慢気に言った。 つか

2. リング

静は不思議でならなかった。いつも忙しい忙しいとぼやいている夫が、なぜ妻の長姉の 家を訪ねようなどと言い出したのか。原稿の締め切りに追われ、葬式にさえ顔を出さなか った夫である。しかも、そろそろ夕飯の支度という時間を迎えても一向に帰ろうとする素 振りを見せない。姪の智子には数回会っただけ、親しく話したこともなかったはず、故人 しの を偲んで立ち去り難いとも思えない。 「あなた、もう、そろそろ : : : 」 ひざ たた みみもとささや 静は浅川の膝を軽く叩き、耳許で囁いた。 「陽子のやっ、眠そうだぜ。ここでちょっと寝かしてもらったほうがいいんじゃないか」 浅川夫婦は娘を連れていた。普段なら、今頃は昼寝の時間である。確かに陽子のまばた きは、眠い時のそれに変わりつつある。しかしここで昼寝をさせれば、あと二時間はこの 家に居なくてはならない。一人娘を亡くしたばかりの姉夫婦とあと二時間、一体何を話せ ばいいのか。 「電車の中で寝かせればいいじゃない グ静は声を落として言った。 ン 「この前はそれでぐずられて、ひどい目にあった。もうあんなのはこりごりだね」 陽子は人込みの中で眠くなると、手がつけられないぐずり方をする。両手両足をバタバ しか タさせ、大声で喚き散らして親を困らせるのだ。叱りつけでもしたら、火に油を注ぐよう こうなると、浅川 なもので、どうにかうまく眠らせる以外におとなしくする手段はない。 わめ めい てだて

3. リング

リング らねえ。 「ようするに個人差じゃねえのか。数学の問題が解けないで頭かきむしる奴もいれば、 煙草をふかす奴もいる。腹に手をあてる奴だっているかもしれねえ」 小栗は言いながら椅子を回転させた。 「とにかく、今の段階では、まだ何も言えねえじゃねえか。載せるスペースはないよ。わ かってるだろ、二年前のことがあるからな。こういった類のことにはうかつに手を出せね え。思い込みで書こうと思えば、書けてしまうものさ そうかもしれない。本当に編集長の言う通り、ただ単に偶然が重なっただけかもしれな 。しかし、どうだろう、最終的に医者は首をかしげるのみであった。心臓発作で頭の毛 、こ、医者は顔をしかめて「うー をごっそりと抜いてしまうことがあるのですかというし冫 うな んと唸っただけであった。その顔は告げている、少なくとも彼の診た患者にそういった 例がなかったことを。 「わかりました」 今は素直に引き下がる他なかった。このふたつの事故の間にもっと客観的な因果関係が 発見できなければ、編集長を説得するのはむずかしい。もし、何も発見できなかったら、 その時は黙って手を引こう、浅川はそう心に決めていた。 やっ

4. リング

は回りの視線を気にして、一番迷惑してるのは親のほうだとばかり不機嫌な顔で黙り込ん でしまう。他の乗客の迷惑そうな眼差しに責められて、浅川は息がつまりそうになるのだ。 ほお そして静もまた、神経質そうに頬の筋肉を震わせる夫の顔はなるべく見たくなかった。 「あなたがそう言うなら : : : 」 「そうしよう。二階で少し昼寝させてもらおうよ」 ひざ 陽子は母の膝の上で半分目を閉じかけている。 「僕が寝かしつけてくる」 浅川は、娘の頬を手の甲で撫でながら言った。滅多に子供の面倒を見ない浅川だけに、 その一一一口葉はなんとも奇妙に聞こえる。子供を亡くした親の悲しみに触れて、心を入れ替え たのだろうか。 「どうしちゃったのよ、今日は : ・ : 。なんだか気持ちワルイ 「だいじようぶ、この様子ならすぐ寝る。僕に任せろよ」 静は娘を浅川に渡した。 「じゃ、お願いね。いつもこうだと助かるんだけど」 母の胸から父の胸に移る瞬間、陽子はほんの少し顔をしかめたが、泣く暇もなく眠りに 落ちていった。浅川は娘を抱き抱え、階段を上った。二階には、二つの和室とかって智子 の部屋であった洋室がひとつある。南に面した和室の布団にそっと陽子を置く。添い寝す る必要はなかった。かわいらしい寝息をたてて、既に娘は深い眠りに落ちていた。

5. リング

たことを耳打ちするんじゃねえのか、昔の方一一一一口使ってよお。おまえも気付いただろうが、 ほとん この島の言葉は殆ど標準語といっていい。 あのばーさん、かなりの年寄りだぜ。鎌倉時代 に生きていたとかよお、それとも、ひょっとしたら、役小角となにか係わりがあるのかも しれねえ」 ・ : うぬはだーせんよごらをあげる。おまえは来年子供を産む。 「あの予一一一口、本当なのかな」 「ああ、あれか。次にすぐ男の赤ん坊のシーンがあるだろ。だから、オレは、最初、山村 貞子が男の赤ん坊を産んだものと考えたんだが、このファックスを見ると、どうも違うよ うな気がするな」 「生後四ヶ月で死んだ弟 : : : 」 「そう、そっちのほうだと思う 「じゃあ、どうなる、予言のほうは。老婆はどう見ても山村貞子に向かって『うぬ』と呼 びかけてるんだぜ、貞子は子供を産んだのか ? 「わからねえ、ばーさんの言葉を信じりや、たぶん、産んだんじゃねえかい 「だれの子を ? 「知るか、そんなこと。なあ、おまえ、オレがなんでも知ってると思うなよ。オレはただ 推測でものを言っているに過ぎないんだからな」 もし、山村貞子の子供が存在するのなら、それはだれの子で今何をしている ?

6. リング

252 は覚悟したほうがいいでしようね、などと言いながら、その患者が会社に提出するはずの 診断書を書き終えたところで、もうどうにもがまんできなくなって外に出たのだが、外の 高原の空気を吸っても頭の痛みは一向に治まらなかった。それでもどうにか病棟の横の石 段を降り、庭前の日陰に逃げこもうとしたところ、ひとりの若い女性が木の幹によりかか って下界を見下ろしているのに気付いた。 , 彼女はここの患者ではなかった。私がここに来 るずっと以前から入院している伊熊平八郎という元 e 大学助教授の娘さんで、名前を山村 貞子といった。親子なのに名字が違っていたので、その名前をよく覚えている。ここ一ヶ 月ばかり、山村貞子は頻繁に南箱根療養所に見舞いに訪れていたのだが、あまり父のそば にいるでもなく、父の症状を医師から聞き出すでもなく、風光明媚な高原の景色を楽しみ にやって来ているとしか思えなかった。私は彼女の隣に腰をおろし、につこり笑いかけて、 おとうさんの様子はどうだね、と語りかけたが、彼女は父の症状に関しては別に知りたく もないといった素振りを見せるのだ。そのくせ、彼女は父の命がもうそろそろ尽きようと していることを確かに知っている。ロ振りから、それがわかった。どの医者の予想よりも 正確に、彼女は父の亡くなる日を予知していたのだ。 そうやって山村貞子の隣に座って、彼女の人生や家族のことなどを聞いているうちに、 あれほど激しかった頭痛がいつの間にか引いてしまったことに気付いた。その代わりに顔 を出したのは、熱を伴う妙な高揚感。どこからともなく活力が湧き、体中の血の温度を上 げていくような感覚。私は山村貞子の顔をそれとなく観察した。いつも感じることだが、

7. リング

297 だが、どうだろう、いきなり二十五年前の人骨を差し出され、これはあなたがたの縁者の 山村貞子ですと言われても、言われたほうは何を根拠にその言葉を信じればいいのだろう か : : : 、浅川は少々不安になった。 「じゃあな、あばよ。また東京で会おうぜ」 竜司は手を振って熱海駅の改札を抜けた。 「仕事がなければ、付き合ってやってもいいだがよ」 竜司は早急に仕上げなければならない論文を山ほどかかえていた。 「ありがとう、改めて礼を言うよ」 「よせよ、オレもけっこう楽しんだしよお」 ホームの階段の陰に消えるまで、浅川は竜司の姿を追った。そして、その姿が視界から 消える寸前、竜司は階段を踏み外して転びそうになった。あやうく・ハランスを取り戻した ものの、グラッと揺れた瞬間に、竜司の逞しい体の輪郭が浅川の目に二重に・ほやけて映っ た。浅川は疲れを感じて、目をこすった。そして、手を両目から離すと、竜司はホームの グ上へと消えていた。その時、不思議な感覚が胸をついた。正体不明の、鼻をくすぐる柑橘 ン系の香りとともに : その日の午後、浅川は山村貞子の遺骨を無事山村敬のもとに届けることができた。漁か ら帰ったばかりの山村敬は、浅川が持っている黒い風呂敷包みを見てすぐ、その中身が何 たくま ふろしき かんきっ

8. リング

262 抱かせないほう力いいのだ。 「事件のほう、もうかたづきそうなの ? 「そろそろねー 「約束よ、すべて終わったら、最初から順を追って話してくれるって : : : 」 妻との約束。一切、この件に関して質問するな、そのかわり一段落したら全部話してあ げるよ。妻は忠実に約束を守っていた。 おい、いつまで話してやがる」 後ろから、竜司の声がした。振り返ると、彼はトランクを開けて購入した道具を放り込 むところであった。 「また電話するよ。今晩はもうできないかもしれない 浅川はフックに手をかけた。押せば、電話は切れてしまう。なんのために電話をかけた のかわからなかった。ただ声を聞くためなのか、それとももっと重要なことを伝えるため なのか。しかし、今仮に、延々と一時間会話したとしても、電話を切る時になれば、言い たいことの半分も伝えてないなあというもどかしさが強く残るに違いな、。結局同じこと なんだ。浅川はフックに指を乗せ、力を抜いた。とにかく、今晩の十時にはすべて決着が つく。今晩の、十時には : あや こうやって昼のさ中に上ると、以前来た夜の妖しげなムードは日差しに隠れ、南箱根。ハ

9. リング

183 「死んだ後って : 、死ねばそれで終わり、何もなくなる、それだけじゃないのかー 「おまえ、死んだことあるのかい ? 」 浅川は妙にまじめくさって首を横に振った。 「じゃあ、わからねえだろ。死後の世界がどうなっているのか」 「魂が存在するってこと ? 「だから、オレにはわからねえとしか言いようがねえ。だがな、生命の誕生を考えた場合、 魂なるものの存在を仮定したほうがすんなりいくような気もする。現代の分子生物学者の ぎれごと 言っている戯言には、とうてい現実味がないんだよ。いい力い、彼らはなんと言っている か。ポールの中に二十数種類のアミノ酸を数百個入れまして、電気工ネルギーをふりかけ ながらぐちゃんぐちゃんにかき混ぜましたところ、ほらこの通り生命の元であるたんばく 質が出来上がりましたって、そう言ってんだそ。あほらしくて信じられるか、そんなこと。 グ神様の創造物でありますと言われたほうがまだ。ヒーンとくらあ。なあ、オレはなあ、誕生 の瞬間には、もと全く違うタイプのエネルギー、というよりもある種の意志が働いたと思 竜司は浅川のほうにほんの少し顔を近づけたと思うと、すっと話題を転じていった。 「なあ、おまえさっき、三浦記念館で熱心に先生の著作に目を通していただろ。何かおも

10. リング

182 「信じる信じないの問題じゃねえだろ」 大島の地図に目を落としたまま、竜司は答えた。 「とにかく、おまえはこの現実に直面してるんだ。いいかい、オレたちに見えるのは、連 続して変化する現象の一部だけだ」 ひざ 竜司は地図を膝の上に置いた。「ビッグバンのことは知ってるだろ。宇宙は二百億年前 すさ に凄まじい爆発を起こして誕生したと信じられている。誕生してから現在までの宇宙の姿 を、オレは数式で表すことができる。微分方程式さ : この宇宙のほとんど の現象は微分方程式で表現することが可能なんだ。これを使えば、一億年前、百億年前、 あるいは爆発後一秒、〇・一秒の宇宙の姿も明らかになる。しかし、だ、どんどん時間を さかのぼ 遡って、〇の瞬間、ようするに爆発したまさにその瞬間のことを表現しようとしても、 これがどうしてもわからねえ。それと、もうひとつ、我々の宇宙が最後にはどうなっちま うのか : : : 。宇宙は開いているのか、あるいは閉じているのカオ 、。よあ、始まりと終わりが わからねえまま、ただオレたちは途中経過だけを知ることができる。これってよお、人間 の人生に似てねえか」 竜司はそう言って浅川の腕をつついた。 「そうだな、アルバムを見れば自分の三歳だった頃の様子、生まれたばかりの赤ん坊だっ た頃の様子がある程度わかるもんな」 「だろ、生まれる前のこと、それから死んだ後のこと、こいつだけは人間にわからないん ゼロ