言っ - みる会図書館


検索対象: 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩
411件見つかりました。

1. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

ものけ 様で、物の怪めいてわずらっておりますので、ちょっと この私の命もこれで尽きたのだと、母君に伝えておくれ ) かみ 3 でもそばを離れることはならぬと、守からきつく言いわ巻数を寺から持って帰ってきた、それにこの歌を書きつけ みずきよう たされておりますので、そちらの近くのお寺でも御誦経ておいたが、その使者が、「今夜はとても京へは帰れませ 語 物をおさせなさい ん」と言うので、何かの木の枝に結びつけておいた。 めのと 氏 と書いて、そのためのお布施の品や僧に遣わす手紙などを 乳母は、「どうしたことか変に胸騒ぎがします。母君の 源 とのい 書き添えて持ってきた。女君は、自分が今生の終りと覚悟お手紙にも夢見が悪いとおっしやっていました。宿直の人 している命であることも知らずに、母君がこうして縷々と は十分にお勤めしなさい」と女房に言わせているのを、女 書いてよこされるのも、ほんとに悲しいと思う。 君はこらえがたい思いで聞きながら横になっていらっしゃ 寺へ使いの者をやっている間に、母君への返事を書く。 る。乳母が、「何も召しあがらないのは、ほんとにいけま ゅづけ 一一 = ロい残しこ、 オしことはたくさんあるけれども、はばかられるせん。お湯漬なりと」などといろいろに世話をやいている ので、ただ、 のを、女君は、「自分ではしつかりしているつもりのよう のちにまたあひ見むことを思はなむこの世の夢に心ま だけれど、ほんとにこうも醜い年寄になってしまって、自 どはで 分がいなくなったらどこでどう暮してゆくのだろうか」と ( 後の世でまたお会いできると思ってくださいまし。この世お思いやりになるにつけても、ほんとにしみじみとかわい の夢のようにはかない縁にお心を迷わされずに ) そうなというお気持である。この世にとうとう生きていら 読経の鐘の音が風にのって聞えてくるのを、女君は、じっ れなくなった子細をそれとなく話しておこうなどとお思い と聞き入りながら、横になっていらっしやる。 になるにつけて、まず胸がつまって言葉より先に涙があふ おと 鐘の音の絶ゆるひびきに音をそへてわが世つきぬと君れてくるのを、人目に隠そうとなさるところから、もう何 に伝へよ も言われない。右近が、おそば近くに寝ることにして、 ( 鐘の音の消えてゆこうとする響きに私の泣く音を添えて、 「そんなふうにして、ただ悩んでばかりいらっしゃいます るる

2. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

349 手習 きのう と言いに使いの者をおやりになったところ、「初瀬に昨日 う」と、そこに立ちどまって灯を明るくして見ると、何か みなお参りに出かけておりまして」と言って、じつにみすがうずくまっている姿である。「狐が化けたのだ。憎いや ばらしい留守番の老人を呼んで連れてきた。「お越しにな つ。正体をあばいてやるそ」と言って、一人の僧はもう少 るのでしたらどうぞすぐにでも。どうせ寝殿は空いている し近くに歩み寄ってみる。もう一人は、「そんな、おやめ ようでございます。ご参詣の方はいつもお泊りになりま なされ。よからぬ魔性のものであろう」と言って、そのよ す」と言うので、僧都は、「それは都合がよさそうだ。朝 うな魔物を退散させるための印を結んでは、それでもやは やしき 廷のお邸であるが、誰もいなくて気がねがいらないから」 りじっと見つめている。もしも僧たちに頭髪があったら太 と言って、その様子を見に人をお遣わしになる。この老人 く逆立つにちがいないほど恐ろしい心地がするけれど、こ はいつもこうして宿泊人の扱いにはなれているので、一通の灯をともしている大徳がなんの恐れるふうもなく無頓着 りの支度などをすませてから戻ってきた。 にずかずかと近寄ってその様子を見ると、髪の毛は長くっ やつやと美しくて、大きな木の根元のひどくごっごっした 〔ニ〕僧都、宇治院におまず僧都がお移りになる。じっさい もむき怪しき物を発見ひどく荒れていて、いかにも恐ろし ところに身を寄せたままはげしく泣いている。「こんなこ だいとこ そうな所よ、とごらんになって、「大徳たち、経をお読みとはめったにあるものではございませんな。僧都の御坊に なさい」などとおっしやる。あの初瀬までお供をしていっ立ち会っていただきたいですね」と言うので、「いかにも た阿闍梨と、もう一人同じような僧とが、いったい何事が不思議なことだ」というわけで、一人は僧都のもとにまい げろう あったというのだろう、案内役としては格好の下﨟の法師って、これこれのことが、と申しあげる。僧都は、「狐が たいまっ に松明をともさせて、誰も近寄らない寝殿の後ろの方に行人に化けるとは昔から聞いているが、まだ見たことはな った。森になっているのかと思われるような木陰を、いか い」とおっしやって、寝殿からわざわざ下りておいでにな る。 にも気味のわるいあたりよと思って、のぞきこんで見ると、 白い物のひろがっているのが目にはいる。「あれは何だろ 母の尼君たちがこちらへ移ってこられるというので、下 おか

3. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

ぼん 品の宮に参上しなければならないのです。明日からでも御人ともお供をしてきていたので、呼び入れて、「御髪をお 0 ずほう 修法が始ることになりましよう。その七日間が終って退出ろしてさしあげよ」と言う 。、かにもあのように大変なめ する帰りがけに、お授け申すことにいたしましよう」とお にあっておられたお方のことだから、そのまま俗人として 語 物っしやるので、女君は、あの尼君が初瀬から帰って来られ生きておられるのも情けなくお思いなのだろうと、この阿 じゃり 氏 たら、必ずじゃまを入れるにちがいない、そうなったらど 闍梨も女君の発心を無理からぬことと思っているが、さて 源 きちょうかたびらすきま うにも残念なことと思われて、「前々から気分がすぐれま几帳の帷子の隙間から御髪をかき寄せてこちらへお出しに せんでしたのが、今は力も失せてまいりましたようでほん なっているのがまったくもったいないくらいに美しいので、 とに苦しゅうございますから、これ以上重くなりましたら しばらくは鋏を持ったままためらっているのであった。 受戒の効もなくなりましよう。やはり今日は願ってもない こうしている間、少将の尼は自分の兄の阿闍梨が僧都の 折と存じましたのに」と言って、はげしくお泣きになるも お供で下山して来ているのに会うために、下の部屋のほう ふびん のだから、さすが聖僧の、いにはまことに不憫に思われて、 にした。左衛門は、自分の知合いの人に応対するというわ 「もう夜も更けてしまったことでしよう。山から下りて来けでーーーこうした山里なりに皆それぞれ懇意の人々が珍し ますことも、昔はなんとも思っておりませんでしたが、年 く姿を見せたとあればちょっとしたもてなしをしたものだ しんばう をとるにつれて辛抱もしにくくなっておりますので、こち が、そのほうにかまけていた間に、女君のそばにはこもき らで一休みしてから宮中には参上しようと存じますが、そ 一人だけが控えていて、これこれのことがと、少将の尼に のようにお急ぎになるのでしたら、今日これから勤めさせ知らせたものだから、尼があわててやってきて見ると、僧 うえ ていただきましよう」とおっしやるので、女君は、ほんと都は、自分自身の御表の衣や袈裟などを形ばかりでもとの はさみ ふた に救われる思いである。鋏を取り出して、櫛の箱の蓋をさ お気持からお着せ申して、「親御のおられる方角を礼拝申 そうず だいとこ し出すと、僧都は、「さあ大徳たち、こちらへおいでくだ しあげなされ」と一言うが、女君は、それがどちらの方角な され」と声をかける。最初に女君をお見つけ申した僧が二 のかも分らないものだから、こらえきれずお泣きになるの はっせ みぐし

4. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

涙をこらえられそうにもなく、もの狂おしい気持が高ぶつ の上と存ぜられますから、あなた様がまじめなお気持であ 3 てくるが、そうした気配が先方に気づかれては、とその場のお方をお忘れにならずにお訪ねくださいますなら、私は ひと を立ち退いた。「これほどの器量の女がいなくなって、そ どんなに肝に銘じてうれしゅうございましよう。私の亡く 語 物れを捜そうとしない人があっただろうか。また誰それの娘なりました後、どうおなりになるか、おかわいそうでなり 氏ゆくえ が行方も知れす身を隠してしまったとか、もしくは男を恨 ません」と言ってお泣きになるので、中将は、この尼君と 源 んで世をそむいてしまったとか、そうしたことならしぜんも女君は赤の他人ではなさそうだ、いったいどういうお と噂が聞えてくるはずだが」などと、どう考えてみても不方なのだろう、と合点がゆかない。「遠い先々までのお世 思議でならない。「たとえ尼の身であろうと、こうも美し 話は、定命のほども予測しがたく頼りにならないこの身で また、 い人なら疎ましい気もしなかろう」などと思い はありますが、こうして私の気持を申しあげましたからに 「かえって見映えがして、いじらしくてたまらないだろう は、けっして変ることはございますまい。あのお方をお捜 から、人目にたたぬようにしてやはり自分のものにしてし し申されるような人は本当にいらっしやらないのですか まおう」と思うので、中将は本気になって尼君に相談をも その辺のところがはっきりいたしませんので、何もそんな ちかける。「俗人でいらっしやった時にはお気がねなさる ことに気がねしているわけではございませんけれど、やは 事情もおありだったのでしようが、こうした尼姿におなり りどうもしつくりしないように存ぜられてなりません」と になったのでは、安心してお話し申しあげることもできょ おっしやるので、尼君は、「人目につくような日々を暮し うかと存じます。そのようにお言い聞かせ申しあげてくだ ておられるのでしたら、仰せのように捜し出そうとする人 さい。亡きお方のことがなかなか忘れがたくて、こうして もございましよう。でも今は、こうした尼姿になって俗世 やってまいるのですが、これからはまたもう一つ、こちら 間のことはすっかりあきらめている様子でして。当人の意 の女君への誠意を加えまして」などとおっしやる。尼君は、向もそうとしか見受けられないのでございますよ」などと 「ほんとにこれから先々のことが心細くて、気がかりな身お話しになる。 うわさ

5. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

なので、しばらく母君のもとに身を寄せて、どうなりと思 こしになっているけれど、いったいどうしたらよいもの 案の定まるまでそちらへ行っていたいとお考えになるけれか」と、気分もわるく横になっていらっしやる。母君は、 やしき ども、その京の邸では少将の妻のお産の日が近づいている「どうしてこうも、いつになく顔色も青くやつれておいで 語 ずほうどきよう 物とて、修法や読経などと休むひまもなく騒がしくしている なのかしら」とお驚きになる。「近ごろはずっと普通では 氏 折だから、石山詣でもいっしょにはとても出かけられまい いらっしゃいません。ちょっとしたお食事も召しあがらず 源 めのと と、母君のほうからこちらに出向いていらっしやる。乳母 に、おかげんわるそうにしていらっしゃいます」と乳母が が出てきて、「大将殿から女房たちの装束などまでこまご 一言うので、おかしなことよ、物の怪などが憑いているのだ まとお心づかいをいただきまして。どうぞして立派に何事ろうかと思って、「どういうご気分なのでしよう、もしか も、とは存じておりますが、この乳母一人の才覚ではみつ したらと思うけれど、石山参りもおとりやめになったこと ともないことばかりしでかすことになりましょ , つ」などと ですしね」と一一一一口うにつけても、女君はいたたまれない思い 言いはしゃいでいるのが、いかにも楽しそうなのをごらん がして、目を伏せている。 になるにつけても、女君は、「もしとんでもないことがあ 日が暮れて、月がまことに明るい。女君はいっぞやの有 れこれと持ちあがってきて世間のもの笑いになるようなこ 明の空を思い出すにつけても、涙のあふれてくるのをいよ ふらち とになったら、誰も彼もいったいどんなお気持になるだろ いよ抑えられないとは、ほんとに不埒なわが心よと思う。 う。無理無体なことをおっしやるあの宮といえばまた、こ母君は乳母と昔話などをして、あちらの尼君を呼び出され の自分が雲の八重立つどんな深い奥山にこもり隠れたとこ ると、尼君は亡き姫宮のお人柄が思慮深くいらっしやって、 ろで、ついにはきっと捜し出して、そこで自分も宮も、と そうなるほかなかったなりゆきを深くお悩みになっている もども身を滅ばしてしまうことにもなるにちがいないのだ うちに、見る見るおカ落しになって亡くなっておしまいに が、『やはり気がねなくわたしといっしょに隠れ住むこと なったことなどを話している。「もし姫宮がご存命でした にしよう、そのことを考えなされ』と、今日も言っておよ ら、宮の上などのようになられて、お互いに親しく消急を ものけ っ

6. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

くすり みるけれども、まるで意識も失せている様子である。薬湯 ありません」と言うのを、妺の尼君がお聞きつけになって、 そうず を取り寄せて、手ずからすくい入れて飲ませなどするが、 「どうしたことなのです」と尋ねる。僧都は、「これこれの ただ弱るいつばうで今にも急絶えてしまいそうなので、 ことなのです。六十を越えた年になってめったにはないも 語 「なまじ介抱してやっても大変なことになる」というわけ 物のを見させてもらいました」とおっしやる。尼君は、その 氏 で、「この人が死んでしまいそうです。加持をなさってく 話を聞くなり、「私がお寺で夢に見たことがあるのです。 源 あじゃり げんぎ ださい」と験者の阿闍梨に言う。阿闍梨は、「それごらん それはどんな人なのですか。何よりもまず、その姿を見た やりど なさい。よけいな世話やきをなさるというものです」とは い」と泣きながらおっしやる。「すぐこの東の遣戸のとこ ろにおります。早く行ってごらんなされ」と言うので、急言うけれども、加持に先だって、神などの助けを求めるた めに経を読んではお祈りをする。 いで行って見ると、そばに付き添う者もなく、放って置い てあるのだった。じつに若々しくかわいらしい女の、白い 僧都も顔を出して、「様子はどうか。何もののしわざな あや ひとかさね くれないはかま 綾の衣一襲を着て紅の袴を着けているのが、たきしめた香のか、よく調伏して問いただしてみよ」とおっしやるが、 いかにも弱々しく、しだいに絶え入りそうなので、弟子た はたいそういい匂いをただよわせて、どこまでも気品の高 けが い様子である。尼君は、「まるでこの私の悲しく恋いルんちは、「とても命はあるまい」、「思いがけない穢れに触れ やっかい てこんな所に閉じこもらねばならないとは、厄介なことに でいる娘が、生き返っていらっしやったようです」と言っ なった」、「こんなふうでもやはり身分のあるお人のようで て、泣く泣く年配の女房たちを呼んで、奥に抱き入れさせ ひと ございますな。死んでしまったとしても、そのままに捨て る。この女がどんなふうにして見いだされたのか、そのと てお置きになるわけにもいきますまいに。困ったことにな きの様子を知らない女房は、こわがりもせずに抱きかかえ りました」などと話し合っている。尼君は、「まあお静か て運び入れた。生きているとも見えず、それでもかすかに 誰にも知らせてはいけません。面倒なことになります 目をあけているので、「何そおっしゃいまし。どういう御 から」などとロどめをしては、母の尼君のご病気のことよ 身の上のお方でこんなことにおなりなのですか」と尋ねて

7. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

409 夢浮橋 が乱れておられるのでしようか、いつもよりいっそう分別 納得のいくこともあるのかもしれません。今日のところは、 をなくしていらっしやるご様子でして」と申しあげる。山 やはりお持ち帰りくださいまし。もし人違いででもありま ちそう ふぜい 里なりに風情のあるご馳走などをしたのだけれども、年も したなら、まことに不都合でございましよう」と言って、 若い小君の心地にはなんとなくこのままではいたたまれぬ 手紙をひろげたままで尼君のほうに押しやられるので、 気がして、「わざわざこの私をお遣わしになったしるしと 「あなたはまったく見るに堪えないことをなさるのですね。 して、ご返事にはど , つい , っことを申しあげさせよ , っとなさ あまり失礼なことをなさっては、おそばの私どもの落度に もなりましよう」などと言い騒いでいるにつけても、女君るのでしようか。ほんの一言だけでもおっしやってくださ いまし」などと一言うので、尼君は、「いかにもごもっとも は聞き苦しくいやな気持になって、顔も衣に引き入れて臥 せっていらっしやる。 な」などと言って、女君にこれこれとそのままを取り次ぐ あるじ けれども何のご返事もないものだから、どうにも仕方がな 三〕小君、姉に会わず、主の尼君が、この小君に少しお話を ものけ むなしく帰途につく くて、「ただ、ごらんのとおりに、はっきりしないご様子 申しあげて、「物の怪のせいでいら をお申しあげいただくほかございますまい。雲の遥かにと っしやるのでしようか、正気とお見えになるときがなく、 いうほど遠く離れた道のりでもないようでございますから、 ずっといつもおわずらいでいらっしやって、お姿も普通で 山風が吹こうとも、またあらためてきっとお立ち寄りくだ はない尼姿になられたものですから、お捜し申される方が さいましようね」と言うと、小君は、なんの用もなしにこ おありでしたら、ほんとに面倒なことになりましようと、 こにいて日を暮すのもおかしなことと思われるので、帰ろ おそばでお案じ申しておりましたところ、案の定こうして じつにいたわしく、胸の痛くなるようないろいろのご事情うとする。心ひそかにお会いしたいと思う姉君のお姿も見 られずじまいになったのを、心もとなく残念に思って、晴 がございましたことを、今になってまことに畏れ多いこと に存じております。常日頃も、ずっとわずらっておられるれぬ心を抱きながら帰参した。 ようですが、このたびのこのようなことで、ひとしおお心 おそ

8. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

しがいたしまして、もうしばらく生き長らえておりまし ど、帝のおそばにもそれくらいの身分の娘をさしあげない ちょうあい たら、やはりおすがり申さなければなるまいと存じますわけでもない。 しかも、そうなるべき因縁があってご寵愛 につけても、ただ今は涙にくれておりまして、何事も申あそばすのだったら、それを人がとやかく言うべきことだ 語 物し果てることができかねているのでございます。 ろうか。まして臣下ともなればまた、素姓のいやしい女や 氏 などと書いてある。お使者に対してありきたりの引出物なすでに人に嫁したことのある女を妻にしている例はいくら 源 ひたちのかみ うわさ もあるのだ。あの常陸守の娘だったのかと世間で噂を立て どは見苦しいことだし、また何もしないのでは気がすみそ ひと うもないので、あの女君にさしあげようとのつもりで持っ られたとしても、あの女に対する扱いが、それによって自 ていた立派な斑犀の帯とみごとな太刀などを袋に入れて、 分の汚点になるような形で始ったのならば困りもしようが、 車に乗るときに、「これは亡き人のお志なのです」と言っ 一人の娘を死なせて悲しんでいる母親の心に、やはりその て贈らせたのであった。 娘の縁で面目を施すことになったのだと、身にしみて思っ てくれるくらいの心づかいを、ぜひ見せてやらねばならな 殿のごらんに入れると、「まったくあらずもがなのこと いのだ」とお思いになる。 を」とおっしやる。口上には、「母君ご自身が会ってくだ さいまして、たいそう泣きながらさまざまのことをおっし かの母君の所には、常陸守がやってきて、立ったまま、 ちょうだい やって、『幼い子供たちのことにまで仰せ言を頂戴いたし「こんな折も折、よくもこうしておられることだ」などと ましたのがまことにもったいないのに、また人数にもはい 腹を立てている。今まで長い間女君がどこにどうしておら らない分際ではかえって恥ずかしゅうございまして、他人れるかなど、ありのままには知らせてはいなかったのだか にはどのようなご縁故でなどとは分らぬようにして、見苦ら、どうせ情けない暮しをしておられるのだろうと守は思 やしき いもしまたロにしてもいたのだったが、母君は、大将殿が しい子供たちですがみなお邸に参上させご奉公いたさせま 京になどお迎えくださったらその後で、こうも世間に顔向 しよう』とのことでございました」と申しあげる。「なる かみ ほど格別のこともない親戚付合いというところだろうけれけのできるようになって、などと守に知らせてやろうと思 はんさい みかど いんねん

9. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

「昔知合いだった人で、大将殿のお供で来ているうちにわめ、空もすべてお見通しではないかと身の縮む思いである たしを見つけ出した人が、またもとに戻って仲よくしたが が、あのひたむきでいらっしやった宮の御ふるまいをどう っているのです」と、仲間の女房たちには言って聞かせて しても思い出さずにはいられないにつけても、一方またこ いる。何もかも右近はいつも嘘ばかりつくことになってしの大将殿にお逢い申しあげることになるのかと思うと、な まっているのだった。 んともっくづく情けない気持である。「宮は、『長年いっし ひと ょに暮してきたどの女をも皆あなた一人のために忘れてし 〔三〕薫、浮舟を訪れ、月も変った。宮はこのように焦慮し 大人びたことを喜ぶていらっしやるけれども、さて宇治まいそうな気がする』とおっしやったものだが、いかにも へお越しになるのは、じっさいご無理である。こうしてい あれから後はご気分がおわるいとのことで、まったくどち ひと みずほう つもあの女のことを思いつめているのでは、とうてい命が らのお方にもいつものようにはお逢いにならず、御修法な 保ちそうにないと心細いお気持も加わり、くよくよとお心 どといって騒いでいる由を聞いているが、今また宮が今夜 を痛めていらっしやる。 のことをお耳になされたらどうお思いになろうか」と思う 大将殿は、少しお暇になられたころに、、 しつものよ , つに につけてもまことに苦しくてならない。この大将殿は、な お忍びでお越しになった。寺で仏などを礼拝される。御誦んといってもやはり、格別なご様子のお方であるし、思慮 ふぜい 経をおさせになる僧に物をお与えになったりして、夕方に深くしっとりと優美な風情でいらっしやって、長らく無沙 こと なってから女君のもとにはお越しになるけれども、この殿汰していた詫び言などをおっしやるにも言葉少なに、 のうし 舟 はそうひどくお姿をやっされるでもなく、烏帽子、直衣の さらに恋しい悲しいなどととりたててではないけれども、 姿はまことに申し分なくおきれいで、お部屋にはいってい しじゅう逢うことのできない恋の苦しさを、品よくお口に ろう らっしやるところからしてこちらが気おくれしたくなるく なさるのは、多弁を弄されるのよりもまさって、誰しもま ったく感にたえるほかないような風格を身につけておられ らい、そのお心づかいも格別である。 とが 女は、どうして顔をお合せすることができようと気が咎るお人柄である。やさしく思いをそそる風情はいうまでも き、よス′ うそ わ

10. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

407 夢浮橋 うのでございます。もしあの母君がこの世においでになる って言うと、尼君は、「それそれ。まあかわいらしい」な のでしたら、そのお一人だけにはお会いしたいと思うので どと言って、「お手紙をごらんになるべきお方は、ここに そうず ございます。この僧都のお手紙にありますお方などには、 おいであそばすようですよ。はたの者はどういうことなの けっして知られ申すまい、と存じております。なんとか言 かと合点しかねておりますので、もっとおっしやってごら いつくろって、人違いであったと申しあげるようにして、 んなされ。あなたはまだお年若でいらっしやるけれど、こ この私をおかくまいくださいまし」とおっしやるので、尼 のような御手引き役としてお頼り申されるだけのわけもお 君は、「そんなことはとてもできはいたしません。僧都の ありなのでしよう」などと言うけれども、小君は、「私を ひじり ご気性は、聖というなかでもあまりにも真っ正直でいらっ お疎みになって、はっきりしないお扱いをなさるのでは、 しやるのですから、きっと何もかもすべて大将殿に申しあ何を申しあげられましよう。私を赤の他人とおきめつけで げられたことでしよう。言いつくろってみたところであと いらっしやるのですから、もうこちらから申しあげねばな からすっかり分ってしまいましよう。それに大将殿はい、 らぬこともございません。ただ、このお手紙を、直接にお かげんに軽々しく扱えるご身分でもいらっしゃいません渡し申せという仰せで持参しておりますが、ぜひお渡し申 し」などと言い騒いで、「このお方は世にまたとなく情の したい」と一一一一口うので、尼君は、「ほんとにこのお方のおっ 強いお方ですこと」と、一同が話し合って、母屋のはずれしやりようももっともです。どうかこうした嘆かわしいこ きちょう のところに几帳を立てて、そこに小君を招じ入れた。 とをなさいますな。それにしてもやはり、恐ろしいお心で この童も、姉君がここにいるとは聞いてきたものの、ま いらっしやること」と説き伏せ申して、几帳のそばに押し だ年若であるし、唐突にこちらから言葉をかけるのも気恥出し申すので、女君は夢心地でおすわりになっている、そ ずかしかったけれども、「もう一通ございますお手紙を、 の様子がとても姉君以外の誰でもない感じなので、小君は ぜひお渡し申しましよう。僧都の御導きは確かなことですすぐそばに近寄ってお手紙をさしあげた。「ご返事を早く のに、こうもはっきりいたしませんのは」と、伏し目にな いただいて、帰参いたしましよう」と、こうしてよそよそ こわ