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検索対象: 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩
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1. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

その言葉にこの歌がふまえられていると、古来注釈に指摘・ -4 ・一 1 晴るる夜の星か河辺の蛍かもわが住む方の海人 4 されてきた。必ずしも引歌としなくともよさそうだが、匂のたく火か ( 伊勢物語・八十七段 ) 宮は名高い歌枕としての地名を紹介したのであるから、歌 晴れた夜空の星であろうか。あるいは河辺の蛍なのだろうか。 いさりび 語 意とは無関係でも、この歌が想起されてよいであろう。 それとも、わが住む方角の漁師の燃す漁火なのか。 物 たちばな 橘は実さへ花さへその葉さへ枝に霜置けまし物語では、宇治川対岸の隠れ家にいる匂宮が「かのわが住 ときはぎ みんごうにつそ ( 岷江入楚 ) 源て常磐木 む方を見やりたまへれば」と遠望する。その趣がこの歌に 橘には実まで花まで、その葉まで霜が置け。今までにもまし よっているか。必ずしも引歌としなくともよいかもしれな て、いよいよ栄える常磐木であるよ。 やましなこはた 出典未詳。『万葉集』には、聖武天皇の作として、下の句 ・・ 3 山科の木幡の里に馬はあれど徒歩よりそ来る君 と・」は 「枝に霜置けどいや常葉の木」 ( 巻六・一 000 とある。万葉時を思へば ( 拾遺・雑恋・一一一四三柿本人麿 ) 代、橘は、その常緑の葉が永遠を象徴するものとして、歌 山科の木幡の里に、馬はあるけれども、私は歩いてやってく る。あなたのことを思うと : によく詠まれた。物語では、匂宮が橘の小島の常磐木が繁 っているのに寄せて、浮舟に「千年も経べき緑の深さを」前出 ( ↓椎本四八二ハー下段など ) 。物語では、匂宮の、浮舟 と言い、「年経ともかはらむものか・ : 」と詠み、変らぬ契への言葉。浮舟に「峰の雪みぎはの氷・ : 」の歌を詠み与え りを誓った。 た匂宮は、その歌に「道はまどはず」と詠んだところから いめかみとこ 8 . -4 ・ 4 ・ 1 犬上の鳥籠の山なる名取川いさと答へよわが名も、この歌を想起して「木幡の里に馬はあれど」と引いた 洩らすな ( 古今・恋三・墨滅歌・一一 0 八読人しらず ) 宇治へは難儀な道中だけれども熱心にやってきたとする、 犬上の鳥籠の山麓を流れる名取川ではないが、浮名を取って匂宮らしい訴え方となっている。 はいけないから、「さあ、存じません」と人には答えてくれ。 ・ 5 恨みても泣きても言はむ方ぞなき鏡に見ゆる影 おきかぜ けっして私の名を言ってくれるな。 ならずして ( 古今・恋五人一四藤原興風 ) し ( き、、らゾ」、つに あの人を恨んでも、また悲しさに泣いても、 前出 ( ↓紅葉賀三七八ハー上段など ) 。物語では、匂宮が浮舟 に仕える侍従らに、自分と浮舟の仲を口外するなとロ封じ も訴えようがない。鏡に映っている自分の姿に対する以外に する言葉として用いられた。

2. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

草枕を結んで旅寝をしているけれど、もしも紅葉狩りに興じ 「女郎花」に「女」を言いこめた表現。物語では、女房ら て野のむしろに臥していたのなら、これほど旅の思いに心を と戯れる薫が、中将のおもとを相手に「女郎花みだるる野 ノ、だ ) ノ、こと・も . なかったろ , つに。 辺に・ : 」と詠んだ歌に、これを否定的にふまえて、大勢の 物語では、薫の思い人の小宰相の君が、薫に「あはれ知る女たちに立ちまじろうとも浮名は立つまいとした。また、 物 氏・ : 」と詠みかけ、さらにこの歌を引いて「かへたらば」と弁のおもとの、薫への切り返しの言葉「おほかたの野辺の 源言い添えた。もしも自分が浮舟に代って死んだとしたら、 さかしらをこそ聞こえさすれ」 ( 一四一ハー七行 ) も、この歌 あなたはこうも心を痛めただろうかと、ややひがんでみせ によっている。 ・一と ・・ 4 思ふてふ言よりほかにまたもがな君一人をばわ はっせがは ・・ 4 祈りつつ頼みぞ渡る初瀬川うれしき瀬にもなが きてしのばむ ( 古今六帖・第五「わきて思ふ」 ) れあふやと ( 古今六帖・第三「川」 ) あなたを思っているという言葉以外に、自分の気持を表す言 心のうちに祈り祈り、それを頼みに生きているのだ。初瀬川 葉はないものか。あなた一人を、とりわけ思いしのばうとし ているのだ。 の二本杉のように、あの人に逢えるといううれしい機会もあ るのではないかと。 物語では、宮の君に関心を寄せる薫が、取次の年配の女房 前出 ( ↓玉鬘団四二七ハー下段など ) 。物語では、浮舟に仕えた し訴えた言葉。この歌を引いて、「言より外を求められは 女房たちが過往を回想して、浮舟が京に迎えられたら自分べる」と言い、自分はまじめに「思う」という言葉以外の たちもうれしいめをみるだろうと夢みたとする。浮舟が生言い表し方を、捜さすにはいられない 、とする。 前、熱心に初瀬詣でをしていただけに観音の霊験が信じら 誰をかも知る人にせむ高砂の松も昔の友ならな おきかぜ れて、この歌がいっそうふさわしい ( 古今・雑上・九 0 九藤原興風 ) をみなへし 女郎花多かる野辺に宿りせばあやなくあだの名 これからは誰を親しい友としようか。齢久しい高砂の松では、 よしき をや立ちなむ ( 古今・秋上・ = 一一九小野美材 ) しよせん松でしかなく、昔なじみの友にはならぬのだから。 女郎花のたくさん咲いている野辺に泊ったとしたら、女とい 前出 ( ↓松風団四一一ハー下段 ) 。物語では、宮の君が薫に応 っしょに泊ったわけでもないのに、浮気だとの浮名を流してずる言葉。自分の友とできる者の一人とていない孤立した しオ , っ」ろ - , つ。 さまをいう。零落した宮家の姫君らしい現実感覚といえよ = ロ

3. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

ひじり の御、いは、聖といふ中にも、あまり隈なくものしたまへば、まさに残いては聞一四すぐれた修行者という中でも、 のち あまりにも修行一徹のお方だから、 かろがろ こえたまひてんや。後に隠れあらじ。なのめに軽々しき御ほどにもおはしまさ薫にすべてを話しただろう。 いいかげんな軽々しい身分で ず」など、言ひ騒ぎて、「世に知らず、い強くおはしますこそ」と、みな言ひあない。薫の重々しい威勢をいう。 一六侍女たちの、浮舟批判の言葉。 ひさし はせて、母屋の際に几帳たてて入れたり。 宅母屋と廂の際に几帳を設ける。 一八 小君を廂に入れるための準備。 この子も、さは聞きつれど、幼ければ、ふと言ひ寄らんもつつましけれど、 一 ^ 姉の浮舟がここにいると。薫 から事情を知らされたらしい おほむ 小君「またはべる御文、 いかで奉らん。僧都の御しるべは、たしかなるを、か一九唐突にこちらから親しく言葉 をかけるのも気恥ずかしいが ふしめ くおばっかなくはべるこそ」と、伏目にて言へば、妹尼「そそゃ。あなうつく = 0 もう一通あるお手紙。薫から の浮舟あての手紙を預っている。 し」など言ひて、妹尼「御文御覧ずべき人は、ここにものせさせたまふめり。 三僧都のお導きは確かなのに。 けそう 姉の浮舟に間違いない、の気持。 顕証の人なん、いかなることにかと心得がたくはべるを、なほのたまはせよ。 一三私ども傍観者は。「顕証の人」 は第三者の意。 ニ三薫が信頼なさるわけもあろう。 幼き御ほどなれど、かかる御しるべに頼みきこえたまふやうもあらん」など一言 ニ四私を疎まれて、はっきりしな ニ四 い扱いをなさるのでは。 橋へど、小君「思し隔てて、おばおばしくもてなさせたまふには、何ごとをか聞 一宝私のことを他人のように。 浮 こえはべらむ。疎く思しなりにければ、聞こゅべきこともはべらず。ただ、こ ニ六直接に手渡せ、の意。 毛以下、浮舟に言う言葉。 の御文を、人づてならで奉れとてはべりつる、いかで奉らん」と言へば、妹尼 夭こんな強情を張らないで。 ニ九人の情けを受けつけぬ浮舟の ニ九 「いとことわりなり。なほ、いとかくうたてなおはせそ。さすがにむくつけき かたくなさを気味悪いとまで言う。 ニセ ニ 0 もやきはきちゃう ニ八 一九

4. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

夜、召して、夜居にさぶらはせたまふ。日ごろいたうさぶらひ困じたる人はみ一六寝所近くで終夜加持すること。 宅この何日間か、一品の宮の看 一 ^ み おまへ な休みなどして、御前に人少なにて、近く起きたる人すくなきをりに、同じ御病に伺候して疲れた女房たち。 一 ^ 中宮が一品の宮と同じ御帳台 ちゃう に。その病状を見にきた。 帳におはしまして、中宮「昔より頼ませたまふ中にも、このたびなん、いよい 一九中宮自身の言葉に、語り手の よ後の世もかくこそはと頼もしきことまさりぬるーなどのたまはす。僧都「世中宮への尊敬語「たまふ」も加わる。 ニ 0 来世もこのとおり救ってくれ うち・ るものと。僧都によって極楽往生 の中に久しうはべるまじきさまに、仏なども教へたまへることどもはべる中に、 もかなえられよう、との期待。 ニ一私の寿命もそう長くはあるま 今年来年過ぐしがたきゃうになむはべりければ、仏を紛れなく念じっとめはべ いと、仏などが教えてくださるこ こも おほ′一と とも数々あるが。仏のお告げで命 らんとて、深く籠りはべるを、かかる仰せ言にてまかり出ではべりにし」など 終の時期を予知する話は、高僧伝 などに多い。朝廷の召しにも容易 啓したまふ。 に出仕しなかった言い訳でもある。 しふね 一三僧都に調伏された物の怪が、 御物の怪の執念きこと、さまざまに名のるが恐ろしきことなどのたまふつい 正体を明らかにすること。 ニ五 でに、僧都「いとあやしう、稀有のことをなん見たまへし。この三月に、年老ニ三中宮が。物の怪について話す 中宮の言葉に、僧都は浮舟に憑い まう なかやどり うぢのゐん ぐわん た物の怪を想起。浮舟紹介の契機 習いてはべる母の、願ありて初瀬に詣でてはべりし、帰さの中宿に、宇治院とい 一西僧侶らしい漢語の用法。 ひはべる所にまかり宿りしを、かくのごと、人住まで年経ぬるおほきなる所は、一宝以下、巻頭の宇治院でのこと。 手 一宍漢文訓読語。僧侶らしい言葉。 ニ ^ びやうぎ よからぬ物かならず通ひ住みて、重き病者のためあしきことどもやと思ひたま毛妖怪変僊や狐など。 夭母尼のこと。「病者」も漢語。 ニ九浮舟を発見した経緯を。 へしもしるく」とて、かの見つけたりしことどもを語りきこえたまふ。中宮 ニ七 ものけ よゐ ニ九 はっせ ニ四 一九 へ

5. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

73 浮舟 破談にもさして傷つかなかった。 呼びとりつつ、乳母「かかる人御覧ぜよ。あやしくてのみ臥させたまへるは、 一五匂宮とのことがあってからは。 ものけ 一六事情を知っている右近や侍従。 物の怪などのさまたげきこえさせんとするにこそ」と嘆く。 宅乳母はまるで事情を知らず、 殿よりは、かのありし返り事をだにのたまはで、日ごろ経満足げに上京の準備に余念がない。 三 ^ 〕内舎人、薫の命に 天染め物。上京の晴れ着の準備。 うどねり めのわらわ より警備の強化を伝達 しと一九上京のために雇った女童など。 ぬ。このおどしし内舎人といふ者そ来たる。げに、、 ニ 0 浮舟への言葉。気晴らしに女 おきな 荒々しくふつつかなるさましたる翁の、声嗄れ、さすがにけしきある、「女房童でも相手になさい、の意。 一 = 物の怪などが、あなた ( 浮舟 ) の幸運をじゃまだてするのだろう。 にものとり申さん」と言はせたれば、右近しもあひたり。内舎人「殿に召しはべ 一三浮舟が薫の文をそのまま返し けさニ六 ぎふじ たが ( 六八ハー ) 、薫はその返事さえ。 りしかば、今朝参りはべりて、ただ今なんまかり帰りはんべりつる。雑事ども ニ三前に右近が浮舟を恐ろしがら よなか 仰せられつるついでに、かくておはしますほどに、夜半、暁のことも、なにがせた内舎人が。↓七一ハー一〇行。 一西不格好に太った年寄で。 とのゐびと しらかくてさぶらふと思ほして、宿直人わざとさしたてまつらせたまふことも = 五従者に案内を請わせた。 ニ六薫の三条宮に。 毛浮舟が滞在の間は、夜中、暁 なきを、このごろ聞こしめせば、女房の御もとに、知らぬ所の人々通ふやうに などを問わぬ用心を。 ニ ^ 京から特に派遣する宿直人。 なん聞こしめすことある、たいだいしきことなり、宿直にさぶらふ者どもは、 ニ九事情を知る者には、女房なら 三 0 あんない その案内聞きたらん、知らではいかがさぶらふべきと問はせたまひつるに、うぬ浮舟とすぐ分る言い方。以下、 「さぶらふべき」まで、薫の言葉。 三 0 その事情を聞いていよう。 けたまはらぬことなれば、なにがしは身の病重くはべりて、宿直仕うまつるこ 三一内舎人が薫に答えた言葉。 あんない をのこ 三ニ警護にあたるべき男たち。 とは、月ごろ怠りてはべれば、案内もえ知りはんべらず、さるべき男どもは、 ニ四 ニ 0 ニ七 ニ九 三ニ つか

6. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

をみなへし ・・ 6 ここにしも何にほふらむ女郎花人のもの言ひさ 都にいる私の思う人は、無事に過しているのか、どうかと。 ( 拾遺・雑秋・一 0 九八僧正遍照 ) 4- 東下りの名高い章段。隅田川あたりで都鳥と呼ばれている こんな場所にどうしてこんなに美しい女郎花が咲きほこって 鳥 ( ゆりかもめ ) を見て、都恋しさを詠んだ歌。物語では、 語 いるのだろうーどうして美しい女たちが集ってきたのだろう。 浮舟が、自分の周囲には都の人らしい人とていないと嘆く うわさ 人の噂のうるさい世の中だもの、どんな噂を立てられるか、 氏叙述。都の人というべきところを、この歌によって「都 分ったものでない 源鳥」とした。浮舟の、帰るべき故郷を喪失したような思い 「女郎花」に「女」を言いこめた表現。詞書には、女たち もこめられていよう。 せんざい が、僧房の前栽を見にやってきたので、とある。物語では、 ・・ 3 世の中にあらぬ所も得てしがな年経りにたるか ( 拾遺・雑上・五 0 六読人しらず ) 庭先の女郎花を手折った中将が、この歌によって「何にほ たち隠さむ ふらん」と口ずさむ。尼たちの住む僧庵なのに、そこに不 世の中にありえないような、もう一つの場所がほしいものだ。 似合いな若く美しい女がいるとあやしんだ表現である。こ そうすれば、そこに年老いた後の姿を隠そうと思う。 前出 ( ↓東屋三八一ハー上段 ) 。物語では、前項の引歌表現の中将の言葉を受けて、老人たちが「人のもの言ひを・ : 」 「昔見し都鳥に似たることなし」ともひびきあって、小野と応ずる言葉も、この歌の下の句によっている。 まっち をみなへし ・・ 6 誰をかも待乳の山の女郎花秋と契れる人そある の山里を「世の中にあらぬところ」とする。これも浮舟の ( 小町集 ) 落ち着くべき居場所を喪ったような気持を表現している。 やまと やまがっ 誰かを待っているという待乳山の女郎花のように、あなたは あな恋し今も見てしが山賤の垣ほに咲ける大和 なでしこ 私に飽きて、他に約束を交した人がいるのだろう。 ( 古今・恋四・六九五読人しらず ) 撫子 ああ恋しい、今も見ていたい。あの山人の垣根に咲いている「待乳の山」は大和国の歌枕で、奈良県五条市と和歌山県 橋本市との境にある山。それに「待っ」を掛けた表現。 大和撫子を。 「秋」に「飽き」をひびかす。物語では、中将から浮舟に 前出 ( ↓葵三八四ハー上段など ) 。物語では、小野の山里に、 ふ 妺尼の婿であった中将が訪れる場面。秋の七草の盛りの風ついて問われた妺尼が、「待乳の山のとなん見たまふる」 と応ずる言葉。浮舟には誰か知らぬが思う人があるらしい 情が設定されているが、とりわけこの歌によって、男女の とほのめかした。また後文で、中将が「秋を契れるは、す 交渉にふさわしい雰囲気がかもし出されている。 ふ

7. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

った話なので、しばらくは何もおっしやらない。「そんな じていたとおりのお疑いだ、と困惑して、「しぜんお耳に ことがあったとはとても信じられるものではない。世間の もはいっていることと存じますが、女君はもともと不如意 人が心に思ったり口にしたりすることでも、めったに言葉な御身の上でお育ちになったお方でして、人里離れたこの ひと には出さすおっとりしていたあの女が、どうしてそのよう山里にお住まいになりましてからは、、 っとい , っことなく な恐ろしいことを思いたつわけがあろう。この女房たちは物思いに沈んでばかりいらっしやるご様子でしたが、それ いったいどんなつもりで事を言いつくろっているのだろ でも殿が、たまさかにでも、こうしてお越しあそばすのを う」と、いよいよお気持がかき乱されていらっしやるけれお待ち申しあげなさることで、これまでの不運な御身の上 ども、宮の悲嘆にくれておられた御面持もじっさいはっき の嘆きをもお慰めになっては、このうえは静かに落ち着い りしていることだし、この邸の様子にしても、そんなそ知てときどきでもお目にかかることがおできになるように、 らぬふりをしていたところで、その気配はしぜんに分るは そのことを一日でも早くとばかり、ロにこそお出しにはな すのもの、こうしてご自分がお越しになったにつけても、 らないにしても、いつもそう願い続けていらっしやったよ かみしも どんなにか悲しく堪えがたいこの事件を上下の者がいっし うですが、そのお望みのかなえられそうに承ることなども ょになって泣き騒いでいるのだから、とお考えになって、 ございましたので、こうしてお仕えしている私どももあり 「お供についていって見えなくなった者はいないのですか かたいことと存じまして、その用意をさせていただいてお つくばやま そのときの様子をもっとはっきり話しておくれ。わたしの りましたし、あの筑波山の母君も、ようやくのこと望みど 蛉 仕打ちを薄情だと恨んで離れていかれるようなことはまさ おりといった様子で、京へお移りになるための支度にはげ かあるまいと思うのです。どのような、にわかに言うに言んでおりましたところ、あの合点のゆかぬ殿のお手紙を頂 との 蜻 われぬ事情が起ったとしても、そんなことをなさるはずが戴いたしましたうえに、ここの宿直などをおっとめしてい る者たちも、女房たちにふしだらなことがあるようだなど あるだろうか。わたしにはとても信じられないことだ」と しか おっしやるので、右近は大将がおいたわしくて、やはり案と、殿のお叱りのお言葉があったなどと申して、礼儀もわ

8. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

( 現代語訳三一一六ジ 一四浮舟を早く京に。 て、いづれの底のうっせにまじりにけむ」など、やる方なく思す。 ↓一一五ハー六行。 なきがら かの母君は、京に子産むべきむすめのことによりつつしみ一六以下、薫の心中。浮舟の亡骸。 〔 ^ 〕薫、中将の君を弔 宅うっせ貝。空になった貝殻。 たびゐ 問、遺族の後援を約束 「今日今日と我が待っ君は石川の 騒げば、例の家にもえ行かず、すずろなる旅居のみして、 貝に交じりてありといはずやも」 よさみのおとめ 思ひ慰むをりもなきに、またこれもいかならむと思へど、たひらかに産みて ( 万葉 = 話依羅娘女 ) 。 一 ^ 左近少将と結婚した娘の出産。 けり。ゅゅしければえ寄らず、残りの人々の上もおばえずほれまどひて過ぐす↓浮舟五七ハー一〇行。浮舟の死穢 に触れた母は出産の場には不都合。 いとうれしくあは一九常陸介の邸。 、大将殿より御使忍びてあり。ものおばえぬ心地にも、 ニ 0 三条の小家に逗留か。 三産婦もどうなることだろう。 れなり。 一三死穢に触れた不吉さ。 薫あさましきことは、まづ聞こえむと思ひたまへしを、心ものどまらず、目ニ三浮舟以外の家族の者たち。 ニ四あまりに意外な件。浮舟の死。 もくらき心地して、まいていかなる闇にかまどはれたまふらんと、そのほど一宝何はともあれお見舞い申そう。 ニ六涙にくれて。「闇」と縁語。 毛↓桐壺田一一一ハー注 = = の歌。 を過ぐしつるに、はかなくて日ごろも経にけることをなん。世の常なさも、 夭世の無常として一般化すると 三 0 ニ九 ころが、薫らしい発想。 蛉いとど思ひのどめむ方なくのみはべるを、思ひの外にもながらへば、過ぎに ニ九自分の寿命も不定、の気持。 三 0 自分を、亡き浮舟の形見とし しなりとは、 かならすさるべきことにも尋ねたまへ 蜻 て、何かの折に便りしてほしい意。 おほくらのたいふ 三一仲信。薫の家司。 など、こまかに書きたまひて、御使には、かの大蔵大輔をぞ賜へりける。 三ニ浮舟を宇治に放置したまま。 以下、大夫が薫の言葉を伝える趣 薫「心のどかによろづを思ひつつ、年ごろにさへなりにけるほど、かならずし ニ四 ニ六 つかひ 一九 ニ七 やみ へ ニ 0

9. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

と歌を詠むのも、かぐや姫が自ら「月の都の人なり」と名のるのに擬したものであろう。 そして、作者が浮舟をかぐや姫に重ね合せようとした理由は、彼女がかぐや姫と同様に過去に「犯し」を 語持っ身の上であり、また小野の僧庵が都を離れた別世界であるからというだけではない。それはかぐや姫が 氏養父母に打ち明ける「月の都の人にて、父母ありーの言葉にも関係が深いだろう。 かぐや姫は、この地上に来てからは、翁夫婦に親切にされて、今では父母のことも思い出さなくなったと 言っている。しかし浮舟はそうではない。彼女は先に挙げた歌を詠むのに続い て、「こと人々はさしも思ひ 出でられず、ただ親いかにまどひたまひけん」と、ひたすら母親に思いを馳せるのであった。天上の仙女か くや姫も人の子として父母があり、父母への思いこそ天上と地上とをつなぐものである。浮舟にもまた母が ひな あり、その身は鄙びた別世界にありながら、母への恩愛は断ち切れない。 中将から求婚されたのを機に、浮舟はついに僧都に請うて出家する。 うへきめけさ ( 僧都ガ ) わが御表の衣、袈裟などをことさらばかりとて着せたてまつりて、 ( 僧都 ) 「親の御方拝みたて まつりたまへ」と言ふに、、。 しつ方とも知らぬほどなむ、え忍びあへたまはで泣きたまひにける。 ( 中略 ) るてんさんがいちゅう 「流転三界中」など言ふにも、断ちはててしものをと思ひ出づるも、さすがなりけり。 こら , んにこら 僧都の「親御のおられる方角を向いて拝みなされ」との言葉にも、その方角さえも分らない。 えてきた涙がどっと溢れてくる浮舟の姿には、だれしも胸を打たれるだろう。古注はこの一節について、 ていはっ 「手習君の様、尤あはれなり」と評している。「流転三界中」は剃髪の儀に唱える付文の一節であり、この句 に続いて「恩愛ハ断ッコト能ハザレドモ、恩ヲ棄テテ無為ニ入ルハ、真実ニ恩ニ報ュルナリ」とある。本文 中の「断ちはててしものを」はそれを受けて言うのである。浮舟は、尼となった今こそあらゆる骨肉の恩愛 をが

10. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

一浮舟の隠しだてを難ずる妹尼 ば、とばかりためらひて、浮舟「げに隔てありと思しなすらむが苦しさに、もの の言葉 ( 二三三ハー九行・二三五ハー も言はれでなん。あさましかりけんありさまは、めづらかなることと見たまひ二行 ) を逆手にとり、なるほど私 が隠しているとお考えなのがつら 語 たましひ いとして、相手の勧めに応じない。 物てけんを、さてうっし心も失せ、魂などいふらんものもあらぬさまになりにけ 氏 ニ情けない姿だったらしい私の 源るにゃあらん、いかにもいかにも、過ぎにし方のことを、我ながらさらにえ思様子。宇治院で発見された時の姿。 三「うっし心」は現実に醒めた精 きのかみ ひ出でぬに、紀伊守とかありし人の世の物語すめりし中になん、見しあたりの神、「魂な心的活動の根源。 四過去を喪失したようだとする。 のち 五以下、小野を訪ねた母尼の孫、 ことにやと、ほのかに思ひ出でらるることある、い地せし。その後、とざまかう 紀伊守の語った話題。↓手習〔一一七〕。 ひとり ざまに思ひつづくれど、さらにはかばかしくもおばえぬに、ただ 一人ものした六昔知っていたお方のことかと。 紀伊守の語った、薫のことをさす。 まひし人の、いかでとおろかならず思ひためりしを、まだや世におはすらむと、セ母親をさす。小君の姿にも、 真っ先に母を思った。前ハー。 わらは そればかりなん心に離れず悲しきをりをりはべるに、今日見れば、この童の顔 ^ 「いかで」の下に、私 ( 浮舟 ) を 幸福にしたい、ぐらいの意。東屋 は小さくて見し心地するにもいと忍びがたけれど、ムフさらに、かかる人にもあ巻以来、繰り返された母の願望。 九母の身の上ばかりが。 一 0 弟であることを、思わず認め りとは知られでやみなんとなん思ひはべる。かの人もし世にものしたまはば、 た言葉。弟だとの認識が、いよい よ母を懐かしませる。↓前ハー注一一六。 それ一人になん対面せまほしく思ひはべる。この僧都ののたまへる人などには、 一一出家して。次 ~ かの人」も母。 さらに知られたてまつらじとこそ思ひはべれ。かまへて、ひが事なりけりと聞三僧都の手紙に記されている薫。 一三なんとか工夫して、人違い かた こえなして、もて隠したまへ」とのたまへば、妹尼「いと難いことかな。僧都ったと申しあげるようにして。 たいめん セ 六