言 - みる会図書館


検索対象: 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡
366件見つかりました。

1. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

163 第 261 ~ 264 段 一三「何となき」と、仮に解する。 おばゆるも言ふめり。 一四そのことをそうしようとする。 なんなき事を言ひて、「その事させんとす」と、「言はんとす」「何とせんと三言おうとする。 一六何々としようとする。 うしな す」と言ふを、「と」文字を失ひて、ただ「言はんずる」「里へ出でんずるーな宅物語を校訂したさまか。ここ は直してある、ここは原本のまま、 ふみ ど言へば、やがていとわろし。まして文を書きては、言ふべきにもあらず。物など不良な本文に書いてあるのは、 の意とみる。「定本」は校訂した本 びと 語こそあしう書きなしつれば、言ふかひなく、作り人さへいとほしけれ。「な文。 なま 天「一つ車に」の訛り。 ぢゃうほん 一九探す。 ほす」「定本のまま」など書きつけたる、いとくちをし。「ひてつ車に」など一言 ニ 0 見よう。「もとむ」と意が異な るが、こうした誤用を言ったもの いとあやしき ふ人もありき。「もとむ」といふ事を、「見ん」とみな言ふめり。 か。三巻本「みとむ、なんどはみ な言ふめり」の方が訛りのことを 事を、男などは、わざとっくろはで、ことさらに言ふは、あしからず。わがこ 言うことになってわかりやすい ニ一妙な言葉を自分の持前の言葉 とばに、もてつけて言ふが、心おとりする事なり。 としてしまって言うのは幻滅だ、 のように解する。 一三束帯の時、または半臂の下 したがさね に着る服。ここは下襲の色目。 すおう べにうち ニ三表蘇芳または白、裏紅打の襲 ンい , つ。 一西表裏とも練った紅という。 一宝表薄茶、裏赤の濃打という。 ニ六表裏とも白。ただし異説があ 二六三下襲は ニ六 したがさね すはう ふたあゐしら 下襲は冬は躑躅。掻練襲。蘇芳襲。夏は二藍。白襲。 二六四扇の骨は つつじ 一九 ニ四 かいねり ニ 0 つく る。

2. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

55 第 146 段 花びらただ一つを包ませたまへり。それに「言はで思ふぞ」と書かせたまへる御手紙だから他見をはばかること かと くちな はないろ を見るも、いといみじう、日ごろの絶え間思ひ嘆かれつる心もなぐさみてうれ一三「ロ無し」の意。「山吹の花色 ・一ろも たれ 衣ぬしゃ誰問へど答へずくちなし にして」 ( 古今・雑躰・誹諧歌 ) 。季 しきに、まづ知るさまを、をさめもうちまもりて、「『御前にはいかに、物のを 節からみて返り咲きの山吹か。一 一セ りごとにおばしいできこえさせたまふなるものを』とて、たれもあやしき御長説、造花。 一四「心には下行く水のわきかへ 居とのみこそ侍るめれ。などかまゐらせたまはぬーなど言ひて、「ここなる所り言はで思ふそ言ふにまされる」 ( 古今六帖・第五 ) 。 のち かへりごと に、あからさまにまかりてまゐらむ」と言ひて、いぬる後に、御返事書きて一五「世の中の憂きもつらきも告 げなくにまづ知るものは涙なりけ もと 一九 り」 ( 古今・雑下 ) 。涙した、の意。 まゐらせむとするに、「この歌の本、きよく忘れたる」とあやし。「古ごととい 一六中宮様におかせられてはどん ニ 0 なにか、と見るがやや整わない。 ひながら、知らぬ人やはある。ここもとにおばえながら言ひ出でられぬはいか 宅中宮の作者に対する謙遜。作 わらは した にそや」など言ふを聞きて、小さき童の、前にゐたるが、「『下行く水の』とこ者に対する長女の敬意が混じた。 天この近くにちょっと行ってま たお寄りしましよう。 そ申せ」と言ひたる。などてかく忘れつるならむ。これは教へらるるも、思ふ 一九下文とのつながり不審。この 、も、」か 1 し。 歌の上の句をきれいに忘れている ことよ、妙なことだ、とみる。 御返りまゐらせて、すこしほど経てまゐりたる。いかがと、よりはつつまニ 0 ここまで思い浮んでいながら。 三忘れて人に教えられるのも、 きちゃう しうて、御几帳にはた隠れたるを、「あれは今まゐりか」など笑はせたまひて、自分で考えるのも、の意か。 一三前出「言はで思ふそーの歌。 「にくき歌なれど、このをりは、さも言ひつべかりけるとなむ思ふを。見つけニ三あなたを見つけ出さないでは。 へ まへ なが おさめ

3. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

ず ばず』といふ詩を、こと人には似ずをかしう誦したまふ」など言へば、「など 一ニもったいぶってふるまう。 一三「吾年三十五、未ダ形体ノ衰 かそれにおとらむ。まさりてこそせめ」とてよむ。「さらにわろくもあらず」 ヲ覚工ズ。今朝明鏡ヲ懸ケ、二毛 と言へば、「わびしの事や。いかであれがやうに誦んぜで」などのたまふ。「三 ( 黒髪白髪 ) ノ姿ヲ照ラシ見ル : 耒 ダ三十ノ期ニ至ラズ : ・」 ( 本朝文粋 十の期といふ所なむ、すべていみじう愛敬づきたりし」など言へば、ねたがり巻一・二毛ヲ見ル源英明 ) による。 一四下に「あるべきかは」の省略が あろ , つ。 て笑ひありくに、 陣に着きたまへりけるをりに、わきて呼び出でて、「かうな 一五斉信の君が近衛の陣に着座し つばね む言ふ。なほそこ教へたまへ」と言ひければ、笑ひて教へけるも知らぬに、局ておいでだった時に、源中将は。 一六清少納言がこう言います。 た のもとにて、いみじくよく似せてよむに、あやしくて、「こは誰そ」と問へば、 と きのふ 宅「問ひ来て」にかかる。 ゑみ声になりて、「いみじき事聞えむ。かうかう、昨日陣に着きたりしに、問 しよう 一 ^ 誦じ方を習ってきて、それで つばね ひ来て、立ちにたるなンめり。『たれそ』とにくからぬけしきに問ひたまへれこの局の外に立っているようだ、 と宣方が自分の行動をふざけて表 ば」と言ふ。わざとさ習ひたまひけむをかしければ、これだに聞けば、出でて現したとみる。 一九前出「三十の期・ : 」の詩。 とく をが 物など言ふを、「宰相中将の徳見る事。四方に向ひて拝むべし」など言ふ。しニ 0 宰相中将のお陰をこうむるこ 段 とだ。 もにありながら「上に」など言はするに、これをうち出づれば、「あり」など = 一居留守を使 0 て、下仕えの者 に言わせるのに。 おまへ 第 ものいみ 一三主上の御物忌。宣方は宿直中。 言ふ。御前に「かく」など申せば、笑はせたまふ。 そうかんみつ ニ三「右近の将曹光何某」を使者と うち たたうがみ ものいみ う、」ん 内の御物忌にてなむ、右近のさうくわんみつなにとかやいふ者して、畳紙にして宣方は。 ニ 0 うへ きこ あいぎゃう 一七

4. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

かねずみ しとをかしくて、「『言はば一一 = ロはむ』と、兼澄が事を思ひた言はなむ」は、文句を言いたいな く」と倒し取るに、、 ら言ってもよかろう、の意。 るにや」とも、よき人ならば言はまほしけれど、「かの花盗む人はたれぞ。あ一六源兼澄か。歌の中に該当する ものはない。作者の記憶の誤りか。 宅歌のことがわかりそうな人な しかンめり。くてんしらざりけるよ」と言へば、笑ひて、いとど逃げて、引き ら言いたいところだが。 天作者の言葉。新参の作者では もていぬ。なほ殿の御心はをかしうおはすかし。茎どもに、濡れまろがれつき なく他の女房の言とみる説もある。 「くてん」不審。三巻本ナシ。 て、いかに見るかひなからましと見て、入りぬ 一九見苦しい桜をひそかに取り去 とのもりにようくわん みかうしニニ かもんづかさ 掃部司まゐりて、御格子まゐり、主殿寮の女官御きよめまゐり果てて、起ったから。 ニ 0 茎に、花がまるまってついて、 っちいにける」もしそのままだったら、さぞかし。 きさせたまへるに、花のなければ、「あなあさまし。かの花はい。 三後宮十二司の一。清掃・用度 つかさど あかっきニ四 と仰せらる。「暁、『盗む人あり』と言ふなりつるは、なほ枝などをすこし折るの雑事を司る。 一三お上げ申しあげ。 ニ五はべ ニ三宮中の清掃・乗物・灯火・燃 にやとこそ聞きつれ。誰がしつるぞ。見つや」と仰せらる。「さも侍らず。 ニ六 料などを司る。 しろ まだ暗くて、よくも見はべらざりつるを、白みたる物の侍れば、花折るにゃな = 四「かの花盗む人 : ・、をさす。 一宝作者の言。一説他の女房の言。 段ど、うしろめたさに申しはべりつると申す。「さりとも、かくはいかでか取兵下衆の白布の狩衣をさすか。 毛作者の言。春風がいたしまし -6 らむ。殿の隠させたまへるなンめり」とて笑はせたまへば、「いでよも侍らじ。 ニ ^ 「春風 : ・」と言おうと思って。 第 ニ八 春風のして侍るならむ」と啓するを、「かく言はむとて、隠すなりけり。盗み = 〈「降 ( 古 ) りにこそ降 ( 古 ) る」で、 雨が降るので古びてしまった、と ・ 4 いうわけだったのね、の意とみる。 にはあらで、ふりにこそふるなりつれ」と仰せらるるも、めづらしき事ならね ニ九 ニ 0 くき ニ七

5. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

かたうど しいらへたるとて、「すべて物聞えず。方人とたのみきこゆれば、人の言ひふちの治安一一年 ( 一 0 = 一 l) のことで疑わ しい。三巻本「閑院の左大将」。 = 当時「うち臥しの巫女」という るしたるさまに取りなしたまふ」など、いみじうまめだちてうらみたまふ。 巫女がいたことが『大鏡』『今昔物 。、かなる事をか聞えつる。さらに聞きとめたまふ事なし」など語集』などに見える。同一人物か。 一ニ『紫式部日記』に、藤原実成の 言ふ。かたはらなる人をひきゅるがせば、「さるべき事もなきをほとほり出で舞姫の付添として見える人物か。 一三左京の親「うち臥し」に「打ち たまふ、やうこそあらめ」とて、はなやかに笑ふに、「これもかの言はせたま臥して」をかけてからかったもの。 一四「なり」は伝聞。 一五自分の味方をしてくれる人。 ふならむ」と、いと物しと思へり。「さやうにさやうの事をなむ言ひはべらぬ。 一六以前から世間の人が ( 私が左 のち 人の言ふだににくきものを」と言ひて、引き入りにしかば、後にもなほ、「人京に通うと ) うわさをしていると 同じふうに事を解釈なさる。 てんじゃうびと に恥ちがましき事言ひつけたる」とうらみて、「殿上人の、笑ふとて、言ひ出宅本当に「横になる」の意味だけ で言ったのだと言いのがれた。 ひとり でたるなり」とのたまへば、「さては一人をうらみたまふべくもあらざンなる天自分の加勢をさせようと。 一九かんかんに怒る意。 ニ 0 悪口を言うのは。 に、あやし」など言へど、その後は絶えてやみたまひにけり。 三むりにこじつけて言う。 一三殿上人が、そう言えば人が笑 段 うだろうというわけで、でたらめ 一六七昔おばえて不用なるもの を言い出したのだ。 ニ三私との交際。 からゑ ふよう うげん たたみふ 昔おばえて不用なるもの繧繝ばしの畳の旧りて、ふし出で来たる。唐絵の = 四昔は立派だったが、今は役に 立たぬもの。 ニ五 ぢずりも 7 びやうぶおもて 屏風の表そこなはれたる。藤のかかりたる松の木の枯れたる。地摺の裳の花か一宝縹色があせたの。 「あなあやし 一八 きこ 一九 はなだ

6. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

75 第 166 段 なき」とて、逃げておはしにしを、七夕のをり、この事を言ひ出でばやと思ひ出したままに言ってしまって。 一四↓三七ハー注一三。葛城の神の私 は、もう逃げるより仕方がない。 かならずしもいかでかは、そのほどに見 しかど、「宰相になりたまひしかば、 「すち」は「術」。 ふみ とのもづかさ つけなどせむ。文書きて、主殿司などにてやらむ」など思ひしほどに、七日ま一五斉信が参議になったのは前述 のように長徳二年なので、この段 一九 ゐりたまへりしかば、うれしくて、「その夜の事など言ひ出でば、心もそ得たの年時を長徳元年とみるかぎり作 者の錯覚か脚色ということになる。 くろうど 一六参議は蔵人頭とちがって殿上 まふ。すすろにふと言ひたらば、『あやし』などやうちかたぶきたまはむ。さ に日勤するわけではないから、必 らばそれには、ありし事言はむとてあるに、つゆおばめかでいらへたまへりすしも七夕に見つけられはしまい とのもづかさ 宅主殿司などという手段をとっ て、の意か しかば、まことにいみじ , つをかしかりき。月ごろいっしかと思ひはべりしだに、 みそか 天三月晦日の夜のことを私が。 すず 冫しカてさはた思ひまうけたるやうにの一九きっとお気づきになる。 わが心ながら好き好きしとおばえしこ、、ゝ。 ニ 0 少しもまごっかすに。 たまひけむ。もろともにねたがり言ひし中将は、思ひもよらでゐたるに、「あニ一「はべり」が地の文に用いられ るのは不審。「思はれたりし」の誤 りし暁の事は、いましめらるるは知らぬか」とのたまふにそ、「げにげに」と伝か 一三七夕の今日は逆に四月の詩を と持ち構えたように答えたこと。 笑ふ、わろしかし。 ニ三三月末のあの時に。 一西斉信と私は、人と話をするこ 人といふ事を碁になして、近く語らひなどしつるをば、「手ゆるしてける」 ニ七 とを碁の用語にたとえて。 てう 「けちさしつ」など言ひ、男は、「手受けむ」など言ふ事を、人には知らせず、ニ五たやすく先手を許した。 ニ六終局にだめをさした。 毛何目か置こう。 この君と心得て言ふを、「何事そ、何事ぞ」と源中将は添ひっきて問へど、言 ニ四 あかっき をとこ ニ 0

7. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

ひさしはしら 端ちかくおはします。これかれ物言ひ、笑ひなどするに、廂の柱によりかかり一私 ( 作者 ) は。 ニ「月影は同じ光の秋の夜をわ おと きて見ゆるは心なりけり」 ( 後撰・ て物も言はでさぶらへば、「など、かう音もせぬ。物言へ。さうざうしきに」 秋中 ) 、あるいは琵琶行の「曲終ッ 子 テ撥ヲ収メ、心ニ当テテ画ク、四 と仰せらるれば、「ただ秋の月の心を見はべるなり」と申せば、「さも言ひつべ 草 絃一声帛ヲ裂クガ如シ。東船西舫 悄トシテ言無シ。唯見ル江心秋月 枕し」と仰せらる。 ノ白キヲ」による。言葉もなく月 と一体化しているさま。 三底本「おほせる」。他本により 訂す。 四三巻本にはこの段と、能因本 本書一三段に相当する段との二か 原はあしたの原。粟津の原。篠原。園原。 所に「原は」がある。↓田一三段。 五奈良県にある、歌枕。以下同。 六滋賀県にある。 四法師は セ未詳。 ^ 長野県にある。 九この段は三巻本のうち二類本 〔一本牛飼はおほきにてといふ次に〕 のみに付載されている。 こと 法師は言すくななる。男だにあまりつきづきしきはにくし。されどそれは一 0 原文本文にこのとおり記載さ れている。「牛飼はおほきにて」は 能因本では三五段。「法師は」「女 さてもやあらむ。 は」「女の遊びは」はそれぞれ別個 した のものであろう。 女はおほどかなる。下の心はともかくもあれ、うはべはこめかしきはまづ 一一法師ではない在俗の男性。 一ニ不審。仮に調和しすぎる意に らうたげにこそ見ゆれ。いみじきそらごとを人に言ひつけられなどしたれど、 おほ 四 六 あはづ しの その

8. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

197 第 312 ~ 引 5 段 一六 か。三四人ゐたりし者の、みなさせしかば、たくみのさるなンめりと思ふなり。宅「勿体なし」の語幹とみて、妥 当な状態ではない、の意から、不 都合だ、妥当ではない、の意に仮 あな、もたいなのことともや。 に解く。中古の用例に乏しい 一〈三巻本にこの一段なし。「物 語をするにもせよ、昔物語をする 三一四物語をもせよ、昔物語もせよ にもせよ」の意と仮にみなす。 あいづち いいかげんな相槌を打って。 一九 物語をもせよ、丑日物語もせよ、さかしらにいらへうちして、こと人と物一言ひニ 0 、別の人と口をきいて、物語の 方をはぐらかしてしまう人。 ニ一二番目の姫君。 まぎらはす人、いとにくし。 一三格式ある身分の家の子弟。 ニ三しゃれた者。 ニ四心の人格的な働き、気立て。 三一五ある所に、中の君とかや言ひける人のもとに ここでは物事の情趣をよく解する こと。 ある所に、中の君とかや言ひける人のもとに、君達にはあらねども、その心ニ五男が帰ったあとの風情を女か ら思い出してもらおうと。 ありあけ ニ四 いたくすきたる者に言はれ、、いばせなどある人の、九月ばかりに行きて、有明ニ六男が今は去ったことだろうと 女が遠く見送るその時間は。 なごり の月のいみじう霧りておもしろき名残思ひ出でられむと、ことのはをつくして毛しっとりとした美しさ。 たてじとみ ニ ^ 立蔀がちょうど合っている、 ニ六 ニセ の意とみる。 言へるに、今はいぬらむと、遠く見送るほど、えも言はずえんなるほどなり。 ニ九「長月の有明の月のありつつ ゅ たてじとみ かた 出づるやうに見せて立ち帰り、立蔀あひたる陰の方に添ひ立ちて、なほ行きやも君し来まさばわれ恋ひめやも」 ( 拾遺・恋三人麻呂 ) 。女が口ず ニ九 さむ。 らぬさまも言ひ知らせむと思ふに、「有明の月のありつつも」とうち言ひて、 きんだち

9. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

はねば、かの君に「なはこれのたまへ」とうらみられて、よき仲なれば聞かせ一「うらみられ」の「られ」を受身 とみれば「かの君」は源中将である け「り % が、直前に斉信を「この君」という 子 点からみて疑わしい。仮に斉信と みて「られ」は源中将に対する軽い いとあへなく、言ふほどもなく近うなりぬるをば、「おしこばちのほどぞ」 尊敬と考えておく。 など言ふに、われも知りにけると、いっしか知らせむとて、わざと呼び出でて、ニ対局が終って石を崩すこと。 終局に近づいた。 とうの 「碁盤侍りや。まろも打たむと思ふはいかが。手はゆるしたまはむや。頭中将三源中将は、実は自分も知って 六 しまったということを私に早く知 さだ らせたいと思って。 と『ひとし』なり。なおばしわきそ」と言ふに、「さのみあらば、『定め』なく 四先の碁の言葉の応用。 や」といらへしを、かの君に語りきこえければ、「うれしく言ひたる」とよろ五「同等」なのです。 六「定め」の「め」に碁の「目」をか けたもの。「定めなし」は無節操。 こびたまひし。なほ過ぎたる事忘れぬ人は、いとをかし。 九 セ「し」は自分の経験した過去に さいしゃう 宰相になりたまひしを、うへの御前にて、「詩をいとをかしう誦んじはべりついて用いる「き」の感動表現 〈斉信についての感想。 せうくわいけいこべう しを。『蕭会稽の古廟をも過ぎにし』なども、たれか言ひはべらむとする。し九宰相になると頭中将の時と異 なって清涼殿への出入りは少なく き一ぶら なる。以下は作者が天皇の御前で ばしならでも候へかし。くちをしきに」など申ししかば、いみじう笑はせたま 半ば女房との会話という形をとっ て申しあげた言葉であろう。 ひて、「さなむ言ふとて、なさじかし」など仰せられしもをかし。されど、な せうくわいナ、 一 0 「蕭会稽ノ古廟ヲ過グルヤ、 りたまひにしかば、まことにさうざうしかりしに、源中将、おとらずと思ひて、託ケテ異代ノ交ヲ締ビ : ・」 ( 和漢朗 詠集・交友 ) をさす。 さいしゃうの うへ ゅゑだちありくに、宰相中将の御上を言ひ出でて、「『いまだ三十の期におよ = 参議にならすにお仕えすれば ごばん 七 八 ず め

10. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

119 第 219 ~ 221 段 ( 現代語訳一一九九ハー ) 三青磁製の水入れ。「かめ」は瓶 かめ であろう。一説、亀形のロ。 一三〇人の硯を引き寄せて 一六体裁の悪いのなども、平気で 人の前に差し出すことよ ふみ 宅誰かの硯を自分が引き寄せて。 人の硯を引き寄せて、手習ひをも文をも書くに、「その筆な使ひたまひそ」 この段自分の硯や筆を無神経に扱 と言はれたらむこそ、いとわびしかるべけれ。うち置かむも、人わろし、なほわれる不快さを述べる。中宮が見 事な硯を作者に使わせられる折の 作者の感激も理解できよう。 使ふもあやにくなり。さおばゆる事も知りたれば、人のするも言はで見るに、 一 ^ 自分が言われたらそう憾じる とよノ、使こともわかっているので。 ことに手などよくもあらぬ人の、さすがに物書かまほしうするが、い 一九人が私の筆を使うのも。 ニ 0 自分の手のくせのように使い ひかためたる筆を、あやしのやうに、水がちにさし濡らして、「こは物ややり」 ならしてある筆。 かしら とかなにぞ、細櫃の蓋などに書き散らして、横ざまに投げ置きたれば、水に頭ニ一根元の方まで筆をおろして墨 を含ませることであろう。 ニ四 はさし入れて伏せるも、にくき事そかし。されど、さ言はむやは。人の前にゐ一三不審。歌の。一節が誤写された ため意不明となったものとみる。 くらあうよ たるに、「あな暗。奥寄りたまへ」と言ひたるこそ、またわびしけれ。さしのニ三「とか何そ」とみる。「と仮名 にぞ」とも読める。 ニセ そきたるを見つけては、おどろき言はれたるも。思ふ人のことにはあらずかし。ニ四角が立つからそうも言えない。 一宝物を書く人の前のことか。 兵驚いて文句を言われたのも、 またみじめな感じがするものだ。 二二一めづらしと言ふべき事にはあらねど、文こそなほ 毛愛する人から言われたのはま た別だ、という気持か めづらしと言ふべき事にはあらねど、文こそなほめでたきものには。はるかニ ^ 下に「あれ」が略されている。 ニ三 ほそびつ ニ六 ふみ ニ 0