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検索対象: 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡
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1. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

枕草子 286 そうだ。少しばかり残っている家来も、無礼な態度でばか受領もそう感じられるであろう。たくさんの国を歴任して、 かんだちめ にしたのも、いまいましいからとて、どうしようもないと大弐や四位などになってしまうと、上達部なども、重々し ずりよう いものとしてお扱いなさるようだ。 思って、我慢して過したのだが、受領になると、自分にも みかど 女こそ、やはり男にくらべて劣っている。宮中で、帝の まさる者たちがかしこまって、ただ「仰せを承りましょ めのと さんみ ついしト - う・ 御乳母は、内侍のすけや三位などになってしまうと、重々 う」と追従する様子は、以前の人と同じ人と見えようか。 かた し 、。けれど、そうかといってすでに年をとって、どれく 北の方のほうでは優雅な女房を召し使い、今まで見られな かった手まわりの道具や装束が、自然に涌き出るように現らいのよいことがあるか、ありはしない。またそんな人は かた このえ れて来ることよ。受領をしている人が、のちに近衛の中将多くいるわけではない。受領の北の方の地位にあって任国 きんだち にくだるのをこそ、普通の身分の人の幸福と思っているよ に昇進しているのこそ、もともと君達の身分の人が昇進し きさき うだ。普通の家柄の出の上達部の娘で后におなりになるの て中将となっているのよりも、高貴なものとみずから感じ、 こそすばらしい 得意顔で、ひどくすばらしいことと思っているようである。 けれど、やはり男は、自分の身の出世昇進こそすばらし 一八四位こそなほめでたきものにはあれ。同 くて、そりくり返って得意でいる様子といったら : : : 。法 なにがしぐぶ じ人ながら、大夫の君や、侍従の君な 師などが、「何某供奉」などと言って歩きまわるのなどは、 ど聞ゆるをりは 何がよいだろうか、よい所は何も見えはしない。お経を尊 く読み、見たところ美男子なのにつけても、女房たちにば 位こそ、やはりすばらしいものではある。同じ人であり そう たゆう かにされて、女房たちはわあわあ騒ぎかかるのだ。でも僧 ながら、大夫の君や侍従の君などと申しあげる時は、ひど ずそうじよう くばかにしやすいものだのに、中納言、大納言、大臣など都や僧正になってしまうと、「仏様がこの世に出現なさっ になってしまうと、ひたむきにどうしようもないほど、尊ていらっしやるのだろう」と、身分の高い方々も、あわて てお思いになって、恐れ入る様子は、ほかに何の似るもの く感じられなさることが、格別であるよ。身分に応じては、 ないし おもおも

2. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

やおしゃべりをし、人のうわさ話をしてほめたりけなした子をかわいいと思っているらしいのは、親だからこそであ ると、親の心がしみじみと身にしみて感じられる。 肪りなどしていると、夜居の僧の持っ数珠のすがりが、ふと 親にも、お仕えする方にも、総じて交際している人にも、 何げなく脇息などに当って音をたてたのこそ奥ゆかしく思 子 人によく思われよ , っことぐらいすばらしいことはあるまい われるものだ。 草 枕 一三男こそ、なほいとありがたく 一二世ノ中になほいと心憂きものは 男性というものこそは、やはり女性からみるとめったに この世の中で何といってもやはりとてもいやなものは、 人ににくまれよう事がそれにあたるようだ。一体どんな気ないほど奇妙な心を持ったものではある。とてもきれいな 違いが「自分は人ににくらしいと思われよう」とは思うだ女性を捨てて、にくらしげな女を妻として持っているのも、 もう全く理解できないことだ。宮中にいつも親しく出入り ろうか。そんな人はいないだろう。けれどもどうしても自 然に、お仕えしている所でも、親、兄弟姉妹の間でも、愛してお仕えしている男や、良家の子弟たちは、たくさんい る女性の中で美しい人をこそは選んでお愛しになればいし される愛されないといった違いがあるのはとても情けない ことだ。 のに。絶対に手が届きそうにもない身分の女をさえ、自分 がすばらしいと思う女性を死ぬぐらいにでも恋い焦れてほ 身分の高い方の御事はもちろんであるが、身分の程度が 低い者などの間でも、親などがかわいがっている子は、ど 人が大切にしている娘や、まだ見たこともない人などを うしても人から注目され、耳をたてられて、大切にすべき も、すばらしいと聞く女性をこそは、どうかして妻にした 子であるといった感じがする。その子が目をかけるかいが いとも、どうやら男性は考えるということだ。それなのに ある子である時は、親がかわいがるのは道理であって、ど 一方で、女性の目からみても劣っていると思われる女を愛 うしてこの子をかわいがらないでいられようかと思われる。 一方これといったことのない子である場合は、また、このするのは、一体どうしたことなのだろう。 ( 原文一一一七ハー ) じゅず

3. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

239 第 118 ~ 123 段 一一八常よりことに聞ゆるもの ふだんより特別な感じに聞えるもの元日の車の音、ま あかっきせき にわとり 夏は、世に類もないほど暑いのがいい た、元日の鶏の鳴き声。暁の咳ばらい。暁の音楽はいうま でもない。 一二三あはれなるもの 一一九絵にかきておとるもの 、いにしみじみと感じられるもの親の喪に服している子。 みたけしようじん 絵に描いて実物より見劣りするものなでしこ。桜。山鹿の鳴く音。身分のよい男の若いのが、御嶽精進をしてい ようばう るの。部屋から出て座っているであろう明け方の礼拝など、 吹。物語ですばらしいといっている男女の容貌。 しみじみとした感じがする。親しい人が、目をさましてそ 一二〇かきまさりするもの れを聞いているであろうのを、想像することだ。さていよ さんけい いよ参詣する折のありさまは、道中無事にお参りできるか、 描いて実物よりまさって見えるもの松の木。秋の野。 どうだろうかと身をつつしんでいたのに、平安に御嶽に参 山里。山路。鶴。鹿。 え 着したのこそは、たいへんすばらしいことだ。ただし、烏 ていさい 帽子の様子などは、やはり体裁が悪い。やはり、身分の高 しか 枕草子 冬は、ひどく寒いのがいし 一二二夏は たぐい

4. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

枕草子 294 二〇五いみじう暑きころ 二〇七よくたきしめたる薫物の たきもの きよう きのうおととい たいへん暑いころ、タ涼みなどという時分、物のありさ 十分にたきしめてある薫物が、昨日、一昨日、今日など おとこぐるま まなども、うす暗くて何やらはっきりしない時に、男車の、 は、そのままで過ぎているのに、着物をひきかぶった中に、 先払いをして走らせて行くのは、一一一一口うまでもないことで、 その時の余香が残っているのは、今たきしめたのよりもす すだれ それほどでなくて普通の身分の人でも、車の後ろの簾を上ばらしい ふたり ひとり げて二人でも一人でも乗って走らせて行くのこそ、とても ふえ びわひ 二〇八月のいと明かき夜 涼しそうに見える。まして、琵琶を弾き鳴らしたり、笛の 音が聞えるのは、その車が通り過ぎて去って行くのも残念 月のとても明るい夜、牛車で川を渡ると、牛が歩くのに すいしよう で、そのような折に、牛のしりがいもーーー自分が知らない つれて、水晶などが割れているように、水の散っているの こそおもしろいものだ。 からだろうか・ーーー香りが奇妙で、かいだことのない匂いだ けれども、おもしろいのこそ、気違いじみている。とても たいまっ 二〇九大きにてよきもの 暗く、月のない晩に、車の先にともしてある松明の煙の香 くだもの えぶくろすずり りが、車にかかっているのも、たいへんおもしろい 大きいほうがよいもの法師。果物。家。餌袋。硯。墨。 男の目。あまり細いのは、女性的だ。そうかといってまた、 わん ひおけ 二〇六五日の菖蒲の、秋冬過ぐるまで 金属製の碗のようであろうのは、恐ろしい。火桶。ほおず しようぶ 五月五日の菖蒲の、秋冬を過ぎるまであるのが、ひどく き。山吹の花びら。馬も牛も、品格があって立派なのは大 白っぱく枯れて妙な様子であるのを、引っぱって折って取きいのであるようだ。 ただよ りあげたのが、その五月の折の香りが残ってあたりに漂っ 二一〇短くてありぬべきもの ているのも、たいへんおもしろい

5. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

くろいあそばしていらっしやるのを、女房たちが集って、 が、この時は、あの女の身に、たった今なりたいものだと じようだん 冗談。 こくやしがって何やかや言うようだ。 感じられた。 琴や笛など習う場合、これもまた、文字を書く場合のよ 男も、女も、坊さんも、よい子を持っている人は、た、 うにこそ、未熟のうちは、あの人のように早くなりたいと へんうらやましい。髪が長くきちんと整っていて、下がっ とうぐう しゅじよう めのと 当然感じられるようだ。主上や、東宮の御乳母はうらやま ている端などがすばらしい人。身分の高い人が、人にオし ほうばうきさきによう 1 」 せつにかしずかれなさるのも、とてもうらやましい。文字しい。主上付きの女房で、方々の后や女御がたに出はいり さんまい よいあかっき じよ、つ がうまく、歌を上手に詠んで、何かの折にまっ先に選び出することを許されているの。三昧堂を建てて、宵や暁に祈 すごろく っておられる人。双六を打つのに、相手の賽のよい目が出 される人。 し第一う ひじり りつば ているの。ほんとうに世間を思い捨てている聖。 立派なお方の御前に、女房がとてもたくさん伺候してい る時に、おくゆかしいお方の所へお届けあそばすはずの代 一六三とくゆかしきもの 筆のお手紙などを、だれだって鳥の足跡みたいな文字では、 まきぞめ しもつばね 早く結果が知りたいもの巻染、むら濃、くくった物な どうして書いているはずがあろうか。けれど、下局などに すずり どを染めている時。人が子を生んだのは、男か女か早く聞 いるのを、わざわざお呼び寄せになって、御自分の御硯を きたい。身分の高い人については言うまでもない。つまら 取りおろしてお書かせになるのは、うらやましい。そうし ねんちょうしゃ ない者や、身分の低い人の場合でさえ聞きたいものだ。除 段たことは、そのお仕えする場所の年長者の女房なんかとな 一もく 目のまだ早い翌朝、必ずしも知っている人で任官するはず ってしまうと、ほんとうに難波津の歌を書く程度から遠く へた の人などがない折も、結果を聞きたいものだ。愛する人が もないような下手な人も、事柄次第で書くのだが、これは かんだちめ みやづか 第 よこしている手紙 そうではなくて、上達部のもとや、また、はじめて宮仕え 1 ) んじよう に参上しようなどと、人が言上させているだれかの娘など 一六四心もとなきもの には、特に気をつかって料紙をはじめとして、何かとおっ なにわづ 0 じ

6. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

くらゐ 位こそなほめでたきものにはあれ。同じ人ながら、大夫の君や、侍従の君な一官位をめぐっての感想。 ニ五位に叙せられた名家の子弟 ど聞ゆるをりは、、 しとあなづりやすきものを、中納言、大納言、大臣などになでまだ官職のない人。 子 三従五位下相当官。名家の子弟 が最初につく官職であることが多 草りぬれば、むげにせんかたなく、やんごとなくおばえたまふ事のこよなさよ。 ずりゃう七 ほどほどにつけては、受領もさこそあンめれ。あまた国に行きて、大弐や四位四「むげに」は、甚だしく。「せ んかたなくは、どうしようもな かんだちめ 、一ま以」 0 などになりぬれば、上達部などもやむごとながりたまふめり。 五「おばえ」は、相手によって感 うち めのと じられること。「たまふーは、中納 女こそなほわろけれ。内わたりに、御乳母は、内侍のすけ、三位などになり 言等になった人への敬語。 おもおも ぬれば、重々し。されど、さりとてはど過ぎ、何ばかりの事かはある。またお六身分身分に応じて言えば。 セ「やんごとなくこそおばゅめ きたかた ほくやはある。受領の北の方にてくだるこそ、よろしき人のさいはひには思ひれ」の意。 ^ 「あまた国ーで一語。 きさき かんだちめ 九大宰府の次官。 てあンめれ。ただ人の上達部のむすめにて后になりたまふこそめでたけれ。 一 0 大国従五位上、上国従五位下、 されど、なほ男は、わが身のなり出づるこそめでたく、うちあふぎたるけし中国正六位下、下国従六位下相当。 一九 = 男に比べて劣っている。 ぐぶ なにごと 三典侍従四位相当。 きよ。法師などの、なにがし供奉など言ひてありくなどは、何事かは見ゆる。 一三しかしそうかといってすでに 経たふとくよみ、め清げなるにつけても、女にあなづられて、なりかかりこそ老年になっているのだから、どれ くらいのよいことがあろ、つか、あ そうづ そうじゃう り・はし・ + ない すれ。僧都、僧正になりぬれば、「仏のあらはれたまへるにこそ」と、おばし 一四普通の身分の人の幸福。 せつけ 一五摂家・清華家などの家柄では まどひて、かしこまるさまは、何にかは似たる。 き - 」 ニ 0 五 一四 ないし だいじん てんじ

7. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

枕草子 346 そちらに視線を投げることもない。それにつけても人の顔 三一四物語をもせよ、昔物語もせよ かたちは、おもしろいものだ。見た目ににくらしい調度品 の中にも、それそれ一つずつよい所が、いつも自然見つめ ふだんの話をする折にもせよ、昔話をする折にもせよ、 られるものだ。逆に、にくらしい所も、きっとそ , ついうも 利ロぶっていいかげんなあしらいの返事をして、一方、別 のだろうと自然見つめられるのこそ、やりきれない感じが の人と話をまじえてこちらの話をまぎらせてしまう人は、 する。 ひどくにくらしい 三一三たくみの物食ふこそ、いとあやしけれ 三一五ある所に、中の君とかや言ひける人の だいく しんでん 、もとに 大工が物を食べるありさまこそ、ひどく奇妙だ。寝殿を きんだち 建てて、東の対めいた建物を作るということで、大工たち ある所に、中の君とかいった人のもとに、君達というほ ひがしおもて ふうりゅうじん が並んで座って、物を食べるのを、東面に出て座って見て どの身分ではないけれども、その心はたいへんな風流人と しるもの いると、持って来るのも遅いとばかりに、早速、汁物を取人から評判され、心の働かせ方の情趣面などですぐれてい かわらけむぞうさ ありあけ って全部飲んで、容器の土器は無造作にそこに置いてしま る人が、九月ごろに出かけて行って、有明の月のひどく霧 おうせ う。次におかずをみな食べてしまったので、御飯はどうや が立ちこめて、明るくうつくしいその折の逢瀬の名残を女 らいらないようだと思って見ているうちに、御飯はたちま から思い出してもらおうと、ありとあらゆる一一一一口葉をつくし ちなくなってしまった。三、四人座っていた者が、みな同て別れを述べていたが、今は男も去って行っていることだ じようにそうしたのだから、大工というものが多分そうい ろうと、女が遠く見送るその時間は、言いようもないほど うものなのだとわたしは思うのだ。ああ、何てさまになら優艶な感じがする時間である。家から出るように見せかけ たてじとみ ないことといったら。 て男は立ちもどり、立蔀が合っている陰の方に添って立っ て、やはり行ってしまうことができそうもない自分の様子 たい なん な 1 ) り

8. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

しもづか れる時に、関白様のお邸の方から、侍の者たち、下仕えの お姿をお見せにならないので、心が晴れない気持がする。 おうぎ 参集している女房たちは、供養当日の装束や、扇などのこ者などが来て、大勢花の木のもとに、ずんずん近寄って来 とを話し合っている者もある。また、女房たちの中には互て、引き倒して取って、「『こっそり行って、まだ暗かろう うちに取れ』とこそ仰せられたのだったが。夜が明けはな しに競争して、「わたしは何で用意などしよう。ただ、あ れてしまったのだった。まずいことをしたな。早く早く」 るので間に合せて何とか」などと言って、相手から「いっ ものとおり、あなたったらとばけて」などとにくまれる。 と倒して取るので、たいへんおかしくて、「『言はば言は かねずみ 夜分、里に退出する人も多い。こういうことのために退出む』と、兼澄の歌のことを思ってこういうことをしている のか」とも、身分教養のある相手なら言いたいところだけ するのだから、中宮様もおとどめあそばすことがおできに めす ならない れど、「あの花を盗む人はだれだ。悪いことでしよう。ク テン知らないでいたんだったわ」と言うと、笑って、いよ 関白様の北の方は毎日こちらにお越しで、夜もおいでに いよ逃げて、引っぱって持ち去った。やはり関白様の御心 なり、姫君たちなどもいらっしやるから、中宮様の御前し はすばらしくていらっしやることだ。茎に、花が濡れて丸 は人がたくさん伺候しているので、たいへんよい。宮中か まってついて、どんなに見るかいもなかったことだろうの らの御使いは、毎日参上する。御前の庭の桜は、色はまさ るということはなくて、日など当ってしばんで、はじめの にと見て、わたしは部屋の中に入ってしまった。 との かもんづかさ 掃部司の者が参上して、御格子をお上げ申しあげ、主殿 時にくらべて悪くなるので、情けないのに、雨が夜降った もり にようかん 段 寮の女官がお掃除をすっかりおすませ申しあげてから、中 翌朝は、ひどくかたなしだ。たいへん早く起きて、「泣い 宮様はお起きあそばされたところ、花がないので、「まあ て別れようとする時の顔に、劣るような気がする」と、こ 第 の桜についてわたしが言うのを中宮様がお聞きあそばして 思いもよらないこと。あの花はどこへ消えていったのか」 しまったのだった。「雨が降る気配がしたのは確かね。桜と仰せになる。「明け方、『盗む人がいる』と言う声がした ようだったのは、それでもやはり枝などを少し折るのかと はどうかしら」とおっしやって、お目をおさましあそばさ やしきほう さぶらい

9. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

一外から見た感じが恐ろしいも 8 の。 一五〇おそろしげなるもの とげとげ ニどんぐりのかさ。刺々しい。 ところ 子 三火事の跡。一説「焼野老」。 つるばみ おこばす 草おそろしげなるもの橡のかさ。焼けたる所。水ふふき。菱。髪おほかる四鬼蓮。茎・葉に勅がある。 よすみ 五四角が鋭くとがった菱の実。 枕かしら 六素焼の陶器。 男の頭洗ひて乾すほど。栗のいが。 こも セこれから畳として作る薦。 ^ 水を容器に入れる時、透いて 見える水の影。 一五一清しと見ゆるもの からびつ 九細長い唐櫃。古いのが普通。 六 一 0 寝て起きた翌朝に手をおそく きょ かなまりたたみ かはらけ すきかげ 清しと見ゆるもの土器。あたらしき鋺。畳にさす薦。水を物に入るる透影。洗う人。 = 白い痰。 三鼻をすすり上げて歩きまわる あたらしき細櫃。 子ども。 一三羽が生えそろわないから。 一四絹を練った地色。黄白色。 一五二きたなげなるもの しきぶのじよう 一五「笏」は、身分が低い式部丞で は、その持つ「笏」も下品に見える ねずみ ことをいうか。一説、「爵」で、式 きたなげなるもの鼠のすみか。っとめて手おそく洗ふ人。白きっきはな。 部丞が退職する際、五位に叙せら すずめ あ れることとする。 すす鼻しありくちご。油入るるもの。雀の子。暑きほどに、久しく湯浴みぬ。 くず 笑布 ( 麻・葛等の繊維で織った ねりいろきめ びようぶ もの ) で張った屏風。 衣の萎えたるは、いづれもいづれもきたなげなる中に、練色の衣こそきたなけ むしろ 宅外を筵で張った車で身分の低 い者の乗用 れ。 きめな ほ九 あぶら 四 あら 五 ひし たん

10. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

おが にうち掛けて御本尊を拝み申しあげていると、「御用うけ読んでいるのも、尊い感じがする。高い声を出して読んで しきみ ほしい気がするのに、まして鼻などを、音高く、聞いて不 たまわりの者です」と言って、樒の枝を折って持って来て 愉快なようにではなくて、少し遠慮してかんでいるのは、 いるのなどの尊い様子も、やはりおもしろい 子 じようじゅ 犬防ぎのガから坊さんが近づいて来て、「御立願の筋は何を思っているのであろう、その願い事を成就させたいと 草 十分仏にお願い申しあげました。幾日ぐらいお籠りあそば感じられる。 幾日も続いて籠っていると、昼間は少しのんびりと、以 す御予定ですか」などとたずねる。「今これこれのお方が 前はしていた。下にある坊さんの宿坊に、供の男たちゃ、 お籠りあそばしています」などと、こちらに話して聞かせ ひとり ひばちくだもの て立ち去るとすぐに、火鉢や果物など持って来、持って来子どもたちなどが行って、わたしはお堂の部屋で一人で所 ほらがい はんぞう して貸してくれる。そのほか、半挿に手洗いの水などを入在ない気持でいると、すぐそばで、午の時の法螺貝をたい へん高く、急に吹き出したのこそ、思わずびつくりする。 れたもの、その水を受ける手なしのたらいなどが持ってき ずきよう しゆくぼう きれいな立文を供の者に持たせた男が、誦経のお布施の品 てある。「お供の方は、あちらの宿坊でお休みください」 どうどうじ をそこに置いて、堂童子などを呼ぶ声は、山がこだまし合 などと言って、坊さんが、どんどん呼び立てて行くので、 って、きらきら輝かしいまでに聞える。誦経の鐘の声が一 供の者は交替で宿坊へ行く *. きよう おと 誦経の鐘の音を、「どうやらあれは自分のためのもので段と高く響いて、この誦経はどこのお方があげるのだろう と思って聞くうちに、お坊さんが高貴な所の名を言って、 あるようだ」と聞くのは、頼もしく聞える。隣の部屋で、 きとう ひたい お産が平らかであるように祈疇するのは、むやみに、お産 かなりの身分らしい男が、たいへんひっそりと額をつけて きねん の安否がどうだろうかと、不安で、仏に祈念したい感じで 礼拝している。立ったり座ったりの様子もたしなみがある こうした程度の昼間の騒がしさは、普通の時のこと ように聞える、その人が、たいへん思いつめた様子で、寝 ごんぎよう であるようだ。本題にもどれば、正月などには、ただもう もしないで勤行するのこそ、ひどくしみじみと感じられる。 物騒がしく、何かの望み事の立願などする人が、絶え間な 礼拝をやめて休息する間は、お経を声高には聞えぬほどに 0 こわだか ぎい 0 たてぶみ 、一も ふせ