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検索対象: 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡
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1. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

なっておいでなのは、たいへん心にしみておもしろい。業 二九二大納一一 = ロ殿まゐりて、文の事など奏した 平がその便りをひきあけて見ていたであろう気持こそ、自 ( ふに 然と想像されることだ。 子 しゅじよう 大納言様が参上して、漢詩文の事など主上に奏上なさる 草 ふ 二九〇をかしと思ひし歌などを草子に書きて 。いつものように、夜がひどく更けてしまったので、 枕 ひとりふたり おきたるに 御前にいる女房たちは、一人、二人ずつ姿を消して、御 びようぶきちょうしも こべや おもしろいと思った歌などを帳面に書きつけておいたの屏風、几帳の下の方へ、小部屋などにみな隠れて寝てしま がまん げすおんな ったので、わたしはただ一人になって、眠たいのを我慢し に、下衆女が、その歌をうたっているのこそ、いやなもの てそのまま伺候していると、「丑四つ」と時刻を奏上する だ。それどころか、やたらと歌を作りもするよ。 ようである。「どうやら明けてしまったようでございます」 いまさらぎよしん 二九一よろしき男を、下衆女などのめで と独り言を言うと、大納言様は、「今更に御寝あそばすこ 相当な身分の男を、下衆女などがほめて、「たいへん親とよ」と言って、寝るべきものとも思っていらっしやらな いのを、「まあいやだこと、何だってこんなことを申しあ しみの感じられる方でいらっしやる」などと言うと、人は げてしまっているのだろう」と思うけれども、また、人が そのままさっそくその男を自然軽蔑するようになってしま うに違いない悪口を言われるのは、かえってよい。下衆ほかにもいるのならばこそは、何とかごまかしもしようが しゅじよう 主上が柱に寄りかかって、少しお眠りあそばしてい の者にほめられるのは、女でさえあまりよくない。また、 らっしやるのを、大納一 = ロ様は中宮様に「あれをお見申しあ 下衆の者はほめるうちに、言いそこなってしまうものなの ぎよ だから。 げなさいませ。もう夜は明けてしまったのに、こんなに御 しん 寝あそばしてよいものでしようか」と申しあげなさる。 「いかにも」などと、中宮様におかせられてもお笑い申し けいべっ

2. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

( 原文一七九ハー ) どおりのありさまにして、家から出してやりなどしたいも 一晩中もこうして乗ってまわりたいのに、目的の所が近く のだ。身分の高い立派な方の御生活の御様子などが、とて なるのは、残念なことだ。 も知りたいのだ。これはよくない心であろうかしら。 二八三宮仕へする人々の出であつまりて みやづか 二八五見ならひするもの 宮仕えをする女房たちが、退出して集って、自分の御主 あくび 見ていてまねをするもの欠伸。幼児たち。末熟な、い 君がたのことを言うのを、その家の主人として聞くのこそ いかげんな、つまらない者。 おもしろいものだ。 二八六うちとくまじきもの 二八四家ひろく清げにて、親族はさらなり 気の許せそうもないもの悪いと人から言われる人。そ 自分の理想を言えば、自分の家が広く、見た目にきれい であって、親族は言うまでもなく、ちょっと親しく話し込のくせ、善い人だと知られている人よりは、表裏がなく見 える。舟の道中 んだりなどする人たちは、宮仕えをしている人、そうした おもて 日のうららかなころに、海の面がたいへんのんびりとし 人を片一方に置いておきたいものだ。しかるべき折には、 めの ていて、青緑色の打った布を一面に引きわたしてあるよう 一つ所に集って座って、話をし、人の詠んだ歌、何やかや あこめ に見えて、少しも恐ろしい様子もない折に、若い女の衵や 段とじっくり話をし合い、その宮仕え人のもとに人の手紙な さぶらい 襷を着けているのや、侍の者の、若々しいのが、一緒に どを持って来るのを、一緒に見、返事を書き、また親しく 訪れて来る男でもある時には、見た目もきれいに飾りつけ櫓という物を押して、舟歌をたいへんうまくうたっている 第 のは、とてもおもしろくて、高貴な方にもお見せ申しあげ をして迎え入れ、雨などが降って帰ることができない場合 たく思いながら行くと、風がひどく吹いて、海の面が、い 5 も、明るく快くもてなす。また、その宮仕え人たちが主君 しようき ちずに荒れに荒れてくるので、正気も失って、舟が泊る予 のもとへ参上しよう折には、そのことを世話をして、思い

3. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

りになってしまったので、その家では万事につけてひどく としても、まだ年が若くて男女の間柄についてひどく気楽 めのと な 言い立てて騒ぎ、女の乳母などというような者は、婿に対 に物馴れないような女は、やはりひたすら : して不吉な事をいろいろ言う者もいるのに、その翌年の正 くろ、つ一 二五四うれしきもの 月にその男は蔵人になってしまった。世間の人が「『意外 にも、こうした間柄なのに、どうして昇進したのか』とこ うれしいものまだ見ない物語のたくさんあるの。また、 そみんな人は思っているようだよ」などと言ってかれこれ 一つを見て、ひどく読みたく思われる物語の、二つ目を見 とうわさするのは、男もきっと聞いているだろうよ。 つけたの。ところが予想外に劣るようなこともあるよ。 ほっけはっ第 : っ 二月にあるお人が法華八講をなさった所に、人々が集っ 人の破り捨ててある手紙を拾って見る時、それのつづき てそれを聞いた折に、この蔵人になっている婿が、ロウの をたくさん見つけたの。 はかますおうがさねくろはんび 上の袴、蘇芳襲、黒半臂など、たいへん鮮やかな服装で、 どういうことなのだろうかと、夢を見て、恐ろしいこと とみお ゅめと 自分のすっかり忘れた女の車の鴟の尾を、あやうく自分の だと胸がつぶれる折に、夢解きの者が何でもないことのよ うに合せなどしたのは、ひどくうれしい 着物にひっかけてしまうぐらいの近さで居座っていたのを、 「どう思って見ているだろう」と、車に乗っている人をそ 身分の高い方の御前に人々がたくさん伺候している折に、 の女と知っている人はすべて気の毒がるのを、そうとは知昔あったことであれ、今お聞きあそばし、世間で話題にな ったことであれ、お話しあそばされることを、自分にお目 対らなかったその他の人たちも、「よくも平気で座っていた ~ ものだな」と、あとでも言った。 をお見合せになって、仰せあそばし、またはお言い聞かせ になっていらっしやるのは、とてもうれしい やはり男というものは、何かにつけて気の毒だと思う気 第 持とか、人がどう思おうかというようなことはわからない 遠い所はもちろんのこと、同じ都のうちながらでも、自 分の身にとっては大切な人と思う人が病気であるのを聞い 8 のであるようだ。 みやづか うぶな娘の場合は言うまでもない、たとい宮仕えをする て、どうだろうか、どうだろうかと不安にため息をついて かた

4. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

て集っているの。まして遠い所、地方から、家の主人の上を作る道具と決ってしまっているので、自分のロをまで引 4 京しているのは、とても騒がしい。近所に火事が出たと人きゅがめて無理に押し切り、目のたくさんついている道具 こう′一う が言うのは騒がしい。でも、燃えっかないのだった、それどもで、かけ竹をうち切りなど、占いの材料として神々し 子 く仕立て上げて、身震いしながら祈る事々は、ひどく小ざ も騒がしい。何かの見物がすっかり終って、車が帰り騒ぐ 草 ころ。 かしい。一方では「何々の宮の、何の殿の若君が、たいへ んお悪くていらっしやったのを、わたしがかき拭ったよう ごほうび に、お治し申しあげたので、御褒美をたくさんいただいた ことです。だれそれの人々をお召しになったのだったけれ ど、効きめもなかったので、今でもこのわたしをお召しに なる。おかげを蒙ることです」などと話すのもおもしろい 身分の低い家の女主人は、ばかのような者だ。しかしそ れが、小利ロでおもしろい もっとも、ほんとうに利ロな人を、おもしろいなどとす るのがよいのであろう。 二三五上達部は とうぐうだいぶさうだいしようごん 上達部は東宮の大夫。左右の大将。権の大納言。宰相 じじゅう さんみ ごんだいぶ の中将。三位の中将。東宮の権の大夫。侍従の宰相。 二三六君達は 二三二ないがしろなるもの ゅ だらしのないもの下級の女官たちの髪を結い上げてい ひじり からえかわ る様子。唐絵の革の帯の裏側。聖のふるまい。 二三三ことばなめげなるもの みやのめさいもん ことばが無礼に感じられるもの宮咩の祭文を読む人。 かんなり とねり 舟を漕ぐ者たち。雷鳴の陣の舎人。 二三四さかしきもの きとう 小ざかしいもの当世の三歳児。幼児の祈疇をし、腹な ど揉み療治する女たち。いろいろな道具を頼んで出しても そな らって、祈疇に供える物をいろいろ作るのに、紙をたくさ ん押し重ねて、とても切れない刀で切るありさまは、紙一 枚だって切れそうにも見えないのに、その刀はそういう物 も かんだちめ 、一うむ みぶる 寺一いーレし画う

5. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

197 第 312 ~ 引 5 段 一六 か。三四人ゐたりし者の、みなさせしかば、たくみのさるなンめりと思ふなり。宅「勿体なし」の語幹とみて、妥 当な状態ではない、の意から、不 都合だ、妥当ではない、の意に仮 あな、もたいなのことともや。 に解く。中古の用例に乏しい 一〈三巻本にこの一段なし。「物 語をするにもせよ、昔物語をする 三一四物語をもせよ、昔物語もせよ にもせよ」の意と仮にみなす。 あいづち いいかげんな相槌を打って。 一九 物語をもせよ、丑日物語もせよ、さかしらにいらへうちして、こと人と物一言ひニ 0 、別の人と口をきいて、物語の 方をはぐらかしてしまう人。 ニ一二番目の姫君。 まぎらはす人、いとにくし。 一三格式ある身分の家の子弟。 ニ三しゃれた者。 ニ四心の人格的な働き、気立て。 三一五ある所に、中の君とかや言ひける人のもとに ここでは物事の情趣をよく解する こと。 ある所に、中の君とかや言ひける人のもとに、君達にはあらねども、その心ニ五男が帰ったあとの風情を女か ら思い出してもらおうと。 ありあけ ニ四 いたくすきたる者に言はれ、、いばせなどある人の、九月ばかりに行きて、有明ニ六男が今は去ったことだろうと 女が遠く見送るその時間は。 なごり の月のいみじう霧りておもしろき名残思ひ出でられむと、ことのはをつくして毛しっとりとした美しさ。 たてじとみ ニ ^ 立蔀がちょうど合っている、 ニ六 ニセ の意とみる。 言へるに、今はいぬらむと、遠く見送るほど、えも言はずえんなるほどなり。 ニ九「長月の有明の月のありつつ ゅ たてじとみ かた 出づるやうに見せて立ち帰り、立蔀あひたる陰の方に添ひ立ちて、なほ行きやも君し来まさばわれ恋ひめやも」 ( 拾遺・恋三人麻呂 ) 。女が口ず ニ九 さむ。 らぬさまも言ひ知らせむと思ふに、「有明の月のありつつも」とうち言ひて、 きんだち

6. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

ことばづかいと見るのである。この段のみならず全体的にであったが、そこで先生が指摘なさったのは、そんざいな 「ことば」を使うことや、目上に対する敬意を欠いた「こ このような傾向を私共の訳は持っている。会話の概念は今 日と異なっているのであるが、中宮の女房に対する発言は、とばづかい」の不適正のほかに、目下 ( たとえば弟妹 ) に対 全般的には発言そのものを直接話法で記したというよりも、する「ことばづかい」、友人との会話の「ことばづかい」 女房である清少納言の立場からの敬意をやや濃厚にかかえの不適正でもあった。要するに時と場合によっては「丁寧 た間接話法に近い性格を持っと思うのだが、いかがであろな」ことばばかりではなく、身分に応じたことばや、容赦 うか。即ち「『 : ・ : 』と仰せられた」とあっても実はのない断固としたことばを使えなくてはいけないのだし、 「 : : : のおもむきの仰せ言があった」という意識が強いよまた自在で対等の関係であるべき友人に対し、個性的では うに思うのである。その中においてみると、「香炉峰」のない決り切ったことばを使えば、これまた「いやしい」の 場合は、上に「少納言よ」という呼びかけの語があるから、であった。しかもそれは女性語で、しかも子供のことばで なくてはならなかった。いまだに「いやしい」ことばやこ 7 かなり直接的なことばの面が強いとみてよいであろう。私 共の訳はいわば男性語でもなく女性語でもない、一種の架とばづかいしかできないことを、私自身、大変恥ずかしく、 空語のような訳であるかもしれない。やや不統一の面もあまた先生に対し申しわけないことに思っている。少し前ま しつけ るが、今後の問題として考えていきたいと思う。なお現在では日本人のことばの躾には、程度の差こそあれこうした における宮中の御言葉のうち、特に上↓下への場合につい下のものに対することばづかいや、「場」に応じた柔軟な そくぶん て仄聞したところでは、次第に「普通」に近づいていらっ ことばの対応への、きびしい要求があったのではないだろ しやるということであった。 うか。目下に対することばは、目上に対するそれよりずつ 私は女子だけの私立学校で初等教育を受けたが、低学年とむずかしいと実感している。 のころ「ことば」にきびしい先生が何度もおっしやったの清少納言は中宮のいわば公的な場に於ける発言やふるま は「いやしい」ということばであった。このことばを伺う いと、私的な場に於ける人間としての親しいそれとを、よ しゅうち さんこう 度に、全存在の核が揺らぐような激しい羞恥を覚えたものく区別して見つめている。そのどちらも清少納言には讃仰

7. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

というものだ。夏、昼寝をして起きて座っているのは、非 髪が気味悪い様子であるの、など、供がたくさんいて、と 常に身分の立派な人こそは、普通の人にくらべればもう少 3 ても暇がなさそうなありさまで、あちらこちらに重々しい いいかげんな容貌の人は、 しは好感がもてるのだけれど、 信望のあるのこそが、法師にとっても理想的なことである 子 ようだ。そうした法師の親などはどんなにうれしいことだ顔がてらてら光って、寝たためにはればったくなっていて、 草 ほお こうした人 悪くすると、頬もゆがんでしまうに違いない ろうと推察されるのだ。 枕 が、起きて、互いに顔を見かわしていよう間の、生きがい 三二〇見苦しきもの のないさまといったら、お話にもならない。色の黒い人が、 すずしひとえ 見苦しいもの着物の背縫を片寄せて着ている人。また、生絹の単衣を着ているのは、ひどく見苦しいものだ。伸ば かんだちめ したすだれ えもん 抜き衣紋に着ている人。下簾の汚らしい感じの上達部の御した単衣も、同じように透いているけれど、それは不体裁 にも見えない。ホソが通っているからなのだろうか。 車。ふだんは見えない人の前に、子どもを連れて来ている はかま わらわあしだ の。袴を着ている童が、足駄をはいているの。それは当世 つばそうぞく 三二一物暗うなりて、文字も書かれずなりに 風の者なのだ。壺装束をしている者が、急いで歩いてやっ きとう おんようじかんむり たり。筆も使ひ果てて、これを書き果 て来るの。法師の陰陽師が冠をして祓えの祈疇をしている てばや。この草子は、目に見え、いに思 の。また色が黒く痩せて、みつともない感じの女のかずら ひげ ふ事を、人やは見むずると思ひて をしているのが、鬚が多くて痩せこけた男とともに昼寝を なんとなく薄暗くなって、文字も書けなくなってしまっ しているの。どういう見るかいがあって横になっているの だろうか。夜などは顔かたちも見えず、また世間一般に寝ている。筆も使い尽して、これをすっかり書きおえたいも のだ。 ることときまってしまっているのだから、自分が醜いから そうし この草子は、わたしに見え、またわたしの心に思うこと といって、起きて座っているはずのものでもありはしない し・よギ、い を、よもや人が見ることはあるまいと思って、所在ない里 のだ。夜は寝て、翌朝早く起きて立ち去るのが、難がない ( 原文二〇三ハー )

8. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

( 原文一一一一ハー ) 短くてあってほしいもの急な仕立物を縫う糸。室内照呼び寄せて中にある物を見たい感じがする。門の近くの所 あいそう の前を通るのを呼び入れると、愛想もなく、応答の言葉も 明の灯台。身分の低い女の髪、きちんとして、短くてあっ 発しないで行く者は、それを召し使っているであろう主人 てほしいものだ。未婚の娘の声。 の人柄こそおしはかられるというものだ。 二一一人の家につきづきしきもの くりやさぶらいぞうし 一一三行幸はめでたきもの 人の家に似つかわしいもの厨。侍の曹司。箒の新し きんだち ぎようこう ちゅう ついたてしようじ かけばん 行幸はすばらしいとは言うものの、上達部や君達の車な いの。懸盤。童女。はした者。中の盤。衝立障子。三尺の きちょう えぶくろ たな 几帳。装飾を立派にしてある餌袋。からかさ。かき板。棚どがないのが、少し物足りない感じがする。 じかろ ずしわろうだ 厨子。円座。折れ曲っている廊。地火炉。絵が描いてある 二一四よろづの事よりも、わびしげなる車に 火桶。 ほかのどんなことよりも、見すばらしい車に、ろくでも ぞうしき 二一二物へ行く道に、清げなるをのこの ない雑色を供に連れて、見物する人は、たいへん気にくわ せつきよう ない。もっとも説経などを聞く場合は、それでたいへんよ どこかへ行く道に、見た感じのきれいな召使いの男が、 たてぶみ 、というのは罪をほろばす方面のことなのだから。それ 立文のほっそりしているのを持って、急いで行くのこそ、 でさえもやはり度を過ぎた身勝手な感じで見苦しいはすで 段行く先はどこだろうかと感じられる。 4 ・ あこめ また、見た感じのきれいな童女などで、衵の、色目がひあるのを、まして賀茂祭などは、そんなかっこうで見物し したすだれ ひとえぎめ どくはっきりはしていないで、着馴れて萎えばんでいる者ないでいてほしいものだ。車の下簾もなくて、白い単衣を 第 が、屐子のつやつやとしたので、皮に土がたくさんついて車の上にうちのせなどしてあるようだよ。わたしなどは、 ふた ひたすらその日のためにというわけで、車も下簾もすっか % いるのをはいて、白い紙に包んである物、または箱の蓋に そうし いくさっ り新しくして、これならひどく残念な気持は味わうことは 幾冊かの草子などを入れて持って行くのこそ、たいへん、 ほうき なか かんだちめ

9. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

枕草子 2 いのです」とおっしやる。ひどく現代風で、わたしの身分 何かお話しあそばされたついでに、中宮様が、「わたし 年齢には似合わぬことで、いたたまれない感じである。中を思うかーとおたずねあそばす。御返事として、「どうし そうがな そうし 宮様は、だれかが草仮名などを書いた草子を取り出して御てお思い申しあげないことが : : : 」と申しあげると同時に、 だいばんどころほう 覧あそばす。大納言様は、「だれの手だろう。あれにお見台盤所の方で、だれかが音高く、くしやみをしたので、中 せあそばしてください。少納言こそ今の世にいる人の手は 宮様は、「ああ、いやなこと。うそをついたのね。まあい だれのでも見知っておりましよう」と、いろいろ妙なこと い」とおっしやって、奥へお入りになってしまった。「ど なみたいてい を、ただ何とかわたしに応答させようとしておっしやる。 うしてうそであろうか。並大抵にさえお思い申しあげてよ ひとかた お一方でさえ恥ずかしくて困るのに、また先払いの声を いことであろうか、ありはしないのだ。くしやみこそうそ のうしすがた っ かけさせて、同じような直衣姿の人が参上あそばして、こ をついたのだった」と感じられる。「それにしても、 のお方は大納一 = ロ様よりもう少し陽気にばっとしていて、冗 たいだれがこんなにぐらしいことをしているのであろう」 談などとばし、ほめ、笑っておもしろがり、女房たち自身と、「だいたい気にくわない」と感じられるので、自分が てん がまん も「だれそれの、ああしたこと、こうしたこと」など、殿 くしやみの出そうな折も、我慢して押しつぶして引っ込ま じようびと 上人の身の上などのうわさを申しあげるのを聞くと、やは せているのを、こんな大事な折に、ましてにくらしいと思 へんげ り、ひどく、変化のものか、天人などが地上に降りて来て うけれど、まだ宮仕えはじめで物馴れないから、どうこう みやづか いるのかしらなどと感じられたのだったが、宮仕えに馴れも弁解申しあげることができないで、夜が明けてしまった ひかず つばね うすよう て、日数が過ぎると、たいしてそうでもないことだったの ので、局へ下がるとすぐに、薄緑色の薄様の紙で、優美な だ。わたしがこうして今驚嘆して見る女房たちも、はじめ うつくしい手紙を、使いが持って来ている。見ると、 そら て自分の家から出たであろうころは、そんなふうに感じら 「いかにしていかに知らましいつはりを空にただすの れたことであろう。あれこれ宮仕えしつづけてゆくと、自 神なかりせば 一と 然馴れて平気になってしまうにちがいない。 ( どういう方法によってそなたのそら言をどう知ったろうか、

10. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

よ」などと言って、木に登っている子が桃の木をおろすと、 一四九碁をやんごとなき人の打っとて 2 下の子どもたちが走りちがい、取って分けて、「わたしに のうしひも むぞうさ 碁を貴い人が打っといって、直衣の紐を解き、無造作な たくさん」などと言うのこそおもしろい。黒い袴を着てい 子 る男が走って来て頼むのに、木の上の子が「待てよ」など様子で、石を拾って置くのに、身分の低い人が、じっと座 草 っている態度も恐れつつしんでいる様子で、碁盤よりは少 と一言うと、木のもとに寄って幹をゆすぶるのであぶながっ そで さる し遠く離れて、及び腰をしいしい、袖の下をもう片方の手 て、猿のようにしがみついてうずくまっているのもおもし で引きのけ引きのけ、打っているのもおもしろい ろい。梅などの実がなっている折にも、こうした光景であ ることだ。 一五〇おそろしげなるもの つるばみ 一四八清げなるをのこの、双六を 見た目に恐ろしいもの橡のかさ。焼けた所。水ふふ くり す′一ろく き。菱。髪の多い男が頭を洗って乾す間。栗のいが。 見た目のきれいな男が、双六を一日中打って、それでも やはり満足しないのだろうか、背の低い灯台に火を明るく さい のろ 一五一清しと見ゆるもの かき上げて、相手が賽を強って祈り呪って、特に急いでも かわらけ わん どう 清らかに美しいと見えるもの土器。新しい金属製の碗。 筒の中に入れないので、男は筒を盤の上に立てて待ってい 畳として刺して作る薦。水を何かに入れる時に光に透いて る。狩衣の襟が顔にかかるので、片手でそれを押し入れて、 ひどく固くはない、烏帽子を首を振って向こうに振りやつ見える影。新しい細櫃。 て、「たとい賽をひどく呪っても、打ちはずしてしまうは 一五二きたなげなるもの ずがあろうか」と、待ち遠しげに見守っているのこそ、誇 見た目にきたならしいもの鼠のすみか。翌朝に手をお らしげに見えることだ。 そく洗う人。白い痰。鼻すすりをして歩きまわる子ども。 ( 原文五九ハー ) えり ひし たっと ほそびつ たん