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検索対象: 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡
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1. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

正月十日、空いと暗う、雲も厚く見えながら、さすがに日は、、とけざやか一とはいうもののやはり日は、 8 大変くつきりと照っているのに。 ニ身分のいやしいつまらない者。 に照りたるに、えせ者の家のうしろ、あら畑などいふものの、土もうるはしう 子 三「荒畑」か。耕されずに荒れた 五 かたかた わか 草なほからぬに、桃の木若立ちて、いとしもかたにさし出でたる、片っ方は青冬の畑とみる。 六 四きちんと平らではない所に すはう ひかげ かたえ しもかた く、いま片枝は濃くつややかにて、蘇芳の、日影に見えたるが、ほそやかなる五「下方」で、幹の下部から枝が 伸びているものとみる。三巻本 わらは 童の、狩衣は投げやりなどして、髪はうるはしきがのばりたれば、ひきはこえ「しもとがちに」。 すおう 六蘇芳色が。 は、つくーわ かりぎめ セ狩衣は遠くに投げておいたり たるをのこ子、半靴はきたるなど、木のもとに立ちて、「われによき木切りて。 などして、髪はきちんとしたの ( 童 ) が登っているので。 いで」などこふに《また、髪をかしげなる童べの、衵どもほころびがちにて、 ^ 着物を腰のあたりでたくし上 うづち はかまな 袴は萎えたれど、色などよきうち着たる三四人、「卯槌の木のよからむ切りてげて着ている男の子で、浅い沓を はいているのなどが。 九切れほころびたもの。縫い残 をこそ。ここに召すそ」など言ひて、おろしたれば、走りかひ、とりわき、 しが多い、あるいは着方の一種と 「われにおほく」など言ふこそをかしけれ。黒き袴着たるをのこ走り来てこふも。これは女の子の描写である。 一 0 正月初めの卯の日に、桃の木 さる に、「待て」など言へば、木のもとに寄りて引きゅるがすにあやふがりて、猿片を糸で飾って作ったものを下げ て邪気を払うという風習があった。 のやうにかいっきてをるもをかし。梅などのなりたるをりも、さやうにぞあるここはそれにふさわしい桃の木を、 木の上にいる男の子に請う場面。 = 下に「たまへ」など省略。 三私の御主人さまが御入用なの 、たから。 0 かりぎめ ばたけ あこめ 九 四 くっ

2. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

一五人が見るはずのものとは思わ にもあらず。 なかったので。執筆事情を知る上 みなひと ばつぶん また、あと火の火ばしといふ事、などてか。世になき事ならねば、皆人知りで跋文と合せて考えるべき段。 いわしみず 一六臨時の祭は、石清水 ( 三月中 たらむ。げに書き出で、人の見るべき事にはあらねど、この草子を見るべきもの午の日 ) と賀茂 ( 十一月下の酉の 日 ) とにある。「おまへ」は主上の のと思はざりしかば、あやしき事をも、にくき事をも、ただ思はむ事の限りを御前の儀。 一セ祭の当日社頭で奏する舞曲を あらかじめ主上の御前で奏するも 書かむとてありしなり。 の。 一 ^ 季節からみて以下は石清水の 臨時の祭。 一四五なほ世にめでたきもの臨時の祭のおまへばかりの つばにわ 一九不審。仮に壺庭とする。三巻 本にはない。 事 ニ 0 宮内省に属し、宮中の席・ つかさど 床・清掃・施設のことを司る官人。 りんじ ニ一社に参向する勅使。近衛中・ なほ世にめでたきもの臨時の祭のおまへばかりの事にかあらむ。試楽もい 少将の役。石清水は故実によると せいりゃうでん とをかし。春は、空のけしきのどかにて、うらうらとあるに、清凉殿の御前の南向きなので作者の記憶ちがいか 一三記憶がまちがっているかもし つかひきたむき まひびと かもりづかさ たたみ れない 段庭に、つばも、掃部司の、畳どもを敷きて、使は北向に、舞人は御前の方に。 くろうどどころ ニ三蔵人所の所の衆。雑用をつと める六位の役人。故実によるとこ これらはひが事にもあらむ。 くらづかさ の役は内蔵寮の役人の仕事。 ぺいじゅう ニ四 ところのしゅう 第 ひのき 所衆ども、ついがさねども取りて、前ごとにすゑわたし、陪従も、その日 = 四檜で作った膳冖食器をのせる。 一宝身分の低い地下の楽人。この てんじゃうびと さかづき 日は御前に出ることができる。 力はるがはる杯取りて、果てに は御前に出で入るぞかしこきや。殿上人は、ゝ ごと まつり さうし しがく かた

3. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

いたじき 一ひどい目にあったことでござ ある、板敷のもと近く寄り来て、「からい目を見さぶらひつる。たれにかはう いますよ。 一一「うれふ」は、自分の嘆きを人 れへ申しさぶらはむとてなむ」と泣きぬばかりのけしきにて言ふ。「何事ぞ」 に訴えること。以下、男のばか丁 子 ま はペ と問へば、「あからさまに物へまかりたりし間に、きたなき、侍る所の焼けは寧でこつけいな表現を写している。 けんそん 草 三自分の家を謙遜したつもり。 しり 四やどかりの古名。 枕べりにしかば、日ごろはがうなのやうに、人の家どもに尻をさし入れてなむさ 五宮中の馬の飼育、調教、献納 むまづかさ六 つかさど ぶらふ。馬寮のみくさ積みて侍りける家よりなむ出でまうで来て侍るなり。たする馬のことを司る役所。 六かいば。飼料の草。 わらは かき よどのね セ「まうで来」は、あらたまった だ垣をへだてて侍れば、夜殿に寝て侍りける童べの、ほとほと焼けはべりぬべ 気持の会話において、自己側のも みくしげどの くてなむ。いささか物も取うではべらず」など言ひをる、御匣殿聞きたまひて、のの「来る」動作を謙譲していう。 「火」について用いるところにおか しみがあるか。 いみじう笑ひたまふ。 ^ 寝所とする殿舎。歌語的表現、 あるいは身分不相応な表現。 みまくさをもやすばかりの春のひによどのさへなど残らざるらむ 九妻の謙称。『大鏡』にも用例が 見られる。この気の毒な話を女房 と書きて、「これを取らせたまへ」とて、投げやりたれば、笑ひののしりて、 たちがおもしろがったのは、臆面 「そこらおはする人の、家の焼けたりとて、いとほしがりて給ふめる」とて取もなく妻や寝所のことを言い出し たからであろう。 一 0 「みまくさ」に「草」を、「燃や らせたれば、「何の御たんじゃうにかはべらむ。物いくらばかりにかーと言へ す」に「萌やす」を、「火」に「日」を、 かため ば、「まづよめかし」と言ふ。「いかでか、片目もあきっかうまつらでは」と言「夜殿」に地名の「淀野」をそれぞれ かける。 へば、「人にも見せよ。ただいま召せば、とみにてうへへまゐるぞ。さばかり = こんなにたくさんおいでにな と っ と

4. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

枕草子 134 ゅふ 五六月のタがた、青き草を、ほうにうるはしく切りて、赤衣着たるをのこの、一三巻本「五月四日のタつかた」 によれば、五月の節句の菖蒲とい うことになる。「五月六月のまま 小さき笠を着て、左右にいとおはく持ちて行くこそ、すずろにをかしけれ。 であれば節句に限定されない ニ「方」または「盆」か。三巻本 「おほくいと」。 二四八賀茂へ詣づる道に 三退紅色の狩衣。身分の低い男 四 の服装。 まう かも 四上賀茂神社。 賀茂へ詣づる道に、女どもの、あたらしき折敷のやうなる物を笠に着て、 たう 五三巻本この上に「田植うとて」 の句がある。 とおほく立てりて、歌をうたひ、起き伏すやうに見えて、ただ何すともなく、 ひのき 六檜の薄い板で作った盆。以下 ゅ ほととぎす , っしろギ、まに行くは、、かなるにかあらむ、をかしと見るほどに、郭公をいと見馴れぬ田植の叙述。 セ田植の動作。うつむいて前か こころう 九 なめくうたふ声ぞ心憂き。「郭公よ。おれよ。かやつよ。おれ鳴きてぞ、われら後ろへあとずさりし、時々腰を のばすさま。 ^ 「なめし」は礼を失すること。 は田に立つ」とうたふに、聞きも果てず。いかなりし人か、「いたく鳴きてぞ」 郭公をけなした俗謡の内容と詞に なかただわらはお うぐひす と言ひけむ。仲忠が童生ひ言ひおとす人と、「鶯には郭公はおとれる」と言対していうもの。 九当時の労働歌であろう。「お ふ人こそ、いとつらうにくけれ。鶯は夜鳴かぬ、いとわろし。すべて夜鳴くもれ」は自称から転じた他称。いや しめた言い方。おまえ。「かやっ」 のはめでたし。 は第三人称の代名詞であいつ、な ど同じくいやしめた言い方。 一 0 古歌をふまえた表現であるが ちともそはめでたからぬ。 適当な該当歌がない。三巻本の ほとと一す 「いたくな鳴きそ」に従えば「郭公 五 よる ゅ 六 をしき あかぎめ かりめ しようぶ

5. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

わたしの乗っているのは、見た目がきれいに作ってあっ 定の所に漕ぎつける間に、舟に波がうちかけているありさ もこうすきかげ つまど まであるのは、あれほどにも余波さえもなかった海とも見て、帽額の透影や、妻戸をあけ、格子を上げなどして、さ まざまの造作が設けてあってもほかの舟と同じほど重そう えないのだ。 子 でもないので、まるで家の小さいのといったふうだ。 思うに、舟に乗って漕ぎまわる人ほど、不気味で恐ろし 草 舟の中にいて、ほかの舟を見やるのこそ、ひどく恐ろし いものはないのだ。いいかげんな深さであってさえも、何 枕 遠いのは、ほんとうに笹の葉で小舟を作ってうち散ら とも頼りない様子の物に乗って、漕いで行っていいもので してある様子に、とてもよく似ている。舟泊りしている所 はないのだよ。まして底の果てもわからす、千尋などあろ で、舟ごとに火をともしているのは、おもしろく見える。 うというのに、舟に物をとてもたくさん積み入れてあるの ふなにんそくげすおとこ みず ! わ はし舟と名づけてたいへん小さい舟に乗って漕ぎまわる、 で、水際は一尺ぐらいさえもないのに、船人足の下衆男た その早朝の様子など、とてもしみじみと心にしみた感じが ちが、少しも恐ろしいとも思っていないふうで走りまわり、 しらなみ ちょっとでも手荒く扱えば沈みもしようかと思うのに、大する。「あとの白波」は、歌にあるようにほんとうにたち きな松の木などの、長さ二、三尺ぐらいで丸いのを、五つまち次々と消えてゆくものなのだ。相当の身分の人は、舟 に乗って動きまわることはすべきではないことと、やはり 六つ、ばんばんと舟の中に投げ入れなどするのこそたいへ やかた 、。けれど、 んなものだ。貴いお方は屋形というもののほうを御座所と感じられる。陸地の徒歩もまたとても恐ろしし しておいでになる。けれど、奥にいる者は、少し安、いだ。 それは、何が何でも、地面にちゃんと足が着いているのだ 舟の端に立っている者たちこそ、目がくらむような気がすから、とても頼りになると思うので。 はやお 海女が海にもぐっているのは、気のふさぐしわざだ。腰 る。早緒をつけて、のんびりとすげたその早緒の弱そうな についている物が切れた時は、どうしようというのだろう。 ことったら。もし切れてしまったら、何の役に立っという のだろうか。とたんに海に落ち込んでしまうだろう。それせめて男がそれをするのなら、それもよいだろうが、女は、 並一通りの気持ではないであろう。男は舟に乗って、歌な でさえ、たいして太くなどもないのだ。 ちひろ ささ

6. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

で立派な通りに、馬をはげまして走らせて、急いで参上し 言っているのを、幼い子どもが耳にしていて、その人がい る前で、それを口に出しているの。 て、少し遠くから馬をおりて、わきの御簾の前に伺候なさ べっとう しみじみと身にしみるようなことなどを、人が話して泣った。院の別当が帝のお言葉を申しあげなさった。御返事 く時に、、かにもとてもかわいそうだとは聞くものの、涙を承って、また馬を走らせて帰参なさって、帝の御輿のも いまさら がすぐに出てこないのは、ひどく間が悪い。泣き顔を作っ とで奏上なさった折の様子は、今更言うのも一通りな感じ て、普通ではない表情にするけれど、全くかいがない。す がすることだ。そ , っして帝がお通りあそばされるのを、お ばらしいことを聞く時には、また、むやみにただ涙がどん見申しあげあそばされておいでであろう女院の御心のうち どん出てくることなのに。 を、御推察申しあげるのは、すばらしくて飛び立ってしま いわしみず ギでつこう に . よ、つ 石清水八幡宮の行幸の、おかえりあそばされる時に、女 しそうにこそ感じられたことだ。そういうことには、いっ さじき みかどこし おんたよ 院の御桟敷の向こうに帝の御輿をとめて、御便りを申しあ までも長く泣いていて人から笑われるのだ。普通の身分の げあそばされたのなど、たいへんすばらしく、帝ほどの尊人でさえも、子の出世はやはりこの世ではすばらしいもの しんちゅう い御様子でおありになりながら、御母の女院に対しては敬なのだから、こんなふうになりと女院の御心中のお喜びを たぐい 意を表し申しあげあそばされることが、世に類なくすばら御推察申しあげるのも恐れ多いことだ。 けしトっ しいのに、ほんとうに涙がこばれるので、お化粧をしてい きじ 一三二関白殿の、黒戸より出でさせたまふと 段る顔の生地もみなまる見えになって、どんなに見苦しいこ せんじ ただのぶさいしよう て とだろう。帝の宣旨の御使いとして、斉信の宰相の中将が、 くろど かんばく 女院の御桟敷に参上なさった様子こそ、とてもうつくしく 関白様が、黒戸からお出ましあそばされるということで、 ずいじん りつば ろうすきま 第 見えたことだ。ただ、随身四人の、たいへん立派に装束を女房が廊に隙間なく伺候しているのを、「やあ、すてきな うまぞ つけている者たち、それと馬副いの、ほっそりと着つけて女房がたよ。この年寄を、どんなにばか者だと笑っていら ワ」 いる人たちだけぐらいを連れて、二条の大路の広くきれい っしやることだろう」と、間をかき分けるよ , つにしてお出 いん おおじ

7. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

年をとっている乞食。それはひどく寒い折でも、暑い折で 夜居の僧は、たいへん、こちらで気がひけるものだ。若 ひと も。身分のいやしい女の、身なりの悪いのが、子を背負っ い女房たちが集っては、他人のうわさをして、笑ったり、 ているの。小さい板葺の家の黒いのが、そしてきたならし悪口を言ったり、にくらしがったりするのを、静かにじっ いのが、雨に濡れているの。雨のひどく降る日に、、 と何から何まで聞き集めるのも、気がひける。「まあいや ぜんく な。やかましいこと」などと、中宮様のおそば近い女房た 馬に乗って、前駆しているの。夏は、しかしまだよい。冬 さんざん ほうしたがさね は袍も下襲も、雨のために一つにびったりくつついて着て ちが、いささか腹立ち気味で注意するのを無視して、散々 あげく しるよ , つになっている。 しゃべった揚句の果てには、すっかり気を許して寝てしま う、そのあともーー夜居の僧の思惑を考えるとーーー気がひ 一二七暑げなるもの ナる。 ずいじんおさかりぎめのう 男は、女について「困ったことに、自分の思っているよ 暑苦しそうなもの随身の長の狩衣。衲の袈裟。出居の 近衛の少将。ひどくふとった人の、髪の毛の多いの。六、 うなふうではなく、非難したいし、気に食わぬ点がある」 かじきとう ′」んぎよう あじゃり 七月の加持祈疇で、正午の勤行をつとめる阿闍梨。 と思うけれど、面と向っている女を巧みに言いくるめて機 嫌を取って、男を頼みに思わせるのこそ、女であるわたし じ・よ、つ・ ふうりゅうじん 一二八はづかしきもの は気おくれをおばえる。まして情が深く、色好みの風流人 として世間で評判の男などは、冷淡だと女が思うようなふ 段気おくれを感じるもの男の心のうち。目ざとい夜居の ものかげ 僧。こそどろが、しかるべき物陰に身を沈めて隠れていて、 うにも自分の態度を示すことはしないにきまっている。心 この どう見ているであろうかを、だれが知ろうか暗いのにま の中でだけ思っているのでなく、また、洗いざらい、 ひと 第 ぎれて、こっそりと他人の物を取る人もきっとあるだろう女の気に食わぬ点はあの女に話し、あの女の気に食わぬ点 はこの女に話して聞かせるにちがいないようであるのに、 よ。そういうしわざは、こそどろも同じ気持で、物陰で、 おそらくおもしろいと思っているであろう。 自分がしゃべられていることは知らないで、男がこんなふ このえ 、」じき いたぶき いろごの

8. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

( 現代語訳一一八七ハー ) ない普通の上達部 一六大納言藤原済時のむすめ娥子 一八五風は は長和元年 ( 一 0 一一 D 三条天皇の后と なった。従ってこの段はそれ以後 あらしこがらし とあはれなの執筆とする説がある。 風は嵐。木枯。三月ばかりの夕暮に、ゆるく吹きたる花風、い 宅自分の出世こそすばらしいと 思って、そっくり返って得意でい る様子といったら。 1 」さいえ 八月ばかりに、雨にまじりて吹きたる風、いとあはれなり。雨のあし横、ま一 ^ 宮中で御斎会に奉仕したりす ニ五 る僧職。高僧十人が選ばれる。 すず に、さわがしう吹きたるに、夏とほしたる綿衣の汗の香などせしがかわき、生一九不審。何がよいか、よい所は 全く見えない、の意に仮に解く しひとへ 絹の単衣にひき重ねて着たるも、をかし。この生絹だにいと暑かはしう、捨てニ 0 上に「み」脱か。三巻本「みめ」。 女たちが僧に対 三解きにく、 して大声をあげる意に従っておく。 まほしかりしかば、いつのまにかうなりぬらむと思ふもをかし。 一三敬意が添っているから、身分 つまど あかっきかうし 暁、格子、妻一尸などを押しあけたるに、嵐のさと吹きわたりて、顔にしみの高い方々が、ということになる。 三巻本「おちまどひ」。 ニ三用例のない語。花を吹く風と たるこそ、いみじうをかしけれ。 みる。三巻本「あまかぜ ( 雨風 ) 」。 くも ニ四夜具として用いるのであろう。 九月つごもり、十月ついたちのほどの空うち曇りたるに、風のいたう吹くに、 段 このあたり三巻本「綿衣のかかり たるを生絹の単衣重ねて」。 黄なる木の葉など、ものほろほろとこばれ落つる、いとあはれなり。桜の葉、 ニ七 ニ五練らない絹。張りがある。 第むく ニ六不審。三巻本「黄なる葉ども 椋の葉などこそ落つれ。 のほろほろと」。 こだち 毛にれ科の落葉植物。 。しとめでたし。 十月ばかりに木立おほかる所の庭ま、、 かさ ゅふぐれ わたぎめあせか かんだちめ

9. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

宅敬意を表して、上げてある簾 ながえ を下ろす、とみる。三巻本「轅ど もある限りうちおろして」。 天自分の車の前に立っている車。 一九車の主に申入れをする。 ニ 0 不審。三巻本「よきところの 御車」。 そえぐるま ニ一副車。供の女房が乗る。 一 = 一粗末な車。 ニ三場所が空いている方。 あかっき 細殿にびんなき人なむ、暁にかさささせて出でけるを言ひ出でたるを、よく一西風流には遠いふるまい。 ひさし すのこ ニ七 一宝簀子に沿った廂の間を区切っ うへ つばわ て局としたもの。 聞けば、わが上なりけり。地下などいひても、目やすく、人にゆるされぬばか ほそどの ニ六 ( 細殿に ) 出入りしては困る男。 ふみも ニ九 りの人にもあらざンなるを、「あやしの事や」と思ふほどに、うへより御文持毛地下の身分とはいっても。 夭難のない家柄で。 かへり′】と ニ九清涼殿での中宮の御座所。 て来て、「返事ただいま」と仰せられたり。何事にかと思ひて見れば、大かさ 三 0 大傘の絵を描いて。 三一手だけに傘を持たせて。 のかたをかきて、人は見えず。手の限りかさをとらへさせて、しもに、 三ニあなたの所から傘をさして男 が出たその朝から。中宮がうわさ みかさ山やまの端明けし朝より 段 を作者にたすねられたもの。「あ 幻と書かせたまへり。なほはかなき事にても、めでたくのみおばえさせたまふに、やしくもわれ濡れ衣を着たるかな 第 三笠の山を人に借られて」 ( 拾遺・ ごと はづかしく、、いづきなき事ま、、ゝ 。し力でか御覧ぜられじと思ふに、さるそら言な雑藤原義孝 ) に拠る。 三三「させたまふ」は中宮への二重 敬語。作者に感じられあそばす。 どの出で来るは苦しけれど、をかしうて、こと紙に、雨をいみじう降らせて、 ずかし。いと清げなれど、またひなびあやしく、下衆も絶えず呼び寄せ、ちご 出だしすゑなどするもあるぞかし。 二一五細殿にびんなき人なむ、暁にかさささせて出でける を ほそどのニ六 あした ニ四 三三 ほ 0 ぎめ

10. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

枕草子 292 いるのは、とてもおもしろい に、声を合せて鳴いているのこそは、にくらしいけれど、 行幸に匹敵する物は、何があろうか。帝が御輿にお乗り またおもしろいものだ。いつだろうかと待ち遠しく思って みやしろ かりぎぬ になっておいでなのをお見申しあげている時は、自分が明 いると、御社の方向から、赤い狩衣を何枚か着ている者た け暮れ身近に帝の御前に伺候し申しあげていることも頭に ちなどが連れ立って来るのを、「どうなのか。行列はもう こう ) う 浮んでこず、神々しく、尊く、常日ごろは何ということも はじまるのか」などと言うと、「まだまだ、ずっと先のこ ひめもうちぎみ みこした ) ) し さいいん ない官とか、姫大夫までが、高貴で珍しく感じられる。御とーなどと応答して、御輿、手輿など持って斎院に帰って つなすけ 綱の助の中・少将など、とてもおもしろい 行く。これらの輿にお乗りあそばしておいでになるであろ きのう 祭の帰りの行列は、たいへんおもしろい。昨日は、万事うのもすばらしく、お身近にどうしてそんな身分の低い者 がきちんと整っていて、一条の大路の広くきれいな所に、 なんかがお仕えしているのかと恐れ多く ま 日の光も暑く、車にさし込んでいるのも、まぶしいので、 だいぶ間があるように、あの者たちが言っただけの時間 おうぎ 扇で顔をさし隠し、座り直しなどして、長い間待ったのに もたたないうちに斎院はお帰りあそばされる。お供の女官 きよう おうぎ あおくちば つけても、見苦しく汗などもにじみ落ちたのだが、今日は たちの、扇からはじめて、青朽葉の着物が、とてもおもし うりんいんちそくいん くろうどどころしゅう しらがさね とても早く家を出て、雲林院や知足院などのあたりに立っ ろく見えるのに、蔵人所の衆が、青色の袍、それに白襲の あおい ているいくつかの車も、葵や、かつらもうち萎れて見える。裾をほんのしるしばかり帯にひきかけているのは、卯の花 かきね 日はすっかり出たけれども、空はやはり曇っているのに、 垣根に似ているように感じられて、きっと郭公もその陰に いつもはどうかして聞こうと目をさまして起きて座って、 隠れてしまいそうに思われることだ。昨日は、車一つにた ふたあいのうし ほととギ一す・ かりぎめ 鳴くのが自然待たれる、その郭公が、ここではいるという くさん乗って、二藍の直衣、あるいは狩衣などをしどけな すだれ だけではなくて、たくさんいるのかと聞えるまで鳴いて声 く着て、車の簾を取りはずし、気違いじみているほどに見 うぐいす き・よう・し。よろ・ばん を響かせるので、ひどくすばらしいと思ううちに、鶯が年えた若君たちが、斎院の饗のお相伴役にというわけで、正 老いている声で、どうやら郭公に似せようとするかのよう式の束帯をきちんとつけて、今日は一人一つずつの車に、 つね みかどみこし しお み 0 う