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検索対象: 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡
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1. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

なかろうと思って出かけたところが、自分のよりもっとす気の毒な感じだ。 2 ばらしい車などを見つけては、何だって出て来たのだろう 斎院の御輿がお通りあそばされると、上げてある簾をあ など感じられるのに、ましてそんな見すばらしい車の主は りったけの車が全部おろし、お通り過ぎあそばされてしま 子 どんな気持で、そうやって見ているのだろう。 うと、大騒ぎしてあたふた動きまわるのもおもしろい。自 草 まちくだ 街を下ったり上ったりして歩きまわる君達の車が、ほか分の前に立っている車は、そんな所に立てるなとひどく止 くるまぞ の車を押し分けて、自分の近くに立っ時などこそ、胸がどめるのに、車副いの者が「どうして立ててはいけないこと ′一ういん きどきするものだ。よい場所に車を立てようと供の者が急があろうか」と、強引に立てるので、とても困って、車の あいだ あ がせるので、朝早く家を出て待っ間がとても長いので、車主に申し入れなどするのこそ、おもしろい。車が空いた場 すだれ の中で座って簾を押し張ったり、立ちあがったりなどして、所もなく重ねて立ててあるのに、昨日ノトコロの御車、そ しようばん さいいん 暑く苦しくて待ちくたびれている折に、斎院の饗のお相伴れに、そのお供の車が後に引きつづいてたくさん来るのを、 くろうどどころしゅう てんじようびと ぜんく に参上している殿上人や、蔵人所の衆、弁官、少納言など どこに立つだろうかと見るうちに、御前駆たちがどかどか ななえ が、七重にも八重にも車を引きつづけて、斎院の方角から と馬からおりて、以前から立っているいくつもの車を有無 走らせて来るのこそ、「行列がすでにはじまったのだった」を一言わさずのけさせて、お供の車までもつづいて立ててい と思わずはっと気がついてうれしいものだ。 るのこそは、とてもすばらしい。追い払われたいくつかの わたしの車に殿上人が物を言ってよこしたり、あちこち粗末な車は、はずしてあった牛をかけて、場所が空いてい すいはん ごぜんく のお方の御前駆の者たちに水飯をふるまって、そのために る方へゆるがして持って行くのなど、ひどくみじめなもの 桟敷のもとに、前駆の者たちが馬を引き寄せると、その中だ。輝かしく堂々とした車などに対しては、そんなにも無 の世間に声望のある人の子息たちなどに対しては、殿上人理に押しつぶすことはできないのだ。見たところとてもき いなか ぞうしき の雑色などは桟敷からおりて、馬のロなどを取って、おもれいな感じではあるけれど、一方田舎じみて妙なふうで、 すだれ しろい。そうではない者が、見向きもされないのなどこそ召使をも絶えす呼び寄せたり、幼児を簾の外に出して座ら のば みこし

2. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

てんじようわらわ おりでもなかったのこそおもしろいものだ。男の車で、だ もったいぶって乗っている後ろの方に、殿上童を乗せてい れが乗っているとも知らないのが、あとにつづいて来るの るのもおもしろい も、普通の時よりはおもしろいと見えるのに、道を別々に 行列が通り終ってしまったあとには、どうしてそんなに もあわてているのだろうか、われもわれもと、あぶなく恐別れる所で、その車の男がこちらに向って、「峰にわかる あいさっ る」と挨拶の言葉を言っているのもおもしろい ろしく思われるまでに、先に立とうと急ぐのを、「そんな に急いでくれるな。ゆっくりと進ませよ」と、扇を差し出 二〇四五月ばかり山里にありく して止めるけれど、供の者は聞入れもしないので、どうし 五月のころ山里に出歩くのは、たいへんおもしろい。沢 ようもなくて、少し広い所に、車を無理に止めさせて立て の水も、いかにも、ひたすら真っ青に一面に見えているの ているのを、供の者はじれったくにくらしいと思っている。 、表面はさりげなくて、草が生い茂っている所を、長々 はやく進もうと競争をしかけるほかの車どもを離れた位置 と、まっすぐに行くと、下は一通りではなかった澄んだ水 から見やっているのこそおもしろい。少し通れるようにな る程度にほかの車を遠くにやり過して、それから自分の車が、深くはないけれど、人が徒歩で行くのにつれて、ほと ふぜい を進ませると、道が山里めいて、しみじみとした風情があばしりを上げているのは、とてもおもしろい 左右にある垣根に、その枝などに、車が行きかかって、 る所に、うつぎ垣根というもので、たいへん荒つばく、び やかた つくりさせるような感じに差し出ている枝々などが多いの車の屋形に枝がはいるのを、急いでつかまえて折ろうと思 よもぎ 段 うのに、すっとはずれて行き過ぎてしまうのも残念だ。蓬 に、花はまだすっかりも開き終らす、まだつばみのままで の、車に押しひしがれているのが、車輪が回って上にあが 2 あるのが多いように見えるのを折らせて、車のあちらこち 第 っている時に、身近にひっかかっているのも、香りが匂っ らなどに挿してあるのも、昨日からかけてあるかつらなど てきているのも、とてもおもしろい がしばんでいるのが残念なので、これはおもしろく感じら れる。行く先の方を、だんだん近づいて行くと、思ったと かお

3. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

113 第 211 ~ 214 段 つま 一九「皮」で、爪皮に類したもの。 ニ 0 「いみじう」は「見まほしけれ」 二一三行幸はめでたきもの にかかる。 三門の近くにある建物。作者が きんだち ぎゃうかうニニ かんだちめ そこにいる時に、その前を通る、 行幸はめでたきもの、上達部、君達の車などのなきそ、すこしさうざうしき。 のような意か。一説、作者の家。 一三言い切りになるのは不審。 「めでたきものの」の意で解する。 二一四よろづの事よりも、わびしげなる車に ニ三騎馬、あるいは徒歩でお供す ニ四 るからであろう。 ぎふしき よろづの事よりも、わびしげなる車に雑色わろくて物見る人、いともどかし。ニ四雑役に従事する無位の官人や ニ六 下男。ここでは車に付き添ってい せきゃう る男をいうものか 説経などはいとよし、罪うしなふ方の事なれば。それだになほあながちなるさ 一宝非難したい気持。気に入らぬ したすだれ ニ六説経などを聞く場合はそれで まにて見苦しかるべきを、まして祭などは、見でありぬべし。下簾もなくて、 もよい、もともと滅罪のためにす れう ひとへニ九 白き単衣うちあげなどしてあンめりかし。ただその日の料にとて、車も下簾もることなのだから。 毛度をすぎた身勝手な感じで見 したてて、いとくちをしうはあらじと出で立ちたるに、まさる車など見つけて苦しいのに。 夭まして賀茂祭などはそんなか っこうで見てほしくない は、何しになどおばゆるものを、ましていかばかりなる、い地にて、さて見るら ニ九車の上に乗せることと解する。 三巻本「うち垂れてあめりかし」。 む。 三 0 みすばらしい車の主は。 きんだち おりのばりありく君達の車の、押し分けて、近う立っ時などこそ、心ときめ三一京の町を内裏を中心として往 来してまわる。 三ニ供が作者を。一説作者が供を。 きはすれ。よき所に立てむといそがせば、とく出でて待つほど、い と久しきに、 ニ七 かた 三 0

4. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

一六沿道の人も物見車のようだと ちゑみて見たまふ、うつつならず。されど、倒れす、そこまで行き着きぬるこ 見ているであろうと。 宅女房車の装いを直したり話を そ、かしこきか、面なきかとおばゆれど、みな乗り果てぬれば、引き出でて、 したりする。 おほぢしぢ 二条の大路に榻立てて、物見車のやうにて立ちならべたる、いとをかし。人も 一 ^ 東三条院詮子。道長の土御門 さ見るらむかしと、心ときめきせらる。四位五位六位など、いみじう出でゐて、邸におられた。 一九五位以下で昇殿できぬ人。 しやくぜんじ ニ 0 女院が積善寺においでになっ 車のもとに来て、つくろひ物言ひなどす。 たあとで。一説、こちら ( 二条大 てんじゃうびとぢげ まづ院の御むかへに、殿をはじめたてまつりて、殿上人、地下と、みなまゐ路 ) においでになったあとで、と 解き、下文のごとく中宮と女院が のち 一一条大路で合流して改めて積善寺 と、心・も りぬ。それわたらせたまひて後、宮は出でさせたまふべしとあれば、し に向うことをさすとする。 となしと思ふほどに、日さしあがりてぞおはします。御車ごめ十五、よっは尼 = 一女院は出家しておられたので お供にも尼が多いのであろう。 しりくち - すいしゃうずず から ぐるまいち 車、一の御車は唐の車なり。それにつづきて尼車、後ロより水晶の数珠、薄墨 = = 女院の車。 はふづくり ニ三屋根を唐風の破風造にした丈 つぎ の袈裟、衣などいみじく、簾は上げず、下簾も薄色のすそすこし濃き。次にた高い車。 ニ五 ニ四後方のロ。乗用ロ。簾・下簾 もくれなゐ からぎめ をかける。 うちぎめ 段だの女房十、桜の唐衣、薄色の裳、紅をおしわたし、かとりのうは着ども、 一宝紅の打衣をそろって着て。 かす みじうなまめかし。日はいとうららかなれど、空は戌緑に霞みわたるに、女房ニ六固織の約。目を細かく固く織 った薄絹。 第 ニセ 一うそく 毛統一のとれた色の美しさを、 の装束のにほひ合ひて、いみじき織物の色々、唐衣などよりも、なまめかしう さまざまの色が混じているのより かえって優雅だといったものか をかしき事限りなし。 きぬ とを おも たふ 一九 あま すだれ

5. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

をも、女に言って知らせようと思う時に、「有明の月のあず、人が乗る折に、少しもそうした不愉快なことがなかっ りつつも」と何げなく言って、さしのそいている女の髪の たそうであるのこそ、よく教えてしつけてあったものだ。 おんなぐるま 頭のてつ。へんのあたりにも光は寄ってこないで、それから道で行き会った女車が、深い所に車を落し込んで、引き上 五寸ほど下がって、ちょうどともし火をともしてあるよう げることができずに、牛飼が腹を立てたところ、業遠は自 に見える月の光にうながされて、思わずはっとするほどの分の従者に命じて牛を打たせたのだから、まして自分の心 の士、士こ、 気持がしたので、男はそのままそっとそこを立ち出てしま しいつも教えさとしておいてあるとみえた。 ったのだった とその男がわたしに話した。 三一七好き好きしくて一人住みする人の いろ 1 」の ひとり 三一六女房のまかり出でまゐりする人の、車 色好みで一人住みをする男で、夜はいったい、きまって を借りたれば どういう所にいるのだろうか、暁に帰って、そのまま起き さーれ彊 ~ い すずり 女房の、退出したり、参内したりする人が、車をよそか ているのが、まだ眠たそうな様子であるけれど、硯を引き す ら借りたところ、心づもりをしている顔で持主が物を言っ寄せて、墨を念入りに押し磨って、何でもないふうに筆に うしかいわらわ きめぎめ て貸してくれた、その車の牛飼童が、いつもの者よりも、 まかせてなどではなく、心を入れて後朝の手紙を書くうち とけ姿はおもしろく見える。 下品なふうに物を言って、車をひどく走らせ牛を打つのも、 くるまぞ やまぶきくれない 白い着物を何枚も重ねた上に、山吹、紅などの衣を着て 段ああいやだと感じられるものだ。車副いの供の男たちなど ふ ひとえ 3 か、いかにも面倒だという様子で、「どうかして夜が更け いる。白い単衣の、たいへんしばんでいるのをじっと見つ ないうちに連れて帰ってしまおう」と言うのは、やはり隠め見つめして書きおえて、そばに仕えている人にもわたさ したごころ こどねりわらわ 第 れた下心が推察されて、急のことがあるとしても、二度とず、わざわざ立って、小舎人童を、こうした使いに似つか 借りたいと頼もうとも思えない わしいのを、身近く呼び寄せてささやいて、童が去ったの なりとおあそん あかっき 業遠の朝臣の車だけが、夜中だろうと暁だろうと区別せちも長い間じっともの思いにふけって、経典のしかるべき きめ

6. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

枕草子 198 かしら 一不審。髪の毛の頭の頂の方に さしのそきたる髪の頭にも寄り来ず、五寸ばかりさがりて、火ともしたるやう は月の光はさして来ず、の意か ここち なる月の光もよほされて、おどろかるる心地しければ、やをら立ち出でにけりニそこから五寸ほど下がって。 三まるでともし火をともしてあ るように見える。 とこそ、り・しか 四「月の光ーの下に「に」が脱した ものとして解く 五その印象をこわすまいとして 三一六女房のまかり出でまゐりする人の、車を借りたれば 呼びかけもせずに、の趣か 六男が私に語った。 女房のまかり出でまゐりする人の、車を借りたれば、心よそひしたる顔にうセ女房の外出時に牛車は必需品。 しかし必ずしも自由には使えず、 うしかひわらはれい ち言ひて貸したる牛飼童の、例の者よりもしもさまにうち言ひて、いたう走りまた牛飼童は乗り手の心理にまで 立ち入るほど細心ではない。そう した苛立たしさを記したもの。 打つも、あなうたてとおばゆかし。をのこどもなどの、むつかしげに、「いか 「まかり出で」「まゐり」はそれそ で夜ふけぬさきにゐて帰りなむ」と言ふは、なほしのぶ心おしはかられて、とれ体言のように用いられている。 ^ 「心よそひは「心準備」のよう に解する。三巻本「心よう言ひて」。 みの事なりと、また言ひ触れむとおばえず。 九下品に物を言って。 あかっき なりとほあそん レしささかさる事なか一 0 車を走らせ牛を打つのも。 業遠の朝臣の車のみや、夜中暁わかず、人の乗るこ、、 = 牛飼の下心が推察されて。 をんなぐるま りけむ、よくこそ教へならはしたりしか。道に会ひたりける女車の、深き所に三借りたいと思って車の持主に 声をかけること。 一五ずさ たかしななりとお こうのないし 落とし入れて、え引き上げで、牛飼腹立ちければ、わが従者して打たせければ、一三高階業遠。中宮の母高内侍の とうぐうすけ 父の成忠の甥。丹波守、東宮の亮。 一四女の乗った車の牛飼。 まして、いの寺 ( まに、、 しましめおきたりとみえたり。 四

7. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

者たちがたくさん出てそこらにひかえていて、車のもとに はじめにお見申しあげて、賛嘆して騒ぐ。このわたしたち 0 来て、車の装いを整えて話しかけなどする。 の車の、二十両立て並べてあるのも、女院の御行列に従っ によういん 真っ先に女院のお迎えに、関白様をはじめとし申しあげ て行くあちらの人々は、きっとまた同様におもしろいと見 子 てんじようびとじげ ていることであろう。 て、殿上人や地下というふうに、みな、御所に参上した。 草 しやくぜんじ 女院が積善寺にお出かけあそばしてそのあとで、中宮様は 早く中宮様がお出ましあそばすなら、などとお待ち申し お出かけあそばすはずだということなので、たいへん待ち あげるのにつけて、どうなのであろうと待ち遠しく落ち着 うねめ 遠しいと思っている間に、日がのばってから女院はおいで かない気持でいると、やっとのことで、采女八人を馬に乗 も あおすそご あそばす。女院の御車ぐるみで十五両、そのうち四両は尼せて、御門から引いて出るようである。青裾濃の裳、裙帯、 からびさし の車で、第一の御車は唐廂の車である。それにつづいて尼領巾などが風に吹き流されているのが、たいへんおもしろ じゅず ぶぜん の車、車の後ろの口から水晶の数珠、薄墨色の袈裟、衣装 豊前という采女は、医師の重雅の愛人である。葡萄染 すだれ さしぬき などがすばらしく、簾は上げず、下簾も薄紫色の裾の少し の織物の衣装、指貫を着ているので、たいへん並々ならぬ も がさねからぎめ きんじき 濃いの。次の普通の女房車十両、桜襲の唐衣に薄紫色の裳、様子である。「重雅は、禁色を許されてしまったのだった かとりうわぎ うちぎめ 紅の打衣をそろって着て、綵の表着どもが、たいへん優雅な」と、山の井の大納言がお笑いになって、さて、采女た かす だ。日はとてもうららかだけれど、空は薄緑に霞みわたっ ちがみな馬に乗りつづいて立っていると、今こそ中宮様の いろつや えいはっ りつば ているのに、女房の装束が色艶うつくしく映発して、立派御輿がお出ましあそばす。すばらしいとお見申しあげた女 いん な織物のいろいろな色のものや唐衣などよりも、優雅でお院の御様子に、これは比べようのないお立派さなのだった。 なぎ もしろいことが限りもない ? 朝日の華やかにさしあがるころに、屋根の水葱の花の飾 とのがた かたびら 関白様や、その御次の弟の殿方でそこにいらっしやる方りが、とてもきらきらと輝いて、御輿の帷子の色や艶など みつな 方はすべて、女院を大切にし御奉仕申しあげあそばすのは、 までが、すばらしい。御綱を張ってお出ましあそばす。御 たいへんすばらしい 。これらの様子を、こちらの人々は、 輿の帷子がゆらゆら揺れる時、ほんとうに、頭の毛などに おんつぎ すそ ひれ えびぞめ つや くんたい に。よう

8. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

枕草子 270 けれど、「そうはいうもののやはりどうして通さないでお 気がかりでじれったいもの人の所に急用の物を縫い かれようか」と思うような顔つきで、なかなか立ち去れな 送って、出来上りを待っ間。行列見物に急いで出かけて、 いでいるのは、にくらしさまで加わってしまう。 今か今かと、車の中で窮屈に座り込んで、絶えず繰り返し、 すだれ 何の用事であっても、急いでどこかへ行く折に、だれか 簾を押し張るようにして、あちらを見守りつづけている気 が「先に自分が、行かなければならないどこそこへ行く」 持。子を生むはずの人が、予定の日を過ぎるまでそうした ということで、「すぐに返してよこそう」と言って出かけ 気配のないの。遠い所から愛する人の手紙をもらって、か おおじ て行った車を待っ間こそじれったいものだ。大路を通った たく封をしてある続飯などを引きはがしてあけるのは、じ もう行列のお練り車を、「その車だったよ」と喜んでいると、よその方へ去 れったい。見物に急いで出かけて、 ものみ って行くのは、とても残念だ。まして物見に出かけようと がはじまってしまったのだったーー検非違使の官人の白い している時に、「行列はきっともうはじまっていよう」な 杖などを見つけたのに、車を見物の桟敷に近くやり寄せる 絶望感が身に迫って ) いっそ車から降りて、歩いて行どと人が一言うのを聞くのこそ、がっかり気がめいる感じが 列の方へ向って離れて行ってしまいたい気持がすることだ。する。 あとぎん 子を生んだ人が、後産のなかなかないの。行列見物にだ しることを知られないようにしょ , っと思う人が来ている - 一うじよう ろうか、あるいはまたお寺参りなどに伺うということで、 時に、自分の前にいる人に口上を教えて応対させているの。 いっ生れるかと待ち遠しく思って生れ出た赤ん坊が、五十一緒に行くはずの人を乗せにその人の家に行っているのを、 車を建物にさし寄せて立てているのに、急にも乗らないで 日、百日などになっているのは、将来がとても待ち遠しい まちどお 急の仕立物を縫うのに、暗いころに針に糸を通すの。け待たせるのも、ひどく待遠でいらいらして、そのままうつ いりずみ ちゃっても離れて行きたい気持がする。急の入用で、炒炭 れど、自分でする時はそんなものなのだが、わたしが針で をおこすのも、とても長い時間がかかる。 縫う箇所を手につかまえていて、その針に人がうまく差し 人の歌の返事を早くしなければならないのを、詠むこと 込まないのを、「さあ、もう通さないでください」と頼む っえ ふう けびいし さじき

9. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

ふたりひとり て、二人も一人も乗りて走らせて行くこそ、いと涼しげなれ。まして、琵琶弾 0 き鳴らし、笛の音聞ゆるは、過ぎていぬるもくちをしく、さやうなるほどに、 子 牛のしりがいも、知らぬにゃあらむ、香のあやしうかぎ知らぬさまなれど、を一『和名抄』に「鞦」を「之利加岐」 草 と読む。牛馬の後ろにからみつけ 枕かしきこそ物ぐるほしけれ。いと暗う、闇なるに、さきにともしたる松の煙のる革紐。「しりがひ」はその変化形 であろう。 いと一かし。 香の、車にかかりたるも、 ニこの一文三巻本になし。自分 が知らないからだろうか、の意か。 三異臭であるのにおもしろく思 われるのは奇妙なことだ。以上女 二〇六五日の菖蒲の、秋冬過ぐるまで 車に乗って男車とすれちがった折 の感想か。 しろか たいまっ 四車の前に供人がともす松明の 五日の菖蒲の、秋冬過ぐるまであるが、いみじう白み枯れてあやしきを、引 煙。ここは自分の車についてのこ レか き折りあげたる、そのをりの香残りてかかへたるも、いみじうをかし。 五五月五日の節日に飾りとして しようぶ くすだま 用いた菖蒲。一説、菖蒲の薬玉。 二〇七よくたきしめたる薫物の 六「あけたる」とも読める。 セあたりに漂っているのも。 たきもの きのふをととひけふ よくたきしめたる薫物の、昨日、一昨日、今日などは、うち過ぎたるに、衣 ^ そのままになって過ぎている をひきかづきたる中に、煙の残りたるは、ただいまのよりもめでたし。 九余香。 カ 六 き一うぶ ふえ きこ け九 やみ は けぶり きめ

10. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

( 原文一一一一ハー ) 短くてあってほしいもの急な仕立物を縫う糸。室内照呼び寄せて中にある物を見たい感じがする。門の近くの所 あいそう の前を通るのを呼び入れると、愛想もなく、応答の言葉も 明の灯台。身分の低い女の髪、きちんとして、短くてあっ 発しないで行く者は、それを召し使っているであろう主人 てほしいものだ。未婚の娘の声。 の人柄こそおしはかられるというものだ。 二一一人の家につきづきしきもの くりやさぶらいぞうし 一一三行幸はめでたきもの 人の家に似つかわしいもの厨。侍の曹司。箒の新し きんだち ぎようこう ちゅう ついたてしようじ かけばん 行幸はすばらしいとは言うものの、上達部や君達の車な いの。懸盤。童女。はした者。中の盤。衝立障子。三尺の きちょう えぶくろ たな 几帳。装飾を立派にしてある餌袋。からかさ。かき板。棚どがないのが、少し物足りない感じがする。 じかろ ずしわろうだ 厨子。円座。折れ曲っている廊。地火炉。絵が描いてある 二一四よろづの事よりも、わびしげなる車に 火桶。 ほかのどんなことよりも、見すばらしい車に、ろくでも ぞうしき 二一二物へ行く道に、清げなるをのこの ない雑色を供に連れて、見物する人は、たいへん気にくわ せつきよう ない。もっとも説経などを聞く場合は、それでたいへんよ どこかへ行く道に、見た感じのきれいな召使いの男が、 たてぶみ 、というのは罪をほろばす方面のことなのだから。それ 立文のほっそりしているのを持って、急いで行くのこそ、 でさえもやはり度を過ぎた身勝手な感じで見苦しいはすで 段行く先はどこだろうかと感じられる。 4 ・ あこめ また、見た感じのきれいな童女などで、衵の、色目がひあるのを、まして賀茂祭などは、そんなかっこうで見物し したすだれ ひとえぎめ どくはっきりはしていないで、着馴れて萎えばんでいる者ないでいてほしいものだ。車の下簾もなくて、白い単衣を 第 が、屐子のつやつやとしたので、皮に土がたくさんついて車の上にうちのせなどしてあるようだよ。わたしなどは、 ふた ひたすらその日のためにというわけで、車も下簾もすっか % いるのをはいて、白い紙に包んである物、または箱の蓋に そうし いくさっ り新しくして、これならひどく残念な気持は味わうことは 幾冊かの草子などを入れて持って行くのこそ、たいへん、 ほうき なか かんだちめ