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検索対象: 増補改訂版 写楽は歌麿である

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増補改訂版 写楽は歌麿である


立 洌 、 冩 余 26 歌 る

増補改訂版 写楽は歌麿である


昭 和 Ⅱ 年 Ⅱ 月 1 巻 9 号 ⑤ 研 究 貴 人 某 森 清 太 郎 「 写 楽 に 就 い て 」 『 浮 世 絵 界 』 所 載 昭 和 貶 年 4 月 2 巻 4 号 ⑥ 研 究 能 役 者 関 西 絵 師 説 三 谷 松 悦 「 写 楽 に 就 て 」 『 浮 世 絵 芸 術 』 所 載 ⑦ 研 究 浮 世 絵 師 三 派 師 系 説 三 隅 貞 吉 昭 和 年 3 月 号 「 写 楽 の 新 研 究 」 『 日 本 美 術 ・ 工 芸 』 誌 所 載 蔦 屋 重 三 郎 説 昭 和 引 年 2 月 川 日 発 行 ⑧ 研 究 版 元 ( 葛 飾 北 斎 説 に 横 山 隆 一 「 珍 ・ 写 楽 考 」 『 週 刊 朝 日 』 特 別 号 所 載 転 向 ) 昭 和 年 Ⅱ 月 よ り 「 日 本 名 匠 伝 ロ ⑨ 小 説 能 役 者 斎 藤 十 郎 兵 衛 横 川 毅 一 郎 『 萠 春 』 釀 ・ 犯 ・ 号 連 載 東 洲 斎 写 楽 」 「 写 楽 は だ れ か 」 昭 和 年 7 月 5 日 ・ 8 月 4 日 ⑩ 研 究 本 派 絵 師 円 山 応 挙 説 田 口 迎 二 郎 『 神 戸 新 聞 』 ( 正 ) ( 続 ) 「 写 楽 昭 和 年 8 月 幻 日 『 朝 日 新 聞 』 と 応 挙 は 同 一 人 物 か 」 昭 和 年 度 『 芸 術 新 潮 』 連 載 「 小 説 日 本 芸 譚 ・ @ 小 説 能 役 者 斎 藤 十 郎 兵 衛 松 本 清 張 昭 和 年 6 月 新 潮 文 庫 本 写 楽 」 牟 礼 俊 十 昭 和 年 川 月 Ⅱ 日 よ り @ 小 説 武 家 ( 蜂 須 賀 家 々 老 小 島 政 一 一 郎 「 葛 飾 北 斎 」 『 日 本 経 済 新 聞 』 夕 刊 連 載 の 伜 ) ラ ジ オ 最 上 三 郎 昭 和 年 2 月 % 日 浮 世 絵 師 中 島 鉄 蔵 「 写 楽 は 俺 だ 」 浪 曲 ( 後 の 北 斎 ) ・ ロ 演 放 送 昭 和 年 Ⅱ 月 号 ⑩ 研 究 本 派 絵 師 谷 文 晁 説 池 上 浩 山 人 「 写 楽 の 臆 説 」 『 萠 春 』 所 載 昭 和 年 月 平 凡 社 版 ⑩ 研 究 浮 世 絵 師 葛 飾 北 斎 説 横 山 隆 一 「 写 楽 」 の 解 説 世 界 名 著 全 集 『 浮 世 絵 の 世 界 』

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し て い る 。 だ が 「 三 人 の 娘 が あ り 、 そ れ そ れ 養 子 を と っ た 」 。 「 も う 少 し 調 べ る こ と が 残 っ て い る 」 。 こ の 説 は 能 役 者 説 に 近 い 阿 波 藩 の 蒔 絵 芸 術 家 を 想 定 し て い る が 、 根 拠 の 薄 弱 な 可 能 性 の 相 乗 積 で 、 説 得 力 に 乏 し い と い わ ざ る を 得 な い 。 蔦 屋 重 三 郎 説 写 楽 Ⅱ 蔦 屋 重 三 郎 説 は 、 昭 和 三 十 一 年 、 漫 画 家 の 横 山 隆 一 氏 が 『 週 刊 朝 日 』 に 「 珍 ・ 写 楽 考 」 と 題 し て の せ た の が は じ ま り で あ る 。 横 山 氏 は そ の 後 、 葛 飾 北 斎 説 に 転 じ た 。 そ の 十 一 年 後 、 昭 和 四 十 一 「 三 年 榎 本 雄 斎 氏 が 、 『 浮 世 絵 芸 術 』 に 「 蔦 屋 重 三 郎 の 回 想 ー ー 写 楽 は 蔦 屋 重 三 郎 な り 」 を 発 表 し た 。 し か し 、 榎 本 氏 も の ち こ の 説 を 証 拠 な し と し て 放 棄 し た 。 だ が 榎 本 氏 は 『 写 楽 ・ ー ー ・ ・ ま ぼ ろ し の 天 才 』 で 、 蔦 屋 に つ い て の 新 資 料 と 考 証 を 発 表 し て 、 単 な る 思 い っ き の 写 楽 説 と は 比 較 に な ら ぬ 貢 献 を 行 な っ て い る 。 蔦 屋 は 吉 原 妓 楼 の 養 子 か ら 身 を 起 こ し 、 新 し い ア イ デ ア で 一 流 版 元 と な り 、 写 楽 や 歌 麿 を 世 に 出 し た 風 雲 児 で あ る 。 華 麗 な る 成 功 の 後 、 幕 府 の 厳 罰 を う け 志 半 ば に 病 死 し た 悲 劇 の 人 で も あ る 。 そ の 生 涯 は 、 本 書 の 主 題 で あ る 写 楽 日 歌 麿 説 を 立 証 す る 重 要 な 人 物 な の で 、 こ こ に そ の 時 代 背 景 、 生 い 立 ち 、 実 績 、 人 物 の 概 要 を の べ て お く 。 こ れ に よ り 写 楽 日 蔦 屋 説 は 立 ち 消 え る で あ ろ う 。 蔦 屋 重 三 郎 が 生 ま れ た の は 八 代 将 軍 吉 宗 の 子 の 九 代 家 重 の 時 代 の 、 寛 延 三 年 ( 一 七 五 〇 ) で あ る 。 そ の 前 々 年 に 、 歌 舞 伎 随 一 の 名 作 「 仮 名 手 本 忠 臣 蔵 」 が 大 坂 竹 本 座 で 初 演 さ れ て 大 当 た り を と っ て ま た 、 蔦 屋 の 生 ま れ た 年 に は 、 浮 世 絵 史 上 の み で な く 、 狩 野 派 と 町 絵 師 の 紛 争 と し て 日 本 絵 画 史 上 に も 有 名 な 、 宮 川 長 春 事 件 が 起 こ っ た 。 宮 川 長 春 は 、 日 本 の 浮 世 絵 肉 筆 画 の 名 手 で 、 後 世 に 長 く 強 い 影 響 を 与 え て い る 。 『 浮 世 絵 類 考 』 に よ

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婦 女 人 相 十 品 ( 蔦 屋 刊 ) 一 人 半 身 像 白 雲 母 婦 人 相 学 十 躱 ( 蔦 屋 刊 ) 一 人 半 身 像 白 雲 母 姿 見 七 人 化 粧 ( 蔦 屋 刊 ) 一 人 半 身 像 白 雲 母 歌 撰 恋 之 部 ( 蔦 屋 刊 ) 一 人 半 身 像 薄 紅 雲 母 当 時 全 盛 似 顔 揃 ( 若 与 刊 ) 一 人 全 身 像 当 時 全 盛 美 人 揃 ( 若 与 刊 ) 一 人 全 身 像 ② 寛 政 七 年 正 月 以 後 青 楼 十 二 時 ( 蔦 屋 刊 ) 一 ー 三 人 全 身 像 五 律 か ら 歌 ( 蔦 屋 刊 ) 一 人 半 身 像 娘 日 時 計 ( 村 田 屋 刊 ) 一 一 人 半 身 像 五 人 美 人 愛 敬 竸 ( 近 江 屋 刊 ) 一 人 半 身 像 北 国 五 色 墨 ( 伊 勢 孫 刊 ) 一 人 半 身 像 錦 織 歌 麿 形 新 模 様 ( 鶴 屋 刊 ) 一 人 全 身 像 歌 麿 の 美 人 画 の 大 首 絵 は 、 役 者 絵 で 勝 川 春 好 が す で に 開 拓 し た 手 法 の 発 展 で あ る 。 勝 川 派 は こ の 手 法 を 、 極 限 ま で 効 果 的 に 活 用 す る に は 到 ら な か っ た が 、 歌 麿 美 人 画 は 対 象 を 浮 き 上 が ら せ 、 そ の 魅 力 的 な 美 を 強 烈 に 印 象 づ け る た め に 、 極 め て 巧 妙 に 利 用 し た 。 美 人 の 相 貌 も 「 婦 女 人 相 十 品 」 「 婦 人 相 学 十 躰 」 は 、 こ れ と ほ ぼ 同 時 期 の 、 高 島 お ひ さ 、 難 波 屋 お き た 、 富 本 豊 雛 の 三 美 人 を 描 い た 作 品 と 較 べ る と い っ そ う 個 性 的 で 、 一 人 一 人 の 顔 、 表 情 、 ポ ー ズ 、 手 、 衣 裳 、 色 彩 の 差 が 強 調 さ れ て お り 、 受 け る 感 銘 は 強 烈 で あ る 。 「 姿 見 七 人 化 粧 」 は こ の シ リ ー ズ で は 、 一 枚 し か 残 っ て い な い が 、 鏡 に 雲 母 を 用 い 、 そ の 黒 枠 と 着 衣 2 ー 8

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こ の 谷 説 に 対 し て 、 私 は 歌 麿 が 、 寛 政 七 年 、 写 楽 消 失 直 後 に 描 い た 「 杭 打 ち の 図 」 を 示 し た い 。 れ は 、 「 写 楽 を 中 傷 」 し た 歌 麿 、 「 爆 発 的 人 気 」 「 自 信 」 の 歌 麿 で な く 、 む し ろ 不 評 の た め 傷 心 の 写 楽 の 心 境 を ズ バ リ さ ら け 出 し た 歌 麿 と 考 え な け れ ば 、 そ の 心 情 ・ 寓 意 は 解 け な い で あ ろ う 。 一 体 こ の 「 杭 打 ち の 図 」 は 、 ど ん な 事 情 で 描 か れ た の か 。 ま た 、 歌 麿 は 、 ど ん な 経 歴 、 ど ん な 性 格 、 そ し て ど ん な 能 力 の 絵 師 で あ ろ う か 。 歌 麿 の 美 人 画 は 、 数 あ る 浮 世 絵 の 中 で も 絶 品 が 多 い 。 そ の 芸 術 に は ど ん な 特 徴 が あ り 、 ど の よ う に し て 達 成 さ れ た の か 。 私 は こ れ ら の 諸 点 を ハ ッ キ リ と 見 定 め た 上 で 、 谷 氏 の 京 伝 説 と 梅 原 氏 の 豊 国 説 に つ い て 、 そ の 技 法 や 芸 術 性 の 問 題 に も 比 較 、 考 察 を す る こ と に し た い 。 だ が 、 そ の 前 に 、 さ き に 見 た ZÆ>< 取 材 班 と 漫 画 家 石 森 章 太 郎 氏 の 歌 麿 、 蔦 屋 「 と び 出 し 」 説 の や り と り に も ふ れ ね ば な ら な い 。 Z Ⅱ 取 材 班 説 批 判 さ き に 第 三 章 で 私 が 引 用 し た よ う に 、 取 材 班 リ ー ダ ー 川 竹 文 夫 氏 は 、 写 楽 日 歌 麿 説 の 漫 画 家 石 森 章 太 郎 氏 宅 を 訪 ね た と き 、 次 の よ う に の べ た 。 そ れ は 谷 氏 と 同 じ よ う な 見 解 で あ る 。 「 人 気 が 出 た 歌 麿 は 蔦 重 に 独 占 さ れ る こ と を 嫌 っ て か 、 他 の 版 元 の と こ ろ に 出 て い っ た 。 写 楽 の 絵 が 出 た の は 、 そ の 後 な の だ 」 つ ま り 、 寛 政 六 年 五 月 以 前 に 、 蔦 屋 を 歌 麿 は 「 と び 出 し 」 た と 説 く の で あ る 。 だ が 、 そ の 事 由 に つ い て は 、 何 の 証 拠 も 示 し て い な い 。 こ れ に 対 し て 、 石 森 氏 は 答 え る 。 「 確 か に そ の と お り で す 。 た だ 、 あ な た も 言 っ た よ う に 、 歌 麿 は 蔦 屋 に 育 て ら れ た 。 一 度 去 っ た と は ー 26

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〈 補 論 ニ 〉 写 楽 の 謎 の 物 的 証 拠 お わ り に , ー ー ・ 増 補 改 訂 版 の 刊 行 に 際 し て 〈 付 表 〉 蔦 屋 、 歌 麿 、 京 伝 、 豊 国 関 係 略 年 表 装 幀 ・ ー ー ー ・ 浅 野 邦 夫 289 286 2 ア 9

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寛 政 十 返 舎 一 九 に 家 絵 は 見 当 ら ず 。 京 伝 絵 の 偽 作 出 末 ま で に 四 〇 余 蜀 山 人 学 問 吟 味 僕 と な る 。 写 楽 名 で 役 者 絵 ま わ る 。 点 を 刊 行 。 で 首 席 と な る 。 に 没 頭 。 7 一 七 九 五 写 楽 絵 正 月 に 刊 栃 木 で 「 杭 打 ち 円 山 応 挙 没 す 。 行 や む 。 の 図 」 を 描 く 。 幕 府 、 酒 造 制 限 ( そ の 後 も 歌 麿 ( こ の 後 、 蔦 屋 と 下 り 酒 制 限 を 美 人 画 を 大 量 出 よ り 「 青 楼 十 一 一 解 除 。 北 斎 、 一 一 版 ) 時 」 、 「 五 律 か ら 世 俵 屋 宗 理 号 で 歌 」 等 を 刊 行 ) 作 画 。 8 一 七 九 六 夏 、 脚 気 を 患 イ ギ リ ス 人 絵 、 秋 に 重 態 と 鞆 ( 室 蘭 ) に 来 な る 。 航 、 翌 年 に か け 表 蔦 屋 蔵 版 の 狂 歌 日 本 沿 岸 を 測 量 総 本 等 を 大 坂 の す る 。 版 元 に 譲 渡 す 国 る 。 伝 京 一 七 九 七 五 月 六 日 病 没 。 こ の 頃 、 鶴 屋 よ 石 川 雅 望 墓 碑 銘 り 「 錦 織 歌 麿 形 を 贈 る 。 店 は 番 新 模 様 」 を 刊 頭 継 ぐ 。 行 。 蔦 豊 国 、 国 政 の 9 「 俳 優 楽 屋 通 」 一 七 九 九 ロ シ ア 人 工 ト ロ フ 島 に 上 陸 。 初 代 広 重 生 れ る 。 「 俳 優 楽 屋 通 」 版 下 絵 を 奉 行 所 を 国 政 と 合 筆 刊 が 検 閲 す る こ と

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寛 政 或 は 翌 年 、 鶴 屋 島 に 人 足 寄 場 を と 諮 り 、 潤 筆 料 設 く 。 朱 子 学 以 制 を 定 め る 。 外 の 異 学 を 禁 ず 。 3 一 七 九 一 京 伝 作 発 禁 と な 難 波 屋 お き た 、 京 伝 作 『 仕 掛 文 幕 府 、 江 戸 市 中 り 、 財 産 半 減 の 高 島 お ひ さ 、 富 庫 』 等 三 点 発 禁 銭 湯 の 男 女 混 浴 厳 罰 を う け る 。 本 豊 雛 の 大 首 絵 と な り 、 手 鎖 五 を 禁 ず 。 曲 亭 馬 琴 、 京 伝 を 刊 行 。 栃 木 で 十 日 の 刑 を う け 『 海 国 兵 談 』 刊 の 推 薦 で 蔦 屋 の 品 川 遊 廓 の 画 を る 。 馬 琴 に 弟 子 行 。 食 客 と な る 。 描 く 入 り 、 寄 食 。 4 一 七 九 一 一 歌 麿 の 美 人 画 大 「 婦 女 人 相 十 品 」 勝 川 春 章 没 。 評 判 の た め 、 財 「 婦 人 相 学 十 鉢 」 ロ シ ア 使 節 ラ ッ 産 半 減 の 傷 手 徐 を 刊 行 。 ク ス マ ン 根 室 に 々 に 回 復 。 来 航 、 大 黒 屋 光 太 夫 送 還 さ れ る 松 平 定 信 罷 免 さ 5 一 七 九 三 歌 麿 の 美 人 画 を 「 歌 撰 恋 之 部 」 秋 、 煙 草 入 店 を 多 数 出 版 。 及 び 「 当 時 全 盛 れ る 。 開 く 。 冬 、 お 菊 渡 辺 崋 山 生 れ 似 顔 揃 」 を 刊 病 死 。 6 一 七 九 四 写 楽 絵 を 翌 年 正 「 当 時 全 盛 美 人 四 月 よ り 、 煙 草 「 役 者 舞 台 之 姿 歌 舞 伎 控 櫓 三 座 月 に か け 、 刊 揃 」 を 刊 行 。 入 れ 売 出 広 告 。 絵 」 シ リ ー ズ を 興 行 開 始 。 行 。 五 月 以 後 の 歌 麿 泉 市 よ り 、 八 年 吉 原 全 焼 。

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鳥 山 石 燕 同 門 の 志 水 燕 十 を 通 じ 蔦 屋 と 知 る 。 天 明 1 一 七 八 一 唐 来 参 和 と 義 兄 歌 麿 の 筆 名 を 用 黄 表 紙 の 画 が 蜀 い る 。 蔦 屋 の 食 山 人 に よ り 第 一 二 弟 の 結 盟 。 6 一 七 七 七 黄 表 紙 本 の 出 版 を は か る 。 西 村 永 寿 堂 の 下 請 に か ら み ト ラ ・ フ ル を 起 す 。 7 一 七 七 八 『 吉 原 細 見 』 富 本 西 村 永 寿 堂 刊 行 処 女 作 画 の 黄 表 節 正 本 、 噺 本 、 の 黄 表 紙 の 挿 絵 紙 を 刊 行 。 黄 表 紙 の 出 版 。 を 描 く 。 8 一 七 七 九 志 水 燕 十 と 結 ぶ 。 9 一 七 八 〇 5 一 七 七 六 富 本 正 本 版 元 組 役 者 の 一 枚 絵 を 合 に 加 わ る 。 蔦 屋 刊 富 本 節 正 本 の 表 紙 絵 を 描 じ ま り ) 刊 行 。 北 尾 重 政 、 勝 川 春 章 合 作 の 絵 本 を 蔦 屋 ・ 山 崎 屋 よ り 出 版 。 加 賀 金 沢 の 町 民 、 物 価 騰 貴 に よ り 豪 商 宅 を 打 ち こ わ す 。 北 斎 、 勝 川 春 章 の 門 に 入 り 春 朗 年 と 号 す ( 十 九 歳 ) 係 平 賀 源 内 獄 死 す 洒 落 本 黄 表 紙 大 流 行 。 こ の 頃 、 藩 校 を 麿 設 立 す る 藩 多 し 。 初 代 常 磐 津 文 字 太 夫 没 す 。

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歌 麿 、 蔦 屋 「 と び 出 し 」 説 へ の 反 証 私 は 両 氏 に よ る 歌 麿 の 蔦 屋 「 と び 出 し 」 説 は 事 実 無 根 の 憶 測 で あ り 、 写 楽 絵 が あ ら わ れ た 時 期 に は 、 歌 麿 は 蔦 屋 と 離 別 せ ず 、 ま た 、 写 楽 絵 を 描 く た め の 手 が あ い て い た と 考 え る 。 以 下 に そ の 証 拠 を 示 そ う 。 ま ず 、 歌 麿 は 、 写 楽 刊 行 後 も 、 蔦 屋 と 結 ん で い た こ と に つ い て 触 れ た い 。 各 絵 師 の 蔦 屋 刊 行 点 数 榎 本 雄 斎 氏 の 『 写 楽 ー ・ ー ま ぼ ろ し の 天 才 』 に は 時 期 別 絵 師 別 の 蔦 屋 か ら の 錦 絵 刊 行 点 数 表 が の っ て い る 。 そ れ は 第 1 表 の 通 り で あ る 。 第 1 表 歌 麿 清 長 長 喜 春 潮 豊 国 俊 満 春 英 政 美 清 政 写 楽 写 楽 画 稿 天 明 期 三 八 一 八 寛 政 前 期 七 一 二 〇 一 〇 六 寛 政 後 期 四 〇 総 計 一 四 九 三 八 二 八 七 八 一 五 九 こ の 表 で い う 寛 政 後 期 と は 、 寛 政 は 十 二 年 ま で で あ る の で 、 寛 政 七 年 以 後 と み る 。 後 期 の 歌 麿 の 刊 八 八 四 ー 08