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検索対象: 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡
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1. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

の帝の仰せ言を女院にお伝え申し あげなさった。 一三二関白殿の、黒戸より出でさせたまふとて 一六中古後期に盛んに用いられる 謙譲の補助動詞。 くわんばくどの 関白殿の、黒戸より出でさせたまふとて、女房の廊にひまなく候ふを、「あ宅子の立派なのは、の意とみる。 天道隆。正暦四年 ( 究一 D 四月関 おきな ないみじのおもとたちゃ。翁をばいかにをこなりと笑ひたまふらむ」と分け出自この段は正暦四、五年のこと。 一九清涼殿北廊の西にある。 そでぐち でさせたまへば、一尸口に人々の、色々の袖ロして、御簾を引き上げたるに、権ニ 0 女房を親しんで言う語。 一 = 道隆自身をふざけて表現する。 くっ 大納一一 = ロ殿、御沓取りてはかせたてまつらせたまふ。いと物々しう清げによそほ一三黒戸北端の戸。 ニ三戸口の御簾。 したがさねしり これちか しげに、下襲の尻長く、所せくて候ひたまふ。まづ、「あなめでた。大納言ばニ四伊周。道隆の嗣子。正暦三年 八月権大納言。十九歳。五年八月 内大臣。 かりの人に、沓を取らせたまふよーと見ゅ。山の井の大納言、そのつぎつぎ、 三 0 一宝権大納言の様子。 ニ ^ とうくわでん ふぢつばへい さらぬ人々、濃き物をひき散らしたるやうに、藤壺の塀のもとより、登華殿の兵道頼。伊周たちの異腹の兄。 道隆の長男。正暦三年権中納言、 前までゐ並みたるに、、とほそやかにいみじうなまめかしうて、御佩刀などひ五年八月権大納言。 毛山の井の大納言の弟たち。 三ニだいぶどの せいりゃうでん きつくろひやすらはせたまふに、宮の大夫殿の、清涼殿の前に立たせたまへれニ ^ 身内だけではない他人。 段 ニ九色の濃い袍のさま。 あゆ ひぎようしゃ ば、それはゐさせたまふまじきなンめりと見るほどに、すこし歩み出でさせた = 0 飛香舎。清涼殿の西北方。 三一清涼殿の東北方。 おこ 第 まへば、ふとゐさせたまひしこそ。なほいかばかりの昔の御行なひのほどなら三ニ道隆の弟道長。正暦元年 ( 究 0 ) 十月五日中宮大夫。 三三道長をひざまずかせる関白は。 むと見たてまつりしこそいみじかりしか。 な ニ 0 ニ九 一九 くろど とぐち 三三 ニ六 らう ニ五 ニ七 さぶら ニ四 ごん

2. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

一朝の顔に「朝顔」をかけて、下 ど、いみじうぞめでたき。 の「時ならず」を日が上りすぎて寝 くたれ顔に合わないの意と二月 殿おはしませば、寝くたれの朝顔も、時ならずや御覧ぜむと引き入らる。お に朝顔という季節外れの意をきか 子 はしますままに、「かの花は失せにけるま。 。いかにかくは盗ませしぞ。いぎたせる。 草 ニ関白の冗談。 三『忠見集』の「桜見に有明の月 枕なかりける女房たちかな。知らざりけるよ」とおどろかせたまへば、「されど、 に出でたれば我より先に露そおき ける」による。ここは作者以外の われより先にとこそ思ひてはべるめりつれ」と言ふを、いととく聞きつけさせ 四 誰かがこう思っていた、と作者が さいしゃう五 たまひて、「さ思ひつる事ぞ。世にこと人、まづ出でて見つけじ。宰相とそこ道隆に告げたもの。 四「宰相の君」であれば田二〇段 ・八七段などに見える才女。 とのほどなむとおしはかりつ」とて、いみじう笑はせたまふ。「さりげなるも 五作者。 のを、少納言は春風におほせける」と、宮の御前のうち笑はせたまへる、めで六「山田さへ今は作るを散る花 のかごとは風に負ほせざらなむ」 たし。「かごとおほせはべるなンなり。今は山田も作らむ」とうち誦んぜさせ ( 貫之集・第一 ) による。 セ作者の「春風」の言を『貫之集』 の歌で受けた中宮の機知を賞でた。 たまへるも、いとなまめきをかし。「さてもねたく見つけられにけるかな。さ ^ 『貫之集』の歌による道隆の言。 ばかりいましめつるものを。人の所にかかる痴れ者のあるこそ」とのたまはす。恨みごとを私に負わせたようでご ざいます、の意か ごと 九道隆の侍をふざけて言うもの 、とをかしう言ふかな」など、誦んぜさせたまふ。「ただ言に とばけて、か はうるさく思ひょりてはべりつかし。今朝のさまいかに侍らまし」とて笑はせ一 0 わかりにくい。 = 歌ではない普通の言回し。 一五め たまふを、小若君、「されどそれは、、 しととく見て、『雨に濡れたるなど、面伏三煩わしい思いっきでございま 「春風は、空に、し さき そら 六 やまだ ず おもてぶ

3. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

っ 一南の院の、西の対。 つ」など告ぐ。 からはふづくり ひさし ニ唐破風造にした家の廂。 、うぞ わたどの さて、まことに寅の時かと、装束きたててあるに、明け過ぎ、日もさし出で三いる限りの女房が全部渡殿を 通って行く時には。 子 わたどのゆ 四ます女房を、道隆様が車にお ぬ。「西の対の唐廂になむ、さし寄せて乗るべき」とて、ある限り渡殿行くほ 草 乗せあそばすのを。 枕どに、まだうひうひしきほどなる今まゐりどもは、、 しとつつましげなるに、西」、道隆の二女原子。東宮女御淑 景舎。 との 六道隆の北の方貴子の妹三人。 の対に殿住ませたまへば、宮にもそこにおはしまして、まづ女房、車に乗せさ 「おとうと」は「劣人ーで年下のきょ みすうち しげいしゃ 六 せたまふを御覧ずとて、御簾の内に、宮、淑景舎、三、四の君、殿のうへ、そうだい。弟妹いずれにもいう。 みところ な セ伊周、二十一歳。 の御おとうと三所、立ち並みておはします。 ^ 隆家、十六歳。 さんみの ふたところ すだれ 車の左右に大納言、三位中将二所して、簾うち上げ、下簾引き上げて乗せた九乗車順を記した書付。 一 0 「たてまつり」不審。「たまひ」 九 まふ。みなうち群れてだにあらば、隠れ所やあらむ、四人づっ書き立てにしたの意に訳す。 = たくさんの方の眼の中でも。 あゆ がひて、「それ、それ」と呼びたてて乗せたてまつり、歩み行く心地、いみじ三うまくエ夫して。三巻本「か らうじて」の方がわかりやすい うち うまことにあさましう、顕証なりとも世の常なり。御簾の内に、そこらの御目一三「いみじう」以下大納言と三位 中将の様子。 一四自分が偉いのか、厚かましい どもの中にも、宮の御前の見苦しと御覧ぜむは、さらにわびしき事限りなし。 のかと我ながら感じられるが。 ながえ 一五牛車から牛をはずした時、轅 身より汗のあゆれば、つくろひたてたる髪なども、あがりやすらむとおばゅ。 のくびきを支える台。乗降の踏台 にーも一した。 かしこうして過ぎたれば、いみじうはづかしげに清げなる御さまどもして、う あせ からびさし む けせう したすだれ 四 ここち

4. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

谷ッ 一 0 ・ 0X00 0 一 0- 0 ( 0 本書一三八段に相当する。中 ~ 呂定 子は、長徳元年 ( 発五 ) 九月十日故 関白道隆供養の法会を職の御曹司 において行われた。ここは供養の 後の酒宴の場面である全体はは ェックス ば x 形に区切られ明央な構図とい えよう。裳・唐衣姿で控える女房 たちに向い、束帯姿の四人の殿上 人が居並んでいる。酒杯を手にし た殿上人の前には、職の武官と思 われる人物が、片ロの銚子を持っ て対するのも見える左上の屏風 で囲われた部分が中宮の御座所で あろ、つか、そこに中宮の姿はな 中宮は障子を開いて左端の女 房の方にわすかに顔をのぞかせて

5. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

な からぎめきた ながすびつ に、間なくゐたる人々、唐衣着垂れたるほど、馴れ安らかなる の間に、長炭櫃 を見るもうらやましく、御文取り次ぎ、立ちゐふるまふさまなど、つつましげ 子 一「ゑ」は「ゑみ」の意という。 草ならず、物言ひゑ笑ふ。「いつの世にか、さやうにまじらひならむ」と思ふさ ニ宮仕えの女房たちと付き合う ことができるだろうか へぞっつましき。奥寄りて三四人っどひて、絵など見るもあり。 おと 四 さきばら 三貴人の前払い。三巻本「さき しばしありて、さき高う音すれば、「殿まゐらせたまふなり」とて、散りた 高う追ふ声すれば」。 五 おく る物ども取りやりなどするに、奥に引き入りて、さすがにゆかしきなンめりと、四道隆。中宮の父。 五「と」不審。仮に、ないものと みる。「めり」は、自己を客観視し 御几帳のほころびよりはつかに見入れたり。 て朧化したもの。 き一しめき 大納言殿のまゐらせたまふなりけり。御直衣、指貫の紫の色、雪に映えてを六几帳下部の縫い合せてない部 分。 きのふけふものいみ かし。柱のもとにゐたまひて、「昨日今日、物忌にて侍れど、雪のいたく降り これちか セ伊周。道隆の息。中宮の兄。 て侍れば、おばっかなさに」などのたまふ。「『道もなし』と思ひつるにいかで ^ 「山里は雪降り積みて道もな し今日来む人をあはれとは見む」 かーとそ御いらへあンなる。うち笑ひたまひて、「『あはれと』もや御覧ずると ( 拾遺・冬、平兼盛 ) 。 九兼盛の歌を用いての返事。 て」などのたまふ御ありさまは、これよりは何事かまさらむ。物語にいみじう一 0 「事ども」不審。仮に「事ども に」の意に解く。 = 「をおばゅ」不審。「をとおば 口にまかせて言ひたる事ども、おとらざンめるをおばゅ。 ゅ」の意に解く。 くれなゐからあや うわ 宮は白き御衣どもに、紅の唐綾二つ、白き唐綾と奉りたる、御髪のかからせ三唐から舶来の綾でできた表着。 みきちゃう六 ま あう ま ふみ なにごと ぐし

6. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

一道隆の北の方貴子。高階成忠 かンめる。 のむすめ。伊周・隆家・定子・原 うへもわたらせたまへり。御几帳引き寄せて、あたらしくまゐりたる人々に子・三の君の生母。 ニ作者も当時新参者の一人とみ 子 ここち は見えたまはねば、いぶせき心地す。さしつどひは、かの日の装束、扇などのられるところから、出仕年時推定 草 の根拠の一つとされている。 とみかはして、「まろは何か。ただあらむ三不満足で抑えられた気持 枕事を言ひ合はするもあり。また、い・ 四「さしつどひ」で名詞とみる。 にまかせてをーなど言ひて、「例の、君」などにくまる。夜さりまかづる人も五供養の日。 六当日の趣向を秘してとばけて いるさま。私は何で用意しましょ おほかり。かかる事にまかづれば、えとどめさせたまはず。 うか。あり合せで何とか。 よる いつもの通り、あなたったら。 うへ日々にわたり、夜もおはし、君達などおはすれば、御前人ずくなく候はセ ^ 供養の日の支度のために。 うち ねば、し 、とよし。内の御使、日々にまゐる。御前の桜、色はまさらで、日など九「すくなく候わぬ」のは「多く 候う」こと。 一 0 造花なので。 にあたりてしばみ、わろうなるに、わびしきに、雨の夜降りたるっとめて、 = みつともないありさまだ。↓ わか みじうむとくなり いととく起きて、「泣きて別れむ顔に、心おとりこそすれ」一二九段。 一ニ「桜花露にぬれたる顔見れば 泣きて別れし人そ恋しき」 ( 拾遺・ 。、かならむ」とて、 と言ふを聞かせたまひてけり。「雨の降るけはひしつかし 別読み人しらず ) による。 さぶらひ おどろかせたまふに、殿の御方より侍の者ども、下衆など来て、あまた花のも一三侍が道隆の言を下衆に伝える。 一四時が過ぎて明けてしまった。 くら たふ とに、ただ寄りに寄りて、引き倒し取りて、「『みそかに行きて、まだ暗からむ三「山守は言はば言はなむ高砂 の尾上の桜折りてかざさむ」 ( 後撰 ・春中素性 ) によるか。「言はば に取れ』とこそ仰せられつれ。明け過ぎにけり。ふびんなるわざかな。とくと ひび つかひひび きちゃう 六 よる まへ九 さうぞくあふぎ ぶら

7. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

53 第 146 段 ( 現代語訳一一六〇ハー ) これちか 日没。道隆没後、嗣子伊周は叔父 道長と対立して、この一族の運命 一四六故殿などおはしまさで、世ノ中に事出で来 は急変した。政権は道隆の弟道兼 に移ったが、一か月のちに没し、 ことの 故殿などおはしまさで、世ノ中に事出で来、物さわがしくなりて、宮また内さらに道長の手に移った。道長は 長徳一一年伊周・隆家を不敬事件の にも入らせたまはず、ト 一条といふ所、おはしますに、何ともなくうたてあり主謀者として配流せしめた。この 段は長徳二年の夏か秋のこと。 しかば、久しう里にゐたり。御前わたりのおばっかなさにそ、なほえかくては一六三月中宮は伊周の一一条邸に移 ていはっ り、五月剃髪。六月二条邸焼失の たかしなあきのぶ あるまじかりける。 ため、さらに高階明順邸に移った。 宅不明。三巻本には「小二条殿 左中将おはして物語したまふ。「今日は、宮にまゐりたれば、いみじく物こといふ所に」とあり、これも明順 邸、明順邸からさらに移られた所 さうぞくもからぎめ などの説がある。 そあはれなりつれ。女房の装束、裳、唐衣などのをりにあひ、たゆまずをかし 天藤原斉信または正光。三巻本 * ) ぶら うても候ふかな。御簾のそばのあきたるより見入れつれば、八九人ばかりゐて、「右中将」は源経房。従うべきか。 一九 一九黄ばんだ枯葉の色。 きくちば うすいろ しをんはぎ おまへ 黄朽葉の唐衣、薄色の裳、紫苑、萩など、をかしうゐ並みたるかな。御前の草 = 0 藤原女。中宮付きの女房。 才女として名高い。↓田二〇段。 三以下女房たちの言葉。作者 のいと高きを、『などか、これはしげりてはべる。はらはせてこそ』と言ひっ ニ 0 ( 清少納言 ) の里住みは情けない。 さいしゃう 一三作者にとって大事な用事があ れば、『露置かせて御覧ぜむとて、ことさらに』と、宰相の君の声にていらへ るとしても。つらいこと、とみる ニ一さとゐ つるなり。をかしくもおばえつるかな。『御里居、いと心憂し。かかる所に住こともできる。中宮が望んでおら れるのに出仕しない作者に対する まひせさせたまはむはどは、いみじき事ありとも、かならず候ふべきものにお女房たちの批判。 うち

8. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

185 第 292 ~ 293 段 こゑめいわう しまして、「いかにありつるそ」とたづねさせたまふに、大納一言殿の、「声明王ノ聴キニル」 ( 和漢朗詠集・禁中 ) による。『本朝文粋』にも見える。 のねぶりをおどろかす」といふ詩を、高ううち出だしたまへる、めでたうをか鶏人は時刻を知らせる役人。 宅清涼殿の天皇御寝の間。主語 ひとり は中宮。 ーしキ、に、 一人ねぶたがりつる目もいと大きになりぬ。「いみじきをりの事かな」 一 ^ 中宮をお見送りした作者が、 きよう 自分の局に下がるために上の御局 かかる事こそめでたけれ。 と、宮も興ぜさせたまふ。なほ、 の廊に出て召使の女を呼ぶ。 またの日は、夜のおとどに入らせたまひぬ。夜中ばかりに、廊に出でて人呼一九伊周の言葉。 ニ 0 ニ 0 また出仕の時着用するために もからぎぬびやうぶ べば、「おるるか。われ送らむ」とのたまへば、裳、唐衣は屏風にうちかけて上の御局の屏風にかけておく。 さしめき すそ 三指貫は、裾をくるぶしの上で さしめき あ なほし くくるので、半分は足で踏まれて 行くに、月のいみじく明かくて、直衣のいと白う見ゆるに、指貫のなから踏み くるまれているように見えるのを たふ そで し、つ、刀 くくまれて、袖をひかへて、「倒るな」と言ひてゐておはするままに、「遊子な そで 一三私の袖を引きとめて。 きゅう - 一と′一としんさう ゅ ニ三「佳人尽ク晨粧ヲ飾ル、魏宮 ほ残りの月に行くはと誦んじたまへる、また、いみじうめでたし。 - しト - う ニ鐘動ク、遊子ナホ残月ニ行ク、 くわんこく 「かやうの事めでまどふーとて笑ひたまへど、いかでかなほいとをかしきもの函谷ニ鶏鳴ク」 ( 和漢朗詠集・暁 ) に よる。「遊子 : ・」は、旅人はやはり 残月の光の中に歩き続ける、の意。 をば。 品「声明王ノ : ・」の折と同じく。 一宝道隆の四男隆円僧都。 実不審。道隆四女、定子の妹。 場所を述べたものと仮にみる。 毛乳母の通称。『源氏物語』など に用例がある。 そうづ 二九三僧都の君の御乳母、御匣殿とこそは・ ニ六 つばね めのとみくしげどの 僧都の君の御乳母、御匣殿とこそは聞えめ、ままの局にゐたれば、をのこ、 一九 一七 よる おほ きこ よなか ニセ めのと

9. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

一六史実によれば正暦五年 ( 究四 ) 二月二十日。 二五六関白殿、二月十日のほどに、法興院の 宅もと藤原兼家の邸。正暦元年 一八 五月法興院と改名し寺院となった。 ほこゐんさくせんじ みだう いっさいきゃうくやう 天法興院の中に正暦三年道隆が 関白殿、二月十日のほどに、法興院の尺泉寺といふ御堂にて一切経供養せさ しやくぜんじ ニ 0 新しく建立した寺。積善寺。底本 にようゐん あてじ 表記は当字。 せたまふに、女院、宮の御前もおはしますべければ、二月ついたちのほどに、 一九一切経を新しく書写して奉納 二条の宮へいらせたまふ。夜ふけて、ねぶたくなりにしかば、何事も見入れす、する際、法会を行うこと。 ニ 0 東三条女院詮子。兼家のむす いと白うあたらしめ。一条帝の生母。 っとめて、日のうららかにさし出でたるほどに起きたれば、 ニ四 ニ一積善寺の供養に ニ五 きのふ 一三中宮の里邸。正暦三年十一月 うをかしげに造りたるに、御簾よりはじめて、昨日かけたるなンめり。御しつ ニ七 道隆が中宮のために新造した。 いちぢゃう こまいぬ らひ、獅子、狛犬など、いつのほどにか入りゐけむとぞをかしき。桜の一丈ばニ三新御殿についての印象。 ニ四この一文やや整わない。 みはし かりにて、いみじう咲きたるやうにて、ただいま御階のもとにあれば、「いとニ五中宮御里邸としての装飾。 ニ六天皇・皇后の帳台の前に置く さか からじし とう咲きたるかな。梅こそただいま盛りなンめれ」と見ゆるは、作りたるなン邪気を避けるための置物。唐獅子 ・狛犬で一対。 ニ ^ 段めり。すべて、花のにほひなど、咲きたるにおとらず。いかにうるさかりけむ。毛約三。 夭光沢のある美しさ。 雨降らばしばみなむかしと見るぞ、くちをしき。小家などいふ物のおほかりけニ九どんなに面倒なことだったろ 第 う、の意か。一説「うるせし」 ( 巧 みどころ る所を、今造らせたまへれば、木立などの見所あるを、いまだなし。ただ屋ざ緻だ・上手だ ) と同じ。 三 0 この一文整わない。↓現代語 訳。 ま、近くをかしげなり。 ニ六 三 0 こだち ニ九 や - 一ま・いめ

10. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

なにがしまゐれり。御文は大納一言殿取りたまひて、殿に奉らせたまへば、引き正暦二年正月十三日式部丞。 一九伊周。同三年八月権大納言。 と 解きて、「いとゆかしき御文かな。ゆるされはべらば、あけて見はべらむーとニ 0 中宮のさまを述べた地の文と みるが「あやし」の内容がはっきり しない。次の「かたじけなく : ・」に のたまはすれば、あやしとおばいたンめり。「かたじけなくもありとて、奉 先立っ道隆の言ともみられる。こ らせたまへば、取らせたまひても、ひろげさせたまふやうにもあらず、もてなの文の上に脱字があるか。 ニ一父の手前遠慮している態度を み すみま しとね させたまふ御用意などぞありがたき。隅の間より女房褥さし出でて、三四人御ほめたもの。 一三妻戸のある間か。 ろく きちゃう 几帳のもとにゐたり。「あなたにまかりて、禄の事物しはべらむ」とて、立たニ三関白の自邸。新御殿はその隣 に建てられている。 のち せたまひぬる後に、御文御覧ず。御返しは紅梅の紙に書かせたまふが、御衣のニ四中宮の遠慮をみて気を利かし て座を立った。 同じ色ににほひかよひたる、なほかうしもおしはかりまゐらする人はなくやあ一宝美しさと同時に衣と同色で、 季に合った細かい配慮にも感嘆し たもの。 らむとそくちをしき。「今日はことさらに」とて、殿の御方より、禄は出ださ ・一ら・ちき うわ ニ六 ニ六小袿の上に重ねる表着。身幅 ゑ さうぞく ほそなが ニ七 がせまく、袵がないもの。 せたまふ。女の装束に紅梅の細長添へたり。さかななどあれば、酔はさまほし 毛酒菜。酒を飲む時の副食物。 ニ九 ぎゃうじ 段けれど、「今日はいみじき事の行事に。あが君、ゆるさせたまへ」と、大納言 = 〈儀式の担当者。勅使をいう。 ニ九親愛をこめた呼び方。あなた。 三 0 道隆の姫君たち。 殿にも申して立ちぬ。 三一敦道親王の北の方。三女。 け ) う・ きんだち みくしげどの 三ニ御匣殿の別当。四女。 君達などいみじう化粧じたて、紅梅の御衣どもおとらじと着たまへるに、三 三三一一女の意。原子。東宮女御。 三四 みくしげどのなか の御前は、御匣殿、中姫君よりも大きに肥えたまひて、うへなど聞えむにぞよ三四北の方。奥方。 三三 ふみ一九 きこ 一かな