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枢密院議長の日記


枢 密 院 議 長 の 日 記 佐 野 眞 ー 1911 講 談 社 現 代 新 書

枢密院議長の日記


枢 密 院 議 長 の 日 記 佐 野 眞 ー 講 談 社 現 代 新 書 1911

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の 吉 澤 秀 明 氏 は じ め 、 講 談 社 の 大 石 一 夫 、 大 畑 修 、 鈴 木 崇 之 、 矢 吹 俊 吉 各 氏 の 名 前 を 列 記 す る こ と ぞ 、 謝 意 の 言 葉 に か え た い 。 最 後 に な っ た が 、 新 書 と し て は 異 例 な 大 部 の 本 に ま と め あ げ て く れ た 講 談 社 現 代 新 書 出 版 部 の 川 治 豊 成 氏 の 努 力 に 感 謝 す る 。 二 〇 〇 七 年 十 月 一 日 佐 野 眞 一 405 あ と が き

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N. D ℃ .210 430P 18cm ISBN978-4-06-287911-8 講 談 社 現 代 新 書 1911 す う み つ い ん ち ょ う 枢 密 院 議 長 の 日 記 二 〇 〇 七 年 一 〇 月 二 〇 日 第 一 刷 発 行 さ の し ん い ち 著 者 佐 野 一 県 一 ◎ Shinichi sano ~ 007 発 行 者 野 間 佐 和 子 発 行 所 株 式 会 社 講 談 社 東 京 都 文 京 区 音 羽 二 丁 目 一 二 電 話 出 版 部 〇 三 ー 五 三 九 五 ー 三 五 二 一 販 売 部 〇 三 ー 五 三 九 五 ー 五 八 一 七 業 務 部 〇 三 ー 五 三 九 五 ー 三 六 一 五 装 幀 者 中 島 英 樹 印 刷 所 大 日 本 印 刷 株 式 会 社 製 本 所 株 式 会 社 大 進 堂 に 表 示 し て あ り ま す Printed inJapan 定 価 は カ バ ー 〈 日 本 複 写 権 セ ン タ ー 委 託 出 版 物 〉 本 書 の 無 断 複 写 ( コ ピ ー ) は 著 作 権 法 上 て の 例 外 を 除 き 、 禁 じ ら れ て い ま す 。 複 写 を 希 望 さ れ る 場 合 は 、 日 本 複 写 権 セ ン タ ー ( 〇 三 ー 三 四 〇 一 ー 二 三 八 二 ) に ご 連 絡 く だ さ い 落 丁 本 ・ 乱 丁 本 は 購 入 書 店 名 を 明 記 の う え 、 小 社 業 務 部 あ て に お 送 り く だ さ い 送 料 小 社 負 担 に て お 取 り 替 え い た し ま す 。 な お 、 こ の 本 に つ い て の お 問 い 合 わ せ は 、 現 代 新 書 出 版 部 あ て に お 願 し に つ き ー 二 一 郵 便 番 号 一 一 二 ー 八 〇 〇 一

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主 要 参 考 文 献 『 元 枢 密 院 議 長 倉 富 勇 三 郎 博 士 』 古 賀 益 城 編 ( 一 九 七 六 年 一 月 ・ 非 売 品 ) 『 牧 野 伸 顕 日 記 』 伊 藤 隆 ・ 広 瀬 順 晧 編 ( 一 九 九 〇 年 十 一 月 ・ 中 央 公 論 社 ) 『 原 敬 日 記 』 原 奎 一 郎 編 ( 二 〇 〇 〇 年 六 月 ・ 福 村 出 版 ) 『 政 党 政 治 と 天 皇 』 伊 藤 之 雄 ( 二 〇 〇 一 一 年 九 月 ・ 講 談 社 ) 『 青 年 君 主 昭 和 天 皇 と 元 老 西 園 寺 』 永 井 和 ( 二 〇 〇 三 年 七 月 ・ 京 都 大 学 学 術 出 版 会 ) 『 闘 う 皇 族 』 浅 見 雅 男 ( 二 〇 〇 五 年 十 月 ・ 角 川 選 書 ) 『 宮 中 某 重 大 事 件 』 大 野 芳 ( 一 九 九 三 年 六 月 ・ 講 談 社 ) 『 華 族 』 小 田 部 雄 次 ( 二 〇 〇 六 年 三 月 ・ 中 公 新 書 ) 『 ミ カ ド と 女 官 』 小 田 部 雄 次 ( 二 〇 〇 五 年 一 月 ・ 扶 桑 社 文 庫 ) 『 大 正 天 皇 』 原 武 史 ( 二 〇 〇 年 十 一 月 ・ 朝 日 選 書 ) 『 明 治 ・ 大 正 ・ 昭 和 華 族 事 件 録 』 千 田 稔 ( 二 〇 〇 五 年 十 一 月 ・ 新 潮 文 庫 ) 『 横 か ら 見 た 華 族 物 語 』 山 口 愛 川 ( 一 九 三 二 年 六 月 ・ 一 心 社 出 版 部 ) 『 動 乱 の 中 の 王 妃 』 李 方 子 ( 一 九 六 八 年 十 一 月 ・ 講 談 社 ) 『 三 代 の 天 皇 と 私 』 梨 本 伊 都 子 ( 一 九 七 五 年 十 一 月 ・ 講 談 社 ) 『 閔 妃 暗 殺 』 角 田 房 子 ( 一 九 九 三 年 七 月 ・ 新 潮 文 庫 ) 406

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「 講 談 社 現 代 新 書 」 の 刊 行 に あ た っ て 一 方 的 に 人 々 の 教 養 は 万 人 が 身 を も っ て 養 い 創 造 す べ き も の て あ っ て 、 一 部 の 専 門 家 の 占 有 物 と し て 、 た だ 手 も と に 配 布 さ れ 伝 達 さ れ う る も の て は あ り ま せ ん 。 し か し 、 不 幸 に し て わ が 国 の 現 状 て は 、 教 養 の 重 要 な 養 い と な る べ き 書 物 は 、 ほ と ん ど 講 壇 か ら の 天 下 り や 単 な る 解 説 に 終 始 し 、 知 識 技 術 を 真 剣 に 希 求 す る 青 少 年 ・ 学 生 ・ 一 般 民 衆 の 根 本 的 な 疑 間 や 興 味 は 、 け っ し て 十 分 に 答 え ら れ 、 解 き ほ ぐ さ れ 、 手 引 き さ れ る こ と が あ り ま せ ん 。 万 人 の 内 奥 か ら 発 し た 真 正 の 教 養 へ の 芽 ば え が 、 こ う し て 放 置 さ れ 、 む な し く 滅 び さ る 運 命 に ゆ だ ね ら れ て い る の て す 。 こ の こ と は 、 中 ・ 高 校 だ け て 教 育 を お わ る 人 々 の 成 長 を は ば ん て い る だ け て な く 、 大 学 に 進 ん だ り 、 イ ン テ リ と 目 さ れ た り す る 人 々 の 精 神 力 の 健 康 さ え も む し ば み 、 わ が 国 の 文 化 の 実 質 を ま こ と に 脆 弱 な も の に し て い ま す 。 単 な る 博 識 以 上 の 根 強 い 思 索 カ ・ 判 断 力 、 お よ び 確 か な 技 術 に さ さ え ら れ た 教 養 を 必 要 と す る 日 本 の 将 来 に と っ て 、 こ れ は 真 剣 に 憂 慮 さ れ な け れ ば な ら な い 事 態 て あ る と い わ な け れ ば な り ま せ ん 。 わ た し た ち の 「 講 談 社 現 代 新 書 」 は 、 こ の 事 態 の 克 服 を 意 図 し て 計 画 さ れ た も の て す 。 こ れ に よ っ て わ た し た ち は 、 講 壇 か ら の 天 下 り て も な く 、 単 な る 解 説 書 て も な い 、 も つ ば ら 万 人 の 魂 に 生 す る 初 発 的 か っ 根 本 的 な 問 題 を と ら え 、 掘 り 起 こ し 、 手 引 き し 、 し か も 最 新 の 知 識 へ の 展 望 を 万 人 に 確 立 さ せ る 書 物 を 、 新 し く 世 の 中 に 送 り 出 し た い と 念 願 し て い ま す 。 わ た し た ち は 、 創 業 以 来 民 衆 を 対 象 と す る 啓 蒙 の 仕 事 に 専 心 し て き た 講 談 社 に と っ て 、 こ れ こ そ も っ と も ふ さ わ し い 課 題 て あ り 、 伝 統 あ る 出 版 社 と し て の 義 務 て も あ る と 考 え て い る の て す 。 一 九 六 四 年 四 月 野 間 省 一

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け な か っ た だ ろ , フ 『 松 川 裁 判 』 や 『 年 月 の あ し お と 』 な ど ぞ 知 ら れ る 広 津 は 昔 か ら 尊 敬 す る 作 家 だ っ た し 、 『 現 代 史 資 料 』 を ま と め あ げ た 小 オ 二 人 が て き な か っ た こ と 尾 氏 も 敬 服 す る 編 集 者 だ っ こ 。 払 戦 す る だ け て も 、 意 味 あ る こ と だ と 思 っ た の て あ る 。 し か し 、 現 実 の 倉 富 日 記 を 目 の 前 に し て 、 途 方 に 暮 れ た ペ ン 書 き の 文 字 は 、 ま さ に ミ ミ ズ が の た く っ た よ う て 、 ほ と ん ど 判 読 不 能 だ っ た 。 こ れ を ひ と り て 読 み 解 く の は 、 到 底 不 可 能 て あ る 。 そ こ て 倉 富 日 記 に 興 味 を も っ て い そ う な 在 野 の 有 志 を 募 り 、 広 瀬 氏 の 指 導 を あ お ぎ な が ら 、 講 談 社 内 て 定 期 的 に 日 記 の 輪 読 会 を 開 く こ と に し た 。 二 〇 〇 〇 年 の こ と て あ る 。 そ し て 、 私 と 講 談 社 の 担 当 編 集 者 を 含 め て 集 ま っ た ス タ ッ フ 五 名 の 計 六 名 て 、 枢 密 院 議 長 を 務 め た 倉 富 の 輝 か し き 経 歴 に 敬 意 を 表 し て 、 〃 枢 密 会 み と 名 づ け た 秘 密 の 読 書 会 を 断 続 的 に 約 五 年 間 つ づ け ナ そ の 結 果 、 大 正 十 年 と 十 一 年 を 中 心 に し た 約 二 年 分 の 日 記 を 、 ど う に か 解 読 す る こ と が て き た 。 こ れ 以 外 の 期 間 は 、 大 正 十 二 年 の 虎 ノ 門 事 件 や 昭 和 七 年 の 五 ・ 一 五 事 件 な ど 重 要 な 事 件 前 後 の 日 記 を 読 み 込 む こ と に し た 。 そ の 後 の 検 証 作 業 を 含 め る と 、 倉 富 日 記 と は 約 0 七 年 間 つ き あ っ た こ と に な る 0 15 序 章 誰 も 読 み 通 せ な か っ た 日 記

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く に の み や な が こ 皇 太 子 裕 仁 と 久 邇 宮 良 子 ( 後 の 香 淳 皇 太 后 ) と の 婚 約 に 際 し て 〃 宮 中 某 重 大 事 件 〃 が 表 面 化 し た の も 、 大 正 か ら 昭 和 に 移 行 し よ う と す る こ の 谷 間 の 時 代 て あ る 。 の ぶ あ き 〃 宮 中 某 重 大 事 件 み の 内 幕 は 、 『 原 敬 日 記 』 や 『 牧 野 伸 顕 日 記 』 に も 詳 し く 書 か れ て い る が 、 そ の 間 の 宮 中 事 情 を 克 明 に 記 し た 倉 富 日 記 は 、 そ れ ら の 著 作 を 補 完 し て 余 り あ る 第 一 級 の 歴 史 的 資 料 と な っ て い る 。 ゆ き お か ず 近 年 、 伊 藤 之 雄 ( 京 都 大 学 大 学 院 法 学 研 究 科 教 授 ) や 、 永 井 和 ( 同 大 学 院 文 学 研 究 科 教 授 ) な ど 、 日 本 近 代 史 を 専 攻 す る 学 者 た ち の 間 て 倉 富 日 記 へ の 注 目 が に わ か に 高 ま っ て い る の も 、 そ の た め て あ る 。 伊 藤 の 『 政 党 政 治 と 天 皇 』 ( 「 日 本 の 歴 史 」 講 談 社 ・ 二 〇 〇 二 年 ) も 、 永 井 の 『 青 年 君 主 昭 和 天 皇 と 元 老 西 園 寺 』 ( 京 都 大 学 学 術 出 版 会 ・ 二 〇 〇 三 年 ) も 、 倉 富 日 記 な し に は 達 成 て き な か っ た 仕 事 て あ る 。 本 書 を 執 筆 す る に あ た っ て も 、 両 氏 の 研 究 を 参 考 に さ せ て い た だ い た 。 ム よ も と よ り 学 者 て は な い 。 学 / カ ′ 不 ) ー 一 介 の 物 書 き に 過 ぎ な い そ の 立 場 か ら 言 わ せ て も た だ た だ こ の 長 い 日 記 を ひ た す ら 読 ら え ば 、 そ し て 彼 ら の よ う に 格 別 の 目 的 意 識 も な く 、 み 込 ん だ 者 の 立 場 か ら 言 わ せ て も ら え ば 、 倉 富 日 記 の 記 述 は 、 重 複 が き わ め て 多 い せ い も あ っ て 、 死 ぬ ほ ど 退 屈 て あ る 。 た だ し 、 油 断 て き な い の は 、 お そ ろ し く 冗 長 な 日 記 の な か に 、 歴 史 観 を 覆 す よ う な 貴 重 17 序 章 誰 も 読 み 通 せ な か っ た 日 記

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を 招 き た る に 、 両 人 往 訪 し た る 処 、 柳 原 よ り 、 『 宮 内 大 臣 は 自 分 を 買 収 す る 積 り に て 実 に 不 都 合 な り 。 自 分 は 後 藤 新 平 、 波 多 野 敬 直 、 及 び 叔 母 〔 二 位 局 〕 に 宮 内 省 が 自 分 い ず を 圧 迫 し て 貴 族 院 議 員 を 辞 せ し む る こ と を 話 し た る 処 、 孰 れ も 其 不 都 合 な る こ と を 明 言 せ り 。 就 て は 宮 内 大 臣 、 次 官 、 及 宗 秩 寮 総 裁 は 是 非 と も 辞 職 せ し め ざ る べ か ら ず 』 と 云 ひ た る 由 。 ( 中 略 ) 又 二 位 局 は 柳 原 が 余 り 不 条 理 な る こ と を 話 し た る 故 、 心 配 し て 入 江 を 召 び 寄 せ 、 柳 原 の 不 心 得 な る こ と を 話 し た る 趣 な り 」 〉 関 屋 は 柳 原 義 光 の 煮 え 切 ら な い 態 度 に よ ほ ど 怒 り 心 頭 だ っ た の だ ろ う 。 関 屋 が 倉 富 に 語 っ た と こ ろ に よ れ ば 、 義 光 は 政 界 の 大 物 の 後 藤 新 平 や 元 宮 内 大 臣 の 波 多 野 敬 直 、 一 一 位 局 ま て 自 分 の 味 方 だ と 言 い 立 て て 、 現 在 の 宮 内 省 幹 部 の 方 こ そ 全 員 辞 職 し な け れ ば な ら な い と 、 嘯 い た と い , フ 。 も し こ れ が 本 当 な ら ば 、 義 光 の ロ Ⅲ 性 は そ も そ も か ら し て 卑 し い 関 屋 談 話 の 中 に 出 て く る 和 田 豊 治 は 、 白 蓮 問 題 の 収 拾 に あ た っ た 財 界 の 大 立 者 て あ る 。 和 田 は こ の 問 題 の 二 番 目 の テ ー マ に あ げ た 白 蓮 の 懐 妊 問 題 て も 奔 走 し た 。 大 正 十 一 年 一 月 二 十 日 の 日 記 に は 、 「 燁 子 の 妊 娠 は 事 実 な る が 如 し 。 此 事 に 付 て は 、 和 田 豊 治 が 伊 藤 伝 右 衛 門 を し て 其 子 な る こ と を 認 め し む る 様 交 渉 す る こ と を 引 受 け 居 る 旨 を 談 ず 」 と い う 、 燁 子 の 義 兄 に あ た る 入 江 為 守 の 談 話 が 書 き と め ら れ て い る 。 よ う そ ぶ 224

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摘 し た 。 倉 富 は 最 後 に 、 「 要 す る に さ ま ざ ま な 疑 問 が あ り ま す が 、 先 日 の 意 見 書 は 誰 に も 語 ら ず 、 誰 の 意 見 も 聞 か ず に ま と め た も の て す 」 と 苦 労 の 一 端 を 語 っ て い る 。 牧 野 も 「 重 大 な こ と な の て 、 物 議 を 醸 す よ う な こ と が あ っ て は 申 し 訳 が 立 た な い 。 万 遺 感 な き を 期 し た い 。 そ れ な の に 他 人 に 相 談 て き な い の は 困 っ た こ と だ 」 と 答 え た 。 倉 富 は 「 さ ら に 熟 考 し て み ま し ょ - フ 」 と 一 一 一 口 っ て 、 こ の 日 の 会 談 は 終 わ っ た 。 大 正 十 年 十 一 月 九 日 の 倉 富 日 記 に は 、 こ ん な 記 述 も あ る 。 〈 午 後 五 時 前 、 修 正 し た る 秘 密 書 類 〔 摂 政 を 置 か る る こ と に 関 す る も の 〕 を 牧 野 伸 顕 に 交 す 。 予 、 此 時 、 秘 事 の 漏 れ 易 き こ と を 談 ず 〔 本 月 一 一 十 五 日 午 前 と 午 後 と に 重 大 な る 事 件 の 会 議 あ る 趣 、 新 聞 に 掲 載 し 居 る こ と を 指 す 〕 。 牧 野 よ り 侍 従 武 官 長 及 侍 従 長 な お よ り 提 出 し た る 御 容 体 に 関 す る 報 告 書 、 文 字 修 り 居 ら す 、 修 正 す る 方 宜 し か る べ き 旨 を 談 ず 〉 ふ く れ あ か る 御 所 建 設 費 倉 富 日 記 に は こ れ 以 降 、 「 摂 政 を 置 か る る こ と に 関 す る 秘 密 書 類 を 作 る 」 「 秘 密 書 類 を 浄 書 す 」 と い っ た 文 言 が 多 出 す る 。 ま た 「 宮 中 北 韶 の 間 て 秘 密 会 」 と い っ た 用 語 も 目 立 つ よ う に な る 。 こ れ は 牧 野 構 想 の 二 207 第 四 章 柳 原 白 蓮 騒 動