鎌谷 - みる会図書館


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1. 小説トリッパー 2014年冬季号

てきているらしい 「わかった。いいだろう」大河内はうなずく。それから、「鎌谷 「通行中の車のフロントグラスを突き破っている、そうだ。も選手、きてくれ」と鎌谷を呼び戻す。 鎌谷は呼ばれるまでもなく社内電話を切るのももどかしそう しもし、崎本さん、救急車、取り急ぎ、呼んでください。人命 に飛んできた。 優先です。はい、はい、お願いします。鎌谷選手を向かわせま 「単なる事故にしても大事になっている」と大河内は鎌谷に手 すんで、よろしく。すぐまた、かけてください、はい、はい。 短に説明する。「真嶋くんの捫んだ、例の、無差別同族殺戮とい ではいったん切りますー ( ししか、もし関連があるとすれば、こい うやっと関係なけれよ、 「落下した人が車に当たったんですか。その、投げ落とされた つは大事件だ」 とい、つ人が ? ・」 「大スク 1 プですーと真嶋。 「そうだろう。車は歩道に乗り上げてクラッシュしているらし 直接真嶋のその言葉に応することなく、大河内が言う。 おおごと 「崎本さんがいい絵を撮ってくれてるといいんだがな」 「大事じゃないですか」 「特区内での事件事故は滅多に起こらない。こんな事故はめず「記者時代には社長賞を何度か取った敏腕ですよ、局長は。い や前局長は」と鎌谷。「そこはぬかりないでしよう」 らしい。まさに大事、大事件だ」 「そうだな」 「自分も行かせてください、お願いします 「血が騒いでるに決まってる。じゃあ、庶務でもらって、 大河内デスクは大部屋を見やり、それから真嶋に目を戻した。 その足で向かいます」 どうしようかと迷っているのだろう。 「真嶋選手を連れていってくれ。文化部代表だ」 「デスク、呉とわたしは実際に会ってます。彼が被害者であれ、 「了解です」と鎌谷。「うちのデスクにも言っておきます 落とした人間であれ、全然関係ないのだとしても、わたしなら 鎌谷はすんなり大河内の言葉に従う。 確認できます」 「例の〈地球の意思〉に詳しい人間を呼んでくれるかーと大河 「こちら本部でも」と大河内。この大部屋のことを〃本部″と いうのも大河内の言い方だ。「〈地球の意思〉とこの件との関連内。「編集会議に必要だ」 「新人がいいな」と鎌谷。「お 1 い、立花、ちょっとこい。しし を知る人間が必要だろう。とくに、いま起きているヤマはきみ から、突発だ、早くこい が取ってきたやつだぞ」 トッパッという言い方は突発対応ともいう。報道部門での符 ヤマを取ってきたーものすごく嬉しい言葉だが喜んでいる 丁、隠語だ。真嶋にはあまりなじみがなくて、ちょっとした疎 余裕はなかった。 外感を味わう。 「だからこそ、わたしに現地に行かせてください、デスク」 神林長平 122

2. 小説トリッパー 2014年冬季号

品良く〃くん″付け』なのだそうだ。もっともらしい答えだっ に違いないです」 たが真嶋は納得できないでいる。 「ローダーって 大河内デスクは右手をちょっと挙げて鎌谷を制し、真嶋に訊 それは自分が文化部なんて新聞の仕事じゃないと感じている からだろうなどと思い始めるといろいろな面で自分が情けなく 「使用するのはやめろときみは言ったのか なるので、この呼び方の違いについては考えないようにするし 「はい、デスク」 かない。前のデスクは部下ら全員呼び捨てで、真嶋にはそのほ うがすがすがしかった。 「きみの介護業界をめぐるネタだが、その取材できみはなにか ロ 1 ダ 1 に関する危険性といったものを擱んだのか ? 」 「真嶋くん」と、いま頭にあった呼ばれ方をされて心を読まれ 「自分なりに取材は粘り強く続けてました」と真嶋はここが肝た気分になる。「ツクダジマ・ゲ 1 トアイランドには特区特派員 腎と強調してから言う。「どうも介護業界のローダーだけでなく、 かいるので、大きな事故があれば一報をよこすだろう。いまの ところなしカ 機動隊や軍が使ってるやつも危ないようなんですが、事がでか : 、、ばくから訊いてみよう。鎌谷選手は、ちょっと すぎて裏が取れない。、 カセかもしれないんですが、どうしても真嶋くんの話を黙って聞いてやって。そちらにも繋がってる話 気になったので呉に注意を促したところ、そのあと向こうから かもしれないし。関係ないかもしれないが、そこは事件記者の 電話をかけてきてこういう事態になった。これはデスクに報告勘というやつで判断、評価をお願い したほうがいいだろうと判断しました」 「わかりました」と鎌谷。 「なにを擱んだんだ」と言ったのは立っている鎌谷のほうだ。 真嶋は社会部に手柄を持って行かれる気分になるが、それは この件に横取りされるほどの価値があれば、の話だ。それでも、 「急いては事をなんとやらだ、鎌谷選手」 とにかくデスクの興味を惹くことには成功したようだ。 と大河内がまた鎌谷の割り込みを止める。 「特派員ですか」と真嶋は言う。「文化部が特区にそんな人間を このデスク、大河内は記者たちのことを〃選手〃付けで呼ん送り込んでいるなんて、自分は知らなかったです だ。真嶋が入社してデスクは二代目だったが、先代はそんな呼 鎌谷をちらりと見やったが黙っている。これは鎌谷も知らな び方はしなかった。 いのだと真嶋にはわかった。デスクに黙って聞いていろといま もっとも大河内にしてもそれは社会部の記者に対してだけで、 言われていたが、それでも知っていればなにかしら真嶋にわか 真嶋は〃くんんだった。真嶋にはどうしても社会部のほうが重る態度でそれを誇示したに違いなかった。 さき、もと んじられているとしか思えないのだが、以前さりげなくそう言 大河内デスクはにやりと笑って、「崎本前編集局長だよ」と言 うと、『文化部こそ品格を重んじなくてはならんだろう、だから う。「いまや退職されて悠悠自適だ。ばけ防止になにかできるこ 「詳しく聞かせてくれ 神林長平 110

3. 小説トリッパー 2014年冬季号

鎌谷も一応聞いておこうというのだろう、去ろうとする動き 悪くなって回線接続が維持できなくなれば、原因が何であれ、 はい」 を止める。こういうところが社会部の、とくに事件を扱う班を 「でかまら、か」とデスクは息をつく。「真嶋くんを足がかりに率いるキャップの、職業意識というやつだろうと真嶋は思う。 して、われわれにガセをませようとしている、そう考えられ 「このメモだけでは鎌谷選手の言うように話にならんよ」 真嶋はそれに応える。 なくもない。が、それにしてはネタが突拍子もなさすぎる。も う少しリアルなネタを振ってきそうなものだ。政治腐敗ネタな 「〈地球の意思〉だと思います。いや、〈黒い絨毯〉のほうかな。 んてのがいちばん餌としてはおいしいだろうに、なんだろうな、 その二つの名称が使われていました。書き込み主が〈地球の意 この、『無差別同族殺戮を開始する』ってのは。なにか劇映画の思〉で、サイト名が〈黒い絨毯〉だったような気がします。サ 1 ではないようで シナリオか ? 」 イトがあるのは常時立ち上がっているサ 1 「でかまらは偽名で」と鎌谷。「まだからかわれている真っ最中っすー てことだろう。真嶋よ、その闇サイトとやらを見てみようじゃ ほとんどあきらめの境地で真嶋はそう言った。が、予想外の ないか」 反応が返ってきて驚いた。文化部のデスクと社会部のキャップ 「それが : ・ と真嶋は、こんどこそ、困った立場にいること が顔を見合わせたのだ。はっと息をのむ気配とともに。 を自覚する。「どうやってそこにアクセスしたか、覚えてないん 「もしかして」と、とっさに真嶋は訊いている。「このサイトは です。偶然行き着いた感じで。簡単に再現できるとは思えない , うちの社の裏サイトとかじゃないですよね。社内のサ 1 「おまえさん」と案の定、鎌谷は怒る気力も失せたというあき掲載されているとか ? 」 「なにを馬鹿なことを。と鎌谷は言いつつ、真嶋のほうは見て れ顔で言った。「そんなことでよく、このくそ忙しいおれと話が できたものだな。大河内さん、勘弁してくださいよ。おれは原 いない。「これはどういうことですかね、大河内さん」 稿の再チェックがありますんで、これでー」 「それは」と真嶋。「ばくのほうが訊きたいのですが。なんなん 再チェックなどという言い方は聞いたことがない、そんな作ですか、〈地球の意思〉って ? 業はあえて言うまでもないだろう、何度も何度も無意識にやっ 「実在する人物がいたんですね」と鎌谷は真嶋を無視して言っ ていることだ。こちらへのあてつけだと真嶋にもわかる。 た。「〈黒い絨毯〉って、話したでしよう、うちの新人が見た、 鎌谷はその場を離れようとする。大河内はそれにはかまわず、危なげなサイトですよ。ガセネタを羅列しているとしか思えな 真嶋に言った。 かったが、この呉という男は実際にこの世にいるんですねー 「真嶋くん、その闇サイトの主催者とか、だれが書いているの 「名前が大麻良とはまた」と大河内も鎌谷に応じた。「これだけ かなんていうのも、わからんのだろうね ? 」 見たら、とても実在するとは思えないが」 神林長平Ⅱ 4

4. 小説トリッパー 2014年冬季号

「〈地球の意思〉というやつも実在するかもしれないってことに 席に戻る鎌谷を追って聞き出すしかない。嫌い、などとは言っ なると、どう思えばいいんですかね、これは」 てられない。なにがなんだかわからないまま放り出されるのは それはこちらのセリフだと真嶋は苛立つ。 ごめんだった。 「ちょっと待ってくださいよ、なんの話ですか . 「待ってください、鎌谷さん , 「しかし、真嶋くんが見たというこの内容は」と真嶋を無視し 真嶋が追いすがるように声をかけると相手は立ち止まって、 て、大河内。 応じた。 「かなりャパイですね」と鎌谷も真嶋を見ない。「本当だとすれ 「おまえさんも〈地球の意思〉というやつの正体が気になるだ ば、ですが」 ろうが」と鎌谷は言った。「あまり深入りしないほうがいいかも 「本当だという可能性は否定できないだろう」 しれない。いや、おまえさんを思っての忠告だよ 「うちのデスクを焚きつけて遊軍集めようかな」 「どういうことなんですか」 「いや」と大河内は首を横に振る。「まだこれだけではなんとも。 立ち話だ。じっくりと相手をする気はないと鎌谷は態度で示 いまのところはわれわれだけの話ということにしておいたほう している。真嶋にはその意思が読み取れたが、わからないまま が、きみのためにもいいよ」 ではこちらの気持ちが収まらない 「わかりました」 「進化情報戦略研というのは知っているか」 「デスク」と真嶋はほとんど叫んでいる。「キャップ 「いいえ」 「うるさいよ」と鎌谷。 なんですかそれ、などと言えばもう相手にしてもらえないだ 「すまんすまん、真嶋くん」と大河内。「ということでここだけ ろう、黙って聞く。 の話にしておこう、鎌谷選手ー 「国家安全戦略会議の下に創られた研究組織だ。実体はよく知 「了解です。 られていない。で国家安全戦略会議というのは、いま日本はど 「手が空いたときにでも真嶋くんにレクチャ 1 してあげて。ネ う動くのがいいのかという意思を決定する長老会のようなもの タの独り占めは駄目だからね」 だな。経済や税制問題から軍事問題やらなんやら、おまえさん 「はい、 大河内さん」 の専門の福祉はどうしていくのかいいのかとか、そういう意思 「さあて、きようもサクサク片付けるよ、よろしくお願い、と」決定を行う場だ。政府の司令塔とかいわれてる、あれだよ」 さきほど、よろしく云云は『もうこれで会話はおしまい』の 「よい、よ、 合図だ、というようなことを大河内デスクは言っていたから、 それは長老会という言葉から連想されるイメ 1 ジとは違うだ これ以上ここに張り付いていても無駄だと真嶋にもわかる ろ、つと真嶋は思うか、ロは挟まない Ⅱ 5 オーバーロードの街

5. 小説トリッパー 2014年冬季号

会部の鎌谷です」 らに関心を寄せているのだ。このチャンス逃してはならない ほら応答がないだろうと真嶋が言うより早く、鎌谷はスマホ し、ましてや自分で潰すような下手な応答もってのほかだ。 を返してきた。 「はい」 「切れてるじゃないか」 真嶋はまず返事をして、それから大きく、なずき、そうやっ 「そんなはずは て少し時間を稼ぎつつ素早く頭を回転させ慎重に応答する。 切れているとしたら、切られたのだ。こいっ勝手に切ったな、 「この前に彼からかかってきたとき、ロー ーの使用はやめろ と頭に血が上る。真嶋は憤りをそれでもこらえて、スマホの音 と言ったからだと思われます。呉 声を聞くが、鎌谷の言うとおりだ。無音。 いけない、気をつけていたのについ名前で言いそうになっ 「なにをするんですか」と真嶋は抗議する。 た。姓は呉、名は大麻良。でかまら、はまいし 、や、本名だ 「なにつて、なんの話だ」と鎌谷。 から真実を言うことになんら問題はないのが、相手の心象を 大河内が声をかけてこなければ真嶋は鎌谷につかみかかって思えば、ここは少しでもふざけた感じを持たれてはならない。 いたかもしれない。 名付けられた当人にはなんの責任もないのにと真嶋は、呉自身 「ツクダジマ特区からというのは間違いないのかい」 の自分の名への複雑な気持ちを初めて思いやる気になった。 「はい、デスク」真嶋は深呼吸をして大河内に答える。「午後早「呉は」と真嶋はもう一度言い直し、続けた。「それが彼の名で くかかってきたときは特区で仕事をしているとのことでした。 すが、ローダーを使用して仕事をしていて、その不具合に巻き おそらくいまもそこだと思われます 込まれた可能性があります。わたしが、そのタイプのロ 1 ダ 1 「そことは、特区のどこかから助けを求める電話をかけてきた は使うなと電話で言ったので、不具合の対応策をわたしが知っ とい、つのか ている、教えてもらおう、わたしなら助けられる、そう思った 「はい」 主な登場人物 「事件事故なら警察か消防だろう。なせきみにかけてきたのか 真嶋兼利 : : : 新聞社生活文化部の記者 心当たりはあるのか」 呉大麻良 : : : 老人介護施設の元職員。退職金代わりに施設のパワー ロ 1 ダ 1 を持ち出し、フリ 1 の訪問介護を開業する。入所者を虐 大河内デスクの口調は先ほどよりも少し緊張したものに変わっ 待していた疑いをもたれ、間嶋の取材を受ける ている。 竹村・ : ・ : ックダジマ・ゲートアイランドの超高層マンションに住 ここは軽軽しく返答してはならないところだと真嶋は自分に む上流階級の女。呉に父親の介護を依頼する。呉の持っパワ 1 ロ 1 言い聞かせる。隣に立っている鎌谷への私憤じみた感情は忘れ、 ダ 1 を装着し、彼に襲いかかる デスクとのやり取りに集中しなくてはならない。デスクはこち 109 オーパーロードの街

6. 小説トリッパー 2014年冬季号

とがないかと言ってこられたので、ちょ、つどいいから、ばくか だった。ゲ 1 トアイランドの内と外とで景色が違っているわけ ら頼んだんだ。ボランティアだよ。無報酬で引き受けてくださっ でもない。あれで見るからに豪華な街というのならいいんだが、 そうじゃないんだな」 ま、、つまくあしらったとい、つところだろ、つなと真嶋は思、つ。 「でもおれたちには無理だ」と鎌谷。「居住権は絶対手に入れら 退職してなお口を出してくる元上司など老害もいいところだ。 れない。あ、大河内さんは、おれたち、には入ってません」 大河内デスクはその地位のわりに若いが、なるほどこういうと 大河内デスクは苦笑いをしたようだ。この表情は苦笑だろう ころでやり手なのだなと、少し見直す。 と真嶋は思う。鎌谷の気遣いに対しての。 「崎本局長、いや前局長が、ツクダジマ特区に行かれたのは退 「あの特区の異様さは外観ではなく、住んでいる人間の種類が 職後でしよう」と鎌谷が言う。「さすが崎本さんだ。人脈を生か富を生み出す能力に長けている者に特化されていることだ」と してのことだろうな。さぞかしおれたちに自慢したいにちがい 大河内は自分のスマホを取り出し、その特派員に電話をかけて みると断ってから、「わたしにはそういう能力はないんで、だい ゲ 1 トの向こうの特区で暮らす資格を得るには資金だけでな じようぶだ」と言う。 くコネも必要だ。よく居住権が手に入ったなと真嶋も思う。居 「だいじようぶって、デスクはうらやましくないんですか」 住には一定の資格条件を満たした上で権利を取得する必要があ 真嶋はそう訊いている。自分はうらやましくもあり、反感を る。その権利も売買されていると聞く。 覚えているようでもあり、よくわからない。実は特区のことは 敏腕政治記者出身だったという崎本前局長がどうやってそのよく知らないのだ。 権利を手にしたのか知らないが記者魂を売り渡した見返りか 「住んでいる人間にバリエ 1 ションがあったほうが面白い。あ などと、どうしても揶揄したくなるのは我ながら悪い性格だとそこは」と言いかけてやめ、大河内デスクは繋がった電話の相 真嶋は自省する。これも社会部に対する劣等意識から出ている手をし始める。「どうも、大河内です、お変わりありませんか」 のだろう。鎌谷のほうは前局長から自慢されることを厭わない 相手はデスクの口調で遊びの誘いではないとすぐに悟ったよ ロぶりだった。 うだった。 「鎌谷選手は」と大河内デスクが言う。「崎本邸に招かれたこと 「はい、 そのとおりです、取材関連でお願いがありまして」 はないのかな ? 「はい、はい。実は文化部で介護関連に関心のある記者がおり 「デスクは ? ーと鎌谷。 まして。そちらのゲートアイランドに出張介護の仕事で向かっ 「ゴルフを一緒にするので送り迎えをしたことはある。見た目 た取材対象者が、ついさきほど、その記者に『たすけてくれ』 は普通のマンションだよ。ゲートの存在だけが非日常的な感じ という電話をかけてきたまま連絡が取れなくなったそうで 1 Ⅱオーバーロードの街

7. 小説トリッパー 2014年冬季号

うそいつはロ 1 ダ 1 とそれを操る人間を操作して人間同士の殺「わからん。詳しいことは、まだ全然。いまだ、たったいま、 戮を目論んでいる、という解釈が出てくるだろう。 偶然、目撃したそうだ」 これはたしかに大河内デスクが言うとおり、『いまのところわ 「動画、崎本さんは撮れますよね . と鎌谷が言う。「スマホで撮 れわれだけの話』にしておくのが無難だ。 らせましようよ」 もう一度〈黒い絨毯〉にアクセスできれば、なにか、より現 「いま現場に向かってるところだ。まだどこにも知らせていな 実的な情報が得られるかもしれない。、どうせいまやっても出て こないだろうがと真嶋は思うが、そうだではなく私物のタ 「、出してもらいましよう」と鎌谷。「社で申請できるでしょ プレットで検索したらどうだろうかと思いつく。 異なる検索エンジンを使えば検索結果も変わってくるはすだ 「鎌谷選手、そちらの部長を介して手続きしてきて。こちらは しと、私物のそれをケ 1 スから出そうとしたときだった、自分当番編集長に緊急の編集会議を開いてもらうから。ここはばく を呼ぶ声が遠くから聞こえた。 が仕切らせてもらう」 「真嶋選手、きてくれ . 「了解です」 選手付けで呼ばれたのは初めてだ。一瞬、自分のことではな 「呉と関係ありそうなんですか」と真嶋。「飛び降り自殺ではな いだろうと無視しようとしたが、身体の方が先に反応して振り いんですか」 返っている。大河内デスクの声だ。立ち上がって手振りでもこっ 「べランダの縁から落ちたのではない。突き落とされたのでも ちにこいと伝えている。 なく、空中に向かって放り投げられたのだそうだ。それも、ソ 「はい ファごと、らしい 見れば鎌谷もいる。大河内のもとに急ぐ。 鎌谷は自分の席に戻って社内電話を使っている。自分の分の 「崎本特派員からだ」 申請もしてほしいと真嶋は願いつつ、デスクに言う。 大河内は緊張していた。ゴルフの相談ではないだろう。緊張「ソファごとって、ソフアに腰を下ろしている人間を、座って というより、興奮しているのだと真嶋は思い直す。 るそのまま、放り出したということですか 「向かいのマンションのべランダから、人が投げ落とされたそ 「パワ 1 ロ 1 ダ 1 を使わなくてはそんなことはできん」 うだ」 「でしようね 「呉ですかー 「ーなんてこった」 と、とっさに真嶋は訊く。呉が落とされたのかという心配と 「どうしました」 同時に、呉がやったのかという、両方の思いが交錯した。 デスクはスマホを耳にしている。実況で崎本から報告が入っ 121 オーパーロードの街

8. 小説トリッパー 2014年冬季号

「それはですね、闇サイトとでもいうのか」 マジだと思います」 しんびようせい と真嶋は説明を始めるが、話し始めると自分でも、信憑性に 「からかった相手に、たすけてくれとは普通電話してこないだ 欠ける与太話に思えてくる。だがどういう順で説明しようと、 ろう」と大河内はちょっと考えてから、そう言った。「ローダ 1 例のいかにも怪しいサイトの件に触れれば同じことだし、触れ云云は別にしても、なにか事故に遭ったのかもしれんな。通話 ずに説明をすることはできない。無理にそうするならでっち上が切れたのはなぜだろう。自動で切れることがあるのかな ? げになってしま、つだろ、つ。 「おれじゃないです、切ってません」と鎌谷は首を横に振った。 「そこに不穏な書き込みがありまして。そうだ、取材メモを持っ 言い訳ではなさそうだった。「切れてました。ー通話記録を見 てきます」、 れば通話時間や切れた時刻もわかるだろう。真嶋、見て確認し ろよ 大急ぎで、メモしたノ 1 トを手に戻り、これですとその頁を 見せる。 言われたように自分のスマホを見てみる。 「きったねえ字だな」と鎌谷。 「いっ鎌谷さんに渡しましたつけ 画面に出ていた書き込みを忘れないために走り書きしたので 「さすがにそれは記録されてないだろうな。それをいいことに、 読みにくいのは間違いない。〈黒い絨毯〉や〈地球の意思〉といっ おれが切ったというのか ? 」 た情報は覚えているので書くまでもなかった。手書きはいろい 「いや、そうじゃなくて。すみません、たぶん渡した時刻には ろ面倒なのでなるべく避けたいのというのが真嶋の本音だ。 切れてた。ちょうど、そのとき切れたというか、時間的にそん 「なるほど」と大河内。「こいつはたしかに不穏な内容だな。こ な感じです」 の呉というのが、〈たすけてくれ〉男かい」 いま午後四時五七分だ。呉大麻良からかかってきたのは四時 「そうです , 三一分。通話時間は十三分四十七秒と記録されている。その最 「この名前なんて読むんだ。おおあさよし ? ーと鎌谷。 初の一声が『たすけてくれ』で、あとは無言。 大麻良の読みのことを言っているのだ。答えないわけにはい 「向こうから切れたということか」と大河内デスク。「危険が去っ かない。 たのならかけ直してくるだろう。これがいたすらでなければ、 「でかまら、です。何度も確認しました。ちなみに運転免許証だ。真嶋くんはどう思う。かけ直してくると、そう思うかい ? 」 にはふりがなは振られてませんが、氏名の表記はそれに間違い 「はい、もちろんです」 ありません」 「では本人が切ったのではなく、だれかに切られたのか。ある 「おまえさん、からかわれたんじゃないのか」 いは電池がなくなったとか、壊れたとかでも、切れるのかな」 「本人もこれで苦労したようなことを電話で言ってましたから、 「切れると思いますーと鎌谷は力強くうなずいた。「電波状況が Ⅱ 3 オーバーロードの街

9. 小説トリッパー 2014年冬季号

それにその進化情報戦略研とかいうそれが国家安全戦略会議よ。おまえさんが考えてる文化とは違うんだ」 真嶋は素直に受け止める。たしかに自分は政治方面について の下の組織だというのなら、それも適宜招集される会議なのだ は鎌谷ほどの実務的な知識はなかったから。 ろうから固定された研究所のような建物があるわけでもなかろ すみません」 「はい、 う。実体が知られていないというのは当然ではないか。いわゆ 「たとえば文科省には、義務教育中の子どもたちにネット環境 る実体というのはないのだ。たしか国家安全戦略局というのは に強くなるよう考えさせるとか、情報軍にはカウンタ 1 攻撃法 あるはずだが、それは事務を処理するところであって会議の主 を研究させるとか、政府主導でやらせる、コントロ 1 ルする、 が所属するところではないだろう。 真嶋にとって言いたいことはいろいろ出てくるが、黙って話というのが戦略会議の目的なわけで、進化情報戦略研もそうい を聞く。 ういわば提言機関だろうと思われたんだが、どうも、実際に具 「で、その進化情報戦略研での調査資料というのが漏れたんだ体的な研究もしているらしいー 「わかってないんですか」 よ。漏れたものらしい、という謎の文書というほうがいいかな。 「機密機関のひとつではないかとおれたちは目をつけている」 その中に〈地球の意思〉というのが出てきた」 「それはーすごいですね . 「だれなんですか ? ー そんなサイバ 1 部門の秘密機関があるというのはすごい、と 「人工人格、だそうだ」 真嶋は言ったのだが、そのようなネタを擱んだ社会部の鎌谷事 「なんですか、それ」 件班がすごい、と鎌谷は受け取った。もちろん真嶋には好都合 「それを話し始めると長くなるんでー .. 一 な誤解なので、「それほどでも」と言う鎌谷に、「さすがです 「そこをなんとか、お願いします。この埋め合わせは必ずしま と応じた。 すので、教えてください」 「それで、その人工人格というのは、その研究所が作ったやっ 「まずは進化情報戦略研とはなにか、だが、情報技術の進歩や その世界的な環境の変化が日本という国家にどう影響を与える 「たぶん、そうじゃない。そもそも人工人格というのがおれに のかを調査し、戦略的な対応策を打ち出していくところ、とさ はイメージがわかないので、それで技術方面に明るい、ゴルフ れている。サイバ 1 テロに強い国家を作っていこう、なんての 仲間でもある、大河内さんにかくかくしかじかのネタがあるが、 がそれだよ」 人工人格とかいうのはなんだろうと相談したんだ」 「そんなのは子どもにもわかることじゃないですか」 「ああ、それでうちのデスクも、なるほど。で ? 」 と、つい口を出してしまう。 「その人工人格がなんなのか早い話、謎のままなんだが、でも 「馬鹿でもわかることでも、政治を動かすとなると大変なんだ 神林長平 116

10. 小説トリッパー 2014年冬季号

自分の考えは脈絡なく空回りをし始めていると真嶋は意識す 理がある。進化情報戦略研とか人工人格とかいう初めて聞く言 るが、いや、脈絡がないのではなく、人工人格やら機械意識と 葉により、普段の感覚が麻痺してしまったかのようだ。 いった非日常的な要素を否定しようとしているから何度も同じ 落ち着いてみれば、機械が意識を持って云云は都市伝説レベ ルのように思える。鎌谷ゃいまだ新人と呼ばれているらしい立ところを行ったり来たりするだけで思考が前に進まないのだと 花ら社会部の連中は、なにを根拠にこんなトンデモ説を信じて気づく。 いるのだろう。 ロ 1 ダーが危険だと自分が感じたのがなぜなのか、なぜ呉に 、と真嶋は考える。もし、ロ 1 ダーが自律して殺戮を開使うなと言ったのか。それは人工人格云云を鎌谷から知らされ る前に、すでに自分はロ 1 ダ 1 が勝手に動く危険というものを、 始するという状態が法螺話ではなく実際にありだとする世界な この〔呉大麻良は、 PLD3141 による無差別同族殺戮を開 ら、この〈地球の意思〉が書き込んだ文章は、呉とこのローダ 1 始する〕という文から感じ取っていたからだろう。おそらく無 が共同で同族を殺害し始める、という意味合いになるだろう。 むしろロ 1 ダ 1 のほうが主体なのだとも考えられる。そこまで意識のうちに、この文を書き込んだ主体はヒトではないと自分 は感じ取ったのだ。 考えるなら、このローダーをコントロ 1 ルできなくなった呉の 呉が同族を殺戮する、という書き方は、ほとんど神の視点だ ほうが危うくなる、自分のロ 1 ダ 1 に殺されるという解釈まで は、ほんのあと一歩でしかない 人を殺そうとしている主体はローダーではなく呉のほうかもし 呉がクビになったあの介護施設には入居者への虐待疑惑があれないが、神というような上位の視点からは主体がどちらであっ る。虐待が事実で、かっ呉大麻良自身がやったことだと仮定すてもかまわないのであって、とにかくヒトがヒトの殺戮を開始 るならば、虐待から殺戮へとエスカレ 1 トする例はめずらしくする、という点にこそ重きがあるのだ。 とにもかくにも、この予言的な危険を回避するには、つまり ないわけで、そうなるとこの文言の、〔呉大麻良はー無差別同 この内容を実現しないようにするには、その両者、ロ 1 ダーと 族殺戮を開始する〕というのは、ありそうなことだと思える。 今回自分は『〇〇施設で虐待が行われている、それをやって呉とを切り離さなくてはならない。だから自分は、そのロ 1 ダ 1 は使うなと呉に言ったのだ。 いるのは呉という職員だ』という〈地球の意思〉の書き込みを 鎌谷らは、どうか。社会部では、これを予言したのは〈地球 〈黒い絨毯〉で見たことから、そういう事実が実際にあるのかど うか確認しようと思い立って取材を開始したのだ。社会部事件の意思〉という〈人工的に作られた実存〉かもしれないと言う。 その正体については〈進化情報戦略研〉なる秘密機関は知って 班のほうでも似たような動機から調査取材はやったが空振りだっ いるようだと、そこまでの情報を擱んでいるわけだ。 たといま鎌谷から聞かされたが、そっちはロ 1 ダ 1 の存在を意 自分の想いと社会部の情報を総合すれば、〈地球の意思〉とい 識した調査をしていないからではないか。 神林長平 120