顔 - みる会図書館


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1. リング

いて自分の手をひっこめた。感触があったからだ。ぬるっとした羊水、あるいは血、そし て小さな肉の重み。浅川は放り出すようにして両手を広げ、手の平を顔に近づけた。匂い が残っている。薄い血の匂い、母胎から流れ出したものか、それとも : : : 。濡れた肌ざわ りもあった。しかし、実際に手が濡れているわけではない。浅川は目を映像に戻した。ま だ、赤ん坊の顔が映っている。泣いてはいても顔は穏やかな表情に包まれ、体の震えは股 の間に伝わり、ちょこんとついている小さなモノまで揺らしていた。 次のシーンには百個ばかりの人間の顔。どの顔にも憎しみと敵意がこめられていて、そ れ以外の際立った特徴は見られない。平板な板に塗り込められた数々の顔は、徐々に画面 の奥に下がってゆく。そして、ひとつひとつの顔の大きさが小さくなるに従って、顔の絶 対数は増え、大群集に膨れ上がっていった。首から上だけの群集というのも変ではあるが、 湧き上がる音声が大群集のそれを思わせる。顔は口々になにかを叫びながら、数を増やし、 小さくなっていく。なんと言っているのか、うまく聞き取れない。集団のざわめき、非難 かっさ、 じみた声の質。ののしり声。明らかに、歓迎したり喝采したりしている声ではない。やっ グとひとっ聞き取れた。「嘘つき ! 」という言葉。それから、もうひとつ。「詐欺師 ! 」顔 ンの数はおそらく千を越しただろう。しかも、まだ増え続け、比例して声は大きくなる。数 は万を越え、黒い粒子となって画面を埋め尽くし、電源の入らないブラウン管の状態と同 じ色に変わっても、なお声だけは残っていた。そして、やがて声も消え、若干の残響が耳 に残る。そのまましばらくの間、画面は静止したように見えた。浅川は、どうにもいたた

2. リング

272 スクス笑い合った。赤土の横穴で丸くなっていると、社会の時間に習ったばかりの三ケ日 原人の気分であった。 ふさ ところが、しばらくすると、穴の入口をおばさんの顔が塞いだ。沈みかかったタ日を背 に受けて顔が黒く染まり、表情はよく読み取れなかったが、近所にすむ五十歳前後の主婦 だってことはわかった。 「こんなところに穴なんか掘って : : : 、生き埋めになったら、キモチ悪いじゃない のぞ おばさんは、穴の中を覗き込みながらそう言ったのだ。浅川と他のふたりの子供たちは 顔を見合わせた。小学生ではあっても、注意のしかたのおかしさに気付いたのだ。「危険 だからやめなさいではなく、「こんなところで生き埋めになって死んでしまうと、近所 に住む私としては気味が悪い、だからやめてーと、まったく自分の立場だけから注意を与 えている。へへへへへ、と浅川は友人たちに笑いかけた。おばさんの黒い顔は影絵のよう に、出口を塞いでいた。 そのおばさんの顔に、ふわっと竜司の顔が重なった。 「おまえの神経もずいぶん太くなったねえ。こんなところでおネンネとはたいしたもんだ。 この野郎、なにニャニヤ笑ってやがる」 竜司に起こされた。日は西の地平に傾き、宵闇がすぐそこに迫りつつあった。竜司の身 体と顔が、西からの弱い光を遮って以前よりももっと黒く染まっていた。 「ちょっと来てみろよ」 よいやみ みつかび

3. リング

211 「そうねえ、同期の研究生なら、ひょっとしてし 「わかりますか、同期の方の名前や住所」 「ちょっとお待ちください」 有馬は立ち上がって作り付けの棚に寄った。そして、ずらりと並んだファイルの中から 一冊を抜き出す。それは、入団試験の際に提出する履歴書を保管したものであった。 「八人ですね、彼女を含め、一九六五年に入団した研究生は全部で八名います」 有馬は八枚の履歴書を片手でひらひらさせていた。 「見せてもらえますか ? 「どうそ、どうそ」 履歴書には写真が二枚られている。胸から上の顔写真と全身が写ったもの。吉野はは やる気持ちを押さえ、山村貞子の履歴書を引き抜いた。そしてその写真に目を見張った。 「あなた、さっき、山村貞子は不気味な女だとおっしゃいませんでしたか ? 」 吉野は混乱していた。有馬の話を聞きながらイメージした山村貞子の顔と、現実に見る グ写真の顔とがあまりにかけ離れていたからだ。 ン「不気味 ? 冗談じゃない。僕は今まで、これ程きれいな顔を見たことがない」 吉野はふと、なぜ自分はきれいな女と表現しないで、きれいな顔と言ってしまったのか 疑問に感じた。確かに完璧に整った顔ではあるが、女としての丸みのようなものが欠けて これ いる。しかし、全身像に目をやると、腰と足首のくびれが際立ってじつに女つぼい。

4. リング

254 ひじ に走り寄った。井戸の中を見ようとしたためではない。見たかったのは、身をかがめた山 村貞子の、その胸元。私は井戸の縁に両手をついて、それをすぐ間近に見た。暗い土の中 な からは、湿った冷気が立ち上がって私の顔を撫でさすったが、火照りと衝動を取り去るに てんねんとう はとても至らない。衝動がどこから湧くのかわからなかった。天然痘の熱に制御機能を奪 い取られた・ : 、そんな気がする。誓って言うが、これまでこんな官能的な誘惑に駆られ たことはなかったのだ。 私はおもわず手を伸ばし、ふくよかな脹らみに触れていた。 , 彼女は、驚いて顔を上げた。 あいまい 私の頭の中でなにかが弾け飛んだ。その後の記憶はどうにも曖昧で、思い出せるのは断片 的なシーンでしかない。気がつくと、私は、山村貞子を大地に押しつけていた。ブラウス を胸の上までめくり上げ、そして : : : 、激しい抵抗にあい、右肩を強く噛まれるまで、私 の記憶は飛んでしまう。強烈な痛みに我に返り、私は自分の肩先から流れ出した血が彼女 の顔の上に滴るのを見ていた。血は彼女の目に入り、彼女はいやいやをするように顔をふ っていた。そのリズミカルな動きに、私は体を合わせた。一体、今の私はどんな顔をして いるのだろう。山村貞子はどんな目で私の顔を眺めているのだろう、きっと獣の顔が彼女 の目に映っているに違いない と、そんなことを考えながら、私は果てた。 りようひざ 行為が終わると、貞子は強い視線を私に固定させたまま、仰向けの姿勢で両膝を立て、 肘をじようずに使って徐々にあとずさっていった。私はもう一度その体を見た。見間違い あらわ と思ったからだ。しわくちゃのグレーのスカートを腰のあたりにからみつけ、露な胸元を わ か

5. リング

この映像を見た時の感覚を思い出してくれ。赤ん坊のシーンに関しては、昨日言ったとお りだな。それ以外は ? たとえば、無数の顔のシーンはどうだい ? 」 竜司はリモコンを操作して、そのシーンを映し出した。 「よーく、見ろ。この顔」 壁にはめ込まれた数十の顔が徐々に後退して、数百、数千の数に膨れ上がっていく。顔 のひとつひとつをよく見ると、人間の顔のようでいてどこか異なる。 「どんな感じだい ? 竜司が聞いた。 うそ 「なんだか、オレ自身が非難されているような : : : 、嘘つき、ペテン師と」 「そうだろ、実は、オレも同じ、いや、恐らくおまえと近い感覚を抱いた」 浅川は神経を集中させた。この事実が導く先。竜司は待っている。明確な返事を。 「どうだ ? もう一度竜司が聞いた。浅川は頭を振る。 「だめだ、何も思い浮かばない 「もっと、のんびりと時間をかけて考えりや、きっとオレと同じことを思い付くかもしれ ねえな。いいか、オレもおまえも、この映像はテレビカメラ、ようするに機械のレンズに よって撮影されたものと考えていたんじゃねえかい」 「違うのか ? 」

6. リング

247 リング 看護婦はメガネの縁を両手で押さえ、ふたりの男の顔を交互に見比べた。 「どういったご用件なのか、おっしやってください いったん 高飛車な言い方であった。竜司と浅川は一旦体を起こす。 「こんな看護婦が受付にいたら、客が寄りつくはずねえよな : : : 」 竜司は聞こえよがしに言った。 「なんですってー : ここで怒らせたらマズイ ! 浅川がそう思って頭を下げたところ、奥の診察室のド アが開いて、白衣を着た長尾が姿を現した。 「どうしました ? 」 長尾の頭は完全に禿げ上がっていたが、五十七歳という年齢よりはいくらか若く見える。 彼はいぶかしそうに顔をしかめて、玄関口に立っふたりの男を見つめていた。 浅川と竜司は、長尾の声に同時に振り向き、そこにいる長尾の顔を見た瞬間、またもや 同時に「あ ! と声を上げたのだった。 ・ : 長尾が山村貞子に関する情報を知っているかもしれないだと、冗談じゃない、 一目 りようぜん 瞭然じゃねえか。 よみがえ 頭に電流が流れ、浅川の脳裏に焼きついているビデオのラストシーンが素早く甦った。 はあはあと荒い呼吸を吐き出す男の顔、汗みどろの顔はすぐ間近に迫り、目は赤く充血し ている。裸の肩ロ、そこにぼっかりと開いた傷口、傷口から流れ出した血は「目に降り

7. リング

115 はあはあと荒い息を吐きながら体をリズミカルに動かしている男の、肩先の肉がえぐり取 られるすぐ前のシーンで、竜司は画像をストップさせた。男の顔がもっともアップになる 場面だ。目鼻立ちから耳の形まで、かなりはっきりと顔の特徴をとらえることができる。 髪の生え際が後退してはいるが、年は三十歳前後といったところだろう。 「この男に見覚えあるか ? 」 竜司が聞いた。 「あるわけないだろ . 「薄気味悪いッラしてやがる」 「おまえがそう思うくらいだから、この男もたいしたものだ。敬意を表したくなるよ」 「ああ、そうしてくれ。これだけインパクトの強い顔はそうザラにはない。捜せないもの かなあ。おまえ、記者なんだから、調査にかけてはプロだろ」 「冗談じゃない。犯罪者とか、芸能人ならともかく、顔だけから人物を割り出せるわけが ない。日本の人口は一億を越えている」 あるいは、裏ビデオの類の俳優とか グ「だから、犯罪者の線を追ってみたらどうだい ? 浅川は返事をする代わりに、メモ用紙を引きつけた。やることが多いと、メモしておか リなければ忘れてしまう。 竜司は映像を止めた。そして、勝手にもう一本ビールを冷蔵庫から取り出すと、お互い のグラスに注いだ。

8. リング

一杯目のグラスが空になった。おかわりは少な目にした。酔いつぶれるわけこま、 。水を多く入れ、今度は水道の水で割る。危険に対する感覚が、多少麻痺してきたらし 。仕事の合間を縫ってこんな処にまでやってきた自分が愚かに思え、浅川は、メガネを はずし、顔を洗い、鏡に自分の顔を映した。病人の顔であった。ひょっとして、もう、既 に、ウイルスに感染したのではないか。浅川は作ったばかりの水割りを一気に飲み干し、 また別のを作った。 ダイニングルームから戻る時、浅川は電話台の下の棚に一冊のノートを発見した。「旅 の思い出表紙にはそう書かれている。彼はページをめくった。 四月七日土曜日 ノンコは、今日という日をけっして忘れません。な・せかは、ヒ、ミ、ツ。ュウイチって とっても優しいの、ウフフ D Z O Z O ペンションなどによく置いてある旅の思い出や感想をメモするノートであった。次のペ ージにはお父さんとお母さんの顔がへたくそに描かれている。幼児を連れた家族連れだろ う。日付は四月十四日、やはり土曜日である。 まひ

9. リング

っと閉じていた。 「いっからこうなんだ ? 」 「目を覚ました時、誰もそばにいなかったものだから」 目覚めた時、傍らに母親がいなくて泣くことは多い。しかし、母親が駆け寄って抱きし めればすぐに治まるものだ。赤ん坊は泣くことによって何かを訴えかける、一体何を : この子は今、何か言おうとしているのだ。甘えとは違う。小さな二本の手を顔の上で強く おび 結んでいる。 ・ : 怯え。そうだ、この子は恐怖のあまり泣き叫んでいる。陽子は顔をそら こし し、結んだ拳をわずかに開いて正面を指差そうとしている。浅川はその方向を見た。柱が はんにや あった。視線を上げた。天井の下三十センチのところに掛けられた握り拳大の般若の面。 この子は鬼の面に怯えているのか ? 「おい、あれ ! 」 浅川は顎で示した。ふたりは同時に鬼の面を見て、その後ゆっくりと顔を見合わせた。 「まさか、この子、鬼に怯えてるって一言うの ? 浅川は立ち上がった。柱にかかっている鬼の面を外し、タンスの上に伏せて置いた。こ うすれば陽子の目に触れることはない。泣き声は。ヒタリと止まった。 「なんだ、陽子ちゃん、オニがこわかったのお 静は、原因がわかってほっとしたのか、うれしそうに娘の顔に頬ずりをする。浅川はど こか釈然としなかった。ただなんとなく、この部屋にはもう居たくない。 あご ほお

10. リング

269 のど う喉がカラカラだった。土の出っ張りを捜せ、積み上げられた石の跡を捜せ、心の中で声 が響く。浅川はむき出しの土にシャベルを突き刺した。時間が、血が、圧迫を繰り返す。 神経がまいって、逆に疲労を感じない。バルコニーの上で弁当を食べたときとは、時間の 流れ方がまるで別物だった。作業に入ったとたん、なぜこうも焦ってしまうのだろうか。 こんなことをしていていいのだろうか、こんなことを。もっと他にやることがいつ。し るはずだろ。 小さな横穴を掘ったことがかって一度ある。確か、小学校の四年か、五年の頃だ。ハ、 、浅川はカなく笑った。その時のエ。ヒソードをふと思い出したからだ。 「おい、なにしてるんだ ? 竜司の声に、浅川ははっとして顔を上げた。 。もっと、調べ 「おまえ、さっきから何してんだよ、こんなところに這いつくばって : る範囲を広げたらどうなんだい ? 」 浅川はポカンと口を開けて竜司を見上げた。竜司は背に日差しを受けて、顔を黒く染め グている。そして、黒い顔からほとばしる汗が、足元にぼたぼたと落ちていた。ここで何を ンしていたのか : : : 、すぐ目の先の地面には小さな穴が掘られている。浅川が掘ったものだ。 「落とし穴でも掘るつもりか ? 大きく息をつきながら竜司が言った。浅川は顔をしかめて腕時計を見ようとした。 この、バカたれが 「時計ばかり見るんじゃねえー