コンスタンティノ-プルの陥落

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えも、ジェノヴァの奴らの専横ぶりには、一日も経たないで反ジェノヴァ派になるだろうよ。 ヴェネッィアが、オリエント交易の本拠をアレキサンドリアに移したのは、まったく賢明だ ニコロが残していく妻とまだ幼ない息子については、話題にものばらなかった。兄弟たち による不在中の生活と、もしもの場合の保証は、ヴェネッィア貴族の家ではあまりにも自明 落のことだったからである。ニコロの頭を占めていたのも、医療品目の一覧表をつくることの 他は、病院での後任の人選だけだった。 プ二日後、完成した一覧表を持って海軍省に行く途中、聖マルコの船着場のそばを通りかか ったニコロは、船乗りたちの長い行列に出会った。いつもならば、ヴェネッィア人には見慣 テ ンれたこの光景には立ち止まりもしないで行きすぎるのだが、もしかしたら自分の乗る船かと ス思ったニコロは、行列の先頭まで行ってみた。 すわ コ案の定、そこにはトレヴィザンが立っていて、そのそばにある机の前に坐った書記が、次 次と眼の前に立っ船乗りの名を、名簿に書きこんでいる。ヴェネッィア共和国では、商船で も軍船でも、船長が部下の船乗りを選ぶのではない。船乗りのほうが、船長を選び応募する のである。船と船長は決まっているのだから、船着場につながれたガレー船のそばに船長の 名を書いた立札を立てでもしたら、船長自らそこにいなければならないという理由はなくな る。だが、ただ立っているだけにしても、船長は応募の間中、その場にいなければならない やっ

のが決まりだった。もしかしたら、この慣習は、名の記入の前にもう一度自分の運命を預け る男の顔を見、その後で最終的な決心をさせるためかもしれない。 船乗りの長い行列を後にしながら、ニコロは、船乗りたちとこの自分は、自ら納得してト レヴィザンを選んだ点で、まったく同じなのだと感じていた。 一四五ニ年・夏ターナ ち 人黒海の最も北、アゾフ湾の一番奥に位置するターナでは、秋も末になると湾に氷塊が漂う たれ ねこ 場こともあって、秋中には南へ向けて出港しなければならない商船の準備で、夏は、誰もが猫 章の手も借りたいほどのにしさですごす。なにしろ、ヴェネッィア人を主体にするイタリアの 第商人にとって、最北東の商業基地であるターナは、ドン河にそって北上すれば行けるモスク どれい ワよりも、祖国のイタリアへ行くほうかはるかに遠いのである。だが、ここは、奴隷、毛皮、 しおづ 塩漬けの魚や小麦の大産地をひかえているために、西欧の商人にとっては、長い厳しい冬に 耐えても充分に魅力のある拠点だった。 そのターナの、人や積荷でごったがえしている船着場を、一見して西欧の商人とわかる里 い長衣を潮風になびかせなから、一人の男が歩いてきた。フィレンツェ商人の、ヤコボ・テ ひょうひょう しましが ダルディである。歩き方はいつもの飄々とした彼のものだったが、彼の頭の中は、

うわさ た立ち寄ったヴェネッィア商館で耳にした噂で占められていた。ポスフォロス海峡の西岸に、 トルコが大規模な要塞を築きつつあるというのだ。ドン河の上流まで出向いて毛皮の買いっ けににしかったテダルディは、夏のはじめからタ 1 ナではもちきりだったこの噂を、今にな るまで知らずにいたのだった。 しかし、コンスタンティノープルを拠点にして黒海沿岸の物産を商う仕事を、十年余りも 落つづけてきたテダルディである。ただ単に要塞を築いているという情報ならば、考えこむほ どのことでもないのは知っている。全長が三十キロに及ぶポスフォロス海峡には、すでに、 プジェノヴァ人の築いた、山の上から威圧するような城塞が二つあった。だが、これらは二つ ところ とも、周辺の海域を監視するためで、下を通る船の攻撃用に築かれたものではない。 ンか、トルコ人が構築中の要塞は、海峡の岸辺に接してつくられているという。しかも、構築 ス地点は、海峡の幅が最も狭くなる場所で、対岸のアジア側には、これも海峡に接して、小さ コいにしてもすでにトルコの要塞がある。テダルデイも、彼にこの情報を知らせてくれたヴェ ネッィア商人のくだした推測に、同意するしかない気持になっていた。 「トルコは、海峡の航行そのものを支配下におくつもりなのだ。そして、コンスタンティノ ープルを攻撃してくるだろう」 防衛にはまことに適した地型に恵まれ、そのうえ、地中海世界では最も堅固な城壁を持っ ことでも知られたコンスタンティノープルが簡単に陥ちるとは、ビザンチン帝国の実情を熟