冬の鷹

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と、言った。彦九郎は、深く頭をさげた。 良沢は、おだやかな微笑をうかべながら彦九郎の姿をながめた。衣服は垢じみてい て布の破れ目から綿がはみ出し、畳においた刀の鞘の表面も剥げている。眼光は鋭か ったが、その顔には誠実そうな表情があふれていて、かれは一見して好しい人物だと 田 5 った。 「次正殿は、彦九郎殿と旅先で知り合ったと申しておられたな」 鷹良沢は、次正に顔を向けた。 「はい。もう九年前になります。安永九年のことでございました」 の と、次正は、思い出すような眼をして言った。 かながわしゆくば 冬その年の夏、次正は血縁の者で浪人している者を神奈川の宿場まで迎えに出たが、 とうりゅう 豪雨にたたられて旅宿米屋佐七方に逗留した。たまたま富士登山を終えて帰路にあっ た彦九郎が、その宿屋に人った。 「私は彦九郎殿を見て、これは尋常な方ではないと直感いたしました」 てのひら 次正が言うと、彦九郎は恐縮したように首筋に掌をあてて笑った。 ′かり . よ - っ 次正は無聊をかこっていたので彦九郎と近づきになりたいと思い、彦九郎の入った 部屋をうかがうと、風通しも悪く暑気と湿気がよどんでいるようであった。次正は、 さや あか

「私の部屋は風もよく通りますので、お涼みにおいでなさりませぬか。それともそち らに参上してお話をうかがわせていただきましようか」 という趣旨の手紙をしたため、宿の女中に彦九郎のもとへ持参するよう申しつけた。 その誘いに彦九郎は応じて、次正の部屋へやってくると素姓を名乗り親しく会話を 交した。 翌日は雨も上り、親類の浪人と会うこともできたので、次正は帰郷する彦九郎と江 かわさき 鷹戸への道をたどった。途中、彦九郎は食あたりがしたらしく気分がすぐれず、川崎を かわや ろくどう へて六郷をすぎた頃には腹痛もひどく人家に人って厠を使わせてもらったりした。 の 「良沢先生。その時の簗殿の御親切は、今もって忘れることができませぬ」 冬彦九郎が言葉をはさむと、今度は次正が恐縮して微笑した。 体の変調に彦九郎は歩行も困難になり、途中何度も休みながらようやく大森村にた どりついた。かれは、次正に門限もあるので先に江戸へ行くようすすめたが、次正は 深夜についても差支えはないと言ってはなれようとしない。その上、薬なども買いも とめてきて彦九郎をいたわりながら品川の宿場に人り、茶店で休息をとらせた。そし て、さらに駕籠をひろってきて彦九郎を乗せ、芝に人った。 彦九郎は、芝の芝居町に住む知人の善一一郎宅に泊る予定であったが、すでに夜半に さしつか

なっていて家の所在がわからない。次正は夜道を走って探しまわり、ようやく善一一郎 宅の前に駕籠をみちびいた。 「駕籠代を払おうとしましたら、簗殿はそれには及ばずと言って払って下さり、私が 善一一郎宅に人るのを見とどけてから帰ってゆかれました。その時からのおっき合いで、 江戸にくる度に簗殿のお宅を訪れることになったのですー 彦九郎は、次正に感謝するような眼を向けた。 鷹「いいお話でござりますねー 珉子の言葉に、良沢もうなずきながら次正と彦九郎の顔をながめた。なごやかな空 の 気がひろがり、彦九郎と次正の前にも酒肴が用意された。 冬「それに、私は中津藩にひとしお親しみを感じておりますー 杯を口にはこびながら、彦九郎が言った。 ごと のりかげ よりともいず 「御承知の如く、中津藩奥平侯の御先祖は赤松則影様で、源頼朝伊豆に挙兵の折頼朝 こだまむさしのかみ むすめむこ に従って関東にとどまり児玉武蔵守朝行様の御女聟になられました。その御世子氏行 様の後、吉行、広行、定政様は私の生れた上野国の奥平郷を領しておられたのです。 それが後に奥平氏の御名の由来ときいており、奥平様も現存しておりますことから、 簗殿が中津藩士ときいてたちまち意気投合したのです」 しゅこう ごせいし