現代の哲学

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時間的隣接というだけではなく、論理的といってもよいような関係を現わすようになり、条 件刺激のひき起こす反応が、目標に対する反応と区別され、ある目的のための手段というか たちをとる。エサを手に入れるために竹竿をつないだり、を積み重ねたり、巧みに道具を 使うことのできるチンバンジーの行動は、このレベルでの統合のもっとも進んだ段階に位置 するわけである。それでは、こうした動物の行動と、〈シンボル的形態〉とよばれる人間の 行動を区別する本質的な点はどこにあるのか、人間の行動ともっとも近い、しかし真の人間 的行動とは、やはりはっきりと一線を画されるチンバンジーの行動を手がかりに、次にこの 点を考えてみよう。 世界内存在Üーーシグナル行動とシンポル行動 ゲシタルト心理学の主唱者の一人であるヴォルフガング・ケーラーは、第一次大戦の前後 およそ七年間 ( 一九一三ー二〇 ) 、故国から隔絶されたアフリカ西方の小島、テネリフア島 の類人猿研究所長の職にあり、ほとんど実験器具らしいものもない環境のもとで、チンバン ジーを主とする動物実験を行ない、まことに注目すべき成果をあけた。今日では心理学上の 古典と目される『類人猿の知恵試験』・ ( 一九一七 ) は、いわはその集大成であるが、メルロ

ポンテイも『行動の構造』において、そこに報告されている実験例を手がかりにしなが ら、チンバンジーに特有な行動の構造を明らかにしようと試みている。 チンバンジーがさまざまな道具をかなり巧みに使いこなすということは、よく知られてい よう。たとえば、かれらは竹竿をつなぎ合わせて遠くにあるエサを引き寄せたり、を積み 重ねて高いところにあるエサをとったりする。しかし、その使い方はかなりの検討を要する のである。というのは、チンバンジーが棒を道具として使用するのは、あらかじめ棒がエサ の手前の適当なところに置かれているか、少なくとも棒とエサとが一目で見わたせるような ばあいにかぎられるからである。また、を踏み台にしてエサをとる操作を習得したはすの チンバンジーも、その粨にほかのチンバンジーが坐っていたりすると、自分もそれに寄りか 造 構かったりするのだからその粨を見ていないはすはないのに、それを踏み台に利用しようとは 基しない。 つまり、チンバンジーにとって、〈エサの手前にある棒〉と〈まったく離れたとこ の 在ろにある棒〉、〈踏み台としての〉と〈腰掛けとしての箱〉は、それぞれ違った意味をもっ 間た二つの対象なのであって、同一事物の二面ではないのであり、その意味はその時々の場の 実際的構成によって与えられている機能値にすぎないのである。したがって、対象を単なる 機能値から解放して、つねに道具として使うことができるためには、二つの場の構造、つま り現に与えられている状況の構造と可能的な状況の構造を関係づけるような高次な構造化の

能力が必要なわけであろう。 さらに、チンバンジーの行動には次のような目立った特徴が認められる。たとえば、入口 が向こうがわを向いたコの字形の枠のなかに置かれたエサを棒で引き寄せようとすれは、そ れを棒で押して一度自分から遠ざけ、枠のヘリを迂回させなければならないわけであるが、 しかし、そのチンバンジーたち チンバンジーにとってはこの仕事はきわめてむすかしい。 も、窓から投げ出されたエサを、自分の方が迂回して取りにいくということは、みな心得て いるのである。ということは、チンバンジーにとっては〈自分が迂回すること〉と〈目標を 迂回させること〉とは、困難度の違った仕事だということである。なぜであろうか。それは こう考えることができるであろう。チンバンジーにとって、自己の身体はさまざまな対象中 の一対象ではなく、ある特権をもっている。つまり、多様な関係のなかにはいっても失われ ることのない具体的統一性をもっているのであり、したがって、その運動空間は迂回という ことを可能にするに十分なほど明確に分節されている。しかし、自分が迂回できるからとい って、対象を迂回させうるためには、自分が対象の位置にいる場合にしなけれはならない運 これも関係相互の 動の図式を、現に与えられている視覚空間に結びつけなくてはならない。 あいだに一つの関係を設定することであって、高次の構造化の能力を必要とする。チンバン ジーに欠けているのは、与えられた視覚的刺激相互のあいだに、自分にもっとも親しい運動