20世紀とは何だったのか : 西洋の没落とグローバリズム

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332 の大恐慌が起きる。民主政治も問題を解決できない。資本主義経済もうまくゆか ず、科学は第一次大戦でとんでもない大量破壊兵器を生み出す。こんな状況です ね。こんな状況で「危機ーを乗り越えるために次の四つの候補が出てきた。 一つは、一九一七年のロシア革命をはじめとする社会主義。 二つ目が、一九三三年から始まるアメリカのニューディール体制。ニューディー ル体制というのは大恐荒をきっかけにして出てきたアメリカの新しいシステムです ね。自由や民主主義や市場経済をベースにしながら、それと福祉主義やケインズ政 策を結合していく。失業問題や貧困問題に対しては政府が介入して、政府が市場経 済を管理してゆく。 それから三番目が、ドイツ、イタリアのファシズム。 そして四番目が、私の考えでは日本なのですが、命名が難しい。日本型の総動員 体制です、一種のナショナリズムですが、国民全体が力を結集してこの危機を乗り 越えようという「国民的総動員ーという考え方が出てきます。 このどれもが、多かれ少なかれ、自由や民主主義や市場競争の限界を見据えて全 体的な管理への方向をもっていたわけです。私の考えでは、第二次大戦というの

は、大雑把にいえば、この四つのシステムが衝突して雌雄を決しようとした戦争だ ったといえると思います。そして結果は、一と二が勝ち残り、三と四が負ける。そ ヘルリンの壁が崩れソ連が解体 して戦後、一と二が冷戦状態に入り、最終的には、、 するなか、アメリカ型システムが勝利するわけです。 それはともかくとして、なぜ私が、あえて日本を四つ目の候補として独自に挙げ たのか。それは、やはり日本が極めて特殊な立場に置かれていたからです。一から 三までは、基本的に西洋文明のなかで誕生した思想や運動、体制です。共産主義思 み想はヨーロッパで発生していますし、アメリカも西洋文明の産物です。ファシズム 功もです。 ところが、日本は非西洋圏、アジアの国です。しかしながら、アジアの国のなか 克 ので唯一西洋化した。アジアにありながら日本は西洋を採り入れ西洋文明に接するま 近でになった。この時代には西洋の先進国レベルまで来てしまった。そこに日本の特 一異性があるのです。アジアには他にそんな国はない。アジアと西洋の二重性を抱え 附込んでしまった。そこに日本の困難があったわけです。日本は西洋化する。西洋化 するけれども、もともとはアジアの国である。大国の仲間入りをはたしたいま、日

334 本はどう世界に向き合っていけばいいのか その問題を正面から論じようとしたのが、一九三〇年代から四〇年代にかけて、 日本の知識人たちの間で繰り広げられた「近代の超克」論議でした。西洋近代は行 きづまりつつある。近代は限界に達している。それをどうやって超えればいいの か。近代をどうやって超えることができるのか。それを日本人が日本の立場で必死 に考えた。それが「近代の超克ー論議でした。これは、当時の文学者、哲学者、歴 史学者、宗教家、ジャーナリストなどを巻き込んで、かなり大きな運動になってい きます。 その中心が三つあって、一つは『文學界』。この中心にいたのは小林秀雄、亀井 勝一郎、河上徹太郎といった面々。小林秀雄は三〇年代の『文學界』の編集長で、 すでに非常に有名な評論家でした。二つ目が、「京都学派」といわれた京都帝大の 西田幾多郎の下に集まってきた哲学者たち。その人たちが集まって、『中央公論』 誌上で「世界史的立場と日本ーという座談会をやります。一九四一一年に三度にわた って掲載されましたが、これなどは、京都学派が「近代の超克ーを論じた、まとま った資料になっています。そして三つ目が、「日本浪漫派」といわれるグループ。