長谷川伸全集〈第13巻〉

キーフレーズ

右衛門 左衛門 弥次郎 一人 内記 知っ 江戸 英太郎 幾之助 二人 知ら 思っ 武士 太郎 愛太郎 伊助 酉松 聞い 自分 文左衛門 主税 平九郎 死ん 思う ーーー 逃げ 永之介 行っ 一つ 殿 日本 殺し 見え 須賀川 出来 中蔵 左内 九郎 三人 伝内 喜三郎 慎九郎 二階堂 こなた 忘れ 文太郎 金助 拙者 行く 八郎 なかっ 先生 しよう 平太 百々 日野 立っ 可児 出し 知れ 浪人 衛門 お松 牛坊 六助 言葉 考え 保土原 持っ 見える 思い 帰っ 宮内 弥五郎 彦四郎 相手

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てぐすね わめ 会があったらこっぴどく遣ッつけようと、ひそかに手具脛足軽は指ざして喚いた、刀を抜けというらしいが、弥次 しぐさ 弖いている。 郎は頭を振って、それには及ばぬと科でみせた。 そんなことは知らないから弥次郎、いつものとおり跛ひ そのうちに一人の足軽が、軽蔑された憤りで青くなり、 きひき、猪首だからやむを得ず見通しを睨み据えて歩いて大喝して斬りつけると、素早く引ッ外して弥次郎、二の太 行く芝の繩手通り。 刀をと焦慮る相手の腰の片手で突きやり、二人目が斬 かわ うで 国足軽三人組は喧嘩を売る料簡だから、道を譲る心はなってかかるを躱して、その利き腕を引ッみ、ぐるりと廻 わざわざ飛び出して弥次郎が通行の目の前に立ち塞がして楯に代用し、三人目が斬り込んでくる太刀に備えた。 った。弥次郎はもとより、誓いの三カ条、その第一に日「おわツ」 、我に上越す者と見たれば道を避ける事を致さず、とあ 三人目の足軽は同士討ちを危ういところで食い止めた るから、そう出てくる相手なら何条跛なればとて、道を譲が、そのとき、最初の足軽は水音高く海中へ突き落された って通すものかと、相手の顔を睨んで地から生えたように か転げ落ちたか、水煙がざざンと白く立った。 突っ立った。こういう時は不思議と跛ばなれがしてくる。 「おツ」 薩摩の足軽はロ早に何とかいったのだが、弥次郎は越後と喚いて二人目の足軽が斬りつけた。その出足を利用さ 譜代の者、北陸の土語には通じているが、暖国の方言にはれて腰のあたりを押しやられ、これも水音高く海の中へざ 不通だ。で、 ぶんと行った。 「江戸住居の者に判るように申せ」 三人目の足軽は、必死の形相凄じく無二無三に斬ってか と叱りつけた。足軽は腹を立てて、再び何か罵り騒いだ かったが、手もなく押え付けられて海の中へ、これも又、 、何分にも言葉の意味は少しも取れない : : カ目的は喧水煙を白く立てさせられ、三人三つ巴、あッぶあッぶと泳 嘩にあるとはいわでも知れたことである。 ぐので頗る多忙を極めている。 歌「貴公等、俺と闘いたいのか」 国の武士気質で、こんなことで藩邸へ立ち戻れば首がな ただ れと訊せば言下に足軽達は刀を抜いて、めいめいが、鞘をくなる三人だから、人の噂ではその場から可哀そうに三人 首真っ二ツに割ってみせた。 連れで駆落ちの外ないが、そんなことは弥次郎の知ったこ 「ははあ、薩州の兵児の慣いで、喧嘩の前に意気を示すととではない。三ッ巴の水泳を見物して、念のためにこうい いうはこのことか。よし、その儀ならば俺の方は無手だ」 さや どもえ

「それがしは薩摩守殿お屋敷近くに住居の浪人にて関根弥見えぬが姿恰好、まさに小栗美作の股肱の一人で、前の用 次郎と申す。無念に思わば何時にても参られよ」 人安藤治右衛門と、その倅の武右衛門によく似ていた。 勿論、その後、何年経ってもその薩州人の仕返しはなか時に延宝七年十月下旬、旅人はたいてい、泊りについた 夕方、西日の名残り空にほのかな頃であった。 これが、首切れと謳われてから後の、数多い逸話の中の「安藤氏ー安藤氏」 一つである。 と、うしろから呼びかける越後訛りの声に治右衛門父子 それはそれとして、首切れの由来、それを語ろう。そのはぎよっとしたが、そこは武士、振向いて声の主を一暼し 頃は弥次郎、まだ年若だった。 た治右衛門は、忽ち不快と恐怖とをごッちゃにした顔を倅 に向けた。 「武右。ありや乱暴者の弥次じゃ」 ただなお 越前の忠直の子を光長という、その光長を当主とする越「なるほど、風俗が変って浪人姿ゆえ、一時は見違えまし おため 後高田二十六万石の延宝天和の騒動は、最初には御為方がたが、弥次郎でございますな」 大敗し、最後には五代将軍綱吉の御前裁断で、逆意方の大 父子両人、敵方の弥次郎が声をかけたからには、尋常で おぎたしゅめ 敗北で落着した。しかし、御為方の荻田主馬の一派と、逆は事が済むまいと、あらかじめ覚悟はつけたが、覚悟と度 おぐりみまさか さからす 意方の小栗美作の一派と、いずれが鷺か鴉か、ここで、そ胸とは一ツものの如くで実は別の物、されば安藤父子、先 んなことは扱わない。 手を打って弥次郎をここで討とうとは、毛頭、まだ考えて し / し 我が関根弥次郎は御為方にあっても、異数の壮烈漢だっ た。三百石で安泰に勤役していたとしても奔放な弥次郎、 「黙っていられるのは、安藤治右衛門に相違ないからか、 話の種にはなっていただろうが、小栗一派に睨まれて浪々それとも」 の身となったので、却って人物の面白さが発揮されたとも と、弥次郎、じりじりと近くなった。 いえる。 いつまで黙ってもいられないので、そこは親だけに治右 衛卩が、よんどころなく答えた。 たいかん 「おや、大姦安藤治右衛門父子だ」 「拙者も目下、浪々の身でござる」 なかせんどう とっぴ 中仙道熊ヶ谷宿で眼についた旅の武士両人、笠深く顔は答えとしては突飛だ。 じゅく

「追放の身となったとは、風のたよりで承わった、少々ば「逃げはせぬが、火急の用事がある身じゃ、閑散なる者と かり良い気味だ」 立話して、時を消す訳には参らぬ」 弥次郎の応答もズケズケとしたものだ。 「待て、ん」 さすがは若いだけに倅の武右衛門は、弥次郎の嘲罵が疳「黙れ、乱心者」 べき くら 癖に烈しく触れた。 瞬くうちに昏さが深くなった宿の大通りを、弥次郎は追 「なに、近ごろ良い気味とは。うぬ」 って行く、治右衛門父子は逃げて行く。 と、詰め寄りそうな権幕を見せたが、それは擬勢という やがて、とつぶり暮れた。 奴、抜き合せたのでは腕の相違が甚だしいと知っているの で武右衛門は、権幕以下に気はとうに挫けているのだ。 おお 「おおさ、これが良い気味でなくていようか。越後高田二 どこでどう旨く逃げ終せたのか、自分でも判らないが安 十六万石、四十石の小身からツィ先頃までは二千五百石の藤治右衛門は首尾よく怖るべき弥次郎の追跡から免がれ 大身に経のばり、権勢を振っていたが、このほどのお捌きて、ホッと安心した。 にて追放と相成ったので、さぞ二千五百石が恋しゅうござ これが、小姓から膳番となり、それから鰻のばり ろう、泣き喚いたことであろ , フ。アッハ、、、、 に立身して、用人にまで経のばった立志伝中の人物と、他 たわごと 「何をいうかと思えば、乱心者の囈語、聞いている、隣はな人に思われていた安藤治右衛門であ 0 た。 。武右、参ろう」 「はて、拙者は首尾よく逃げ終せたが、武右は何といたし え - 一さば 「いや待て治右衛門。片手落ちの依怙捌きで、わずかに治たか」 右衛門を槍玉にあげ、大姦小栗美作なぞには指も触れぬと さすがに子を思う親の情、しきりに倅のことを案じてい は奇ッ怪至極と弥次郎の腹の虫が暴れてならぬ。只今、遇たが、我が子のために冒険する、そんな気力のない治右衛 次うたは天の与え。おのれ等のために主家を遠ざけられた多門だ。 れくの忠臣に成り代り、天誅を加えるから左様思え」 「武右は人並すぐれて才略ある生れつき、弥次郎ずれに捉 首「なに、天誅 ? 言語道断の奴め。おのれ等に御家の政治まって憂き目を見るような愚鈍者ではないはずだ」 たか 向き、まった奥向き諸般のことが判るか、控えておれ」 親馬鹿ちゃんりんを発揮して、多寡を括った。 せいあん 「といって逃げるか治右衛門」 「では、拙者一人で館林の清安のところへ参るといたそ かん