長谷川伸全集〈第5巻〉

キーフレーズ

右衛門 源五右衛門 彦七 左衛門 源蔵 三之 石井 半蔵 兵衛 赤堀 兄弟 江戸 敵討ち 孫三郎 亀山 衛門 二人 屋敷 忠左衛門 一人 太夫 茂七 板倉 広島 大坂 三人 聞い 権左 六郎 孝太郎 忠之丞 山本 京都 知ら 知っ 四郎兵衛 善六 駈け 与市 隼人 鈴木 大津 源五 長之助 良之助 逃げ 太三郎 又八郎 知れ 忠次郎 伝兵衛 門次郎 出て うしろ 東京 行っ 出し 長兵衛 違い 申し 一ノ瀬 武士 平左衛門 思っ 手紙 平井 しよう 仇討ち 存じ 主人 明治

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敷から出立させた。物目付糶の伊谷治部右衛門、検視のの友だちが、世を憚り名をし、世話していてくれる、と かちめつけ 藤巻新助、徒目付の棚橋周助、下目付の村田彦兵衛、小頭しか知らずにおります」 、ほかに伊谷の馬丁はじめ使用人が 山角栄蔵に足軽十一一人 十人ばかり。 五月十五日の夕方、江戸の上屋敷へ帰ってきたこの一行 はおりのばかま は、先頭が十手をもった足軽五人、次が羽織、野袴の浅田 兄弟で、大小刀と衣服一式は江戸からもって行った藩主の 下されたものである。次は黒羽織、野袴の棚橋と村田、足 まじよう 軽二人に警衛されて具足箱、つづいて盟乗の伊谷治部右衛 、あとは藤巻と山角と足軽たち、という列の組み方であ る。 二十五歳の銕蔵も、十六歳、実は十五歳の門次郎も六月 ひろませきづ しんち 十二日、新知五十石ずつを給し、士に取り立て、広間席詰 め申しつくとなった。その翌月は只介の七回忌である。 ごん 水戸の権中納言 ( 斉脩 ) が文政十二年 ( 一八二九年 ) 十月三 日に亡くなり、葬儀が十一月三日、水戸で行われたとき、 ばんざえもん 大久保家から取次役の石原伴左衛門が会葬し、下町の会所 相で、接待役の青木又四郎と彼これと話すうちに、ふと思い ち出して、先年お世話さまになりました浅田銕蔵、同苗門次 敵郎につき、かくの如きことがござります、と次のことを語 日っこ 0 四「討たれましたる鳴滝万助の母は、浅田兄弟が、只今も余 生をおくらせおります、もっとも万助の老母は、万助の昔

はず 下秋月の外れにある精義艸廬という漢学の私塾が、中島 衡平の屋敷である。その屋敷の周囲を二十人ばかりの黒覆 面の年少者がとり巻き、三、四人が討ち入って中島を暗殺 し、素早く南御殿へひきあげた。南御殿は城下から南へ十 二、三丁いったところにある藩主の別邸だが、近年は藩の 財政緊縮のためつかわずにある、それを、前にいった吉田 万之助と今村百八郎が干城隊をつくってその屯所にしてい た。 よしむらかんせき 中島衡平の高弟で、吉村干石 ( 宇吉 ) といって、秋月黒 くみがしら 田家で馬廻り組の組頭をしていた人が、明治になってか 慶応四年 ( 一八六八年 ) 五月二十三日 ( 陰暦 ) の深夜に南御らした談話のうちに、中島衡平のことがある。それに拠 てん かんじようたい 殿を屯所としている干城隊のものが五十人ばかり、二カ所ると中島は世に知られている学者だが、秋月では藩の学 で暗殺をやるため、二タ手にわかれて、秋月五万石 ( 筑前 校の助教という席こそ与えられてあったが、藩から受け のとり しもあきづき ながのり 夜須郡 ) 黒田甲斐ノ守 ( 長徳 ) の城下である下秋月と野鳥るところは乏しく、 いつも貧乏であった。 くち 、二人三人ずつの分散になって出動した。 中島はズ・ハ抜けた達見を抱いていたので、それを口に 狙われているのは、佐藤一斎の門から出た陽明学者の中 出すと、百人が百人、奇矯なことをいうャツだと、軽蔑 じまこうへ 島衡平と、もう一人は京都からその日、帰国したばかりの から次第に反感をもつ、というようなことが繰り返され うすいわたり 臼井亘理である。 ているので、藩士の間に人望がない、わずかに精義艸廬 ず 暗殺に向った干城隊の隊士は、部屋住みの年少者が多 へ通ってくる門生が二十人足らずある。その父兄が、ど 。隊長は秋月藩士のうち有力な吉田万之助と今村百八郎 うやらこうやら、中島の学問に服していただけで、達見 すくな を認めるものは極く少かった。 で、中島衡平の暗殺指揮は吉田万之助が執ったらしいが、 明確ではない。臼井亘理の暗殺指揮は今村百八郎が執っ 或るとき吉村干石が面と向って、先生には人の信望が た。この方は後に、そのときの隊士がそういっているのだ ありませんと、諫めたところ、平気なもので、孔子も から確かとみていい。 ね、孟子もね、生きているうちは人望がなかったのだ 第十三話九州と東京の首 みなみご なか

よ、人間というものは、生きている間に人望があるようして枕許に立ち、咽喉を目がけただ一ト突きと突きたてた が、夜着の襟を切り裂いただけである。亘理が目をさま って本当におかしい では、取るに足らぬ人物だよと、 とっさ し、咄嗟に跳ね起き、敷き薄団の下に短刀がはいって、 らしい笑い方をした。 中島衡平の教えを深く受けている臼井亘理の屋敷へ向っる、それに、片手を掛けようとしたところを、山本が二の た二十余人の黒覆面のものは、指揮者の今村百八郎の屋敷太刀を頸に入れたのが、意外というくらい見ごとにキマ リ、亘理の首が前へおちた。 から持ちだした二間梯子を塀にかけ、それを踏んで五人の このとき目をさました亘理の妻が、山本の仲間の萩原伝 黒覆面のものが屋敷へ忍び入った。 之進が睡っている女の子のすぐ脇に立っているのを見る 屋敷の外のもの達は、包囲態勢をとり、屋敷から外へ、 一ト声叫ぶとともに、飛びつ 臼井亘理がのがれ出てきたら討ちとろう、援助に駈けつけと、なンといったのか、 てくるものがあったら追い払おう、手に余ったら斬ってした。女の子を殺させまいとしたものらしい。そのときか その前後かに、亘理の首がうち落され、音を立てて血が噴 まおうと、殺気立っている。 いただろうに、山本も萩原も、ほかの者も、全然それに気 臼井亘理は日のあるうちに帰国届を藩庁に出し、詳しい 報告は明日ということになり、屋敷へひきとると、帰国をがっかなかった。 萩原伝之進は飛びついてきた亘理の妻を、振りほどいて 喜ぶ客が次々にやってきた、中島衡平もその一人である。 酒盛りがおわり、客が引きとってしまうと、亘理に酔い蹴倒した。それに法まず、又飛びかかろうとする体の動き か一時に発し、べロべロの酔態になったのを、一番おそくをみてとった山本が、一ト太刀やった。亘理の妻は左の肩 先あたりを斬られながら、夫の死体に気がっき、その下手 帰っただけに弟の日井助太夫が見て知っていた。 暗殺の手を下す役の五人は、臼井家のたれにも心づかれ人はこの男とさとったらしく、今度は山本に体をブッっ 相ず、飼い犬がいないので吼えられもせず、亘理の寝室に近け、山本の左の手の指二本に噛みつき、噛み切ろうとし ちづいた。旅の疲れと酒の酔いとで、その晩の亘理の鼾がひた。その痛さと、絡みついている体のために山本は、刀を どか 0 たので、暗殺者たちは探しまわる手間がはぶけ、夫も 0 ている右の手がっかえない。 ふしど すると萩原伝之進が、亘理の妻をうしろから滅多斬りに 婦と四歳になる女の子の臥床がある寝室へ忍びこみ、すぐ に暗殺に取りかかった。 斬りつけたので、山本の指を噛んでいたロがはずれた、 かつみ 暗殺者のなかの山本克己が、亘理を一刀で仕止めようとが、獅噛みついている亘理の妻の力は異常なもので、振り ひる