長谷川伸全集〈第7巻〉

キーフレーズ

相楽 江戸 徳兵衛 津軽 大作 下斗米 亀太郎 右衛門 相楽総三 赤報隊 大吉 明治 兵衛 南部 八郎 下諏訪 喜七 良助 京都 浪士 落合 笠原 嘉兵衛 頼母 左衛門 信州 一人 秀之進 福岡 総督府 弘前 四郎 野州 市右衛門 岩倉 岩谷堂 三人 小島 翔鳳丸 慶応 三郎 行っ 市兵衛 竹内啓 相馬大作 大館 聞い 二人 太郎 知っ 常五郎 秋田 出流 幕府 上州 桜井常五郎 日本 惣蔵 竹内 金原 木村 山田 薩州 屋敷 越中 同志 小太郎 帰っ 仙台 武州 出来 小諸藩 出し 官軍 書い 浦次 権田直助 丸山 美濃 十郎左衛門 渋谷 中守 藩士 源一郎

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「それでは、二人も一緒にゆこう」 浦次は急には返事をせずにいたが、 それではそうした方がいし」 「三人一緒がいし、、 と、そのあとは陽気にふるまった。 その晩、浦次に逃げられはしないかと二人の刀鍛冶は気 をもんで二、三度目をさまし、浦次はとみるとゆうべの寝 酒が利いたのか高鼾をかいていた。 浦次を見張るようにして大吉と喜七と三人、次の日、盛 岡を発って八戸領の葛巻にむかった。葛巻村はいまの岩手 いちのヘ 県九戸郡の内で、盛岡から「一戸往還を東に小道にて五十 八戸領葛巻の鍛冶職市右衛門は、刀売りの浦次が連れて 里ばかりの葛巻」と、大吉が自分で書いた物にある。小道 ひめかみ とは南部一里のことで一戸の手前から姫神山へはいり山往きた二人の男を何者かと不思議そうに見た。浦次が調子の 、話しぶりで「いっぞやお話をしたこちらが岩谷堂の刀 還をいったところに巴山・金山・神山などに、四面を囲ま ばんざいやすくに れた山の村が葛巻だ。三十六丁一里にすると十七、八里で鍛冶で佐々木四郎五郎万歳安国殿、こちらがやはり岩谷堂 ある。 の刀鍛冶で小島喜七信一殿」というとさっそくにのみこ 、、、「お二 み、「わしも元来は仙台領伊具郡の者だ」としし その葛巻村に仙台藩伊達家で大番を勤めた千葉一学とい あまるめ うものがいた、それが二人の刀鍛冶が浦次に案内されアテ人とも仙台の余目先生のご門人と、この浦次さんから伺っ ている、いささかながら余目先生のゆかりの流れを掬むわ にして行く市右衛門である。 し、そのことは追って申しあげるとして今夜はゆっくり疲 その途中では浦次に悪びれたところなく、どちらかとい えば陽気だったので、大吉も喜七も三十両をいよいよアテれを休めなされい」といって手厚く待遇した。その晩はし にして、山冷えが肌にしみる葛巻村にはいると、大の声鶏たたか酒がふるまわれた。 かざおと こだま 市右衛門も浦次も大いに飲けるロだ、大吉も喜七も酒は の声が谷音して谿の流れが風音のごとく聞えた ) ここが市右衛門さんの家だと浦次が立ちどまったところきらいでない、その上に浦次は酒間の斡旋がたくみだ、こ は、住居と鍛冶場が別々になっている中から上のくらしのの家のあるじがだれよりもそれを喜んで杯の数をやたらに 一構えだった。浦次に続いて住居の内へはいった二人の刀 鍛冶の眼にさっそくついたものは、長押の槍一筋だった。 これが大作一件のあった文政四年から中二年前の文政元 年十月十五日の日の暮れ近くだった。 兵聖閣

聞えている。 重ねた。 朝飯がすんでしばらくいい出す機会を待っている大吉と 大吉も喜七も果してここで受取れる金か受取れぬ金か、 それが気がかりで初めは浮かぬ様子でいたがいっか勧めら喜七にけさこそはという決心が気配に出ていた、と気がっ いた浦次が怯えて座をたちかかったので喜七が鋭く叱りつ れる酒の酔が発し、大吉がひそかに小音でロ三味線入りの けて、 唄をうたったその果がいっとなく張りあげた声になった。 市右衛門は思い設けぬ美しい声を聞いてびつくりし、しき「用ならあとにして、坐れ」 大吉は何をやらせても出来る男だのにこういう時になる りに所望するその傍ですかさず浦次がおだてるので、悪い と、憎しみも怨みも、ただいたずらに内訌して浦次を睨む 気持はしなかった大吉が二つ三つと乞われるままにうたっ て聞かせた。そのころ、喜七も酔って、眼をとろんとさせのがせいぜいだった。 浦次は喜七の一言で腰が抜けたようにべたりと坐った。 ていた。 鶏の声を聞いてはね起きた大吉はこの寝床へゅうべいっゅうべの様子とまるで違うので市右衛門が驚いて三人の顔 頃はいったのか、それを思い出すどころでなく、浦次がけを眺め廻している。 さ早く逃げてしまっているのではないかと隣りの寝床をみ喜七は兄弟子大吉の性質を知っているので一人でせおっ た。雨戸の隙から漏れてくる朝の弱い光の中で大吉よりさて立っ気概が強く、咽喉へときどき引っかかる声で、 きに眼がさめた喜七が、腹這いになって額を枕に押し当て「この家のあるじ様にはご無礼の段を後はど、兄弟子とも 屈託していた。今度の損失で瘠せ細った上に借銭の重荷をども幾重にもお詫びいたします、ただいまのところはご立 しの せおった喜七が故郷を偲び親を思う侘しげな姿は、そっく腹なくお願い申します。さて浦次さん、おとといの晩、盛 岡御城下新石町の大和屋惣七方でいうたことは真実か、こ 母りそのままに大吉自身の姿でもあった。 軽一番端の寝床に熟睡をつづけている浦次の寝息があっちら様に刀代のお預けがあるという、あのことです。それ ならばあるじ様のお目の前でもう一度承り、兄弟子、私、 大「浦次は逃げておらぬ、それではこの家から金が受取れる両人に金子を受取らせて一刻も早く故郷へ発足させてもら 相かもしれない」 はな と、開きなおった。浦次は顔を青くした。 9 と、大吉がいったが喜七は洟をすすっただけだった。 市右衛門一家の人はもう起き出たとみえて裏の方で声が市右衛門は眉をひそめて浦次を見た。深く顔を伏せてし

まっているので見えたのは月代ののびたあたまだけだっ けんとするだけの余裕があったのかもしれなかった。 た。市右衛門は苦りきって、 「大吉殿、喜七殿。訳がわしには呑みこめぬ、まず以て筋 「何やら知らぬが、わしにとって迷惑千万なお話らしい道を承った上で、浦次さんともとくと談合熟談の上、出来 が、浦次さん何の話かな、これは」 る相談 に話をまとめよ、つではござらぬか」 大吉に代り喜七がそれではと刀剣組合の成立ちから浦次 浦次は泣きだした。 「泣いていては話がわからぬ。喜七殿のお話ではわしに刀の不始末の一々を並べたてた、大吉はその間、憤りと恨み 代の預けがあるとおぬしがいうたらしいが、いやはや迷惑の風荒く心と体のうちを吹きまくっていた。 あずか の至り、わしは一文の預りもござらんそ」 その日一日中かかって今年十一月いつばいまでに大吉・ 市右衛門はたってたのまれて売ってやった刀剣の代はそ喜七が故郷へ帰れるだけの金を浦次が必ず調達するという の日その場で浦次に一々渡し、銭一文の預りもたしかにな ことに談合がついた。その調達の方法も決して空な話でな しとしいきり、 く、こういう儲けロとこういう利益をあげる方法とがある 「それに相違あるまいが」 と浦次の並べ立てる話が、まんざら嘘でもないらしい上に と浦次につめよった。 商才のある浦次だけに大吉も喜七も話を真にうけた。市右 「どなた様にも、申しわけござりません」 衛門もなるほどといった。 そうなると十一月まで大吉も喜七も親類知己がない南部 と、浦次は平身低頭して蚊の声ほどに泣き泣きいった。 あご 腸を絞ったような溜息をついて大吉が、腮を襟へ引きつで、めいめいの身過しを考えなくてはならなかった。 けたのを見て喜七が、 「大吉殿、喜七殿。思わぬことで話す機もなくただ今とな 「殺してやる」 りましたが、どうでござろう、刀鍛冶の指南をしてはくだ と、武者ぶるいして浦次に飛びかかりかけた。 「まあ待った。ここは市右衛門の家、騒動されてはわしがさるまいか」 迷惑する。下にいなさるがいい、立ちあがらぬでも、わか と、市右衛門がいいだした。刀鍛冶の話になると魚が水 ることならわかる」 にはなされたごとくなって、大吉は喜七に口をきかせなか っこ 0 以前が武士だったというだけに喜七よりは分別があっ た。あるいは自分のことでないだけに早くも話を解決に向 「浦次からも聞きましたが、お前さまは安倫先生の御門 さかやき