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五島列島 頭ヶ島天主堂 どっしりとした石造の天 主堂。堂としては小規模 ながら風格がある 上気島の教会 ノ祈りの島を旅する ・有川地区 谷 0959-42-0964 P16C3 の島の教会めぐり かしらがしまてんしゅどう ( 新上五島町観光物産協会 ) 石造の聖堂は 重厚な外観に対し、 信徒の涙と汗の結晶 淡いカレーを基調に白い椿の 花の装飾が随所にあしらわれた。 ~ 堂内は、明るく華やいだ雰囲気。 大正 6 年 ( 1917 ) に建てられた、全国的に 「花の御堂」の異名をとる も非常に珍しい石造の教会堂。島の信者が近 くの砂岩を切り出しては積み上げたもので、 完成までに 7 年余の歳月を要したという。重 厚感のある厳かなたたずまいながら、人の手 の温もりも感じられる美しい聖堂だ。 四 0 新上五島町友住郷頭ヶ島 638 ・有川港から約 1 2 朝拝観自由 015 台 。・ 1. 教会前の浜辺に広がっているカトリック墓地。海とともに生きた信者た ちが安らかに眠る 2. 外壁のところどころに見られる漢数字の刻印は、建 設作業の際に信徒が石の長さを刻んだものだという 青砂ヶ浦天主堂 あおさがうらてんしゅどう ( 新上五島町観光物産協会 ) バランスのとれた 正統派レンガ造 明治 1 2 年 ( 1879 ) ごろに最初の 聖堂が建てられ、現在の天主堂は 明治 43 年 ( 1910 ) に完成した 3 代 目にあたる。設計施工は名工・鉄川 与助。当時の神父が外国から原書 を取り寄せて指導に当たったため、 建物全体の均整がとれ、様式や意 匠が正統的といわれる。 0 新上五島町奈摩郷 1 241 ・有川港から約 10km 朝拝観自由 015 台 教会のここに注目 ! ! 花の御堂 重刻 上五島では現在の教会が活動しており、 旧堂も含めた教会堂の数は。 五島列島で最も教会の多いエリアであり 重要文化財を含むさまざまな教会堂がある 教会のここに注目 ! ! 上五島地区 旧鯛ノ浦教会堂 被爆レンガを使用 第ニ次大戦後に増築された 鐘塔の一部には、昭和 20 年 ( 1945 ) の長崎原爆で破壊された 旧浦上天主堂 ( 長崎市 ) の 被爆レンガが使われている 0959-42-0964 、ハ p P16B2 を 重要 鮮やかなステンドグラス 教会のここに注目 ! ! 赤・青・緑など色とりどりで、花などを モチーフにしたステンドグラスが 堂内を厳かに彩る。床に映し出された 光は神々しくも幻想的だ 昭和 54 年 ( 1979 ) に新教 会堂が建立されるまで、信 仰のよりどころとなってい た旧教会堂 有川地区 0959-42-0964 、ハ p 円 6B3 きゅうたいのうらきようかいどう ( 新上五島町観光物産協会 ) 木造とレンガ造が絶妙に調和 鯛ノ浦教会は上五島における布教拠点として明治 1 3 年 ( 1880 ) に創設された。この旧聖堂は明治 36 年 ( 1903 ) に木造瓦葺で建てられたのが始まり。昭和 24 年 ( 1949 ) にレンガ造の鐘塔が正面に増築されたが、木 造部分と違和感なく調和している。 四 0 新上五島町鯛ノ浦郷 326 ・有川港から約 3.5 朝拝観自由 0 あり 1 . 優美な曲線を 描く入口の石造 アーチ。柱頭に施 2 されたブドウの彫 刻など細部の意 匠も見逃せない 2 鉄川与助の初 期の代表作。レン ガ造の完成形と もいわれる

・若松地区 中ノ浦教会 なかのうらきようかい ( 新上五島町観光物産協会 ) 入江に姿を映す 「水鏡の教会」 0959-42-0964 、ハ l' P 炻 B4 の島々 1 . 堂内に一歩入ると、色鮮やかなステンドグ ラスに目を奪われる 2. 海を望む高台に立つ。 初代の堂は明治 14 年 ( 188D に建立された 2 新魚目地区 大正 14 年 ( 1925 ) に建立された、素朴な 雰囲気の木造瓦葺の教会。木造教会では珍 しい高い鐘塔は、昭和 41 年 ( 1966 ) に増築 されたものという。すぐ横に広がる波静かな 入江に、優美な姿を映すことから、「水鏡の 教会」ともよばれ、親しまれている。 50 新上五島町宿ノ浦郷中ノ浦・奈良尾 港から約 9.5km 朝拝観自由 0 あり 谷 0959-42-0964 、ハ p P16C1 . イ ちゅうちきようかい ( 新上五島町観光物産協会 ) 一面のステンド グラスが厳か 中通島の北端近く、急斜面 の山あいに立派な聖堂が立つ。 完成は昭和 53 年 ( 1978 ) 。こ のあたりの住民の大半はカト リック教徒で、建設時には信者 が多額の資金を出し、労働奉 仕に汗を流した。堂内一面を飾 るステンドグラスには聖書の場 イエスが漁師を弟子にする 面が描かれている。 場面のステンドグラスには、 建設当時の信者の中心だった 0 新上五島町津和崎郷 991 5 人の漁師の顔が ・有川港から約 25 描かれており、微笑ましい 朝拝観自由 015 台 : " 壱岐。対馬、軍艦島鹿旧ハ島の島ダ屋久島種子島奄美大島・甑島、麁児島の 島々 教会のここに注目 ! ! ステンドグラスに 地元の漁師さんが登場 赤い椿の花の装飾 教会のここに注目 ! ! 第 メルヘンチックな外観と同様に 、 ) 星内も明るく軽やか。列柱の上部の 壁には、椿のような花をモチーフ にした装飾が大胆に施されている 1 横の海に潮が満ちている時間帯に訪ねる方 が美しく見える 2. 窓の外には海が見える 3. 堂の正面向かって左にある「ルルド」には、マリ ア像が安置されている 上五島地区 上五島地区 大曽教会 1 おおそきようかい ( 新上五島町観光物産協会 ) 天高くそびえる 鐘塔が印象的 明治 12 年 ( 1879 ) に木造天主 堂を建立したことに始まり、大正 5 年 ( 1916 ) に鉄川与助の設計施 工で、赤レンガ造の現在の堂が建 てられた。銀色に輝く八角形のドー ムを戴いた 3 層の鐘塔がそびえる 了 聖堂は、青砂ヶ浦天主堂とはまた 違った、崇高な美を放っている。 四 0 新上五島町青方郷 21 51-2 ・有川港から約 7.7 朝拝観自由 03 台 1 . 全体のプロポー ションが優れており、 上五島で最も美しい 教会との評もある 2.3. 大曽教会はステ ンドグラスの美しいこ とも有名。桜のような 花びらがモチフと なっている 冷水教会 0959-42-0964 M 円 6B3 谷 0959-42-0964 M P16B2 , 、 ひやみずきようかい ( 新上五島町観光物産協会 ) 童話の世界に 出てきそうな建物 トンガリ帽子のような屋根がちょこんとのった、か わいい感じの木造教会。完成は明治 40 年 ( 1907 ) 。 鉄川与助が棟梁になって初めて設計施工した教会堂 オまわん だ。この教会ができるまで、地区の信徒たちは察摩湾 の対岸に立つ青砂ヶ浦天主堂へ船で通っていたという。 1 ・島人とともに 100 年以上の 歴史を刻んできた聖堂 2. 奈 新上五島町網上郷 623-2 摩湾を望む高台に立つ。対岸 ・有川港から約 1 1 朝拝観自由 0 なし には青砂ヶ浦天主堂がある History 船でしか行けない巡礼の聖地 キリシタン洞窟 若松島の南端にある「キリシタン洞窟」 キリスト像は高 は、明治初めの「五島崩れ」の際、近くの信 信仰の強さを思い知らされる場さ 3.6m 、十字 所。毎年 1 回ここでミサが行われる架は 4m もある 者 3 家族 7 人が迫害を避けて、隠れ住んだ ・キリシタン洞窟 ( 地図円 6B5 ) へは若松港 場所。炊事の焚火の煙を船に見つかって捕 から船で 1 0 分。瀬渡しは、せと志お谷 0959- えられ、拷問されたが、幸い死者は出な 46-2020 、明日香谷 0959-46-3631 、祥福 かったという。昭和 42 年 ( 1967 ) に十字架 丸谷 0959-44-1762 が行っている。いずれも とキリスト像が建てられ、巡礼地となってい 前日までに予約が必要で、料金は 1 人 5000 円 るが、今も船でしか行くことができない。 ( 2 人以上乗船の場合は 1 人 3000 円 ) 。 2 . ミ凵凵いを、 0 ・ 0 ・い宿、朝、宿を 1 い 4. 、にしりにツトツツツにら レンガで壁面を装飾 教会のここに注目 ! ! 、をツ物育 応紗、 4444 第 4 あ 4 色の異なるレンガを規則的に配置したり、 レンガの凹凸を利用することで 壁面も意匠化。常に創意工夫した 与助の丁寧な仕事によるものだ ・ 0 し

五島列島 特集 / 久賀島 0959-77-20 P17C3 1 矢支堂 浜脇教会 はまわききようかい 昭和初期の 鉄筋コンクリート造 / 祈りの島を旅する の め 久賀島・・・福江港から木 ロ汽船 ( シーガル ) で 20 分、田ノ浦港下船。または 福江港から車で 1 2 分の 奥浦港から木ロ汽船 ( フェリーひさか ) で 19 分、田ノ浦港下船 奈留島・・・福江港から五 島旅客船 ( たいようまた はフェリーオーシャン ) で 30 ~ 45 分、奈留港下船 ※便数は少ないが、奈留港 へは上五島の青方港、若松 港からもアクセスできる 五輪の住民数はわずか。海 と山に挟まれた平地に旧堂 と、昭和 60 年 ( 1985 ) 完成 の新聖堂が並び立つ 明治 14 年 ( 1881 ) に創設され、昭和 6 年 ( 1931 ) 、五島で初めての鉄筋コンクリート 造の教会として現聖堂が完成した。外観は高 くそびえる鐘塔が特徴的。白を基調とする堂 内はすっきりと美しく、リプ・ヴォールト天井 が優雅な曲線を描いている。 ・田ノ浦港から徒歩 20 分朝拝観自由 0 あり 、冫 1. 扉はふだん閉め 2 られており、堂内拝 、観は奈留教会へ電 話で申し込む 2. 外 壁の明るい色使い が印象的な聖堂・ , 、一 3. 柱には木目模、ノ・ 様、窓ガラスには / ン 花の模様がいずれ も手描きされてい る 廃校となった小学校の脇の林に包まれて、ひっ そりと立つ。鉄川与助の設計施工で大正 7 年 ( 1918 ) に完成。外壁はクリーム色に塗られ、ロ マネスク風の窓は水色。かわいい「祈りの家」であ あらセ島島 るとともに、完成度の極めて高い木造教会として るのスにの 国の重要文化財に指定されている。 珠島はも北 四 0 五島市奈留町大串 1 1 31 玉に決教方 ・奈留港から約 8 朝外観見学自由 のはし会に ( 堂内拝観は前日までに要予約 ) 0 あり 教貴ては浮 会重い点か 堂ない在ぷ が重とし久 あ要はて賀 か る文いい島鬟 化えるや 時間があれば行っておきたい、長一ス 島ア 江の 福 奈留島 DATA 住 えがみてんしゅどう ( 奈留教会 ) 名工鉄川与助の 代表作のひとつ 谷 0959-64-3285 P17D2 、 , 重要 イ ツ なるしま 1 . 白を基調としているからか堂内は明 るく、それほどの古さを感じさせない 2. 、 - - 「バラ窓といわれる円形の窓には花模様 が 3. 福江港からの船が久賀島へ近づく と、高い鐘塔が真っ先に目に入る History 、 明治のキリシタン大弾氏 幕末の「信徒発見」により、五島においても信 仰を表明するキリシタンが現れたが、明治政府 は禁教政策を継続。明治元年 ( 1868 ) から、のち に「五島崩れ」とよばれる弾圧が各地で加えられ た。その発端は久賀島。 1 2 畳ほどの牢に約 200 人の老若男女が 8 カ月間も監禁され、 42 人が落 命。その後、迫害は福江島の三井楽や水ノ浦、 頭ヶ島など各地に広がり、殉教者が相次いだ。 牢屋の窄殉教記念教会 ろうやのさこじゅんきようきねんきようかい 殉教の悲劇を今 に伝える教会 久賀島の殉教者を顕彰するため 昭和 44 年 ( 1969 ) に創設。昭和 59 年 ( 1984 ) に牢屋跡の現在 . ・ 地に移り、聖堂も新築された。堂 内の床の色を変えることで、牢の 朝外観見学自由 ( 堂 内拝観は浜脇教会へ問 合せを ) 0 なし = ロコ グレーの部分が牢屋と同じ 広さ。身動きもできない中、 多くの信徒が亡くなった 久賀島 0959-72-7800 MAI' P17D2 旧五輪教会堂 知っておきたい きゅうごりんきようかいどう ( 五島市教育委員会生涯学習課 ) 五島列島の 現存最古の教会堂 0 0 重要 今でも車では行けない五輪地区にある。明治 14 年 ( 1881 ) 、島内の浜脇教会の聖堂として建 てられ、昭和 6 年 ( 1931 ) 、現在地に移された。 外観は和風建築だが、ゴシック風祭壇などを備 えた内部は、本格的な教会建築様式。明治初期 の教会建築の姿を伝える貴重な建物だ。 四 0 五島市蕨町 993-11 ・田ノ浦港から約 1 2 で車の場合は下車、徒歩 1 0 分朝拝観自由 0 なし 1 . 木造瓦葺の簡素なたた ずまい。十字架がなけれ ば古民家のようだ 2. 教 会の長い歴史を感じさせ るステンドグラス 3. 天井 は板張りのリプ・ヴォール トとなっている の、マー 24 ツを一 ツノにツ、ツツにツごツ にり′り′りり′り′り・ツ ないいないいい第・ 1 さらに詳しく知りたいなら 3 谷 0959-77-206 Ⅱ浜齧教会 ) P17D2