思想 2016年 08月号

キーフレーズ

アンダーソン インドネシア 起信論 ナショナリズム ネーション リバタリアン 西田 and カント 想像の共同体 純粋経験 概念 意識 本体 観念 植民地 東南アジア ジャワ 明治 日本 スハルト アメリカ ヴァレリー 経験 岩波書店 想像力 リバタリアニズム 問題 Anderson 一般 思想 現象 研究 覚醒 できる 実在 考える 世界 東ティモール 岩波文庫 ヒューム 哲学 想像 可能性 意味 存在 三角形 政治 London ハターナリズム ロック 幾何学 インドネシア人 The 考え 直観 比較 普遍性 一つ 時代 特殊 場合 私たち 実在論 ベネディクト・アンダーソン パターナリズム 人びと 批判 純粋 構成 イギリス 統一 アチェ 近代 理解 図式 社会 真如 イリアン 可能 政府 選択 大拙 University the 言葉 必要 ヤシガラ 大乗仏教 善の研究

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受けていた。 第九四二号 ) 。 ( ) 中村元は、原坦山が『起信論』を講じたことを「わが国の (2) 例えば、板橋勇仁『西田哲学の理論と方法』 ( 法政大学出版 精神史、思想史においてその意義をいかに強調しても過ぎるこ 局、一一〇〇四年 ) 第一章「「直接の知識」と哲学的方法論」。 との無いほど、歴史的な大事件であった」という ( 原、前掲書 ( Ⅱ ) 井上哲次郎「認識と実在の関係」 ( 井上哲次郎編『哲学叢 書』第一巻第二集、明治三四年、集文閣、三六二頁、国立国会 ( 片 ) 坦山は当初「印度哲学」ではなく「心性哲学」という名称 図書館デジタルライプラリーによる ) 。 を考えていたという。注目に値する。 ( 肥 ) 『哲学字彙』 ( 井上哲次郎編、有賀長雄増補、名著普及会、 ( 絽 ) 「読了」の前年、明治三五年八月七日の日記にも「起信論」 一九八〇年。初版は明治一四年 ) 。 の文字が独立して登場する。なお同年一〇月二八日には「本日 ( ) 西田を井上哲次郎「現象即実在論」の継承者とする見解に 大拙より久しぶりに面白き手紙来る」とある。大拙が・ジェ ついては、井上克人『西田幾多郎と明治の精神』 ( 関西大学出版 ームズ『宗教経験の諸相』を紹介し、西田もぜび「一読した の系譜」など。 部、二〇一一年 ) 第二部「明治期アカデミー き」と応じているが、『起信論』の話題はない ( 西村恵信編、前 ( ) この文脈における加藤弘之の宗教観・時代認識については、 掲書、九七頁 ) 。 木村清孝「原坦山と「印度哲学」の誕生ーー近代日本仏教史の ( 四 ) 井筒俊彦『意識の形而上学』中央公論社、一九九三年、五 一断面」、『印度学仏教学研究』第四九巻第一一号、平成一三年。 八頁。 ( ) 原坦山については中村元による解説がある ( 原坦山『大乗 ( ) 西田哲学と『起信論』の比較研究は、既に末木剛博にある。 起信論両訳勝義講義』萬昌院功運寺、昭和六三年、「序」 ) 。中 『善の研究』と『起信論』に共有される点は、共に意識一元論、 村によると坦山は神智学のオルコット ( H. S. O 一 cott ) の影響を 論 け円 再円 と円 に円 拡円 る む 想 8 起 こ受とヤ 思間 カ 乗 て の史 大 由チ好 こ障 0-0- 区 - 0 の 援救期想。。動 ら 代礎 サ社を俊たを的慧自 学 ←気保 年基 験姿邦を捌判 一ア 哲 柴て計は 田 ア学 のキ〉と会房第 イ済 本噐和 西 半付西ド場 っ社書 著点 後跡 テ経 ンる 第草 効効 昭科代を スび ロす 年点 策番 子 表アち シ学 最手 フ大 政 著 二ロ けいそう

1 16 意識内在論、自己反省に依る自覚の体系。共にその自覚は段階 的な体系をなし、理想状態においては自我が普遍的なものに合 一するという。他方、相違点としては、曰『善の研究』の体系 が理想に向かう向上だけであり、頽落への道は語られないのに 対して、起信論では向上と頽落の過程 ( 還減門と流転門 ) が語ら れる。ロ『善の研究』には頽落の原理がないのに対して、起信 論は「心を濁らせ迷わせる原理」を「無明」として語る。曰 『善の研究』では「一一一口語が演ずる功罪」が考慮されないのに対 して、起信論は「自覚に対する言語の功罪両面」を説く。四 『善の研究』が世俗の人倫・道徳を積極的に認めるのに対して、 起信論は世俗的な人倫・道徳には積極的な価値を認めない ( 末 木『西田幾多郎ーーその哲学体系』第一冊、二四〇ー二〇一 頁 ) 。こうした相違点のうち、とりわけ『善の研究』に「言語 ( 一一 = ロ・コトヾ ノ ) 」の限界への指摘がない点は重要である。この点 は『起信論』の「離言真如」と「依言真如」を検討する際に詳 しく見る ( 本稿絅・国 ) 。なお、後期西田と『起信論』との相違 に関する末木の指摘については、本稿下、註二。 ) 小坂国継『明治哲学の研究』岩波書店、二〇一三年。 ) 小坂は、西田の純粋経験が井上の「一如的実在」と多くの 点で一致しているという。 ( ) 坦山が大学に提出した「年次報告書」によれば、『起信論』 以外のテクストも講じた可能性がある。「仏教の経論三部を講 ず、すなわち円覚経、起信論、百法明門論題解是なり」 ( 『東京 大学第二年報』収載。井上克人、前掲書、一六〇頁から引用 ) 。 しかし明治期哲学との関連で『起信論』以外の仏典が登場する ことはない。 ( 幻 ) 井上克人「西田哲学の論理的基盤ーー〈体・用〉論の視座か 22 21 ら」、『〈時〉と〈鏡〉超越的覆蔵性の哲学ーーー道元・西田・大 拙・ハイデガーの思索をめぐって』関西大学出版部、二〇一五 年。 ( ) 「下る」は「ケノーシス」を念頭に置く ( フィリビ二 八 ) 。西田も「ケノシス」に言及している ( 「場所的論理と宗教 的世界観」一〇巻、三一七頁、文三二九頁 ) 。 ( ) 井筒の用語で言えば「自己分割」とは異なる「自己分節」 である。「分割」は「一」が分裂し各部分が個々の存在者とし て独立すること。それに対して「分節」は「一」が「一」のま ま個々の存在者になることである ( 井筒俊彦『意識と本質』岩 波文庫、四一七頁 ) 。 ) この根源的統一カの発展において、その中心点の変移が時 間の経過であり、変移してゆく瞬間ごとの中心点が「今」とい 、つことになる。 8 ) 小坂は、ジェームズの純粋経験説とへーゲルの具体的普遍 の思想を大乗仏教的立場から総合・統一しようとする試みと言 、その大乗仏教的立場を「平等即差別、差別即平等」の立場 という ( 小坂前掲書、一七九頁、一九九頁 ) 。 ( 四 ) 板橋勇仁『西田哲学の理論と方法・ーー徹底的批評主義とは 何か』法政大学出版局、二〇〇四年。 ( ) 『上田閑照集』第三巻、四五頁 ( 『西田幾多郎を読む』岩波 書店、一九九一年、二八〇頁 ) 。 ( 引 ) 新田義弘『現代の問いとしての西田哲学』岩波書店、一九 九八年、九頁。

冨田恭彦 学がどのようにして成立するかに繰り返し言及し、「超越論 はじめに 的方法論」等において「構成」について論じた。 この「構成」という方法概念は、カント以前の哲学者、ロ 『純粋理性批判』の「図式」に関するカントの論述は、理 ークリ、ヒュームが関わった「一般観念」の成立如 解しづらいとよく言われる。「演繹」自体を含めてカントが 扱。ている事象の難しさはあるものの、時代の推移とともに何の問題と深く関わる内容を持つ。構成についてカントが説 式カントにと 0 ての「あたりまえ」とわれわれにと 0 ての「あ明するところによれは、幾何学の場合、われわれは産出的想 し」 たりまえ」のずれが増大したことにもその一因がある。カン像力によ。て空間中に描かれた図形の、それを特殊化してい 説 トを理解するために時代を極力復元することは、その批判的る性質を度外視し、それをもとに普遍的総合的認識を得る。 読解には不可欠である。小論は、このカントの「図式」概念そもそも、カントはロック同様、概念ないし可想的観念とし 一を、当時の思想状況とすり合わせることによ「てよりよく理ての抽象一般観念の、一般性・普遍性を認める立場にある。 そして、その上でさらに、構成による特殊観念 ( 想像力によ「 の解しようとする、一つの試みである。 て描かれた図形 ) の、それを特殊化するものを「捨象」するこ カントは、『純粋理性批判』において、アプリオリな総合 ン とによる一般化を説く。このカントの二重構造的な捉え方は、 カ判断がどうして成り立つかを明らかにしようとした。彼にと 。ては、すでに純粋数学と純粋自然 ( 科 ) 学が、その実例を与内容的に、ロックの抽象一般観念説に見られる見解と、ロッ えていた。そのため彼は、『純粋理性批判』の中で、純粋数クを批判してバークリとヒ、ームが採。た方針の、双方と重 ニ一口 カントの「一般観念」説と図式論