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顔を上げて、栄次郎氏は言った。 「要らん苦労をかけたからさ。けどその前のこととなるとーーこの人がうちにいたのは、 火事の前だよな ? 」 「そうです。前年です」 「何年ぐらい、うちにいたのかなあ」 「本人が亡くなっているので、私も細かいことは知らないのですが、四、五年ーーある いは五、六年ぐらいかもしれません。トモノ玩具のことを話してくれたのは、この写真 に写っているお嬢さんなんですね」 「この子かい」驚いた様子で、栄次郎氏はあらためて写真に目を近づけた。「このとき、 三歳ぐらいだろ」 「そうですね」 「よく覚えとるんだねえ」 「本人の記憶というよりは、大きくなってから両親に聞いた思い出話のようです」 盆を脇に置き、栄次郎氏の隣に腰かけた文子さんが、どれどれとのそきこむ。栄次郎 氏は邪険に肘で突いた。 「文子は知らんことだ。おまえが嫁に来たのはうちがマンション建ててからだろ」 誰「ええ、そうですけどね」文子さんは悪びれる様子もない。「でも昔の写真、わたしも 見たいじゃないですか。工場のことはよく知らないもの」

あの孫娘の年齢からして、文子さんが友野家の嫁になったのは、せいぜい二十年前の ことだろう。 「あんた、これはね」と、栄次郎氏は目を剥いて私を見ながら、肘の先で文子さんをつ つついた。「嫁に来てから、うちが昔は玩具工場やっとったって言ったら、何と言った ただ と思います ? ああよかった、その工場をまだやっとったら、無料働きさせられてると ころだったと、こうですよ」 文子さんはケラケラ笑いながら、それでも多少は弁解口調になって、私に言った。 「わたしの実家が、大森で町工場やってるんです。早く大人になってこんな苦労からは 逃げ出したいって、そればっかり考えて育ちました」 「ああ」と、私は曖昧に応じた。どっちに肩入れするわけにもいかないが、面白い 「楽して暮らすことばっかり考えとったんだ」と、栄次郎氏はまだとんがっている。 「そうですよ、お祖父ちゃん。でもおかげさまで、わたしは玉の輿に乗れました。この 家に嫁に来れて幸せでございますよ」 軽くいなしているという感じである。いつものやりとりなのかもしれない。 「火事出す前は、工場も盛んにやってたからねえ」 従業員は、最盛期には事務所と工場と合わせて四十人以上いたそうである。それでも 手が足りなくて、内職にも出していたという。 「梶田さんの奥さんも、子供が生まれてからは、内職の仕事をもらっていたそうです。

家のなかにきれいな玩具の部品がたくさんあったことを、お嬢さんが覚えていました。 社長さんには両親がたいへんお世話になった、恩を受けたと言っています」 仕事は機械化されている部分もあったが、肝心なところは手仕事で、多少なりとも熟 練を要するものだった。だから新米のうちは、会社としては、給料を払って仕事を教え るという格好になる。高い賃金は出せない。それを嫌って、勤めてもすぐ辞めてしまう 者も多かったそうだ。現在と違って、日本経済は右肩上がりの成長期、経済の青春時代 だったから、仕事はいくらでもあったのである。 だから人の出入りは多かったんだと、栄次郎氏は言った。 「梶田さんねえ。顔には見覚えがあるような気がするんだけども。その人がわたしに忍 を受けたって、お嬢さんは言っとるの ? 」 りちぎ 「律儀だねえ。雇って給料払ったってだけのことなのに。そんなのは経営者としちや当 たり前のことでしよう。働かせて給料払わなかったら、あんた、そりや詐欺だもの」 栄次郎氏は口元をしわしわさせて笑った。 砒腰の定まらない梶田氏を拾い上げ、社員寮を世話して定住させた。工場で仕事を教え た。それだけのことをしてやった相手でも、栄次郎氏の記憶はおばろなのだ。それは反 誰面、当時の栄次郎氏が、そういうことを頻繁にやっていた、梶田氏は特別な存在ではな かったという証拠だろう。 さぎ