ハ小ルロイヤル 105 は財物に対する事実的支配の移転を必要とするが、 不動産は場所的に移動することなく、所在が不明に ならないという特徴がある点を捉えて、「窃取」す ることができない、という余地が残っているからで ある。そのように解すれば、客体としての財物性は 否定されなくとも、窃取という行為態様から生じる 制約によって、窃盗罪は不成立となることになる 4 ) 。 ただ、客体の場所的移転がない場合にも「窃取」 を認めることができる事例があるのではないかとい う指摘もなされており 5 、この行為態様からの制限 も必然的なものとはいえない。実際、不動産侵奪罪 の立法が審議されていた頃には、不動産窃盗 ( 既存 の窃盗罪の条文で不動産侵奪行為を処罰すること ) を 肯定する学説も有力に主張されていたのである 6 もっとも、この点、実務では消極に解されており、 不動産窃盗に当たる事案が全く起訴されてこなかっ たため、解釈によって窃盗の観念を拡張することは 法的安定性を害し好ましくないとして、立法的な手 当てをする道が選択され、その結果、不動産侵奪罪 が新設されたとされる 7 規定が新設されたことにより、不動産に対する窃 盗罪は成立しないことで一応の決着が見られたとさ れるものの、解釈上の争いは無くなったわけではな い。たとえば、不動産侵奪罪の性格の捉え方につい ても、考え方は分かれ得る。もともと不動産に対し ても窃盗罪を肯定し得るとする見解から出発すれ ば、不動産侵奪罪はあくまで窃盗罪の一種であり、 不動産を客体とする場合の処罰につき明確にするた めの確認的規定に過ぎないと解することになる 8 ) 。 それに対し、不動産の財物性を否定する立場からは、 不動産侵奪罪は利益窃盗にあたるものにつき処罰規 定を新設したことになるし、窃取性を否定する立場 からも、不動産侵奪罪は本来窃盗罪では把握できな かったものを処罰するものであって、創設的規定と 解することになろう。 [ 3 ] 不動産侵奪罪の構造 以上のように、不動産侵奪罪の性格に関する理解 の相違はあるにせよ、新設された不動産侵奪罪の具 体的な解釈については、客体が不動産である点を除 いては窃盗罪と同じ構造を持つものと理解するのが 一般的である。すなわち、他人の占有する不動産を、 不法領得の意思をもって、自己 ( または第三者 ) の 支配下に移すという構造は全く同じであり、継続犯 ではなく状態犯であることもまた窃盗罪と同様であ る。ただし、窃盗罪が通常、動産を念頭に議論され ていることから、不動産ならではの特殊性に鑑みて、 やや異なる配慮が必要な部分が出てくるのも確かで ある。 (i) 占有の意義 ます、窃盗罪における侵害対象としての他人の占 有については、客体に対する「事実的支配」を意味 するとされ、法律上の占有や民法上の代理占有・間 接占有などは含まないとされている。もっとも、外 出中、自宅に保管している物にも占有が認められて いるように、必すしも握持を必要とするわけではな く、物が占有者の支配力の及ぶ場所に存在すれば足 りるとされるなど、ある程度の観念化は肯定されて いる この点、不動産侵奪罪における侵害対象としての 不動産の占有についても、窃盗罪と同様、「事実的 支配」を意味すると解することでは、ほば一致を見 ているといえよう。しかし、不動産ゆえにその観念 化がさらに推し進められる傾向にある。不動産は場 所的に移転しないから所在不明になることもなく、 登記によって権利関係が公示されていることなどを 理由に、たとえば、自己の住居と離れた山林などに っき、特に柵を設けるなどの特別な管理・看守を行 うことなく所有しているような場合にも、占有が肯 定される点で異論はない。 不動産の所有者に占有が肯定できるのかが問題と なった事案として、最決平成 11 ・ 12 ・ 9 刑集 53 巻 9 号 1117 頁がある。 【事例 1 】 資金繰りに窮した A が、その所有する土地お よび地上建物の管理を B に委ねて夜逃げをし、 行方をくらました。 B が取得した権利は、地上 建物の賃借権およびこれに付随する土地の利用 権を超えるものではなかったところ、 B からさ らに転々とその権利を譲り受けた X は、その土 地の利用権限を超えて、大量の廃棄物を堆積さ せ、容易に原状回復をすることができないよう およそ上記のような事案に関して最高裁は、 A は
LAW 104 法学セミナー 2016 / 06 / no. 737 ーーー財産犯事例で絶望しないための方法序説 [ 第 18 回 ] 奪えるけれど盗めない物って何だ ? 不動産をめぐる諸問題 こバトルロイヤル CLASS 早稲田大学教授 田山聡美 ク フ ス ける目的物には可動性が要求されるとする旧法時代 問題の所在 の判例 1 を踏襲し、強盗罪もまた窃盗罪と共通の性 今回は、刑法の中で不思議な立ち位置を有してい 格を有する罪であることを前提に、両罪における財 る「不動産」という存在について少し掘り下げてみ 物には不動産を含まないとする見解がある 2 たい。刑法典の中で「不動産」という言葉が使用さ ような立場は、詐欺罪 ( 246 条 ) ・恐喝罪 ( 249 条 ) ・ れている罪は、不動産侵奪罪 ( 235 条の 2 ) のみであ 横領罪等における財物には不動産を含むとして、犯 るが、その不動産という言葉につき刑法典上明確な 罪類型ごとの相対性を認める。しかし、窃盗罪や強 定義づけは行われておらず、いわゆる「財物」との 盗罪の客体に関してのみ、なぜ当然に可動性が要求 されるのかについては疑問が残るうえ、同じ財産罪 関係性については、実は相当にあいまいな部分を有 の中で使用されている同じ「財物」という用語を、 している。たとえば、横領罪 ( 252 条 ) の客体とし ての「物」には当然のように不動産を含めて考えて 異なる意味に解釈することは、果たして説得的とい いる一方、横領罪における「物」と強盗罪 ( 236 条 ) えるかも疑問である。窃盗罪と強盗罪とは同一の章 における「財物」は同じ概念であると解しつつ、強 に規定されているとはいえ、窃盗罪や強盗罪と同じ 盗罪においては不動産を「財物」ではなく「財産上 章に規定されている 242 条 ( 他人の占有等に係る自己 の利益」として扱うのが一般的である。 の財物 ) における「財物」には不動産も含むとされ るのが一般的であり、やはり不統一感は免れない 3 ) 。 不動産の扱いについて、まずは窃盗罪 ( 235 条 ) そこで、解釈の安定性・統一性を重視すれば、有 との関係を意識しつつ不動産侵奪罪の理解を深め、 体物たる不動産は「財物」に含まれると解するのか それをベースに、その他の財産犯における不動産の 扱いについて検討を進めたい。 妥当であろう。 基本ツールのチェック [ 2 ] 窃盜罪と不動産侵奪罪との関係 [ 1 ] 不動産は財物か では次の問いとして、不動産に対する窃盗罪は成 まず、不動産は財物か、という問題を考えておこ 立するか。現在では、不動産窃盜に当たる行為につ いては不動産侵奪罪で処罰するので窃盗罪は成立し う。民法 86 条 1 項の定義に従えば、不動産とは、「土 ない、という答えになるのであろうが、不動産侵奪 地及びその定着物」をいう。土地も、その定着物で 罪が新設される昭和 35 年以前であれば、窃盗罪が成 ある建物等も、形ある存在であるから、有体性説・ 立し得たのであろうか。不動産侵奪罪の位置づけを 管理可能性説の対立にかかわらす、不動産が財物性 正確に理解するためにも、この問題を簡単に整理し を否定される理由はなさそうに思われる。ところが、 ておきたい。 窃盗罪と強盗罪においては、そう単純ではない。 前述のように不動産が財物に当たることを肯定し 窃盗罪・強盗罪の客体たる財物から不動産を排除 たとしても、それが直ちに不動産を客体とした窃盗 する理由の一つとして挙げられるのは、不動産が文 罪の成立を肯定することにはつながらない。窃盗罪 字通り可動性に欠けるという点である。窃盗罪にお
応用刑法 I ー総論 害した」という事実、すなわち、実行行為のもっ危 発生するものである以上、当該因果経過を経て結果 険が結果に現実化したという事実だけが重要であ が発生することがおよそ予見不可能な場合は、当該 る。そこで、構成要件的符合説の立場からは、実現 結果の惹起について行為者を非難することができな された危険性の具体的内容を認識する必要はないこ いからである。 とになる。したがって、結果を惹起した現実の介在 * 現に、固有の錯誤論の論者も、修正橋脚事例について は殺人罪の成立を認めている ( 井田・前掲総論 183 頁 ) 。し 事情の認識・予見を要求する理由はないように思わ かし、行為者が岩の存在を認識していないのであれば、殺 れる。以上より、修正橋脚事例では、殺人罪が成立 人罪を認めることは、行為者が認識していた事情を前提に すると解すべきである。 危険の現実化が認められるか否かを主観的帰責の判断基準 とするという本来の立場と矛盾する。むしろ、「行為者が もし、因果関係の錯誤で故意を阻却すべき場合が 認識していた事情」を拡張し、「行為者が認識可能であっ あるとするならば、それは当該因果経過により結果 た事情」とするならば、甲が川の中に岩があることを認識 が発生することがおよそ予見不可能な場合に限られ することが可能であった以上、そのような事情を前提に主 観的な危険の現実化を肯定することは可能となろう。 るであろう ( 松宮孝明『刑法総論講義〔第 4 版〕』〔成 文堂、 2009 年〕 199 頁 ) 。結果は因果関係を経由して ( おおっか・ひろし ) 103 判例実務の考え方をしつかり理解できることを目標にした 画期的なテキスト。豊富な事例を使い、基礎知識から受験に 必要な内容まで、徹底してわかりやすく解説。 基本刑法 I 総論ー 大塚裕史・十河太朗・塩谷毅・豊田兼彦【著】 因果関係や共犯をはじめ、注目の最新判例も踏まえ、 初版よりもさらに深く、わかりやすく全面改訂。 ー刑法および犯罪論の基礎構成要件該当性Ⅲ違法性Ⅳ責任 V 未遂犯 Ⅵ共犯Ⅶ罪数および刑の適用Ⅷ補論 基本刑法Ⅱ各論 大塚裕史・十河太朗・塩谷毅・豊田兼彦【著】 「基本構造」「重要間題」の 2 段階で理解 ! 一個人的法益に対する罪ⅱ社会的法益に対する罪Ⅲ国家的法益に対する罪 簡易問題集を HP で公開中 ! 大第裕史・十河本第・塩谷毅・豊田彦 第 2 版 ■本体 3 , 800 円 + 税 本 」法Ⅱ 大宿裕史・十河太第・場谷載・・田・を 目次 ・本体 3 , 900 円 + 税 ・ 03-3987-8590 日本評論社 〒 170-8474 東京都豊島区南大塚 3-12 ー 4 TEL : 03-3987-8621 /FAX こ注文は日本評論社サービスセンターへ TEL : 049-274-1780/FAX : 049-274-1788 http://www.nippyo.co.jp/