094 法学セミナー 2017 / 03 / n0746 LAW CLASS うかは不明である。しかも、会社が出資額に相当す る額を株主に分配することを認める必要がない ( 株 主もそれを望んでいない ) とも限らない。というのも、 むしろ有効な投資機会のない余剰資金を貯め込んで いる会社 ( わが国の上場会社にもそのような会社は少 なくない ) では、そのままだと経営者に浪費される だけになる危険が大きいであろう。そうであれば、 余剰資金は、出資額に相当する額も含めて株主に分 配させる方が社会的にみて望ましいし ( そうすれば 株主は当該分配金を有効な投資機会を有している会社 に再投資できる ) 、株主もそれを望んでいると考えら れるからである 6 また、会社債権者にとって最も重要なのは、株主 への分配が行われることによって会社の支払能力が 失われ、債務の弁済に支障をきたすのを防ぐことで あると考えられる。しかし、そもそも出資額は会社 の支払能力と何の関係もない数字である。例えば、 出資額 ( 資本金・資本準備金 ) は 500 万円で、資産は 10 億円、負債は 9 億円であるような会社もありうる ところ、そうした会社で純資産 1 億円のうちの 500 万円についてだけ株主への分配を禁じたところで、 会社の支払能力の維持にはほとんど役立たないであ ろう。結局、出資額を基準にして資本金・資本準備 金を算定し、それを元に分配可能額を算定すること は、分配財源規制の趣旨に照らして不合理とまでは 言い切れないかもしれないが、少なくとも積極的に 合理的であるとは言い難いのである 7 。そのため、 立法論として、むしろ資産負債比率を基準とした分 配財源規制 ( 株主への分配後における会社の資産額が 負債額の一定割合〔 110 % や 125 % など〕以上になるよ うな分配に限って認められるとする規制 ) を採用すべ きであることが有力に主張されている 8 [ 3 ] 資本金と準備金というニ重構造の合理性 既述のように、そもそも現行の分配財源規制が資 本金・準備金を基礎としていることの合理性には疑 わしいところがあるが、その点は措いても、資本金 も準備金も、基本的にそれに相当する金額は株主へ の分配のために用いることができないという点では 共通するにもかかわらず、現行規制が資本金・準備 金という二重構造を採用するのはなぜだろうか。 資本金と準備金の相違点は、分配可能額がないの に、会社が分配を行いたいという場合の取扱いが異 なることにある。つまり、分配可能額がないのに株 主への分配を行いたいという場合、会社は資本金か 準備金の額を減らすしかないところ、会社法上、資 本金の額を減らす場合と準備金の額を減らす場合と では、異なる手続が定められている。まず、①資本 金の額の減少については、債権者異議申述手続 ( 会 社 449 条 1 項 ) に加えて、株主総会特別決議の手続が 必要とされる ( 会社 447 条 1 項・ 309 条 2 項 9 号 ) 。こ れに対し、②準備金の額の減少については、やはり 債権者異議申述手続は要求されるが ( 会社 449 条 1 項 ) 、株主総会決議は普通決議でよいとされている ( 会社 448 条 1 項 ) 9 ) このように資本金と準備金とでは、その額を減少 する場合の手続が異なり、資本金の額の減少の方が 株主総会の特別決議が要求される点で手続規制が厳 格である。このことの理由については、出資額をベ ースとする資本金の額を減少して株主への分配を可 能にする場合には、事業規模の縮小など、会社の基 礎に関わる事態 ( いわゆる会社の一部清算 ) が生じて いることが多いからであるという説明がなされ る 10 。しかし、本当にそうであるかは自明でない一 方、仮にそうであるならば、同じく出資額をベース とする資本準備金の額を減少する場合も同様であろ うから、やはり必ずしも十分な説明にはなっていな いように思われる。現行制度が資本金減少と準備金 減少を区別しているのは、むしろ以下にみるような 沿革的な理由が大きいというべきであろう ll)o 明治 32 年商法制定当時、株式は全て額面株式 ( 株 券に「額面額」が記載されたもの ) であり、資本金の 額は、その額面額に発行済株式総数を乗じることに よって算定された。こうした法制の下では、資本金 の額を減少させるためには、発行済株式総数を減ら すか、または額面額を小さくするしかない。しかし、 額面額には下限が法定されており、その下限よりも 額面額を小さくすることは許されなかったという事 情など 12 ) から、額面額は変更しにくく、それゆえ、 発行済株式総数を減少させる方法で資本金減少が行 われることが少なくなかった。そして、発行済株式 総数を減少させるには、会社が株主から持株を強制 的に取得すること ( その結果として株主の締出しも生 じうる ) が必要になる関係で、かっての法制では、 資本金減少の手続のなかで、株主からの強制的な持 株取得 ( 強制消却 ) を行うことが可能であった ( 平
株式会社法の基礎 093 資産の部」における資本金の額を増やすという会計 処理 ( そうした処理のことを指して「資本金として計 上する」といった言い方がされる ) が行われる ( 会社 445 条 1 項 ) 。ただし、出資額の 2 分の 1 を超えない 額については、資本金ではなく資本準備金の額を増 やす ( 資本準備金として計上する ) という会計処理を することも許されている ( 会社 445 条 2 項 3 項 ) 。後 述するように ( 3 [ 3 ] 参照 ) 、資本準備金の方が資本 金よりも減少させるための手続が容易であることか ら、実務上、許容範囲ギリギリまで ( つまり出資額 の 2 分の 1 まで ) 資本準備金として計上する例が多 くみられる。 第二に、会社が剰余金配当を行うと、資本準備金 または利益準備金も増える。例えば、会社が現金で 総額 1 億円の剰余金配当を行う場合を考えてみよ う。この場合、① 1 億円分だけ、貸借対照表上の「資 産の部」の現金の額が減る 2 ことになるから、それ に対応する形で「純資産の部」の額を減らす必要が ある。そこで、②「純資産の部」における「その他 資本剰余金」または「その他利益剰余金」を減らす という会計処理 3 ) ( そうした処理のことを指して「そ の他資本剰余金またはその他利益剰余金を財源として 剰余金配当を行う」といった言い方がされる ) が行わ れる ( 計算規則 23 条 ) 。さらに、それに加えて、③「そ の他資本剰余金」を財源として剰余金配当を行った 場合は、当該剰余金配当額の 10 分の 1 に相当する額 の分だけ、「純資産の部」の「その他資本剰余金」 の額を減らす一方、資本準備金の額を増やし、④「そ の他利益剰余金」を財源として剰余金配当を行った 場合は、当該剰余金配当額の 10 分の 1 に相当する額 の分だけ、「その他利益剰余金」の額を減らす一方、 利益準備金の額を増やすという会計処理 ( 剰余金の 準備金への組入れ ) が行われる ( 当該額については分 配されるわけではないから「資産の部」の額は減らな いし、「純資産の部」の合計額を減らすわけでもない ) 。 ただし、資本準備金と利益準備金の合計額が資本金 の額の 4 分の 1 に達したときは、それ以上に資本準 備金・利益準備金の額を増やす必要はないとされて いる ( 会社 445 条 4 項、計算規則 22 条 ) 。 [ 2 ] 資本金・準備金を基礎にすることの合理性 現行の分配財源規制は、上記のような方法で算定 される資本金・準備金を基礎として分配可能額を定 めている。それはどのような理由に基づくのだろう か。また、そのことに合理性はあるのだろうか。 ます、剰余金配当額の 10 分の 1 に相当する額の分 だけ、剰余金を資本準備金または利益準備金に組み 入れることについて、理由を探すとすれば、以下の ようなものが考えられる。すなわち、毎回の剰余金 配当額が大きいほど、行き過ぎた剰余金配当が行わ れている可能性が高い。配当額の 10 分の 1 に相当す る額の分だけ、剰余金を準備金に組み入れる ( そう すれば分配可能額も減ることになる ) のは、そのよう な行き過ぎた剰余金配当を抑制するためである。も っとも、このような会計処理だと、設立時期が古い 会社では、たとえ毎年の剰余金配当額が少額でも過 去の配当額の累積額は大きくなるために、準備金の 額も大きくなってしまうという問題が生ずる。そこ で、この問題に対処するため、剰余金配当時におけ る剰余金の準備金への組入れは、資本準備金と利益 準備金の合計額が資本金の額の 4 分の 1 に達するま で行えばよいことにしたという理由付けである。た だし、そもそも、毎回の剰余金配当額が大きいほど、 行き過ぎた剰余金配当が行われている可能性が高い という出発点の妥当性は自明でない 4 ) 。 他方、出資額 ( 過去の出資額の累計額 ) に相当す る金額を資本金・資本準備金にして、それを元に分 配可能額を算定することについても、やはり理由の 説明は難しい。出資額に相当する額は事業損失等に よって生ずる会社財産の減少に対する緩衝材になる べきものであるから、株主への分配を禁ずるべきで ある旨の説明がなされることが多いが、そうした緩 衝材 ( すなわち分配財源規制 ) が必要であるとしても、 なぜ出資額に相当する金額を緩衝材にすべきなのだ ろうか。 この点については、以下のような説明が考えられ るかもしれない。すなわち、株主が会社に出資をす るのは、その出資金を用いて会社に事業を行わせ、 その収益の分配を受けるためであるから、出資額に 相当する額については、会社が株主に分配すること を認める必要はないし ( 株主もそれを望んでいない ) 、 債権者も株主に分配されないであろうと期待するか らであるという説明である 5 。しかし、こうした説 明とて決して十分なものとは言い難い。まず、債権 者がそのような期待を有している可能性があるとし ても、それが法的保護に値するほどの強い期待かど
LAW 092 株式会社法の基礎 [ 隔月連載 ] [ 第 16 回 ] 資本制度と 100 % 減資 ( 2 ) 法学セミナー 2017 / 03 / no. 746 慶應義塾大学教授 久保田安彦 ラ ク ス ら【ⅱ式】の両辺は = で結ばれる 【図 A 】甲社の最終事業年度末日における貸借対照表 ( 単位 : 百万円 ) ( 資産の部 ) ( 負債の部 ) 【前 15 回 ( 1 ) の目次】 1 はじめに 2 分配財源規制としての資本制度 田分配財源規制の必要性 [ 2 ] 「剰余金」と「分配可能額」 現金 [ 3 ] 会社が自己株式を保有している場合の分配可能 売掛金 5 開合計 商 額 500 ロロ 機械・備品 1 , 000 株主資本 [ 4 ] 会社が最終事業年度末日後に自己株式を処分し 土地建物等 資本金 1 , 600 た場合の分配可能額 ( 以上 744 号 ) 資本準備金 その他資本剰余金 利益準備金 3 ー現行法上の分配財源規制の合理性 その他利益剰余金 評価・換算差額等 [ 1 ] 資本金・準備金の額の定め方 新株予約権 まずは、ごく簡単に、前回のおさらいをすること にしよう。株主への会社財産の分配 ( 剰余金配当・ 5 , 600 合計 2 , 600 自己株式取得 ) の財源にできるのは「分配可能額」 であり ( 会社 461 条 2 項 ) 、その分配可能額の算定の 分配可能額は、一定の場合 ( 会社が自己株式を保 基礎になるのが「剰余金」である。 有している場合など ) を除くと、剰余金の額と同一 剰余金の額は、最終事業年度 ( 会社 2 条 24 号 ) の である。このとき会社は、純資産のうち、少なくと 末日における貸借対照表から算定される ( 会社 446 も「資本金と準備金 ( 資本準備金 + 利益準備金 ) の合 条 ) 。その基本的な算定式は下記【 i 式】のとおり 計額」に相当する金額は、株主への分配のために利 であり ( 同条 1 号 ) 、例えば下記【図 A 】のような 用できないことになる。このように現行の分配財源 貸借対照表 ( 実際の貸借対照表と比べて著しく簡略化 規制は、資本金・準備金を基礎にしているといえる したものである ) をもっ甲社の場合であれば、剰余 が、そもそも資本金・準備金の額は、どのように定 金の額は 7 億円になる。また、剰余金の額について まるのであろうか は、下記の【ⅱ式】も成り立つ。 第一に、会社法上、設立時または設立後における 新株発行に際して、株主となる者が株式会社に対し 剰余金 = その他資本剰余金 + その他利益剰余金 て払込金額の払込み、またはそれに代わる現物の給 【 i 式】 付を行うと、そうした出資額の分だけ、貸借対照表 剰余金純資産ー ( 資本金 + 準備金 上の「資産の部」の額が増えることになる。そこで、 〔資本準備金 + 利益準備金〕 ) 【ⅱ式】 それに対応する形で、出資額に相当する額について ※仮に「評価・換算差額等」・「新株予約権」がゼロな 「純資産の部」の額を増やす必要があるところ、「純 2 , 000 ( 純資産の部 ) 50 合計