SFマガジン 1970年6月号

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目次

19 70 年 6 月号目次 The ノ。〃 03 / " g 立なおゆ厖 " ノ″ん加 r 襯な豆 0 れ可 03 " " , ノ or んなん 4 れ 03 んイ花なん尾 gratefully ”取イ STARSONG$+y FRED SABERHAGEN 。。 " ん・◎ 1968 Galaxy 2 訪 I なん・ " g 。ゆ。 , 。 0 ・。 , 。 地衛星 球星 , の はカ 数ノレ 裔オ のノレ をス かの幸過フ ぞ翼 な し、場 二〇〇枚 ジョン・・プラナー 思考の谺 執拗に甦る悪夢のような死の記憶こそ大宇宙の存亡にかかわる恐るべき秘密の鍵だった / 半村良 、ゾ新 巻末特選 / ・ヘル・シリーズ第四弾 / 英 t.ou- 界の人気ナンバ ・ショートショート 堀晃 ミルドレンド・クリンカーマン フレド・セイハーへーゲン シオドア・ --J ・トーマス ジャック・ウィリアムスン 筒昇】康一一隆 ー登場 164 1 5 7 14 6

WORLDS - 、 OFI ~ IF S C 工 ENC 工 C T 工 ON ート・シェクリイ d) ポッ一下工学入門 U) LL スキャナー S F マガジン 6 月号 ( 第 11 巻第 6 号 ) ・ 250 昭和 45 年 6 月 1 日印刷発行発行所東京都 千代田区神田多町・ 2 の 2 郵 1 0 1 早川書房 TEL 東京 ( 254 ) 1551 ~ 8 発行者早川清 編集者森優印刷所東洋印刷株式会社 表紙岩淵慶造 目次・扉中島靖保、 イラスト緒方健二 真鍋博金森達 岩淵慶造中島睛イ礼 水野良太郎斎藤和明 石′原藤夫 野田昌宏 美術館【 8 】【イラスド 3 を 最近の米べー 伊藤典夫 ク ( をプン ( 一第亠第特別連載ププ / ダジま」ゴッグ石森章太郎 ~ 日本石川喬司《海外》福島正実 でてくたあ 大伴昌司 L.L 作家万国博をゆく トータル・スコープ特別版 加藤喬 4 。 7 。と現代世界 サイエンス・ジャーナル 野浩一 論壇若い創造としての「ニュクエープ」とロ一ユーポッス」 ヒューズ夫人の偉大な霊能 ハマ沖の謎の海底遺跡・ 紛失した放射性物質はどう探すか : 人気力ウンター 世界情報 世界みすて りとびつく 第四回 第五章 てれぽーと : ノルウェイから来た (DLL 作家 : 144 ーーー 155 150210 96 136

第 3 一物す膨嚇屋ッ 日本万国博罰が、いま大阪千里丘陵で開催されている。敷地面積 たとえば一八五一年開催された第一回ロンドン万国博の、あのあまりにも クリスタル・ハレス 三三〇万平方メートル、参加国七十六カ国、設立されたパビリオン百余、会有名な水品宮は建築学上の革命だった。鋼鉄とガラスで建てられたこの建 期百八十余日中の予測入場者数五〇〇〇万、総予算一兆円におよぶという、 物は、そのデザインといい建材とい、 、また工法といい、当時としては思い 文字通り史上最大の万国博である。 きって奇抜なものだった。しかも工費は安くエ期は短い つまり現代式建 開会以来半月足らず、その間ご自慢の〈動く歩道〉が急停止して重軽傷者築法のさきがけとしての要素のすべてを持っていたのだ。 四十数人をだすという「万国博史上最大の」不祥事が起きたのをはじめ幾つ そのほか、平削り、ポーリング、フライスなどの工作機械類、精密計測機 かの事故や場内コントロ 1 ルの不手際があったほか、展示物についてのかな類や、一日三万五〇〇〇部の新聞を印刷できる大型輪転機、農耕機械、義 り厳しい反博ムードの批判などを浴せられながらも、入場者数は順調な延び足、ミシン、大量生産方式によるライフル銃など : : : 新時代へのエネルギー をみせまずまずの盛況を示している。 のはけロとでもいうべき新技術、新発明が誇らかに展示されたのだ。 とにかく、われわれファンとしては、この万国博を、成功させたいも それ以後、万国博は、その都度必ず新しい科学・技術の達成ぶりを示して のである。万国博という催しに、理解を持ちたいものである。 いる。一八五五年のパリ博では鉄筋コンクリート、 一八六七年のパリ博では なんといっても、これだけの数の世界の国々が、これだけの費用と、人材当時の鉄鋼業界にショックを与えた新製鋼法、一八七六年のフィラデルフィ と、労力と、アイデアと、達成した科学・技術の手法とを使い、一つ会場に ア博ではベルの電話機、タイプライター、寝台車、食堂車、畜音器、 集まって行なうグロ 1 ・ハルな催しである。世紀後半の現代世界でなければ 一八八七年のパリ博では人造絹糸、ロール・フィルム、最初の空気入りタイ 幻世紀をあと三〇年後に控え、ますます巨大な・ハイタリティを示しつつ ヤ、それにパリ名物のエッフェル塔が、この万国博のモニュメントとして建 ある現在でなければ、決して実現できないーー実現の意志統一さえ不可能な設されている。 〈豊かな社会〉の祭りである。そのなかに、東西対立、ヴェトナム戦争 一八九三年のシカゴ博には、当時の電気工学の発達を反映した種々の家庭 をはじめとする局地戦争、中ソ紛争、核戦争の危機、黒人問題、人種差別問用電気製品が出品された。電気掃除機、電気皿洗い機、電気洗濯機、電気な 題、ビアフラの悲劇、貧困と飢餓、世界的規模の公害その他、さまざまの問 べ、電気毛布などがそれである。また、電気式計算機も、このシカゴ博で人 題や矛盾や不条理を、つ。よ、こ し。し冫かかえこみながらも、なおかつ日に日に自己気をあつめた新製品だったし、自動車が、人々の好奇の目を集めて普及のき 充足し、拡大し、前進していく現代世界ー・・・こうした状況のなかで、なおか つかけをつかんだのも、このときだった。 っ万国博が開けるというのは、現在が、未来という因子によって、変貌させ そのほか、無線通信機がはじめて公開実験をされたのも、新らしい人工照 られつつある証拠なのだ。敢えていうなら、万国博は、善悪と理非とを超え 明である螢光灯が開発されたのもーーさらに、ステンレス・スチール、ナイ た人類の生命力を、シンボライズするものなのだ。 ロン、プラスチックなどの高分子物質、テレビ、テ】ブレコーダーなどの電 万国博は嘗て、もっと単純に、新しい産業技術の国際的なデモンストレー 子工学製品も、世界的にデモンストレートされたのは、その都度々々の万国 ションだった。科学・技術の成果としての、発明と普及との竸演会たった。 博においてだった。 戦後、こうした万国博の性格は、変貌した。 それは、万国博の歴史をふりかえってみれば明らかだ。 4