ニューギニヤ探検 改訂版

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朝、蘂館にスチ 1 = ス君を訪ね、昨日借りて歸った別刷目録から選んたタイトル凡二百計り 書き取った紙を渡し、あとから日本に郵送して貰ふ様に 二を ) 「、 ) 。金賴んだ。 ス君は私を相手に次から次に話を績けた、私は圖書信 = に相を一將させて貰 0 た。藏書は一ヶ年一囘必す靑酸で燻蒸 一、 ~ は一を「する = と」な 0 = 居り、毎日、幾冊部宛が順次」殺蟲せ られてゐた。 私は約東に基きスロ 1 テン博士を葉館長室に訪ひ同 驗博士の案内で郊外の林業試驗場に連れて行かれた、三代 業目の場長である D 「 . H. E. WOIF VON 1V0 口 NG 君は不 林 在で代理の A. T. J. BIANEF 【君に紹介せられた、同氏 は萬國木材解剖學會の會員であり私を既に知って居た。 止試驗場は凡九年前の建築にかゝり、元の舊試驗場を 知って居る私には豫想に反し大規模のものであった、蘭 印政府が最近、外領の林業に力を注ぐに至った意圖が窺はれる。

試驗は造林、經理 ( 收穫 ) 、開發、木材工藝、水力及び宣傅の六部からなってゐる。 ビャネヒ技師の案内で建物の各室を一巡した、廊下に最近 = ュ 1 ギ = ヤ、ウィッセル湖の探檢 歹へてあったのに一驚した、木 隊に加はって持ち歸った Dr. Y. EYMA 君の夥しい澤山な材鑑がリ・ 材標本室も完備し副産の種子類、エ藝品等よく整理せられ乂木材強弱試驗機も中々精巧なもの 1 どこ。冓内こよ乂最近短材のみを用ひ、 下オっオ太・ーーー 「無支柱」の可なり大きな組立家屋が出來 ー屋 て居た、獨乙では早くから行はれてゐると 一亠立 ~ 一組聞くが實物を見たのは始めてゞあった。 「材試驗場の視察を終 ( た私は一冂一ホテルに 戻りポ市の驛から汽車でバタビヤに歸り香 川氏完に落ちついた。 此日は華僑の大嘱日で、町内が賑ふから 見物せんかと勸めらる、儘に香田氏の案内で車を華僑街に走らせた、東京の淺草を思はにる様な シネマ館と飮食店の多い町で身動きも出來ぬ人出たった、車を指定の場所に置き横町を歩いて見 た、歩道に滑ふて夜店が列び、日用品、玩具、植木、蘭などが薄暗いカンテラの燈で客を呼んで一

居た、夜の濕つぼい察氣は色々の臭氣を混ぜて鼻をついた。更に中心街に足を運ぶと人は肩と肩一 とを擦り合はせながら歩いた、飯店から鳴り響く支那音樂、客を呼ぶ聲、ネオンに照らされる馬 2 來語と支那文字の看板、そこには支那人あって支那人なく、華僑も爪哇人も渾然融和した東亞の 一民族たけたった、我々日本人もその一要素であって見れは誰一人指さす者も無く乂振り返へる 者も無かった、そこに一人の若い華僑がプリキ製の箱を胸に懸け「救国献金」を突きつけながら泳 いでゐた、私の前にも出されたが私は急に暗い氣持ちに襲はれ横を向いて避けるより外無かっ・た。 香川氏の宅に歸ったのは夜半であった。 ニ月セ日 ( 滯在 ) 朝、箱根ホテルに置いた荷物を香田氏宅に運んた、ホテルが滿員、空宀至が無いので香川氏宅に 引移った譯、夕方、總領事館を訪問、歸途、古本屋で爪哇樹木圖譜十五卷を求めた。 ニ月八日 ( スラバヤ ) 夜の明けぬうちから豪雨、朝食を早く済ませ六時、車を命じてバタビャ郊外、・ Z ・—・・ 飛行場に行った。七時半スラバヤ行口ックヒ 1 ド機の客となった、五十米も滑走したと思ふと既 に離陸、雲が低いので低察飛行が績いた、汽車から見る水田は目立たぬが空から見ると一面に廣 がってゐた。この水田の中を羊腸の様に曲がる川と直線のカナルとがはっきり區別が出來た、