第三帝国の軍装ガイド Vol:1

キーフレーズ

着用 指揮官 制服 () 将校 夜会服 パイピング ベルト イラスト 下士官 アルゲマイネ ズボン カフタイトル 飾緒 第三帝国 ケープ 礼装 部隊 ポケット 使用 シャツ 勲章 1933 タイプ 装備 将兵 軍装 授与 オーバー 徽章 導入 ガイド コート 党大会 1934 士官学校 ヒトラー ヘルメット 付け スタイル ストレート 第一次大戦 隊員 党員 外出 M32 グレー ドイツ 鉄十字 サスペンダー 短剣 上級 SS パレード ドイツ軍 歩兵連隊 アドルフ・ヒトラー ボタン 礼服 長剣 施さ 規定 襟章 所属 ニュルンベルグ 折り返し 1936 高品質 ルーン 大管区 階級章 国防軍 リポン 専門職 クリア 記念章 参加 通常 准将 上衣 黒銀 腕章 将官 肩章 連隊 中隊 ss ドイツ陸軍 乗馬ブーツ 大隊指揮官

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【血の勲章 ( プルート勲章 ) 】 党の勲章の中で最高位に位置されるこの勲章は、 1923 年 11 月 9 日のミュンヘン一揆に参加した者に授与されましたが、 のちに一揆参加者以外にも追加授与されました。 右胸ポケットからリポンで吊るして佩用しますが、略式として リポンのみをポケットフラップに着用される事もあります。 【党員章】 ナチス党員が着用する党員章で、一般党員章はネクタ イに着用します。 金枠付党員章は、 1933 年に制定され、党員番号 10 万 番台までの党員に授与されましたが、実際には授与者は もっと多かった様です。また、 1936 年以降は功績のあった 者にも授与されました。 左胸ポケットに佩用しますが、一級鉄十字章などの勲章 の上に付ける事となっていました。 【金枠付党員章】【一般党員章】 【第一次大戦戦傷章】 1914 年に制定された戦傷章で、戦闘中に負傷 【第一次大戦ー級鉄十字勲章】 した将兵に授与されました。金・銀・銅章の 3 種類 1914 年に制定された鉄十字勲章です。 があり、銅章は 1 ・ 2 回の負傷、銀章は 3 ~ 5 回の ー級鉄十字章を授章出来たのは主に将校 負傷、又は手足を失った者、金章は 5 回以上の で、稀に下士官がいました ( 第一次大戦当 負傷、又は失明した者に対して授与されました。 時、陸軍伍長だったヒトラーもこの勲章を授 この戦傷章には中がくりぬいてあるタイプと、くりぬい 与されていた ) 。 ていないタイプがありました。 ー級鉄十字章は左胸ポケットに佩用します 左胸ポケットに佩用しますが、鉄十字章よりも 下に付けます。 34

襟章 一般党員章 ss 士官学校卒業者章 金枠付党員章 プルート勲章 ④ ①ー ② 0 0 0 古参闘士章 ←専門職袖章 カフタイトル ヒトラー突撃隊参加章 【各徽章類と勲章類の着用位置】 SS の黒制服に付ける各徽章類の基本的な着用位置は上図の通りです。 ( 実際にここまで付けている ss 将兵はいなかったと思いますが・・・ ) 勲章類の大半は左胸のポケットに佩用しますが、基本的にステータスの高い勲章から ①、②、③、④・・・と言う順番で取り付けますが、順守しない者もいました。 オーパーコートの場合、徽章類は全て着用しますが、勲章類は取り付けません。 35

【黒制服のその後】 1938 年、黒制服と黒のオーパーコートに代わる制服としてフィールドグレー開襟型制服 ( M38 型勤務服 ) とフィールドグレーのオーバーコートが導入されます。 この制服は黒制服と同型でしたが ( オーバーコートも黒のコートと同型 ) 、肩章が陸軍型の肩章 を両肩に付ける様になった他 ( アルゲマイネ ss 型の肩章を両肩に付けている者もいた ) 、左腕に 付けていた腕章も ss 用の国家徽章 ( 鷲章 ) に代わるなど、より軍服に近い制服となり、『党の組織』 から『軍事組織』へと変貌を遂げたアルゲマイネ ss は国防軍などと肩を並べる様になりました。 これらフィールドグレーの制服を着用出来たのは本部要員の ss 将兵で、後に着用資格のある ss 将兵にも着用が許可されました。しかし、ドイツ国内で任務に当たる非常勤のアルゲマイネ SS 将兵にはフィールドグレーの制服は支給されず、黒制服を終戦まで着用し続けていました。 戦前は約 21 万人以上の全 ss 将兵が着用し、『エリートの象徴』となっていた黒制服ですが、戦 時中は非常勤のアルゲマイネ ss 将兵 4 万人とアドルフ・ヒトラー連隊の儀杖隊員のみが黒制服を 着用しているに過ぎませんでした・ 、ス 7 ・ 支きれ ) / ないのつ・ み一ズにも ーールドゲレーの制服 支ャ ) れるといですね 私たちには 0 0 、ノ創や ごくフツーの 5 の 55 A s 負 36