夏目漱石全集 15

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day A damsel with a dulcimer Reach lazily the pond where no sun is. a VISion I 【 一 hear the white peawcks. the peacccks 0 ( 一 ( was an Abyssinian maid' Ennt11 And on her dulcimer she play'd Wai → ing lazily ( 0 「→ he time when no sound is. おもしろ Singing 象 Mount Abora. ワン・スタソザアナザー・スタソ平 仏の原文では "en" という音が重ってきて面白い アッソナンス とあるように、一節と他節との連絡はとにかく、 けれども英訳ではその類音が失せ去ってなんの佳調も 一個の節としては意味がある。次にメーターリンク ぶりよう よい。英語で思想の欠けた例を求めようとすると、固 (Maete 「 linck) の『無聊』 (Ennui) と名づくる詩の英訳 を掲げる。この詩のほうがかえ 0 て類音 ( 。。目。。 ) 有名詞 ( 音のほかになんらの連想を齎らさない固有 名詞 ) の連続にある。次に一二の例を掲げる。 を続けるのみで意味をなさない。 ある女が一日説教を聞き、ほど過ぎてから説教師を The ca 「 eless peacocks' the white peacocks うけたわ とず 訪れ、先日承ったお話のなかにメソボタミア have flown, potamia) という言葉がありましたが、その言葉は私 The white peacocks have flown ( 「 om the te ・ ス・ヒリチュアル・ベネフィット にたいそうな霊的利益を与えてくれましたと、 dium 0f awaking. 一 000 チ 0 white pe 目 00 , ーー the pe 月 00k0 0 ( 自白した話がある。これは M06 を tamia という音か らある種の感興を受けたものである。次にはロセッテ today, おとめ ィーの『福の乙女』 (The Blessed Damosel) の一節 The peacocks that went away du 「 ing my を弓く。 sleep. 2 We ( wo , こ she said, 2 Will seek the groves The ca 「 d90 peacocks- ・ーー the peacocks 象 ( 9

英文学形式論 Or whom B er 、 sent from 、 4 、こ c shore Where the lady Mary is. With her five handmaids, whase names 「 hen C e ミ洋 with all his peerage fell By Fo ミミミ bb . Are five sweet symphonies, (Paradise Lost. BK. 1. II. 579 Cicily, Gertrude. Magdalen Margaret and Ro 一 ys. ご 九行のなかに固有名詞が十二ある。これ等の名詞は 終りの二行に列挙した五世紀六世紀の固有名詞がはた単に音のために選んだものである。この場合において して作者みずからのいうごとく、「五つの美しい楽のも、私は彼等が与える歴史的連想をほかにして、音調 ちなみ 因にい、つ、 英詩で 自身の美は解せないのがある。 音」 (five sweet symphonies) と聞えるであろうか たんっヾりちょう これ等の固有名詞の来歴を知って読んだならば、多少は英語の性質である単綴調 (\'lono-syllabic tone) を 工セーション の感興を起すに相違ないが、それは別問題である。私破るために、固有名詞を插入することが一種の技術 となっている。特にスコットはよくこの技を用いる 自身においてはこの音調が作者の起したようのエモー っ 9 rm 一 on. Canto VI. Stanza 33. を参照 ) 。 ションを感じ得ないことを自白する。 まり彼等西洋人と同一の耳を持っていないわけである。 次はミルトンの『失楽園』中から、 以上の例は吾々に興味を感ぜしめるものと、そうで ••and what resounds ないものの極端の例を秩序なしに掲げたものであるが、 ln fable or romance or U い son, これによってとにかく、吾々日本人と西洋人とは同一 Begirt with B ュ ( ~ and 」十・ミミ knights, わか の耳を持たないことは解った。しからば音の形式 And all who sinee, baptized or infidel, (Sound form) について、吾々が解し得る領分はどこ までであるか。いい換えると、英語の音において吾人 ミ co , or 、 020. or T ミ新 3 洋 d ・

が解する要素はなに / \ であるか。今便宜上かりにそ吾に面白くはないということである。 メロディー の要素を三つに分けて説明する。 ( 一 l) 、旋律を軈得する手段としてもっとも顕著のも ( 一 ) 、音 (Sound) 自身の連続したる性質すなわちのは尾韻 (Rhyme) と頭韻 ( と literation) とであるし おわりくりかえ ヲレシーディング・ライ / ・ 旋律 (Melody) 前者尾韻は行の終に繰返されるもので、前行の尾 ( 一 l) 、尾韻 (Rhyme) と頭韻 (Alliteration) その韻がまだ吾々の記憶を去らないうちに、またはその音 他の反復音 (Repetition of sounds) が極限意識 (marginal consciousness) となって存在 ( 三 ) 、韻律 (Rhythm) 読む時の語勢 (Stress) するあいだに繰返えす必要がある。さもないとなんら および行 (Line) の長短 (Quantity) を意味する。 の効能もなくなってしまう。しかるにこの極限意識と 音脚 (Foot) や律格 (Metre) はこの部に入る。 なって存在する時間の長さが、日本人と西洋人とにお おもしろ この三か条について吾々の面白いと思うもの、そうで いて違っているようである。吾々は西洋の詩を読み、 ないものとを吟味してみる。 必然の結果として、彼我この時間に長短あることを推 ( 一 ) 、旋律 (Melody) についてはいうべきところは論する。したがって彼等の面白い尾韻が吾々には面白 くない場合が生ずることとなる。たとえば、 少い。なぜというに、ある詩は読んで調子がよく、他 With ravished ears の詩は読んで調子が悪いことは自明のことである。し The monarch hears. かも、いかなる音の結合が好調で、いかなる音の結合 Assumes the god, が調子が悪いかを説明することは容易の仕事でない。 メロディー Affects to ncxl. 旋律は実際間題でこれを理屈にすれば二、および三、 たちい の間題に立入らねばならない。たゞ注意しておくこと And seems to shake the spheres. (Dryden, Alexander's Feast., II. 33 ー 7 ) は、西洋人の耳に面白く感する音の結合は必すしも吾