夏目漱石全集 9

キーフレーズ

敬太郎 千代子 自分 須永 田口 明治 言っ 松本 森本 彼岸過迄 思っ 聞い 考え 市蔵 高木 四十四年 しよう 二人 思う 漱石 今日 言葉 人間 意味 日本 一人 東京 牛込区 行っ 見る 立っ 持っ 早稲田南町 思い 答え 鎌倉 宵子 見え 仕方がない 道徳 叔父 出る 開化 好い 関係 行く 番地 職業 一つ 書い 出し 心持 分ら 小説 知ら 世の中 結果 少し 帰っ 百代子 必要 掛け 付い 文芸 太郎 同じ 見える 夏目金之助 二階 言い 生活 上っ 注意 自然主義 あいだ 眺め

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簡 町七番地より京橋区築地二丁目三十九番地松根豊次郎へ 十月ニ十日 ( 金 ) 午前十一時ー十二時牛込区早稲田 〔はがき」 南町七番地より京橋区築地二丁目三十九番地松根豊次郎 昨日ある本を見たら海のことを霊源といふやうに覚 へ〔はがき一 そろ え候 戒名ハ さうめいゐんでんするげついちによ しカヾにや 0 霊源院殿は戒名らしく候。、 滄溟院殿水月一如 ( マタハ一夢 ) 大姉 わか さふらふ にてはお気に入りかね候や戒名と字の大さと書体が分 ニ九朝日文芸欄廃止 ればすぐ菅を頼み申すべく候。匇々 十月ニ十五日 ( 水 ) 午後三時ー四時牛込区早稲田南 ニ七戒名を選ぶ ( 二 ) 町七番地より本郷区森川町一番地小吉館小宮豊隆へ 十月ニ十一日 ( 土 ) 午後零時ー一時牛込区早稲田南原稿を返してくれという端書は拝見したが、二十四 町七番地より京橋区築地二丁目三十九番地松根豊次郎へ日には社へ出る必要があるのでそれまででいいと思っ 〔はがき」 て返事を上けなかった。 かうやうゐんでん うんぬんっ ところで今度ある意味から森田にやめてもらわなけ 浩洋院殿では水月云々に即かず不賛成に候、滄溟の じゃくくうゐんでん 二字悪くば慈海院殿、寂空院殿、観海院殿、虚明院殿、ればならないことになった。森田がいなくなれば文芸 じゃうかうゐんでん の編集者の間題が出るわけたが、僕は少し思うとこ 浄皓院殿などいかヾにや。 ろがあって文芸欄を止する相談を編集部の人として たのまれて戒名選な鶏頭かな しまった。今まではいろ / \ お世話になりまたこれま ニ八戒名を選ぶ ( 三 ) で骨を折ったものを放棄するのは惜しいものであるが、 社全体の紙面の改良や原稿の選択について僕がなにか 十月ニ十ニ日 ( 日 ) 午後五時。・・ = 六時牛込区早稲田南

い人を毒する悪い藺である。君などにそんな了見はあ 無遠慮のことをいおうとすると、どうしても僕がまず これたけの犠牲を払っておかなければならないし文芸るまいが、近来君の行為やら述作に徴してみると僕は なんたか心細くなるような点もある。あれで好いつも 欄を維持するつもりなら維持はいくらでもできる、ま りで発展したらどうなるたろうという気が始終っけま た改長もできる。しかしそうすると他人の傾分へはロ を出しくなる。僕は今度池辺君が退社したについてつわっている。要するに朝日文芸欄などがあ 0 て、そ ちょう あるいは自分も出ようかと考えたが残る人々から事状の連中が寄り合って互に警醒することはせすに互に挑 を聞いてみるとそう意地を通す必要もないからいるこ援し合うのも少しは毒になっているたろうと考える。 とにした。のみならす自分の直轄している文芸襴の棒それで文芸欄なんて少しでも君等に文芸上の得意場ら を永久流してしまった。これは僕がなお将来に朝日をしい所をぶつっぷしてしまったほうがあるいは一時的 より好くし得る見込を掴いたためであって、決して自君や森田の薬になるかもしれない。 僕は向後文芸上のことに関して君等の援助を仰がな 分の地位を安固にするため他人のいうとおりになった のではない。それは君にどう思われても構わないが ければならない場合がたくさんあるたろうと思う。現 向後とうてい僕の発見し得る「朝日」の点六においてに援助を仰ぎつ、あるのに、こんなことをいうのはは 改善の見込が立たないとなったら、たぶん僕はやめるなはた失礼でもあり諸君も気を悪くするかもしれない ・ころうとう。 が、実際昨今の僕はそう感するよりほかに仕方がない それからもう一つは文芸欄は君等の気炎の吐き場所のたから、漱石はほんとうにしか感じているのだと思 ってくれたまえ。そうして笑うとも怒るともしてくれ になっていたが、君等もあんなものを断片的に書いて たまえ。 大いに得意になって、朝日新聞は自分のお蔭ででぎて 玉稿は同封で返す。あの端書の書き方などをとかく いるなどと思い上るようなことができたらそれこそ若

簡 ば掲載の有無にか、わらず原稿料を払わなければなら 申すのはなんだか小八釜しいようたが「闇から闇へ」 ない。が僕は君等が単に原稿料をとるためにのみ書い などいう文学的形容詞は用いないほうが穏当であろう ことに「それは堪えられない」に いたっては読むほうていると思われるのが厭だから、わざと請求しないの では一種厭な感しがする。自分の書いたものが自分のである。以上 夏目金之助 十月二十五日 予期した時間内に新聞に出ないのは不愉には巡い。 またその原稿がどうなったか分らないのも不平には違 あるまい けれどもそれに堪えられないというのは自津田君には回送してやるほうをお勧めいたし候。 分の書いたものがさも / \ 重大な論文で、それを掲載 三 0 朝日に辞表提出 しない新聞がさも / \ 不徳義で、これを草した自分は 十一月一日 ( 水 ) 午後三時ー四時牛込区早稲田南町 さも / \ 大家であるように読まれる。以上の諸条項を 七番地より京橋区築地二丁目三十九番地松根豊次郎へ 備えないでなおかっ下らないことに堪えるとか堪えら 日菅氏参り戒名数通の楷書見 れないとかいうのは一種のセンチメンタリストかある拝啓先夜は失礼、昨 さふら いは片寄った文壇の流行語を故意に使用するコンべンせ候ふところ、いづれも棄てがたきゅゑみんなお目に しゅをん ショナリストである。 かけ申し候。小生のよしと思ふのに朱量を付しおき申 僕の近来の君に注意したい点は道徳的にも芸術的にし候。 もこの手紙のうちに含まれていると思うから、とくに 封人の切符賴まれものに候。どうか買ってください。 それを長く説明したのである。 今日辞表を出し候。社長出てくるまでなんとも方づ かざるべし。 原稿は五回分たけ社に回っていた。僕は自分カら訴 求して、ことみ \ くそれを持ち帰った。理屈からいえ 右まで。匇々 379